「退却」
タバサが呟く。
前に『土くれ』のフーケと対峙したさいに巨大なゴーレムと戦ったことはあったが、今目の前にいるゴーレムはそれよりもさらに巨大で力強い。
そして残酷だった。
前回ゴーレムを倒せたのは『破壊の杖』があったからだ。しかし今は無い。戦法によっては倒せただろうが目の前のゴーレムにそれが通じるだろうか?
もしかしたら通じるかもしれない。だが今はそれを考える時間は無い。
考えているうちにやられてしまったら元も子もないのだ。
キュルケもそれに賛同し頷く。
「ギーシュ!ほら、逃げるわよ!」
キュルケはギーシュの腕を掴み無理やり立ち上がらせる。ギーシュはみっともなく脅え歯の根があっていない。
キュルケはそれをみても情けないことだとは思わなかった。むしろ仕方ないと思ったし同情すらした。
キュルケ自身戦闘経験が豊かというわけでもないしこういった凄惨な状況を見るのは初めてだ。それでも戦いでこういうことがあるだろうと覚悟はしていた。
しかしギーシュは違う。これがはじめての実戦なのだ。なのにいきなり凄惨な戦い、いや虐殺の現場を見せ付けられれば萎縮してしまうのも当然だ。
今までぬるま湯に浸かってきたものが、いきなり冷水や熱湯に入れられればショックで体調を崩すのと同じ原理だ。
ギーシュは言葉でなら戦争を知っている。だが知っているのと体験するのとではワケが違うのだ。
ギーシュは自分には覚悟があるつもりだった。『命を惜しむな、名を惜しめ』という言葉が自分の家柄の誇りに繋がり実際にそれを実行する覚悟なるからだ。
たしかに言葉でも覚悟は身につくだろう。しかしある一定以上の重圧がかかれば押しつぶされるような覚悟しか身につかない。
実際に重圧を体験し、乗り越えなければ真の覚悟は身につかないのだ。ギーシュは初めての戦闘でその重圧が掛かったのだ。
同情するしかないだろう。
「速く!急ぎなさい!」
キュルケがギーシュを引っ張りタバサと共に一目散に逃げ出した。しかし、
「きゃああ!」
突然建物が壊れ瓦礫が飛んでくる。視線を上げるとそこにはゴーレムの足があった。きっとゴーレムが破壊したのだろう。
そのとき衝撃でこけていたギーシュが立ち上がった。足はガタガタと震え歯の根はやはり合っていない。
しかしまっすぐゴーレムのほうを向いている。
タバサが呟く。
前に『土くれ』のフーケと対峙したさいに巨大なゴーレムと戦ったことはあったが、今目の前にいるゴーレムはそれよりもさらに巨大で力強い。
そして残酷だった。
前回ゴーレムを倒せたのは『破壊の杖』があったからだ。しかし今は無い。戦法によっては倒せただろうが目の前のゴーレムにそれが通じるだろうか?
