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準決勝第一試合 池松叢雲SS

名前 魔人能力
意志乃鞘 HERO DESTINY
池松叢雲 統一躯

採用する幕間SS
なし

試合内容

 雪が降り出していた。
 風は勢いを増し、視界をさえぎるほどに荒れている。
 その激しい冷気に晒される、寒村の中央広場であった。
 打ち捨てられた井戸と、巨大な枯れ木、その陰の下に一人の男が立っていた。

(この戦いで)
 池松叢雲は、寒村の中央で腕を組み、巨大な枯れ木にその背を預けていた。
 吹き付ける吹雪と反して、その鳥面の奥の瞳は爛々と燃えている。

(俺は何度、一撃を撃ったか)
 池松叢雲には漠然とした予感があった。 無言で拳を固める。

(最強の一撃。そんなものがあるとすれば――それは――)
 この世には運命を操る能力がある。
 あるいはこの結末も、その能力が作用しているのかもしれない。
 だとしても――


『世界で一番強いもの――』



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 不意に、待ち続けていた池松の顔が上がった。
「――そこまでだ!」
 鋭い女の声が響いた。
 より風雪の激しく吹き付ける、民家の屋根の上からだった。
 寒さのためか、血色の悪い顔で仁王立ちする意志乃鞘の姿がそこにある。
 防寒対策の、分厚いコートを翻して。

「待たせたな、池松叢雲。意志乃鞘、参上だ!
 ……決して寒かったから外に出づらかったわけじゃないぞ!」
「come-one(構わん)」
 池松の英語は、激しい吹雪の中でも流暢に響いた。
 その首筋から、うっすらとyou-get(湯気)が立ち上っている。

「そうだ。お前は雪が積もるのを待つ必要があった」
 池松はゆっくりと枯れ木から背中を離した。
 すでに、ふくらはぎに達するほどの雪が積もっている。

「高い場所から名乗りをあげるだけでは不十分だ。
 そこから飛び降りて、着地を成功させなければならない。
 HEROの補正を最大限に活かすためにはな」

「ずいぶんと詳しいな」
 意志乃は、どうやら池松に興味を持ったようだった。
 彼女の瞳の奥もまた、池松に負けず劣らず爛々と燃えていた。

「もしやキミもヒーロー希望なのか? ならば歓迎しよう。
 SLGの会が悪の組織でないのならば、志を持つ者はみな仲間だ!」

「いや。俺たちは悪の組織だ」
 池松は微笑みもせず即答した。

「俺たちは、日夜邪悪な実験を繰り返し、政府転覆も企んでいる。
 お前は俺を討つべきだ」
 これには、意志乃も思わず眉をひそめた。

「なんだと? ……本気か?
 ならば、私はヒーローとして、キミを見逃すわけにはいかないな!」
 意志乃は声をはりあげ、大きな動作で補正を高める。
 池松はそれに応じた。

「本当でも嘘でも、どちらでも構わんだろう。
 それとも、実はナチスの残党であった方がいいか?
 あるいは闇の教団であれば満足できるか?」
「……」

 意志乃は無言であった。
 池松の意図が咄嗟には理解できなかったのかもしれない。
 だが、その意図は極めて単純であった。
 池松自身が笑ってしまうほどの単純さ。

「お前がもつ最強の『一撃』。
 必殺技というらしいな、意志乃鞘」
 池松は、ゆっくりと意志乃が仁王立ちする民家へと近づく。

「miss-set-aim-yellow(見せてみろ)」
 近づく。

「見せてみろ。必殺と言ったな? その言葉に嘘はないな?」
 さらに近づく。
 意志乃の背筋が冷えたのは、単に寒さのせいだけではないだろう。

「俺はどうすれば、お前の最大最強の一撃を引き出せる?
 次はなんだ? 俺がお前の生き別れの兄か父であればいいのか?
 たとえば、この仮面を外せば……」
 池松の手が、仮面にかかり、そしていとも無造作にそれを放り捨てた。

