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茜と梓の話

最終更新:

20100318

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だれでも歓迎! 編集
※後から見直すとかなり酷い出来だったので初投稿の内容からだいぶ改変してあります。

きーんこーんかーんこーん

桜が丘高校の休み時間。
人気の無い一角で落ち合う二つの影。

茜「来ましたけど……さわ子先生。何の用ですか」

さわ子「やーっときたわね。ここ人来ないから、普段通りでいいわよ。……ま、とりあえずそこ座んなさい」

茜「……さわ姉、タバコ吸うんだ」

学校の喫煙所。がっしりした長椅子が二つ。

さわ子「昔はね。今はもう止めたわ」

茜「ぶりっ子してるもんね」

さわ子「うっさいわね。それより、何で呼ばれたか分かってる?」

茜「あの女に義理を立てるためでしょ」

さわ子「生意気言うし。そんなだから孤立しちゃうのよ」

茜「……別にいいもん。慣れてるから」

さわ子「あんたが良くても駄目なの」

茜「私の勝手じゃん……」

さわ子「お子様の勝手が信用できますかっての」

茜「……子供じゃないし」

さわ子「はいはい。……あたしが言いたい事は月並みよ『友達を作りなさい』これね」

茜「……はあ。さわ姉、私のキャラ知ってるでしょ?」

さわ子「もちろん。でも、その子のキャラだから~って簡単に諦める程、教師の仕事って簡単じゃないのよ」

茜「……作れ、って言われて作れるものじゃないし。先生って奴ら……いつもそうだよね。結果をせかすだけで何もしてくれない」

さわ子「そういう事言われると耳が痛いわね……。」

さわ子「でもあんた、友達作ろうって気はあるの?ちゃんと努力してる?」

茜「……私は一人でもやっていけるし、そっちのが良い」

さわ子「……あんたいつかあたしに言ったでしょ。さわ姉みたいな友達が欲しいって。……一人が良いなんて、本当なの?」

茜「……!」

赤くなる茜。

茜「……もう、あの時とは違うよ」

吐き捨てて、逃げるように去る。

さわ子「あ、ちょっと!まだ話は」

…………

さわ子「うーん、駄目か。ちょっと侮りすぎたわねえ」


「……あれ、先生?」

さわ子「あら、梓ちゃん」

梓「今の人……2年生ですよね?(なんで三年の先生が?)」

さわ子「うーん、ちょっと色々ねえ」

梓「…………」

後姿を見送る梓。



数日後

「はい、二人組み作って~」
体育の時間。
定番のグループ作りの掛け声がかかる。
桜ヶ丘高校では体育の時間は二クラス合同で行われる。
日程上都合の良いクラス同士が組み合わされるので、毎時間その都度合同するクラスが違う。

茜「……(体育なんて滅べばいいのに)」

今日は茜のクラスと

憂「じゃんけん、ぽん!」
梓「あいこで、しょ!」
憂「あいこで、しょ!」
純「あれれ、またあいこか」
 「あいこで、しょ!」

梓「ううう、負けたぁ」
純「今日は激戦だったね~。それじゃ梓、頑張ってね」

梓のクラスの合同である。
梓と仲の良い憂と純は三人組のため、こうした機会があると三人の中の一人があぶれざるを得ない。

梓「しょうがないか……。あ、一緒に組まない?」

適当にまだ決まって無さそうな知り合いに声をかける。

「ごめんね梓。今決まっちゃったばかりなの」

梓達がもたもたしていた為、自分のクラスでは殆ど二人組みが決められつつあった。
仕方ない、隣のクラスから見繕おう。

あの人はいけそうかな。
目に留まった人物に声をかける。

梓「あの、二人組お願いできますか?」

茜「……え?」

茜は高身長で独特な髪色をしているため嫌でも目立つ。
梓が声をかけたのは自然の成り行きだった。

梓「もしかして、もう決まっちゃいました……?」

茜「……う、ううん。そんなことない」

めでたく二人組が誕生した。
転校生で引っ込み思案な茜は、既存のクラスメイト達の付き合いに割り込む事になんとなく気がはばかられ
自分から声をかける事ができず、結局一人ぼっちになってしまう事がよくあった。

茜「……ふう(良かった……助かった)」

安堵する茜の横顔を、梓は何となくひっかかる思いで見ていた。
あれ……この人どこかで……?


