405 名前:脳内11巻[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:07:19 ID:5bs6rUMc タバサたち母娘を救出した後、才人たちは陸路でゲルマニアへ向かった。 数日かけて荷馬車でゴトゴト。窮屈な旅である。モンモランシーはさっさとこの衣装を脱ぎたいとしきりに訴えていたが、元の服は『魅惑の妖精』亭に預けっぱなしである。新しい服を買う余裕もないので仕方なかった。 それでも旅は順調だった。二日目の午後にはゲルマニア入りし、安宿で才人たちは大きく安堵した。 ここまでくれば、もう追っ手の心配はほとんどない。 部屋はベッドが二つある大部屋と、普通の小部屋の二つを借りた。人数が増えたためである。 小部屋にタバサの母と、タバサ。シルフィードももちろん一緒だ。しゃべれるのが嬉しいのか、シルフィードはずっと人間の姿をしたままだった。 大部屋にはその他全員。とはいっても、キュルケはほとんどタバサに付ききりだし、モンモランシーはタバサの母に薬を飲ませたり世話をしているので、寝る場所だけの問題である。交代で荷馬車の中で睡眠をとっていたので、全員一緒に寝る必要はないのであった。
「なあ、ルイズ。どうしたんだ」 夕食を済ませ、部屋で一息つくと、才人はベッドに腰掛けているルイズに声をかけた。少し前からルイズの様子がおかしかったのだ。 もう一つのベッドでは、ギーシュとマリコヌルが早くも寝息を立てている。モンモランシーは隣室でタバサの母に夕食を食べさせているはずだ。タバサも一緒にいる。 キュルケはいない。さきほど唐突に「ごめん、忘れものがあったわ」と言ってシルフィードと一緒にどこかへ行ってしまった。そんなわけで、現在部屋で起きているのはルイズと才人の二人だけであった。 「ううん、なんでも」 ルイズはそっけない素振りで首を振る。 「なんでもないってことないだろ。さっきからため息ばっかだし、目はきょろきょろしてるし、ヘンだぞお前」 はあ、とルイズは大きくため息をついた。
406 名前:脳内11巻[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:08:19 ID:5bs6rUMc 今、彼女の抱えているものは些細な問題である。まあ、彼女にしてみれば大問題ではあったが、極めて個人的な葛藤であった。 ルイズはジト目で才人を見る。 この使い魔は、普段相談したいことがあっても気付かずにメイドとイチャイチャしたりするくせに、どうしてこういうどうでもいい時だけ鋭いんだろうか。 それでも、単純に気にしてくれたことが嬉しくもあったので、ルイズは渋々といった口調で話し始めた。 「あのね、わたし達これからキュルケの家に向かうわけよね?」 「ああ」 「わたし、キュルケのご家族になんて名乗ればいいと思う?」 「は?」 問われて才人は面食らった。そんなの普通に名乗ればいいじゃないか。 と、そこで気付く。ルイズの家とキュルケの家は、不倶戴天の仇敵同士だったっけ。 「もしかして、キュルケの家の世話になるのが嫌なのか?」 「そんなわけないでしょ」 ルイズは目を細めて才人を睨んだ。 「もう先祖の確執とか、わたしはどうでもいいのよ。キュルケは誠意を示してくれたんだから、今度はわたしが示す番だわ。それが貴族としての礼儀だもの。でもわたし、姫さまにマント返しちゃったでしょ」 才人は頷く。 「だから本来、名乗りたくても名乗れないの。でも、キュルケのご家族にとってはわたしはやっぱりラ・ヴァリエールのはずなのよね。それを隠して世話になるのは卑怯だと思うの。でも名乗ったら多分ただじゃすまないし、まあ……、名乗れないんだけど」 言いながらだんだん声が小さくなっていく。どうやらルイズの中では複雑な葛藤があるようだった。 仕方ないので、才人は正直に答える。 「悪い。複雑すぎて俺にはよくわからん」 はあ、とルイズは再び大きくため息をついた。 目が、この役立たず、と言っている。 言われても困る。才人は未だに、そうした貴族の意地とかプライドとか礼儀とかいった機微がよくわからないのだ。貴族を辞めたといっても、ルイズはやはり誇り高い貴族のままだった。 やがて、ルイズは諦めたようにもぞもぞとシーツをかぶり、 「……寝るわ」 と言った。
