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準決勝第一試合 裸繰埜闇裂練道

名前 魔人能力
裸繰埜闇裂練道 永劫
糺礼 この胸にキミを抱きしめたい
意志乃鞘 HERO DESTINY

採用する幕間SS
なし

試合内容

足首まで埋まりそうなゴミの山に辟易しながらも、糺礼はその歩みを止めずにいた。
空気中を漂う、何とも形容し難く不快な臭気が鼻を突く。
眉間に皺を寄せて歩を進める礼の心中とは裏腹に、
空は腹立たしいまでに青々と澄み渡っている。
金属やガラスの破片を蹴飛ばし、画面の割れたブラウン管テレビや真っ二つに折れた
エアコンに躓きつつ、礼は対戦相手について思考を巡らせていた。
兼石次郎、そして意志乃鞘。その名を思い出す度、知らず手の内に力が篭もった。
トーナメント第一試合で舐めた辛酸の味は、忘れようとて忘れられぬ。
実際に礼を打ち倒したのは白王みずきであるが、
彼女に鞘の能力が関与していた事は明白だ。
『HERO DESTINY』――対象1人に「ヒーロー補正」なるものを付与する能力。
恐らく鞘は事前にみずきに対しその能力を使っていたのだ。
結果、それを見抜けなかった礼は敗北した。

「(意志乃鞘……何としても奴の血で、この汚辱を雪いでやる)」

年端も行かぬ小娘の計略に嵌められた事と、一回戦敗退という結果を以て
出世への道がほぼ絶望的となった事を考えると、臓腑が沸々と煮える様な心地だった。

「(だが、まだだ。まだ終わった訳じゃない)」

腐りかけの木片を踏み砕きながら礼は考える。
もう一人の対戦相手――兼石次郎。キャリア時代にも何度か聞いた名だ。
常識を超えた、警察機構をも凌ぐ程の武力を持つ『個人』。
これ程の大物を倒して見せれば、この上ない実力のアピールとなる。
それが容易で無い事は重々承知していたが、どの道今の礼に失う物など何も無い。
彼女は探していた『目当ての物』を足元から拾い上げ、状態を確認する。

「(……これならば大丈夫そうだな)」

それが十分に役割を果たせるであろう事を確認した礼は、その場で工作を始めた。
適当に素材を見繕い、手際良く作業を進めつつ、礼は頭を回転させる。
理想は漁夫の利を攫う事であるが、そう上手くいくなどとは期待していなかった。
意志乃鞘は無策で立ち回る様な人間では無いし、
兼石次郎もその武力に加え意外と機転が効く。
加えてこの足場だ。
機動力は削がれ、雑多な無機物は予想外のアクシデントを生むだろう。
要するに、この試合は荒れる。運が物を言う事になるだろう。
作業を終えた礼は、今登って来た山を下ろうとして――
己が貧乏くじを引いた事に気付いた。
山の下から、兼石次郎が無感情な眼で礼を見上げていた。





■ ■ ■ ■





試合開始の少し前、トーナメント表を眺めていた意志乃鞘は、ある事実に気が付いた。
学生が居ないのである。
白王みずきに勝ちを譲った彼女が裏トーナメントに出場したのは――
初戦こそ強制であったが――ヒーローにふさわしい人物を見つける為である。
鞘を除いて裏トーナメント唯一の学生であった灰堂四空が敗退してしまった為、
残った選手はもう全て成人なのであった。
最大の目的を失ってしまった鞘だが、対戦相手の名前を見ると俄然興味が湧いた。
武術の達人である兼石次郎と、表トーナメント一回戦で戦った糺礼である。

「何という廻り合わせだろうな、これは」

思わず笑みを溢しながら、鞘は独りごちた。
最強の達人と、リベンジに燃える(想像)かつての敵。
こんな二人と戦える機会など、そうそうありはしないだろう。
かくして鞘は掃き溜めに降り立った。

「しかし、まぁ」

周囲を見回した鞘は呟く。
四方に渡って延々とゴミが連なる風景は、ある種壮大とすら言えた。
積み上げられたゴミは山脈の様に大きな起伏を形成している。

「よくもここまでゴミを集めたものだな。分別も何もあったものじゃない」

ざっと見渡しただけでもゴミの種類は悠に百を超えようか。
鞘は堆積したゴミに足を捕られない様気を配りながら歩く。

「こんなものまで……」

彼女が見上げたのは運搬用の大型トラックだった。
一体どうやってここまで運んで来たのか……あるいは女神がこのマップを創った際に、
自動的に配置された物なのかもしれない。
鞘は何の気無しに、荷台を覆う幌に手をかけ、中を覗いた。

