必要悪という言葉がある。
必要な悪などあるのだろうか、いや無い。
悪が必要な時などあってはならない、必要なのはいつだって正義だ。
絶対悪という言葉がある。
絶対な悪の存在を許して良いのだろうか、いやダメだ。
悪なんて絶対にいらない、絶対なのは正義だ。
しかし現に言葉として悪が存在する、必要悪も絶対悪も、なぜだ!
いつだって必要なのは正義、必要正義!
いつだって絶対なのは正義、絶対正義!
悪がいるから、私のお父さんは死んだ!
悪がいるから、小学校の頃、親友と私は襲われた!
悪がいるから、普通を望んでた親友が魔人に覚醒した!
悪がいるから、私は魔人になった!
悪がいるから、姫代学園に転校になった!
悪がいるから、
生徒会と
部長会が争う事になった!
悪がいるから、悪い事になる! この世に悪がいるから、倒す!
だから私は魔人に覚醒した、『ハンドレッドハンド』は私の力、正義の力。
もう非力だった自分じゃない、この手で悪を倒すんだ、この手で全てを守るんだ、この手で正義を掴むんだ。
そして私は成るんだ! 正義に! 必要正義に! 絶対正義に!
そうだ……
「私が正義だ!」
なのに……
なのに、なんで私は今、親友と……田貫奇常と戦っているのだろう。
私はただ、正義をしようとしただけなのに……。
「朱桃ちゃん! 待って!」
奇常ちゃんは私にそう言って来た、走って来たのかぜぇぜぇと肩を縦に揺らしている。
「奇常ちゃん、早く帰った方が良いよ、もうすぐで戦いが始まる」
「だからだよ、私も行く」
「ダメだ、奇常ちゃんは“普通”にしてたらいい」
私は驚いていた、奇常ちゃんがそんな事言うとは思っていなかった、普通でいる事を何よりも優先してきたのに、こんな争いに入って来るなんて、どういうことなのだろうか。
「だって“
転校生”まで絡んでるって噂だよ、朱桃ちゃんだけじゃ絶対に敵わないよ」
私はカチンと来た、私は正義だ、正義の私が悪に“絶対に敵わない”だと、そんなはずない!
「奇常ちゃんでも言って良い事と悪い事があるよ、もうあの頃の私じゃない」
「ダメだって言うなら、無理矢理にでも付いていく」
「『ハンドレッドハンド』ぉぉ!」
私は手を伸ばした、『ハンドレッドハンド』は私から半透明の赤い手を自由自在に最大で百本出せる能力、その汎用性から私はこの能力を手にしてから自分の手を組んだ状態から解いた事はない。
出した手は十本、それを奇常ちゃんに向けて拳を作り伸ばす、もちろん威力は抑えてある、これだけ普通でない状況ならば奇常ちゃんも諦めて帰ってくれるはず。
はずだった。
奇常ちゃんは私の伸ばした手十本を全て避けた、しかも最小限の動きで、全て見切ったのだ。
「え?」
「攻撃が来たら避ける、普通の事でしょ」
普通だと言う問題ではない、私の『ハンドレッドハンド』が効かない!? そんな事ない、こんな事あるわけない。
「うわあああああああ!」
二十本、三十本、と伸ばす手を増やしていく、だけど奇常ちゃんは全部避ける。
「なんで!?」
「朱桃ちゃんの能力、いつも見てたから」
四十本、奇常ちゃんは歩いてこっちに近づいてくる。
「それだけで!? でもこんなの普通じゃ」
「いや普通だよ、知っていたらこれぐらい、誰でもできるよ、そう誰でも」
五十本。
「う、嘘だ、何か能力で」
「朱桃ちゃんも知ってるでしょ私の能力『ジャンボリージャンボ』は私の体を大きくするだけ」
六十本。
「他の誰かに手伝って貰ってるのか」
「ううん私一人だけだよ、私だけの力で避けてる」
七十本。
「どうしてそこまでして」
「小学校の頃、強姦魔に襲われじゃない? あの時に自分の非力さを思い知った」
八十本。
「私だってそうさ、この能力で悪を倒すんだ、だから奇常ちゃんは普通に……」
「私だって、あの頃の自分じゃない! 私は普通でいるんだ!」
九十本。
「普通でいるなら、尚更私に付いてくるのはおかしい……」
「友達を助けるのは普通だろうが!」
百本、私は言葉を遮ったその言葉に止まった。
目の前には奇常ちゃんが近づいて来てた。
「この分からず屋ぁ!!」
瞬間、頭に激痛が走った、どうやら頭突きをされたらしい。
「普通の私にも勝てないなら、この先転校生に勝てるわけないでしょ!」
「でも私は正義だから……私が正義にならないと……だから」
私は頭の痛みに耐え、振り絞る声で言った。
私が正義にならないと、悪を許すなんてできない、皆を守るんだ、奇常ちゃんが普通でいられるように、お父さんの様に死なないように、正義がいればそんな事起こらないから、だから私は正義にならないと、私が正義なんだ、奇常ちゃんはどうしたら帰ってくれるんだ、どうしたら巻き込まなくて済むんだ、百本の手じゃ足りなかった、私の正義にはもっと手が必要だ、どれだけあれば良いのだろう、千本か? 一万本か? 私の正義にはどれだけの手が必要なのだろう? ああ、もうわからない、どうしてこんなことになってしまったのだろう、百本なんかじゃ、私は親友すら止められないのか。
「だから私は正義の“味方”になるよ!」
「へっ……?」
間抜けな声を上げてしまった。
「正義は朱桃ちゃんで、私は味方、これで問題ないでしょ、朱桃ちゃんじゃ私を止められないのはもうわかったでしょ?」
「え、でもそんなの普通じゃ……」
「正義の味方なんて誰でも憧れるモノだから普通だよ、私が言うんだから普通、普通普通! それとも」
奇常ちゃんは私に右手を差し出し。
「私の“手”じゃ頼りないかな?」
笑顔で奇常ちゃんは言った、初めて会った時、何気なく名前良いねって言った時の様に。
私は自然に組んでいた腕を解いて奇常ちゃんの手を握った。久しぶりに握ったその手はすごく暖かかった。
渡り廊下で待っていると、奇常ちゃんが帰ってきた。
「ただいま、前哨戦はギリギリ勝利って感じ」
奇常ちゃんの服はボロボロで傷も多く至る所に血が滲んでいる、私も出たかったが部長会で決まった作戦だ、私だけのワガママで動くわけにもいかない。
「お疲れ様、ゆっくり休むと良いよ、後は私たちに任せて」
「うん、そうする、本戦頑張ってね、行ってらっしゃい」
そう言うと奇常ちゃんは右手を上げた、私も右手を上げて。
「行ってきます!」
ハイタッチ! 選手交代!
最終更新:2017年07月23日 20:40