ゼロの保管庫 別館

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だれでも歓迎! 編集

571 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/06(土) 01:26:43 ID:MJ28eBc9

「王宮の宝物庫で発見されたものですが」

 と、アンリエッタが謎の巨大な装置を学院に持ち込んだのが、そもそもの始まりであった。  ちょっとした民家ぐらいはある四角張った台座の上に、人間と同じ程度の大きさの球が乗せられた、妙な装置である。  一見すると頭のネジが外れた芸術家が作った奇怪なオブジェに見えなくもない。

「他の者に気取られないようにここまで運ぶのは苦労したぞ」

 一人アンリエッタに付き従ってきたアニエスは、苦笑しながらそう言った。

「何で他の人にばれないようにする必要があったんですか?」 「アカデミーの研究者辺りが、万一これに興味を示したら面倒だからな」 「ってことは、ひょっとして」 「そうです」

 火の塔の前に設置された装置を振り仰ぎながら、アンリエッタは厳かに頷いた。

「これは、『虚無』と何らかの関連があるマジックアイテムのようなのです」

 そうした訳で、火の塔の陰、コルベールの研究室前に、いつもの面々が集まったのである。  『虚無』の系統を操るルイズ、その使い魔である才人、彼らのお付きのメイドであるシエスタ。  ルイズ同様『虚無』系統の使い手であるティファニア。この装置を持ち込んだアンリエッタ、アニエス。  装置に興味を示したコルベールと、彼にくっついてきたキュルケ。  才人が心配で見にきたタバサと、それにくっついてきたシルフィード。  興味本位で見物に来たギーシュ、モンモランシー、マリコルヌ。

「お前らも暇な奴らだなあ」 「いいじゃないかね、実際暇なんだし」

 笑うギーシュの横では、コルベールが何やら古文書らしきものを片手に装置に取り付き、うんうんといちいち頷いている。

「なるほど、これは確かに、『虚無』と何らかの関連があるらしいですな」 「そんなん分かるもんなんですか、先生」 「うむ。わたしも独自に『虚無』のことを調べていてね。この装置のことは、この古文書に図入りで記してあるのだ」

 コルベールが持っていた古文書を覗き込むと、確かに目の前の装置とよく似た図が載っていた。

「本当だ。で、これどんな装置なんですか?」 「それは分からない。この古文書に使われている古代文字は少々やっかいでね。まだあまり解読が進んでいないのだよ」 「要するに、動かしてみなけりゃ分からないってことか」 「そういうことね」

 才人の隣に立ったルイズが、緊張した面持ちで始祖の祈祷書を捲り、あるページを見て「やっぱり」と息を呑んだ。

「見て。また新しい呪文が現れたわ」 「この状況で浮き出るってことは、こいつを起動させるための呪文って訳か」 「そうでしょうね……姫様?」

 ルイズが確認を取るようにアンリエッタを見やると、彼女もまた緊張した面持ちで頷いた。

「ええ。お願いするわ、ルイズ。どのような効果があるか確かめてみないことには、  今後これをどう処理するかも決められませんから」 「分かりました。では」

 ルイズがゆっくりと呪文の詠唱を開始する。シエスタが不安げに呟いた。 572 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/06(土) 01:28:35 ID:MJ28eBc9 「でも、何が起こるか全くわからないなんて、なんだか怖いですね」 「そうだよな……あ、そうだ」

 才人は指を鳴らした。こういうとき、たまに頼りになる奴がいるではないか。

「おいデルフ」 「なんだね相棒」 「お前、あれのこと知ってるか? なんか『虚無』に関係ある品らしいけど」 「『虚無』にねえ……うーん……」

 デルフリンガーは少し気難しげに唸った。

「確かに、どっかで見たことがあるような、ないような……」 「どっちなんだよ」 「待ってくれよ、今思い出してるんだからよ」

 二人がそんなことを話している間に、ルイズは詠唱を完成させた。  彼女がそれを解き放つべく杖を振り下ろしかけたとき、デルフリンガーが素っ頓狂な声を上げた。

「あーっ、思い出した!」 「え、なんなんだよ」 「いけねえ相棒、あれを起動させたらとんでもないことに――」

 そこまで言ったとき、ルイズは既に杖を振り下ろしていた。  杖の先端から眩い光が迸り、例の装置に吸い込まれる。  その途端、装置が轟音と共に激しく振動し始めた。  周囲の者たちが息を飲んで見守る中、装置はぐおんぐおんと激しい音を上げながら、次第に玉虫色の光を放ち始める。