407 名前:脳内11巻[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:09:32 ID:5bs6rUMc 昼間に馬車で仮眠を取ったせいか、才人は目がさえてしまっていた。まだ眠る気にはなれない。 隣室を覗くと、モンモランシーが椅子に座ったまま舟を漕いでいた。タバサの母も深く眠っているようだ。夕食も、夕食後の薬も摂り終えたらしい。 タバサはいない。どこかへ出掛けたのだろうか。 「モンモン。椅子なんかで寝てたら体壊すぞ」 声を掛けると、モンモランシーは虚ろな目で「ふわ」と声をあげた。 「ああ……、つい寝ちゃったわ。だめね、昼間寝とくべきだったか」 「薬の追加作ってたんだろ、馬車の中で。しょうがないさ」 眠り薬は調合が簡単とはいえ、揺れる馬車の中ではそうもいかない。随分と目を疲れさせてしまったようだ。 「部屋に戻って寝ろ。歩けるか」 モンモランシーは片手を挙げて返事しながら、ふらふらと立ち上がる。 「ルイズの方のベッドで寝とけな。ギーシュが寝てる方はぽっちゃりさんがいるから、狭い」 「ふあーい」 貴族らしからぬ返事に、すっかりモンモンも砕けたなぁ、と才人は苦笑する。 「あ、タバサどこ行ったか知ってる?」 「ん……、ああ、さあ。散歩じゃない?」 そう言いながら、モンモランシーはふらふらと大部屋に入っていった。 しょうがないなぁ、と才人は一度部屋に戻ってデルフを背負い、階段に向かう。 ゲルマニア入りしたとはいえ、追っ手の可能性が消えたわけではない。軍はさすがにもう追ってこないだろうが、特殊な刺客がこっそり狙ってる可能性は依然としてあるのだ。その上、タバサは今、杖を持っていない。 アーハンブラの城に、タバサの杖はなかった。隠されたのか捨てられたのか、折られたのかわからない。彼女を捕まえた連中にしてみれば不要のものだろう。取っておく理由がない。 杖のないタバサは、ただの少女と変わりなかった。 階段を降り、一階の酒場を抜けて玄関を出る。 外はすっかり日が暮れて、人通りもほとんどなくなっていた。 左右を見渡すと、左手を流れる川の橋の上に、見慣れた目立つ青い髪があった。 才人は安堵の息をつくと、そちらへと向かう。 タバサは橋の欄干にもたれ、空を眺めていた。とっくに才人には気付いているはずなのに、その視線はぴくりとも動かない。 月明かりに照らされたタバサの幼い顔は、神秘的な美しさを湛えていた。
408 名前:脳内11巻[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:11:52 ID:5bs6rUMc 季節は春とはいえ、夜風が吹くとまだ肌寒い。橋の上は風の通り道だった。 「寒くないか?」 近付きながら声を掛けると、タバサは首を小さく横に振って答えた。 タバサはルイズと同じような、質素なワンピースに身を包んでいる。幽閉時に着せられていた豪奢な寝巻き姿のままではいくらなんでもまずいので、昨日キュルケが適当に選んで買ったものだった。その際、靴も一緒に買っている。裸足だったからだ。 余ったお金でシルフィードの服装も整えたら、それでキュルケの持ち金はほとんど尽きてしまった。あとは宿代くらいしかない。 いつもの白タイツも白ニーソもはいてないので、スカートからは細い生脚が覗いていた。 月は二つとも満月だった。そのせいか、夜なのに随分と明るい。太陽とは違う冷たい光が、夜の空をやわらかく照らしていた。 才人はタバサに並んで欄干に寄りかかり、同じように空を仰いだ。 「……はあ。相変わらずすごい月だよなぁ。