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87 名前:fusianasan[sage] 投稿日:2009/12/22(火) 04:05:38
頑なな心。
冷たい心。
寂しい心。

"一人にしないで。"
いつかの彼女はそう言って泣いていた。

"嫌。一人ぼっちは、嫌。"
そう言って、一人でいることを怖がっていた。

あの時から、ずっとそれは変わっていなかったのだろうか?
あの時から、ずっと一人捕らわれ続けていたのだろうか?
あの時から、ずっとあの暗闇に一人だったのだろうか?

「・・・・シェリル。」

言葉の重さを今になって理解する。
ただ、言葉にするだけではダメだったのだ。
伝えようと、分かってもらおうとしなければならなかったのだ。

今になって分かることに、アルトは泣きたくなってくる。
それは、過去に何度も繰り返してきたはずだった。
心に言葉を届けようと、いつも心を込めて音を紡いでいたはずだった。
それがいつの間にか、こんなに疎かになってしまっていた。

名前を呼んだ声が情けなさに震え、アルトの悲痛そうな表情にシェリルの表情も苦しそうに歪む。
けれど、そんな表情をすぐにいつもの勝気な表情が隠し、押し殺すように言葉を吐き出した。

「さっきも言ったけど、同情なんて結構よ。アタシは一人でもやってみせるわ!!」

威勢のいい言葉。
その裏にある精一杯の虚勢。

一度、彼女の心の闇に触れたからこそ、
今の彼女を知ったからこそ、見えたものがある。
培われた気位の高さが、シェリルを硬く守ろうと、アルトとの間に壁を作ろうとする。

ずっと、そうして自分を守っていたのだろう。
誰かに傍にいて欲しいと泣きながら、それを求めることがどれほど怖かったのだろう。

ぐっと握り締められた拳。
引き結ばれたままの唇。
潤みながらも闘志を消さない瞳。

自分へ真っ直ぐ向けられる視線の鋭さがシェリルの孤独の深さを示し、決して人に頼ろうとしないその姿が逆に痛々しい。
手を伸ばそうとする度に、いらないと告げる瞳に耐え切れなくなったのはアルトだった。
アルトが悔しそうに俯き、シェリルも視線を外したその一瞬を狙ってアルトがシェリルの腕を掴み、引き寄せる。
いとも簡単に捕まった身体は軽く、すぐにアルトの腕の中へ降りてくる。
そのままシェリルをぎゅっと抱きしめるように腰と背中に腕を回し、身を屈めるようにして抱きしめた。

軽く腕が回ってしまう細い身体。
甘い、香水とは違う香りが巻き起こった風によって広がっていく。
首筋に触れるシェリルの肌は、まだ熱を孕んでいたけれど、最初に運んだ時より随分と落ち着いていることが分かった。

僅かな静寂をおいて、我に返ったシェリルがアルトの腕の中から逃げ出そうと暴れる。
けれど、逃がしてやる気などこれっぽっちもなかった。
名前を付け辛い感情がアルトの全てを支配し、放してはいけないのだということだけを伝えてくる。
暴れるシェリルをアルトはただひたすら抱きしめていた。

やがて、アルトが放さないことを悟り、諦めたのか、ただ抵抗しすぎて疲れたのかは分からないけれど、シェリルは身体から力を抜いた。
それを感じたアルトも背中に腕を回したままで苦しくない程度に力を腕の力を緩めてやると、開いた手のひらが先ほどまで加えられていた

力の強さに少し震えた。
大人しくなったシェリルはアルトの胸に額を押し当てたまま動かないから、その表情は分からない。
だから、アルトはそうっと顔をシェリルにすり寄せ、その気持ちを感じ取ろうとした。

ピンッと張り詰めるのではなく、どこまでも静かなだけの静寂が下りたと思ったら、動かずにいたはずのシェリルの身体がやがて小刻みに震え始める。
それが、熱を起こすようにシェリルの身体が少し熱くなったと感じたら、何か熱い雫が頬を伝い、アルトの首筋に流れてきた。

-泣いたのだ。

と、アルトは思い、そして自然とそれを受け入れた。
いくすじも伝う雫に、アルトは狼狽することも、慌てることもなく、それだけを思った。
むしろ、そのことに安堵さえしたのかもしれない。
自分の中にも張り詰めていたものがあったようで、息を吐くとゆるゆると力が抜けていった。

そのうち足が萎え、シェリルを抱えていられなくなりずるずると二人して床へ座り込んだ。
それでも、シェリルの震えは止まらず、伝う涙も次から次へと零れるばかりだったから、アルトもずっとそのままでいた。
押し殺すような泣き声がシェリルの喉を引きつらせ、苦しそうな息が上がる。
大丈夫だというように、アルトは何度も何度も背中を撫でた。
全てを預けても大丈夫だと言うように、何度もそれを繰り返した。

泣き声が止み、身体の震えが止まる。
熱を残したシェリルの呼吸を感じながらアルトはゆっくりと顔を上げる。
右手をシェリルの頬に這わすと、シェリルが顔をアルトへと向けた。
涙が滑った跡が頬に残り、余韻のせいか目の縁が赤く、瞳は未だに潤んでいる。

