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野試合 日谷創面

名前 魔人能力
日谷創面 アゲンスト・トーフ
のもじTHEアキカン・クイーン・ヘッド 超強奪拘束裁判~DP奪取ver

採用する幕間SS
【日谷創面・実質エピローグ幕間】
(創面が英検を習得)

試合内容


『阿野次のもじVS日谷創面』 あとちょっとVS真野風火水土








 「機会」は偶然に。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 池松との幾度目かの戦いを終えた創面は、知らないうちに阿野次のもじとの試合が組まれていたことを知った。
「阿野次のもじ……。試合を観たことはあるけど、どういうことだ?」
 おそらく池松が創面へのLessonとして組んでいたのだろうが、池松は追われる身らしく、試合が行われない間は必ず姿をくらます。
 池松からの指示はただ一言、
「行ってこい(Eat tekko it:「行って来なさい」という意味の英語)」
 ただそれだけだ。
 池松の狙いは考えても仕方がない。行けと言われたら、行って、全力で戦うだけだ。
 気になるのはのもじ側の狙いだ。公式試合とはいえ、申し訳程度の賞金しか出ないこの試合に、痛みを伴う危険をおかしてでもそれを受ける理由が彼女にあるのだろうか?


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 控え室へ戻った創面は、控え室扉前で姉・奴子の姿を見つけた。
「あ、姉貴。」

「ふーんそうなんだ!頑張ってね、応援してるからねー!」
「あいあいよー。まあ~、ちゃちゃっとのしてくるから。弟さん。」
「うん!ボコボコにしちゃっていいからねー!」

 姉がのもじと話していた。
「ナンデ……!?」
 去っていくのもじ。姉が創面に気づく。
「ナンデ姉貴と阿野次のもじが仲良くお話してんの!?」
「何でって、同じ学年だし。」
 奴子とのもじは同じ希望崎学園の一年生だ。二人は友人ではないが、他人への気遣いができる日谷奴子は、こういった「機会」を逃さない。

「これを機会にお友達になれたら良いなーって思って、話しかけたんだよ。」
「これから俺はそいつと戦うんだけど!」
「あ、そうそうその事なんだけどさぁ。」
 奴子が創面に近づく。創面を指で指す。
「1回戦みたいに、女の子を平気で傷つけるようなことはしないでよね。特に頭を砕いたりなんかしたら、許さないから。」
 奴子は1回戦の録画を観たらしい。
 ああ、言うと思った。と創面は心のなかで呟いた。
「あ、あれはさぁ、姉貴。相手にちょっとでも隙を見せたら反撃されてただろうし……。俺の能力から言って、棄権をすすめるよりも頭を砕いたほうが手っ取り早……

 ――ガッッ
「何言ってんの!?」
 創面が床に倒れた。
「ぐっはっあ!ちょ……ちょっと待……姉貴っ!」
 創面に馬乗りになった奴子が持っているのは豆腐だ。彼女の能力でとてつもない硬度を保っている。

 ――ガッッ――ガッッ――ガッッ
「手っ取り早いからって!他に方法が!あるでしょうが!!頭を砕く!なんて!女の子を傷つけるなって!!いつも言っているでしょう!?」
「ちょ――ちょっと待て!!砕ける!俺の頭が砕けるから!!」

 ひとしきり創面を殴った後、フーっと額を撫でる奴子。落ち着いたらしい。
「まあ、大丈夫。聞いたところによると、のもじちゃんの能力は相手を変な空間に連れ込んで、ダメージの代わりに服が段々減っていくルールにできるんだってさ。これなら傷つけずに勝てるかもね。」
「痛てて……。 それって、阿野次を裸にひん剥けってことか?」
「あ、そっか。じゃあそれも駄目だー。」
「どうしろってんだよ!!」

 ひん剥く気はないが、暴力も使えないとなると、単純な創面には為す術が無い。
 実のところ阿野次のもじは、クイーンの「改ざん」によって服を奪われることへの羞恥心をなくしていたのだが、二人はそのことを知らない。


「頑張って勝ちなさい。よくわからないけど、これも修行なんでしょう?」
 ニッコリと笑う奴子。
「でっきるかぁぁ――――――――――――――――ッ!馬鹿姉貴ッ!!」


 ――姉貴なんて大嫌いだ!
 創面は心のなかでそう叫んだ。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ランダムで決められたMAPはホームセンターだった。
「まさかこの場所とは……。」
 不動昭良の戦った場所。創面が観たVTRとは、少し配置が変わっている。
 この場所で不動は池松とボルネオに打ち勝ち、2回戦で創面にうち勝った。
 3回戦で彼がどうなったのか、その様子は創面もリアルタイムで観戦していた。

『フーフフフ。不動昭良か、途中で音声の途切れがあったが、アイツぁ間違いなく転校生になった。何年ぶりか、珍しいものを見れたぜ。」
 創面に憑依した手芸者・ロクロが話しかける。
「あいつは、本当に転校生になったのか?転校生って人間がなれるものだったのかよ。」

 創面のいる場所は5階。文具・事務用品が並んでいる。
 創面はいつも通り、海パン一丁で姉に(しぶしぶ)借りた紺のエプロンとピンクの三角巾を身につけている。
 警戒しながらそこを進む。阿野次のもじの姿は見えない。

『ソメン。貴様が知らないのは無理も無い。これはこの世の秘儀。手芸者にも限られた者しか知られていない事実だ。まあ、神話級手芸者である俺は別さァ。
 不動昭良、アイツはここで池松叢雲に勝った。奴らの認識がぶつかった結果、不動の『インフィールドフライ』が池松の『統一駆』を殺したんだ。』
「殺したって……、あれはただ、先生の身体を浮かしただけじゃないのか。」

 本当に阿呆だな。と呆れた口調でロクロが説明する。

『あの英検野郎が、ただ宙に浮かされただけで何も出来なかったと、本当にそう思うのかァ?強大な肺活量。切断可能な手足。長い髪。手段はあったはずだ。だが出来なかった。不動って小僧にちょっと触れられただけで、手も足も出なかった。
 いいか? 出せなかったんだ。あの小僧はな、『統一駆』の認識にうち勝ったのさ。』
 そして、
『それが、転校生化の『鍵』だ。』
 ロクロはこの世の秘儀を明かした。
 もう一つの転校生化の条件についても、ロクロは検討がついていたが、確証は無い。それを創面に教える義理もない。ロクロの会話はただの暇つぶしにすぎない。

 文具の立ち並ぶ棚を通り過ぎる。のもじの姿は未だ見えない。
 おそらく、隠れて罠を施しているのか。警備室でこちらを監視しているのか。
 だったらこちらにも準備することはある。創面は階段へ向かった。

『それをあの小娘……白王みずきが小僧に教えたんだろう。推測だがな。何故あんな小娘がそれを知っていたかはしらねェが、能力を観た限りなかなか手芸者としての才能があった。』
「いや、それは関係無いだろ……?」
 ロクロ曰く、白王みずきは手芸の才能があるらしい。何故かはよくわからないが、そのためロクロは彼女に対しては一目置いているようだ。

『フフフ、ソメン。オメエだって無関係じゃアないんだぜ? あの英検野郎との戦いで、貴様は貴様の「姉」と認識の衝突を経験し、そして負けた。』
「……………ッ!」
 それは、話を聞いていた創面も思いついたことだ。創面の姉・奴子の能力で作られたエプロンは創面の『アゲンスト・トーフ』に打ち勝ち、トーフ化を完全に防いでいた。


『俺がお前の身体を借りて、ちょっとお前の姉貴に教えてやれば、お前の大事な大事な姉貴は晴れて『転校生』というわけだ……フーッフッフッフ!!』
「…………。」


 階段を降りる。

「……別に、姉貴が転校生になろうと知ったことかよ。」
『アァー? フーフフフ! めんどくせェ野郎だ。』
「黙れ。」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 1階の食品・医薬品売り場まで降りた創面は痛みを感じる程の異臭を感じ、思わずのけぞった。
「な……なんだこりゃあ!!」

 食料……果物や菓子類やレトルトの入った包装が、透明や白の液体にまみれ異臭を放っていた。辺りを見渡しても、ほとんどの食品には何かしら『明らかにヤバイ系』の液体がかかっている。
「くそ……ッ 先回りされたか。」
 創面の狙いはいつも通り『トーフ中毒』を利用した「痛覚の麻痺」にあった。トーフ中毒の多用が危険なことはわかっていたが、この大会にはワン・ターレンがいる。彼の魔人能力にかかれば、そういった身体異常も治してもらえる。


「もごもごもご(どっせーーい!朽ち果てろッ!!)」


 呆然とする創面の横から、少女の快活な声(?)
「――いいいいいいィッ!?」

 ウィイイイイイイイイイイイイイン!!!