参っちゃうよなぁ」 思わず呟く。 ハルケギニアに召喚されてほぼ一年。何度も見ているとはいえ、未だにこの二つの月には慣れない。堕ちてきそうなほど大きいので、なんだか不安になるのだ。 ふと見ると、タバサが不思議そうに才人を見つめている。 才人は言い訳でもするかのように言葉を継いだ。 「俺の世界には、月は一つしかないからな。こんなにでっかくもないし」 言ってしまってから、才人は気付いた。 「あ、俺、別の世界から来たんだ。言ってなかったっけ」 タバサはこくりと頷き、そのあと首を横に振って、 「竜の羽衣の時に、そんな気はした」 と言った。 「そっか」 才人はなんだか意外な気がした。才人が異世界から来たことは、ルイズはもちろんオスマンにアンリエッタ、コルベールだって知ってる。キュルケもコルベールから聞いてるような感じだった。 どこまで理解してるかは不明だが、シエスタだって知ってるのだ。すっかりみんな知ってるものだと思っていたのである。 そういえば俺、ギーシュたちに言ってたっけ、と才人は考える。言ってなかった気がする。こう考えてみると、ルイズの虚無よりも周囲の認知度は低いのかも知れない。 というか、東方のロバなんとかの出身ってことになってたんだっけ、と才人は思い当たる。そんなことまで忘れていた才人であった。
409 名前:脳内11巻[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:12:52 ID:5bs6rUMc 「まあいいや。俺はこことは違う、別の世界で生まれたんだ。月は一つしかなくて、魔法使いはいない。竜とかエルフとかもいない。貴族もいない」 「貴族もいない?」 不思議そうなタバサの問いに、才人は頷く。 「大昔はいたし、今もいる国もあるのかも知んないけど、俺の国にはいなかったな」 「誰が国を治めてるの?」 タバサが素朴な疑問を口にした。貴族がいないということは、王さまもいない。地方を治める領主もいない。どうやって国政を執っているのか興味がわいたのだろう。 「えーと、総理大臣」 「ソーリ大臣?」 重ねて訊かれて才人は困った。民主主義の詳しい仕組みなんて知らない。 「うーん、選挙するんだ。政治家になりたい人が何人か立候補して、国民がその中から投票で選ぶのかな。総理大臣ってのは、政治家の中で一番偉い人……かな」 言ってて自分でも自信がなくなってくる才人であった。 「ごめん、俺もよくわかってない。二十歳になるまで選挙権ないし、公民苦手だったし」 頬をかいてそう言うと、タバサは「そう」と言って視線を戻した。 タバサはもう空を見ていない。なにか考え込むかのように、川の水面を見つめていた。 心地よい沈黙が流れた。風が二人の髪を絶え間なく梳いてゆく。 川面を魚が跳ねた。鱗が月光を弾いて、きらきらと光った。才人はそれをぼんやりと眺めていた。 ここしばらくなにかと忙しかったので、こうした安寧な時間は久し振りだった。もちろん今だってタバサの護衛のつもりなのではあるが、それでもこうして二人でいると、なんだかほっとするのだった。 なんでだろう、と才人は考える。ルイズと一緒だと、嬉しくてドキドキする。たまに怖ろしくてドキドキする。シエスタの場合は、落ち着くし懐かしい感じがするけど、やっぱりドキドキする。 タバサの場合、このドキドキがない。干渉してこないからだろう。ずっと傍にいても不自然でなくて、でも、いないとなんとなく物足りない。 不思議な子だな、と才人は思った。 「……サイト」 と、唐突にタバサが才人を呼んだ。名前で呼ばれるのは初めてだったので、不覚にも才人はどきりとした。 タバサは顔を上げ、まっすぐに才人を見つめている。 「わたしはあなたに二度、救われた」 「へ?」 「一度目は命を。二度目は心を。だからわたしの命と心はあなたのもの」
