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準決勝第一試合 意志乃鞘

名前 魔人能力
意志乃鞘 HERO DESTINY
池松叢雲 統一躯

採用する幕間SS
裏決勝戦前幕間SS『All Star!』
(オールスター! とにもかくにもオールスター!)

試合内容


 裏トーナメント決勝戦。
 その戦いのフィールドに転送された意志乃鞘は深いため息をついた。
「テンションさっがるなぁ、ここ!!」
 雪に囲まれた寒々しい村――それが決勝戦のフィールドであった。
 よりによって、盛り上がるべき決勝戦がこんな寂しくなるフィールドとなり、鞘は落胆を隠しきれない。
「……っと、寒いな」
 寒さで体力を削られては敵わない。そう判断した鞘は手近な家へと入っていくのであった。

「ふーむ……」
 囲炉裏に火をくべ、体を暖める鞘はまるで昔にタイムスリップしていたような錯覚を得ていた。
「どうせなら体をあっためる食べ物があれば――お、床下に鍋も食材もあるじゃないか」
 これはちょうどいいとばかりに、鞘はぽいぽいと鍋の準備を始め――
「――って、そうじゃない! 戦闘の気配が無いからつい……!」
 そう、あくまでもここはバトルフィールド。いつ襲撃されてもおかしくないのだ。
 だが、
「……襲撃の気配が無い、のよな」
 決勝戦は1対1の戦いであり、よっぽどの事がなければ様子見をする必要は無い。
 また対戦相手の池松叢雲は正面からのぶつかり合いを望む性質の人間だ。故に、今の状況は特に不自然だと思えていた。
「ん――?」
 地鳴りのような音が聞こえる。
 強く、低く、腹の底から揺らすような――圧倒的力の奔流……そう表現するのが相応しいような音だ。
「って、まさか!?」


「……む」
 あっけないな、というのが池松の感想であった。
 対戦相手の鞘が家の中に入っていくのを見た時、池松は迂闊に動けなくなると判断していた。
 何故なら、準決勝の試合を見て分かる通り、鞘はとんでもない策で破天荒な戦い方をする時がある。
 そんな彼女が外から様子を窺えない家の中に陣取ったのだ。迂闊に踏み入るのは躊躇われる。
 そこで彼が取った行動は――家を、村を、全てを丸ごと潰す。
 とんでもないことに思われるが、このフィールドにおいては容易い。
「Snowslide」
 ――Snowslide。つまり、雪崩だ。
 雪山に囲まれたフィールドだ。渾身の英語を雪山に叩き込めば、雪崩は容易に発生する。
 自分はその辺で拾った板をSurfboard代わりにして雪崩に乗ればいい。『統一躯』の能力を持つ彼ならやはりこれも容易いことだ。
 こうして、村丸ごとを雪崩で押しつぶした。
 見ていた限りでは鞘が家を脱出した様子は無い。雪崩に巻き込まれたとすればひとたまりも無いだろう。
「まさか、決勝がこれで終わりとはな――」
 残念な気持ちになりながら、審判の決着コールを待つ池松。

 だが、コールされるよりも先に、雪の中から鞘が姿を現した!


「……無事だったか」
「まったく、無茶をしてくれるよな」
 髪や衣服についた雪を手で払いながら、鞘は雪の上に立つ。
 池松としては当然どうやって生き延びたのか気になるのだろう。その方法を問うた。
「どうやって?(do-yat-egg:『どうやって』と問いかける意味を表す英語)」
「まぁ、あの状況じゃ横にも上にも逃げられなかったからね。下に逃げさせてもらったよ」
 下。
 地鳴りで雪崩がくると判断した鞘は、食料などが入っていた床下に逃げ込んだのだ。
 当然床の上はとてつもない量の雪がのしかかり脱出が困難になるが、超打撃を食らうよりは遥かにマシだ。
「で、雪崩が治まったと判断して、雪の中を掘ってきたというわけだ。普通なら掘るも何もなく潰れるんだろうがね。……ま、雪からの脱出もヒーローのお約束というわけだ」
「……なるほど(now-rule-hold:『なるほど』という意味の英語)」
「さて、改めて戦りあうとしようか。もうフィールドは雪で潰されたからな。ここは足場が不安定な雪原と大して変わりない」
 単純な雪原であれば――後は純粋にぶつかり合うだけだ。
 鞘は白衣の内ポケットからクーゲルシュライバーを取り出し、スイッチを入れる。
 ビームをも放つボールペンであるそれは、いつもと違いビームの刃を形成していた。
「クーゲルシュライバー・ソードってところかな」
「……ひとつ忠告しておこう」
 池松が構えを取りながら口を開く。
「kugelschreiberはドイツ語で、swordは英語だ!」
「忠告ありがとう――!」
 クーゲルシュライバー・ソードを構え、鞘が雪原を走る。
 池松はその場に留まり、迎え撃つ。
 英語とは世界であり、英語とは世界である。
 気を巡らせ、自身を英語である世界に同化させる。
 そして放たれる技こそが――
「世界!!(set cut E:『全てを断ち切る英語を当てる』という意味の英語)」

 クーゲルシュライバー・ソードと、池松の『世界』がぶつかるその瞬間、
 ――フィールドが崩壊した。
 がらりぐらりと色が消え、地は落ちていき、世界が消えていく。
 フィールドの崩壊に巻き込まれた鞘と池松は、どこかに落ちていく――。