 左横の通路から、台車に乗せられた3本のチェーンソーが騒音をたてて創面へ向かって突っ込んでくる。
 間一髪、それを避ける。壁に激突した台車とチェーンソーの物音が1階に響く。
「……ちぃッ!!」
 創面がのもじに向き直り、その姿を追おうとするが、……立ち止まる。

 背を向け逃げ出すのもじ。一瞬見えたその顔には、1回戦で見せたあの『マスク』が取り付けられていた。
『何だありゃア、手芸者の面頬のようだな。』
「あ――――やっべぇ!」

 この異臭……口にしてはヤバイどころじゃあ無い。
 創面は来た階段へ駆け戻り、のぼりはじめた。
 これ以上商品に近づき、体内にその気体を入れるだけで、創面は行動不能か、最悪死んでいたかもしれない。魔人でも危険な薬品など、このホームセンターではいくらでも手に入る。
 創面が必ずトーフを食べに来るだろうと踏んだ、のもじの策であった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 3階へのぼる。
 創面としては、姉に言われなくても、できるだけのもじを傷つけたくはなかった。
 できれば出会ってすぐに彼女に『超強奪拘束裁判~DP奪取ver 』をつかってもらいたいところだったが、そう上手くはいかないらしい。
 もちろん「機会」があれば、創面は平然とのもじを殺す。そこには、ロクロも認める彼の生まれつきの非情さがあった。これは、手芸者の家系として生まれた故の才能だ。

 ――やはり本気で戦るからには、『トーフ』を喰う必要があるな……。

 今のやり取りで確信した。例え能力が無くとも、阿野次のもじは一筋縄ではいかない。
 食べられるものなら他にもある。創面が先程から探しているもの……それは、

「あった!あれだ。」

 ペット用品の棚。ペット用の餌がそこに並んでいた。
 適当なドッグフードを手に取り、包装を開ける。
「うん、こういうのって、意外と美味かったりするんだよな。」
 創面はそのドッグフードを手に取ると、トーフ化し、口に含んだ。
『……ッ! おい、待て!ソメン!!』
「………。」


「…………ウヴォオオオオッ!?」
『バッカモンがッ!!早く吐き出せ!!』
 ロクロが叫ぶ。悲鳴と共に創面は口に含んだ物を吐き出した。
 口内が焼けるように熱い。
「ヴォエエエエ!! ゲホッ ゲホッ!! ……これは……!!」
『アァーア、やられたな……お前。今のは俺のおかげだぞ。感謝しやがれ。』


 ピロリロリロリロリロ!!!
 防犯ブザーの音。
 うずくまる創面。その数メートル先に現れる少女。
「ほいほいほーい。アラ・サー!見つけました!こいつがァーッ万引き犯ですぜぃっ!」
 のもじは既にマスクを外しており、手にしていた「注射器」を離れた場所の創面にくるりと突きつけている。注射内には無色透明の液体。何故かナースの格好をしている。
「罪状は窃盗罪。あと、ついでにシスコンの気がありますっ…!……えーとこれはあまり掘り出しちゃあいけないような気もするけれどっ!」
 のもじが何者かに話しかける。

「………ゲホッ ゲホッ こ……こいつ……!」
 ――あらかじめドッグフードの中に、その液体を入れておいたのか……!
 1階の罠はブラフ!創面はまんまと阿野次のもじの策にはめられたことになる。
「っていうか……誰、がシ、スコン……だっ……う……ううう。」
 やばい、急いで吐き出したものの、少し、めまいがする。これは『英検』の心身制御でどうにかなるレベルだろうか……?

「さぁさぁさぁ新本格・万引きGメンいっちゃんの捕物劇――!
 舞台は次のステージへ! そういう訳で本日も 元気にいってみましょう。 」

 すうぅ。と息を吸い込む。




 ――まずい、この状況で……!

「D ・ P ・ 戦・略ぅ―――――――――ッ!!」




 視界が暗転する。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


(ありゃあ、どう考えても姉嫌いじゃないね)
実況席で結昨日司は腕を組む。
画面を見ながら。
(そしてただの姉好きでもない……ぱっと見わかりにくいけど、他の女に興味がなさ過ぎる)
伊達眼鏡を指で弄びつつ、彼女は映像から捉えた特徴をもとに推量する。
(分類としてはシスコン。顔と性格から見て、他の女に全然モテないわけじゃないから、怪しいのは……ガチで変態ってことか)

そう結論づけると同時。特に映像に変化はなかった。

(次に見抜くのは誰かね……)
結昨日一族内でもピカイチの勘の冴えを持つ彼女だからこそ気付けたようなものだ。ほとんど偶然にも近い。
「……司さん?」
「え、はい?何でしょうか。斎藤窒素様。」
 窒素の呼びかけに、結昨日司は普通に答えた。
「……。」
(何だかたまに、司さんのキャラが変わるんだよねー。私も人のこと言えないけど。)
 窒素は考える。

(次に司さんのキャラが変わったときは、そのスカートを思い切りずり下ろしてやろう。)
 そう、かたく心に誓った窒素であった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「面白いね。」
 ロビーで試合を観戦していた真野風火水土(まの せかい)がつぶやく。
「真野さんはナースがお好みかな?」
 その後ろの席で、一∞(にのまえ むげん)が答える。

「いや、そっちのことじゃあ無いよ。」
 真野が後ろを向かずに答える。
 真野は今、一∞によって眼鏡の着せ替えをさせられている。
 2回戦で負けたことを根に持っているらしく、試合が終わった後も一∞は度々真野にちょっかいを出してくる。
「ああ、そうかい。ところで真野さんは黒縁眼鏡も似合うね。」
 一∞の眼鏡チェンジを片手で防ぎながら、真野が答える。

「司会と実況の二人のキャラが、ちょくちょくと変わるのを、君は気づいていたかな?」
「司さんは確かにたまに変わっている気がするね。伊達眼鏡の彼女の性格はチェック済みだよ。 他の子のことは、よくわからないな。」

「ふむ。これは推測だがね……。」
 真野が続ける。
「おそらく、局所的な『Dimensional crossover』が起こっている。」
「……? 今なんて?」

「阿野次君の歌でも使われていた言葉『Dangerous crossover』に似ているね。
『Dimensional crossover』は物理用語で『次元交差』を意味する。おそらく今、大会会場内で起きている不可思議な現象は、この次元交差の影響を受けた結果だろう。」

「ふーん……?」
 真野の銀縁眼鏡が取られ、代わりに黒縁眼鏡が掛けられた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


間奏曲『Dangerous crossover』
                      (作詞作曲:阿野次のもじ)
Dange-rous crossover!
Dange-rous crossover!
Beyond this point.no life is in danger ahead!!


   ☆!Ole!☆


識る者問わず、消える者追わず、這い上がり続けてきた。
機会(チャンス)を踏みつけ、可能性を排除しながら~
今日も明日も、俺たちは盗み合っていく


さぁ選べ!さぁ選べ!世界の死刑執行方ぅ
湯豆腐には絹ごしが向いている~


砕き、撃ち、理想の世界が紡がれる糸のなかで~
そもそも”シスコン”でキャラ起ては無理がある~♪


Dange-rous crossover!
Dange-rous crossover!
Beyond this point.no life is in danger ahead!!