「やべーよ相棒、ありゃ超転移装置だぜ」 「なんだそりゃ」 「詳しく説明してる暇はねえが……物とか人とかを、遥か彼方に吹っ飛ばす装置だよ」 「ワープ装置ってことか!?」 「その単語はよくわかんねけど、多分そう」

 才人は青ざめた。どこに飛ばされるのかは知らないが、この場には女王もいるのだ。変なところに飛ばされたら大問題である。

「どうすりゃいいんだよ、オイ」 「落ち着きな相棒、まだこいつは完全には起動してねえ。いいか、そこの正面についてる板に手を」 「こうか!」

 一足飛びに駆け、台座の正面についている板に手を載せる。

「置かないようにして」 「オイ!」 「って何置いちゃってんの相棒!?」 「うるせえ、お前の説明が紛らわしいせいだろうが!」

 ギャーギャー喚く一人と一本の横で、装置の駆動はいよいよ激しくなってきた。  ぐおんぐおんがごうんごうんになり、放たれる光は日光すらも跳ね除けるほどに強くなる。  台座の上に乗せられた巨大な球が回転を始め、大気が軋むような音を立て始める。

「なになに、何が始まったの!?」 「女王陛下、危険です、お下がりください」 「ちょっと、まずいんじゃないの、これ!?」 「そんなの僕に聞かれても」 「きゅいきゅい。なんだかとってもキレーなのね」 「その反応はのん気すぎ」

 皆の姿と声が、眩い光の中に飲み込まれていく。  そして一瞬後には、彼らの姿は広場からかき消えていたのである。 573 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/06(土) 01:29:40 ID:MJ28eBc9

 それから、しばらくの後。

「……で、ここはどこなんだね」

 その場の面々の中で一番最初に声を発したのは、ギーシュだった。  妙に適応力が高いこの少年の呟きに、答えはなかなか返ってこない。

「……見たことのない景色」

 かろうじてそう言ったのは、警戒するように杖を握り締めたタバサだった。  他の者たちは大抵呆然としているか困惑するように周囲を見回すばかりで、誰も何も言わない。  そんな中、ただ一人才人だけは、他の皆とは違った驚き方を見せていた。   「ここ、ここは、ひょっとして……!」 「なに、あんた、ここがどこだか知ってんの!?」

 焦ったようにルイズが問い詰めるが、才人は目を見開いてふるふると震えるばかりだ。  仕方のないことといえば仕方のないことだった。目の前に広がっているのは、それだけ理解しがたい光景だったのである。  縁石で丸く区切られた芝生、その中央に立つ咲きかけの桜の木、点々と立っては夜の闇に人口的な明りを投げかける街灯。  古びたベンチがいくつか見え、その背後には低い背丈の雑木林がある。  そして、その向こう側には、夜でもお構いなしの眩い光に包まれた、高層ビル街が見えている。  もちろん、ハルケギニアで見られる景色ではない。才人は唾を飲み込んだ。

「……地球だ」 「なんですって?」

 眉をひそめるルイズに向き直り、信じられない心地で伝える。

「地球なんだ、ここ。俺の生まれた世界」

 その場の全員が、微妙に違った驚きの表情を浮かべる。  困惑しきった様子で改めて周囲を見回す者、興味深げに観察を始める者、気味悪げな表情を浮かべて、他人に身を寄せる者。

「どういうことよ、なんでわたしたちが全員揃って、あんたの世界に来ちゃってるわけ!?」 「知らねえよ、俺に聞くな!」 「サイト君」

 口げんかになりかけた才人とルイズの間に割って入ったのは、この面々の中では幾分か冷静な様子のコルベールであった。

「ここが君の世界だというのは、間違いないのかね」 「ええ。こんなとこ、ハルケギニアにあるはずがない。それに、見覚えあるんですよ、ここ」

 才人は自分の記憶と周囲の景色を、改めて照らし合わせ、納得するように頷いた。

「間違いない。やっぱここ、俺ん家の近所の公園だ。一年以上も来てないけど、よく覚えてます」 「そうか……それは、何というか、実に興味深い」 「何をのん気なことを言っている!」