「ここは――?」
 フィールドの崩壊から投げ出された池松は立ち上がりながら周囲を観察する。
 てっきり会場でもあるユキノドームに出てくるかと思っていたが、どうも違うようだ。
「あれは……校舎か?」
「Yes. ようこそ、希望崎学園に!」
 声に振り向けば、そこには同じく投げ出された鞘の姿があった。現役学生の彼女が言うからには、ここは希望崎学園なのだろう。
 転送の衝撃で吹き飛ばされた椅子やテーブルが散乱していることから察するに、ここは学園内のカフェテリアといったところか。
「だが、何故ここに転送された?」
「その理由は――これだ」
 鞘がすぐ傍に落ちていたボールペン……クーゲルシュライバーを拾い上げる。池松の攻撃を諸に受けた為かボロボロになっていた。
 直後、テーブルの下敷きになっていた男子生徒の1人が這い出ながら抗議の声を上げた。
「おい意志乃! どういうことだよこれ!」
「うん? 大丈夫か希人君」
「いやまぁ大丈夫だけどよ、説明しろよ! お前のクーゲルシュライバー持ってたらいきなり爆発するしさ!?」
 ……クーゲルシュライバーを持ってたら?
 池松は男子生徒の言葉に奇妙な違和感を覚える。クーゲルシュライバーは確か自分との戦いで意志乃が使っていた筈だ、と。
「予備の、か?」
「いいや。私のクーゲルシュライバーは世界に一つしかない。そして、どちらのクーゲルシュライバーも正真正銘私のものだ」
「何を――」
「よっしゃ、その点については俺が説明したる」
 声の主は、やや離れたテーブルでケーキを食べている青年だ。
 その男の名は、
「――矢塚一夜」
「あ、虎斑? おかわり頼むで?」
「聞く前にもう頼んでるじゃないか……」
 新たに注文したケーキにフォークを突き刺しながら、一夜は説明を始める。
「もう1本のクーゲルシュライバーは――未来の意志乃が持ってたもんや。それを俺が持ってきたんやな」
 矢塚一夜の魔人能力『♪ TIME』は時空を操る能力である。今回のトーナメントではインスタント・テング・ポータル・ジツとして運用していたが、その気になれば時間旅行もできる。
 彼が未来からクーゲルシュライバーを持ってきたことによって、世界に唯一の物が2つ同時に存在することになったのだ。
「まぁ――この辺は私の推測に過ぎないのだが。そのせいで、ある意味この世界は『危うく』なっていたのではないかな」
「俺にとっちゃ日常茶飯事やけどな。そこで、今の時代のクーゲルシュライバーがぶっ壊れるような事が起きた。けど、そうなると――」
「――当然、未来のクーゲルシュライバーの存在も消える」
 一夜が言おうとしていた言葉を、池松が続ける。
「そーやな。存在するもんが存在せぇへん。そういう矛盾は危険や。だから世界はそれを『修正』しようとする」
「世界の『修正力』が両方のクーゲルシュライバーに働きかける。凄まじい情報改変が起きただろうな」
「……つまり(two-mild:『つまり』という意味の英語)」
 池松はフィールド崩壊が何故起きたのかを理解する。
「つまり、あのフィールドが情報改変に耐えられなかったということか」
「池松氏の『世界』を冠する英語も、その一助だろうがね」
 だが、とそれでも疑問が残る。
 鞘がわざわざ一夜に未来のクーゲルシュライバーを持ってこさせたことから、このフィールド崩壊という結果は狙ってのものだろう。
 しかし、そうそう狙い通りフィールド崩壊が起きるだろうか? 女神の能力が普通に耐える可能性も十分にあるのではないだろうか?
 釈然としない雰囲気が表に出ていたのだろう。鞘がニヤリと笑いながら口を開いた。
「まぁ、こうなるのは確かに目としては薄いだろう。だが、その薄い目を引き当てるのが――私のヒーロー補正だ」
 その結果が現状だ。希望崎学園に転送されたのは、2本のクーゲルシュライバーを統合しようと修正力が働いた為だろう。
 そうまでしてフィールド崩壊を目論んだ鞘の目的とは――?

「ふ――。せっかくの決勝戦があんな寂しいところで行われるんじゃ盛り上がらないからな!」
 予め一夜が用意していたポータルをくぐる。


 トーナメント会場、ユキノドーム。
 中央に設置されている巨大モニターは、同時に行われている試合のうち、しかし1つだけしか映されていない。
 片方は白王みずきと渡葉美土の試合。もう片方は意志乃鞘と池松叢雲……の筈だった。
「ど、どどどどういうことですか女神様! なんでフィールドが崩壊するんですか!? それに意志乃様と池松様はどこに!?」
「司さん、落ち着いてくださいよ~」
「これは……あれですね。司さんがフラグ立てちゃったからですね」
「私のせいですか!? って、あれ、意志乃様と池松様が転移……!?」
 司は『限定全知』によって、鞘と池松がこのユキノドームに転移してきたことを知覚する。
 この転移の仕方は一夜のインスタント・テング・ポータル・ジツによるものだ。
 しばらくして、鞘と池松の2人がユキノドーム内に姿を現した。
 鞘は歩きながら、表決勝戦が中継されているモニターを見上げる。
 ……みずき君に勇者ミド。成る程、いい勝負だな。
 それだけにここから声をかけても届かないのが非常に惜しまれた。
 対して、この場は観客の声援が直に届く。
「あぁ……やっぱり戦うならこういう場所でなくちゃな。――それでは、戦ろうか?」
「いいだろう(each-dark-low:『いいだろう』という意味の英語)」
「ええええええ!? ま、待ってください!」
 ファイティングポーズを取る2人の間に、慌てて司が割ってはいる。
「何故ここで戦うんですか!?」
「いやだって、決着ついてないだろう?」
「確かにフィールド崩壊なのでどちらかがリングアウトしたとは言えませんが……!」
「……不完全燃焼は、困るな」
「そ、それなら新しくフィールドを作成しますので……!」
「と言われてもな……」
 鞘はドーム内を一瞥する。試合観戦で盛り上がった観客達の独特の熱気が充満していた。
 さらに、観客の殆どが期待の目で鞘達を見ていた。――あの戦いを生で見れる、と。
 ここまで勝ち上がってきた闘士が、こんな熱さに触れて落ち着いていられるわけがない。
「……池松氏。こんな状態で大人しく待ってられるか?」
「答えは――NOだ」
「うわあああああん!?」
 こうして、バトルフィールドをダンジョンから移して、再び戦いが始まる――!!


 拳と拳をぶつけ合う激しい戦いが繰り広げられていた。
 鞘が大きく飛び上がってヒーローキックをすれば、池松が英語と共に放たれる裏拳で迎撃する。
 池松が強く踏み込んで英語の一撃を放てば、鞘はひらりと舞うことで身をかわす。
 そんな目まぐるしい攻防を、観客席の不動昭良はじっと見ていた。
「……池松さん、凄いなぁ」
 ――自分、よく勝てたよなぁ。
 思い出されるのは表トーナメントの1回戦。全ての始まりともいえる戦いだ。
 やはりその戦いでも池松の力は圧倒的であった。今考えてみても、リングアウト以外で彼に勝てるビジョンは中々思い浮かばない。
 ……あの時でも十分凄かったけど。
「池松さん、更に強くなってるんだよな……」
 驚くべきことに、池松は戦いを経るごとにどんどん強くなっているのだ。バロネスとの試合で見せた髪の制御がその最たるものだ。
 自分にできることはなんでもできる――そう自身を信じることが、きっと彼の力の源なのだろう。
 そんな池松と渡り合っている鞘もまた驚嘆に値する。
 聞いた話によると、彼女は身体能力自体は優秀だが戦闘力はそこまで秀でているわけではない。
 ではどうやって戦っているのかというと、ヒーロー補正によって得た力だ。最後の戦いだから、観客の声援を受けているから――そういった数々の要素が彼女を後押ししているのだろう。
 そしてヒーロー補正を活かすのもやはり心の力。『自分がヒーローである』という信念こそが、大事であるからだ。
「自分を信じる……か」
 自分は……どうだろうか。
 かつて魔人警察の上司に、『信念』と『誇り』が大事だと言われた。上司の言葉を信じるならば、自分はそれらを持っているらしい。
 しかし今まで自分がそんな人間だとは思ったことがない。
 ……あのまま警察を続けていけば、何か分かったかもしれないけど。
 転校生となってしまった今となっては無理な話だ。
「……はぁ」
 このまま自分の事も分からず、宙ぶらりんな気持ちで転校生として戦いに身を投じることになるのか……そう考えると気が重くなる。
 沈んだ気分を無理矢理上げる為にも、再び試合に集中しようとし――気付く。
「――!」
 鞘と池松の戦闘の余波で発生した礫の1つが、観客に当たるだろうコースを飛来しているのだ。
 戦闘に巻き込まれる事を恐れた観客は、会場で戦闘が始まった時点で避難している。つまり、今会場に残っているのは覚悟している観客ということだ。
 しかし、それでも。
 ――守れるなら!
 考える間もなく不動の体は動いていた。立ち上がると同時に床を蹴り、一瞬で礫と観客の間へ。後は手を軽く振ればそれでいい。
 ぱん、という小さな音と共に飛来した礫は粉々になった。
「ふぅ……」
 あまりに突然のことに、守られた観客は何がなんだか分からずに目を白黒させていた。
 分からないなら、それはそれでいいと思う不動。自分が守りたかっただけであり、感謝を求めたわけではないのだから。
「――あれ?」
 ふと、自分の咄嗟の行動と思考を振り返る。
 ……警察時代と変わらない、ような。
「……なんだ」
 変わってしまっても変わらないものはある。
 なら、転校生だとしてもそれを大事にすれば――いい。
「うん。悪くない、な」