410 名前:脳内11巻[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:13:36 ID:5bs6rUMc 「え?」 才人は目をぱちくりさせた。突然すぎて、意味がよくわからない。 なんか、さらっととんでもないことを言われた気がする。 やがて、水が滲みこむようにその言葉の意味を正しく理解し、咀嚼し、才人は慌てた。 「ちょ、まま待てって、なにトンデモないこと言ってんだお前!」 いつか見た夢を思い出す。あれは悪夢だったが、これは夢じゃない。 才人はぐるぐると目を回した。 「それに、そんなこと言ったら俺だってお前に何度も助けられたし、お互いさまだろ!」 タバサはゆっくりと首を振る。 「わたしはただそこにいて、できることのために杖を振ってただけ。あなたはできるはずのないことに挑んでくれた」 「いや、でも、だって、俺こう見えても一応伝説だし。できないかどうかなんて、やってみないとわからないし」 「だからこそ」 そう言って、タバサは才人に向き直った。直立したまま、右手を胸に添える。優雅な動きだった。 ガリア王家の正式な敬礼の作法なのであるが、もちろん才人にはわからない。 「雪風のタバサ。世をはばかる名を、元ガリア北花壇騎士七号、シャルロット・エレーヌ・オルレアン。今は捧げる杖すらなく、すでに貴族の身でもないけれど、この命とこの心、あなたに捧げます」 くらくらした。ワインをがぶ飲みした時みたいに、頭が揺れる。 タバサはじっと黙って、才人の言葉を待っているようだった。 外見こそ幼いけれど、タバサの年はルイズと一つしか違わない。才人と二つしか違わない。才人の世界でいえば、この春に高校入学するはずの年齢である。信じられないが。 改めて気付くまでもなく、タバサは綺麗だ。白磁のような肌も、宝石のような艶やかな髪も、全体に纏った気品も、ルイズに少しも劣らない。 夢で見たよりも、タバサは綺麗だった。 ティーカップのような、白くて丸い頬。 形の良い貝殻のような、桜色の清楚な唇。 眼鏡の奥の、深碧の湖のような神秘的な瞳。 混乱する頭のまま、どこか冷静な思考で才人はそっと手を伸ばし、タバサの眼鏡を外した。考えて取った行動ではなく、ただ、もっとその瞳を覗き込みたくなったのである。
411 名前:脳内11巻[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:14:37 ID:5bs6rUMc しかし、タバサはその瞳を閉じてしまった。別に意地悪をしたわけではない。目を閉じ、ややあごを上げて、胸の前で手を抱えただけである。 どこで習ったのか、誰に聞いたのか、はたまた本で読んだのか、それは男性に眼鏡を外された時の正しい少女の仕草だった。 どきん! と才人の心臓が跳ね上がる。 これは……もしかして? いいのかな? しちゃっていいのかな? いいもなにも、ほかに考えられる可能性はなかった。蛾が蝋燭の火に誘われるかのように、才人はタバサの両肩に手を置き、腰をかがめてその端正な顔に唇を寄せた。 顔を寄せると、甘い匂いがした。才人はたまらず、そのままタバサの唇に唇を押し付けた。 いつの間にか、こういう流れに慣れてしまった才人である。 タバサの唇はやわらかく、しっとり冷たかった。 唇を離すと、思ったよりも長いタバサの睫毛が震えてるのが見えた。両手は胸元でぎゅっと握りしめられている。 ああ、緊張してたんだな、と思うほど、いつの間にか才人には余裕があった。とんだスキル獲得である。 「キス、初めて?」 「……初めて」 タバサは目を開きながら、かすれた声で短く答える。 才人は彼女の頬にかかった青い髪を梳きながら、ふと思ったことを口にした。 「でも、シルフィードとは?」 使い魔として召喚した時に、コントラクト・サーヴァントの儀式でキスしたはずである。 しかしタバサはついと目を逸らし、やや頬を染めながら、 「あれはノーカン」 と呟くように言った。 無愛想な子供だと思っていたタバサの、そんな女の子らしい発言に才人は脳幹を撃たれた。 