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 のもじによって作られた特殊空間。
 周囲の影響を受け、ホームセンターらしい棚の並んだ広い空間。

 これまでの例に漏れず、創面は後ろ手に手錠をはめられ座らされていた。
 服装はいつもと変わらず、海パン一丁にエプロン、そしてピンクではなく、紺の三角巾。

 その隣で同様に、手芸者・ロクロが手錠をかけられ座らされていた。
「………!……!?」
 創面は一度彼の姿を見たことがある。2mを超える巨体。長い黒髪。縄の様な筋肉。黒いふんどしに黒いエプロンと、口と鼻を覆う黒の面頬。
「ん……?アァー なんだこりゃア。」
「何でお前がいんの?」
「さァな?」


 コツコツと、足音。
 前を向く二人。
 さっきまでのゴスファッションから衣装替えした阿野次のもじの姿が、そこにあった。
『DPなくして無罪なし。 ホームセンターで万引きとは、手芸者も落ちぶれたものだな。』
 "クイーン"のもじは冷たい目で階段上から二人を見下ろす。
 クイーンの姿は黒を基調としたノースリーブの和服。露出した脚には鎖帷子めいた黒の網タイツ。肘と手の甲は本物の鎖帷子で覆われており、さらに先程とは違う黒の面頬。頭上の大きな黒いアキカンヘッドには謎の「手・殺」の文字――「手芸者抹殺」?

 要するにくノ一の格好をしていた。

『教えてやろう。この空間は貴様らの精神を無理やり引きずり出し具体化したものだ。
 貴様らの精神は別個。よってこの場では貴様らは二人に別れる。』
「………??」
「はぁん……そういうことか。」
 混乱する創面を尻目に、ロクロは納得した様子で頷いた。
「微妙な服装の違いは、本人の深層心理が影響している……ってェ所だな。」
 そして、両手に付けられていた手錠をメキリ、といともたやすく外し、立ち上がる。
 創面に向き直った。
「じゃァあれか?ソメン。 ここでお前ェを殺したら、俺はどうなるんだ?」


 ――は?


 創面は一瞬ロクロの言葉を反芻すると、素早く立ち上がる。
 ロクロの言葉を理解した。
「ロクロ……!お前、まさか……!」
「ここで精神的にお前ェを殺しても、ワン・ターレンの治療があれば復活するだろう。
 だが、俺が貴様の身体の主導権を奪って、治療を「拒否」したら、どうなるんだァー?
 フーッフッフッフ!!」
「アホか!知ってるだろう!?ここじゃダメージを受ける『ルール』が違う!ここで消えても別に死ぬわけじゃあない!」
「アァー?そいつァやってみねェとわかんねェだろうが。なあ、『クイーン』さんよ……?」

 ロクロがクイーンの方を向く。
 しかし、既にクイーンの姿はなくなっていた。

「ふん……。アイツもそれを望んでいるようだぜェ?
 オラ、来ないならこっちから始めてやろうか。」
 そう言うがいなや、ロクロは裸足で白い床を蹴りあげる。
「―――――ッ!」
 それはまるでトーフのように簡単に砕け、飛び散った破片は「まち針」の形となって創面に襲いかかった。
「―――くそッ!!」
 身体をトーフのように捻り、それを躱す。
「おう、良い≪回転≫じゃねェか。毒が回っているにしてはな。」

 当然ロクロには『アゲンスト・トーフ』の力は無い。
 にもかかわらず、軽く床を蹴るだけでトーフのようにそれを砕く。その力。
 明らかにそれは「怪力」で片付けられる域を超えていた。
「ソメン。貴様にさっき毒を完全に食わせなくって正解だった。どうやら俺にも毒の効果は効いているらしい。これじゃあ全盛期の半分の力も出そうにねェ。」
 ロクロはコキコキ、と首を鳴らすと、創面を睨む。


「わかっているだろうが、俺にャあこの試合の勝ち負けなんてどうだって良い。
 人生にゃア「機会」がある。ソイツを逃す奴は、何をやっても駄目なのさ。
 お前から主導権を奪える「機会」が少しでもあるってんなら、やってみるだけだ。」
「…………。」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 説得は無駄と悟った創面は、手錠をトーフ化し外す。
「Cooooo………………」
 静かに、バイリンガルの呼吸を整える。
 『英検』を習得しているのは創面だけだ。心身制御。それで少しでも、毒の効果と周りを弱らせる。ロクロに勝つとしたら、この力の差を利用する他ない。
「はぁッ……アアアアアアアアッ!!」
 右腕をトーフ化、針の形に加工する。
 ロクロの回転加工技術がなくなった今、歪な形でそれは出来上がる。
 創面の回転技術は未だ未熟だ。
「――――――痛ぅうう!」
 激しい痛み。それを『英検』の力だけで抑えつける。

「そうだソメン。本気でこねェと、俺には絶対に勝てねぇぜ ッと!」
 ロクロが飛ぶ。
 気づいたときには、ロクロが目の前にいた。

「―――このッ!」
 創面が腕を突き出すが、それはロクロの手刀に当たり、とんでもない力で吹き飛ばされる。
「――――――うわあああああああああッッ!!」
 日曜大工の棚にぶち当たる。並んだ木の板が割れてはじけ飛ぶ。

 だが、

「あれ……?」
 あんまり痛くない。
 そもそも床を軽く砕けるロクロの「怪力」。創面の腕どころか胴体まで貫通し砕けてもおかしくないはずだった。しかし、創面は無傷。
「ちィ、聞いたとおりだな。やりにくいルールだぜ……。」
 ロクロが呟く。
 立ち上がる創面の着ていたはずのエプロンは、ほとんど紐だけになっていた。
「こいつァただの服じゃあ無ェ。魔人のDP(中2力)で作られた衣服だ。」
 この空間で相手に与えたダメージはDPに変換され、衣服が消える。
「なるほど……。」
 姉の言っていたとおり、これなら痛みは伴わない。
 しかし、創面の衣服は今の簡単な攻撃だけで、半分以上消えてしまった。

 ――あと一発、攻撃を受けたら、俺はロクロに消される。

 このままでは絶対に勝てない。逃げようにも、奴のスピードに勝てるとは思えない。

 ――落ち着いて考えろ。決めるなら、一撃。そして――

 ゆっくりと近づいてくるロクロ。創面は床に手をつき、高速で匍匐前進を開始する。
「―――――ウオオオオオォッ!」
 ロクロの目の前で跳躍!そして、
「シッッタァァーーッ!!(Sister:「姉」という意味の英語)」
 創面が振りかぶる針の腕。
「――馬ァ鹿がッ!!」
 ロクロはその腕を横からなぎ払い――

 パシュンッ と

 創面の針の腕が、横へはじけ飛ぶ。
「―――――――ッ!?」
 ロクロの攻撃が当たったわけではない。
 この空間では、敵からのダメージで身体欠損は起こらない。
 しかし、「自分で自分を傷つける」ことは可能だ。創面が腕を加工した時のように……
 ……創面は、自分の腕をトーフ化し、またしても切り離したのだ。真横に向けて!
 攻撃を受けさえしなければ、消されることはない。

 ロクロの腕が宙を掴む。

 そのわずかな隙をつき、
 残る創面の左腕が、
 ロクロの顔を鷲掴みにする。


 ――『アゲンスト・トーフ』!!