 何でも屋「封鈴花惨」の拠点。部屋の主でありリーダーの虹瀬人生はノートPCと睨めっこしていた。
「おぉ、すごい広まってるな……」
「な、なんとかしてくださいよ!?」
 広まっている、というのは櫛故救世が眼鏡をかけさせられて喘いでる動画のことだ。
 たとえ暗殺を稼業にしている救世でも年頃の少女には変わりない。そんなものを広められた精神的ダメージは計り知れない。
「なんとかするといってもな……」
「例えば、この動画を別の動画に差し替えていくとか……!」
「別の動画、とは?」
 問われ、救世はどんな動画に差し替えればいいのかを考え始める。
 ただ差し替えただけでは前の動画を見た者には記憶が残る。できれば、より衝撃が強い動画に差し替えなければいけない。
 そんな動画は何があっただろうか……。
「魔法……少女? ミルキー……えぇと。なんでしたっけ」
「――無理に思い出そうとするな。俺の脳内が何故か大音量で警鐘を鳴らしている」
「ん……では……」
 考える。
 あの衝撃的な試合を打ち消すには――
「そうです! 試合には試合……!」
「うん?」
「あの動画にアクセスしようとした人は、今やってるユキノイベントの中継動画を見るようにすればいいんです!」
 ちょうど、今行われている試合は決勝戦。相当に見応えがあるだろうし、衝撃的な試合に違いないだろう。
「成る程……。一つ、試してみるか」
 こうして、世界中の多くの人々がトーナメントの決勝を注目することになる――。


「……しかし、延々と動画のアップロードを続けてるこの眼鏡好きの執念はなんなんだろうな」
「アカウント名『megane_mugen』――嫌な予感しかしませんよ!?」


「Cooooooo――!!!!」
 池松の下から突き上げるような掌底が、鞘に叩き込まれた。
 咄嗟に両腕を重ねてガードするが、衝撃は伝わり、鞘は宙を舞うことになった。
「……っと」
 鞘はドームの天井付近で照明を蹴るようにして、空中で態勢を整える。
 さすがにこの高さなら追撃は来ない――そう思った直後だ。
「――なんだ」
「浮雷羽意(fly-high:『高く飛ぶ』という意味の英語)」
「やっぱり、飛べるんじゃないか」
 彼女の目の前に、空中で回し蹴りのモーションを取っている池松の姿があった。
 『統一躯』による自己制御能力で自身を空を飛ぶ存在として制御したのだ。
 羽を持った雷神の蹴りが――放たれた。

 池松の蹴撃が直撃した鞘は、勢いのまま吹き飛ばされドームを突き破り更に飛んでいく。
 場外へと吹き飛ばされた彼女は、とある家へと墜落した。
「……いっつぅ、最早なんでもありだな……!?」
 崩れ落ちて圧し掛かる瓦礫をどかしながら、鞘はなんとか立ち上がる。ダメージは大きいが別に戦えないレベルではない。
「――えっと、あれに耐えるあなたも大概だと思うよ」
「まぁ、補正のお陰かな――うん?」
 やはり最終決戦、相手が強敵、とにかく熱い戦い。そういった補正が強く働いているのだろう。
 そう解説しようとして、鞘は誰が話しかけてきたのか気付く。
「莉子君か。……ということは、ここは君の家か?」
 羽山莉子――トーナメントに参加していた希望崎学園の生徒だ。
 周りをよく見てみればテレビの電源がついているのが分かる。恐らく、リアルタイムで試合を観戦していたからこそ池松の打撃を知っているのだろう。
 莉子は鞘の問いかけに首を横に振ると、背中に隠していた少女へと視線を向ける。
「ううん、茉奈の家だね」
 柏木茉奈。学内で有名なカップルの片割れだ。鞘も直接会ったことはないが知っていた。
「あぁ、君が……。すまないな、こんな大穴を開けてしまって。怪我は無いか?」
 鞘の言う通り、屋根から壁にかけて巨大な穴が開いてしまっていた。最早壁としての機能は果たせないだろう。
「……ぁ、大丈夫っ、うん! だって――」
「だって?」
「莉子ちゃんが……私のヒーローが守ってくれたから!」
 顔を真っ赤にしながら莉子に抱きつく茉奈。
 茉奈も学内では有名人の鞘を知っている。彼女がヒーローだと名乗っていることも。
 それでも――茉奈にとってのヒーローはやっぱり莉子なのだ。だから、例え鞘を前にしても一番のヒーローは莉子だと主張できる。
「……成る程」
 ふ、と笑みを浮かべた鞘は莉子へと声をかける。
「護ってやるんだぞ、ヒーロー」
「にししっ、言われなくても!」
 莉子の力強い満面の笑みを受けて、鞘は長居は無用と判断したのか。
 部屋に開いた大穴から外へと出るのであった。
 ――さて、私もヒーローとして頑張らなくては!


