ツェンの町の北。そこにある山脈は地元の人間から“階段山脈”などと呼ばれていた。
しかし、山のカタチは“階段”などと表現できるような生やさしいモノではない。
その山脈の“階段”とはつまり、上ったっきり帰ってこれない、天国か地獄への“階段”なのである。
そんな山脈の頂上近くの、なにかの具合に開いた浅い洞穴。
レナ=シャーロット=タイクーンと
バーバラは、そこで焚き火の暖をとっていた。
「雨、か…私、雨は嫌いだな。」
バーバラの独り言のような呟きに、レナは小さく頷いた。
雨。しとしとと降りしきる雨。ざあざあと地面を抉る雨。そのいずれもが、たいがいの人間を憂鬱にさせる。
何より、『今』の状況での雨は致命的な要素となりうる。激しい雨の音は、他の…致命的な音までもをかき消してしまう。
だけど、雨の後には太陽が顔を覗かせ、その恵みが大地を潤すのだ。
二人はどんよりとした空を見ながら、二言三言、他愛ない会話を交わす。
……いつの間にか、レナが小さくメロディを口ずさんでいた。バーバラは言葉を止め、しばしそのメロディに聴き入る。
それは、旅人のメロディだった。宮廷で流れるようなクラシックとはどこかが違う。
それは全てを知ろうと駆けめぐる風のように。それはいたわりを持ってせせらぐ水のように。
それは勇気を胸に抱き燃える炎のように。それは希望の全てを受け入れる大地のように。
そしてそれは、万人が駆けめぐりたいと願う大空のように。
「なんか…すっごく元気が出てくる曲ね。」
以前に比べればずっと明るい声で、バーバラが評する。
その言葉を聞いて、レナは少女らしい、満面の笑みを浮かべた。このゲームの中で、初めて。
「
バッツに教えてもらったの。名前は…“大いなる翼を広げて”。」
「大いなる翼…かぁ。」
瞳を煌めかせて、バーバラが空を見る。
翼を持って、空を飛びたい。金色の翼。金色の鱗。黒い角。巨大なあぎと…。
「…?」
バーバラは、つい今さっき脳裏に浮かび、そして一瞬で消えたイメージに疑問を抱いた。
今のは…何だ?
イリーナは、へとへとになった身体を引きずって、やっとこさ“階段山脈”を登り切った。
全く何なんだろうこの山は!まるで人が上るのを断固として拒否してるみたいだ。
(だけど、タークス仕込みのサバイバル技術の前に上れない山なんてなぁい!)
心の中で得意げに勝利宣言…山に対する勝利宣言をしてから、イリーナはふと後ろを振り返った。
海が見えた。限りなく広がる海を。
山を征服した事の、ささやかなご褒美。とても気分が良くなる。
(タークス辞めたら登山家…ってのもいいかも。)
そんな、未来への希望を胸一杯にふくらませたイリーナの耳に届いてきたモノがあった。さわやかな、メロディ。
(はっ!ワタシってばなにしてるのよっ?)
いつの間にかふらふらとメロディに誘われて歩き続けたイリーナは、突然はっ、と気が付いた。
このメロディは人間が奏でているモノだ。間違いない。こんな美しい曲を奏でるネズミやらムカデやらがいるはずがない。
人がいる。そしてソイツは、敵なのだ。
イリーナは、うかつな自分を戒めるように頭をこんこん叩いた。
そして辺りを見回すと…いた。少し離れた洞穴の奥に、女の子が二人いるのが確かに見えた。
片方の、秋桜色の少女…とは言っても、イリーナより一つか二つ上に見えたがとにかく…の腰には、短剣が一本。
アレならば、今手にしているオモチャよりはずっとマシだろう。
「いよっし、タークス希望の星、イリーナ行きますっ!」
ざっ、とイリーナは彼女達にむかって駆けだして…。
岩にこびりついていたコケに足を取られて、思いっきり転倒した。
「ふにゃ…ツォンさぁん……そんな所触っちゃ嫌ですよぉ…きゃ♪」
横で幸せな寝言を呟くイリーナをみて、パンを囓りながらバーバラはくすくす笑った。
外で倒れていたイリーナは頭にでっかいコブを作って、しかもオモチャの銀玉鉄砲を握りしめていたのだ。
こんな武器でこんな中を…よほど怖かったに違いない。
「ツォンさん…って、恋人の名前かな?いいなぁ…。」
バーバラの呟きに、レナはきょとんとした顔になる。
「アレ?バーバラちゃん好きな人いないの?カワイイのに…。」
…その言葉に、バーバラは飲み込みかけたパンを吹き出しかけた。何とか堪えたが。
「ゴホゴホ…あ、あはは…ちょっとね。」
ごまかし笑いを浮かべながら口の中のパンを飲み下す。
まあ、いいな、と思う男性がいるにはいるが……しかし、まあ。
「レナは恋人いるから気楽でいいよね。バッツ…だったっけ?」
…レナは、飲みかけた水を思いっきり吹き出した。手加減なしで。
「ゲホゲホ…あ、あはは…そんなのじゃないのよ。ホントに。バッツは…。」
妙にうわずった声で言うレナ。咳が収まると、ふうと息を付いてもう一度支給されたマズイ水に口を付ける。
そう、そんなのじゃないのだ。バッツは多分、
ファリスの…姉さんの事が好きだから、だから…。
レナは知らない。ファリスは、バッツがレナを好きだと思っていて、身を引こうと考えている事に。
ついでに、バッツが「どうして自分は女の子にもてないんだろう」という勘違いにも程がある悩みを抱えている事に。
【レナ@シーフ 所持品:
メイジマッシャー
第一行動方針:姉の捜索】
【バーバラ 所持品:
果物ナイフ
第一行動方針:仲間の捜索】
【イリーナ(気絶) 所持品:
銀玉鉄砲(おもちゃ)
第一行動方針:弱そうなヤツを脅して武器を奪う】
【現在位置:ツェン北の山脈頂上付近】
最終更新:2011年07月17日 14:26