第一回戦第五試合 小波漣
試合内容
「……どうしよう」
ゾンビから逃げている漣は、ひたすら途方に暮れていた。
当然といえば当然だが、彼女の持つスキルとマップ、そして対戦相手の能力を考えれば、彼女の勝ち目が薄いことは明白だからだ。
沢木惣右衛門直保。彼は某農大のカリキュラムをこなしてるだけあって、その肉体の頑強さもさながら波紋まで使える。この樹海のように、植物で生い茂っている場所にはうってつけだろう。菌を会話できる能力もここではかなり強いかもしれない。樹海のように湿気が多く、直射日光があまり差し込まない場所など菌にとっては最高の環境に違いない。
バロネス夜渡。彼の能力は血をつけたものを自由自在に操る能力だ。意思をもつモノについては大量の血が必要らしいが、この樹海に溢れているゾンビには恐らく自我はないだろう。とすると、やはり大量のゾンビを操ってくるのだろうか。それとも、そこら中に茂っている茨を適当な長さに切って使うか、落ちているもので長めのものを使うか。
いずれにせよ不利なのは変わらない。能力は発動しているのだが、前の戦いで自分の能力は案外破られやすいことを知った。実戦経験がなかったから、よもやここまでとは思わなかったのだ。
それでも強いのは確かだが、やはり破られた時のことを想定して戦わざるを得ない。
漣はため息を付いた。
武器になりそうなものといえば、そこら辺に落ちている、大きさがまばらな石ころと朽木ぐらいのもの。後は適当な木の枝を折る、くらいしか選択肢がない。
とりあえず、今は目先のゾンビをどう追い払うかを考えたほうがいいかもしれない。
―――――――――
「山吹色の波紋疾走(サンライトイエローオーバードライブ)ッ!」
沢木は地面を通して周囲のゾンビに波紋を流している。特に茨やら木やらで茂っているこの樹海は、波紋使いにとって都合がいい。お陰でゾンビを倒すだけならそれほど苦労していない。ただ、まるでゴキブリのようにワラワラと湧いてくるのが難点だ。
その半分を農大ミミズが食っているため、現在の2メートル程度に成長している。なお、ゾンビは全体的に不潔な存在であるため、食われても吐き出されない。
「はぁ、はぁ……どれだけ湧いてくるんだ? このゾンビども……」
波紋呼吸を続けながらも、息が切れかけている直保。そこに無数の菌が集まってきた。
「ただやす、すまん! やつらの居場所、わからなかった!」
「えっ、なんで!? 聞く相手がいないわけじゃないだろ!?」
沢木の言うとおり、この樹海には沢山のきのこが生えている。樹海にはあまりきのこ以外の菌が住んでいないのだが、きのこも菌の一種なので意思疎通ができると踏んだのだ。
彼を中心に半径100メートルを探索させたのだ。少しは敵の情報があってもいい。
「ああ、いろんなやつに聞いたさ……でもな!」
菌たちは探索結果を報告した。つまり、こういうことらしい。
~~~AAダイジェスト~~~
,.、、.,_ 生 ふ
_,,.、、、、、.,,_ ,ハ爪、,::゙ヽ. え 根 と
/.:::::::::::::::::::..`ヽ、 `l 'i 'i'`ln:} て 元 見
/ .:::::::::::::::::::::::::::::::. '、 l ゙ァ 人{ い に る
| :::::::::::::::::::::::::::::::::,ヘ{ツ `コfェエlユュ た 一 と
| ::::::::::::::::::::::::,ィゥ ノ j /;.;.ヽ ヽ, 本
|::::::::::::::::::::::( |.! ;{ l;.;.;.;.;.| i'、 の
.|::::::::::::::::::rリ`l,〉 j}゙ '!;.;.;.;.;| !;'!_ き
}:::::::::::::::ノ゙ l / '!;.;.;.;.| 「 ||| の
,xァ''ー'゙'` '、 / ノ;.;.;.;..j |,,||| こ
/ ー`¨`''' ー-- 、」゙'′_ ..,;:';;'. ;:;:;:;.. /;.;.;.;/ __三」 ||| が
''^ーァ 、_____  ̄ / __/;.;.;/lニl-'┴┴厂
`>'、, '''"´ ̄ ̄_二ヽ、 ,';';'; / >'′ | | l`'Y'))i
/ / ヽ `ー' :;:;: ,|-' 'ー'ニノノ,.,:,:,:
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l, l く,_ 、 | /_:::| l: : : :|
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 ̄`¨`'''|! _,,..、二,,_,〉'_ー_/ , ,、 `ヽ,
|! 'ー''"´ '! / /ニ'"ー ---'-
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━ 〃 .| l
━ ┃ i' .| l
━┛|. .| l
━ 〃 ,. - ‐- ‐- | l
━ ┃|. /´フ`:, | l
━┛ |. し'、,.、j | l ウホッ! 良いきのこ……
`ー-、_ ', |. |!': .;;| .| l
┃ヽ、l.| : ;;| | l ,,
┃、 ヽ! ;!l l
┃ ヽ ゛、 .| l/ /
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ヽ 、 \ ヾi/ / /
`ー-、\ ,ゝ-'! //´
`´`′ } ,.. j
ヾ、 ! .:.:ノ
,.ゝ.:i:.:.:'.:.