「なんだと?」
 意志乃は息を呑んだ。
 そこに現れた顔は、ちょうど、意志乃の相貌を男性化したような、
 彼女に良く似たものだった。似すぎていた。

「決まりだ」
 能力で骨格を、表情筋を動かして、意志乃に似せたものだっただろうか。
 池松は流暢な英語で告げた。

「I'm your older brother(私はあなたの兄です)」

 いや。 これは嘘だ。
 意志乃が驚いたのは、そんなことではない。
 変装能力を持つ魔人ならいくらでもいる。ヒーロー部にだって。
 池松の言動に、大きな違和感を感じたからだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(なんだ?)
 この相手について、何か決定的なことを見逃しているかのような違和感。
(同じ達人クラスでも、闇裂練道とはかなり違う。何かが……)
 闇裂練道に感じた圧力を、重さ、押し包んでくるような大きさだとすれば、
 この男が放つ圧力は鋭く、深く突き刺さってくる。

(なにかを見落としている。だが、なにを?)
 この男の言動は、まるでこちらのヒーロー補正を増大させようとしているかのようだ。
 何を狙っているのだろうか。

 事前に聞いている池松の性格からすれば、こちらの必殺技を見たがっているのか?
 勝敗を度外視して? それならば望むところだが。
 しかし、何かが――

 ――いや。なにを見逃しているとしても、意志乃がなすべきことは一つ。
 ヒーローであり続けることだけだ。
 本物のヒーローが迫ってくる敵を見逃せるだろうか?

 何か隠していることがあるとしても拳で語り合えばよい。
 正面から来る相手だ。
 ヒーローとして正面から、堂々と迎え撃つ。
 そう決めると、意志乃の内側でヒーロー補正の火が燃え上がった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 池松はさらに一歩を近づいてくる。
「あとはどうする? 俺がお前たちヒーロー部の部員を人質にとり、
 お前が敗北すれば惨殺すればいいのか? どうだ?」

「だとすれば」
 本当であろうと嘘であろうと関係ない。
 意志乃は屋根の縁を蹴った。

「正義の心でキミを討つ!」
 屋根の縁に積もった雪が舞い上がった。
 ヒーロー補正に増強された身体能力で、空中で身をひねり、回し蹴りを放つ。

「null-Louis(温い)」
(わかっているさ)
 短く英語を呟き、池松が迎え撃つ。
 その頭部へ、意志乃の空中からの回し蹴りが放たれる。
 池松はの腕が動き、それをブロックする。

(達人クラスの使い手に、少々のヒーロー補正では通用しない)
 まるで金属を打ったかのような感触が、意志乃の足を痺れさせた。
 まだだ。

(それでも私は打つ)
 落下しながら、その勢いで再度の回し蹴り――腹部へ。
 第一撃よりも速い。

 意志乃の打撃に応じて、池松の腕は流れるように動く。
 降りしきる雪を振り払うように、鋭い衝撃が蹴り足を走った。
 だが、まだだ。

(それでも打つ……)
 まだ落下しきってはいない。
 積もった雪面に手をつき、倒立するような姿勢からの、再度の蹴打。
 第二撃よりも、さらに速く、鋭い。

(それでも打つから、ヒーロー補正が加速する!)
 逆立ちしても敵わないような強敵に挑む。
 それがヒーロー補正を引き上げるのである。
 事実、意志乃の打撃は飛躍的にその鋭さを増してゆく。

「Cooooo――」
 だが、池松は、ため息にも似たバイリンガルの呼吸を放っている。
 冷気の中に白い吐息が流れ、そして意志乃の倒立蹴りが頭部へ迫る一瞬。

「cut(喝)!」
 ぼっ! と、音にならぬ衝撃が走った。

 空中を漂っていた雪の粒がいくつか、衝撃だけで弾けとんだ。

 意志乃の倒立蹴りを迎え撃ったのは、前進しての体当たりであった。
 池松の足元の雪が水しぶきのように舞い上がった。

(――これが英語! これが池松叢雲! か!)
 意志乃は咄嗟に両腕を交差させて防御を試みた。
 池松の英語は、燃えるビッグベン(イギリスにある時計塔のこと)を、
 垂直に叩き込まれたかのようだった。

