暗闇の中に、玉座が1つポッカリと浮かんでいる。
その上に、何かが1つ座っていた。
髑髏のような顔をした、何か。ヒトではない。魔物でもない。生物ですらないのかも知れない。
それは全てを憎む魔より来たりしモノ。
ゾーマという名を持った、何か。
ゾーマの前に三つの魔が、目の前の存在に怯えるかのように小さく、立っていた。
実際怯えているのだろう。彼らは取り返しの付かないミスを犯した。
全身をすっぽり覆うローブを身に纏った
エビルマージが、一番怯えていただろう。
この場で消し飛ばされたとて、文句は言えない。
腐肉を引きずる
バラモスゾンビ、太った龍のような頭をした
バラモスブロスも真っ青な顔をしてゾーマの前に立っている。
ブロスの部下が独断専行で動いたらしい。無駄に駒を失うような事が有れば彼もただでは済むまい
残るはバラモスゾンビだが…まあ、ゾンビの顔色は最初から真っ青だ。彼自身に落ち度は無いので堂々としたモノである。
「エビルマージよ…」
「はっ、はいぃっ!」
エビルマージはゾーマに名を呼ばれ、上擦った声で返事をした。
クソ、いくらヤツらにゲームを脱出されて気が動転していたとは言え、素直に出てくるなんてマヌケな真似をしてしまった。
殺される。間違いない。コレを口実に自分を消す気に違いない。自分ならそうする。
クソ、クソクソクソクソクソ!納得行かない。畜生…!
「あ、あの、これは…
アークマージ老が…」
「エビルマージ、バラモスゾンビと共にサタンパピーの部隊を援護せよ」
何か、愚にも付かない言い訳を言おうとしたエビルマージをゾーマの言葉がピタリと止める。
「…は?」
「ヤツらを捕まえ、もう一度ゲームに放り込め。いいな?」
淡々と命じるゾーマをしばらくきょとんと見つめてから、エビルマージはローブの下でいやらしい笑みを浮かべた。
口は綺麗な三日月型なのに、瞳は真ん丸で笑っていない、そんな笑み。
余裕のつもりか?自分など眼中にないのか?そこまでしてこのゲームを続けたいか?
…まあいい。どうでも良い。それならそれでいい。時間を稼げるなら此方も万々歳だ。
「御意」
エビルマージは大げさに、わざとらしく頭を下げると振り返って歩き出す。彼の姿はすぐに闇に消えた。
バラモスゾンビは腕組みをして、ふんと鼻を鳴らす。そのまましばらく待ち、ゾーマが何も言ってこないのを確認してからそれを追った。
「…ゾーマ様」
「惜しい駒ではない」
何事かを聞こうとしたバラモスブロスに、ゾーマは重々しい声で答えを先回りさせた。
惜しい駒ではない…それは、サタンパピーの部隊か?エビルマージか?バラモスゾンビか?恐らく、全部だろう。
「…お前は、兵力の確保だ。1時間以内に出来うる限りの兵力を確保しろ」
「御意」
バラモスブロスは真っ青な顔のまま頭を下げた。
どうやらお咎め無しだというのに、彼の顔には絶望が張り付いたままだった。
バラモスゾンビですら惜しい駒ではない。同等の立場の自分も、恐らくはそうだろう。
…つまり、失敗すればそこまで。惜しくもない駒をわざわざ助けはしないだろう。この闇の帝王は。
不必要な、けれどわざわざ自分の手で壊す事もないような…そう、例えるなら飽きたオモチャ。自分達は、飽きられたオモチャ。
何となく、ゲームの
参加者の絶望が理解出来たような気がする。
この瞬間、バラモス達とピサロ達は間違いなく…多少の差異はあるにせよ、同じライン上に立った。
お互いの価値が完全に等価な、殺し合いのスタートラインに。
その差異も、ほんの些細なモノだ。
役に立たない手駒が有るか無いか、たったそれだけの違いだ。たった、それだけの。
「何も言う事はないのか?エビルマージよ」
「死に損ないの負け犬に言う事はないがね。世の中、生き延びた者勝ちだ」
石畳の廊下を歩きながら、エビルマージとバラモスゾンビは真っ正面を睨み付けていた。
お互いの口から漏れるのは鋭い
ナイフのような呟き。
「勝てば官軍、か。さすがはインテリだな。狡猾さは魔界一だ」
「お褒めに預かり恐悦至極」
そのセリフを最後にバラモスゾンビはむすっと押し黙り、エビルマージは口の端に僅かな笑みを浮かべた。
バラモスは生きていた事については多少驚いたが…生きているならしょうがない。また利用するまでだ。
だが、コイツの骸は究極生物に利用したはずだ。後で調べて置かねば。
ゾーマはくい、と片手を上げるとその指先に小さく魔力を込めた。
「ピエロよ、エビルマージの研究室に制御を移す。ゲームは貴様が管理しろ」
呟きは魔力と1つになり、消える。言葉はエビルマージの一つ目ピエロの元に届いたはずだ。
ゾーマは腕を下ろし、そのまま静止…しなかった。
ゾーマの身体が震え出す。
寒いわけではない。辛いわけではない。寂しいわけでもない。
「クックックックックックッ…ここまで、とはな…ククククッ」
ゾーマは笑っていた。だが、何故笑っているのだ?