 相打ち覚悟。捨て身の攻撃。
「――ウッ…おおおおおおおおお!!」
 ロクロが叫ぶ。その両腕が創面の身体を掴み――


 ウィイイイイイイイイイイイイイイイイイイン


 とその直後、二人はつかんだ腕に力をこめ、互いの身体を引き離した。
 轟音を立てて突っ込んでくる物体は、台車に乗ったチェーンソー。
 二人に避けられたそれは、ガラリ、と空間の隅にある暗い穴へと落ちていった。

『……ふむ。「弱い方」が消えてくれると良かったのだが、
 相討ちで消えられるのは、わらわの望むところでは無いのでな。』

 ホームセンターから調達した手芸の道具(?)と、どこからか調達した黒い鞭を手に、
 クイーンが悠然とそこに立っていた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「……さん、司さん」
ふと見やると、窒素がマイクのスイッチを切って司をつついていた。
「あのロクロって選手、何者なの?」
結昨日映の撮っている映像を見ると、ロクロと呼ばれた男がクイーンを睨んでいる。
「……知らない」
「知らないって……あれもやっぱり手芸者?日谷選手の……」
「だから知らないんだよ。あれ以外の参加者24名は全員……まあ、内容のまともさはともかく、情報は調べ上げられてる。でも、あの選手だけは本当に何もわかってない」




「あ、またキャラが違う。」
「へ?」




「『限定全知』はどこやった!?こんのぉ司さんの偽物め!今だッッ!!えいやァ――ッ!」
 ズボッ!
 斎藤窒素が司のスカートをずり下ろした。
「え――えええええええええええええええええええッ!!??」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「映さん……こっちです! 早く! 急いで下さい!!」
 スタッフの誘導。

「ハァ……ハァ……!!」
 大会会場の通路を息せき切って駆ける美少女が一人。
 少女は重そうな撮影機材を抱えている。撮影担当の結昨日映だ。
「ハァ……頼む……間に合ってくれ……ッ!」

 彼女は今まさに試合で行われている『DP(Defense Pants)戦略)』の撮影中、
 実況席で現在行われている司と窒素の『DP(Defense Pants)戦略』を察知した。
 その戦略に参加するため、彼女はいち早く現場へ向かっている。
 試合の撮影を放棄して。
 映は考える。

 ――人生には……「機会」がある

 それは、人との出会いであったり、対話であったり、
 あるいは、運命を切り開くチャンスであったり、様々だ。

 ――その「機会」とはッ 今までの――自分の選択の積み重ねの結果「偶然」できた一度きりの「機会」である。そしてそれと同じ事は、二度と起きたりはしないッ!

「ハァ……!結昨日映。私は絶対に、この「機会」を逃したりはしない……ッ!
 絶対に、司ちゃんのパンツを――このカメラにおさめてみせるッ!!」

 映が走る。己のプライドを賭けて。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


『……おや?』
(おう?)
 クイーンが空間の異変に気づく。
 のもじの声がそれに答える。

『一人分のDPが消えたな……撮影担当か。』
 空間の支配者であるクイーンにはそれがわかった。

「……?」
「アァー?」
 創面とロクロが、じっとその様子を見つめる。
 二人は警戒し、動かない。
 クイーンは顎に手を当て、独りごちる。

『これは良い「機会」かもしれぬ。いや、これをおいて他に機会など無い……か。
 おいデコ娘。「アレ」を出すぞ。』

(りょーかい~……っって!?アラ・サー!しかし「アレ」は、まだ整備中でして……!!)

『かまわん、出撃だ。今こそ好機。使わない手は無い。』

(そんな 上官ッ! どうなっても知りませんよッ!
 ん――――じゃあ~  はじめましょうか?)

 クイーンの腕にはいつの間にかギターが抱えられていた。
「……は?」
『……いくぞ!』
(あいあいさー★)





――『完奏現世術≪フルソンブリンク≫』!!





「………………………………………………… は ?」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 『完奏現世術≪フルソンブリンク≫』は阿野次のもじ固有の魔人能力。
 パルプンテよろしく即興で唄う曲の内容が実現する能力だ。
 本来はインターバル(能力休み)が存在するため、大会期間中使用はできないはずなのだが、
 大会専属医はそれすらも解除可能である。
 しかもクイーンの、のもじへの「精神改ざん」は既に何度か行われている。
 パルプンテ(不確定)要素をある程度都合よく操作することも可能だ。

 ……では何故、彼女は今まで『完奏現世術』を使わなかったのか。
 大会に参加登録する際、彼女は正直に自分の能力を明かした。
 その結果、「いや、それ使われると試合にならないんで。」という運営からの返答。

 そのため彼女はやっぱり正直に、その能力が現在「使えない」ことを話し、
 「使えない」ものとして申請した。

 大会運営のスタンスは「面白ければ何でも良い」である。
 だからこそ、ボルネオのような魔人でも参加することが出来た。
 しかし『完奏現世術』は駄目。基準は曖昧だ。

 虚偽申請はルール違反。
 果たしてこの能力を使うことが、虚偽申請に当たるのか。
 試合中に試合を止めさせられたら、元も子もない。

 できるだけ使わないようにしていたが、運営の目が届かない、今なら。
 そしてこれはクイーンもあずかり知らぬことであったが、試合状況を正確に把握できるはずの司は今、己の『DP戦略』真っ最中であった……


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


『奪えや奪え!億千の万乗のDP!
手芸者どもを、再拘束――っ!
決して壊れぬ拘束具★決して変わらぬ拘束具★
ミラクル★ミラクル★
ですとろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!』


 ぽわわわわ―――――ん★


 たちまち現れる拘束具に、二人の手芸者は大の字に張り付けられ、手足を拘束されていた。
「――なッッ……!?」
 半壊した創面の右手だけは拘束されていないようだが、何かおかしい。

 拘束具に『アゲンスト・トーフ』が効かないのだ。
 そしてロクロにもまた、その拘束具が壊せないようだった。
「なん・だ・こりゃーーーーーーーーッ!聞いてないぞ!」
「アァー……堅いな……この拘束具は。」

『無駄だ。「能力無効化」と「攻撃無効化」の拘束具。壊すことはかなわん。』
 歌い終わったクイーンは元のテンションに戻ると、ギターを置いた。
 どこからともなく大量の「布地」を取り出す。
『一応準備しておくか。』
 そう言うと、手芸キットを取り出し、チョキチョキと適当に加工し始めた。
 身体にそれを纏い始めるクイーン。

「……あ、あんた何してんだ?」

 ――まさか、手芸者のつもりか……?

 くノ一姿だったクイーンはカラフルー☆な布切れを幾つも身に纏い、それは1回戦時のようにパリコレの有名デザイナーが
よくやるジャポンを目指して『やっちゃいました』的な衣装の感がありありとでているデザインとなった。しかも前よりも酷い。
 クイーンは感情のこもらない眼で二人を睨む。



『これぞ、無限DPアップのジツ(術)だ。』



 ――な
「なんだそりゃあああああああぁッ!?」
 そんなのアリなのか!?
『アリだ。ここはわらわの支配する空間。わらわがルールだ。』
 しかも心を読まれた。
「は……姉ちゃん……、俺、もう嫌だよ……。」
 張り付けにされた創面が肩を落とす。
 今回は訳のわからないことが多すぎる。
 それは、股間をもぎとっても、不動に負けても、池松に殺されても、折れることのなかった創面の心が折れた瞬間であった。


「――ふん。」
 対してロクロは、動じない。
「そりゃアただの布切れじゃあ無ェな、今までに奪った魔人のDPだ……違うか?」
『ほう……。その通りだ。』
 クイーンがロクロに近づく。……その手には黒い鞭。
『試合の勝利は二の次。
 わらわの目的は、神話級手芸者ロクロ。 貴様の馬鹿でかい「DP」を奪う事。』
「けっ てめえ…… 人間じゃア無ェな。」
『……わらわは"クイーン"。』
 クイーンは手にした鞭をバチン!としならせると、動けないロクロを激しく打ちつける。

「………ッ!……ッ!」

 少しずつ、ロクロの黒いエプロンが欠けていく。DPを奪われているのだ。
「……ちィっ 痛みは無いが あまり良い気はしねェな。」
『光栄に思え。このDPを頂いてわらわは「完全復活」を遂げる。』
「……けッ。」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 その横で、肩を落としたままの創面。
 どうやらDPの少ない創面に、クイーンは用が無いらしい。
 『アゲンスト・トーフ』が効かない拘束具。彼にはもはや為す術がない。
 ふと、目の前の空間がゆらぐ。
「………?………」
 クイーンとロクロの姿が霞み、
 次々と、
 別の何かが見え始める。
「……何だ これは……。」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 それは、死んだふりをする糺礼の姿。
 漏れそうになる羽山莉子の姿。
 創面を撃ち殺す小波連の姿。
 不動を倒す池松の姿。
 列車内で自慰をする一∞の姿。
 矢塚一夜に負ける真野風火水土の姿。
 のもじを犯す姦崎双の姿。
 ポイズンジャイアントパンダに乗るミドの姿。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 これは、あったかもしれない「過去」の世界だ。
 それら、あらゆる「可能性」が創面の前に姿を現し、消えていく。

 ――くそ……どうなってんだ。 俺は、おかしくなったのか……?

