ゼロの保管庫 別館

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だれでも歓迎! 編集

 トリステイン王宮の最奥にある女王の寝室では、その部屋の主が悩ましげな溜息を漏らしていた。  窓際で2つの月を見上げ、祈りを捧げるかの様に手を胸の前で組んでいる。 (……サイト…さま)  その時、雲が不意に月を隠した。 (あぁ…サイトさま…わたくし…わたくし…)

 ラ・ヴァリエールから帰ってきて以来、毎夜こんな調子である。  彼女がこうなってしまったのに、原因は2つ有った。  1つは、数日前から見続けている夢。  もう1つは、ラ・ヴァリエールからの帰りに起きたのだった。

「あ、あの…女王陛下…」  顔面を蒼白にしながらシエスタが口を開いた。  ルイズの実家からの帰り道、本来ならありえない事なのだがアンリエッタ、ルイズ、サイト、シエスタは同じ馬車に乗っていた。今回の訪問は公式では無い。折角だから普段では味わえない同年代たちとの相乗りを楽しみたい、とのアンリエッタのたっての希望があったからだ。御者に背を向ける形でサイトが座っており、その横にルイズ、前にはアンリエッタ、そしてルイズの前にシエスタが座っていた。ちなみに来る時も同じ理由で同じ席順だった。 「どうなさいました?」 「き、きき、昨日はとんだご無礼を、お、おお、お許し下さい」  昨日の無礼、それは酒を飲んだシエスタがアンリエッタを無理やり宴に引っ張り込み、更には同じメイド仲間と話すが如く馴れ馴れしい態度で接してしまった事だった。確かに、いちメイドが国の頂点に君臨する者に対するソレでは無かったが、アンリエッタは気にする風は無かった。 「大丈夫、気にしていませんわ。それに…」  そこで視線をサイトに移す。 「昨日の主役はサイト殿です。わたくしは単なる傍観者として参加していたに過ぎません。女王としてではなく、彼を知る1人の女として」  そういって微笑を浮かべシエスタを振り返る。  しかし、その言葉を聞いて、3人はそれぞれ違うことを考えていた。 (彼を知るですってー!姫さまってば『わたくしの騎士じゃない』なんて言っておきながら…  も、もしかしてこの犬ってば嫌がる姫さまに無理やり…) (サイトさんってば、もう女王陛下と…) (な、何を言い出すんだ、この姫さまは…)  サイトが隣を見ると、案の定ご主人様はどす黒いオーラを纏っていた。 (あちゃー、やっぱ勘違いしてるよ) 「あの、姫さま?その言い回しはどうかと…」  サイトの訴えに、しかしアンリエッタは『わたくし何か間違ったこといいましたかしら?』とでも言う様に平然としている。 「ひ、姫さま、その…彼を知るって、どういう…」 「あら、何を言ってるのルイズ。あの時あなたも居たじゃないの」 「……へ?」 「わたくしが偽りのウェールズ様と行こうとしたとき、サイト殿は怪我を負いながらも止めてくださいました。そしてルイズ、あなた の虚無が無ければ……」  その時、数滴の雨粒が窓を叩いた。  馬車はおりしも街に差し掛かろうとしていた。 「あら、雨」  シエスタがいち早く気付くと同時に、その勢いは激しさを増していく。  突然の雨に、街を行く人々も騒ぎながら近くの軒下へと駆け込んでいく。 「わたしたちも一旦近くの宿で雨をしのぎませんか、姫さま」  御者を気遣ってかルイズが提案するが、反応は返って来ない。見ると、アンリエッタは小刻みに震えており、その震えはだんだんと大きくなっている様だった。 「姫さま、どうなさったのですか?」  その様子を見ていたサイトはハッと思い出し、座ったまま勢い良くアンリエッタの手を引き寄せ、力強く抱きしめた。  いきなりの展開に呆然としていたルイズだったが、我に返ると 「あ、あああんた、いいいいきなり姫さまになんて事してんのよ」 とサイトの耳をひっぱり叫ぶ。 「サイトさん、いきなりどうしちゃったんですか?」  シエスタも状況をつかめておらず、おろおろしながら2人を見るしか出来ないでいる。  しかし、サイトは周りの反応などまるで気にした様子も無く、更に抱きしめる力を強めた。 「大丈夫、大丈夫ですから。俺は、俺とルイズはここに居てますから」 「あんた、何言ってんの?いいから姫さまを離しなさいよ」  耳を引っ張る力を更に強めよううとしたルイズだったが、振り向いた使い魔の目がいつもと違い真剣で、相手を射竦めるに十分な威圧感を持っていた為に思わず手を離してしまう。 (な…なによ…)  訳がわからず、泣いてしまいそうになる。そんなルイズを今度は打って変わって優しく見つめ『後で何でも言うこと聞いてやるから』と諭すサイト。そうこうしている内に抱きしめた彼女の震えは徐々に治まり、潤んだ瞳で見つめきた。 「……サイト…さん」  呟き瞼を閉じるアンリエッタ。その唇がそっと近づいてくる。 「……」 「……」  ルイズとシエスタは突然の展開に、言葉を忘れたかの様にただ口をパクパクさせるしか出来ないでいた。  あと数センチで唇が触れ合おうかという時、サイトはアンリエッタの肩に手をやり、そっと引き離した。 「……ぁん…」  名残惜しそうに漏れるため息と共に、拗ねたような、甘えたような目でサイトを見る。 「……姫さま?」  眼前の困った様な表情と、自分に突き刺さる2つの鋭い視線に我を取り戻す。 (わたくしったら、いったい何を……) 「あ…こ、これは…その…ち、ちがうんです…」  かなり動揺しているらしく、言葉遣いが幼き頃に戻っていた。 「と、とりあえずどこかで休みませんか?雨は止みましたけど、もうそろそろ暗くなってきますし…」  重くなった雰囲気に耐え切れずに発したシエスタの言葉に全員が頷き、近くの宿に一泊することになった。

