広間の壁面に彫り込まれた、様々な邪教の神達のレリーフ。
周囲を取り囲む浅い池からは、ヒトの死体の手足とおぼしきモノが屹立している。
最初に見た、この悪夢の最初に見た。その光景。
そこに最初に現れたのは、
エドガーと
アルスの2人組だった。
彼らは虚空から突然現れると、石畳の地面に綺麗に着地する。
そして、2人は息をぴったりと合わせて、正面に手を伸ばした。
多少遅れて、
ティナと
バーバラが現れる。
こちらはバランスを崩しているようで、背中をしたにした体勢で空中に現れて地面に落下し…
アルスとエドガーの腕の中に綺麗に収まった。
エドガーは手の中のバーバラに女性用スマイルを投げかけ、ウインクなどしてみせる。
アルスも受け止めたティナに笑いかけたが、こちらは照れてはにかんだ、多少ぎこちない笑みだった。
2人はありがとうと言って2人の手を離れて地面に立つ。
バーバラが照れたり恥ずかしがったりと言った反応をとらない事に多少がっかりしながら…自分はひょっとして女性にもてないのではないだろうかと思いながら、
エドガーは肩を竦めて見せた。
その直後、エドガーとアルスは空から振ってきた
ライアンと
デッシュに押し潰されて悶絶した。
「あ、あ~…生きてるか?エドガー?」「こ、コレはかたじけない…」
埃をはたきながら、デッシュとライアンは申し訳なさそうに立ち上がる。
その後ろで、残った3人が現れるのをティナは見た。
「…3人?」
ティナが目の前の光景に疑問の声を上げる。残りは、
サマンサとピサロの2人組では…?
「お、おぉ?ココは何処じゃ?」
きょろきょろと辺りを見回す
ゼニスを見ながら、ピサロとサマンサは胡乱げに眉をひそめた。
「え?あ、あれ、ここって…」
ふと辺りを見回したバーバラは、そこが何処であるか気づいた。
「うん、最初の場所だ」
アルスは答えながら、油断無く辺りを見回した。
どうしようもなくもなく不気味な光景だが、敵はいないようだ。
目の前の玉座にも、あの邪悪な大魔王
ゾーマの姿はない。
「う、うん。アレ、いないみたいだけどさ…」
バーバラも、吐き気を堪えてちらちらと辺りの様子をうかがう。
部屋の端の、いくつも突きだしている手足が動いているような気がする。
壁に掘られた悪魔のレリーフがこちらを見てはいないか。
入り口に立っている巨人の石像があんぐりと口を開けてこっちを見ていないか。
「…あれ?」
バーバラは入り口…この広間と外を結ぶであろう出入り口に、石像が立っているのを見た。
驚いたように…実際驚きながら石像がこちらを見ている。口をあんぐりと開けて…。
「きっ、貴様ら、どこから…!」
ごん
何事かを叫びかけた石像…動く石像が、突然ゆっくりとした挙動で倒れ伏す。
その後ろには、丸太みたいな腕を振り下ろすポーズをしたライアンがいた
「いや、危なかったでござるな。叫ばれていたら敵を呼び寄せるところで…」
そこまで言ったところで、ようやく石像が地面と接触した。
石像が倒れる。耳が痛くなるくらいの大音響を立てて。
全員が固まる。ピシリと音を立てて。空気も一緒に、固まる。
「あの…ごめんなさい。どこから、その、あの…突っ込めばいいのかしら?」
「本末転倒、と言う言葉を知っているか?」
心配そうで邪気のない…それ故にキツいティナの言葉と、ピサロの呆れたようなセリフが、ライアンには痛かった。
「兎に角、身を隠すぞ」
ピサロはそう言うと入り口の方に向かって駆けだした。
倒れた石像を乗り越える際に、その後頭部に威力を絞った破壊呪文を叩き込んでとどめを刺しておく。
次いで、残った全員がそれを追う。状況がつかめずボケッと突っ立っているゼニスの首根っこを、ティナが慌てて掴んで引っ張り出す。
5分も歩かぬ内に、ピサロが1つの扉を蹴破ってその中に飛び込む。
続けてライアン、サマンサと次々に飛び込んでいく、最後にゼニスを引っ張っているティナが少し遅れてそこに飛び込んだ。
サマンサは蹴破った扉を立てて元に戻すと、バーバラを呼んで扉と壁を火炎呪文で溶接しようと試みた。
一点に集中したメラで扉の縁の部分を形作っている金属を溶かし、壁とつなぎ合わせる。
5分ほどで、扉は壁とほぼ一体化した。ちょっとやそっとでぶち破られるような事はないだろう。
…「ちょっとやそっと」どころでは無い敵だと言う事はこの際考えないでおく。やれる事はやったのだし。
「…見つかっちゃったかな?」
ぜえぜえと息を荒らげていたバーバラが、やっとそのセリフを絞り出した。
しかし、あまりにも笑える出来事だったためだろうか?その言葉に悲壮感はまるでない。
「問題はない。どのみち逃げ出した瞬間にばれているはずだ」
ピサロすら僅かに息を乱している。汗の流れる、鉄の輪で拘束された首元を腕で拭っている…。
(あれ?)
