魔王

サマンサは戦列に加わったパパスに呪文の力をあたえようとしていた。
「もういい、サマンサ」
背後から声がかかった。
サマンサはぞくりと背中に走るものを感じた。動悸がして息が苦しくなる。こんな経験は初めてだった。
肩をひどく冷たい手につかまれる、真夏の暑さのなかに居たのに突然極点に放りだされたような感覚。
ふるえながら顔を横にむける。デッシュが両膝を床におとして焦点を失った目をしている。
まるで魂を抜かれて人形になってしまっている。
「ピサロ卿、何を、なさるのです……」
サマンサは額に流れる汗を感じながらあえいだ。背中がわを見るなんてとてもできない。不安と恐れで
目が狂いそうだった。
ピサロは横をむいたままのサマンサの目前を通りすぎた。銀髪は普段と同じく、鋭くこまやかに流れていた。
サマンサもデッシュと同じだった。膝から崩れ落ちて茫然と景色を見つめるだけの存在になってしまった。
「……あ……っ」
それ以上声が出ない。

エーコアニーがサマンサたちのもとへ駆けよる。尋常ではない二人の様子を見てとって
「どういうこと。あの人普通じゃないわよ。あれじゃまるで魔王かなにかじゃないの!」
エーコは信じられないといったふうにわめいた。
「わたし、あれと似た力を前に感じたことがある」
アニーは屈みこんでデッシュに癒しの呪文をかける。
「魔界、あそこで、感じたことがあるの。……あの人、魔族なのよ、たぶん」
毛の生えぎわに汗をうかべて途切れそうな息をしていた。


「しょうこりもない人間ども! わざわざ死ににくる能無し! それほどとどめを刺してもらいたいか!」
アイラを追って一度さがったとんぬらが、パパスの繰りだす剣戟の合間を縫って真空呪文をとばし、バラモス
ブロスの衣装を切り裂いた。間髪入れずにクーパーが敵の足に刺さったままの珊瑚の剣に雷を落とす。
ブロスがそれに堪えた様子はない、いきり立って口元からもれる炎熱を周囲に漂わせはじめた。
ライデインじゃダメだ、ギガデインじゃないと! おじいちゃんはなれて!」
パパスは魔王のかぎつめをかわしながら、アイスブランドを叩き込む機会をうかがっていた。


「なんとギガデインとは、本当に勇者なのだな」
一瞬の隙をついて降りそそぐ三本の凶器、紫の鋭い爪はパパスの頭をとらえた。
「死ね」
パパスは咄嗟に身体を右に振った。
「ぐっ」
人間の腕より太い爪がパパスの左肩を引き裂く。とんぬらの叫び声とともに血しぶきが舞う。
叩きおろされた削岩機のような大腕が勢いあまって床を砕く。粉々になって炸裂する岩盤。
目くらましがかかった。
噴き上がるマグマさながらに飛びちる床の破片の只中で、パパスは全精神を集中させた。
孫の力も見たかったが、今ここで消耗させてはいけない。勇者の力は最後の決戦のために温存しなければ
ばならない。大魔王はこの程度の敵ではないはずだ。
耳が、何も聞こえない。
千切れかけた左腕が痛む。右腕だけでよい。一撃の刃を魔王の身体に叩きこむ。
歯ぎしりの音だけが体じゅうを駆けめぐった。
下半身に力が入った。体当たりに必要な踏み込む力を!
パパスは咆哮をあげて突撃した。

巨大な影はパパスをとらえて放してはいなかった。
魔王の双眸が、いま輝いて、飛びかかったパパスを正面に据えた。
がばりと開いた口から灼熱を吐きだして、戦士を氷の剣ごと炎のなかに呑みこんだ。
熱い、光が散じていくつもの星になる光景が見える、パパスは心中で息子の名前を叫んだ。

黒い旋風が大廊下をつき抜ける。風は炎をかき消し、死の香りを運んで魔王すらを戦慄させた。
孤を描きながら死神の鎌が空を切って、ピサロの手元にもどってくる。
鎌の柄をがっしりと握り、冷ややかな視線をバラモスブロスとパパスに送った。
「なんだ……今、なにをしたのだ」
圧倒的な熱量を誇る炎がすっかり姿を消していた。バラモスブロスは驚愕してピサロを見つめる。
目線を落とせばすぐ眼の前にパパスがいるのに、うわごとをつぶやいて動こうとしない。
尻もちをついているパパスは、空恐ろしい魔王の相貌を見上げた。

その魔王の顔が一瞬で文字どおり氷ついた。
「ぐおおあっ」
バラモスブロスの巨体にみるみる氷雪がこびりつく。さらに追いうちをかけて氷の散弾が魔王の体躯に
穴を穿つ。たまらず引きずられるように後方に追い詰められていく。
「これは、マヒャ、ドかぁっ」
バラモスブロスは再び仰向けに倒れた。

「いったい……」「部屋に戻っていろ、私一人でやる」
ピサロは自分の言葉をパパスの言葉に覆いかぶせた。
パパスはそれでもう何もいえなくなった。心ここにあらずといった感じで、肩の痛みも忘れて
じりじりと後ろにさがっていった。
部屋にはピサロを除く全員が集まっていた。とんぬらも、クーパーも、同じように追い払われて。
動くことのできなかったアイラもピサロが送り届けたのだ。