 怒鳴ったのはアニエスである。  元々、いろいろあってコルベールに敵愾心を抱いている彼女のこと、仇敵の余裕の態度が癇に障ったらしい。

「ここには女王陛下もいらっしゃるのだぞ! すぐに戻らなければ、大変なことに……」 「いやー、多分、それは無理じゃないかね」

 のんびりした声で絶望的なことを言ったのは、才人の背中のデルフリンガーである。 574 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/06(土) 01:31:10 ID:MJ28eBc9

「何故そう言える?」 「だってよ、超転移装置が見当たらねえもん。あれがなきゃ、元の場所に戻るのは無理ってもんよ」

 確かに、あの場にいたメンバーは全員ここにいるようだが、この現状を引き起こした装置はどこにも見当たらないようである。

「ちょうどいい。デルフ、あの装置について詳しく教えてくれよ」 「あいよ。あれはね」

 と、デルフが説明したところによると、あの装置は、虚無の担い手の魔力を原動力にして、  ある物質を離れた場所に転移させるマジックアイテムなのだという。  才人が手を触れてしまったあの板は、目的地を指定するためのセンサーのようなものなのだとか。

「要するにね、あそこに手を乗っけて『ここに行きたい』って念じると、そこに転移できるわけなんだよ」 「でも俺、地球に行きたいなんて念じてないぜ」 「それだけ、相棒の故郷に帰りたいって願望が強かったんじゃないかねえ」 「皆も一緒に来ちまったのは?」 「相棒にある程度関係が深い人間だから、巻き込まれたんじゃないの」 「なんだよそのいい加減な説明は」 「俺っちだって、あの装置について何でもかんでも知ってる訳じゃないさね。  大体、『虚無』って奴はいろいろとデタラメなんだ。何が起こったって不思議じゃないね」 「ホントにいい加減だな」

 才人がうんざりしてため息を吐く。  一連の説明を黙って聞いていたアンリエッタが、皆に向かって静かに頭を下げた。

「ごめんなさい、皆さん。どうやら、わたしのせいで皆さんを異郷の地につれてきてしまったようですね。  本当に、何とお詫びすればよいのか」 「陛下のせいではありませぬ」 「そうですわ姫さま、悪いのはこの馬鹿犬でございますわ」

 アニエスやルイズが、慌ててアンリエッタに駆け寄る。  その様子を見ながら、才人は頭を抱えた。

「なんてこった。まさか、こんな風に地球に戻ってきちまうだなんて」 「あんまり嬉しそうじゃないね、相棒」 「当たり前だろ。俺だけならともかく、皆まで……ああ、どう責任取ったらいいんだ、これ」

 視界の隅で、シルフィードが長い首を伸ばしてタバサの服の裾を引っ張っている。  地球の公園に巨大な竜が鎮座している様は、なかなかシュールである。

「ねー、お腹すいたのねー、きゅいきゅい」 「シルフィード、空気読んで」 「ぶー。お姉さまのケチー」 「お腹すいた、か」

 才人は呟いた。そう、何はともあれ、すぐに戻れないと分かった以上、まずは衣食住の確保である。  そもそも、こんな大人数であちこちうろつく訳にはいかない。  この世界ではかなり珍妙な集団のはずである。警察にでも見つかったらいろいろと厄介だろう。 575 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/06(土) 01:31:51 ID:MJ28eBc9

「確かに、小腹がすいてきたな」 「サイト、この世界の料理はどんななんだい」 「のん気だなお前ら」

 食欲旺盛なギーシュとマリコルヌに呆れて言ってやると、二人は顔を見合わせてヘラヘラとした笑いを浮かべた。

「だってねえ、僕らが君のせいで変なことに巻き込まれるのはいつものことだし」 「そうそう。そんなことより、今はすきっ腹を満たすのが優先だよ」 「いやー、しかし、異世界がどうのってのが本当のことだったとはねえ」 「ホントホント。僕ら、その部分に関してだけはサイトの頭が可哀想なことになってるんだと思って、  生温かい目でスルーしてたのにねえ」 「よし、お前ら後でぶん殴ってやるから覚えとけよ」 「あの、サイトさん」