もしかしたら通じるかもしれない。だが今はそれを考える時間は無い。
考えているうちにやられてしまったら元も子もないのだ。
キュルケもそれに賛同し頷く。
「ギーシュ!ほら、逃げるわよ!」
キュルケはギーシュの腕を掴み無理やり立ち上がらせる。ギーシュはみっともなく脅え歯の根があっていない。
キュルケはそれをみても情けないことだとは思わなかった。むしろ仕方ないと思ったし同情すらした。
キュルケ自身戦闘経験が豊かというわけでもないしこういった凄惨な状況を見るのは初めてだ。それでも戦いでこういうことがあるだろうと覚悟はしていた。
しかしギーシュは違う。これがはじめての実戦なのだ。なのにいきなり凄惨な戦い、いや虐殺の現場を見せ付けられれば萎縮してしまうのも当然だ。
今までぬるま湯に浸かってきたものが、いきなり冷水や熱湯に入れられればショックで体調を崩すのと同じ原理だ。
ギーシュは言葉でなら戦争を知っている。だが知っているのと体験するのとではワケが違うのだ。
ギーシュは自分には覚悟があるつもりだった。『命を惜しむな、名を惜しめ』という言葉が自分の家柄の誇りに繋がり実際にそれを実行する覚悟なるからだ。
たしかに言葉でも覚悟は身につくだろう。しかしある一定以上の重圧がかかれば押しつぶされるような覚悟しか身につかない。
実際に重圧を体験し、乗り越えなければ真の覚悟は身につかないのだ。ギーシュは初めての戦闘でその重圧が掛かったのだ。
同情するしかないだろう。
「速く!急ぎなさい!」
キュルケがギーシュを引っ張りタバサと共に一目散に逃げ出した。しかし、
「きゃああ!」
突然建物が壊れ瓦礫が飛んでくる。視線を上げるとそこにはゴーレムの足があった。きっとゴーレムが破壊したのだろう。
そのとき衝撃でこけていたギーシュが立ち上がった。足はガタガタと震え歯の根はやはり合っていない。
しかしまっすぐゴーレムのほうを向いている。
「にににに、にげ、逃げない!ぼぼぼぼ、ぼぼくくく、ぼくは逃げません!」
「何言ってんの!あなたが立ち向かったところで敵うような相手じゃないわ!死にたいの!」
キュルケが叫ぶ。
「ぼくはギーシュ・ド・グラモン!グラモン元帥の息子!そしてトリステインの貴族だ!トリステインでこんな蛮行をこれ以上させてなるものか!」
キュルケに向かってギーシュが叫び返す。それはキュルケの言葉に反発するようであり、自分への叱咤のようだった。
ギーシュが震える足を拳で叩きつける。
「貴族は民衆を命がけで守らなくちゃいけない!そしてそれが名声にもつながる!たとえその結果が死であってもだ!でもここで逃げ出したらぼくはグラモンの名を汚してしまう!父上の顔に泥を塗ることになるんだ!」
別にギーシュは重圧を乗り越えたわけではない。普通の人間ならこの重圧をこんな短時間で乗り越えれるものではない。
ギーシュはただ重圧を耐えているにすぎない。
さっきまで耐え切れなかったのにどうして今耐え切れるのか。それは父という存在だった。
幼い頃からギーシュにとって父は絶対だった。そして尊敬と憧れだった。
ギーシュにとって父はどんな貴族よりも貴族らしく、誰よりも力強く、誰よりも格好良かった(たまに母親にしこたま殴られていたが)。
ギーシュはいつか父のようになりたいと思っていた。『命を惜しむな、名を惜しめ』という父の言葉も律儀に受け止めていた。
それが父に近づく道だと思えたからだ。父が言う言葉を実行していけばいつか父のようになれると思っているのだ。
キュルケから逃げるという言葉を聞いたとき、ふと思った。
父上ならどうするだろう?
答えはすぐに出た。戦うに決まっている。なら自分はどうするべきか。戦うに決まっている!
