少年は、闇の中で目を覚ました。
意識を失ったのは多分一瞬。しかし、その一瞬が全てを薙ぎ倒した。
痛む体を引き起こし、まず自分の体を見る。
体を包む伝説の鎧は揺らぎなく、
片方の手にあった伝説の盾は傷一つなく、
もう一方の手にある伝説の剣は輝き続けている。
ただ、中身がボロボロだった。
剣を支えにして立ち上がり、周囲を見回す。
誰もいない。ただ一人、暗闇の中にいる。
何故かはわからない。いや、わかるが理解することを拒否してしまう。
彼は人々の期待を受け続けてきたが、まだ10を数える程度の少年に過ぎない。
だから、耐えられなかった。こんな所に一人でいることに。
誰かいないのかと必死に目を凝らす。と、前方に人影があることに気付いた。
ボロボロで、いかにも瀕死であったが、間違いなくそこにあった。
しかし、それは少年にとって何ら救いを齎さない。
「あ……」
どうして。誰もいないのに、あんなのが残っているのか。
どうして、自分だけが残されて、あれと二人きりにならなくてはいけないのか。
染み出してくる絶望に、少年は立っていられなくなり、膝をつく――――
「
クーパー」
「!!」
掛けられた声に、クーパーははっと振り向いた。
誰よりも強く、自分を守り続けてくれた、もっとも尊敬する人。
その姿は血に染まっていたが、確かに生きて、そこにいた。
「
アイラが……庇ってくれたんだ」
「お父さん」
父は一歩一歩、歩いて近付いてくる。
そんな父に抱き着いて甘えたい、そんな気持ちが強くなる。
しかし何故だろう。同時にそんなことをしている場合じゃないという予感もある。
「クーパー。君は一人じゃない」
「おとう、さん?」
「生まれた時から、ずっと一緒にいる妹がいる。支えあってくれる人がいる。
だから、どんなに辛くて悲しいことがあっても、きっと乗り越えていける」
「何を……いってるの?」
父は、少し困ったような笑みを浮かべた。
そして、ターバンを……幼い頃から、これだけは無くすまいと大切にしてきたものを外した。
それを息子の頭に、
天空の兜の上に、そっと乗せる。
「こんな所で未来を潰させるわけにはいかない。僕たちの希望を、失うわけにはいかない。
父が……
パパスがそうしたように、次の世代に伝えなくちゃいけない」
だから、ね? と。とんぬらはそう言ってクーパーの前に出た。
父の背中を、クーパーは呆然と見つめる。
止めなくてはいけない。こんなことやめさせなくてはいけない。
一体誰が喜ぶというのだ。しかし――――
「
天空の剣を、構えろ。クーパー」
父の言葉はあまりに強く――――
「そして、生きろ。生き続けるんだ」
あまりに優しくて――――
「それだけが……親の望みだ」
あまりに頑なだった――――
「う……」
何時しか、クーパーの瞳から涙が零れた。
認めたくない、こんな結末なんて誰も望んでいない。
けれど……
「うわぁぁぁぁぁぁ――――!!!」
父の思いを、受け取ってしまったから。
クーパーは泣き声を上げながら、それでも剣を振り上げた。
そんな息子の姿に、とんぬらは優しく微笑む。
瞼を閉じて思い浮かぶのは、自分を慕ってくれた息子たち。
辛い時を共にした
ヘンリー。
父と自分を待ち続けたサンチョたち。
命を与えてくれた両親。
そして――――
フローラ。
自分を愛してくれた人。自分の子を産んでくれた人。
始まりは歪だったかもしれない。
しかし一緒に旅をして過ごすうちに、確かに自分は彼女を愛していった。
僕は確かに人を愛している、と。
それだけは自信をもって言える。
だから。最後に残す言葉は決まっている。
その『呪文』を唱えながら、とんぬらは静かに呟く。
「ありがとう……僕は、誰よりも幸せに生きた――――」
暗闇の空間に淡い光が瞬く。
無の世界に癒しが広がり、混沌の中から引き上げられ、命の形を作る。
復活していく戦士たち。
その代償は、術者が混沌に帰ること。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!!!!」
奇跡の中で、剣を手にした少年が駆け抜ける。
その閃光はあらゆる抵抗をものともせず、一気に突き抜ける。
マダンテで魔力を全て放出したからか、
デスピサロの動きは鈍い。
クーパーの会心の一撃は無敵である筈の闇の衣を切り裂いて、デスピサロの体も貫いた。
しかしデスピサロは動きを止めない。
天空の剣を体に突き立てられたままで、憎しみで表情を歪めるクーパーを見据える。
例えこの体が終わりでも。
『ソレ』が終わらない限り、
ゾーマは在り続ける。
新たなる適格者は生まれた。より強きゾーマが顕現する。
そのとき。一人の男が叫んだ。
「もう、やめるでござるよ! ピサロ殿!!」
ライアンの絶叫が、果てしない無の世界の隅々まで響き渡る。
「我らは元の世界に戻らねばならぬ! 正気を取り戻されよピサロ殿!
またロザリー殿を置き去りにするので
ござるか!?」
魔王に全てを乗っ取られた青年にライアンは
呼びかけ続ける。
無駄だと断言されようが、ライアンには関係ない。
愚かだといわれようが、正しく真っ直ぐあることしかできない男だから。
「戦いが続く限り、争いは止まらぬ。誰かが止めなくてはいけない。
それこそが真の強さであり、ピサロ殿にはその強さがあると信じるでござる!」
それは世迷いごとだ。一笑して切り捨てるものだ。
しかし、そんな愚かさを貫き続けるから、きっと。
そんな愚直な男だから、きっと。
そんなバカだから、きっと。
魔族である自分が、人間に賭けてみたいなどと感じてしまったのだろう。
「……過大評価も、程ほどにしておくのだな……」
デスピサロは微かに口元を上げ、掠れ切った声で呟く。
絶技を受け、魔力を使い果たし、伝説の剣で貫かれ、そして仲間の呼びかけを受け、
あまりに多くの代償を支払って、ようやく自我を取り戻したのだった。
【とんぬら 死亡】
【残り 20人】
最終更新:2010年03月09日 18:40