 後ろから、シエスタがパーカーの袖を引っ張っていた。

「実際、これからどうしましょうか。野宿しようにも道具がありませんし、宿に泊まろうにもお金がありませんし」 「まあ、持ってたってハルケギニアの金はこっちじゃ使えないだろうけど」

 才人は頭を掻いた。

「どうすっかなー。泊まる当てなんて、俺ん家ぐらいしかねえけど」 「サイトのお家ってことは、お父さんやお母さんがいるのね」

 ティファニアが優しく微笑んだ。

「わたしたちのことはともかく、まずは帰ってきたって伝えてきた方がいいんじゃない? きっと、心配してると思うわ」 「あー、そりゃ、そうかもしんないけど」

 確かに、今すぐ家に帰りたいのは確かである。だが、異世界の友人達を放り出して一人だけで帰ることなど出来るはずもない。

(だからって、こいつらと一緒に行くのもなあ)

 才人の父は普通のサラリーマン、母は普通の主婦である。  長い間連絡もなしに失踪していた息子が、こんな珍妙な友人達と一緒に帰宅したら、一体どんなことになるか。

(少なくとも、感動の再会、なんてことをやってられないのは確かだな)

 一体どうしたものか、と唸っていたとき、皆の輪から一人外れていたモンモランシーが、呟くように言った。

「ねえサイト」 「なんだモンモン」 「あなたの世界にも、わたしたちと同じようなメイジがいるのね」 「何言ってんだお前」 「だって、あそこに大きなゴーレムがいるわよ」 「なに?」

 振り向くと、街灯の明りを遮るようにして、巨大なゴーレムが夜の闇の中に聳え立っていた。

「そんな馬鹿な!?」

 あり得ない光景に才人が叫び声を上げたとき、頭上から声が降ってきた。 576 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/06(土) 01:32:28 ID:MJ28eBc9

「見つけたわよ、ガンダールヴ!」

 見上げると、ゴーレムの肩に見覚えのある人間が立っている。

「ミョズニトニルン!?」

 あり得ない人物の登場に思わず叫ぶと、敵は手を口にやって高らかに哄笑を上げた。

「ほほほ、ヨルムンガントの試験中に見慣れないところに飛ばされたと思ったら、  目障りな連中が勢ぞろいしているとはね。虚無の担い手に、トリステインの女王陛下……  状況はよく分からないけど、最大の好機と見た!」

 巨大なゴーレム……鋼鉄の巨人ヨルムンガントは、暗い夜空を背景に大きく腕を振り上げる。  その強大さは、以前アルビオンで遭遇したときに嫌というほど思い知っている。

「散れ!」

 才人が叫ぶよりも早く、全員が四方に向けて走り出していた。  先程まで皆が固まっていた場所に、鋼鉄の拳が突き刺さる。敷き詰められていた石が、轟音と共に一気に弾け飛んだ。

「クソッ、無茶苦茶しやがるぜ!」 「奴さんもずいぶん本気のようだね」 「とにかく、またルイズにエクスプロージョン撃ってもらうしか……」

 呟いたとき、才人は大変なことに気がついた。  人がいる。ヨルムンガントの両足の向こうに、くたびれたスーツを着た男が一人立っていた。  その男は、夜の公園に突如として出現した謎の巨人を見上げているようだった。  暗いために顔はよく見えないが、あまりの事態に放心状態になっていてもおかしくはない。

(ヤベェ、あのイカれた女に気付かれたら、あのおっさんが殺されちまう!)