「これは……!」

彼女が銃声と爆発音を耳にするのは、それから数分後の事である。





■ ■ ■ ■





礼の行動は迅速だった。
ホルスターから素早く拳銃を引き抜き、眼下の敵に向け迷わず発砲する。
練道は豹を思わせる身のこなしでこれを回避すると、
礼に向かってジグザグにゴミ山を駆ける。その距離は約三十メートル。
即座に踵を返し、ゴミ山を下り始める礼。
接近されれば終わりだという事はよく理解していた。まずは距離を取るのが先決。
ゴミ山の中腹辺りで振り返ると、もう練道は頂上を過ぎていた。恐るべき速さである。
山を下りきった礼は全力で走り続ける。躓いたら一巻の終わりだ。
礼がもう一度振り向くと、丁度練道が山を下り終えた所だった。

「(今!)」

礼は懐からカセットコンロ等に使用されるガス缶を取り出した。
それを練道目掛け思い切り投げ付ける。
先程拾い上げた際に、ガスが残っている事は確認していた。
後は適当なビニールに鉄釘や金属片、ガラス片等を包んで缶に巻き付ければ、
即席の手榴弾となる。
無論、缶に残留したガスの量如きでは、その威力もたかが知れている。
ただ、それで敵が一瞬でも怯めば事は足りる。
その隙に脳天と心臓に鉛弾を撃ち込めば良いのだ。礼にはそれが可能なだけの腕がある。

「喰らえ!」

怒声と共に放たれた銃弾は、礼には礫が届かず、
且つ練道が攻撃を阻止する事も出来ない絶妙な位置で正確にガス缶を射抜いた。
強烈な破裂音と共に、無数の飛礫が練道に襲いかかる。
それに対して練道は、両腕で顔面を庇い、散弾の様な礫の雨を防御した。
金属やガラス片が腕や側頭部を切り裂く。
これを無理にかわせば、その着地際を狙って弾丸が飛んで来るだろう。
練道は僅かに開けた腕の隙間から、礼の動作を見ていた。
彼女の『撃ち気』を悟れば、すぐにでも回避出来る様にだ。だが――
正にその隙間を突く様に、一つの鉄釘が回転しながら向かって来るのを、
練道の左眼が捉えた。不運としか呼べぬタイミングである。
咄嗟に顔を逸らしてかわす。その一瞬の隙を、礼は見逃さなかった。

「くッ!」

殺気を感じ取り、瞬時に横っ跳びで回避を試みる練道。
だが、二十メートル以上離れた位置から狙う礼にとって、
その回避はあまりに無駄なものだった。
右肩に衝撃。ほぼ間を置かず、右脇腹にも同じ衝撃。
この機を逃す礼では無い。残弾を全て練道に撃ち込む。
しかし正面に相対すれば、練道にとって弾丸を避ける事は難しくない。
それは二発の弾丸を受けた体でも同じ事であった。

「くっ、この……!」

がちん、と銃のスライドが後退したままロックされる。弾を撃ち切ったのだ。
礼は一瞬間逡巡した。この場で弾倉を装填すべきか、形振り構わず逃げるべきか。
弾を込めるのにかかる時間は三秒弱。装填しても弾丸が当たるとは限らない。
撃ち込んだ二発の内、脇腹を抉った弾丸は腎臓を貫いている可能性がある。
もしそうならば長くは持たない筈だ。まだ意志乃も何処かに潜んでいるだろう。
上手く誘導すれば潰し合わせる事も出来るかもしれない。
結果、礼は逃走を選択した。体を反転させる。
――出来なかった。

「喝ッッ!!」

ほんの僅かな逡巡が、礼を『永劫』の射程内に捉えていた。
彼女が最も警戒していた能力。頭の中でアラートが鳴り響く。

「(これほどの射程が……!」

礼の視界が映したのは、先程のお返しとばかりに飛来する塵芥。
練道はただ単純に、足元にあったゴミを蹴り飛ばしたのだ。
だがそれは、礼の作った簡易手榴弾とは比べ物にならぬ威力を秘めていた。
凶器と化した飛礫が、礼の全身に突き刺さる――!