視線を絡めた二人の間に会話はなかった。
それでも、纏う空気は穏やかで優しいものへと変わり、ほんの少し居心地がよい。
心がほろほろと解けたのか、もうどこにも拒むような気配は感じられなかった。

右頬に這わした手が優しく、流れた涙の跡を拭う。
ぎこちなく親指が頬をなぞるとシェリルがそれを感じるように瞳を閉じる。
アルトは誘われるようにそうっと唇を重ねた。

ただ、唇を触れ合わせるだけのキス。
一度優しく口付けて離れた後で、確かめるようにもう一度触れる。
唇を食み、名残を惜しむように離れると吐息が震えた。

唇から視線を上げ、再び空色と交じ合わせる。
その瞳にどんな感情が浮かぶのかだけが不安で仕方なかったけれど、アルトが見つめた先の空は穏やかに澄んでいた。
乾かない瞳がほんの少しだけ揺れながら、アルトを見つめる。
先ほどまでに鋭さが溶け落ち、どうしたらいいのか戸惑うような色はあっても、空色には優しい光が満ちていた。
もう一度おそるおそる引き寄せ、上向かせて唇を重ねる。
瞬間、何かが心に満ち溢れ、そして、弾けた。

とめどなく溢れくる感覚が他の全てを遠ざけていく。
何かを伝えたくて、でも言葉を紡ぐのさえもどかしくて、夢中で唇を重ねる。
何時しか唇に触れるだけでは物足りなくなり、己の舌がシェリルの唇を割った。
甘い唾液がアルトのものと交わる。
熱い舌が逃げ回り、捕まえて吸い上げるとそれはすぐさま大人しくなって、甘くアルトに絡みつく。

もっともっと奥まで触れたくて、
口内のいたるところに触れたくて、
触れてないところなど失くしてしまいたくてたまらない。

胸に締め付けられるのとは違う苦しさが走り、それから逃れようとアルトは必死にシェリルを求める。
息遣いが濡れ、零れそうになる唾液を無理やりシェリルの喉に流し込みながらアルトはシェリルを貪った。
この甘美な感覚にいつまでも酔いしれていたかった。

とうとう息が続かなくなり、唇を放すと銀糸が二人の間を結び、やがて零れ落ちる。
ワンピースの胸元に落ちた一滴をじっと見つめた後、アルトはそうっと唇を寄せる。
初めて触れたそこは温かく、すべすべとして柔らかかった。

-触レタイ。

頭に浮かんだ衝動にアルトの喉がゴクリとなる。
けれど、その激しさはアルトが感じたことのないくらいに強く、アルト自身を怖がらせる。
今、落ち着いたばかりの彼女に自分の汚したいという欲をぶつけてしまっていいのかと不安に思ったのだ。

止まってしまったアルトをシェリルが静かに見つめる。

それでも動こうとしないアルトから何かを感じ取ったのか、シェリルがそうっとアルトの頬を両手で包み込み、優しく唇に触れた。
軽い、軽い、羽のようなバードキス。
怯えないでと、伝えるように何度も何度も繰り返される。
それが、アルトの不安を鎮めていった。

シェリルをゆっくりと抱え上げ、ベットに寝かせるとアルトが覆いかぶさる。
下に敷いたシェリルが真っ直ぐにアルトを見つめ、甘えるように腕を伸ばして来る。
その腕に抱きすくめられながら、アルトはゆっくりとベットに身を沈めた。

額と、頬と、目じりと、鼻先を啄ばむとシェリルがくすぐったいと笑う。
喉元を滑り落ちると、シェリルの身体が僅かに硬くなった。
それを感じたアルトが動けずにいると首に回っていたシェリルの腕がアルトの頬に添えられ、そのまま上向かせられる。
視線の先にいたシェリルは頬を真っ赤に染めながらアルトに小さく頷いた。

シェリルの言葉の意味に気づいたアルトは小さく頷き返すと、そのまま再び開いたワンピースの胸元へと降りていく。
獣のように、鼻先でシェリルを確かめると、放った吐息がシェリルの肌を波立たせた。
それを愛しむようにアルトがそっと唇で触れる。
一瞬にして喉が干上がったような感覚がした。

ワンピースの肩紐を引き降ろし肌を露にしていくと外気に触れた肌がほんのりと桜色に染まっていく。
その光景にアルトが見入りながら口付けていると、微かにアルトの服の裾が引かれた。
慌てて顔を上げるけれど、シェリルは片腕で顔を覆ってしまい、その表情は見えない。
アルトが静かに問うとシェリルがか細い声を上げた。

「電気・・・・消して。」

泣きそうな声にアルトが慌てて立ち上がる。
けれど、灯りを失ってしまうとシェリルがどこにいるかが分からない。
アルトは僅かに逡巡した後で、蝋燭を引っ張り出すと火を灯した。
暗がりの中に生まれたオレンジ色の光が視界を与え、揺れる炎が静かにシェリルの影を傍の壁へと映し出す。
全てを消せないことをアルトが詫びると、シェリルが小さく頷いた。




最終更新:2009年12月31日 09:35