 「可能性」はやがて「現在」へと近づく。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 白王みずきにキスをする羽山莉子の姿。
 不動に勝つ創面の姿。
 衣服を脱ぐ一∞の姿。
 勇者ミドに勝つ阿野次のもじの姿。
 勇者ミドに勝つ真野真野風火水土の姿。

 そして、「転校生」になること無く、白王みずきに勝つ不動昭良の姿。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ――そうだ、不動昭良。 ……こうなる可能性だってあったはずだ。

 創面は不動の姿を追う。
 転校生にならなかった不動昭良は、やがて勇者ミドを倒し、大会で優勝する。
 優勝した不動は、将来を期待され、成長し、魔人警官として成功するだろう。
 これは、在り得た未来。彼の幸せな未来だ。



 ――不動、お前は今、どこで何をしているんだ……?



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 実況席で存分に司のパンツを撮影したカメラは、今は試合に戻り、
 クイーンに激しく鞭を打ち付けられるロクロの姿を映し出していた。

「そもそもこれだけの魔人同士の試合。命の取り合いだって何度も行われてきた。」
 真野は後ろの席の一∞に話しかける。というよりは、言葉にすることでその考えを整理しているように見えた。

「敵対する魔人を殺すと、DP(中ニ痕)が発生する。これは魔人の魂。……と言われているが、 蘇生によって新しいDPが本人に宿ることを考えると、少し違うようだ。
 おそらくDPは魔人の「認識」のエネルギーみたいなものだろう。
 例えば一∞君なら「眼鏡は最強」という認識そのものがDPとして結晶化する。」

「うん。僕は確かにそう考えている。眼鏡は最強だね。」
 一∞は司のパンツが見れたことで満足気だった。

「発生したDPは普通、勝った魔人が手にする。
 しかしこの大会ではそのまま女神の作った人工的な空間に放置される。
 その不安定な空間に、「認識」のエネルギーが放置されるとどうなるか。」

 真野が間を置く。
 その隙に一∞がモノクルをとりだし、真野に掛けさせようとする。真野はそれを防ぐ。

「魔人の「認識」はそれ自体が空間をねじ曲げる力だ。
 DPは別の「世界」のDPが存在する空間と共鳴し、近づこうとする。
 別の世界とは、本来あったかもしれない分岐した世界。可能性の世界だ。
 そういった「次元交差」は現実の空間にも、本来在り得ない世界の影響を与える。」

「はあ。それが、司さんのキャラが変わってしまった原因だと……?」
「そういうことになるね。別の世界の司さんとの「混線」が、その原因だろう。
 今この場にいる我々だって、連続した空間に存在しているつもりでいるけれど、
 果たして「別の世界」に迷い込んでいるかもしれないんだ、」

 その違和感に気づかず「連続性」を保ったつもりでいられるのは、自分の意識があるからだ。
 例えば勇者ミドなら、自分の記憶を消して意図的にその「連続性」を絶つことができる。
 そうすれば、その別の世界に溶け込み、異物として排除されずにそのまま過ごすことができるだろう。しかし、普通はそうはいかない。別の世界に迷いこんでも、いずれは元の世界に戻ってくる。結昨日司のようにいつの間にか。

 納得できないと言った感じの一∞は、少し考え、口を開く。
「例えば真野さんが、卑怯な真似をしないで僕にボロ負けした世界も、在り得たと……?」
「そう。一∞君が目の前でストリップを始める世界もね。」

 真野がそう言うと、一∞は席ははたと座り、膝を打つ。
「そうか、その手があったか……。」
 モノクルをいじりながら、呟いた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「アァー……おい、クイーン。いつまでDPを奪うつもりだァ?」
『無論、お主が消えるまでだ。』
 我にかえった創面が見やると、
 クイーンの攻撃はなおも続いていた。
「チィッ……。……このまま俺が消されて、ソメンがその『治療』を拒否したらどうなるか。 ちとまずいな。おい、クイーン。 ……取引をしないか?」

 クイーンの攻撃が止まる。
『言ってみろ。仮にも神話級手芸者だ。』
「ああ……。DPを得るならもっと良い素材がいるって話だ。『転校生』がな。」
『ふん。不動昭良の居場所を知っているのか?』

「違えよ。俺が言っているのはアッチの小僧の『姉』の話しさァ。」
 ロクロが創面に顔を向ける。

 ぞわり、と悪寒が走る。……こいつ、まさか。

「ソメンの姉は……転校生になる可能性がある。いや、すぐにでも俺が成らせてやろう。」
『ほう?』

 まさか、やめろ。

「こいつの姉はなァ。転校生化の条件を満たしている。限定公開の野試合だ。
 気づいているのは俺と、 こいつだけさ。」

 転校生化の秘密。検閲に引っかかるレベルの会話内容。
 クイーンはただのアキカンではない。ロクロの話す意味を理解できる。

「やめろロクロッ!!    ――ふ ざ け る な ッ!!」

 創面が叫ぶ。ロクロはそれを、横目で一瞬だけ見ると、クイーンへ目線を戻す。
「かまいやしねェ。俺がこいつの身体を乗っ取れば、それも出来る。
 こいつとその姉は仲が悪い。転校生にして、消しちまったほうがこいつの為にもなる。」

「―――――な…… おい、 やめろ……やめろ!!」

「アァー? 違うかよ、ソメン。お前はいつも言っているだろう。
 『姉貴なんて大ッキライだ』ってな。 なあ 違うかよッ!?」
 ロクロが叫ぶ。

「バ…… な  俺は 姉貴 を……。……。」

「アアアァーーーーッ!? 聴こえねェなーッ!?言えよ 嫌いだと!姉の事がッ!」
 創面がうつむく。

「……。
 …………だ。」

「アアーーーッ!?」




「姉貴のことは 大 好 き だ! !

 絶対に消させたりしねェ ッッつってんだよ こンの豆腐馬鹿野郎がァァ―――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 実況席の斎藤窒素は聴いた。
 ネットでリアルタイム観戦していた友人も聴いた。
 創面とこれまで、話をしたことのある選手も。
 創面と戦ったことのある選手たちも、聴いた。
 そして、その全員がこう思った。


 ――「「「 いや知ってるよ、そんなこと……。 」」」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 大声で愛を叫んだ創面だったが、だからといってそれ以上に出来ることがない。
 無言でこちらを眺めるクイーンとロクロ。これは恥ずかしい。

「それで?」
「……。」

「ソメン。貴様はいつも「その力」だけで何とかしてきたんじゃアなかったかよ。
 何をしている? ……さっさとそれを 実 行しろ。」

 ロクロの言う「その力」とはもちろん「シスコンの力」の事だが、それだけではない。

「あ、そうか。」
 創面がそれに気づいた。
 ロクロはわけもなく創面を煽ったわけではない。
 ロクロが取引を持ちかけたのはクイーンではなく、創面の側だ。
「……ちっ……やってやるよ!」

 『アゲンスト・トーフ』!――己の身体をトーフ化する。
 メキメキと、創面の手足が歪み、拘束具から抜けだした。
 拘束具を壊せないなら、自分の身体を壊せば良い。

「痛っってああ―――……ッ!」
 床に落ちる。元々失くしていた右手以外の両手足が、おかしな形に歪んでしまった。
『………。』
 クイーンが無言で近づく。
「――ッ!」
 しなる鞭。創面は転りそれを避ける。

