【人の百合見て我が百合治せ】
――姫代学園。
そこは、鬱蒼と茂る森林に囲まれた、人工島上の学園。
敷地内を歩み、そこで学び、微笑みを交わす生徒たちは、みな女子。
まさに、外界から隔絶された乙女の楽園――
今日もまた、学園には一輪の華が咲く。
「――まあっ」
少女が思いがけず声を上げる。
視線は斜め上方。今年度からの新しいクラスが貼られた掲示板を向いている。
季節は春。暦は四月。
新しい出会いと別れ、悲喜交々な感情を運ぶ風は、ここにおいては、喜びを届けたようだった。
「ね、B子さん。わたくしたち、また同じクラスになれましたね」
傍らの少女に語りかければ、対する少女も涼やかに微笑む。
「そのようだね、A子さん」
ニコリ、と控えめながら楽し気に笑い合う二人。
そんな二人を、後方の木の陰からじっと見守る存在がいた。
「……ふふふ。A子先輩とB子先輩、今年も同じクラスになったようですね……!」
ふわりと吹いた風が、短く揃った黒髪を揺らす。
視界を過ぎる桜の花びらにも目をくれず、大きな瞳はひたすら、微笑み合う少女を映している。
彼女の名前は桜木百合。
高等部1年。百合妄想を主食とする、どこにでもいる普通の女の子だ。どこにでもいて欲しい。
ただし、二次元よりも生モノ派。そこはやや業が深い。
「お二人は中等部の頃よりずっと同じクラス(妄想)。生粋のお嬢様でやや浮いていたA子先輩に色々とお世話を焼いたことで仲良くなったB子先輩(妄想)……成績優秀なA子先輩が図書室でB子先輩のお勉強を見てあげたり(これは事実)、果ては同じクラスになるためにB子先輩と同じ理系クラスへ希望出したり(要出典)、嗚呼、なんと尊いご関係……」
ぶつぶつと独り言を垂れ流しながら、手のひらを擦り合わせて拝む。
今朝は早くからずっとこんなことばかりしていて、まだ自分の新しいクラスが何組かも見ていない。
それでも、百合は幸せだった。
見渡す限りの少女たち。少女の数だけ、百合がある。
此処こそまさしく百合トピア。密やかなる地上の楽園。おのれの妄想だけで、寮の食堂の白飯を無限にお替りできる。
そんな聖域に、闖入者が来ることなど、
「――ぴぴーっ!」
「あっ! また、あの人!」
……日常茶飯事でしかなかった。
心中の静謐な百合妄想を引き裂くように鳴り響いた笛の音に、百合は弾丸の如き勢いで木陰より飛び出した。
一目散に駆けつけるは、仲睦まじく微笑み合っていたA子先輩とB子先輩の下。
正確には、そこへホイッスル吹き吹き、旗を振り振り近づく、無粋者の下。
「ぴぴーっ! ナイス百合! 新学期から良いものを見せていただきました! ですが油断は禁物! 3年も同じクラスになれるか? 同じ大学に進めるか? 不安は尽きないものです! それでも信じあうお二人ならきっと奇跡を物にしレッツゴー大学進学即ルームシェア! ノット同棲! 清い関係で今後とも、」
「ウシャーーッ!!」
「うぐッ……!」
歩み寄るホイッスルの女性に、百合のドロップキックが突き刺さる。
華麗に着地した百合は、たたらを踏む無粋者に、ビシッと指を突き付けた。
「またですか田中さん!」
「クク……そちらこそ、お変わりないようですね、桜木さん」
田中さん――! ホイッスルと旗を携えた女性の名は、田中さん!(本名不明)
みんなご存知、女子高にはお馴染みの、少女たちの淡い関係を百合と定義して回るお節介焼き。
中でも田中さんは迅速さと正確さを併せ持つジャッジぶりにより、業界でも一目置かれる凄腕である――。
「何度も言ってるでしょう! 百合とはそっと愛でるもの! 近づきすぎて手折ってしまっては元も子もありません!」
そんな相手にも、百合は臆することなく食って掛かる。
「いやいや桜木さん……百合であれば、華であればこそ、水をあげねばなりません! 気付かず枯らしてしまっては、それこそ世界の損失ではありませんか?」
対する田中さんも慣れたもの。烈火の如き口撃を、涼しい顔で受け流している。
「貴女は水を遣りすぎなんです! そんなにピッピ、ピッピ鳴らして……! 適量を超えた水が毒なのは全ての百合に通ずる真理でしょう!」
「ええ、然り。ですが桜木さんの仰る『適量』とは、誰が決めるものでしょう? 桜木さんですか? 百合とは、当の華たち自身でも覚束ないからこその尊い関係であるのに? それが分かるのは、誰あろう、この百合判定員をおいて他にありますまい!」
「もーっ!! ああ言えばこう言う!!」
「そちらが突っかかってくるからです!!」
ぐぬぬと睨み合う両者。
此度もまた、一進一退。舌鋒が鎬を削る。
そんな二人を、取り巻く周りがどう思っているかというと。
「……あのお二人、本当に仲が宜しくていらっしゃるのね」
「去年からずっとあの調子ですものね」
「お歳の差を感じさせない気心の知れたご関係。素敵ですわ」
「何を言っているのかは分かりませんが、ええ、お二人だけの世界とでも言うのかしら……」
「ふふ。見ているこちらが妬けてしまいますわね、B子さん」
「そうだね。私たちも、負けずに仲良く過ごせたらいいね、A子さん」
今日も今日とて、春の嵐吹き荒れる。
桜の花びら、百合の花びら。色鮮やかに巻き込みながら。
しかして渦中の二人だけは、雲なく、苦もなく、今日も百合語るのだった。
「あーっもう解釈違い! 田中さんなんか知りませんっ!」
「ぴぴーっ! ぴぴぴーーっ!!(怒りのホイッスル)」
(了)
最終更新:2017年08月07日 20:49