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第一回戦第五試合 バロネス夜渡

名前 魔人能力
沢木惣右衛門直保 (菌を見る能力)
小波漣 勝利へのイメージ(マイ・ドリーム)
バロネス夜渡 ブラディ・シージ

採用する幕間SS
【† 勇者ミドの伝説 幕間 『ウェイティング・フォー・マイ・オカマ』】
(ミドにナイフとスカーフを譲渡)
【沢木の今回の持ち物(補足設定)】
(沢木は巨大ミミズと小麦粉を所持)

試合内容

『フィスト・フィルト・ウィズ・リグレット・アンド・ブラッド』

戦場に降り立ち、バロネス夜渡が始めに抱いた感情は、理不尽への怒りでも唐突な状況への困惑でも
再戦機会への愉悦でもなく、強い後悔だった。

「ミスったー!まさかまだ試合するなんて。
格好つけてナイフあの子にあげちゃったーのにもー!」

今回のステージは鬱蒼とした樹林。
という割には、枯れ木の多い、不毛の地のように思われるが……

背後からいきなり襲いかかる影!
振り向く事無く、強烈な裏拳で迎撃する夜渡。
気配を消す気も無い、稚拙な奇襲。おおかた対戦相手ではなく、野生生物かモヒカンか何かだろう。

「ふーん、ゾンビねえ」

夜の世界を仕事場に、戦場にしている以上、ゾンビは戦い慣れた存在である。
しかし、ゾンビは面倒な相手だ。腕や脚をもいだくらいでは戦いを止めないし、操ろうにも元々鈍重、
そのくせ図体は大きい癖に脆いので必要な血量に比して実入りも少ないのだ。

奥まで、ゾンビが群れているのが見える。

辺りを見回すも、障害物の無い開けた地。
「ここで戦うのは損こくわねー」
空へと飛びあがり、さらに遠くまで見渡す。
バロネスは一際目を引く、色鮮やかな樹海へと向かった。





毒々しい色の草木が生い茂る樹海を目の当たりにし、先程の荒廃の理由に合点が行った。
大方このエリアに栄養を根こそぎ取られていたためだろう。

さっそくバロネスは、武器になりそうなものを目ざとく見つける。大きく太い茨だ。
ナイフ無しでの作業は一苦労だったが、なんとか一本を引き千切ることに成功する。
当然掌は棘まみれの血まみれだ。

棘を『ブラディ・シージ』で無理やりに引き抜き、髪の中にでも仕舞っておく。
何かに使えない事も無いだろうとの判断だ。

そうして千切った茨を手にとる。鞭として使うには十二分だ。
「正直鞭なんてほとんど未経験なんだけどねー。“あいつら”と違ってウチは至極健全なお店だし」


そう呟くバロネスは、既に敵を視界に捉えていた。
目が合った途端一目散に逃げ出した少女。

「あら、ラッキーなこともあるものね。あの嬢ちゃんが能力使う前に取っちゃいましょ」





逃げ惑う少女――小波漣に追いすがるオカマ。
小波は事前に足元の草を結んで罠としておいたのだが、飛行しながら追いたててくるバロネスには、
有効打たりえない。
逆に小波は、バロネスの手を離れ、空中を蛇のようにうねり来る茨の脅威からも逃れねばならないのだ。

「やばいやばいやばいやばい!」

慌てる心理が、ミスを生み。小波は自らの仕掛けた罠に足をかけ、派手に転んでしまった!
「いきなりアタシと相手なんて、運が無かったわねお嬢ちゃん」
武器を手元に引き戻し、バロネスが近くに降り立つ。

「う……」

小波の表情は引きつっている。
だが、それは恐怖に怯える顔ではなく、笑みをこらえていることによるものだとは、
この時のバロネス夜渡には読み取ることが出来なかった。

一歩踏み出そうとし――何故か歩みを止めるバロネス。
何か止まらなければいけないビジョンが見えたのだ。

そしてそれは、明らかな隙!
突如野太い風切り音、バロネスが振り向くと。
蔦に括りつけられた丸太が打ち出され――バロネスの腕に直撃!
ささくれ立った丸太でのその一撃は、腕の肉を一部そぎ取るほどの威力だ。

「クソッ……一体なんだってこんな!」

まるでそう運命づけられていたかのように、身体が止められた気がする。
これでは、まるで誰かの思惑(イメージ)通りといった具合に……

しかしバロネスは事前の試合からして、イメージの構築には二十分のタイムラグがあると知っている。
とはいえ、まだ十二、三分といったところの筈だ。


ガサガサと音を立て草木を踏みわけ、一人の男が戦場に現れる。

腕を押さえながら体勢を立て直すバロネスの瞳に映る、小柄な青年。
これが小波のイメージの仕業だろうがあるまいが、まずは目の前の男、沢木惣右衛門忠保を叩くのが先決。
バロネスの思考は、そのような“補正された”思考で塗り固められていた。





(よしっ、事前のイメージ通り!)