,. ' ,. ':,.;;;i;;;;;_:.:..、ヽ
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〃 i, ,. -‐
r' ィ=ゝー-、-、、r=‐ヮォ.〈 /
! :l ,リ|} |. } / .や
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レ-、{∠ニ'==ァ 、==ニゞ< | ら
!∩|.}. '"旬゙` ./''旬 ` f^| |
l(( ゙′` ̄'" f::` ̄ |l.| | な
. ヽ.ヽ {:. lリ |
. }.iーi ^ r' ,' ノ い
!| ヽ. ー===- / ⌒ヽ
. /} \ ー‐ ,イ l か
__/ ∥ . ヽ、_!__/:::|\ ヽ
__、-─-、,. -‐;z.__
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. ∠::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::`ゝ それはちょっと……何しろあなたは
イ::::::::::::::::::,ィ:::ハ:::i、:::::::::::::::::ト ノンケでもかまわず食っちまう菌でしょう…………
. |::::::::::;:ィ::ノ_l/ ヽl_!::ト、:::::::::! 「やらないか」だの「俺のケツの中でションベンしろ」だの
. |:::::::ノニレ'-‐'v └-Vニゝ:::::::| 言うのは簡単だけど…………
r',ニi.l. ⊆nニ= .=ニn⊇ |.iニY そんな言葉に乗せられて
| こ|| ij v |.| ~ij ノ |に!} ホイホイついて行ったら……
. トニll n u ヽ.|」ノ ‐'´_ij|lニイ 要するにオレが
l::::::ヽヽ.` ー----‐'´ノ/:::::| ただ困るわけで…………
_」::::::::l\` ̄二 ̄´, イ:::::::L._ そういうのちょっと
_,, -‐'' ´:.:. l::::::::|r-ゝ-‐ー-‐'‐┤:::::l:.:.:.:` ' ‐ オレには向かない……
:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.l,. ‐''_二つ (二¨_ ‐'、:.:.:.:.:.:.:.: っていうか……
:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.: / ./´,..二二) (二二.._\ヽ:.:.:.:.:.:.: 無理………
:.:.:.:.:.:.:.:.:.:./ ' /_.二つ__.(二.¨_¨丶゛ .l:.:.:.:.:.: たぶん無理……………
:.:.:.:.:.:.:.:.:./ ,.'",二つ─‐と二_`ヽ .|:.:.:.:.:. っていうか不可能……
:.:.:.:.:.:.: ノ ノ:.:.:.|ニニ|:.:.:.:.:.:{ |:.:.:.:.:
\ / .::::::::::::::::::::::::;;:;;::,ッ、:::::: ) く ホ す
\ l ,ッィrj,rf'"'"'" lミ::::::: く れ モ ま
Y ,!ミ::::::: ヽ な 以 な
`ヽ、 | くミ:::::::: ノ い 外 い
|、__ ャー--_ニゞ `i::::,rく か は が
``''ー- ゝ、'l  ̄゛´彑,ヾ }::;! ,ヘ.) ! 帰
゛ソ """"´` 〉 L_ っ
/ i , /| て
≡=- 〈´ ,,.._ i 't-'゛ | ,へ
,、yx=''" `ー{゛ _, -、 ; l レ' ヽr、⌒ヽ
゛、`--─゛ /! `、
_,,、- ゛、 ー'' / ; `
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" / `ー─''ぐ;;;;' ,' ノ