十数分後

茜「……親戚なの。オフでも、教師顔するからけっこう迷惑」

梓「そうなんだ!さわ子先生って面倒くさがりだから、そういうのちょっと意外かも」

茜「……たまにいい格好するんだ。ちょっとだけ「へえ」って思う事も言うよ」

梓「うわー。絶対想像できないなー」

人懐こい梓は茜に屈託なく話かける。
いつもは他人に心を閉ざしがちな茜も、徐々に梓との会話に饒舌になっていった。

茜「(この人……嫌な感じがしないな。いつもの奴らと少し違うかも)」

所属するクラスで避けられがちな茜にとって、事情を知らない他のクラスの梓との会話は
久々に気持ちの良いひと時だった。

茜「(……あ、臭いとか。したりしてないかな……?)」

芽生え始めた関係を壊すのを恐れて、茜は気をまわす。
吹けば飛ぶような繋がりだったが、目の前の笑顔を失われるのが怖かった。

梓「……それでね。先輩ったらいっつも」

梓は茜の内面など全く気づく様子もなく、よく喋り続けている。

梓「こうやってぎゅ~ってね」

抱きつく真似をしようと梓が茜にぐっと近寄る。

茜「あ……だ、だめ!」

ぱっと遠ざかる茜。
あまり近寄られるとまずい。
不潔な暮らしは決してしていないが、家庭の都合であまり頻繁に洗濯をする事は出来ない事情があった。

梓「?」

きーんこーんかーんこーん

時間の終わりを告げるベルが鳴る。
疑問符を浮かべている梓を他所に、茜は早々に帰ろうとする。
二人の距離が少し広がったあたりで不意に彼女は振り向くと

茜「……あ、あの、今日は……」

ありがとう。言うはずが、言葉が出てこなかった。
ぺこり
代わりに一礼すると、茜は足早に教室への帰路へつく生徒の群れに消えていった。

梓「なんか面白い人だったな……」

梓の知り合いには茜のようなタイプはいない。
ひねた感じだが、言葉の端々に照れるような響きがあってちょっとだけ可愛らしい。
三浦茜さんか……。
頭の中であの女の子の名前を記憶に刻むように確認すると、梓は入り口で手を振っている憂と純を見つけて、彼女達の方へ歩みだした。


数日後

茜「ショートケーキプディング……(じゅるり)」

売店。スイーツコーナー。

茜「(280円……ボーダーの二倍以上)……無理か」

茜「(どうしてこう洋菓子って高いのかな)」

諦めて一番安いサンドイッチを二つ買ってチェックアウト。
ご飯を食べる場所を探す。
私は人ごみが苦手だ。特別教室棟へ行こう。
昼休みは空く場所。

茜「……(いまいちかな)」

長椅子に一人腰掛けて昼ご飯。
タマゴ味を選んだのだが、具が想像より少ない。

茜「…………超おいしい」

一人ぼっち、まずいご飯。
あまりに情けない。嘘でも華やかな気分が欲しかったのだが……。

茜「……駄目か」

余計情けなくなるのだった。

~♪

茜「……あ」

どこからともなく音楽が流れてくる。
私がここにいる理由。
巧拙は兎も角、それは楽しげな調べだ。陰鬱なお昼のひと時が少しだけ明るくなる。
演奏者はどんな人達だろう。
毎日通い聞くうちに、すっかり茜は演奏する見知らぬ人間に憧れを抱くようになっていた。
想像が膨らむ。

茜「……」

自然と中断するご飯。流れてくる音に身を任せる。
知らぬ間に体でリズムなんかとっている。
こんなの私のキャラではないのだが。

少しして演奏が止む。
今日はハーモニーする音が少なかった。
何かあったのかな。

目をあけると、そこにさわ姉がいた。
くそ、見られた。
普段警戒心の強い茜は無防備な姿を見られて、ちょっとだけ赤面する。

さわ子「あら、お目覚め?」

茜「……そういうの、失礼だと思うけど」

さわ子「いや、めったに見れないものが見れたからついね。」

教師が昼休みに特別教室棟に来る事は珍しい。
散歩か。

茜「あんまりウロウロしてるとイメージ悪いよ」

ゴミをまとめて立ち上がる。もう教室へ帰ろう。

さわ子「ちょっと待った」

茜「……何」

さわ子「説教もなんか違うしね。ちょっと、ついてきなさい」

また一方的だ。何のことだか分かりゃしない。
さわ姉は歩き出す。後方確認も何のその。ばっくれようか。
少ししてドアの前でストップ。

茜「……けいおん部?」

札が下がってる。営業中らしい。

さわ子「誰かいるー?」ガラガラガラ

唯「あ、さわちゃんだ」

紬「珍しいですね。何かあったんでしょうか?」

さわ子「ちょっとね、この子の面倒を見てほしいのよ」

紬「?」

既にあたしは後ろにいない。
こんなお見合いみたいなもの、冗談じゃない。
物陰から逃げようとしていると首根っこを掴まれた。

さわ子「これね。これ」

力ずくで引き出される。。
もやしにこういう時抗う力は無い。
私よ、もっと肉を食おうか。

唯「あれ、先生の知り合いなの?」

さわ子「あら、どうして?」

唯「だって今、『おほほほ~』って感じじゃないじゃん」

さわ子「ああ、そうね。これは親戚の子なのよ」

さわ子「ほら、挨拶して」

いきなり連れて来て挨拶しろ?
理不尽だ。
私はペットのインコじゃない。

憮然とした表情の茜。
下を向いている。

茜「……二年の三浦茜です」

ごにょごにょ。
最低の挨拶だ。
一般的に100点満点で言えば採点不能で用紙を破かれるレベル。
でも二人は気にしていないらしい。

紬「三年の寿紬です」

柔らかな動きでしっかりとお辞儀。明らかに育ちが良いな。
おっとりした感じの人。
綺麗な声をしていて、むしろ合唱部が似合いそうな気がする。

唯「平沢唯です!」

屈託の無い表情でまっすぐこちらを見てくる。そしてなぜか敬礼のポーズ。
こっちの人は可愛らしい感じ。
先輩というよりぬいぐるみみたいな感じがする。
やわかそう。

紬「とりあえず、こちらへどうぞ」
椅子を引く。

茜「……はあ」

さわ子「なんでもいいからその子と話してあげて。あ、あれだったらけいおん部に入れてくれてもいいから」

無責任な事を口走りつつさわ姉が出て行こうとする。

唯「ほんとに!?さわちゃんありがとー!!」

唯という人が飛び跳ねて喜ぶ。
いや、私に言えよそれは。
というか、入らねーよ。

さわ子「その子達よ。さっき演奏してたのは」

え?ビックリして硬直する。
さわ姉は思い出した様にそれだけ言うと、忙しそうに戻っていった。

けいおん部って音楽部のことだったのか。

紬「お口に合うか分からないけれど……」

茜「!?」

紬という人がケーキと紅茶を差し出す。
え?また硬直する。
ここは何?このケーキは何のつもりなの?
あれか、お金とかとられるのか?
サイフには余裕なんかないのに。
それともさわ姉が奢ってくれたんだろうか。
ていうか学校で喫茶店??