そもそもとして、三人共がサルガッソ樹海に踏み入れたのは、偶然ではない。
沢木惣右衛門忠保は豊富に繁殖するであろう、菌類の軍勢を求めて。
バロネス夜渡は、武器となり得る、手頃な血の付け処を求めて。
そして小波漣は、その二人の思考を見透かして。

更に彼女の見立てでは、真っ先に狙われるのは能力にタイムラグを抱え、それが知られている自分。

それらに加え、飛行の可能なバロネスと、菌による索敵が可能な沢木ならば、短時間の内に
自分を見つけるであろう事をも予期し、戦場到着の少し前にイメージを膨らませておいたまで。

いつしかバロネスは小波の事を後回し、沢木との一騎打ちの様相を呈し出す。
二人の小波への注意は、極端に低下している。
全ては彼女の『勝利へのイメージ』だ。
そして三人以外の、邪魔者は介入しない。そうイメージもしてある。

次のイメージへ、移る。





不意に呼吸が乱れる。身体が熱い。そして軽い眩暈。これは――

「この大勢湯樹海、うちの農大の野外活動で来たことがあるんスよ。その時に知ったんスけど――」

滔々と語り出す沢木。

「ここ、大量の菌が棲んでるんスよ……猛毒キノコが撒き散らす胞子だって、いくらでも出せるんス」

バロネスは無色の毒霧を、既にしこたま吸いこんでしまっていた――
一方沢木自身は、全くの無事。恐らくは沢木自身には寄りつかないよう、話がついているのだろう。

バロネスは首元のスカーフに手をやろうとして、また自分の行為を思い出して舌打ちする。

自らのドレスの裾を破くと、口元に巻きつけた。
無いよりマシであることに疑いの余地はないが、もう一つのリスクが発生してしまっている。
ムキムキの太腿が露わになってしまっている――ひとつ間違えば、(放送的に)大惨事だ。


そして小波はというと、傍観の構えに入っていた。
催涙スプレーにわざわざ取り付けておいた吸入口で、一応口元だけは隠してあるものの、特に必要もないだろうと小波はみてとっていた。

沢木の菌攻撃は、戦場全体でなくバロネスの下に重点的に集中させているのだろう。
実際、身体の不調は全く感じない。
こちらが狙われていない以上、このまま潰し合いを待ち続けて問題ないだろう、そう判断する。

バロネスがナイフもスカーフも無い(おそらく、対戦相手のミドにでもあげてしまったのだろう)
ことは計算外だったが、イメージを損なうほどではない。

(まあなんとかなるでしょ。イメージは続いてる! 私の勝利に向かって!)

今回、小波漣は細かいイメージをしていない。
細かなイメージをしてしまうとイメージに反する事態が増えるリスクがある上、ラフなイメージを
組んでおいた方が存分に補正を活かせるためだ。

(ああ、でもこの戦い賞金出ないんだよなー。もし出てたらあれとかあれとか買えたのに……)

試合の真っ最中に妄想の世界に入れるほど、彼女のイメージ通りに事は進みつつあった。





そこからしばらくは、これと言った進展はなく進んでいた。


鞭を片手に追うバロネスに対し、沢木は全速力で逃げ回る。
バロネスは吸い込んだ毒で動きが鈍く、能力を駆使しようとも沢木に追いつけないでいる。

一方の沢木も、攻勢に回る気はない。全身に血を浴びせかけられて操作されるのは御免だったし、
何よりこの優位な状況を自分から手放す理由が無い。

不毛な追いかけ合いが、徐々に体力を奪う。
いつしかバロネスは、異常な発汗を見せている。
一見バロネス不利に思われる様相だが、むしろ焦りの色が濃くなるのは沢木の側だ。
沢木はある異変を、感じ続けているのだから。

(動きが俊敏になってきている――?)