「……けど、この部屋どうしよう」
「ユキノイベントに請求、かなぁ。直るまで私の部屋で一緒に寝る?」


 柏木家を飛び出し、周辺の民家やマンションの屋根を蹴りながら移動する鞘は、ついに空中で腕組みをしている池松の姿を発見する。
「まったく、当たり前のように飛んでくれて……」
 だが、それでこそ――
「やりがいが、ある!」
 身を深く沈めてから、跳躍。ヒーロー補正を得た鞘の体は一直線に池松のもとへと向かっていく。
「はぁぁぁ!!」
「征ッ!!(say:『言う』という意味の英語)」
 ただただ愚直なまでの突撃は、しかし池松の英語を伴った流麗な受け流しで捌かれてしまう。
 交差するように池松に背を向ける鞘。空を飛べない彼女はそのまま重力に従い墜ちていくしかない――
「――なんてな」
「何っ!?(nut-neet:驚嘆を表す英語)」
 空気の動きを感じて、咄嗟に池松が腕を上げて防御を取る。そこに叩き込まれたのは鞘の回し蹴り。
 奇しくも、池松が先程叩き込んだのとまったく同じモーション――!
「飛ぶさ――! この状況で、ヒーローが飛べないわけないだろう……!」
 勢いよく吹き飛んでいった池松を追撃するため、鞘が空中を蹴った。

 大きく吹き飛んだ池松は地面に激突する前に驚異的な身体能力で受身を取って着地する。
「なかなかやるな――!」
 さすがここまで勝ち上がってきた闘士と言うべきか。想定した以上の戦いぶりだ。
 だが、それでこそ戦う価値がある――!
 鞘を迎え撃つため地面についた足に力を入れようとした池松は、しかし自分に視線が向けられていることに気付く。
「……?」
 好奇の視線……とはまた違う。敵意のような、親しみがあるような……。
「そうだ。これは……Rivalへ向けるもの」
 自分をRival視している者とは一体誰なのか。池松がぐるりと視線の元へと顔を向けると、そこに居たのは――
「――Orangutan(「オランウータン」という意味の英語)」
 檻に閉じ込められた魔オランウータン……ボルネオ。
 池松がトーナメントの1回戦で手を合わせた相手だ。
 ボルネオは檻の格子を掴み、牙を見せ唸り声を上げていた。
「Woooooooooo――!」
 彼は池松に破れ、こうして檻に閉じ込められることになってしまった。だから池松を敵視しているのだろう。
 ――No. 彼がしているのはRival視だ。
 おかしい。敵視するなら分かる。だが、ボルネオは池松をRivalとして見ている。
 あの狂暴な殺人魔猿が、何故――?
 その疑問に答えるように、ボルネオが吼える。
「Wooooo! I……I a a am――」
 ――I am Borneo!!
 英語だ。
 ボルネオの口から放たれたのは、紛れもない英語。拙い発音であるし、アクセントもおかしい。
 だが、確かにボルネオが英語を喋ったのだ――!
「王……!(oh:感嘆詞である英語)」
 今まで言葉を学んだことのないボルネオが英語を学び、話す。
 そうだ、英語は人間だけのものではない……! 全ての生物のものなのだ!
「――Modelを見せよう」
 鞘が飛行で近づいてくるのが分かる。ボルネオにModelを見せるにはちょうどいい相手だ。
 息を吸い、空を飛ぶ。後は渾身の英語をぶつけるだけ――!
「I am Ikematsu!!(「私は池松です」という意味の英語)」


 後に、『The Murders in the Rue Morgue』と呼ばれる能力を操る魔オランウターンが世に出ることになる。


 ヒーローと英検有段者の激しい戦い。
 空中と地上を行ったりきたりの激しい攻防の末、次に2人が墜ちた場所――
「……っと、ここはさすがにまずい、か?」
「濡ゥッ――!(gnu:アフリカ南部に生息するヌー属を意味する英語)」
 戦っていた2人が一時休戦して背中合わせに構える程の危険地帯。
 そう。こここそが――某農大。2人は某農大の敷地に墜ちてしまったのだ。
 侵入者を警戒してか、2人を農大生達が囲んでいく。1年生達であればまだなんとかなったかもしれないが、2年生や3年生……それどころか院生の姿すら見える。
「教授クラスが出てないのが救いか……? やつらはあそこと繋がってるという噂もあるぐらいだからな」
「『新潟』――(Niigata:×××を意意味味すりゃするるるイィィングリシュ???)」
 とはいえ、絶望的な状況には変わりない。まともに戦えば死あるのみ、だ。
 そんな彼らを救ったのは――
「あれ。意志乃さんと池松さん? なんでここにいるんスか?」
「直保君……!」
 某農大1年生、沢木惣右衛門直保。彼もまたトーナメントの参加者だ。
 見知った顔に活路を見出した鞘は、こうなってしまった経緯を話す。
「ははぁ、戦ってたらここに落ちてしまった……ってことすか。そりゃまた難儀っすね」
「あぁ。だから我々にどうこうしようという意思は無い。ここを出させてくれればそれでいい」
 鞘の必死の弁明に周囲の農大生達がざわめく。
「おいおい、本当かー?」
「実は農大祭に向けてのスパイなんじゃね? ほら、おばちゃん軍団に雇われたとか……」
「あー、だとしたらまずいな……」
 ――駄目、なのか……!?
 鞘の表情が絶望で曇ろうとした――その時。
「いや、おふたりは信じていいと思うっスよ」
「沢木――」
「直接手を合わせたわけじゃないっすけど、でもやっぱり戦ってるのを見てて分かったというか――」
 直保の必死の説得が功を奏し、鞘と池松は無事解放されることになる。直保が樹教授の研究室に入っているというのも大きいだろう。
 校門前まで2人を送り届け、直保は別れの挨拶をする。
「ってなわけで、次からは戦う場所に気をつけてくださいね」
「分かった(word-cutter:『分かった』という意味の英語)」
 そして背を向けた2人に、直保は思い出したように声をかける。
「あ、そうだ! 礼といってはなんすけど、ミスダンゲロスの決め手……みたいなのを教えてくれないっすか?」
 ミスダンゲロス、といえば当然答えるのは希望崎学園生徒の鞘だ。彼女はしばらく腕を組んで考え込んでから、答えを出した。
「――番長の首を取る女性、だろうか」