「あぐッ、ぅああああッ!」

ようやく体の自由が戻った時には、礼の体はズタズタに引き裂かれ、
右眼にはガラス片が突き立っていた。
礫の量と全く無防備な状態で攻撃を受けた事を考えれば、
それでも両目が潰れなかっただけまだ幸運だと言えた。

「ぐっ……!」

四つん這いになった礼は手探りでガラスを引き抜く。ボタボタと赤い血が塵に染み込んで行く。
激痛が脳髄を責め苛み、視界が脈を打つ。右眼が熱い。じゃりじゃりと迫る重い足音。
礼は痛む体に鞭打って立ち上がった。

「まだだ……」

そう、まだだ。私はまだ何もしていない。
ここで倒れたら、私はただ意志乃鞘の手助けをしただけで終わってしまう。
礼は確固たる意志で弾倉を装填し、覚悟を決めた。

「来い」
「良い眼だ」

練道が応じた。礼もシグを構える。
第二ラウンドの幕が切って落とされようとしたその時――ゴミ山の頂上で爆炎が舞い上がった。

「ヒーロー参ッ上ォ!!」

聞き覚えのある勇ましい声と共に、白衣をはためかせたヒーローが振って来た。

「さて、今回の怪人にお相手願おうか?」





■ ■ ■ ■





今回まで様々な作戦を練り、強敵を相手にしてきた鞘だが、
事ここに至っては何のアイディアも浮かばなかった。
彼女もまた、礼と同じ様な考察をしていた……即ち、運の要素が強い。
碌に罠も仕掛けられず、そもそも何があるのかもよく解らない。
鞘は作戦の立案を諦め、その場で出来る事をやろう、という結論に至った。
その一つが今回の演出である。鞘はトラックの荷台に積んであった業務用ガスボンベを
銃声の聞こえた方角に向かって運び、その頂上で礼と練道を見つけた。
奇しくもそこは、ヒーローの登場場所としては最適の立地だった。
即ち高所で見通しが良く、なおかつ戦う二人を眺めて登場のタイミングを計れる場所である。
そうして頃合い良く改造ペンでボンベを爆発させ、実にヒーローらしく登場したという訳だ。

そんな演出の甲斐もあり、彼女は客観的に言って大善戦を演じていた。
現に、鞘は練道を相手に三分以上も立ち回っている。
練道が二発の銃弾を受けている事を加味しても、彼女の本来の実力と、
練道の武力を比較して考えれば驚異的な抵抗である。
だが……限界は、確実に近づいていた。

「く……!」

ぎりりと歯を噛み締めたのは礼である。
彼女にしてみれば死の覚悟を以て臨んだ相手を仇敵に取られたのである。
彼女のプライドはズタズタに裂かれた。
何度鞘の背中に照準を合わせたか……しかしその度に、
礼の警官としての思考が引き金を引く指を留まらせる。
予備の弾はもう無い。今の鞘を狙った所で当たるとは思えない……それは
前回の戦いで痛感した事だ。
それにもし仮に鞘を仕留めたとして、その後はどうする?
あの怪物相手に、残弾僅かのシグと二連装のデリンジャー、それにナイフだけで勝つ?
悪い冗談だ。よって今狙うべきなのは兼石次郎なのだ。
礼は迷っていた。判断を己の心に委ねるのか、理性に委ねるのか。
銃口の行く末は決まらない。

「うぁっ!」

練道の左拳を紙一重でかわす鞘。眼前の男の怪物性を、鞘はその身を以て味わっていた。
右肩と脇腹に被弾しているにも関わらず、その攻撃は恐ろしく疾く的確で、重かった。
鞘はポケットに突っ込んだ改造ペンを意識する。これを使えばあるいは。
だが、鞘はその考えを捨てた。兼石次郎は、あの金縛りの様な能力を使っていない。
つまり、武術家として戦っているのだ。ならば自分も素手で応じるのが道理。

「はあああああ!」

そんなプライドを懸けた一撃はしかし、あっさりとかわされ……
遂に致命的な一打が、鞘の腹部に叩き込まれた。
踏み込みながらの肘打ち。医死仮面戦の勝負を決した、あの一撃だ。
くの字型の体勢で吹っ飛ばされた鞘は、反応する暇も無かった礼に激突した。





■ ■ ■ ■





練道はゆっくりと横たわる礼と鞘に近づいて行く。
今の手応えからして内臓が幾つか潰れただろう。
最早戦闘が出来るコンディションとは思えないが、まだ試合終了のコールは無い。
鞘はほぼ死に体の筈だが、礼はまだ余力があるだろう。
銃というものは油断を突く為には十分過ぎる兵器である。事実今回も不覚を取った。
練道は注意深く歩を進める。
すると予想通りと言うべきか、礼が上に乗っていた鞘を押しのけて身を起こした。
ふらふらと体は揺れているが、残った左眼の光は未だ強い。