 ――池松叢雲。
 一対一の屋外で、何一つ制限されるものなく英語を振るう。
 これが最大のポテンシャルを示す彼の姿であった。

 結果、意志乃の身体はゴム球のように吹き飛ばされ、背後の民家の壁に激突した。
 一瞬、意識が遠ざかりかける……。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【同時刻 オカマバー『カーマラ』にて】

「……あら、もう行くの? もうすぐ開店なのに。
 それにいま、決勝の方だって佳境よ」
「だからだ」
 バロネス夜渡の問いかけに、闇裂練道は滑らかな動作で立ち上がった。

「もうすぐ、やつが出てくるだろう。
 池松叢雲には致命的な欠点がある」
「アナタ、池松を知ってたの?」
「……俺が気まぐれだとしたら、やつは不真面目だ。
 くだらんことにばかり首を突っ込む」
 練道は、質問を無視した。
 ぐしゃぐしゃになった紙幣を取り出し、カウンターに置く。

「だが、普段はあの能力で抑えているせいか。
 もしも、やつが感情を爆発させるようなことがあれば――」
「どうなるの?」
「何をするかわからんから、欠点だと言っている」

 練道はドアを開けた。バロネスの声だけが、後ろから追ってくる。
「アナタはこれからどうするわけ?」
「本気の池松叢雲と戦えるのなら、ウルワシ製薬につくのも悪くない。
 それとも、これからすぐに叩いてしまうか?
 どちらにしろ――面白くなりそうだ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(池松叢雲、やはり強い。身体は動くか?)
 民家の壁は薄く、意志乃の身体はそれを砕いてめりこむ形だった。
 衝撃は強かったが、ダメージはそれほどでもない。

(ヒーロー補正を存分に載せた初撃を、こんなに完全に止められるなんて)
 意志乃はいくつか計算していた。
 高所からの重力を加え、積雪により池松の踏み込みを弱め、
 しかる後にヒーロー補正をのせた一撃を入れる。

(これでも全く通じないとは参ったな。
 だが、ここで諦めては、彼女らにあわせる顔が無い)
 意志乃は衝撃から少しでも回復するべく、身体を動かさないように努めていた。
(となると、やはり……決め手は……)

「Do sit a Ishino?(どうした、意志乃)」
 池松が吹雪の中を近づいてくる。
 意志乃によく似た顔を持つ男。
 その影からは、たしかにyou-get(湯気)が立ち上って見えた。
 体温操作――。

「この程度ではないだろう。起きるがいい。勿体つけずに撃ってこい」
「……そうだな」
 意志乃は木屑と化した民家の壁から、背を起こす。
 もう少し、時間を稼がなければならない。
 池松を倒しえる一撃を放つには、まだ『尺が足りない』。
 だから意志乃は痛みを抑え込み、悠然と構えて、言葉をかける。

「相手は強敵。達人。化け物。これ以上ないシチュエーションだ。
 これで奮い立たねば、ヒーローじゃない。そう思わないか、池松叢雲?」
「……時間稼ぎか?」
 池松は冷たく言って、意志乃から五歩程度の距離で足を止めた。

(見抜かれている)
 意志乃はさらなる違和感を覚えた。
 池松を倒しえるとしたら、『必殺技』しか考えられない。
 当然、池松は『必殺技』が放たれるのを防ごうとするはず。
 だが――

「いいだろう。もう少し『尺』が必要なら、付き合ってやる。
 来い。正面からだ――すべて受けてたつ」
 池松は、あっさりと時間稼ぎに付き合うことを認めた。

 これは、まるで『必殺技』をこちらに打たせようとしているようではないか。
(もしかして、『必殺技』を回避できると考えているのか?)
 池松叢雲は、『最強の一撃』を求めて英語を研鑽していると聞く。

 もしや『必殺技』を回避、もしくは防御して、
 その動きを真似ることでそれに近づこうというのか?

(ならば、私が勝つ)
 『必殺技』は、その名の通り一撃必殺の技だ。
 ヒーロー補正の最大の発露でもある。その効力は、論理能力に等しい。

 回避も防御もできず、一撃で必ず相手を撃破するからこそ、必殺技なのだ。
 それを勘違いしているとしたら、意志乃の勝ちは決まっている。
 だが、この違和感の正体は、なんだ?