 こうして、某農大から十分に離れたことを確認した2人は、戦闘を再開するのであった。


 運営側――というか、結昨日司にとって非常に頭と胃が痛くなる場外戦闘。
 しかし、この状況を喜んでいる人物もいた。
「まさか、こんな近くで戦いを撮影できるとはね……!」
 希望崎学園写真部副部長、小宅麗智奈
 写真部として望むのはやはり迫力のある戦いの撮影。だが、ダンジョン内で行われるそれを撮影する機会は通常訪れない。
 そう諦めていた矢先にこの場外戦闘だ。興奮した麗智奈が機材を担いで追いかけるのも当然といえる。
「その上この空中戦……! この光景を独占できるなんてね……!」
 それぞれ飛行能力を得た鞘と池松は空に地上にと目まぐるしく戦場を移しながら戦っていた。
 普通のカメラマンならこれを追いかけることは到底不可能だろう。
 だが、麗智奈は違った。彼女は時速180kmで飛行できるフライト・ユニットを所持しているのだ。
 フライト・ユニットのブースターを噴かせて、連続でシャッターを切る麗智奈。
「……む。ちょっとあの戦闘をダイナミックに撮るには追加パーツが必要かしら。のもじさーん?」
 カメラ換装の必要性を感じ、麗智奈は撮影の手伝いをしている阿野次のもじへと声をかける。必要なパーツは彼女が持っているからだ。
 だが、
「……のもじさーん?」
 返事が無い。どうしたのだろうか、と周囲を見渡せば遥か遠くでへばっているのもじの姿が見て取れた。
「いや、手伝うと言ったけど、言いましたけど! 私は空飛べないので、その辺ちょっと考えてほしいなぁと思ったり。遺伝子で決まってるんだよ! ペンギンは空を飛べないの!」
「あ、あー……」
 失念していた、と頭をかく麗智奈。空を飛べないのもじが追いつけないのは当然の筈だ。
『のう小娘』
「なんすかクイーン?」
『あのフライト・ユニットとやらを複製してもらえばいいのではないか?』
「それだ!」
「……どうしたの?」
「麗智奈さーん。ちょっくら相談があるんすけど、へっへっへ」
「……嫌な予感がするけど。一応聞いてみるわ」
 フライト・ユニットを『リアライズフォトグラフ』で複製してはどうかというのもじの提案を受けて、麗智奈は腕を組んで考え込む。
 ……あまり複製しない方がいい類のものではあるけれど。
 しかし、それでも現状ではのもじのサポートが届かない。よりよい写真を撮ろうと思えばやはりサポートは欲しい。
 フライトユニットを複製することの危険性と写真を天秤にかけ――結局、麗智奈はユニットを複製することを決める。
 複製したフライト・ユニットをのもじに装備させ、操作方法を手早く説明。直感的に操作できるタイプのためか、のもじも飲み込みは早かった。
「おぉ! 飛んでる……! 私飛んじゃってるよ! 人類は空をも支配することができたのだ……! ヒャッハー!」
「え、えぇと。嬉しいのは分かったからアシスタントよろしくね……?」
「おぅ、まーかーせーなー! 今の私はフライトのもじ! 空陸海のうち空を翔けめぐる為のフォームさ。マリーンのもじは夏の海を待ってくれ! プールでもいいけど」
 ……本当に与えてよかったのかしら。
 早くも後悔の念に襲われる麗智奈。しかし、本当の地獄はこれからだ……!
『おい小娘。十分じゃ、引き上げるぞ』
「ほい?」
『仕事の代価としてはこれ以上のものはそう無いからの。こいつを使ってさっさと逃げるのじゃ』
「あらほいさっさー……って言いたいところだけどさ。さすがにそれは酷くね? だってこれって大事そうなものじゃん」
『バカじゃのう』
「なんですよー! バカって言うやつがバカって言葉もあるけど、無限ループって怖くね!?」
『無視するぞ。――いいか。あやつは好きなように物を複製することができる。つまり、コピー程度無くなっても腹も何も痛くないってことじゃ』
「なーるほど。そう聞いたら逃げ出してもいい気がしてきたぜ!」
「……のもじさん?」
「ってなわけで、帰ります! あーばよ、とっつぁ~ん!!」
「え、ちょっとー!?」
 フライト・ユニットの出力を上げて、あっという間にこの場を離れていくのもじを麗智奈は呆然と見送るのであった。
 ……あの娘、稼働時間制限とかあるの知ってるのかしら。


 真野風火水土と石田歩成はテレビでトーナメントを観戦しながら将棋を打っていた。
「うーん、それにしても決勝戦らしくとんでもないことになってますね」
「あぁ、そうだな。……しかし、君は相変わらず手加減というものを知らないな……!」
 試合を観戦しながらというながら打ちの為か、歩成はいつもより軽い感じで指しているように見える。
 ……が、それでも真野を唸らせるには十分すぎる。これが将棋に人生を賭けた男の実力というものだろう。
「それにしても、裏の方はあちこち転戦してるみたいですけど……巻き込まれたりしませんかね?」
 裏決勝戦の鞘と池松の転戦はしっかり放送されている。映が魔人能力を使って必死に追いかけて映像を撮っているのだろう。
 尤も、公共の場である外での戦闘は問題ないが、どこかに墜ちた時はその様子が中継されない場合がある。先程某農大に墜ちた時など、何が起こっているかまったく分からなかった。
「……某農大からどうやって脱出したのか。すごく気になりません?」
「僕としては、この状況をどう脱したものかと頭を抱えたものだがね……!」
 もはやこうなっては『おまじない』に頼り、奇策を思いつくことに賭けるか――そう判断した真野は『イデアの金貨』を弾く。
 宙を舞う金貨が床に落ちる――と同時に、
「うおおおおおお!!!」
「破ッ!!(hat:『帽子』という意味の英語)」
 組み合った鞘と池松が壁をぶち抜いて部屋に突入してきたのだ!
「え、えぇぇぇぇ!? あれ、これもしかして『イデアの金貨』のせいですか!?」
「いや、そう言われても困るのだが……。まぁ、間近で観戦できていいじゃないか」
「よくないですよ!!」
 鞘と池松は暴風のような打撃戦を部屋の中で続ける。
「んなぁナアアアアア!!!」
「剛ゥ!!(go:『行く』という意味の英語)」
「けぃ!!」
 叫び声と共に攻撃を繰り出し続ける2人。
 それを見ていた真野の脳裏に、ふと何故か次の手が閃く。
「……7五桂?」
 検討する。この手は今の盤面でどう働くのか。
 検討。検討。検討。検討――!
「こいつは――!」
 変わる。盤面ががらりと、自分有利に傾く一手――!
 真野は駒を握ると、パシリと力強く指す。
「これこそ正に逆転の一手……! 土壇場に輝くヒーローの奇跡……!!」
「って、なんでこの状況で冷静に指せるんですかー!?」
 嵐が部屋から出ていくまで、歩成は隅で頭を抱え続けるのであった。
 この後、真野が勝てたかどうかは――想像にお任せするとしよう。