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~~~AAダイジェスト(終)~~~
「つまり、この樹海のきのこどもはみんなホモだったんだよ!!」
「な、なんだってー!」
ややオーバーに驚く沢木。
「すまん、俺たちがノンケだったばっかりに……」
「いや、よくやったよ。はぁ、自力で見つけ出すしかないってことか」
(っていうか、ホモの菌なんているのか……? そもそも性別が……)
などと思索したが、くだらないことを考えている暇はないと割り切る。バロネス夜渡と小波漣、どちらを先に倒すべきか、考えるためにその場に座り込んだ。
それと、ミミズがこのまま大きくなったらどうすべきかも考えなければいけない。
小麦粉なんてどうすんだよ……ともこぼした。
―――――――――
「ふぅん、あのミミズが厄介者のようね……流石は某農大。あんなものも飼ってるなんて」
バロネス夜渡は空中からこの光景を見ていた。なぜ空中にいるのか。もしバロネスが普通に接触しようとしたら、沢木が探しまわらせた菌に見つかるかもしれないからだ。それを空を飛ぶことで解決したのだ。
沢木のもとに群がっていた無数のゾンビは彼の能力によって操作されていたものである。小波の位置にいるゾンビは、彼の初期位置からは遠い場所にあったため干渉できていない。
ミミズはゾンビを食べるごとに少しづつ大きくなっている。沢木が波紋で消滅させていることもあって、少しづつゾンビの数は減らされていた。
「彼があのミミズを操っているわけじゃなさそうね。このままもっと困らせちゃおうかしら」
普通の人間ならミミズがゾンビを食べて巨大化することに気づいたら、その場からゾンビを逃がそうとするだろう。わざわざ敵に塩を送らなくても良い。
だが、バロネスはその逆を行った。敢えて食わせて、更に巨大化させたのだ。遠目からでも、沢木がミミズの扱いに困っているのがバロネスにはわかった。
このまま巨大化してくれれば自滅する。そう踏んだ。だが、これは時間がかかる。
「そうやって狼狽えてなさい。アタシが止めをさしてあげる」
バロネスはナイフをぺろりと舐め、下へと投擲する。彼の体液(唾液)が付いているため、自由自在に動かせる。これで沢木を殺すつもりだ。
―――――――――
「ああもう、どんだけ湧いてくるんだ、こいつら!」
沢木はひたすらゾンビ刈りに執心していた。ミミズも既に5メートルほどに成長しており、沢木程度では制御できないほどの大きさになっていた。
そこに、上方からガサガサと音を立てて何かが落ちてきている。今の沢木は気付けず、それを最初に発見したのは菌たちだった。
「ただやす! 上だ!」
「上!?」
そう言われて上を見ると、ナイフが猛スピードで落下しているのが見えた。すぐに腕で防御すると同時に腕にナイフが刺さった。もし気づくのが早かったら、バロネスによって方向転換させられていただろう。遅かった場合は、言わずもがな。
だから、沢木は運が良かったといえるだろう。
「ナイフ……!?」
上を見たままの沢木は、その奥にでかいアフロを見つけた。その姿はすぐに消えてしまったが、沢木は事前に調べた敵の情報から、バロネス夜渡だとわかった。
「たしか、血液を付着させたものを自由に操れる能力……だったな」
ナイフが刺さっているところからは、ポタポタと血が流れている。
(んで、意思のあるものはそれなりに血液を付着させなきゃいけない、だったかなァ……もし完全に操れんなら、すぐに俺の腕からナイフを抜いて刺しているはず。とすると、刺さった後のナイフは俺の体の一部として認識されている……ってとこスか)
腕からナイフを引き抜き、流血を止めるために波紋で身体の治癒力を高める。これにより一気に傷口を塞ぐことができるのだ。ナイフは血を拭いて、ポケットに仕舞った。
ひとしきり思考を巡らし終えると、周りにまたゾンビどもが集まっていた。しかも、先程より動きが俊敏になっている。おそらくバロネスによって操られているのだろう。それらはどんどん大きくなる農大ミミズに食われている。それを見て、悪寒が走った。
(まさか、ヤツの狙いは……!)