色々疑問は浮かんだけれど、私はそれらを考える前に反射的にケーキを口にしていた。
どれだけ飢えてるんだよ私。

茜「……あ、これ」

紬「お口に合わなかったかしら?」

心配そうな表情。
お口に合わない?……先輩、冗談は眉毛だけにして下さい。
なんか、あの、すごく、とっても、おいしいです。
でもボキャ貧。

茜「……おかわり、とか、あの?」

小さな声。真っ赤になって慎重に追加注文してみる。
その前に聞くことが山ほどあるだろうに。
何やってるんだろ私。

横に積み重なっている皿の山。
喫茶店の情緒ぶち壊しな風景だ。
喫茶店じゃないけど。

唯「わ、わたしの明日のケーキが……」

食べ過ぎて備蓄に手を出してしまったらしい。
しまった。調子に乗りすぎた。
憧れの人達の前だったが、食べ物を前に我を忘れてしまっていた。

紬「大丈夫よ唯ちゃん。また明日持ってくるから」

茜「……あ、その」

紬「気にしないで。すごく美味しそうに食べてたから、私も嬉しいの」ニコニコ

眉毛の先輩が皿を片しながら言う。
毛ほども気にした様子はなく、本当に嬉しそうだ。
女子高生離れした包容力を感じる。
こんなお姉さんがいたら幸せかも……。

唯「もう!そんな食いしん坊な奴は……こうだ!」

茜「きゃっ!?」

突然抱きつかれた。
私の図々しさが怒りを買ったのかと一瞬青くなったが、口調は悪戯だった。
そして言葉に反して優しく私を抱きこむ。
柔らかくて、暖かくて、良い匂い。
夢見心地になって、本気で体を預けそうになる。
この感じ、何か懐かしい気がする……。
茜を抱きとめた腕の感触は、突如忘れかけていた古い記憶を呼び覚ました。
そういえば……これは。


「お前、細長くて気持ち悪いんだよ」
「いつも汚い服を着てるし、髪の毛も何か湿ってて嫌」
「体から変な臭いがする」

きっかけは些細な事だった。あれは小学校の参観日だったか。
誰かの母親だった。とても綺麗な人で、落ち着いた物腰のお嬢様といった感じだった。
それだけではとり立てて驚くような事ではなかったが、遅れて教室へ入ってきた私の母親がいけなかったのだ。
後ろに立つ彼女の体は、ひょろりと細長く、所々が骨ばっていて肌はザラついていた。
纏っていたのは色のくすんだヨレヨレのブラウス。
件の綺麗な人と並ぶ形になった為、子供達の興味を容易に引き寄せた。
放課後にはその話で持ちきりになる。

「あの宇宙人だれの親だよ?」
「知ってる!あの人茜ちゃんのお母さんだよ!」
「うわ……本当に?」「そういえば茜って……」

…………

私は泣きながら家へ帰った。悲しいというよりも悔しかった。
それまでの私の日常を母が壊したのだ。
理不尽な仕打ち。全て母親が悪いのだ。臭くて汚い母親が。
帰って泣き喚く私を抱きとめる母の愛情も、ただ逆効果でしかなかった。
私の背中に回される腕。やめて。私を離して。私を一緒にしないで。
私は違う。臭くて汚い宇宙人の親子。違う。
私は違うんだ。この人だけなんだ。
私は、私は違う人間なんだ。
それでも私をより一層深く抱きしめる母親の腕。寄せられた肩口からむわっとした臭気が鼻をついた。
やめて…………
背中に回された腕が離れない。
やめて……
母親の汚れが、私に染み込んでいく。


茜「……やめて!」

忘れようとしていた最悪の記憶がフラッシュバックし、抱きとめる腕から逃れようと限界の力で振りほどく。

ビクリとする唯。

暴力とは到底縁の無い彼女は、こういう仕打ちに耐性が無い。
唯はショックを受けた様子で、明らかに表情には怯えが走っていた。

茜「(あれ……私)」

我に返った頃には、悪夢は既に消えていた。
しかし、代償は大きかった。

あ……まさか。

背中に感じた温もりはもう無く。

まさか私は、やってしまったのか?

