山吹色の地肌に黒い羽、しなやかな鞭を握った悪魔たちの控え室。
黒い霧につつまれる中、魔物たちは大勢でテーブルを囲んでトランプ遊びに興じていた。
「バラモス様は休息中の奴らに攻め寄る必要はないと申しておられたが、はて?」
一匹のバルログがハートのAを置いて声をあげた。
「きっとご自分の獲物にするんだろうさ、久しぶりの侵入者だもんなぁ」
傍にいたサタンパピーがそう言って頬をふくらませる。
「いつもおいしいところを取っちまうんだから。あのカバみてえなでけえ口開いて全部いただきますかよ、
オレたちは残り物すらもらえねえんだぜ!」
また一匹のサタンパピーがトランプを握った手をテーブルにたたきつけた。
「おいおい、今の聞かれたら大変だぞ。昔バラモス様に体重が増えたことをやんわりと告げた仲間が
目の前で焼き尽くされたのを見たんだから。俺もあやうくとばっちりを受けそうになった。
そういうことはいうんじゃない」
少し離れたところで聞いていた別のサタンパピーが口をはさんだ。
テーブルを叩いたサタンパピーは鼻を震わせ眉をつりあげる。
「なにビクビクしてんだ、聞こえるわけねえよ、愚痴くらい言わせろや」
憤りのあまりつい悪い口が出た。
「はぁ?誰もビビってねーよ、忠告しただけだろが」
魔物同士の間に火花が散る。
「まあまあ、そう喧嘩しないで」
隅の方でかしこまっていた、獅子の変種マントゴーアがのそりとつぶやいた。
「たまには俺たちにも遊ばせろよっていいたい」
「そうだな、いつもいつも掃除だ飯炊き見回りだ、そんなのだけってのはなぁ。体がやわになっちまう」
「ああ、ネズミどもと遊んでやりてえなあ」
周りで退屈そうにトランプ遊びを見ていた仲間たちがぐちぐちの文句を言い出した、
バルログは足元からクラッカーを取り出すと、不平不満でいっぱいの部屋内を大きく見渡し
「しかし、絶対今回もバラモス様が一人占めだろう。そして我々はそれに物言いをつけられる立場では
ないということだ。仕方がないことだ、あきらめるしかない」
手にした愛用のクラッカーを鳴らせ合わせはじめた。
誰も何も言えなくなった。正論だから文句はでない、わかりきったことだった。室内は急にしんとなる。
しかし、あるサタンパピーが口を開く。
「いやまて、こういうのはどうだろう。回線が不通だったので命令が出たことを知りませんでした、っていうのは」
「ん?」
「そうか、機械が故障しちまったことにすればいいわけか」
いつもバラモスは部下たちに、一方通行の回線をつかって命令を伝えるのである。
「おお、その手があったか」
バルログも思わずうなずいた。
「いいね、これならバラモス様も仕方ないなって言ってくれるよ」
「じゃあいいわけだな? よっしゃああ、今すぐ行こうぜ」
サタンパピーたちは手を取り合い喜んだ。
「いこういこう、そうしよう」
他の者たちも口々に言いあい、腰を上げ始めた。
「まて、いくらそれでも勝手に人間たちを倒していいものかわからんぞ、少なくとも手を出していいという
命令は出ておらんのだから」
しわがれた顔を伸ばしてマントゴーアがゆっくりと口をひらいた。
「いいじゃんよお、どうせ殺しちまうんだろ、後でやっても今やっても変わりゃしねえよ」
「そうだそうだ! おまえ黙れ!」
魔物たちはマントゴーアを指差した。
「しかしなぁ……」
言いよどんでいたところに、傍らの一匹が手をかざし火炎をとばした。
轟音を立てて床が焼け焦げる。マントゴーアは四肢を折り曲げて床の上に這いつくばった。
「わ……かった、もう何もいわん」
マントゴーアがそのまま動かなくなると、魔物たちは円陣を組んだ。
「おし、俺たちの手で連中をぶっ倒そう」
「おーっ」
「旗でも立てていくか?そうすりゃ目立つぜ。人間どもも驚くぞ」
「観客もいないのに目立ってもしょうがないじゃん」
「でもちょっといいかも」
「おいどんもその提案に賛成するでごわす」
「よし、おまえ変わり者だから旗持つ役な」
バルログが指図すると、一番若年のサタンパピーが部屋内にある古びれた棚に向かい、中から旗を取り出す。
赤を基調とした縁取りが金枠の旗を、先ほどのサタンパピーに手渡す。
「なんだよ、持っていくことに決まっちゃったのかよ」
「えーっ、本当に旗なんてもっていくんですかぁー?」
「うるさい、もう決めたんだよ!」
魔物たちは騒ぎだした。気分がすっかり別の方へ向かっている。
「おいどんは頑張り申す!」
ある一匹と一匹の会話。
「どういう基準であいつに決めたんだ?」
「もし万が一反撃食らったとき、いい的にされるだろ。そのスキに俺たちはより多くの人間をやる」
「なるほりょ、あいつならそういう役どころだってこと気づかなそうだもんな」
バルログが高い声を出す。
「よーし、そろそろいくぞ。この旗に続け」
悠々と旗を掲げたサタンパピーを先頭に隊列を組む。
「とっつげきいぃ」
魔物たちはドアをあけて、次々と廊下に流れ出ていった。床を踏み鳴らす音とともに、ろくに掃除もしなかった
床から埃が舞い乱れた。
「どうなっても知らんよ、わし」
見送るマントゴーアは、全員が出ていくと頭を垂れた。
こうしてバルログとサタンパピーの軍団は、大仰な旗をたなびかせて行進していった。
なお、力強くかかげられた旗には大きく「成金」を意味する文字が刻まれていた。
もちろんその言葉には何の意味も無い。
刻一刻と決戦の時が近づいているというのに、
バーバラは落ち着いていた。
大抵こんなときはあたふたして、傍にいる中間たちに潤んだ視線を投げかけているのが常だった。
でもいまは心安らかに時がたつのを追っている。それかもしかしたら心は空っぽなのかもしれない。
ピサロは鋭敏な耳の奥で、どたどたと騒がしい足音をあげながら大勢のものが近づいてくるのを
感じとった。両びんに垂れた銀の髪がそれに反応するかのようにざわめいた。
いったいどこの間抜けどもだ、と。
サマンサは無防備で休んでいられることを幸せに思う。
ピサロが傍にいるから安心していられる。こんなに気持ちを安定させてくれる男は他にいない。
身をゆだねることができるということ、少年の
アルスにはそういうところが、ないのです。
ゼニスはいびきをあげていた。完全に眠りこけていた。おそらく戦闘になるまで眠っているでしょうこの人は。
ティナは怯えた。研ぎ澄まされた感覚で、猛獣にも似た遠くから響いてくるうなり声をキャッチして
頭の中が一瞬、錯綜状態になった。
そのあとで電撃に打たれたような衝撃が身体中を駆け巡り我にかえる。「ティナ、大丈夫か」
エドガーはティナに気をかけながら、頭の中で別のことを考える。
せめてドリルは欲しかったな、この
ボウガンも結局大した改造はできなかったし。
決戦にはドリルが必須、とはエドガーの口癖。
デッシュは首をふりまわして、異変がおこったことを確信した。
「なにか来るそ」
わざとらしいほど滅茶苦茶な並びの足音が扉の向こうから近づいてきていた。
アルスと
ライアンは立ち上がって、まず何よりも勇者、戦士としての役目を果たそうと先頭に立った。
彼らは自分の役どころをよくわかっているのである。
最終更新:2011年07月17日 01:27