(いいだろう。どちらにしろ)
 必殺技を見たいというのなら、見せてやる。
 違和感がなんであれ、必殺技の一撃の前に立っている者はいない!
 それは、池松叢雲が己の掌底の威力に対する自信、それと同じくらい強固な信頼であった。

「潔い悪役だな、キミは」
 意志乃は軽く、柔らかな雪を踏みしめるように跳躍した。
 それから、すばやく吹雪の中へ飛び出していく。
「私は好きだぞ、そういう手合いは!」

 もしも池松の待ちの構えが罠だったとしても、だからこそ、正面からゆく。
 それがヒーローのあるべき姿だと、意志乃には確信があった。

「soul cut(そうか)」
 なんのフェイントも入れない、意志乃の直突き。
 これを池松は拳を横合いからあわせて弾いた。
「だが、俺はそれほど潔い類ではない。
 何が何でも諦められないものが一つだけある」

 それはまるで、演舞のようであった。
 あらかじめ書かれている英会話の文章を、交互に読みあうような。

 意志乃が続けて間合いを詰め、放つ肘打ちを、体捌きでかわす。
「sit(疾ッ)――」
 つぶやきながら、池松は返答代わりのフックを意志乃の脇腹に打つ。

「ははは! なんの!」
 意志乃はこれをブロックし、さらにもう一度直突き。
 後退する池松を狙って蹴り上げ。防御される。
「foot(吹ッ)!」
 返ってくる拳、防御、反撃、回避、牽制、防御、フェイント、一撃、回避……。

 打撃が放たれるたび、足元の雪が飛び散り、空中の雪片は砕ける。
 長い攻防とはいえなかったが、徐々に意志乃は劣勢になっていく。
 池松の打撃は、防御しても重く、痺れるような手応えがある。
 そして、二十度目か、二十一度目の応酬の際であった。

「Coooooo――」
 牽制の一打を、意志乃がバックステップでかわした隙に、
 池松はバイリンガルの呼吸を完成させている。

 来る、と、意志乃は直感した。
 強烈な英語の一撃。
 池松は踏み込みながら、肩口からぶつかって来る。

(防御――!)
 いまもてる最大のヒーロー補正を、意志乃は駆動させた。
 決して敵わぬ強敵と、劣勢ながらも小細工なしの肉弾戦を挑むという、
 ヒーロー補正が活きている。

 衝撃に備える。
 迫ってくるその影は、むしろ緩慢に見えた。

「say(征)!」
 降りしきる雪が、一斉に爆ぜた。
 吹雪の風圧が、一瞬だけ相殺されて無風になったように感じた。
 そして足元の雪が爆発的に吹き飛び、池松の英語が叩き込まれる。

(私はヒーローだから――)
 意志乃は両腕を交差させる構えで、それを凌ぐ。
(ヒーローだから、負けない! 絶対に! 正義が負けるかっ)

 異様な衝撃があった。
 灼熱する自由の女神像(アメリカにある、巨大な女神像)に、
 身体の奥を撃たれたような衝撃である。

(……空、飛んでるっ……!)
 意志乃はいったいどれほどの距離を吹き飛ばされたのか、後になっても思い出せない。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【同時刻 控え室】

 あまりにも容易く、意志乃が吹き飛ぶ。
 人間ではない、なにか別のもののように見えた。

 映像を見ていた灰堂四空は思わず声をあげた。
「オイオイオイ、なんだありゃあ!
 池松ってやつは半端じゃないな。
 ヒーロー補正を載せてるあの意志乃が、あんなに簡単に?」

「気に入らんな」
 同じく、映像に見入っていた糺礼も、はき捨てるように呟いた。
「なんだあの脆弱さは。意志乃め。
 勝てないまでも、少しは弱らせてもらわねば困る。 
 ……池松叢雲は、終わったら私が捕えるのだからな」