振り向くと、私に獣でも見るかのような恐怖のまなざしを送る先輩の顔があった。事態の大よそに理解がいく。
取り返しの付かない事をしてしまった。

罪悪感で目の前が暗くなる。
あ、謝らなくちゃ。
口を動かそうとするが、言葉が出てこない。
そういえばもう幾分「ありがとう」「ごめんなさい」この類の言葉を使わなくなった気がする。
長く使われなくなった言葉は錆付いて、喉の奥に引っかかったままだった。

ただ気まずい沈黙が流れる。

唯「あ……あの、ビックリさせちゃった?」

不意に長い沈黙を破って、確かめるように先輩が問いかけてくる。
話しぶりは先ほどとは打って変わって緊張している。彼女の顔には未だ恐怖が貼り付いていた。
違う。
驚かせてしまったのは……傷つけてしまったのは私だ。
……来るんじゃなかった。私なんかが関わるんじゃなかったんだ。

唯の言葉へ返事の代わりにぎこちなく頭を下げて謝意を示すと、茜は飛び出すように音楽室から去っていった。


梓「こんにちは~」

いつも通り音楽室に入っていく。
今はテスト期間中で時間割が変則的だ。
午前にはテストがあって、今日は昼で放課。
いつもより沢山部活が出来る事に胸がときめいている。
律先輩と澪先輩はテスト対策のためセットでお休み。
相変わらずあの二人は仲が良い。

紬「あ、梓ちゃん。こんにちは」

唯「……あ、あずにゃん」

梓「唯先輩……?どうしたんですか。なんかいつもと違う様子ですけど」

唯「う、ううん。何でもないよ」

? やはり違和感がある。

梓「そんなの嘘です。先輩何か隠してますね?」

学際のライブ前に風邪をひいた先輩を思い出す。
変なとこで無理する人だからなあ。
ここはちょっと強めに押さないと。

梓「駄目です、話して下さい!」

紬「待って、梓ちゃん。事情は私から話すわ」

何故かムギ先輩が割って入る。
あれ、何か想像と違う事情みたいです……?


紬「……ということなの」

梓「ちょ……なんなんですかその人は!」

梓「いきなり現れて散々食べて暴れて謝りもせず逃げた!?なんで人そんな人がけいおん部にいるんですか!」

素敵な先輩達に気の合う友達。今までわたしの高校はとても居心地のいい場所だった。
そんな場所で耳にした暴挙。信じられない。しかも、よりにもよって私の最も大切な場所でだ。
さわ子先生はそんな乱暴な人を連れてきて、何のつもりなんだろう。
私と唯先輩、律先輩、澪先輩にムギ先輩……。
私達五人が泣いたり笑ったり喜んだり……色んな出来事を共に歩んできたけいおん部。
楽しく何よりあったかくて、私の高校生活の拠り所。大切な思い出を育む場所。
この領域はたとえ家族・親友の誰かでもみだりに犯す事は許せない。
話に聞いたその人は私の大切な領域を土足で踏み荒らしていった印象を受けた。

唯「あ、あずにゃん……?」
声を張って怒る私に、そっと伺うように声をかける。

梓「その人はなんていう人なんですか?さわ子先生に抗議に行ってきます!」

紬「……でも」

躊躇している先輩達。
唯先輩もムギ先輩も温厚だからこういう事を好まない。
もちろん、私だって好きじゃないよ。
でも、ここだけは譲れない。

梓「先輩!」

紬「……確か、三浦茜さんと言っていたわ。」

梓「!?」

一瞬聞いた覚えのある名前だと引っかかり、ワンテンポ遅れて完全に思い出した。
あの体育の時間の子だ。
嘘。そんなに悪い子には見えなかったのに……。
怒りが萎えかかる。

唯「ね、ねえ梓にゃん、そんなのもういいよう。私は別になんともないから」

唯先輩の調子は明らかにおかしい。
怯えるような弱気な声音は梓にも容易に感じ取れる。
普段無邪気な唯に振り回されている梓だけあって、今の唯の様子は一層痛々しく見えた。

浮かんでくる茜の顔は、唯の悲しそうな表情を見て完全に立ち消えた。
ううん、関係ないんだ。どんな人だろうと許せない事はある。
梓は葛藤を無理やり振り切ると、音楽室から出て行った。


職員室。

さわ子「……あんたねえ。会話がうまく出来ないのは仕方が無いとしても、逃げ出しちゃ駄目よ」
茜に説教するさわ子。

さわ子「友達っていうのはねえ、他人とは違うの。お互いに、自分をぶつけて、相手を受け止めなくちゃいけない。
    相手の幸せな気持ちも傷ついた心も、しっかりあなたが抱きとめて確かめなくてはいけないわ」

さわ姉が教師らしい事言ってる……。少し感心したが茜の心は沈んでいた。

さわ子「よくあるキャッチボールの例えよ。あんたが逃げたら球は転がってくしかないの」

茜「……どうせまたすぐ転校するし……いいよ、そういうの」
完全に捨て鉢な気分。

茜「たとえここでうまくやれても、どうせ何も無くなっちゃう。疲れるよ」

説得にかかるさわ子を突き放す茜。
口調はいかにも投げやりだった。

さわ子「……あたしはあんたと同じ境遇で育ったわけじゃないから、悔しいけどそこに対しては何も言えないわ。」
茜の家庭事情を知るさわ子に、彼女の諦念は十分理解できた。

さわ子「でもね」
付け足すように言う。

さわ子「あたしはあんたが疲れて諦めても、自棄になって全部放り投げても……あんたに世話を焼く事は諦めたりしないわ」
   「あたしがぶつける思い……受け止めて、投げ返す気はない?」