 俺とシエスタ、ルイズと姫さまとで分かれて部屋に入る。 「ふぅ……」 ベッドに仰向けに倒れこみ、ぼんやりと天上を見ながら先ほどの事を思い出した。 (やっぱ思い出しちゃったんだろうなぁ)  先ほどのアンリエッタは、いつぞやの安宿で見せたのと同じ、少女の顔だった。『女王としての顔しか見せませぬ』と 言われた時には少し寂しい思いに駆られたものだったが、やはり彼女のああいう表情は凄く可愛いと思う。 (ついつい守ってあげたくなるんだよなぁ)  そんな風に考え込んでいたとき、バタンと勢い良く扉が開き、ルイズが現れた。 (ぅわ、怒ってるよ)  どす黒いオーラを放ち、つかつかと部屋の中へやってくるなり、床を指差すご主人様。 「犬、座りなさい!」  彼女の剣幕に、言われた通り床に座る。 「説明してもらいましょうか?」 (説明って言われてもなぁ) 「さっきの姫さまのあんたを見る目、尋常じゃなかったわ。あんたいったい、姫さまに何したの?」  声は優しいんだけど、目が怒ってる所為で異常に怖かった。  仕方ない。あの時の話をすると、この嫉妬深いご主人様はまた怒りに我を忘れて鞭を振るうのだろうが、話さないと 更にひどい仕打ちを受けそうだ。 「前にお前、アニエスさんとキスしたときあっただろ?」 「そ、そそ、それが何の関係があるって言うのよ!あああんただってあの時姫さまと、キキキキスしたじゃない!」  顔を真っ赤にして手を振り上げるルイズ。 「待てって、話は最後まで聞けよ。あの時も雨、降ってただろ?んで、聞いたんだよ、姫さまから。雨が怖いって」 「…は?雨が怖い?…ふん、嘘吐くならもっとましな嘘吐きなさいよね」 「嘘じゃねーって。さっき馬車の中でも行ってたじゃねーか。アンドバリの指輪の所為で偽りのウェールズと…」  そこまで言って、ルイズはハッとした。思い出したようだ。 「で、その時の所為で雨が怖くなったらしいんだ」 「……そう」  当時の事を思い出したのか、しゅんとなるルイズ。 「…わかったわ。で?そんなお労しい姫さまをいきなり、だだだ、抱きしめたのはいったい何故なのかしら?」 「……」 「…どうしたのよ、何とか言いなさいよ」 (言っていいんだろうか…)  あの時は姫さまから肩を抱いてくれって言ってきた。でも、あれは別にやましい意味じゃないし、それに俺じゃなくても 同じ事を言ってたと思う。 (でもなあ、さすがにソレは姫さまの名誉の為に言わない方がいいかもな) 「いやほら…あの中で男って俺だけだったし…」 「……」 「ああいう時に抱きしめるってのが男の役目だと思うし…」 「……」 「……」 「……」 「……」  沈黙が流れた。どうしたんだろうと思い見上げる。と、そこには鞭を持つ手を振り上げ、肩をわなわなと震わせるご主人 様の姿があった。 