 明らかにいらだっている礼の口調に、灰堂は笑みを堪えられなかった。 
「素直じゃねえな」
「なんだと?」
「意志乃に負けて欲しくないなら、そう言えよ。
 それでもっとヒーロー補正がかかるんじゃないか?」
「もう一度殺されたいか?」

「ま、落ち着けって。
 俺もアンタも、意志乃の戦いが気になってるから見てる。
 それでいいだろ? オッケー?」
「……お前も気に入らん」

 礼はもう無言で映像を眺める。
 観客の祈りでヒーロー補正がかかるのなら、そうだ。
 勝利を祈るぐらいはしてやろう。
 それで池松叢雲を捕えることができるのならば、いくらでも。

(しかし――)
 礼はとりとめもなく考える。
 魔人警官上層部は、池松の捕縛に熱心すぎる。
 いったいあの男に、いや、その背後に何があるというのだろうか?


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 気づけば、雪の上に転がっていた。

 意識を取り戻すと同時、意志乃はあわてて身体を起こす。
(場外……じゃ、ない!)
 目の前には民家がある。自分の身体と同じような大きさの穴が開いた民家。

 それが、実に、二つも。

「やれやれ……凄まじいな、さすがに」
 意志乃はかろうじて防御できたことを幸いに思った。
 ヒーロー補正が程よく高まってきている。
 しかし、身体の奥に奇妙な痺れが残る。これは――

「sing-to-'K'(浸透勁)という」
 民家を砕いて空いた穴から、ゆっくりと、意志乃そっくりの顔を持つ男が抜け出てくる。
「特殊な英語話法だ。身体の外ではなく、内部を攻撃する」

 池松は意志乃の目の前で足を止めた。
「……そろそろいいだろう?」
 片手を差し伸べる。
 もちろん、立つことを促す手ではない。挑発するように手招きをした。

「まだ足りないのか? 『必殺技』を撃つには。
 やはりお前の知り合いを人質にとる必要でもあるのか?」

「それをやって、無事でいられると思うなよ」
 意志乃は立ち上がり、池松を睨んだ。
 距離はおよそ二歩分。
 互いに『一撃』を入れる、必殺の間合い。

「なぜ、キミがそれほど『必殺技』にこだわるのかわからないね」
「なんだっていい。撃って来い」
 池松は短く告げた。あまりにも冷たい口調。
 その瞬間、意志乃の意識に触れてくるものがあった。

(もしかして)
 最初から感じていた、違和感の正体についてである。
「池松叢雲。もしかして、キミは」
 池松は、意志乃に良く似た顔を無表情に保っている。

「――怒っているのか?」
「いいや」
 池松は自然体に構え、無表情だが燃える目で意志乃を見下ろしていた。
 この男は、最初から微笑すら浮かべていなかった。

「激怒しようと思っている。
 お前にはまったく、一欠片も、テーム川の一滴ほどの容赦も与えない。
 覚悟ができたら撃って来い」
「……!」

 意志乃はなぜかアメリカバイソンの角に心臓を貫かれるような戦慄を感じた。
 違和感の正体がこれだったか。
 自分の心を完全にコントロールできる男が、激怒しようとしている。
 その理由はなんだったというのか?

 考えてみてもはじまらない。
 それに何より、覚悟ができたら、と池松は言った。

(覚悟ならできている。怒るのはこっちのほうだ。
 私の覚悟を侮辱するならば)
 ヒーローになると決めたときから、覚悟は固めてある。
 それが、この『一撃』だけを求める男の覚悟に劣るものか?

(いや。正義の覚悟は、そうであってはならない)
 意志乃は、そう決めている。
 力だけを求める強さが、志の伴う強さを凌駕してはならないのだ。
 ゆえに、自分が勝つ!