 自分が異世界から連れてきてしまった兵器に、何の関係もない地球の一般人が殺されるかもしれない。  そう考えるといてもたってもいられず、才人はデルフリンガーを抜き放って走り出していた。

「チッ、すばしっこいね!」

 降り注ぐ拳を間一髪のところで避け、例のサラリーマンの前に立って叫ぶ。

「おっさん、何がなんだか分からんとは思うが、逃げてくれ! あいつは危険だ!」

 返事はない。やはり放心状態になっているのかもしれない。  だが、後ろを振り向いて確認している余裕はない。  鋼鉄製とは思えぬ滑らかな動きで、ヨルムンガントがこちらに振り向こうとしているのだ。

(クソッ、こりゃやべえな)

 才人の背中を、嫌な汗が滑り落ちる。

(なんとかしてこっちに目をひきつけて、その間にシルフィード辺りにこのおっさんをどっかに逃してもらって……)

 才人が焦りながら考えていたとき、不意に後ろから静かな声が響いた。 577 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/06(土) 01:33:21 ID:MJ28eBc9

「なあ」

 どこかで聞いた声だ、と一瞬思ったが、今は落ち着いて考えていられない。  才人は振り向かないまま叫び返した。

「気がついたのか、おっさん! 逃げてくれ、マジで危ねえから!」 「いや、そんなことよりいろいろ聞きたいことが」 「気持ちは分かるけど、今は答えてる余裕がねえ! とにかく、逃げて――」 「そうか」

 そこでようやく、才人は違和感を覚えた。

(やっぱこのおっさんの声聞き覚えあるっつーか、なんか、いくらなんでも落ち着きすぎじゃ――)

 そこまで考えたとき、才人の横にスーツ姿の人影がゆっくりと歩み出てきた。

「つまり、あの木偶の坊を倒せば、話を聞かせてもらえるってことだな」

 呟くような、静かな声。才人が何かを答える間もなく、人影が瞬時に姿を消す。

「は!?」

 才人はぎょっと目を見開き、慌てて前を見る。  すると、消えたと思われたスーツ姿の男が、ヨルムンガントに向かって猛然と走っていくのが見えた。

(っつーか、速っ――!)

 ガンダールヴとほぼ同等の速度だ。  男はヨルムンガントの直前でぐっと身を沈めると、スーツの内側に手を差し入れながら、高く跳躍した。

「な、なんだい、こいつ……!?」

 さすがのミョズニトニルンもこれは予想外だったようで、慌ててヨルムンガントの拳を男に差し向けようとする。  しかし、男はそれよりも早くヨルムンガントの脚部に取り付くと、あり得ない速さでその巨体を駆け上り始めた。

(なんだありゃ、ほとんど垂直に走ってるじゃねえか!? あれじゃまるで)

 忍者、という言葉が、才人の頭に思い浮かぶ。  その言葉のイメージどおり、男は疾風のようにヨルムンガントの体を駆け抜けた。  脚部臀部腰部胸部右腕左腕頭部、ありとあらゆる場所を地面の上のように軽々と走破し、その都度何かを突き刺していく。  何を刺しているのかと思って目を凝らすと、鈍く輝く小さな刃物が、楔のように点々と鋼鉄の巨体に突き立っているのが見えた。

(……ひょっとして、くないってやつか?)

 異世界から来た魔法の巨人を、地球の忍者が翻弄している。  才人は笑いたくなった。本当に、あり得ない光景である。  サラリーマン忍者は数十本ものくないを刺し終えたあと、登ったとき同様軽やかに地面に降り立った。

「お前は一体何なんだい!? カウンターの魔法に守られた、このヨルムンガントに刃を突き立てるなんて――!」 「確かに、やたらと硬い人形みたいだな。不可思議な力で覆われているのも分かる。が」

 男は才人に背中を向けてヨルムンガントを見上げたまま、淡々とした口調で言った。

「如何せん、その力とやらを全体に分散させすぎだな。  強度はさほどでもないから、やり方次第では刃物を突き通せないこともない」 「クッ、そうかい。確かに、なかなか見事なもんだ……だがね」 578 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/06(土) 01:34:37 ID:MJ28eBc9  ミョズニトニルンは、突き立てられた数十本のくないを見下ろし、余裕の笑みを浮かべた。

「こんなもの、針を突き刺した程度の傷でしかない。こんなんじゃ、この子は止められないね」 「このままじゃ、そうだろうな」 「ふん、今度はどんな芸を披露してくれるってんだい、大道芸人が」 「こんな芸だ」

 男は懐から細長い箱状のものを取り出し、その上部についている赤いスイッチを、無造作に押し込んだ。  その瞬間、ヨルムンガンドの表面に突き立っていたくないの数本が、一斉に爆発した。