この短時間で耐性でも持ったというのか?さすがにそんなことは――

実のところバロネスは秘かに、『ブラディ・シージ』を応用した解毒を試みていた。
体内中の組織液を使役し、毒の元となる菌を汗とともに排出していたのだ。

そして身体が本調子に戻りつつあったその時、急突進!
得物の棘付き茨を揮う。
沢木の動体視力では追いつかない――『ブラディ・シージ』による加速も相俟った、
人間の限界を超えた一振り!
無数の棘に覆われた太い茨が、沢木の身体を強かに打ち据える。
刹那、茨はまるで意志を持つかのように絡みつき、沢木の身体を押さえこんだ。

そのまま『ブラディ・シージ』の操作力と、バロネス夜渡の臂力を十全に生かし、振りかぶると――
遠方に投げつける。

派手な破壊音が響き、沢木の身体が何度かバウンドしながら転がった。





沢木を仕留めた手ごたえは意外となかった。
バロネスは嘆息とともに、呼吸を整えようと試みる。
邪魔な布切れは口から外し、腕に巻いて止血しておく。徒に血を浪費しないようにだ。

既に息は上がっている。
長きに渡る追いかけっこ、身体を蝕んだ毒胞子に加え、発汗させるのにも大分体力を使ったのだ。

首の一つでもへし折って確実に仕留めておきたい局面ではあったが、今は不可能だろう。
視界の隅に呑気に拍手をしている少女を見やるバロネス。

そう、ここまで全て彼女、小波漣のイメージ通り――

「おねーさん殺す気でやったんだけど、あの坊やが死なずに済んだのもアンタの仕業?」
「さあ、どうだっかなー」

不敵に笑う小波。その手にはスプレー缶が握られている。

「ここからは私の勝利に向かって、突き進ませてもらいます!」
「黙らっしゃい!」

言い終わるかといったタイミングでバロネスは遮り、既に腕を振り抜いている!

超速で迫る鞭だが、小波はあっさりと素手で受け止める。
棘まみれの鞭を掴んだというのに、刺し傷一つ負わずに。
事前のイメージの賜物だ。
それどころか得物はいつの間にかバロネスの手を離れ、小波の手中に納まっている。

すぐさまの反撃!
『ブラディ・シージ』によるアクロバティックな機動も驚異的なスイングスピードもありはしないが、
イメージにより補正された一撃がバロネス夜渡の肉体を抉る。
回避行動さえ移れない。そう「補正」されているのだから。

「ぐっ……」

追撃の鞭撃を警戒し、身構えるバロネス。
しかし彼女の手に武器はなく、何故か投げ捨てられてしまっている?

「お嬢ちゃん何のつもり?」
「いや、ただイメージ優先で」

「相手の武器を奪い、投げつけて胸に当てる」というイメージを実行したまでのこと。
ナイフを想定したイメージだったため一回きりの使用となってしまったが、さほど問題ではない。
イメージは続くのだから。





次にバロネスを迎えたのは、何のことはない、か弱いパンチ。
だが、防御姿勢さえ取れはしない。
容赦の無い連続攻撃。一撃一撃の打撃力は大したことの無いものの、ノーガードの急所に確実に直撃するその拳が、バロネスの身体にダメージを蓄積させていく。

徐々に押され、じりじりと後退するバロネス。
ずるりと足を滑らせたかと思うと、小波の視界からかき消える。

無論これもイメージのうち。事前に結んでおいた草に脚をひっかけたのだ。
バロネスが躓いて転んだ先では、鋭い茨が群生している。

「グワー!」

あんな露出の多い恰好のオカマにとっては、致命傷だろう。
イメージは完了。次のイメージに移ろう、そう小波が考えた瞬間。

バロネスのアフロが、もぞもぞと奇妙に動き出す。訝しむ小波。
目に見えるか見えないかの大きさの物体が飛来し、彼女に襲いかかった。

「痛っ」

彼女の目に突き刺さったのは、細やかなる茨の棘。
棘自体の鋭さもさることながら、真っ赤に漬けこまれた棘弾表面の血が、小波の視界を一瞬にして削る。

イメージの終了と、次なるイメージの開始の間には、補正の起こらない間が少しだけ生じる。
その間隙を突き、バロネスの"ブラディ・シージ"による狙撃が決まったのだ。

別にこれは、バロネス夜渡がそのイメージの空白期間を把握していたわけではない。
ただイメージ中から常に、彼女を攻撃しようと『ブラディ・シージ』の試行を続けていただけのこと。

目はやられたが、イメージが途切れたわけではない。
次なるイメージは、スプレー缶の中身の直撃!

過剰なまでの(恐らくは視界が奪われたことで一時的に鋭敏化した聴覚のせいだろう)噴射音に包まれ、
見えない相手に対し、純粋カプサイシンのスプレーが吐き出される。

そして、間髪容れず次のイメージに――









次のイメージが実行されない――!