 ざわ……ざわ……。
「く、うぅぅ……! な、なんだ……なんだっていうんだ……!?」
 ――こんな麻雀があるというのか!
 とある雀荘の雀卓の1つ。南瀬弘市は牌を流し込みながら視界がぐにゃあと歪むのを感じていた。
 卓の引き出しを開けると、そこにあるのはたった1本の千点棒。……これが、今の彼の持ち点だ。
 負け組に妬まれる魔人能力を持つ彼だが、むしろ今の彼が負け組に相応しいといって差し支えない。
「けっこウ、頑張った方じゃないかナ~」
「いあ~いあ~」
 目の前の化け物が何か言っていた。
 片や少女、方や宇宙イソギンチャク。成る程、確かに後者は化け物と呼ぶのに相応しいだろう。
 だが今までの対局を経て、弘市は少女――熊野ミーコこそ真の化け物と理解していた。
「ふふフ~、今頃セリヌンティウスさんはどうなってるのだろうネ~」
「いあっい~あ~」
 ミーコに声をかけられたもう1人の玄人――メロスは何も言わない。
 ……いや、むしろ何か言える状況なのか?
 メロスの点棒はつい先程のミーコの上がりで吹き飛んだ。ハコテンというやつだ。
 それと同時にメロスの顔から生気が消え失せ、今や彼は「あ~あ~」と呟きながらツモを切るだけの肉塊へと化していた。
 通常、誰かの点棒が無くなればそこで対局は終わるが、今回はそうではない。3人がハコになるまで対局が続くルールであり、先に点が無くなった者はツモ切りしか許されなくなる。
 ――それにしたって、なんなんだこの強さは……!?
 凄まじい速さでメロスを飛ばしたミーコの打ち方に、弘市は戦慄する。
 速い。それだけでなく、十分高い役を絡めてくるのだ……!
「魔人能力は封じたはずのに……!」
 彼らが打っている卓はあらゆるイカサマを封じる全自動卓である。
 また弘市の優れた記憶力はミーコが得意とするステルス能力によるすり替えを許さない。だというのに――!
「ンー、違うナ~。やっぱり麻雀ってのは魔人能力だけじゃ決まらないからネ。大事なのは腕とツキだヨ」
「てけり・り!」
 ……白々しい!
 腕もツキもあるだろう。だが、何より恐ろしいのはミーコとヰ・ソノ君がコンビで打っていることだろう。
 おヒキのヰ・ソノ君の的確なサポートが、ミーコの凶悪な攻めを成立させているのだ……!
 それに加えて、宇宙パワーを操るミーコの巫女力! これが圧倒的な流れを彼女に呼び込んでいるのが大きい。
「むふフ、逃げたイ? やめたイ? 終わりたイ? だけどそれハ――」
「いあ~!」
 分かる。南瀬弘市には戦いを放棄して逃げる事は許されない。それが化け物と打つということ――!
 今の彼にはどこからか乱入した少女と男が雀荘内で激しい戦いを繰り広げていることすらも、些細なことであった。
 戦っている男が裂帛と共に少女を蹴り飛ばす!
「To me call me!!(『俺の名前を言ってみろ』という意味の英語)」

 その時、弘市に電流が走る。

 ……そうだ、「to me call me」――積み込み。やれるか? この全自動卓で……!
 いや、やれるか、ではない。やらなくては――勝てない!
 幸い、この卓の内部構造などは全て記憶している……! 後はどのタイミングでどこに牌を落とせばいいのか、上手くやるだけ……!
「俺は……必ず生きて帰る……!」
 1人の男が、雀鬼へと変貌しようとしていた――。


 戦いを続ける鞘と池松。
 どちらの攻撃か、あるいは相打ちか。とにかく、2人は雪崩れ込むようにある部屋に突入した。
 床を転がることで衝撃を消して、即座に起き上がって構えを取る2人。
 何度目かの激突を望んで、床を蹴ろうとしたその瞬間――2人は辺りに響く水音に気付いた。
「あぁ……! 姉さん、もっと! もっとお願い……!」
「ゴモラはここが弱いのよね……?」
「そう、そこだよ姉さん!」
 ぐちゅぐちょ。ぬるくちゃ。ずちゅるれろ。
 ソドムとゴモラ。触手の姉弟が愛のままに、欲望のままに絡み合っていた。
 愛し合う姉弟は乱入者の事を一切気にも留めず――いや、2人の世界に入ってるせいでそもそも気付いてすらないのかもしれない。
 淫猥な音と臭いが周辺を満たす……!
 ――次に言葉を発したのはどちらだったか。
 よそで戦ろうという提案に、一もニもなく合意し、そそくさと部屋を出るのであった。
「姉さん! イク、いっちゃうよぉぉぉ!」
「んん、私も……限界――!」


 医死仮面は闇の中を駆け抜けていた。
 小さくしかし眩い煌きが瞬いかと思うと、風切り音と共に医死仮面の手から何かが放たれた。
 直後、同じく闇を走る別の何者かがうめき声と共に息絶えた。
「……ふん、この程度か」
 超一流の殺し屋であり医者でもある医死仮面であれば、わざわざ駆け寄るまでもなく追っ手の死を確認できる。
 足を一切止めずに医死仮面はメスの在庫を冷静に計算していく。
 ……もうあまり余裕は無いな。そうなると、無駄撃ちはできんか。
 暗殺の基本は先手を取っての一撃必殺。それを最も簡単に成し遂げることができるのがメスを使っての射撃だ。
 ――敵に攻撃の機会を許す接近戦はなんだかんだで危険だからな。
 今の追っ手程度であれば、たとえ接近戦だろうと容易く撃破できるだろうと判断していた。
 しかし、それでも。リスクは最小限に抑えなければいけない。一撃でも手傷を貰えばそれが後の戦いにどれだけ影響を与える事になるか。
「チッ――!」
 そうこうしているうちに、組織の追っ手である暗殺者が新たに複数近づいているのを感知した。
 多数を同時に相手しなくてはならないとなればやや面倒だ。
 ……さて、どう立ち回るべきか。
 医死仮面が思案し始めたその時だ。
「殲滅ッ!!(send-mets:『殲滅』という意味の英語)」
 突如放たれた英語が暗殺者達を一掃したのだ――!
「な……!?」
 勿論、この英語の使い手を医死仮面は知っている。
池松叢雲……! 何故ここに!?」
「あぁ。ちょっと意志乃にここまで吹き飛ばされてな――怪しき殺人鬼を見かけたので掃除した(saws-is-eat:『掃除した』という意味の英語)」
 池松曰く、戦闘中に暗殺者を見かけたのでとりあえず倒しておいたということらしい。
「……なんと破天荒な」
「――どうも友人が困ってるような雰囲気だったのでな」
 ――友人。
 目の前の男は、俺を友人と呼んでくれるのか……!?
 池松の言葉に医死仮面は動揺する、がすぐに引き締まる。
「――こいつは」
 分かる。今までとは格が違う暗殺者が近づいてきてるということが。
 ようやく自分を抹殺するために組織も本腰を入れ始めたということだろうか。
 池松も暗殺者の存在に気付いたのだろうか。仮面越しに視線を寄越す。
「……手伝うか?(test-dawt-cut:『手伝いましょうか』という意味の英語)」
 その申し出に――医死仮面はしかし首を横に振る。
「これは……俺への試練。俺が乗り越えなければいけない戦い。そして――」
 ――俺の戦いだ。
 闇の住人が闇と決別し、光の当たる場所に行く為に必要な戦い。
 それは自分の手で成し遂げなければならない。――医死仮面が、自分と友人に誇る為にも。
「……お前にもあるのだろう? 自分の戦いが」
 医死仮面に言われ、池松は空を見上げる。
 そこには、池松を追いかけてきた鞘が空中で待機していた。空気を読んで待っていたのだろうか?
「――そうだな」
 池松は地を蹴り、鞘との戦いの場へと戻る。
 それを見届け、医死仮面もまた己の戦いの場へと向かうのであった。