その思いが、幼い頃からの凝り固まった想いが重圧に耐えたのだ。跳ね除けるでもなく乗り越えるでもなく逃げるのでもなく、耐えたのだ。
「キュルケ、タバサ。君たちは逃げてくれても構わない。君たちはこの国の人間じゃないからね。逃げても誰も文句は言わないさ」
「ギーシュ……」
キュルケは目の前にいるのが本当にあのギーシュかどうか疑わしくなった。しかし足を見るとカタカタと震えているし肩もわずかに震えている。
「何言ってんの!あなたが立ち向かったところで敵うような相手じゃないわ!死にたいの!」
キュルケが叫ぶ。
「ぼくはギーシュ・ド・グラモン!グラモン元帥の息子!そしてトリステインの貴族だ!トリステインでこんな蛮行をこれ以上させてなるものか!」
キュルケに向かってギーシュが叫び返す。それはキュルケの言葉に反発するようであり、自分への叱咤のようだった。
ギーシュが震える足を拳で叩きつける。
「貴族は民衆を命がけで守らなくちゃいけない!そしてそれが名声にもつながる!たとえその結果が死であってもだ!でもここで逃げ出したらぼくはグラモンの名を汚してしまう!父上の顔に泥を塗ることになるんだ!」
別にギーシュは重圧を乗り越えたわけではない。普通の人間ならこの重圧をこんな短時間で乗り越えれるものではない。
ギーシュはただ重圧を耐えているにすぎない。
さっきまで耐え切れなかったのにどうして今耐え切れるのか。それは父という存在だった。
幼い頃からギーシュにとって父は絶対だった。そして尊敬と憧れだった。
ギーシュにとって父はどんな貴族よりも貴族らしく、誰よりも力強く、誰よりも格好良かった(たまに母親にしこたま殴られていたが)。
ギーシュはいつか父のようになりたいと思っていた。『命を惜しむな、名を惜しめ』という父の言葉も律儀に受け止めていた。
それが父に近づく道だと思えたからだ。父が言う言葉を実行していけばいつか父のようになれると思っているのだ。
キュルケから逃げるという言葉を聞いたとき、ふと思った。
父上ならどうするだろう?
答えはすぐに出た。戦うに決まっている。なら自分はどうするべきか。戦うに決まっている!
その思いが、幼い頃からの凝り固まった想いが重圧に耐えたのだ。跳ね除けるでもなく乗り越えるでもなく逃げるのでもなく、耐えたのだ。
「キュルケ、タバサ。君たちは逃げてくれても構わない。君たちはこの国の人間じゃないからね。逃げても誰も文句は言わないさ」
「ギーシュ……」
キュルケは目の前にいるのが本当にあのギーシュかどうか疑わしくなった。しかし足を見るとカタカタと震えているし肩もわずかに震えている。
「……あなたって、戦場で真っ先に死ぬタイプなのね。でも」
キュルケはそう言いながらギーシュの肩に手を置く。
「知り合いに死なれるのも感じが悪いから付き合ってあげてもいいわよ」
ギーシュが驚いたようにキュルケのほうを向く。
「何を言ってるんだ!死んでもいいのか!」
「何言ってんの?あたしは死ぬつもりなんてないわよ。それにそういう台詞は」
キュルケが自分とは反対側のギーシュの隣を指差す。
「その子に言ってあげない」
そこにはタバサがいた。
「ど、どうして……」
「仲間」
タバサはそう呟いた。
ギーシュは胸が何かで溢れるのを感じた。自分でもよくわからないがそう感じたのだ。
それで自体が好転したり重圧を跳ね除けたりするわけでもない、ましてや恐怖が無くなるわけでもない。でもそれはとても心地好かった。
よくわからないが涙が一筋流れ落ちた。
キュルケはタバサとギーシュを見ながら思った。絶対に生きて帰ろうと。そして呟く。
「さて、第二幕開始かしらね」
どこかで開幕のベルが鳴り響いた。
キュルケはそう言いながらギーシュの肩に手を置く。
「知り合いに死なれるのも感じが悪いから付き合ってあげてもいいわよ」
ギーシュが驚いたようにキュルケのほうを向く。
「何を言ってるんだ!死んでもいいのか!」
「何言ってんの?あたしは死ぬつもりなんてないわよ。それにそういう台詞は」
キュルケが自分とは反対側のギーシュの隣を指差す。
「その子に言ってあげない」
そこにはタバサがいた。
「ど、どうして……」
「仲間」
タバサはそう呟いた。
ギーシュは胸が何かで溢れるのを感じた。自分でもよくわからないがそう感じたのだ。
それで自体が好転したり重圧を跳ね除けたりするわけでもない、ましてや恐怖が無くなるわけでもない。でもそれはとても心地好かった。
よくわからないが涙が一筋流れ落ちた。
キュルケはタバサとギーシュを見ながら思った。絶対に生きて帰ろうと。そして呟く。
「さて、第二幕開始かしらね」
どこかで開幕のベルが鳴り響いた。