「クソッ! 波紋疾走(オーバードライブ)ッ!」
これ以上巨大化させてはいけない。現時点でも勝てないのは間違いないが、そうなったときは本当にどうしようもない。
沢木は農業用ミミズに向かうゾンビに、ひたすら波紋を流し続けた。
―――――――――
なんとかしてゾンビの撃退に成功した漣は、疲弊したためその場に座り込んでいた。
「ふぅ、とりあえず一安心、かな……」
さて、彼女がどのようにしてゾンビを撃退したのか。それは、彼女の持つ武器にある。彼女はあの場にあった朽木と石ころで、簡易カタパルト(投石機)を作ったのだ。
投石機というには――いや、武器と表現するにしてもあまりにお粗末だ。
彼女に武器作りのスキルでもあればもう少しマシなものを作れただろう。とはいえ、この投石機もなかなかバカに出来ない。
適当な長さの朽木の先端を凹ませ、そこに石を置いて投げるだけ。リーチが長くなっているため、普通に投げるより良い速さが出る。
普通に石を投げるのでは命中しないが、投石機ならば武器のテリトリー。ゆえに投石機を使ったら彼女が投げる石は百発百中である。
マスターキートンの第一話に出てきたあれみたいなものを想像してくれればいい。
「……よし、行こう!」
ようやくイメージが形成された。とりあえず、身体の赴くままに行けばいい。
こちらへ逃げるときのために罠を作りながら進んだ。そこら辺に長めの茨がたくさん落ちてるので、走ってきた相手が引っかかるようわかりにくい位置に設置する。
どの方角に進んでいるかはわからなかったが、直進し続けてしばらくすると10m程度先に沢木を見つけた。
イメージその1。ソンビ相手に苦戦している沢木の元にバロネスが登場し、戦い始める……というものなのだが。
「ゾンビが……いない……?」
能力がキャンセルされる感覚に陥った。既に沢木の周囲のゾンビは全滅していたのだ。これは、彼女のイメージに矛盾している……というより、イメージが現実に矛盾する形になった。イメージが形成されたときには、既にゾンビを全て倒し終えていたのだろう。
戦う相手が居なければ、物理的に苦戦のしようがない、当たり前のことだ。
もっとも、その後ろの巨大なミミズが半分以上を食ったことを知りはしないが。
イメージのキャンセルにより呆然としていたせいか、漣は沢木に自分の姿を見られたことに、気づくのが遅れてしまった。すぐに身体を隠したが、バレバレである。
足音がこちらに近づいている。能力を発動したが、ほとんど意味がない。逃げようとするにも、足が震えて動かない。
絶望している彼女に光明が差した。
沢木が上を見て後ずさったと思うと、すぐ後に大きく鈍い着地音。
落下してきたそいつは、バロネス夜渡だった。
―――――――――
「おい、今のって……」
「あァ……間違いない。小波漣だ」
沢木は息を切らしながらも、目はしっかりと小波の姿を捉えていた。
「女をいたぶる趣味はねェし、ちと棄権してもらうか」
小波のいる方向へ歩を進める。罠の存在を警戒しながら、一歩一歩着実に。
だが、真上から思わぬ来訪者がやってきた。バロネス夜渡その人である。
枝が折れる音のお陰でとっさに躱せたが、もし遅れていたらと思うとゾッとする。
「こんばんはァ」
バロネスはニヤニヤしながら沢木を見つめた。
「どうも……」
沢木は思わず返事をしてしまう。
最悪のタイミングで遭ってしまった。だが、うまく生かせばチャンスになりうる。
「なァ、バロネスさん。俺を倒しに来たところ悪いッスけど、手を組んでくれないッスか。アンタにとっても、小波の能力は脅威のはずッス」
「ふーん。協力しろってわけね。で、その小波ちゃんはどこに?」
「アンタの後ろ数メートルってとこスね。菌どもに監視させてるから、逃げてもすぐに分かるッスよ」
バロネスはふぅんと相槌を打つ。後ろを確認しようともしない。身体も顔も目も、全て沢木に向けられたまま微動だにしない。
「いいわ。協力してあげる」
バロネスはゆっくりと沢木に近づく。
「それなら助かるッス。じゃあ早速……」
言い終わる前に、沢木の懐へ移動していたバロネスは顎へアッパーを打ち込んだ。
「……!?」
吹き飛ばされている間に、沢木は自分が騙されたことを理解した。協力すると言われ油断したことは否定できないが、主な原因はバロネスが急に接近してきたことだ。
これはバロネスの能力で自身の体を操作したためだが、今の沢木には知る由もない。
「ばかね」
バロネスはすぐに沢木のもとへ、能力で接近した。
「嘘に決まってるじゃない」
沢木の頭上で身体を半回転させる。顔に踵を打ち込まれる直前に、腕で顔面をガードしたため、あまり損傷はなかったのが唯一の幸いである。
