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80 名前:fusianasan[sage] 投稿日:2009/12/22(火) 03:00:57
ミシェルから話を聞いたアルトは、二人がいなくなった自室で一人呆然としていた。
正直なところ、信じられないという感情が一番大きかったのだけれど、渡された資料に書いてある症例は確かにシェリルに当てはまる。
何度も、何度も読み、頭の中で噛み砕こうとしたけれど、その事実に頭がついていかない。
言葉がくるくると頭の中を回るだけで、アルトの脳裏から消えてくれなかった。

目の前の少女は死病に侵されており、いつかは分からないけれど、近い未来に"死ぬ"のだという。
いつかの母のようにある日事切れ、温かい身体が冷たく、硬くなっていくのだという。
笑顔がいつしか思い出の中のものとなり、言葉を交わすことも出来なくなるのだという。

不意に脳裏に甦った情景。
街中で母と重なった意味がようやく分かった。
また、あのような悲しい別れがすぐ側まで近寄っているのかもしれないのだ。
その事実にアルトの心が震えた。

部屋の隅においてある椅子から遠目に見ても、今自分のベットで眠るシェリルに母の姿は重ならない。
乱れていた呼吸も、赤く染まっていた頬も、もういつもの色に戻っている。
それなのに身体は治ってなどおらず、病に蝕まれたままなのだという。

アルトは静かに立ち上がるとシェリルの元へと歩み寄り、ベットの縁に腰掛けると眠るシェリルをじっと見つめた。
長い睫が頬に影を落とし、白磁のような肌が美しい。
改めて、整った顔立ちをしているのだと思った。

何の感情も浮かべていないその表情はまるで人形のようだったけれど、僅かに開いた唇から漏れた呼吸や穏やかに上下する胸元が、彼女が生きているのだということを教えてくれる。

―自分は、眠る彼女のために何ができるのだろうか?
―一介の雇われ兵でしかない自分に出来ることなど、あるのだろうか?

頭の中に生まれた疑問がアルトの心を重くしていく。
答えがすぐに出てこないもどかしさに、アルトはぎゅっと拳を握り締めた。
答えが出てこないということは、シェリルに対する自分の立ち位置すら分かっていないということだ。

ミシェルは、クラン大尉ならどうしたのだろう?

彼等は、彼女の病を知ってどうすることを決意したのだろうか?

こんな時ですら他人を気にし、自分を持てない自身にイラつきが芽生える。
それが、とても悔しかった。
自分が、何も変わっていないと誰かに言われているようで、とても苦しかった。

-守りたい
そう思う感情はある。
けれど、それが何の役に立つというのだろうか?
そんな自分本位な感情を彼女が喜ぶとも思えない。
なら、自分が出来ることは何なのだろうか。

アルトの思考が無限のループに陥っていく。
悔しさに握り締めた拳が、手のひらに食い込み、傷を作っていく。
もどかしくて、もどかしくて、
悔しくて、情けなくて、たまらなかった。

自分は、まだあの時のままなのだろうか。
ただ、ただ、日に日に痩せていく母を見ているだけしか出来なかった幼子のままなのだろうか。
母の死に泣くことしか出来なかったあの時のままなのだろうか。

自分の小ささを思い知らされる。
誰かを守りたいという感情が、どれだけ思い上がったものだったのかを思い知らされる。
自分の幼さが尚更自分を惨めにさせていく。

熱くこみ上げてくるものを必死に押さえ込みながら、アルトは必死に唇を引き結ぶ。
そして、ぼやけそうになる視界に映ったふわふわのピンクの髪にそうっと触れた。

ふわふわの感触。
手に優しく絡み、アルトの震えそうな吐息に触れると手から逃げ出そうとする。
シェリルが呼吸をするたびに、ゆっくりと動き、そしてまたもとの位置へと戻ってくる。