参加者に逃げられた事も、エビルマージ達の無能ぶりも、この魔王にとっては面白い事ではないはずだ。
それが、どうして、なぜ、笑うのだ?
ゾーマは、自分がいつ生まれたのかを覚えてはいない。覚えている必要もないので。
ただ、遙か昔からと言う事だけは覚えている。
幾度か、肉体が永劫の時間に飲み込まれ朽ち果てそうになった事もあったが、そのたびに、いつぞやに習得した肉体交換の呪法で新しい身体を得てきた。
その内、彼は大魔王になった。なるべくして、全てを憎む魔の者、大魔王ゾーマに。
その間、彼は幾度も身体を取り替え、己は永遠の魔王だと信じるようになった。実際その通りだった。つい、最近までは。
肉体を取り替えれば永久に存在出来る。ソレが、間違っていた。
魂の摩耗。無限の時と、幾度もの肉体交換と、魔王として存在している事それ自体が強靱な彼の魂を僅かずつ削り取っていったのだ。
人間ならば、八十年、九十年程でたどり着く境地。「生き疲れた」という思いに、彼はようやくたどり着いたのだ。
だが、彼は認めなかった。自分は魔王だ。魔王が滅んでいいはずがない。全てを統べる魔界の王。だから、魔王。それが生き疲れただと?
冗談ではない。だが、もういいと思う。だけど、それを認めるわけには行かない。だが、もう疲れた。
そんな、矛盾した考えを統合するために…このゲームはある。
ゾーマは片手を上げると、五つの指先で器用にルーンを描く。
ゾーマの目の前に闇の檻が現れ、その中に輝く何かが無数に現れる。無形の何か。魂と呼ばれるモノ。
ゲームの参加者の魂。強靱で、柔軟で、力強い。絶望のトッピングに彩られた魂。
そう、ココにある魂は強い。例えゲームが始まったとたんに死んでしまった者であっても、例え心を壊した者であっても、魂の強さは常人とは比べ者にならない。
何しろ、メンバーの選考理由はその一点にある。
ゲームを抜け出して自分と戦おうとする者など、それこそ全ての並列世界に置いて最硬の魂を持つだろう。
彼は、ゾーマは、それらを取り込むつもりだった。
すり減った自分の魂を、他人の強靱な魂で補完する。絶望を糧にそれらを飲み込み、ゾーマは完全になる。
ゲームを最後まで生き延びた全並行世界最強の肉体に、若返り強く強靱になった魂を納め、ゾーマは真なる大魔王となるのだ。
ピサロ達の脱出の際に、かなりの絶望や闇を吸い上げられてしまったようだが、この程度ならば問題ない。
こんな物を取り込む必要はないと思う。そうすれば、魂が摩耗している自分は倒されるだろう。魂の根本的な強度で、負けている。
戦いを決めるのは意志。それが摩耗している自分は勝てない。それで楽になるが…
そんな事は許されない。自分は魔王なのだから。
魂を取り込もうとすると、ゾーマの眉間がピシリとひび割れた。
脆くなった肉体が頑丈な魂を支えきれない。だが、問題はない。すぐにヤツらを倒してしまえば問題はない。
負けるはずはない。何しろ彼は魔王なのだから。
最終更新:2011年07月18日 08:29