「テメエの姉貴が居なくなったら、誰があのトーフ料理をつくるんだァ!?
 売るわけねェだろうが!?ソメン、姉を助けてェんなら さっさと俺の手足も「壊せ」!」

「言われなくても……!」
 創面は匍匐前進でロクロの拘束台へ這い登ると、ロクロの両手両足をトーフ化した。
「――ウッッシァ!!」
 ロクロの両手両足がひしゃげ、拘束台から解放される。
『…………。』
 クイーンは動じず、二人を睨む。

 自身の手足を見るロクロ。
「アァー、これじゃァ 武器を造ることもできねェな。」
「我慢しろよ。豆腐馬鹿。」

 手芸者の命である手先が破壊された今、
 彼らに武器を造ることも、扱うこともできない。
 さらに二人には、未だに「毒」が回っている。

「ま、大した問題じゃあ無ェさ。 おいソメン。 協力してやる。テメエはサポートしな。」
 ロクロが「協力的」なのは、いつも「強敵」を相手にした時だけだ。
 要するにこいつはバトルマニアなのだ。と、創面はここまで来てやっと気がついた。

 ――という事は……

 そのロクロを前にして、クイーンは腕を組んだまま立ちはだかる。

『ずいぶんとやる気のようだが。忘れるな。
 わらわは元々、お主ら二人を一人で相手取るつもりだったという事をな。』
(ヒャッハーッ! 私もいるけどねー?)



 ――もしかして、こいつ。めちゃくちゃ強い……?



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「シャッコラアアアアァァッ!!」
 ロクロが動く。
「―――――ッ!」

 パチィィンッ!

 鞭の音。
 創面が気づいたときには、こちら側にいたはずのロクロは、
 クイーンを挟んだ側でこちらを向いていた。
「ちっ……。近づけねェな。」

「つーか、速っ……!」
 創面はまだなにもしていない。
 足先を半壊し毒が回っているはずのロクロのスピードもおかしいが、
 それに反応できるクイーンもどうかしている。

 自分にできることはあるのか……?
 ――いや、あるのか。じゃない。やるんだ。
 クイーンは「完全復活」と言っていた。創面はこれが気になる。
 彼女は阿野次のもじではない。

 張り付けにされていたとき、創面は幻視していた。
 「完全復活」したクイーンが、街を破壊し、姉の住む日谷家を破壊する様子を。
 それはこれから起こる可能性の一つにすぎないが、なんとしてでも、それだけは避けなければならない。

 呼吸を整える。
「ハァ……ロクロ! いくぞッ!!」
「さっさとしやがれッ!」
 創面は高速匍匐前進を開始する。
「―――――――――!!」
 クイーンの周囲を周回し、「腹」の粒子をこすりつける。
 それは『アゲンスト・トーフ』の効果を保ち、床をトーフ化する。
 これでクイーンは身動きがとれない。

「オラヨッッ!!」
 ロクロが床を蹴り上げる!
 いくつもの礫がクイーンへ向けて放たれる。
「…………!」
 クイーンが鞭を使い、それを正確にはたき落とす。
 さらに創面がぎりぎりクイーンの間合いを動き、牽制する。
 あと一度でも攻撃を受ければ、創面もロクロも消えてしまうはずだ。


「ヴォラッケラアアアアアアアアッッ!!」
 ロクロの跳躍!
 クイーンに向けて真っ直ぐにとびかかる!
 ロクロの長い腕。リーチは互角。
「――――――来るか手芸者ッ!」



 バ チ ンッッ!!、と



 激しい音を立てて、ロクロの身体が消失した。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 待合室で試合を観ていた創面の姉・奴子は、
 今は大会会場を後にし、家路を歩んでいた。
「ったく 何言ってんだか。あいつは……。」
 試合中、彼らの会話にはほとんどノイズが混じっており、
 創面の謎の告白だけが観客には聴こえていた。
「どうして突然あんなこと叫んだんだろう。」

 創面にエプロンと三角巾を貸した奴子は、今は唯の女子高生の格好である。
 せめてものアイデンティティを保つため、豆腐屋の笛を取り出す。
 奴子はそれを口に咥え、吹き鳴らそうと顔を上げる。
「……?」

 見上げた空に、何か黒い……学生服を着た男の子の姿が見えた。
 それは気のせいだったのか、奴子が眼を凝らす間もなく、消えてしまった。

「何だろ 今の。」

 まさか、噂の「転校生」だろうか。
 気の毒な少年の噂は、奴子も聞いていた。

 ――そうだとしても、自分には関係のないことだけど。

 弟が姉の転校生化を防ぐためにあんな叫びを発したことを、
 奴子は知らない。

 ――まあ、創面も最近頑張ってるみたいだし、帰ったらまた豆腐料理をつくってやるかな。

 笛を吹き鳴らすのをやめて、奴子は歩き出した。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「な………………ロ……。」
 ロクロが負けた。

『捨て身の攻撃とはな。やれやれ、これじゃあ赤字だ。』
 クイーンは自分の服装を確認する。その衣服の半分が消失し、肩と脚が大きく露出していた。
『まあ、お主に負けたら。の話だがな。』
 マスクに隠れた不敵な笑み。
「~~~~~~ッ!!」


 創面がクイーンに背を向けて駆け出す。


(アラ・サー!イイんすか?逃しちゃってー。)
『この狭い空間でどこに逃げるというのだ。……それより。』
 クイーンが下を向く。
 そこには宝箱。
 創面から奪った彼の本来のエプロンと三角巾、そして豆腐屋の笛が入っている。
『こいつを処分してしまおう。手芸者に慣れた道具を使わせるのは危険だ。』
(あらっさっさー♪)


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ――ロクロが負けた。一撃で!
「まずいまずいまずいまずいまずい……ッ!!」
 棚に身を隠し、息を殺す。
「ハァ……何かないか! 道具になるものは……!?」
 ここは半分ホームセンターの体をなしている。
 道具ならたくさんあるが、
 現在。創面の右手は失われ、左手は半壊していた。
「くそォ……。」
 両手は豆腐屋の、手芸者の命だ。

 ――宝箱……データによると、あそこに道具が入っていたはずだ。
 糸巻きとして使える、豆腐屋の笛が。
「なにしてんだ、俺は。」
 あれを口に咥えて戦えば、まだ何とかなったかもしれないのに。
 棚に手芸の道具がないか探したが、既にクイーンが回収した後だった。

 目眩がする。
 落ち着け。バイリンガルの呼吸を整えろ。
 英検による「一撃」を狙え。
「Coooooooooo o o o o o …………」
 例え手足を失おうとも、利用できるものはあるはずだ。
 本物の手芸者なら、それができる。

 ――そうだ。この「エプロン」って……。いつものと変わらないよな……。
 試しに『アゲンスト・トーフ』を使ってみる。
 ……トーフ化した。
 ――さすがに姉貴の能力は付いてないか。
 ロクロ曰く、潜在意識がつくりだしたDPの衣服。
 自然と、愛用のエプロンと三角巾になったのは当然かも知れない。

 ――ひょっとすると。
 何かを思いつく。
 第3回戦の試合。創面は「不動が勝った世界」も幻視した。
 そのときに気づいた。ある共通点。
 ――不動。お前に礼を言わなきゃあいけないかもな……。
 心を落ち着かせ、バイリンガルの呼吸に集中する。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「あの阿野次君は、あきらかにミド君が頭上背後から奇襲をかけて倒せる相手ではないね。」
「あれも次元なんとかのせいだって言うのかい?」
 一∞が質問する。彼女は未だに真野の理論が納得行かないらしい。

「いや……。これはそれとは関係ないかもしれないね。」
 真野は何か別のことを考えている様子で、前方の巨大モニターを見つめている。
「さっきまで、張り付けられていた日谷君の様子がおかしかった。
 阿野次君のとりこぼしたDPが、女神の空間に影響を与えていたのだとすると……。」
 そう言いながら真野は懐から金貨を取り出した。イデアの金貨。

 真野が銀縁眼鏡に手を添え、一∞の方を向く。
「一君、賭けをしないかい? 君が勝ったら、私は君の望む眼鏡を掛けよう。
 私が勝ったら、これから私のする事に協力して欲しい。」
「いいね。やろう。 僕は表で。」
 何の協力かも聞かずに、一∞は承諾した。

 真野がコインを投げる。――裏が出た。

「裏か……仕方ないな。それで、何を協力するんだい?」
「それは道すがら説明しよう。」

 コインを拾い、真野が席をたつ。
 一∞は訝しげにそれについて行った。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 バチィィィンッッ!!