「ぐあっ! くっ!」
当然、地面に叩きつけられた時の衝撃は凄まじい。茨が生えていることもあり、叩きつけられた痛みとはまた別の痛みが沢木を襲った。
だが、某農大で鍛えられた身体は伊達じゃない。
すぐに身を翻し、臨戦態勢に入る。遅すぎたと反省する時間はない。
―――――――――
――なかなかいい眼をしているじゃない。
臨戦態勢に入った沢木を見て、バロネスはそのような感想を持った。協力を持ちかけてきた時の間抜け面とは大違いだ。
――アタシももっと気を引き締めなきゃね。
今まで気を抜いていたわけでもないし、手加減をしてもいない。それでも沢木が立っていられるのは魔人であることも含め、某農大で鍛えられた肉体があればこそか。
バロネスは沢木から5メートルほど離れた地点に着地する。そして、再び沢木に急接近する――と思わせて、フェイントを入れる。沢木の拳がぎりぎり届かない所で急停止したのだ。バロネスの能力なら、本気で殴りにかかってもフェイントが可能であるのだが、
「ぶッ!?」
あろうことか沢木の拳はバロネスに届いてしまった。顔面のど真ん中に右ストレートが叩き込まれる。直後、電流のような何かが彼の身体を襲った。
そして、体当たりをかまされ後ろへ勢い良く吹き飛ばされた。
(な、何が……)
わけも分からず混乱しているバロネス。
沢木の腕が延びたりでもしない限り腕が届くことはないはずだ。目の錯覚というわけでもない。沢木の服は、目の錯覚を誘うようなものではないからだ。
落ちた時、バロネスの身体は痺れがとれていた。
軽い身のこなしで立ち上がる。あの腕が延びた原因がわからなくとも、対処のしかたはいくらでもある。後ろから襲ったり、足を中心に攻撃するもありだ。
どう戦うべきか、戦術を考えていると沢木がバロネスの方向へ向かってきた。距離を取ろうと後ろへ飛んだ所に、農大ミミズが待ち構えていた。
無論、そんなことを知らないバロネスは、為すがままにミミズに飲み込まれた。
―――――――――
先ほどの延びた腕は、言ってしまえばズームパンチだ。元ネタを知らない人は少ないと思うが解説すると、腕の関節を外し腕のリーチを長くするというものだ。
波紋によって痛みを和らげているため沢木はあまり痛くないし、殴られたバロネスは波紋を流されたためビリっと痺れたのだ。
3年生にもなれば1メートルも延ばせる者がゴマンと居るが、沢木含む1年生ではせいぜい30センチが限界だ。なお、沢木の最高記録は25センチである。
さて、沢木が危惧していたこと――それは2パターンあるが、大して変わらない。
1つ目は、巨大化した農大ミミズに血を付けられて操られること。沢木は、これがバロネスの策だと考えていた。事実、バロネスは巨大ミミズを操ろうとしていた。
2つ目は、バロネスが農大ミミズに食われること。バロネスが飛行可能なのは自身の血が体内に存在しているため、最も血液が存在していると認識している可能性が高い、と美里たちから考察を聞かされていた。ならば、農大ミミズに血を吸われたらバロネスはそれを操れるのではないか? という懸念があった。
どちらにせよ、農大ミミズに近づけてはいけないと考えていたのだ。
無論、バロネスからすれば農大ミミズは単にゾンビを捕食しているだけにしか見えないだろうし、人間の老廃物や悪い血だけを吸収する益虫などとは考えないだろう。
沢木はズームパンチによってバロネスを吹き飛ばしたあと、ミミズのいる方向に飛ばしてしまったのだと気づいた。だから、すぐにでも他の場所へ移動させようとしてバロネスの方へ向かったのだ。結果的には、逆効果だったけれど。
「マズったな……これじゃ10分は出てこねェし……」
だが、起こったことを悔やんでも始まらない。今は小波漣をどうすべきかを考えよう。見張っていた菌たちの話を聞けば、そう遠くへは逃げていないらしいことがわかる。
今現在、沢木には3つの案がある。
その1。小波漣と手を組む。
ある程度こちらの手の内を晒すことになるが、戦術次第ではバロネスを無傷で倒せる。一番の安全策だろう。しかし、バロネスを倒した後は小波の能力がネックになる。
その2。小波漣をすぐに倒す。
小波の居場所はわかっている。今すぐにでも倒すことができれば、ミミズからバロネスが出てくるのを見計らって同時に倒すせる。時間的に、大した罠は作れていないはず。
問題は小波は時間稼ぎが異常なほど得意だということだ。こればかりは何をされるのか、彼の想像が及ばない。時間稼ぎの間にバロネスが復活してしまったらはさみうちになる。
その3。小波漣を放っておく。