「な――!?」

 驚愕するミョズニトニルンの前で、男は先程と同じ装置をいくつも取り出し、順々にスイッチを押していく。  その度に新たな火球が生まれ、次々に炎の華を咲かせていく。  爆発した部分から生じた亀裂が他の亀裂と繋がり、破壊は静かに広がっていく。  一分もしないうちに、ヨルムンガントはバラバラになって崩れ落ちた。

「ウソだろっ!?」 「ホントだ」

 思わず叫んでしまった才人に、忍者サラリーマンがぼそりと返す。  元は巨人だった鉄くずの山の上で、ミョズニトニルンが呆然と問いかける。

「お前……一体何者だい!?」

 男は、薄汚れたネクタイを直しながら答えた。

「なに、ただの通りすがりのサラリーマンさ」

 肩をすくめて付け加える。

「……サービス残業帰りのな」 「……訳の分からないことをっ! これで終わりと思うんじゃないよ!」

 ミョズニトニルンが身を翻して駆け去る。逃げ足もなかなかのものである。

(……一体、何がどうなってんだ)

 鉄くずの山を背景に佇むサラリーマンの背中を見つめながら、才人はまだ状況が飲み込めずにいた。

(あのおっさんは何なんだ。何の漫画の世界の住人なんだ?  あんなん登場させたら、厨キャラだの厨設定だの言われてぜってー叩かれてるぞ)

 そんなことを考えている頭の隅で、信じがたい認識が生まれつつあった。

(……あのおっさんの声。どう考えても聞き覚えがある。  ……あのおっさんの背中。どう考えても見覚えがある)

 そう思いつつも、簡単には信じることができない。

(だって、そうだろ才人。お前の予想が正しけりゃ、あのおっさんは……)

579 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/06(土) 01:35:35 ID:MJ28eBc9  そのとき、サラリーマンがゆっくりと振り返った。  そして、「あー」と呟きながら、困った様子で片手を上げる。

「久しぶりだな、才人。今までどこ行ってたんだお前」

 ――毎朝、母親が文句言いながら剃っていた無精髭。  ――息子と親子らしい会話をしようとするが、話題が思いつかずに困ったように泳ぐ瞳。  ――無口なくせに、たまに喋るとやけに重々しく聞こえる、静かな声。

「と……」 「と?」 「とおおおおおおおぉぉぉぉちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!?」

 そこに立っている規格外人類は、間違いなく才人の父親、平均的サラリーマン平賀才蔵その人なのであった。

「ほれ、腹が減ってるんならこれ食いなよ」

 ベンチに腰掛けた才蔵が差し出したのは、ビニール袋に入った焼き鳥のパックである。

「きゅいきゅい。おいしそうな匂いなのね!」

 ミョズニトニルンを撃退した後、あれこれと話をしようとしたらシルフィードがきゅいきゅい騒ぎ出したのである。  涎を垂らした風韻竜は、口でビニール袋を受け取ると、その場でがつがつ食べ始めた。  その様子を見て、才蔵がぼやくように言う。

「母ちゃんへの土産のつもりだったんだがなあ……ダメになっちまったなあ。どうしようか……」

 悩み始める才蔵を、才人が怒鳴りつける。

「んなことより父ちゃん、説明してくれよ」 「ん? 説明って、何を?」 「さっきのあれだよ。何なのよあの忍者みたいな動きはよ?」 「何って……あー、一応我が家のは、甲賀流の流れを組みつつも伊賀流も取り込んで、さらにそこに独自のアレンジをだな」 「そういう意味じゃねえよ! なんで普通のリーマンの父ちゃんが、あんな人外の動き出来んのかってことだよ!」 「なんでって言われても……ガキの頃から仕込まれてたし」 「はぁ!? 何だよその中学生の妄想ノートみたいな設定は!?」 「設定って……いや、その前に親の人生を中学生の妄想呼ばわりするなよ」