優しく、優しく、壊れ物を扱うようにして撫でてやると、甘いシェリルの香りがふわりする。
布団越しに伝わるシェリルの体温が温かい。
それがアルトの胸を締め付けた。

-失いたくない。
-消えてしまわないでほしい。
-傍にいて欲しい。
-ずっと、ずっと、傍にいて欲しい。

心の内で騒ぎだす感情に、苦しさが増してくる。
-失いたくない
それ以外、もう何も考えられなかった。

滲みそうになる涙を留め、息を堪える。
息を吸い込もうとするたびに、胸が焼けつくように痛む。
眠るシェリルを起こさないように、アルトは必死に息を殺した。

「・・・んっ・・・」

どれくらい経ったのだろうか?
シェリルから聞こえた声にアルトが我に返り、ベットに視線を向けるとシェリルが大きく息をする。
シェリルを拾ってから随分と時間が経っているはずだから、もうそろそろ目覚めるのかもしれない。
そうアルトが思った瞬間、ぱちっとシェリルの瞳が開いた。

寝ぼけ眼がのまま、ぼんやりを天井を見つめていた空色がアルトを捉えた瞬間に少しだけ柔らかく見えたのは、欲目だろうか。
小さなアルトが嬉しさにほっとするより先に、シェリルの瞳が我を取り戻す。
アルトの一声は紡がれることなく、シェリルの声にかき消された。

「ッ、キャーーーーーー!!やだ、何するのよ!!」
「う、わっ、バカっ!!落ち着け!!」

どこかで聞き覚えのあるセリフに一度アルトの思考が停止する。

けれど、次の瞬間にはシェリルから繰り出された数発のパンチをかわす為に無理やり起動させられ、次々に襲い来るパンチを懸命に避けることを余儀なくされる。
いくら男女に力の差はあるといっても、流石に女性の全力を喰らうのは遠慮したかったので、アルトは急いで身をかわす。
日頃のSMSの鍛錬の成果なのかは分からなかったけれど、今回はなんとか一発も喰らわずにすんだ。

「・・・・そっか、アタシが」
「思い出したか。」

これも毎度のパターンなのだろうか。
殴られなかったこととシェリルが我に返ったことにアルトがほっとすると、シェリルが自身の2度目の勘違いに頬を染める。
その様子にはぁっと溜め息をついてみせると、シェリルが気まずそうに視線を泳がせる。
少し前と変わらないやり取りに自然とアルトの口元が緩み、つられてシェリルが笑った。

「これで、何度目になるのかしら?・・・アルトに助けてもらうのって。」
「さぁな。でも、まぁ毎回殴られるのは勘弁してくれ。」
「あ、あれはちょっと、驚いてっ!!」
「お前は、振り回しすぎなんだよ!しかも、ぐーだぞ!ぐー!!」
「グーって・・・ふふっ、あははははは。」
「なっ、笑うことはないだろ?!被害者は俺だぞ!」

真剣なアルトに対して、シェリルは楽しそうだ。
アルトが『ぐー』と可愛らしく連呼しながら訴えたことが壷にはまったようで、お腹を抱えて笑っている。
そんなシェリルに必死に訴えていたアルトもやがて諦めたように大人しくなった。

「・・・・喉、渇いてないか?ミネラルウォーターならあるぞ。」
「常温のやつ?」
「あぁ。」
「じゃあ、貰うわ。」

シェリルが笑い終わるのを待ってからそう声をかけてやると、シェリルが頷く。
ベットがあるのとは反対の壁につくられているロッカーの一角から自分の分とシェリルの分を取り出してシェリルに放ると、シェリルがうまくキャッチする。
すぐさま、カチリっという小気味いい音が部屋に響いた。

それを真似るようにアルトも自分の分の封を切る。
自分もペットボトルに口をつけると部屋の中は一気に静まり、コポコポと水が流し込まれていく音だけがする。
1/3ほど飲んだ後で、冷静さを取り戻したアルトはシェリルに向かって、クラン大尉から渡された錠剤を投げた。