動いて不利になる可能性があるなら、敢えて動かないことも選択肢の一つだ。とは言うものの、動かないと不利になることのほうが多い。
動かないと言うことは、言い換えれば相手に行動選択の自由を与えることだからだ。
この3つの中に、ベストな選択肢など存在しない。
ベターな選択肢を選ぶしかないのだ。
―――――――――
バロネスと沢木が戦っている間、漣は一帯に罠を量産していた。1つあたりおよそ20秒程度しかかかっていない。
真っ直ぐ張った茨を低い位置に固定しただけだの単純な代物だが、二重にしたり形を変えたりと工夫はしている。比較的単純であるものの、カモフラージュは完璧だ。
罠を作りながらではあるが、漣は二人の戦いを見ていた。彼女の能力は知らないことまでイメージできない。敵の「行動」については補正でどうにかなるが、「状況」は補正できない。状況を知る必要があるからこそ、離れすぎない必要がある。
もし離れすぎていたら、バロネスが食われたことも知らなかっただろう。
しかし。
「……どうしよう」
予想外に早くバロネスがリタイアすることで、沢木は大して疲弊せずに残ってしまった。もう少し長引いていれば彼女の能力も丁度いいタイミングで効果を発揮するはずだった。
だが、こうなってしまった以上この状態で戦うしか無い。と覚悟を決め、お粗末な投石機と投擲用の石を構える。
だからこそ、沢木からの提案には拍子抜けした、と言うか想定外だった。
沢木から事の顛末を聞いた。1分くらいで説明されたものをさらに要約すると「バロネスはまだ死んでねェから手を組もう」ということだ。
当然ながら簡単に決められるはずもない。沢木は漣を倒すためにバロネスと手を組もうとしていたことを、漣は知っている。近くで聞いていたからだ。
バロネスが死んでいない、というところは信用できないが、わざわざ話をしたのはそれが本当だからか、それとも自分を油断させるためか。疑えない以上、信じるか否定するかの二択しか無い。
だが、否定したところで彼女には勝算がない。まともな武器がないからまともに戦えない。だから、信じるしか無い。
武器を隠し持っているかもしれないと簡単な身体検査をした。案の定、右ポケットにはナイフが入っていた。曰くバロネスのものだと聞いて納得したが、没収することにした。
後は、小麦粉くらいしか無いらしい。なぜ小麦粉なのかは知らない。
真意はともかく、協力しようという気はあるらしい。目的を果たしたら裏切る気であるのは漣とて同じだ。
そういうわけで、双方裏切る気満々の状態で共闘を約束した。
能力の効果発揮まで、あと10分――
―――――――――
沢木が小波と手を組むことを決定した一番の理由は、互いを牽制できるという点にある。手を組めば、相手も簡単には手を出してこないだろうと考えたのだ。
バロネスという強敵がいる今、小競り合いをしていても互いに利はない。それを共通認識とすれば、小波も手を組むだろう、共通の敵がいるのだから。
さらに、沢木は小波が何らかの武器を持っているだろうと推測していた。もしかしたらそこら中に落ちている石でさえ武器とすることができると考えたのだ。実際は、投石機モドキのそれしかなかったが、こっちは立派な武器であるらしい。
小波に彼の作戦を伝え、行動を開始した。バロネスがミミズに飲まれて7分は経っている。その間にこれだけトントン拍子で事を進められたのは奇跡に近いといってもいい。
行動開始した途端、小波はすぐに罠を作り始めた。1分あればもうちょっとマシな罠を作れるらしい。なかなかの罠スキルだと感心する。
さて、当の沢木はというと、何もしていない。何もやることがない。別に何もしていなくとも小波が襲撃する心配はない。罠だって、沢木の目の届く所で作っているから引っかかる心配もない。
バロネスが飲まれて13分経って、ようやくミミズの肛門からバロネスが捻り出された。10m級ともなると吸収にかかる時間も長くなる。体中がテカテカ光っているバロネスはどのような快感に襲われたのか知らないが、とても気持ちよさそうな顔をしている。
バロネスの様子に目も呉れず、沢木はバロネスを蹴り飛ばした。なるべくミミズから遠ざかろうとしているのだ。
無論、いつまでも呆けているほどバロネスも馬鹿ではなかった。すぐに立ち直り、臨戦態勢に入った。だが、沢木のほうが一歩早かった。
沢木はバロネスの腹を軽く指で突いた。その後すぐに――バロネスは腹を抱えて蹲った。
―――――――――
(あの小僧……一体何を……)
バロネスは腹を突かれたと思うと、直後に腹の調子が悪くなった。そして、肛門あたりに押し寄せているそれは便意で、彼は自分が下痢だと分かった。
「アンタ……何、を……」