ピクリと眉を動かす茜。
何事か思案している様子だったが、やがて無言で退出していった。

さわ子「……手応えあるんだかないんだか」

入れ違いに梓が入ってくる。

梓「先生!」

さわ子「あら、珍しい」
二年の梓が尋ねて来るということはけいおん部のことだろう。
恐らく茜のこと。

梓「三浦茜っていう人、けいおん部に連れてきたのは先生ですよね?どうしてあんな人を入れたりしたんですか?」
開口一番、気色ばむ梓。
若干間を置いて、さわ子は困ったように言う。

さわ子「あいつがやらかしちゃったみたいで、ごめんね梓ちゃん。……でも、もうちょっとだけ、様子を見てあげてほしいの」

拝むようなポーズで頼み込むさわ子。

梓「そんな事いっても……!」

さわ子「私だけじゃ力が足りなくて……けいおん部の力を貸して欲しいの、お願い!」

お茶会以外の事で哀願するさわ子ははじめて見た気がする。
眉をひそめる梓。一体どうしてあんな乱暴な人をけいおん部が受け入れなくてはならないのだろう。

梓「先生は……」

疑問に途中まで何か言いかけるが、梓は結局何も言わぬまま職員室を出て行った。
もし訊いていれば納得がいく事情が得られたかもしれないが、成り行きで新入部員を入部させる事になる気がした。
それは一瞬だけ宿ったほんの小さな感情で、彼女自身が明確に存在を認められるものではなかったが
梓は、彼女が一身に受けていたけいおん部の先輩の愛情が、新入部員に注がれる様を想像して嫉妬していた。
彼女には今のけいおん部で十分だった。


梓「もうけいおん部に近づかないで下さい!」

職員室を出た梓は茜の後ろ姿を見つけていた。
先生に言って駄目なら、本人に言うしかない。
かつて話した時の茜の笑顔が脳裏にチラついたが、無理やり打ち消して声を上げる。

唖然とする茜。
目の前にいるのは中野梓。あの体育の時間一緒になった子だった。
久々の暖かい時間。忘れるはずもない。人懐こい笑顔。
そんな子が、今自分を非難している。
この子……けいおん部の部員だったんだ……。
血の気が引いていく。

梓「あ、あなたの乱暴で唯先輩が傷ついたんです!さわ子先生は庇うようですけど、
あなたのような人はけいおん部にきちゃいけないんです!」

少しでも止まれば怒りが鈍る。
梓は思い切ったように、まくし立てていた。

気圧された様子の茜だったが、「何か言わねば」焦って出た言葉は

茜「……私だって、もう行く気ないし」

バカな選択だった。素直に謝れない茜。
口をついて出た言葉は、最低の自己弁護である。
先ほどさわ子へああいった手前、偽りの自分を貫くしかなかったのだった。

茜の発言を受けて、当然のように梓は更に怒る。

梓「どうして!?あんな純粋な人を傷つけて何にも思ってないんですか!!?」

茜「わ、私だって!」

傷つけるつもりはなかった……そう言おうとした言葉が発せられなかった。
ここで彼女に弁解したとして、何があるだろうか。
自分で認めた筈だ。けいおん部の事はもう終わった事だと。転校すれば……関係ないんだ。
茜はいつものように目の前の関係を諦めた。

梓「……失礼します」

茜が何も言おうとしないのを見ると、吹っ切れたように足早に去っていった。


茜「ただいま」
暗い家の中。一般的に見ればそれは家とは言わないかもしれない。
しかしそこは紛れもなく彼女の帰る場所だった。
当然のように母親は待ってはいない。
冷たい静寂と暗闇だけが、茜を出迎えた。

部屋にはすべり台がある。とんでもない事だが、ここは室内公園にある児童室だ。
今は茜の部屋になっている。
茜「もう、疲れた・・・かも」
誰もいない空間に一人呟くと、鞄を投げ捨ててベッドに倒れこんだ。
諦める事には慣れていた筈だったが、今日の出来事は予想以上に大きな苦痛を彼女へ感じさせた。
もう何もかも忘れて、眠りたい。
母親にも友人にも頼れない彼女にとって、暗闇こそ拠り所だった。
傷つく度に癒しを求めて体を預ける。彼は何も言わないが、何も彼女を責めない。ただそれだけで良かった。
日常の煩雑な記憶が無限に広がる黒い色と静寂へ吸い込まれていく。


気が付くと真っ暗になっていた。
だいぶ眠ってしまったらしい。
だが母親はまだ帰ってきていない。
もう一度ベッドに伏せるが、もう睡眠は十分だった。
再び学校での出来事が頭に浮かんでくる。

茜「あの人……怒ってた」
梓の笑顔。あの時は壊さないように細心の注意を払ったが、馬鹿馬鹿しい。結局ぶち壊してしまった。
可愛らしい笑顔の中野梓。昼間の素敵な音楽の時間。
何も無くなった。

茜「……やっぱり、私にはここしかないのかな」

散々嫌悪してきた母親。その家。
逃れようと飛び出しても、いつの間にかやはりそこへ戻ってきている。
わたしは違う。違う筈だった。
だが現実に今も彼女は避けられて、ここしかない。
悲しくても慰めてくれる友達はいない。惨めな親と共に傷を舐めあうように抱き合うしかないのだ。
私は結局、宇宙人の娘だった。

漠然として、ただ時間だけが流れる。

ふと思う。
茜「私って……何で生きてるんだっけ」
口に出して言ってみる。
何に期待して、毎日惨めな思いに耐えて、命を維持しているんだろう。
あんな美味しくないご飯を食べてさ。

