断る!

「こんなところにいたのか…」
エビルマージは舌を打ちながら、スライムナイト――ピエールに近づいた。
彼の手には、大量の花が抱えられている。おそらくは、フライヤに捧げるための。
雪と氷が支配するこの世界で、これだけの花を集めたことは十分賞賛に値するだろう。
が、エビルマージにとっては、過去の幻影に縋りつく軟弱者の行為としか映らない。
「さすが、人間に仕えていた恥知らずだけはあるな。とんだ役立たずだ」
「………」
「…まぁいい。貴様にラストチャンスをやろう」
黙ったままのピエールを一瞥し、エビルマージは呪文を唱えた。
霧と光が集まり、虚空にとんがり帽子を被った女の姿を描き出す。
「見ての通り、魔法使いだ……名前はサマンサ
 この女の命を取ってこい」

本当のことを言えば、こんな下等な魔物など捨て置きたかった。
ただ、このままではサマンサはハーゴンに接触し、ゲーム脱出の方法を知るだろう。
魔法使いのサマンサは、使える呪文こそマゴットに劣れど
その魔学の知識と研究心は、仲間をはるかに凌いでいる。
まだこのゲームをぶち壊されるわけにはいかない以上、
早急に手を下さねばならないのだ。彼女がハーゴンと接触する前に。
それができる距離にいて、なおかつ付け込む隙があるのは、ピエールしかいない。
そうでなければ、誰がこんなゴミクズのような魔物を相手にするものか。……

「まだ迷っているか……なら、一ついいものを見せてやる」
沈黙を続けるピエールに痺れを切らしつつも、エビルマージは再び呪文を唱えた。
今度は静止映像ではなく、動画だ。サマンサが何か喋っているが、声は聞こえない。
その足元には、黒焦げの何かがあった。ピエールはハッと息を呑む。
「わかるか? 貴様と一緒にいた、ビビとか言う魔導師だ」
ビビの手がわずかに動いた。サマンサは冷酷な視線を彼に向けて、手をかざす。
サマンサの口が呪文を紡ぐ。手の平に氷の刃が生まれる。
それが瀕死のビビに向かって降り注ぎ――そこで唐突に、幻影はかき消えた。
「貴様の仲間を殺したのはこの女だ。それなのに、何を悩む必要がある?」
これは嘘だ。サマンサはたしかにヒャドを打ち込んだが、
それはビビの苦痛を和らげるためであって止めを刺すものではなかった。
「こいつさえ殺せば、望む力をくれてやるというのだ。悪い話ではないだろう?」
これも嘘だ。なぜ、ゴミクズの願いをわざわざ叶えてやる必要がある?
まぁ、呪いで狂戦士に変えてやるというのも面白いかもしれないが。
「それとも、貴様は仲間の無念を晴らしてやりたくないのか……?」
ダメ押しの一言に、ピエールがかすかに身を振るわせる。
「……それが本当なら、確かに悪い話ではないな」
かかった! エビルマージはローブの下でほくそ笑んだ。
しかし、ピエールは静かに言葉を続けた。
「だが、断る」
エビルマージがその意味を理解するのに、
そして喉元につきつけられた抜き身の剣に気がつくのに、10秒を要した。

「ゲスが……全てが貴様の思い通りになると思うな!」
ひっ、とエビルマージは青ざめた声を漏らした。
それだけの気迫が、ピエールから発せられていた。
呪文を唱えることさえ思いつかず、蛇に睨まれたカエルのように、身を震わせる。
「我が剣は守りのためだけではない、それ以上に邪悪を断つために捧げたのだ!
 例え貴様の言うことが真実であったとして、サマンサに罪を犯させたのは誰だ?
 セーラフローラ様を殺したのは何のためだ?
 ヘンリー様が変わってしまったのは誰のせいだ?!
 ……ゾーマが、貴様らがそのように仕向けたからだろう!
 貴様のような邪悪に屈したとあっては、
 死んでいった人々に、とんぬら様に、そして仲間達に顔向けできぬわ!」
ピエールの言葉を聞きながら、エビルマージは己のミスを後悔していた。
あの時、アークマージを無視してピエールを追い詰めておけばよかったのだ。
フライヤの死に動揺していたピエールならば、容易に堕とすことができたのに。
なまじ、考える時間を与えてしまったせいで――あの因業ジジイが!
だが、エビルマージの命運も完全に尽きたわけではなかった。
「今すぐその首切り落としたいところだが、そういうわけにも行くまい。
 貴様のお陰で思い出したが、私にはまだやるべきことがある。
 消えろ。そして二度と私の前に姿を見せるな」
剣の切っ先が、わずかに離される。
エビルマージは慌ててルーラを唱え、姿を消した。

【ピエール(重傷) 所持品:珊瑚の剣
 第一行動方針:フライヤを弔う
 第二行動方針:とんぬらクーパーアニーを探し、守り抜く
 最終行動方針:ゲームを脱出し、諸悪の根源を断つ】
【現在位置:神殿の付近】


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最終更新:2011年07月18日 08:10
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