「なに、簡単なことッス。秘孔をついてちょっくら大腸菌を働かせただけッスよ」
実際はそれだけではない。波紋を流すことで、大腸菌や乳酸菌の働きを促進させたのだ。
「さて、衆人環視の中ウンコを漏らすか、それとも棄権するか。どっちかを選ばせてやるッス。30秒以内に答えてください」
沢木は1,2,3,と数え始めた。
バロネスは少しだけ、棄権してもいいかもしれないと思ってしまった。そんな考えはすぐに頭から振り払う。
この裏トーナメント、いったいどんな商品が出るかは知らないが、二度も負けたくない。これは自分のプライドに関わる問題だ。
「世の中には……」
沢木はバロネスの呟きに気づいたが、カウントを続けた。現在のカウントは、27。
「クソを漏らしてでも勝たなきゃいけないもんがあんのよ!」
30、と言ったと同時にバロネスの足元に、ボタボタと汚いものがこぼれ落ちた。
そう、バロネスは、敢えてウンコを漏らしたのだ。
「な……アンタ、正気ッスか!?」
沢木は少しずつ後ずさる。
「ウンコを漏らす、っていう選択肢を与えたのはアンタじゃない。何を狼狽えてるのよ?」
バロネスはニヤケ顔で言った。
沢木とてウンコを漏らすとは考えてもいなかっただろう。やはり、バロネスはその逆を行った。
直後、彼の後頭部に拳大の石がヒットした。もし彼がまだ迷っていたら、ダウンしていただろう。
どうやら、敵はもうひとりいた。小波漣。まずは、あの女から潰そう。
―――――――――
まさか、沢木は本当に漏らすなんて思わなかったのだ。
そこまでしてこの試合に勝ちたかったのか。恐ろしい執念だ。だが、自分も負けるつもりはない。
バロネスが小波のいる方向に向かったのを見て、沢木は後を追った。
逃がしてたまるものか。
しかし、追っているうちに彼は周りが急に暗くなったことに気づいた。元々の暗さに加えて、更に暗くなっている。
嫌な予感がした沢木は、逆方向へと走った。
直後、自分の居た場所に農大ミミズが轟音と共に倒れた。
運が良かった、で片付けるのは早計だろう。しかし、木々がいい具合にストッパーになっているおかげでミミズは動けないで居る。
これは、恐らくバロネスの仕業だ。やはり、バロネスはこの農大ミミズを操れたのだ!
「くっ……」
ここからでは、もはや援護はできない。
ポジティブに考えれば、自分の勝率は上がったのだ。そう考えよう。
あわよくば同士討ちになってくれるのが理想だが、そううまくはいかないだろう。
―――――――――
漣も沢木同様混乱していた。
事前の打ち合わせで、バロネスの腹を下させるのは聞いていた。それで棄権しなかったら、合図と同時にバロネスを気絶させる、ということも決めていた。
最初から、相手が漏らすことなど考えていなかった。
今は、ひたすら逃げている。右へ行ったり、左へ行ったり。その間に、何度か投石機で石を投げつけたことがある。尤も、一度も当たらなかったけれど。
「無駄無駄無駄ァ! アナタは私の魔の手から逃げられない!」
バロネスは着実に漣に近づいている。石は後二つあるが、一つを外した時点で追いつかれるだろう。
投石機に石をセットし、投げつける。だが、また外れてしまった。
外れたのは、彼女の腕のせいではなく単に動いているものに当てるのが難しいからだ。バロネスの能力なら、投石を避けることぐらいたやすい。
「さぁ、そこまでよ!」
バロネスが目と鼻の先に迫っていたその時、漣は例の催涙スプレーをバロネスに向けて思いっきり噴射した。そう、純粋カプサイシン入りスプレーだ。
先程まで余裕をこいていたバロネスの顔は、一気に苦痛で歪んだ。悲鳴も相まって、悲痛さが強調される。
そしてこの時丁度、漣の能力が効果を発揮、イメージが形成された。
―――――――――
しばらくして小波が戻ってきたのを見て、沢木は驚愕した。まさか、彼女が戻ってくるとは思わなかったからである。
だが、これはバロネスを倒したという意味ではなかった。
「沢木さん! バロネスさんを少しでいいから止めてください!」
状況がつかめなかった沢木は、後ろから追ってきたバロネスを見て納得した。
「了解ッス!」
小波が素通りした後、沢木はバロネスの前に立ちはだかった。
「邪魔よ!」
バロネスは沢木の足を狙った。しかし、それを見透かして沢木は後ろへと飛び跳ねる。
すぐにそこから回し蹴りの体制へ移行したが、その前にズームパンチを食らわせてやった。
そして、バロネスを掴んで波紋を流した。
「わりーッスけど、ちょっと止まってて貰うっすよ!」
―――――――――
バロネスは波紋のせいで、身動きが取れないでいる。体を動かそうにも、動かせない。
(こいつら、何をするつもり……?)