不意にあの学校での昼食のひと時が思い出された。
愉快で浮き浮きしてくるような音色。
今はもう無い、最近ちょっとだけ大切に思っていた時間。
私の沈んだ気持ちを引き上げてくる、魔法のようなメロディ。
音楽、か。
わたしにもあんな音が出せたらな……。

遠くを想うように窓の外を見つめていた彼女は、突然弾かれたように立ち上がった。
そういえば……。
たしか、小さい頃父さんに貰ったあれがあった。
一階に降りて母親の荷物に手をつける。派手に散らかし漁った末、ついにそれを茜は見つけた。
銀色の金属光沢を放つその管は、複雑に捻じ曲げられて特徴的な形をとっている。
ユーフォニアムと呼ばれる金管楽器だった。
手にとって、宝石のように慎重に扱い、磨くようにゆっくりと撫でる。冷たいけれど気持ちの良い触感。
ここで吹くのだろうか。
マウスピースを見つけると、おそるおそる口をつけて、力を入れ吹いてみる。

ブフゥ~……

酷い音だった。でも初めて自分の鳴らしたその音が妙におかしくって、中々耳から離れなかった。
静かで冷たい部屋が、間抜けな音でちょっとだけ明るくなる。
不思議な手応えを感じた。

ブフォー

二度目のそれも相変わらず可笑しな音で、全く様になる様子はない。
それでも茜は初めて触れる音楽に魅了されていた。
その日の茜の部屋は、一晩中明かりが絶えなかった。
茜「わたしだけの……音」


翌日

二年の教室。机に伏せて窓の外を眺める茜を遠巻きに、小さな集団が出来ている。

「なんかさあ、集会で目立つのよねえ」
「ピンク色のデカいのでしょ?w」「頭一つ出てるんだよねえ」
「つーかあれ、いっつもごにょごにょしてて何語喋ってるか分かんないわ」
「あの生物ねw」「なんか変な臭いがするのよねえ」

いつもの風景。聞えよがしに口汚く攻撃してくる。
うるさい。デカいのは遺伝だ。
臭いのは家に風呂がないからだ。銭湯高すぎるし。
ピンク髪は……なんでだろうね。私もわかんないってのバカ。
いつもはそうやって頭の中で反論するのだが、今の私にはそうする気は起きなかった。
私の鳴らす楽器の音色は不細工だ。しかし彼女達の口が鳴らす雑音ほど汚れてはいない。
あいつらはそうやって醜い音を集めて自分を満たしている。だが私はもっと穢れの無い音を集めて己を満たすのだ。
愉快な気持ちになっていた私は、つい口が滑ってしまった。

茜「……バカみたい」


偶然、見つけてしまったのだった。
三浦茜、と……そして、梓が知らなかった世界。
お決まりの校舎裏だった。
囲まれて、突き飛ばされて、鞄を漁られる。中身を側溝にぶち撒けられていた。
これまたお決まりの流れだ。

棒立ちで、見守るしかなかった。
今しがた美味しいケーキと紅茶を口にして、大好きなギター演奏を終えて、幸福感に包まれたまま家路につこうとする。
まさにその途中だった。

私の知っている人が、ドラマみたいな展開で、紛れもなく虐められている。
その事実は梓に大きな衝撃を与えた。
足が動かない。ただ遠くにいる茜を見つめるしかなかった。
こんな時に唐突に理解する。先日見せた茜の表情、そして今見る茜の表情。
彼女の胸中は惨めさで一杯だったのだ。
やがて、遠くから見つめている人物に茜が気付き、梓と茜の視線がぶつかった。

それからの事は、よく覚えていない。

私はその日から二、三日の間、殆ど上の空だった。



さわ子「あの子がどんな子か知りたい??」
黙って頷く梓。

さわ子「うーん。……人見知りで、甘えん坊で、生意気ね。あと負けず嫌い」
   「とんでもない母親に小さい頃から放ったらかされてきて、学校もしょっちゅう転校して友達は0よ。そりゃー捻くれるわね」
さわ子「納得した?」

首を横にぶんぶん振る。

さわ子「そうよね。伝聞じゃ何も分かってないのと一緒なのよ」
さわ子「あの子に直に触れて、自分で確かめてみて」

言われた事を自分の中でじっくり考えている様子の梓。
さわ子は一人呟くように続ける。

さわ子「私はけっこうあいつの事好きよ。出来の悪い妹みたいで」
さわ子「……でもそこまでなの。姉みたいな存在」
さわ子「あの子が心から欲しがってる人。……私じゃ無理なのよね」

梓を見つめるさわ子。気のせいかもっと後ろを見ている気がする。
梓はその視線に気が付くと、思考を纏めて答えようとする。

目の前で痛めつけられる知り合い。見て見ぬふりをして、美味しそうにケーキを食べる。幸福な生活を送る。
そんな事が出来るだろうか。考えるまでもない。
ここで三浦茜、彼女に触れてみなければ、私が今まで大事にしてきた暖かいものすべて、偽者になってしまう気がする。