『勝利へのイメージ』は、多段階のイメージと補正の連続からなる。
次のイメージに移るには、彼女自身がその成功を(直接的にせよ、間接的にせよ)実感する必要があるのだ。

もし『勝利へのイメージ』が小波の確信要らずで進むのなら、それこそ20分逃げ切った後に
"自分が見つからない"イメージと"相手が疲労していく"イメージでも構築し続ければ詰みである。

確認されないままのイメージは、それが認識され成功と見做されるか、失敗と見做されるまで
その進行を止める――

しかし彼女はそれを知らない。
そもそも自分の与り知らぬ所でのイメージなどする気もなかったし、今までのイメージには
成功か失敗かしかなかったのだ。
それゆえ、本来は単なる"確認待ち"状態だったのだが、彼女はそれを"失敗"と判断してしまった!

棘にやられていた視界が回復する。
おぼろげに目の前に映るのは、倒れ伏したまま悶絶するオカマ?

「イメージは失敗したはずじゃ? 何で?」

イメージは成功している?では何故途切れたの?
困惑と混乱が、正常な判断力を奪う。
この状況では、一目散に逃げ出すべきだったのであるが、彼女はその場にとどまってしまう。
それがいけなかった。

小波が思わず上げた声を頼りに、バロネスの右足が迫る。

寝転がった状態から放たれた、何の工夫もない、ただの蹴り。
しかしながら強靭な肉体に支えられたその一撃は、無防備な少女の身体を強烈に捉え、沈める。

「ゲホ、ゲホ……」
バロネスは未だ悶絶中だ。

「まだ……まだやれる!」
そう言って起き上がる小波の背後に人影。
とん、と彼女の体が軽く押される。

「はい、お疲れ様ッス」
「しまった、私のイメージで――」

数手先、バロネス夜渡に止めを刺す為に用意していたイメージは……沢木による不意討ち。
その為の補正として、沢木は既に意識を取り戻し二人の戦いに介入する機会を窺っていたのだ。


「俺の波紋で、腸内の乳酸菌を活性化させたッス――このまま続ければどうなるかは、予想できますよね?」

苦悶に歪む小波が、ゆっくりと両手を挙げる。
賞金も出ないこの試合で、漏らすシーンを大写しにしながら戦い続けるなど、彼女に出来る筈もなかった。
そんな戦いへの執念も無いし、乙女の羞恥心を捨て去った覚えも毛頭ない。

「ぎぶ、ぎぶ!ホントにやばいの!」





《小波漣選手のギブアップを確認しました――チッ》
二人の脳内に響く、美麗なるアナウンス。
毎度の試合で、ギブアップが出る度に舌打ちが入るのは、断末魔が聞けないことへの
斎藤窒素の失望の発露ではなく、ただの偶然だと思いたい。

転送されるように小波の身体が見る間に透け、一瞬のうちに消え去った。


「ゲホ、ゲホ……、乙女相手に残酷な技使うわねアンタ」
咽びながらバロネスが立ちあがる。
顔は真っ赤に腫れかかっており、まさに化物の形容に相応しい。

「本当はあなたを奇襲したかったんスけどね」
沢木は残念そうに続ける。

「けどあなた、常に俺を警戒してたじゃないッスか」
「そりゃアンタみたいなイケてる坊やから、アタシが意識を離すわけないも・の」

おぞましくウインクしてみせるオカマに、沢木は「心底関わりたくねー」と心の裡で実感する。



その時!
巨大な影が、茨を掻きわけて、木々を薙ぎ倒して現れた!
十数mはあろうかという長大な生物。全身をぬめぬめとグロテスクにてからせたそれは……蛇?
いや、あれは――!

「ミミズ――!?」

「ありゃりゃ、思ったより立派に育ったッスね。ようやくのご到着ッスか」

よく見れば、ゾンビのと思しき肉片やら血が体表にこびりついている。
大方人食いミミズと言ったところか、バロネスはそう推測する。

今の今まで小波の『邪魔者は近寄ってこない』イメージにより、樹海付近に寄りつかなかったことや、
サルガッソ樹海特有の瘴気を吸い込んだことにより、想定以上の過成長を遂げていることなどは、
二人の知る由ではなかったが。

「そんな警戒しなくとも取って食うような奴じゃないッスよ。
ただ血を吸って綺麗にしてくれるだけッスよ、吸血鬼よろしくね」

自信ありげにそういった沢木を尻目に、大ミミズはそばにあったゾンビを一呑みにし――

バキベキメキボキゴシャアアア

「……明らかに破壊音したんだけど」
「……き、気のせいッスよ」

足りない、とでもいったように、辺りを探り出す農大ミミズ、もとい、増大ミミズ。
二人の方に向かって這いずってくる。
そしてだんだんと、大ミミズはバロネスの方に近付いてゆく。
彼の滴らせる血の匂いに反応しているのだ。