バロネスには想像もつかなかったが、諦めるつもりは毛頭ない。
だが、波紋のせいで動けないのは事実。まさに絶体絶命である。
数秒後、彼らの周囲を白い粉が包んだ。変な薬でも舞っているのだろうか、と邪推する。ただの小麦粉なのだが。
直後、目前から小波がやってきた。手には、ナイフとそれなりの大きさの石。
ああ、まさか……ね……
そして、小波がナイフで小石を叩いたと思うと、轟音と共に爆発が起こった。
そうだ――彼女は、粉塵爆発を起こしたのだ。
―――――――――
爆発の後、沢木は辛うじて意識を保っていた。農大で鍛えられたおかげだろう、なんとか耐えることができていたのだ。
まさか、粉塵爆発するとは思っても見なかったッスよ。だけど、あの爆発に巻き込まれて、そう無事ではないはず……
現に、彼の隣で顔面が黒焦げになっているバロネスは息をしていなかった。
そして真正面に、よろよろと立ち上がる小波の姿。
へぇ、アンタもなかなかやるっすね。でも、立っているだけで限界じゃないんスか? せっかくだから、俺がとどめを刺してやるッス。
沢木はおぼつかない足取りで小波に近づいた。体力だけなら、現時点では沢木のほうが上だ。
ただ一直線で、小波の元へと歩を進めた。これが過ちだった。
しばらくして足元に何かが引っかかったような感触がした。刹那、彼の顔面に振り子式に落ちてきた直径5センチ程度の石が命中した。
平常時ならともかく、朦朧とした意識では、この一撃は致命的だった。
そのまま後ろへ仰向けに倒れて、二度と起き上がることはなかった。
―――――――――
ある金属に、その金属より硬度の高い石をぶつけることで火花が散る。ナイフの硬度は材質にもよるが5.5だ。一方、この樹海に落ちていた石は、大半が長石を含んでいる石である。これはの硬度は、6~7、つまり火花を起こすには十分な硬度である。
そして、その火花に空気中の小麦粉を引火させて粉塵爆発を起こした。
粉塵爆発を確実に起こすにはもう少し条件が整っている必要があるが、それは漣の能力の「補正」でなんとかなる。わずかでも起こる可能性があったので、粉塵爆発が起こったのだ。
彼女のイメージでは、粉塵爆発のあとは漣だけが意識を保てることになっていたのだが、沢木のタフネスを甘く見ていた。彼女の想像以上に、農大生は頑丈だった。
故にイメージの矛盾が起き、彼女の能力は解除されていた。
しかし、漣はそこまで見越していた。罠がある方向に自分が吹き飛ぶよう計算して爆発を起こしたのだ。自分が立ち上がっていれば、当然自分の方に向かって来るだろうと考えた上での話である。
無論、沢木が罠を迂回していたら彼女の負けは確定していた。その場合、もはや完全に諦めるしかなかった。
沢木の意識がはっきりしていなかったから引っかかる可能性はあったのだが、これはただのギャンブルだ。
そんな一か八かの賭けを彼女はしていたということになる。
そして、彼女はその賭けに勝利した。それだけの話である。
沢木が動かなくなったのを確認すると、漣はその場で天高くガッツポーズをした。
最終更新:2011年11月02日 02:17