 クイーンの鞭が創面を狙う。
「―――――――――ッ!!」
 隠れている所をクイーンに襲われた。
 回転し、それを避ける。

『さあ、時間をやった分、何かしらの策は練ったのだろうな?』
「Coooooooooooooooo―――――………!」

 あと一度でも攻撃を受ければ、創面は消されてしまう。
 呼吸は乱さない。創面はクイーンに背を向けて、走りだす。
(あれあれ、道具らしいもんは持っておりませんなぁ)
『奴め、道具を持たずに――『英検』の力だけに頼るつもりか?』
 クイーンが鞭をしまい、代わりの道具を取り出す。

 パァァンッ!!

「―――――っ!」
 研ぎ澄まされた呼吸が危険を察知する。間一髪それを避ける創面。
 クイーンはドライヤーのようなもので創面に狙いをつけている。ホームセンターで手に入れたネイルガン。それで釘を発射していた。当然クイーンによって安全装置が外されている。

 パァァンッパァァンッ!!

 クイーンがあらぬ方向へ釘を打ち込む。
 それは商品の木材を破壊し、
 さらに衝撃で棚そのものも創面へと倒れこんだ。
「――――――――――――――――――――――――――――――っ」
 木材の煙が立ち込める。
「oooooooooooooooo………」
 創面はなおも、呼吸を崩さない。
 クイーンが近づく。
『それでその英検だけで、わらわの残りDPを削るつもりか?』
 布を纏うことによって増加したクイーンのDPは、ロクロのそれをはるかに超えている。
「oooooo………」
 パァァンッ!!
 釘が打ち込まれる。
「……。」
 創面は半壊した掌で木材を掴み、それを防いだ。
 木材から顔をのぞかせる。





「――そうだ(Sword:「武力」という意味の英語)。
 既に……バイリンガルの呼吸は完成している。」





『ほう、その程度の英検で「身体」を制御して、一体何になる?』
「……制御するのは、「身体」じゃあない。」

 ざわり、と。創面の身に纏う紺のエプロンが、三角巾が蠢いた。
 ザ…ザ……ザ ザ ザ
 紺色の布地が、創面を包み込む。
『―――――――!?』
「アイツが教えてくれた。「真」の手芸……。」
 ザ…ザザ…ザ…ザ…ザ…
 ロクロは言った。「白王みずき」には手芸の才能があると。
「その才能――理想の形……。」
 ザ…ザ…ザ…ザザザザザザ!!ザザザザザザザザザッ!!!
 みずきはその能力で纏った水を衣服に変えることができる。
 特に第3回戦では、多量の水を取り込むことで、その場で衣装を変化させる様子を見せている――それは「不動の勝った世界」でも同様だ。
 だからこそその様子は、創面の印象に残っていた。
 衣装の変化。必要なのは、潜在意識下でのイメージの創造。

 そして、それこそが「手芸」の到達点。

『――――貴様。DPの衣服をコントロールしているのか……?』
 ザァァ…ザワザワザワ……
≪手足を使わずに、イメージだけで「創造性」を発揮させること……!≫
 創面の全身を、包帯めいた、紺色の手芸者装束が纏う。
 衣服の質量は必ずしもDP量に比例しない。
 それは、ロクロの衣服がエプロンとフンドシのみだったことからも明らかだ。
≪それが、「真」の手芸者の力――!≫




「ハァ…… 最初の「一撃」なら 「そうだ(Sword)」の時点で話っているぜ。
 『英検』による『精神制御』をな。」




『――――――ッ!』
「潜在意識のコントロールなら 俺だっていつもやってるんだよ。
 ――――あの 豆腐馬鹿のせいでなァッ!!」
 パァァンッパァァンッパァァンッッ!!
 吐き出される釘!
「――――シイッッ!(SI:「特に意味は無い掛け声」)」
 創面の右腕にぶち当たる!
『―――――「右腕」……!?』

 その右腕はそもそも失くしたはず。

 創面が左手の指を二本、額に押し当てる。
 ザアァ…
 「右腕」が修復された。
『なるほどな、衣服で作った「義手」というわけか。面白い。』
 衣服に与えられたダメージでは、衣服は消失しない。

「自分で壊す事はできても、他人のものは壊せない。
 これは身体だけじゃあ無くって、衣服でも同じことだろう……ッ!?」
 創面が跳躍する。

『来るか……!』
 クイーンが身構える。
 しかし、創面はそのままクイーンを飛び越える。
『―――――――――ッ!』
 創面の全身から伸びた糸――!
 木材の破片と絡まり、クイーンの頭上から覆いかぶさろうとする……!

 クイーンは即座にそれを回避。

 パァァンッパァァンッパァァンッッ!!

 さらに釘を打ち込む。
「――――シイッッ!(SI:「特に意味は無い掛け声」)」
 創面は右腕でそれをガード!
 強力なネイルガン。しかし不動昭良の射撃には及ばない。
「―――――スタァッッ!!(STER:「特に意味は無い掛け声」)」
 バラリと、腕に打ち込まれた釘をクイーンに向けて投げつける。
 しかし、
『小癪者が――ッ!!』
「――――ッ!!いいいいいっ!?」
 クイーンはそれを意に介さず、創面へ一気に間合いを詰める!
 回避――間に合わない……!!
 クイーンが創面の顔面に狙いをつけ、




 パァァァァンッッ!!




 顔面をガードする創面。生身の残る「左腕」に釘が突き刺さる!
 ――『決まった!!』
 この一撃で創面のDPはゼロ……!!
 しかし、
 創面の「左腕」が身体から 引き離される。
『――――!……』
「豆――(too:「~もまた」という意味の英語)」
≪自分の身体でなければ それは「ダメージ」では無いッ!≫
 ガードの寸前、創面はあらかじめ左腕をトーフ化し、切り離していた。
 手芸者・ロクロの回転技術!身体をひねり≪回転≫させる!


 その左腕は、そのまま包帯のような衣服と共に、バネのように伸び――――




 ――――――――――――――――――――

              ―――――――――――――――――――――――――――



 ――――――クイーンの「手・殺」と書かれた「アキカンヘッド」にぶち当たる――ッ!!


「―――――――腐ッ(hook:「留め金」という意味の英語)!!」
 カァァァァンッ!



 はじき飛ばされるクイーンの本体「アキカンヘッド」
 クイーンとのもじは別個の存在だ。それを分かつ事は「身体損傷」に当たらない。
 クイーンは「ヘッド」にだけ布を纏わせていなかった。
 それはすなわちその「ヘッド」がのもじとは別存在――DP戦略のルールに則さない、空間の主であることを意味していた。
 創面はその違和感に気づき、狙ったのだ。

 ヘッドはカンッと床を跳ね返ると、空間端の深い穴の底へと落ちていった。

「あ、……ありゃりゃ。」

 精神リンクが切れたのもじが、身体の主導権を取り戻した。
 両腕を上げる。釘の弾数はもう残っていなかった。


「えーーっと、投降しまーす。」


「ああ……。なんつうか、 お前も大変だな。」


 ――まあ、良いコンビなのかもしれない。俺たちとは違って。


 斎藤窒素による試合終了の合図が脳内に響き渡る。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「有難う、一君。ここから先は私一人で大丈夫だ。」
「そうかい。」

 真野風火水土と一∞は現在試合参加者ではない。
 大会会場の選手専用の区画。試合の間は、部外者が入ることはできない。
 一∞の『眼鏡サーチ&イリュージョン』を使うことで、
 二人はそこへ侵入することに成功した。