梓「よく、分からないですけど……。私、あの子と話してみたい。確かめてみたいんです」

言葉にする事で梓の気持ちは固まった。
あとは茜に会うだけだった。

さわ子「……わかったわ。しっかし、私も駄目姉で駄目教師ね。結局生徒任せだなんて」

さわ子はメモ帳にペンを走らせながら、悔しそうにひとりごちていた。



梓「うわー……これは」

市の室内公園の近くにある河原。人気は薄く、土手では茜が一人楽器を吹き鳴らしている。
演奏は率直に言って下手だった。
梓は金管楽器を扱った事は無いが、正直リズムの取り方から指さばきまで、センスが感じられない。
しかし茜の後姿はそんな事を気にする事も無く、ひたむきに練習に励んでいる。
私も初めてギターを触った時は、あんな感じだったかな……。

合間を見て近づく。後ろからこそこそと、大分不審な感じだ。
おそるおそる声をかける。

梓「あの……茜、さん」

茜「!?」

振り向いた目が点になっていた。
なんでこの人がここに?
茜が今、最も関心を寄せる人物。ただそれだけに今最も会いたくない人物でもあった。
先日に目撃された痴態は、茜の梓に対する想いを暗く染めていた。
今、茜は劣等感で一杯だった。

茜は顔を背けると、そ知らぬ振りをして立ち去ろうする。今私は何も見なかった。もう終わってるんだ。何もかも。
茜は梓がたまたま用のついでに茜を見つけ、声をかけてきたものだと思っていた。
何を言われるのか。梓には先日最も見られたくない痴態を晒している。けいおん部を荒らした私の惨めな姿を見て、いい気味だと罵りに来たのだろうか。
場所を変えよう。
件の昼時の音楽。考えて見るとあのギターの音色は梓のものだったのだろう。
演奏者として圧倒的に上の梓を前に、下手糞な音を鳴らすのは嫌だった。

梓「ま、待って下さい!」

振り切れると思っていたものが、後を追って走ってきた。
どうして追いかけてくるの!?

金輪際触れたくないと思いつつも向こうから近寄ってくる梓は、もう茜にとって恐怖の対象ですらあったかもしれない。
次の瞬間、茜も釣られるように走って逃げ出していた。
小さくて可愛くて友人や先輩に愛されて、音楽の才能に満ちてた中野梓。茜とは正反対の人物。
もう触れて火傷するのは嫌だった。
彼女の目の前にいると、それだけで宝物のユーフォニアムも良く見ればおもちゃのような安物に見えて
そんなものだけを大事そうに、誇らしげに吹き鳴らしていた今までの自分がとても恥ずかしく思えた。
加えてこの前は事情を知らない梓が相手だったから気軽に話せたが、虐めの現場を見られた今となっては話は別だ。
今更何を言っても格好はつかない。身分の差が明るみに出てしまった。
虐められて、一人寂しく安い楽器で下手糞な演奏に逃避する女。
茜は自分という存在が下劣に感じられて、梓から逃げ出すしかなかった。

梓「話を……聞いて、下さい!」

そもそも近づくなと言ったのは自分だ。彼女の恥部を目撃してしまったのも自分だ。
今、彼女が逃げ出すのは他でもなく自分のせい。
関係を断ち切ろうとする茜を、梓は必死で繋ぎ止めようと追いかけていった。



茜「……も、もうやだ」ハァハァ

茜には元々それほど体力は無い。
さらに楽器を庇ったままの不安定な走行。
逃避行はすぐに終わって、茜は地面に座り込んだ。

梓はへたっている茜に近寄ると、肩で息をしながら口を開いた。
梓「わ、私の話を……聞いて、くれませんか?」

梓は出来るだけ穏やかに問いかけたつもりだった。
それでも先日激昂する梓のイメージが強く焼きついていた茜には、それは更なる混乱を呼ぶ引き金にしかならなかった。
近寄ってきたり、突き放したり。私をいいように揺さぶって……私がその程度の事でもどれほど深く一喜一憂するか。馬鹿にしやがって。
そうしてまた近寄ってくるの?今度はどれだけ喜べばいいの?そして次はどれ程悲しめばいいの?
いつもは外からの刺激に殆ど無感動で取り合おうとしない茜だったが、今しがた心の拠り所が失われた為に、それに依存していた心は宙吊りになっていた。
そして彼女の我慢は限界を迎える。

茜「なんでよ!?もうけいおん部には近づかないって言ったじゃん!」

今までに無い鋭い口調で茜は大声をあげた。
突然の爆発にぎょっとする梓。
茜は錯乱したように続ける。

 「あたしを馬鹿にしに来たの!?こんなガラクタ大事にしてて悪い!!?」

 「売店の廃棄貰って何がいけないのよ!!乞食だのホームレスだの好き勝手いいやがって!!!」

 「臭い臭いってあんたたちに何が分かるのよ!?当たり前のように幸せがあるあんた達に何が分かるってのよ!!!」
既に梓一人への叫びではなくなっていた。次々と噴出する不満をぶつけられ、梓は呆気にとられるしかなかった。

 「……ちょっとぐらい踏みにじられたからって何なのよ?あたしには、踏み込んで欲しくない場所なんて、ひとつも持てなかった……」

徐々に小さくなっていく罵声は、やがて消え入りそうな声でそう告げると完全に沈静化した。

暫くの間、二人は無言だった。
今何を言っても、彼女の気持ちを足蹴にしてしまう気がする。
梓は彼女の気持ちを推し量りながら、ただ黙っていた。

どれくらい時間が経ったか分からない。
茜は不意に口を開いた。

茜「……もう、帰りなよ」
不快だから消えてくれ、というよりも、梓の時間を心配しているような調子の言葉だった。
無言の時の間に、梓の茜を労わるような雰囲気を、茜は感じ取っていた。
梓には時間などもうどうでも良かった。