「そうだな」
 意志乃は腰を落とし、『構え』をとった。

「そんなに見たいなら見せてやる。ヒーローショーだッ!」
 すでに、一撃の届く距離。
 ヒーロー補正が四肢にみなぎる。十分に『尺』は稼いだ。
 あとは撃つ。
 ただそれだけだ。ただ撃つ。

「やはり発音が悪いな。HERO show だ」
 池松は、静かな自然体でそれに応じる。

 一瞬か、あるいは数秒であったか、沈黙が降りる。
(一撃)
(一撃)
 このとき、偶然にも意志乃と池松の思考は、完全に一致していた。

(一撃、一撃、一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃……)
(一撃、一撃、一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃――)

 それだけだ。
 互いの『一撃』の意識は徐々に高まり、周囲の空間すべてを圧倒した、
 と思った次の瞬間。

「お」
 先に動いたのは意志乃であった。
 意志乃の放った初弾、対空直突きは、いとも容易く、確実に池松の腹部を捉えた。

 ばっ、と、周囲の雪が即座に蒸発し、あるいは粉々に砕け散った。

「お――おおおおおおおおおおおおおっ!」
「Coooooooooo――」

 苛烈な打撃は池松の身体を激しく打ち上げた。
 いや、それだけではない。
 地面を蹴った意志乃自身の『一撃』の威力は衰えず、
 むしろそれ自身を推進力として、急激に地面は離れていき、そして――

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【同時刻 廃ビルの片隅】

「……マジで撃たせた」
 日谷創面は驚いてその映像に見入った。
 宇宙へ飛び出していく打撃よりも、その事実に驚いたのだ。

 先に撃たせて、それでもなお一撃を返す。
 それが池松の流儀であった。
 そのことはいままでのLessonと、試合での戦い方でわかっていたことだ。

 それでも、創面は驚いている自分を認識した。
「《先生》、本当に自分の流儀と心中するつもりかよ?
 負けるぜ、こんなの! 相手はヒーローの必殺技だぜ!」

『――アアー……お前がそう言うってことは。フ、フフフッ!』
 頭の中で、ロクロのくぐもった嘲笑が響いた。
『池松の頭の中にあるのは、その逆だな。ハハハハッ!』

「俺をダメな解説係みたいに言うんじゃねえよ」
 創面は耳をふさいだ。
 が、頭の中で響く声はとめられない。

『池松叢雲。あれほどイカれたやつは、めったにいないぜ』
「お前が言うなら、よっぽどだよな……やれやれ」
 創面は、あとは無言で映像に見入った。

 日谷創面には確信があった。
 この戦いが、どのような結末を迎えるにせよ、池松叢雲はその流儀を貫通させるだろう。
 たとえヒーローと、その敗北すべき運命が相手であれ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 意志乃は自身の『必殺技』を、ロケットドリルライダーキックと名づけている。

 それは彼女の知るいかなるヒーローの秘儀であったか。

 蓄積された莫大なヒーロー補正をもって相手を宇宙空間へ打ち上げ、
 それに追いすがり、虚空にて必殺の飛び蹴りをくわえるものである。

 これは論理的に必殺であり、回避も防御も超越した『一撃』である。
 運命が定めたのか、それとも法則が定めたのか。
 対抗し得るものがあるとすれば、それは――

(――なんだ!?)
 すでに成層圏を突破し、宇宙空間に飛び出しつつある。
 意志乃は相手を突き上げながら、その異常な動きに戦慄した。

 ――池松の手が動き、己を突き上げる意志乃の腕をつかんだのである。
 意志乃によく似せたその瞳が、燃えるような激怒をもって彼女を見つめていた。

(だが、無駄だッ)
 意志乃は己の能力をよく知っている。
 必殺技は相手を必殺する論理能力である。
 どのような策を弄したところで、こうして決まってしまえば、絶対に逃れるすべはない。
 それは、運命が定めた結末だからだ。

(このまま――倒す!)
 その確信には疑念などない。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 池松叢雲は激怒した。
 《統一躯》の精神操作が、彼に米国スーパーボルケーノの大噴火のごとき怒りを可能とした。

(これが)
 池松は空を急上昇しながら、激しい痛みと衝撃の中で、意志乃の腕をつかんだ。

(これが、最強の一撃だと?)
 池松は内臓がつぶれるのを感じながら、宇宙環境に耐えるべく体内を操作した。
 体内気圧操作。体温操作。体液循環操作。
 ありとあらゆる自己身体操作を。