「へー…『男の役目』ねぇ…そうやってあんたはあっちへふらふら、こっちへふらふら…」 (やばい!)  その手が振り下ろされると思った瞬間、『やめて!』と声がした。  見ると、入口に姫さまが立っていた。 「やめてルイズ、お願いだから。サイト殿はわたくしを落ち着かせるためにやった、ただそれだけなの」  鞭を持つルイズの手を両手で包み込み、姫さまは優しく語り掛けた。 「…じゃあ、なんで姫さまは…その…サイトに…キ、キスしようとしたんですか?」  声を震わせるルイズ。その頬には一筋の雫が流れていた。 「そ、それは…その…」  困ったようにこちらを見る。目が合うとすぐに視線を逸らし、頬を染めて俯く。 (だー、そんな表情してたらますます疑われますって!) 「いや、その…あれだ。俺を王子さまと間違えたんだよ」 「え?そんな事は…」 (たー!もう、この姫さまは…)  俺は『ここは任せて』と視線に籠めて姫さまを見る。 「ほら、姫さまはあの時混乱してたからさ」 「…あんた、ウェールズ様に全然似てないじゃない。王子さまってガラでもないし…」 「ぅわ、ひっでー…じゃなくて。だからな、混乱しててだな、気が付いたら男に抱きしめられてて、ついつい俺とウェールズが だぶって見えたんだと思う」 「……」 「……」 「……もしかして、それを狙ってたんじゃないでしょうね」 「んなわけあるか!」 (姫さま、ごめん)  何がごめんなのか分からなかったが、とりあえず俺は心の中であやまった。 「……わかったわよ」 「……へ?」 「信じてあげるって言ってんの!」  ルイズはそっと手を下ろすと、落ち着きを取り戻した声で 「あの…姫さま、申し訳ありません。お見苦しいところをお見せして…」 「いいのよ、ルイズ。それより、ほら…」 「……?」 「サイト殿と仲直りしないと…」  姫さまはそういって、そっとルイズの背中を押す。 「…ごめんね、サイト」 「いや、別に…」 「…でも、あんただって悪いんだからね!」 (……?) 「いつもいつも他の女の子ばっかり…」 「……ごめん」 「ねぇ…ギュッってして」  頬を赤らめ、上目遣いに見上げてくるご主人様。 「後で何でも言うこと聞いてくれるって言ったじゃない。ねえ…」 「ああ」  手をまわし、力を籠めてルイズを抱きしめる。 「…サイトぉ」  腕の中のご主人様は、うっとりとした表情で目を瞑っている。  それまで事のなりゆきを見守っていたシエスタが、『よかったですね、ミス・ヴァリエール。サイトさんと仲直りできて』と優しく 声を掛ける。 「うん…」  俺はシエスタに『ありがとう』と感謝を述べ、姫さまに視線を移した。  彼女も『よかったですね』と言ってくれた。  だが、その目には悲しげな光が宿っていたのを、このとき俺は気付くことが出来なかった。