 才蔵は苦笑いを浮かべたあと、不意に真面目な顔つきになった。

「質問したいのはむしろこっちだぞ、才人。お前今までどこに行ってたんだ。  行き先も告げずにある日突然いなくなって」 「それは……」

 どう説明したものか分からず、才人は口ごもる。  困っていると、才蔵が手招きしたので、彼の口元に耳を寄せた。

「それにお前、なんだかずいぶん可愛らしい娘さんたちを連れ歩いているみたいじゃないか。  どうなってんだ。モテモテか、ハーレムか?」 「バッ、そんなんじゃねーよ!」 「照れるなよ。こんだけ嫁候補が多けりゃ、母ちゃん大喜びだなあ。  いっつも心配してたぞ、『才人はモグラみたいな顔してるから、お嫁さんが来てくれるか心配だわぁ』なんてな」 「ひでえな母ちゃん! ……いや、っつーか、この子らは嫁候補とかじゃなくて」

580 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/06(土) 01:36:28 ID:MJ28eBc9

「あのー」

 才人がちょっと涙目になったとき、後ろから誰かが声をかけてきた。  振り向くとそこにシエスタが立っていて、ちょっと上目遣い気味に才蔵をのぞきこんでいる。

「サイトさんの、お父様でいらっしゃいますか?」 「はいそうですが。やあ、これは可愛らしいメイドさんだ。どこのお店で働いてるんですか?」 「えーと、お店と言うか、トリステインの魔法学院で……」 「トリステインの魔法学院ね。そりゃまたファンタジーだな。そんな店秋葉原にあったかなあ……」

 顎に手を当てて考え出す父に、才人は呆れて突っ込んだ。

「いや親父、それはいろいろと間違ってっから」 「なに、違うのか? じゃあどこからさらってきたんだよ、こんな可愛い子」 「さらってきてねえよ! っつーか、なんでそんな愉快に饒舌なのよ親父。いっつも全然喋んねーのに」 「そりゃお前、俺の裏の職業のことお前にばれたら困るから、無口な振りしてたんだよ」 「裏の職業って……忍者?」 「そう。ほら俺、すぐ表情に出るから、隠し事とか出来ないタイプだし」 「忍者がそれでやっていけんのかよ!」 「あの!」

 才人と才蔵の愉快な会話の前に置いてけぼりをくらいかけたシエスタが、叫ぶように口を挟む。  才蔵は愛想笑いを浮かべた。

「おっと、こりゃ失礼。すいませんねウチの息子が。こいつは昔からそそっかしい奴でね」 「さ、サイトさんの、おおおお、お父様!」

 シエスタはメイド服の裾を握り締めて、真っ赤な顔で言った。

「わたし、シエスタと申しますが!」 「ああ、こりゃどうもご丁寧に。私はこのサイトの父で平賀才蔵と」 「サイトさんとは、その、け、結婚を前提にしたお付き合いをさせていただいております!」 「なんですとっ!?」

 才蔵が目を見開く。才人は慌ててシエスタを止めた。

「ちょ、何言ってんのシエスタ!?」 「ほ、本当ですから! キスだってもう済ませましたし、むむ、胸だってこうやってもみもみ」 「サイトォォォォォォッ! お前って奴はぁぁぁぁっ!」 「ち、違うんだって! いや、一部は確かに事実ではあるけど!」

 才人が釈明しようとしたところに、ルイズが猛然と突進してきてシエスタに組み付いた。

「ちょっとシエスタ、あんた何サイトのお父様に勝手なこと吹き込もうとしてるのよ!?」 「あーらミス・ヴァリエール、こういうのは出来る限り事実を正確にお伝えしませんと」 「どこが事実だってのよ!? あんたなんか小間使いでしょ、小間使い!  大体キスぐらいわたしだって何度も何度もしてるっての!」 「おい才人!」 「だから違うんだって父ちゃん!」 「ええと、キスでしたら私もサイト殿と……」 「わたしも……」 「あ、あの、胸でしたらわたしも……」 「才人ォォォォォォォッ!」 「だーもう、アン様もタバサもテファも、変なこと言わないでくれーっ!」 581 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/06(土) 01:37:07 ID:MJ28eBc9

 そんな風に各々好き勝手なことを喋り出したために収拾がつかなくなると思いきや、豪快な笑い声がすぐに場を収めてくれた。  笑い始めたのは才蔵だった。言い争う少女たちと、それをなだめる才人を見て、愉快そうな笑い声を響かせる。