「しかし、真野さんは本当に博打好きだね。」
 一∞が呆れたように呟いた。
「そういう性分なのでね。」
 真野が背を向けて歩き出す。


 無機質な白い通路。真野の足音だけがコツコツ、と響く。
 観葉植物の置かれた交差通路を右に曲がる。
 世界を渡り歩く真野には『戦闘賭博』という二つ名がある。
 これは、いつだって博打勝ちを狙う真野の性分そのものだ。
「さて……。」
 もう一つ曲がり角。真野が足をとめる。


「あいてててて、アラ・サー。いや曲がるから。首が曲がるから。
 だってだって司令塔を失くした私にどう戦えと言うんですかー。
 そもそもあれに勝った所で私にメリットが……あいててて!」


 少女の声が近づく。
 真野が角から勢い良く飛び出す。
「うおっとッ!!」
「うわっ!?」

 ぶつかる二人。
「うわー!え?真野のおじ様っ!?」
 阿野次のもじの足に真野が引っかかる形で倒れ込んでいる。
「これは……何というToLoveる……っ!」
『何を馬鹿な事を言っておる。』
 女王が突っ込む。

「のわああああああああッッ!?い……痛いッ!」
 突然真野が叫びだす。
「え、ええーーっ!?何、どういうこと!?」
 困惑するのもじ。
 苦しむ真野の胸元は、……赤く染まっている。

「あ……ああ。今ので胸ポケットのナイフが、すこし刺さったみたいでね。
 だからまるごしで入れるべきでは無かったのだが……痛てててて。」
「え、えーと、ど、ど、どうしよう?アラ・サー!」
『ええい知るか!落ち着け。自分で何とかせんか!』

「ワ……ワン・ターレンの治療なら、すぐに治るのだが……。」
「あ、そっか。」
 のもじがカードを取り出す。
 それは、試合参加者のみに貸し出されるカードだ。これが無ければ、医者の治療室も、試合場への転送室へも入ることはできない。
 そのカードはのもじの物らしく、可愛らしい髑髏のキーホルダーがついていた。
「す……すまないが、ちょっと貸してはくれないか。」
「どうぞどうぞ!……あいや、そこまで送りましょっか?」
「いや大丈夫だ。すまないね阿野次君。君は受付で試合後の手続きが必要だろう?行ってきたまえ。」
 真野が立ち上がる。

『おいコラ ToLoveる娘! 何を勝手に貸してるんだ。 そのまま盗まれたらどうする!?』
「別に自分たちの物でも無いし、いいんじゃないッスか?」
『……。』
 女王としても、著名な物理学者である真野との接点はあったほうが良かった。いずれは彼女も宇宙へ帰るのだから。
 カードには通信機が付いている。落としてもそれで発見できるし、会場から外へ持ち出すこともできない。

 それよりも、真野がカードを返しに来た時にお茶に誘えないかどうか。のもじは考えていた。
「やっぱり渋いなあ、真野のおじ様!掛けてる眼鏡も似合ってるぅ☆」
『まったく 疲れる小娘だ。お主は。』
 厄介な少女と融合してしまったものだ。と女王はため息をついた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 日谷創面は試合終了後、倒れこんでしまった。
 ワン・ターレンによっていつの間にか治療を受けた創面は、控え室でロクロの声を聴いた。

『アァー、めんどくせェ試合だったぜ。さっさと帰って豆腐でも食おうぜェ!ソメン。』
「ちくしょう……!消えたと思ったのに、お前。
 ていうか何だその態度。裏切ろうとしたくせに!!この豆腐馬鹿!豆腐脳!豆腐ぼけ!」

『最終的には協力したろうが。オラ、さっさと帰るぞ。』

「……いやあのな、悪いが俺はまだ帰らないぞ。」
『アァー?』

「不動昭良を探す。」
『ア、アァー!??』

「せっかく修行して強くなったと思ったのに、転校生化とか。
 ふざけるなよ、アイツ……。 これじゃあいつまで経っても、俺が勝てないじゃねえか!」

『オイオイお前ェ。』

「人生には「機会」があるといったな、ロクロ。
 俺がアイツと会ったのも、逃しちゃいけない「機会」だったはずだ。先生も、俺たち手芸者も、魔人公安には追われる身だ。アイツの力になれるのは、俺たちしかいない。」

『はあ……ソメン。お前、何考えてんだ? いやたぶん、何も考えてないんだろうが。』
 実際には不動昭良は公安に追われていないが、創面は知らない。

 姉が転校生化するかもしれないと聞いたときの喪失感。
 創面は、不動の状況を他人ごととは思えない。

「そして、アイツの転校生化を解除させる。女王のもじにDPを吸わせるとか、何かきっと方法があるはずだ。魔人能力ってのは色んな可能性があるんだって、この大会でわかった。」

 やっぱり何も考えていないんだな。とロクロは脳内でため息をついた。

『だったらまずは、白王みずきの所へ行くのか?』
「へ?」
『不動昭良がどこへ行ったのか。
 訊くとしたらまずはソイツだろうが!こンのヌードルバカめがッ……!』
「なるほど。」

 創面が立ち上がった。
 やはり面倒な奴に取り憑いてしまったものだと、ロクロは肩を落とした。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 のもじがついて来た場合、走ってでも撒こうと考えていた真野だが、その必要は無かった。
 真野はワン・ターレンの部屋を通り過ぎると、廊下の奥へと進む。
 「対戦者・阿野次のもじ様」と書かれた扉の前に立った。
 カードを差し込み、そこへ入る。

 青く発光する上下に取り付けられた円盤装置。
 大会専用に作られた転送装置。これを使うことで、女神によって作成されたMAPに移動できる。さらに、試合終了後MAPのどこからでも自動的に転送を行うことも出来る。
 装置が光っているということは、未だ「ホームセンター」のMAPが存在しているということ。

「間に合ったみたいだな……。」

 女王のもじがロクロから奪い取ったDP。過剰なそれは、回収しきれずに空間に散らばった。日谷創面がおかしな幻覚をみた原因だ。

 真野は懐から血糊の付いた金貨を取り出す。

 真野の『イデアの金貨』は、コインの裏表を操作する副次効果として、一瞬だけ『理想の世界』を実現させることが出来る。ミドの心の「油断」を誘ったり、自分の記憶を「消す」こともできる。ただし、物理的には有り得る事しか起こせない。
 しかし「次元交差」の起こる女神の空間では、真野が「望む世界」へ偶然ワープしてしまうことも、物理的に有り得ることだ。
 例えば真野が「大会で優勝した世界」へ行くことも、可能である。

「これぞ、最強の盤外戦術ってやつかな?」

 真野としては大会の優勝よりも、学者としての興味が強かった。『理想の世界』の完全なる実現。それは一体、どんな世界だろうか。
 カードを棚に置く。そこには大きな鏡が取り付けられていた。
 ふと、その鏡を見る。
「あ。」
 真野が声をあげ、それに気がついた。
「  やられた。 」
 眼鏡に手をかける。


 取り外した眼鏡は……赤縁だ。 銀縁では無い。


 ここへ来る途中、一∞によっていつの間にかすり替えられていたらしい。
「やれやれ。取り返さないといけないな。それに……。」
 真野がカードを取り直す。
「やはり借りた物を返さないのは、よろしく無い。か。」
 振り返り、扉を開ける。
「またの「機会」にしておくとしよう。」
 だがもはや、そんな機会は無いだろう。
 完全な理想の世界では、博打も打てなくなってしまう。
 やはり真野はこの世界を受け入れることにした。


 試合の勝敗も、哀れな少年が転校生化したことも。
 起きた事は仕方がない。これからのことを考えよう。
 この大会で出会った人たちは、全員が前向きだった。


「ああそうだ。以前思いついた。……「眼鏡三原則」
 これは、彼女との取引につかえるかもしれないな。」

 真野が廊下を行く。

「しかし、私は一体いつ、これを思いついたんだったかな……。」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


<了>


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最終更新:2011年11月22日 01:07