「ふん」

練道は息を吐いて大胆に距離を詰める。礼は拳銃の照準を合わせた。
いつ撃って来られても対応出来る様、極限の集中力を保ちながら歩を進める。
二人の距離が五メートルまで詰まり……礼の指が引き金を絞った。
同時に練道も反応、最小限の動きで弾丸を回避する。
礼は更に発砲するが、当たらない。練道はかわしながらも近づいて来る。
三メートル。踏み込めば攻撃が当たる距離。
練道が止めを刺さんと足に力を込めた瞬間、礼は予想外の行動に出た。
拳銃を離したのだ。
そして落下する拳銃を受け止めたのは、糺礼の胸から生える、もう一組の手。
――デリンジャーは?
一回戦の映像を見て、礼が胸に銃を隠し持っている事を知っていた練道は、
それ故に『有り得ない』と無意識に思っていた行動に対して一瞬困惑した。
礼は躊躇無く発砲した。
手で撃つよりも体幹に近い分、安定した集弾性を持った弾丸が練道の心臓を狙う。
弾は咄嗟に急所をガードした練道の左上腕部に喰い込んだ。
二発、三発、四発……撃たれながらも動き続ける練道は、弾切れを待っていた。
そして、がちんというスライドのロック音。
練道はガードを解いて最後の一撃を見舞わんとし――それが間違いであった事に気付いた。
礼は既に右手に持ったデリンジャーで狙いを付けていたのだ。
渇いた銃声が二発。一発は心臓に。そしてもう一発は右眼に。
弾丸は正確に練道の急所を貫いていた。





■ ■ ■ ■





「兼石を、倒してくれ」

蚊の鳴く様な細い声だった。
突然吹き飛ばされた鞘が、仰向けにのしかかった状態でそんな事を言った。

「ヒーローとヒロインが、力を合わせて悪役を撃退する……
 そんなシナリオも、悪くない」

馬鹿馬鹿しい、と一蹴しようとした礼に、鞘が言葉を続ける。

「私は後、数分で死ぬだろう……その前に、君に私の能力をかける。
 君は『ヒーローの意志を受け継ぐヒロイン』になる。その後は……君の工夫次第、だ」

礼は気付いた。これが最後のチャンスである事に。

「これで勝てなきゃ嘘ってものだ。違うかい?」

鞘はそう言って、群青の空を見上げながら笑った。
その数十秒後、デリンジャーを撃ち込む礼の姿を見届け、意志乃鞘は息を引き取った。





■ ■ ■ ■





かくして作戦は成功した。
弾は全て命中し、最後の切り札であるデリンジャーによる奇襲も上手く行った。
無い筈の物が在り、在る筈の物が無い。
それは奇しくも、ミドが一回戦でとった作戦と同じであった。

だが。
練道は倒れない。
心臓と眼球を撃ち抜かれてなお、彼の脳内には殺意が残存していた。
あまりにも予想外の事態が起こると、人はそれに反応出来ない。
ぎょろりと動いた左眼が、礼の視線を捉えた時、
同時にぬっと突き出された右手が、細い首を猛禽類の様に掴んでいた。

「がっ……ぐっ……!」

練道の口から、ごぼりと黒い血が噴き出した。
しかしその右手は冗談の様な力で礼の首を絞め付けた。
窒息どころでは無い。骨ごとへし折るつもりか。
礼はあらん限りの力を振り絞り、胸から生えた手に持っていたナイフを左手で受け取ると、
思い切り練道の首筋に突きたてた。ナイフは血管を断ち、気道にまで達した。
しかし、それでも。
その手の力は緩まない。

「(ああ、そうか)」

自らの骨が軋む音を聞きながら、赤く染まりゆく視界の中で礼は悟った。

「(こいつは、勝ちたいんだな。こんなになっても、諦められない程に)」

ごきり、と鈍い音を立てて、糺礼の頸骨が砕けた。
同時にずるりと礼の体が滑り落ち、地に倒れ伏した。
礼を殺し、試合終了のアナウンスが流れても、練道は立ち尽くしていた。
ただ立ち尽くし、礼の死体を見降ろしていた。
立ち上がって来れば、再び殺せるように。
無感情な左眼で、じっと見下ろし続けた。


最終更新:2011年11月11日 05:43