飛び上がろうとするバロネスだが、上から押さえつけられるかのような感触!
明らかに、身体に負荷がかかっている――
邪悪なまでの圧力――
身体が重く、鈍い――

「いやー、説得に時間がかかったんスよ。今度のは“箪笥の木”の霧ッス。
菌にお願いして、活性化して貰いました」

「桐のタンス?」
沢木の言っている意味は分かりかねる部分もあったが、この毒が凶悪な威力を持っているのは確実。
そしてもう一つ、分かっているのは。

「それ……あんたも喰らってるんでしょう?」

この樹海をも作り出した箪笥の木の醸し出す霧は、強烈な麻痺毒となっている。
沢木の行ったのは、菌による活性化――菌そのものであった前の毒胞子とは異なり、
自分を巻き込まぬようにという細やかな指示までは取れはしなかったのだ。

「ええ、でもこの状況……狙われるのはあなたのほうでしょう」

「そうねえ……このままだと」

あの化け物につきあう義理も、この毒を長々と浴び続けてやる義理も無い。
そう独りごつバロネス。

不意に、バロネス夜渡は止血していた腕の戒めを解く。
腕に血が戻り、傷口からは再び鮮血が滲み出す。

なおも迫りくる大ミミズには、一瞥もくれない。

血塗れの拳を腰だめに構え、息を大きく吸って、吐き、吸って、止めて、吐き――

「ハアー!」

掛け声とともに放たれる、正拳突き。
腕の血が意志を持つかの如く、前方に突進していく。
赤い塊は翼を広げるように、空中を飛ぶ。

これが、『ブラディ・シージ』の裏技――血そのものを“血が付いている”とみなし操る荒業だ。

「何!?」
蝙蝠のようにはためく血が、沢木に襲いかかる。
咄嗟の回避を試みた沢木だが、あまりに急な攻撃をかわしきれず、両足に被弾!
相当な速度でぶつかったため、当たればひとたまりもない――という訳ではない。

血自体を操ることはできるが、別に血の強度が変わることはない。
ただ遠距離に血を飛ばせるだけ――相応の達人でもなければ、飛ばした血で相手を切り裂けるものか。

しかし、少なくともターゲッティングがバロネスばかりになる事は、もうあるまい。

転んだ身体を起こそうとしながら、沢木。
「これで条件は五分……ということッスか」
「五分?まさか」

『ブラディ・シージ』が本来の形で発動し、沢木の脚の動きを止める。
全身を操るには足りない量の血だが、体の一部分を止めるには十二分だ。


迫るワーム。
二人の側に近寄るそれに対し、バロネスは飛び上がる。
身体が重い?それが何だというのだ!
そして移動するは、沢木の真上!
腕にこびり付き残った血を、大ミミズに振りかける。

その血の匂いにつられるミミズ。ターゲットはバロネスのままだ。
そうなると真下の沢木は当然――
鎌首をもたげる大ミミズ。

「あーびくりとも動かないんスねー……見事ッス」

ずりずりと這い進む巨体が、沢木の身体を下敷きにして蠕動し続けていた。





「斎藤窒素様? 決着は付きましたので、そろそろコールを――」

「えー」

「えーってなんですか! お仕事ですよ!」

「もうちょっといいじゃない。もう一声いいのが採れそうなのよ」

「そうですよ! 邪魔するならあのオカマと司さんの顔を差し替えた映像捏造(つく)りますよ?」

「あら、今日は一段と大人しいわね木村さん」

「ふふふ、斎藤先輩の前ですから」

「ちょっと何言ってらっしゃるんですかこの人たち!?てか木村沃素様酷い!
とにかくルールなんで、早くアナウンスを――」

「……司さん」

「なんですか?」

「ちょっと黙っててもらっていいかしら。今いい所なの」

「司会のくせに盛り上がり所で茶々入れるとは、司さんは本当に空気の読めない人ですねー」

「……」


《チョットハナシナサイヨ-……アッー!》
《ナンデカッタノニコンナグワーッ!》
《グワーッ!》


「やっぱり断末魔がなきゃ裏トーナメントの名がすたるわね」

「これはむしろ本人への脅迫よりグロ映像として使い出がありそうな画ですね!」

「なんでこの方々の参加を許してしまったんでしょう……」


最終更新:2011年11月02日 02:20