洒落ではない。直撃である。思ってもみなかった攻撃だけに、一撃必殺であった。 余裕は吹き飛んだ。本能的な愛しさが込みあげてくる。才人はほとんど無意識にタバサの背中に手を回し、ぐっと抱き寄せた。 羽のように軽いタバサが、才人の腕の中に納まる。 ずっと強張っていた肩から力が抜け、タバサは体重を才人に預けた。 あったかくて、やわらかい。 じっと見つめる瞳が月の光を反射して、心なしか潤んで見える。 やばい。なんかずるい。こんな不意打ちひどい。 こんなに可愛いなんて反則だ。よくわからないけど反則だ。 ピピー。レッドカード、退場。俺の胸の中へ退場。次の試合には出られません。 意味不明のことを考えながら、才人は憑かれたようにタバサの肩を抱き、もう一度唇を寄せた。
412 名前:脳内11巻[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:15:33 ID:5bs6rUMc 一瞬だけタバサの体が強張るが、すぐに力は抜ける。才人に体を預けたまま、タバサはそっと目を閉じた。 二人の息が重なる。 その、瞬間。 ぞくり! と才人の背筋に悪寒が走った。同時にタバサが神速で飛び退く。 数々の修羅場をくぐった二人である。殺気に対しては敏感だ。特に才人は文字通り“数々の修羅場”を経験している。この悪寒には嫌というほど憶えがあった。 はっと振り返るいとまもなく、上空からきゅいきゅいと声がして、目の前を大きな影がよぎった。 「え、シルフィード?」 気付くとその足に、いつの間にかしっかりタバサを捕まえている。風でスカートがめくれてパンツが見えた。シルフィードの背中には、キュルケともう一人の影がある。 そのまま川の上を滑空して遠ざかり、ばさりと羽ばたいて急上昇。シルフィードに掴まれたタバサは困ったような顔で「ごめんなさい」とだけ言い残した。 呆然としたのは一瞬。パンツ見えた、と思ったのも一瞬。才人は“戦場”に一人取り残されたことを悟った。 今なお殺気というか怒気というか、肌を焼くような感覚は続いている。むしろ激しさを増していた。 恐る恐る、才人はその源泉と思しき宿の方向を向く。首が意志に逆らって言うことを聞かなかったが、それでもなんとか首を回す。 はたしてそこには、寝ていたはずの桃色の髪が夜風に舞っていた。 「ル、ルル、ルルル……」 鳥を呼んでいるわけではない。動転して言葉にならないのだ。 月下に佇むルイズは美しかった。 風になびく草色のワンピース。どこか遠くを見るような目で、高貴な微笑すら浮かべながら彼女は才人を見つめた。どことなく、悟りを開いた高僧のような雰囲気すらあった。 右手にはすでに杖を抜いている。唇が震えて見えるのは、なにか呟いているからだった。 「そうなんだそうなのねやっぱり犬は犬なのねわたしのこと好きとか言いながら機会があればほかの女の子押し倒すのねキスするのね尻尾ふるのねわたしよりちっちゃいのにわたしよりちっちゃいのにわたしより」 ぶつぶつと呪詛の言葉を吐きながら、ルイズは一歩、また一歩と近付いてくる。
413 名前:脳内11巻[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:16:36 ID:5bs6rUMc 小悪魔? 冗談じゃない、あれは悪魔だ。正真正銘。 だって、なんか髪が生き物みたいにうねってるし。 怖い。七万の軍勢より、エルフより怖い。多分エルフが七万いるより怖い。 恐怖の余り、声も出ない。抜けそうになる腰に鞭打って、才人は逃げるために震えの止まらない足を懸命に反対側へ向けた。 振り向くと、そこに鬼がいた。 いつの間に起き出してきたのか、どうやって回り込んだのか、最強のぽっちゃり系ことマリコルヌが、ドットメイジとは思えない迫力で立ちはだかっていた。 「マ、ママママリマリマルマレ……」 「黙れ。息すんな」 言下にマリコルヌは言い放つ。取り付く島もない。 