バーバラはふと自分の首に触ってみた。金属の感触。
「くっ?くっくっくっ首輪!?」
バーバラの、耳が痛くなるくらいかん高い声を聞いて、ほぼ全員がハッとなって首元をまさぐる。
すっかりあの危険物の存在を忘れていた。外れていなければ、コレは致命的なミスなのだが…。
全員の首に、忌々しい首輪があった。
「しまった…」
デッシュは眉を顔の真ん中に寄せながら絶望的に呻いた。
こいつがあれば、ゾーマは自分達をいつでも殺す事が…。
「問題有りませんよ。…ほら」
そんなデッシュの目の前で、サマンサは平然と首輪を引きちぎって見せた。
元々細く、脆そうな首輪である。彼女の細腕でも千切る事は容易い。
「っぁっ!?!」
デッシュは口をパクパクさせながらサマンサを指さした。
あれだけ苦戦していた首輪を、そんな、いともあっさりと…。
「コレまでの推測を合わせた上での結論です…多少、危険な賭でしたが」
ほっと胸をなで下ろしながらサマンサ。その額には冷や汗が細く流れている。
「どっ、どどど、どういう…」
どういうコトだ、とデッシュは言いたかったのだろう。声がガクガク震えて言葉にはならない。
だがサマンサは、彼の言葉の意図を明確に酌み取って…目の端をキラリと輝かせた。
「では説明しましょう。多少長くなるけれどいいですか?」
そう言う彼女は、脱出の時とは別次元で嬉しそうだ。説明したくてしょうがなかったのだろう。
「まずは、脱出方法からですね。
…あの、儀式で召喚されたモノが
ハーゴンの意図したモノである場合、アレの行動の推測は難しくはありませんでした。
アレだけのモノが呼び出されて行う事はそう多くはないと思います。何かを…あるいは何もかも壊すためだとか」
サマンサは身振り手振りを交え、講義を行うかのように説明を続ける。
「けれど、あの世界では内側に存在する生き物が
仮想空間を壊す事は出来ません。
疑似魔法の発動によって威力が制限されてしまいますからね。
そこで、あの雲は発想を変えました。仮想空間全てをうち砕くのではなく、ソレを守るモノを1つ1つ、薄皮を剥くように壊すと言う事。
広く見れば完璧でも、何処までも細かく見ていけば穴は見つかります…人間にはまず分からない、細かいモノでしょうが」
そう。そして、雲は法則を1つ…疑似魔法の法則の穴を見つけ、砕いた。
あの色のない空間は“法則の外の空間”なのではないかというのが彼女の結論だった。
あの時の、空間を乗り越えたときの呪文の再構成は、つまり“法則の壁を乗り越えた”のだろう。
「疑似魔法が発生すると言う法則がなければ、不安定なあの世界を壊すなど造作もない事な訳です。
マジャスティスも、仮想空間の中では発動すらしない恐れがありました。
しかし法則の外でなら、間違いなく、ありとあらゆる“マヤカシ”をうち破る本来の姿として発動したのです。
そうして仮想空間が壊れてしまえば、禁止呪文を使うことも簡単です。ルーラを使ってココまでとんでくる事が出来ました。
ココは多分仮想空間の外。さっきの不気味な部屋は、仮想空間の入り口ではないでしょうか。ルーラは目的の場所の“入り口”まで転移する呪文ですから。
…この計画を立案したハーゴンはマジャスティスを知りませんでしたが、恐らく同じようなコトを考えていたはずです」
「ま、待てよ、その、どの過程で首輪を?」
デッシュは焦った調子で聞くが、サマンサは「慌てるな」とでも言いたげに人差し指を立てて左右に振ってみせる。
…恐らく、楽しんでいる。
「こちらは疑似魔法の法則を思いついたときに考えついたのですが…
この首輪に、本当の魔法を防がせる必要は、実は全くありません」
「疑似魔法だけ防げればいい…と言う事だ」
サマンサの持って回った言い方を聞いて、ピサロが横からさっくりと結論を押し込む。
「………そう言う事です。仮想空間で戦う事が前提ですから、本物の呪文に対抗する手段など
そもそも必要ないわけです。マジャスティスは法則の外で発動したわけで、よって首輪の呪いはマジャスティスで祓われる事になりました。
呪いさえ解けてしまえば後は問題はありません。カラクリの上から呪いをかけた…つまりカラクリだけでは不完全なわけですから」
「ち、ちょい待ち!も、もしもゾーマが用心して首輪に本物の魔法を防がせてたら…」
「
エリアオーバーで我々の首は残さず吹き飛ばされる事になりますね。しかし、他に手が有りましたか?」
あっさりと危ない事を言うサマンサに、デッシュが閉口する。
たしかに、もう一度儀式を行うのは難しいし、そもそもあの雲を何とか出来たかと言われると、厳しい。
「さて、コレで説明は終わりですが…ピサロ卿?」
サマンサは喋り続けて乱れた息をただしながら、ピサロの方に振り返った。
今後の方針を決めるつもりだろう。
「さっきも言ったが、どのみちヤツらには脱出がバレている。打って出るのも良いが…アルス。」
アルスは名前を呼ばれてはっとピサロの方を見た。ピサロが自分を呼ぶ理由は、1つくらいしか思い当たらない。
「マジャスティスでだいぶ魔法力を使ったけれど…問題ないよ。普通の魔法なら問題ない」
「ならば普通でない呪文が使えるようになるまでココで休息をとる。見つかったら出発だ」
アルスの気丈な返事をあっさり流して、ピサロはその場に座り込んだ。魔界の王たる彼も、相当に疲れているらしい。
ゼニスとライアンが、ごそごそとバックをあさくって、残ったパンを引っ張り出した。
残りのメンバーもそれにならい、最後になるかも知れないまずい食事を開始した。
デッシュとエドガーは何やら支給されている携帯ランタンをいじくり始めた。
バーバラは手持ちぶさたになって、全員の荷物の整理を始めた。
決戦が近い事を全員が感じていた。ソレがあまりにも絶望的な事も、感じていた。
だが同時に、諦める事のない強さも、そこに感じられた。
最終更新:2011年07月17日 21:57