「どうしたんだよ、父ちゃん」 「いやスマンスマン。急にいなくなって、俺らの情報網でも探し出せなかった息子が、  こんな風に元気すぎるぐらい元気に帰ってきたもんだからなあ。なんだかおかしくってな」

 そう言ったあと、才蔵は「さて、と」と呟き、自分の鞄を持ってベンチから立ち上がった。

「じゃあ、家に帰るとするか」 「家……って、でも」

 才人は躊躇う。家には帰りたいが、皆を置いてはいけない。  その気持ちが伝わったのか、才蔵は笑って息子の肩を叩いた。

「心配するな。友達も皆連れてくればいいさ」 「よろしいのですか? 少々大人数ですし、目立つ者もおりますが」

 気を遣うように言ったのは、コルベールである。  才蔵は安心させるように、気さくな笑みを浮かべて頷いた。

「大丈夫、何とかなりますよ」 「しかし」 「皆さんには、ウチの息子がずいぶん世話になったようですしね。ちゃんとお返ししなけりゃなりません。それに」

 と、才蔵はシルフィードを見やった。

「そっちのお嬢さんは、まだまだ食い足りないみたいですしね」 「うん、あんなんじゃ全然足りないのね!」

 焼き鳥のたれで口の周りをべとべとにしながら、シルフィードがきゅいきゅいと鳴く。  才蔵は苦笑しながら、コルベールに向かって片目を瞑ってみせた。

「ま、こんな調子のまま外にいたって、あれこれと困るでしょう?  皆さんのお話も聞かせていただきたいし、ここは一つ……」 「……そうですな。それでは、お言葉に甘えさせていただくことにしましょうか」

 コルベールが思慮深げに頷く。

「よし、じゃ、決まりだ」

 才蔵は軽快に手を打ち鳴らした。

「皆さん揃って、平賀さん家へいらっしゃい、だな」 「本当にいいのかよ」

 やたらと自信満々な父にかえって不安になった才人が言うと、才蔵は嬉しそうに笑って息子の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。 582 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/06(土) 01:38:28 ID:MJ28eBc9

「安心しろ、父ちゃんに任しとけ」

 その台詞を聞いたとき、才人の胸にじんわりとした温かみが広がった。  無口だった頃(本人に言わせれば、それは振りだったらしいが)も、この父は才人が不安な顔をするたびに、  こうして頭を撫でて「父ちゃんに任しとけ」と言ってくれたものである。

(ああ、帰ってきたんだなあ)

 改めて実感する。  かなり変な形になってしまったが、確かに、自分は地球に帰ってきたのだ、と。  そう思うと、母親にも早く会いたくてたまらなくなった。

「なあ父ちゃん。母ちゃん、怒ってるか?」 「どうだろうね。まあ、一発ビンタされるぐらいは覚悟しとけ」 「うわー、マジかよ……」 「仕方ないさ。それだけ心配かけたんだからな」 「……ああ、そうだな」

 しばらく、二人は無言で歩く。  先導も兼ねているので、他の面々は二人の後ろからついてくる形である。  後ろから聞こえてくる騒がしい声を聞いていると、才人は不安やら申し訳なさやらで胸が一杯になった。

「なあ父ちゃん。皆のことなんだけどさ」 「おう」 「事情は後から話すけど、どうも、元いた場所にはしばらく帰れそうになくてさ」 「そうか。じゃ、皆まとめて家に住んでもらえばいいや」 「そんなあっさり……」 「大丈夫大丈夫。父ちゃんに任しとけ」

 その台詞を聞くと、かなり気が楽になった。  ほっと息を吐きつつ歩きながら、才人は心の中で呟く。

(……皆と一緒に、現代の地球で暮らす、か……)

 さすがに、そんな状況は想定したことがなかった。

(まあ、とりあえず)

 才人はこっそりと後ろを振り返ってみる。  地球に帰れるときがきたらきっとお別れだろうと思っていた面々が、皆自分の後ろからついてきている。  それを見ていると、申し訳ないと思うのと同時に、悪いことと知りつつ、少しだけ胸が踊るような心地だった。

(こいつらと一緒なら、楽しくはやれそうだけどさ)

 明日から始まるであろう大騒ぎの日々を想像して、才人はこっそりと小さな笑みを浮かべるのだった。

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