(これが必殺の一撃だと、そう言うのか)
 肺の中には、すでにバイリンガルの呼吸による、十分な空気が貯蔵されている。
 だが、これをゆっくりと消費しようなどという考えは、池松にはない。

(運命だろうが、不断の努力だろうが、絆の力だろうが、
 そのくらいの力で)
 池松は手を伸ばし、意志乃の腕をつかむ。

(最強などと、言わせはしない!
 ――なにを犠牲にしても、だ)

 池松叢雲は激怒していた。
 最強の一撃は、このようなものではない。
 そのことは、恐らくただ一人を除いて理解できぬであろうが、
 彼の致命的な逆鱗(get-killing)であった。

 池松は、静かに手を伸ばし、意志乃の頭部に触れた。
 もはや、勝敗などは問題ではなかった。

 そう、池松は、このとき敗北を受け入れ、なおかつ撃とうとしていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(――!?)
 池松の手が頭部に触れた。
 意志乃は何か、得体の知れない恐怖を感じた。

 だが、すでに宇宙空間である。
 あと一瞬。
 この蹴りを叩き込めば、すべてが終わる。

 相手がどれだけ不死身であろうが、強制的に物語をヒーローの勝利で決着させる。
 それが『必殺技』なのである。
 そして、回避も防御も不可能。

『Psy KYOTO or(最強とは)』
 不意に、流暢な声が聞こえて、意志乃は驚愕する。
 体内に直接響くような英語。

 宇宙空間で人間が声を発することはできるか?
 ――骨伝導であった。

『not a DESTINY,not justice,not a bond,not an effort
 (運命ではなく、正義ではなく、絆ではなく、努力ではない)』
 英語が浸透してくる。衝撃もなく。
 こちらが必殺技を撃つ前に、自分を倒そうというのだろうか?
 無駄だ。 必殺技の構えに入ったヒーローを倒す術は無い。

『e cut――Psy KYOTO or(いいか、最強とは)』
 池松の怒りに燃える瞳が、次第に青く、
 相貌も意志乃を装ったものから変容していく。
 彫りの深い、ローマ人のような顔立ち。碧眼。


『just,ENGLISH(――英語だ。)』


 自分の頭部をつかむ池松の腕に、信じられない力がこめられた。

『意志乃。宣言する。私の負けだ。勝ちは譲る。他のすべても。
 だから――』


(この男――違うッ! クォーター? ハーフ?
 そんなものじゃない!
 ましてや能力で、自分の顔を英語圏の骨格に近づけているのですらない!)

 意志乃は、はっきりとそれを悟った。
 なんという自然な発音。あまりにも自然な英語の流動。

(こいつは――――ネイティヴ!!!)


 普段、鳥面を被り、アジア人の顔をしているのは、正体を知られぬためか。
 池松の髪の毛は、一瞬でプラチナブロンドに『戻った』。

 圧倒的な黄金色の英語が流れ、池松の肉体を覆ったように錯覚した。

 意志乃の背筋に恐怖が走る。
(――そう……こなくてはな!)
 だが、それだからこそ、なおのこと意志乃は燃え上がった。
 恐怖を知らぬ者はヒーローではない。

(恐怖を知り、それに負けぬ者がヒーローだ! ゆくぞ!)
 この瞬間、意志乃と池松の覚悟と、地獄のようなプライドが拮抗した。

『必殺!』
 意志乃の声が、宇宙空間に響き渡る。
 空気の有無など関係が無い。
 ヒーローの必殺の叫びは、必ず響くのだ。
 足を思い切り振り出す。狙うのは池松の胸部。

『Lets enjoy English together(英語を一緒に楽しみましょう)』
 一方で、池松は肺の中にためたバイリンガルの呼吸を、
 ひと欠片も残さず、瞬間的に引き出す。
 意志乃の頭部をつかむ手に力をこめる。激怒の力が炸裂した。

 両者の最強の一撃が、宇宙の片隅で激突する。



『――ロケットドリルライダーキック!』


『 八 紘 一 宇 (hack-all-it-you)』


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 その試合を観戦していた者は、誰もが見たであろう。
 宇宙の片隅、虚空ではじけた両者の英語を。
 分子が震え、原子が煮え立ち、量子が熱狂的に弾けた。

 あらゆるものの始まり、万物の起源、すべてのものの始点。
 最初にして最大の爆発。

 互いに絶対無敵と確信する一撃が生み出した、
 その事象については、いまさら蛇足を付け足すまでも無いだろう。


 『ビッグバン(big-bang)』であった――


 直後、意志乃の身体は、流星となって吹き飛んだ。
 銀河の彼方まで。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(――と、飛ぶ!?)