 鞘と池松は各地を転々としながら戦い続けていた。
 そんな2人を追いかける少女が2人――いや、正しくは1人の少女がもう1人を無理矢理連れまわしているといったところか。
「ほら、急ぐんだ漣ちゃん! 君のイメージが発動するまで、そう時間の猶予は無い――!」
「……やる気、出ないなぁ」
「む、なら僕が君をお姫様抱っこして連れていこうか――。ふふ、貧乳眼鏡美少女を胸に抱いて、僕は我慢できるだろうか……!」
「走る! はーしーりーまーすー!」
 眼鏡を愛し眼鏡に愛された眼鏡が似合う美少女の名は一∞。そして∞に振り回されている貧乳美少女が小波漣だ。
 彼女はある目的の為、漣を連れて鞘達を追い掛け回していたのだ。
 現在、鞘と池松は彼女らの目の前で激しい戦いを繰り広げている。そう、∞の目的を達成する絶好のチャンスである――!
「漣ちゃん、君のイメージは!?」
「57……58……59……発動します!」
 漣がイメージしてから20分が経った。これにより、彼女の能力『勝利へのイメージ』が発動する。
 それと同時に突風が吹き、辺りの砂を巻き上げ始めた。低気圧が発生していた為、このような風はいつ起こってもおかしくない。故に漣のイメージの為に風が起きたのだ。
「――む」
 突然の砂煙。これを嫌い、鞘は白衣の内側へと手を突っ込むと……伊達眼鏡を取り出し、かけた。少しでも目を保護する為だ。
 眼鏡に貴賎はない。たとえ伊達だとしても、美少女が眼鏡をかけるのであれば∞が喜ばない道理は無い。
「よし! まずは第一段階として鞘ちゃんはクリアー……! 次は池松氏だ――!」
 眼鏡をかけた者同士の最終決戦……。それこそが∞の望んだ絵である。
 その第一歩である鞘の眼鏡装着は果たされた。あとは池松がつければ……!
「――」
 だが、当然と言うべきか。
 目の周辺を保護する仮面をつけている池松が、この状況で眼鏡をつける筈がなかった。
「何故……何故だ……!?」
「えっ、そこ驚くとこなんですか……?」
 がくりと膝をつく∞を気にする事なく、鞘と池松が再び拳を交わし始める。
 打撃、回避、反撃、受け、追撃、直撃、捨て身、相打ち――!
 激しい戦いの中、ついに鞘の拳が池松の顔面を捕らえた。
「うおおおおおお!!!」
「愚ッ!?(good:『良い』という意味の英語)」
 仮面に罅が入り……そして、真っ二つに割れた。
「あぁ、そんな!?」
 晒される池松の素顔。やはり……というべきか、眼鏡をかけていなかった。地面に膝をついてあからさまに落胆する∞。
 ――というか、準決勝の時点でかけてなかったと思いますけど。
 そう心の中で呟く漣。恐らく∞は脳内で都合のいいように解釈を捻じ曲げていたのだろう。だから口には出さない。面倒だし。
 そんな心中を知ってか知らずか、∞は蓮に自分の眼鏡ストックのうちの1つを渡す。
「だが、それでも……君なら……君のイメージなら……!」
「えー、と……。……はぁ、やればいいんですよね……」
 受け取った眼鏡を、えーいと適当な掛け声と共に放り投げる。眼鏡は放物線を描いて、池松のもとへ――。
「無ンッ!(moon:『月』という意味の英語)」
 鞘へと連打を放ちながら、池松は突如飛来してきた眼鏡について判断を迫られていた。
 ちょうど顔に当たるように飛んできた眼鏡。顔に直撃するのは勿論、顔を動かして避けるのも隙が生まれかねない。
 ならば、と池松が出した結論。それは、最小限の顔の動きで眼鏡をかけてしまうことだ――!
 こうして、眼鏡をかけた池松と鞘が戦うという絵が完成した。
「――素晴らしい! 素晴らしいよ漣ちゃん! 君は最高だ!」
「……は、はぁ、どうも」
「君さえいれば僕の全人類眼鏡っこの夢は叶うと言っても過言ではない! さぁ、手を結ぼうじゃないか……!」
「え、えぇー!?」
 しつこく漣を勧誘する∞なのであった。


 ちなみに。鞘と池松の眼鏡は、激戦の影響で結局この後外れてしまうことを記述しておく。


 激戦を続ける2人が次に突っ込んだのは――オカマバー『カーマラ』。
「え、ちょっ何よこれ……!?」
 中継は見ていたので、こうなった経緯は分かる。しかし、何故こうもピンポイントに突っ込んでくるのか。
 営業中だったこともあり、バロネス夜渡としては突然の乱入者に怒りを隠しきれない。
「戦るなら外でやりなさいよ! 店が滅茶苦茶になるでしょうが!」
「うおおおおおお!!」
「我ッ!!(guts:『腸』という意味の英語)」
「聞いちゃいねぇな、テメェラ……!!」
 それどころか、店内の客ももっとやれと煽るばかりだ。これだから酔っ払いは手に負えない。
「こうなったらトーナメントも糞も関係ねぇ! 実力で排除してやるよ!!」
 ブチぎれたバロネスがナイフで自分の掌を傷つけ、辺りに血液をぶちまける。
「『ブラディ・シージ』一本入りまーす!」
「げ、血かかったぞ俺……!?」
 どたばたぎゃーぎゃー。客も巻き込んでの大乱闘が始まってしまった。
 その喧騒が耳障りだったのか。店の隅っこで寝息を立てていた裸繰埜闇裂練道が目を覚ました。
「……む、これは」
 いつの間にか目の前で展開されている大乱闘。
 バロネスが暴れているだけでなく、決勝を戦っている筈の池松と鞘がここにいる理由も練道には分からない。
「だが――面白い」
 このような絶好の機会を逃してたまるものか。
 大乱闘は超乱闘へと化していく――!


「……はぁ、ようやく追い出すことができたけど。ユキノイベントめ、覚悟しなさいよ!」
「――血が滾ったまま、落ち着かんな。一戦、やるか?」
「え、夜のベッドで!?」
「……」


 ――そして。
 各地で転戦を続けていた2人は、再びユキノドームへと戻ることになる。
「はぁ……はぁ……!」
「くっ……!」
 超人的な戦いの末、双方共に肉体の限界を超えるダメージを負っていた。
 いまや彼らを支えているのは、やはり超人的な精神力……!
 この先の戦い、心が折れた方が負ける――!
 ――負けはしない!
 池松は、乱れる呼吸を英語の発声で整えていく。さすが英検有段者というべきか、ふらふらな体でも発音は素晴らしいものであった。
 ……俺は、まだ至高の一撃に……究極の一撃に届いていない……!
 一撃。一撃一撃一撃一撃。
 真の一撃必殺とは全てを終わらせる一撃。今まで自分が放った攻撃ではそれに程遠い。
 何故なら、
 ――やつは、まだ立っている……!
 目の前に立ちはだかる強敵――意志乃鞘
 武闘の技術であれば、自分に大きく劣る少女。それ以外にも基本スペックでは明らかに自分の方が上だろう。
 ……しかし、まだ倒せていない。
 超強力なヒーロー補正がかかっているせいというのもあるのだろう。
 だが、それ以上に……心が強い。精神の強さ――それこそがまさにヒーロー的といえる。
 ――最強窮極の一撃でなければその心は粉砕できまい。
 いいだろう。その一撃こそが自分の求めた一撃。目の前の少女を倒すことさえできれば、一撃は完成する――!
「俺は……今まで何を得た?」
 これまでの戦いを思い出す。闘うごとに得るものがあった。今までとは違う力の使い方を覚えた。
 そして――
「『回転』――!(kind-temple:『回転』という意味の英語)」
 教え子に教わった新たな力――!
 自分から見ればまだまだ未熟な少年――日谷創面。
 しかし、彼と手を合わせたことはまったくの無駄ではなかった。いや、収穫があったという意味では一番の糧となったといってもいい。
「教えるつもりが教えられていた――これがbondsか」
 回転回転回転回転回転!
 一撃一撃一撃一撃一撃!
 一撃の力を己の体に巡回させる。回転することで強力になった一撃は、更に回転を繰り返すことで2倍、4倍、8倍へと膨れ上がる――!
 ここに来て池松の『統一躯』は更なる進化を遂げる。
 己の肉体と精神を己の意のままに制御する能力。この力により、己の体と精神を『一撃』を放つ為の体へと作り変えていく――!
 そう! 今や池松叢雲は存在そのものが『一撃』の化身となっているのだ。
「一撃!!」