梓「あの……」
時を置いて梓が口を開くと、茜はそれまで決して梓に向けなかった顔を僅かに彼女の方へ寄せた。

梓「ごめんなさい。……私、けいおん部のことで頭がいっぱいで」
考えながら話している様子で、少しずつ言葉を繋いでいく。

梓「あなたがどんな人かなんて、どんな事情があったかなんて、あの時は考えもしなかったんです……」
今度は若干梓の方が卑屈になって話す。

梓「私が見たあなたは辛そうに見えるけど、でもそれでも私は、何も貴方の事を分かっていないんだと思う」
そこまで言うと、下を向きながらつぶやくような調子を止めて、茜を見つめる。
肩で息を整えて、はっきりとした声で言った。

梓「私、あなたともう一度話してみたい!」

ビクリとして、梓の方を慎重に、しかし正面から見つめる茜。
今まで茜が生きてきて、初めて彼女へ向けられた類の言葉だった。
真新しい玩具を与えられた幼児のように、困惑しつつも彼女から目が離せない。
ややあって

茜「……私なんて、見たままの人間だよ」

ゆっくりと、未だ諦めた調子は残っていたが、殆ど問いかけるように言う。

複雑な事情を背負っている茜。
本当の事を言うとわからない。彼女を受け止めるのがどれほどの事なのか。
でも私は、関係ない世界があるって目を閉ざしたくはない。
それに、関係ない世界、私と違う世界。そこには私の知らないものが沢山ある。
自暴自棄になっているけれど、実は私が持っていない物を一杯持っている、素敵なこの女の子と話をしてみたい。

梓「そんなの、全然関係ないです」

 「私は……茜と、話がしてみたいの」



1週間後

茜「で、でもさ梓。本当に私なんか……いいの?」
梓「大丈夫だよ。けいおん部の先輩はみんな図太いんだから」
律「ほほう?誰が図太くていい加減で大雑把だからパスだって?」
梓「わ!!律せんぱ ぷぇっ!?」グリグリ
茜「……あ、あの」
律「おう、唯から聞いてるよ。三浦茜ちゃんだろ?ちょっと食いしん坊できかん坊の」
茜「……ご、ごめんなさい」
律「気にしすぎだって!唯もああ見えてタフなんだから。嫌な事なんて次の日にはケロっと忘れてるんだぜ」
可笑しそうに先輩が言う。

あれから私は梓と付き合いを始めた。
友達というのかまだ分からないけれど、今では私はもう逃げずに梓と向き合うことができる。
今日はその梓がけいおん部へ私を連れ来てくれた。

新入部員の紹介だとか言ってたな……。
今なら入っても、いいかも。

でもユーフォニアムって、実際どうなんでしょうかね。

律「さ、入った入った。」

律という先輩の先導で入り口から音楽室の中へ通される。
今日はあの時より人が一杯いる。なんか恥ずかしいぞ。
ていうかあの……そろそろ梓を離してあげた方がいいんでは。泡吹いてますけど

澪「お、その子が新入部員の子だな。初めまして、秋山澪です」
紬「いらっしゃい。茜ちゃん」

みんな暖かく迎えてくれる。なんだろうこの感覚。
知らぬ間に涙が出てきそうになる。ガラじゃないって。

唯「お!」

奥にいたあの人と目が合う。
相変わらず真っ直ぐな瞳。たまらずに目を反らす。
しかし彼女は気にせずにぴょんぴょんと跳ねるように私に近づいてきた。

唯「こんにちは!」

茜「あ……あの、この前は」

唯「はじめましてだね!」

茜「え?」

律「ほらな、すっかり忘れてる」

そ、そうか。あの時のことはすっかり……それは良かった……。
でも、ちょっとそれは……寂しいかも。
ショックを受けたような顔を隠せない私をよそに

唯「うそうそ。ちゃーんと覚えてるよ」

律「シシシ。ビックリしてる。茜ちゃん、なかなか良いリアクションだぞー」

茜「……そんなの、いじわるです」

苦笑して言いながら、目じりの涙をぬぐう。
流れてくる音色を聴きながら一人寂しく想像を膨らませていた、あのイメージ。
あの姿以上に、やはり彼女達は暖かくて楽しい人たちだった。

目の前の二人は、私が唐突に涙を流したのを見て若干呆気にとられていたが、
突然思い立ったように

唯「よーし。この前のリベンジだ。茜ちゃーん!」
律「私もー!」

二人で抱きついてくる。
唯「ふふふ、これなら身動きがとれないでしょ?新しい作戦を考えていたのだよ!」
律「へへへ。茜ちゃんのやんちゃぐらい、私達にはなーんともないんだからな!」

冗談めかして頼りになる事を言ってくれる。
ひとしきりふざけ合った後、何事か彼女らは目配せすると手に手に楽器を持って演奏の準備をしだした。
たちまち演奏者の顔つきになる五人。
教室の電気が落ちて暗くなる。

律「よーし、いくぜ!今日は茜ちゃん歓迎の特別ライブ!」

紬「最高の演奏をお聞かせします!」

梓「あ、あなただけに送る私達の気持ち!」

澪「受け取って!」

律先輩のドラムが鳴り出す。
演奏が始まる。

唯「茜ちゃん、けいおん部へようこそ!」



終わり

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