「何?コレ。」
「薬だ。」
「・・・いらないわ。」
「いいから飲めよ。また、具合悪くなったらどうするんだ?」
「・・・大丈夫よ。私のことは、私が一番分かってる。ソレは"いらない"の。」
「・・・・・・」

アルトが諭すように言っても、シェリルは頑なにそれを拒む。
それが普通の拒み方とは違う意味が含まれていることにアルトも気づいていた。
"分かっている"というシェリルの態度から、彼女自身も身体を蝕んでいるものについてある程度は知っているのだろう。
一人、"覚悟"を決めているのかも知れないと考えた瞬間、一連の流れで消えていた先ほどまでの痛みが、また戻ってきた。

不意に降りた沈黙に、シェリルが不思議そうになる。
取り繕わねばっと我に返ったアルトが慌てたけれど、それより先にシェリルが先ほどまでアルトが座っていた椅子に乗せられた資料を見つけてしまった。

一瞬にして、空色の瞳が表情を失う。
氷のような冷ややかさに変わったそれに射抜かれたアルトが動けずにいると、シェリルがベットからゆっくりと抜け出した。

「お、おい・・・・。」
「悪かったわね、巻き込んで。もう大丈夫よ、アリガトウ。さようなら。」

アルトに一瞥もくれず、まっすぐと出口に向かうシェリルにアルトが戸惑う。
熱が下がったといっても先ほど飲まされた薬の効果でしかない可能性もあるし、第一そんなにすぐ回復するはずがないのだ。
感情を失ったシェリルの淡々とした口調に慌てたアルトがシェリルの後を追うけれど、シェリルは振り向きもしない。
咄嗟にアルトがシェリルの腕を掴むと、火傷するかのように振り払われた。

「何?お礼は言ったはずよ?」
「・・・大丈夫なわけないだろう?」

「だから、何?」
「だから・・・・」

シェリルの剣幕にアルトが押される。
踏み込むことなど許さないという瞳がきつくアルトを睨みつける。
届かない自分の感情にアルトが言葉を濁すと、シェリルがあざ笑うかのように唇の端を上げた。
そのまま壁にかかった自分のワンピースを取り上げ、アルトの予備を着た上から羽織り、器用に着替えを済ませる。
脱いだ隊服をアルトに渡し終えるとシェリルは悠然と腕を組んでみせた。

「何?こうやって服を貸したように自分が面倒を見てやろうって?お生憎さま、結構よ。」
「ち、違うッ!!」
「じゃあ、何?ギャラクシーのことでもを教えろって?それも無理よ。生身のアタシがアクセスできる情報なんてギャラクシーの一般市民以下よ。グレイスとも完全に切れたから、アタシが知ってることはゼロ。残念だったわね。」
「そんなんじゃないっ!!ただ、俺は・・・」
「何、同情?それこそ、余計なお世話だわ。」
「だから、違うって言ってるだろうっ!!」

シェリルの冷淡な言葉に、とうとうアルトが言葉を荒げた。
それが誰に向けた言葉であっても、言葉の鋭さは容赦なく全ての傷をえぐるのだ。
傷つかないはずがない。

もう、止めてくれっ!!っと叫んだアルトの声にシェリルがびくりっと震え、アルトも自身の上げた声の大きさにはっとなる。
慌ててシェリルを見返すけれど、シェリルは変わらず真っ直ぐな視線をアルトにぶつけていた。

引き結ばれた唇を精一杯かみ締め、挑むようにしてアルトを見据える青い瞳。
絶対に服従などしない、お前など要らない、という拒絶の色。
そう語る瞳が、アルトの心をきつく締め付けていく。
それが、痛くて、痛くてたまらなかった。
それが、とても苦しくて、悲しい。

触れられる距離にいるというのに、触れさせて貰えない。
さっきまでは笑って話せていたというのに、今は心を開いても貰えない。


最終更新:2009年12月31日 09:34