「あれは……ちょっとやばいんじゃないか?」
 観客席で試合を観戦していた糺礼は厳しい顔をしながらパイポを揺らしていた。頬を伝う汗から彼女の焦りがよく分かる。
 彼女の視線の先。『一撃』の化身となった池松が力を溜めている――それだけで大気と地面が大きく震えていた。
 力を溜めただけでこれなのだ。一撃が放たれたらどうなるか分かったものではない。
「意志乃……お前にあれがどうにかできるのか……?」
「おっと、やっぱり姉御のことが心配なのかい? へへっ、オッケーじゃ――」
「――んなわけあるか」
 隣に座る灰堂四空が茶化すように言い切る前に、その顔面に裏拳を叩き込んでおく。
「っつぅ!? あんた容赦ないな!?」
「容赦する魔人公安がいれば教えてほしいものだ」
 ――そうだ、私は魔人公安だ。
 魔人を憎み、魔人を殺す魔人――それが私だった筈。
 しかし、と礼は首を横に振る。
 ……どうにもブレているな。
 今の自分がその苛烈さを保っているかといえば……首を傾げざるを得ない。
 どうして、こうなってしまったのか。……なんとなく、理由は分かる。
 ――だが、認めるわけにはいかないだろう!?
 自分の人生を破壊した魔人への憎悪。自身の存在意義と言ってもいい。それを、全てを――
「……あいつとのやり取りが心地いいだなんて。それで揺らぐなんて有り得る筈が――」
「――オッケーだと思うぜ」
 ……な、に?
 声の主――四空の方へと振り向けば、さっきのような茶化す雰囲気は無く、真剣な顔がそこにあった。
「俺もよ、人に振り回される性質だからさ、なんとなくあんたの気持ちは分かる。自分は振り回されてるだけ……こんなの本当は望んでねぇ、ってな?」
「……」
「けどな。本当に嫌だったら離れるのは簡単だよ。俺ぁ……なんだかんだで芯がある男のつもりだからな。あんたはどうだい?」
「……」
「オッケー、沈黙は肯定と取るぜ。離れようと思えない事に気づいたらあとは簡単だ。――自分の本当の心と向き合えばそれでいい」
「――けど、私は……私はどうすればいい……!? 魔人への憎しみを――今までの私を捨てろというのか!?」
「オッケーじゃねぇな」
 灰堂四空がサングラスを外す――初めて見る、寂しそうな目。
「あんたも知ってるだろ? 俺の身に起きた事件をよ」
「……あぁ」
「俺も世界を恨み壊そうと――憎悪に身を任せそうになっちまった。何故俺がこんな目に遭うんだ、ってな」
 けどよ。
「事件の直後は見えなかった目が再び見えるようになった時――改めて世界を見た時。俺は思ったんだ」
 ――世界ってのは美しいもんだな。
「ってな。……そして俺は改めて気付いたんだ。俺が憎むべきは世界じゃねぇ。俺をこんな目に遭わせたやつらだけだ――」
 四空がサングラスをかけ直す。
「あんたは俺と違う奇麗な目を持ってるんだ。その目で世界を見直してみろよ。糞ったれなとこもあるけど――オッケーなこの世界をな」
 四空の言葉を受けて、礼は……改めて自分の心と向き合う。
 魔人はやはり憎い。だが、この憎しみは……誰に向けるべきなのか。
 そして、間違った憎しみのせいで――大切なものを失っていいのか……?
「私は……どうすればいい……!?」
「オッケー、簡単なことだ。――素直に、思ったことを言ってやればいい」
 後押しするように、四空が背を叩く。
 礼は立ち上がり――声を張り上げた。
「負けるなぁぁー!! 意志乃ぉぉぉぉ!!!!」


「――その言葉だけで百人力、いや千人力だ!!」
 鞘は自分の体に力が漲るのを感じる。
 礼の声援がヒーロー補正を最大に――いや、例えヒーロー補正が無かったとしても! あの応援を受けて力が出ないはずがない!
 ――あぁ、負ける気はしない!!
 鞘は、池松の『一撃』に真正面から挑む!
 池松から放たれる『叢雲の一撃』――!
 そして、鞘の『ヒーロー』が激突する――!


「 須 佐 之 男 (super sacral Noah over:『聖なるノアを超える超絶の一撃を』という意味の英語)」

「 THE HERO !!」


 ……あぁ。
 妙な浮遊感を感じる。
 これは――意識がはっきりしてない時の感覚によく似ているな。
 寝起きとか、重い病にかかった時とか……そうだ。あの浮遊感だ。
 では……今の私はどうなっているんだ?
 ――そうだ。確か、私は池松氏と最後の攻撃をぶつけ合った。
 今こうして意識がふわふわしてるという事は……私は負けたのか?
 ……そうなのかな。
 そうかも、しれないな。
 ――あぁ、すごく……眠い。



 …。




 ……。




 …………。




 ………………?




 ――――歌が、聞こえる?


 激突した鞘と池松。最強の攻撃を放った両者は共に地に倒れ伏していた。
 審判である結昨日司からのコールは無い。つまり……この状況で立った者が勝つ。
「――起きろよ! 先生! あんたの英語は……そんなもんじゃねぇだろ!?」
 観客席からの呼びかけ。少年――創面のものだ。
 それが届いたのか。池松の指がぴくりと動く。
 このままだと、先に立つのは……池松。
「ふざけるな……! 意志乃! お前は、お前は……ヒーローなんだろ!?」
「糺の姉御……」
「いいだろう。なら、私が、この私が――歌ってやる! だから、立てえぇぇぇぇ!!!!」
 糺礼が、歌う。
 彼女には似合わないヒーローソングを。
 しかし、心を込めて――力強く!



 そして、立ち上がったのは――。
「――なかなか、熱い歌じゃないか、礼君!」
 意志乃鞘!!

 同時に、司の勝者を決めるコールが会場に響いた。


最終更新:2011年11月26日 01:05