バラモスブロスを遠目に短く息を吸い、床と並行に構えた死神の鎌に今一度力をあたえた。
「いいか、一瞬で終わらせろ」
ピサロはステップを踏んだ。右手に握られた死神の鎌がそれに合わせて上下に揺れる。
風にのって両腕を拡げ、銀色の髪をたなびかせてピサロは踊った。
殺伐とした舞台でひとり優雅な舞を披露してくれる踊り子になって、それは破滅をさそう死の踊りになって、
氷結したバラモスブロスの目を見張らせた。
ピサロの両腕は見境なく斬り乱れる細身の剣より狂的に暴れ回った。

バラモスブロスは無理やり首を折り曲げ、怒りそのものである激しい炎を自らの体にあびせかけた。
氷が溶けていき、衣装は燃えさかって毒々しい色の肉体に高熱が帯びていく。
魔王は拳を床に叩きつけ立ち上がった。怒りに全身がふるえていた。
「があぁぁぁあああ」
魔王は穴だらけの体躯から緑の霧をあふれ出させた。
妖気に満ちた霧の勢いは、周囲の空気を生物が呼吸できないものに変えていく。
「人間どもはこれで終わりだ!」

デスピサロはうっすらと微笑んだ。全身に禍々しいオーラが湧き上がった。
死神の鎌が巨大な竜の顎のように肥大して周囲の景色を暗黒に変えた。
デッシュが茫然と立ち尽くしているのを横目で確かに見たパパスは、自身も言葉を失って唖然としていること
にあらためて気づく。             
リディアが怯えて小さく固まっているのは、「敵の魔王」以上の恐怖が現れたからだ。

「……!」
バラモスブロスは大口をひらいて悶絶している。魔王の体は縛られて言うことをきかない。
デスピサロはバックステップして巨大な鎌を大きく横になぎ払った。
どす黒い閃光が魔王を両断した。
血は見えない。暗黒でしか生きられないものの体に流れているのは、ねじれ歪んだ邪念しかないのである。
魔王の体から噴きでてきたのは、デスピサロが生み出した漆黒の大鎌に勝るとも劣らない暗黒に満ちた邪念、
怨念、救いようのない罪人が己の罪を悔まずに憎悪だけを募らせているような姿。
真っ二つになったバラモスブロスは、この瞬間も、己が人間ごときに敗れるはずがないと、
恨みがましい悪罵の限りをデスピサロにぶつけていた。
デスピサロはバラモスブロスに背を向ける。
一回、地鳴りがした。
もう一回、魔王の下半身が前のめりに倒れて、地響きが起こった。

死神は血が吸えなかったことに腹を立てた。行き場を失った欲求は持ち主に襲いかかった。
ならばお前の血をもっとよこせと白い手をのばしてデスピサロの首筋を掴まえようとした。
デスピサロはその手を軽く払いのけ鎌の刃をつかむ。気合をこもった声が辺りに響きわたった。

「消えろ」
ピサロは言いざまに何かを放り投げた。
大鎌は姿を消し、ピサロはいつものピサロに戻った。
ふと闇は薄らいでいく。
自失ぎみのサマンサの足元にぽつんと降ってきたのは、刃を失った鎌の柄だった。

「あ、あ、あの……」
言葉を取り戻したサマンサたち、歩いてくるピサロに恐る恐る伺いをたてた。
ピサロは不思議そうにサマンサを見つめる。
「なんだ、どうした」
彼女の足元に落ちている鎌の柄を、もうこれは役に立たない、と踏みつぶした。
サマンサは目を伏せる。そこへデッシュが身を乗り出してきた。
「おい、おいったら、そんなに強いんなら、そのままゾーマも倒してくれよ」
ピサロはどこまでも冷ややかだった。デッシュの視線をはずして口を開く。
「……できればな」

【デスピサロ 所持品:『光の玉』について書かれた本】
【デッシュ 所持品:アサシンダガー 加速装置 裁きの杖 首輪×5】
【サマンサ 所持品:勲章 星降る腕輪 手榴弾×1】
【パパス 所持品:アイスブランド イオの書 バスターソード 妖剣かまいたち ドラゴンテイル 食料多】
とんぬら 所持品:さざなみの剣
【アニー 所持品:マインゴーシュ
【エーコ&モーグリ 所持品:なし】
【リディア(魔法使用不可) 所持品:なし】
【クーパー 所持品:珊瑚の剣 天空の盾 天空の兜
【アイラ(ゾンビ・左腕欠損、処置済み) 所持品:チェス板、駒 死者の指輪 ダイヤソード
 以上
【第一行動方針:アルスたちと合流?
 最終行動方針:ゾーマ打倒】
【現在位置:ゾーマの城】

ゼニス 所持品:アンブレラ 羽帽子? 行動方針:最後まで物見遊山?】
【現在位置:ゾーマの城】

【バラモスブロス 死亡】


←PREV INDEX NEXT→
←PREV デッシュ NEXT→
←PREV リディア NEXT→
←PREV エーコ NEXT→
←PREV サマンサ NEXT→
←PREV ゼニス NEXT→
←PREV デスピサロ NEXT→
←PREV とんぬら NEXT→
←PREV クーパー NEXT→
←PREV アニー NEXT→
←PREV パパス NEXT→
←PREV アイラ NEXT→
←PREV バラモスブロス NEXT→死亡


最終更新:2011年07月17日 17:50
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。