「不公平だろ不公平だよね誰だってそう思うよね教えてよ誰か教えてくれよ幸せってなにさ幸せってどこにあるのさ誰かぼくにも幸せをくれたっていいじゃないかぼくにもご褒美くれよぼくにもご褒美くれよぼくにも」 本当に才人は息ができなくなった。 前を向けば、魔王。 周りの景色が歪むほどの瘴気を纏い、夜の空気を震わせながら、ルイズが迫る。 「体に覚えさせても無駄なら魂に刻むしかないわよねどうすればいいのかしらやっぱり体から魂を追い出すしかないのかしらわたしよりちっちゃいのにわたしよりちっちゃいのにわたしより」 後ろには、修羅。 ゆらり……、と暗殺者のような見事な動きで、マリコルヌは音もなく歩を進める。 「おかしいよね絶対おかしいよねなんでサイトばっかりなのさ今回ぼくがんばったよねすごくすごくがんばったよねぼくにもご褒美くれよぼくにもご褒美くれよぼくにも」 前門のルイズ。後門のマリコルヌ。 才人はひいっ、と叫ぶと背中のデルフリンガーに手をかけた。心はさっきから震えている。別の意味で。 「あー相棒。なんつーかな、ぶっちゃけ無理。俺のことはかまわずその辺の茂みにでもうっちゃってくれ。頼むから。ごめん、巻き込まないで。お願い」 「つ、つつつ冷たいこと言うなー!」 才人は声を裏返して叫ぶ。それが合図であったかのように、 「わたしより胸ちっちゃいのにーッ!」 「ぼくにもご褒美くれよおおおーッ!」 渾身のエクスプロージョンとエア・ハンマーが才人を吹き飛ばした。 閃光と轟音。橋は粉々に砕けて塵と化し、才人は枯葉のようにきりもみながら宙を舞う。 遠ざかる意識の中、才人はふと、“後門のマリコルヌ”って厭な響きだな……、と思った。
414 名前:脳内11巻[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00:17:43 ID:5bs6rUMc
さて、上空を舞うシルフィードの背中。 眼下の惨劇を綺麗さっぱり素敵に無視して、キュルケは拾い上げたタバサに明るく声をかけた。 「ただいまー。あれタバサ、眼鏡どうしたの?」 タバサは黙って下を指差す。 「あちゃ、壊れてなきゃいいけど。まあいいわ、はいタバサ。あんたの杖よ」 キュルケが差し出したものは、まさしく失くしたはずのタバサの杖だった。 タバサは目を丸くしてそれを受け取る。 「瓦礫の中に埋まってたのをシルフィードが見つけてくれたのよ。それからこっちが……」 「シャルロットさま……」 キュルケの後ろからひょこりと老人が顔を出す。執事のペルスランであった。 「忘れものの本命。あの屋敷に一人でいたってしょうがないし、タバサが逃げたってバレたら王軍に捕まる可能性もあるしね。間に合ってよかったわ、ほんとに」 得意そうに赤い髪をかきあげて微笑むキュルケ。 感動の再会のはずだったが、ペルスランは眉を寄せ、じっとタバサを見つめた。タバサはつつ、と目を逸らす。 「今のは……、この年寄りめの見間違いでしょうか、お嬢さま?」 「……」 タバサは目を合わせずに黙り込む。 「いけません、いけませんぞお嬢さま。あのような街娘のごとき軽挙妄動、この私が許しません。なにより奥さまが悲しまれます。そもそもあの馬の骨はどういった御仁ですか」 滔々と訓戒を垂れるペルスランに、タバサはちらりとキュルケを盗み見る。キュルケはそんな彼女の様子を、含み笑いをしながら見守っていた。 「いえいえお嬢さまをお助けいただいた恩人であることは重々承知しておりますが、それとこれとは話が別でございます。どこぞ由緒正しい高貴な方なのでございましょうな」 重ねて問われ、タバサは意を決したように視線を向け、はにかんだような笑顔を見せた。 その、かつて見せなかった彼女の表情に、ペルスランは言葉を呑む。 タバサは短く、少し恥ずかしそうな声で言った。 「わたしの勇者」 ペルスランは目をまん丸にして絶句した。キュルケは爆笑して、タバサの肩をぱんぱんと叩く。 シルフィードが嬉しそうに、きゅいきゅいっと鳴いた。