静止した闇の中で、唸り声が聞こえた。
魔性のモノの咆哮か。闇に封じられた犠牲者の苦悶の声か。
それを知る者はいない。この世界の『支配者』ですら、それがどちらなのかは分からない。
知ろうとも思わない。どちらにせよ『支配者』にとってこの上なく心地の良い声だったから。
声の源は、ただ「
ゾーマの城」と呼ばれていた。
空になったグラスから手を離すと、それは重力に従って床に落ち、砕け散った。
僅かに残ったワインが血のように床に広がる。そこまでは、普通だった。そこまでは。
割れたグラスから、際限なくワインがこぼれる。どう考えてもそのグラスには入りきらないくらいに。
それは、ワインではなく血だった。このゲームで流された全ての。
それを見てグラスを落とした者…ゾーマは髑髏のような顔を笑みのカタチに歪めた。
正義。友情。愛。この血は、それらを信じていた者達の血だ。血を流させた者も同じモノを信じていたはずだ。
(所詮は欺瞞に過ぎぬか…)
そう思いながらゾーマが指を鳴らすと、グラスの欠片はあっさり消失する。血と共に。
「時間だ。放送を始めろ。」
心が底冷えするような声で、ゾーマは傍らの影に命じた。
影はカタカタという足音を立てながら放送基材に向かう。
そして…放送は始まった。
「
参加者の諸君…元気かな?
そろそろ納得したか?このゲームの
ルールに。
出来ないのならかまわん。さっさと死ぬといい。逃れる手段はそれだけだ。
さて、我が手に抱かれた者の名を告げるとしようか。
…以上だ。
いいペースだ。多くの魂が我が手の中にある。
…貴様らが殺したのだ。だが気に病む事はない、もっと殺すがいい。生きたければ…な
…クッ…ハハハハハ…!」
放送が終わった事を確認して、ゾーマは正面に手を伸ばした。
ふっ…とその手元に、さっき砕け散ったはずのグラスが現れる。
ゾーマはグラスの中のワインに口を付け、ニヤリと笑う。
不気味な笑みそのものが呪文となり、発動する。
…最初はぽつぽつと遠慮がちに、やがて我が物顔で雨が、降り始めた。
「
エビルマージはどうしている?」
ゾーマは、唐突に影に…目の前の小さな影に問いかける。
「移動している…次の獲物を見つけたと見える…。」
独り言のように影が言う。影とゾーマは、共におかしそうに笑った。
「全てが思うままに行くと思うな。エビルマージ…。」
ゾーマは飲み干したグラスをことっ…と傍らに置く。
…黒い影がばっと振り返り、その身を包むローブを引きはがした。
ローブの下にあった腐肉と骨の塊が、立ち上がった。かちゃかちゃと音を立てて骨が組み合わさり、元のカタチを取り戻す。
もうすでにそれは『小さな影』ではなかった。
「あのような者にそれを言っても無駄でしょう。」
腐肉と骨を引きずるソレは、昔、『大魔王バラモス』と呼ばれていた者のなれの果てだった。
【フィールド全域に雨が降り出しました】
最終更新:2011年07月18日 08:19