 意志乃は愕然とその事実を認識した。
 全身が爆砕する衝撃。

(さ、先に当てたのは私のはずだ! なぜ――)
 必殺技が当たったのだ。
 自分の勝利という形で物語が終わっていなければおかしい。

 池松に蹴りを当てたというのに、吹き飛んでいるのはこちらのほうで、
 みるみるうちにその姿が遠ざかり、星の群れが渦にしか見えなくなり――

 そして、意志乃鞘は宇宙の彼方に吹き飛ばされ、消え去った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『ドリルライダーキック……だと?』

 池松は静かに窒息していく自分を認識した。

『そんな発音の英語が、必殺の一撃であってたまるか』
 池松は一撃を放った右手を握り締めた。

 なぜ意志乃の必殺技が必殺とならなかったか。
 論理能力は極めて強力で、絶対的な効力を発揮するものだが、
 それゆえに例外的事象には致命的に弱い。
 ときには、まったく効果を発揮しないこともある。

 ――これを池松が意識していたかは、定かではない。

 池松は、意志乃の蹴りが当たる前に、『自分の負けだ』と明言した。
 ゆえに、このトーナメントの規定により、この時点で勝敗はついていた。
 そしてヒーローの必殺技は、『すでに敗北した者』を倒すことはできない。

『勝敗はお前に譲ってやる。
 だが、最強の一撃は――絶対に――』

 池松は呼吸を失い、静かに絶命した。


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「……えーと、じゃあこれで意志乃さんの勝ち……ですか?
 池松さんがギブアップですよね?」

「ちょっと待った。これ……どうなるんだ?
 意志乃の蹴りは、明らかに勝敗確定後の戦闘行為だ。
 禁則事項に抵触する」

「え……ええー……?」

「池松の覚悟を踏みにじるようで悪いが、ルールはルールだ。
 禁則事項に抵触した場合は、まき戻して裁定しないといけない」

「じゃあ、あの、池松さんの英語はどうなるんですか!?
 あれも禁則事項ですよ。両方ルール違反で失格??」

「英語がなんで戦闘行為にあたるのかよくわからないが……
 英語だぞ? ……いや、あれ? 英語だろ?
 え? 俺の認識だけ違ってるわけじゃないよな?」

「なにを言ってるんですか!
 実際、意志乃さんは吹き飛んだじゃないですか!」

「そ、そうだな……両方失格ってことで……」

「そんなの、ギャラリーが納得しませんよ! 暴動が起きますよ!」

「わかった、わかった。じゃあこうしよう。
 ――そのギャラリーに勝敗を決めてもらおう。
 どっちが勝ったか判断して、より得票数の多かった方が勝ち。

 正直、当人同士にはどうでもいいだろうが、まあ、
 投票で決めれば文句はないだろう。たぶん」

「ってゆうか、それより、あれですよ! 場外なんじゃないですか!?
 宇宙ですよ、宇宙!!!」

「確か……戦闘範囲は村の敷地内だったっけ」

「そうですよ!敷地内ですよ。 宇宙なんて完璧アウトですよ」

「どうかな。法律だと、敷地は上空何メートルまで、とかそういうルールはない。
 宇宙には国家の領有は不可能ってルールはあるけれど、あの村は」

「だから私が作ったんですって! 私が!
 私の村なので『わたし村』です」

「ああ、そう……じゃあ、『わたし村』は個人の所有物ってことか?
 だとしたら、宇宙空間の個人領有は別に禁止されていない。
 領有を主張するなら、そこは『敷地内』ってことになる」

「やったー! じゃあ宇宙も『わたし村』ですね」

「……そうだな」

最終更新:2011年11月26日 01:07