ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第十九話 『悪魔の虹』

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第十九話 『悪魔の虹』

「これで本当によかったのかね?」
ウェールズはルイズに上半身を支えてもらったままの姿勢でウェザーに話しかけた。
「『兵たちは戦闘の準備をさせて門に集結しろ』『虹とカタツムリに触れるな』・・・確かに命令は下したが、これが勝利に繋がるのか?」
「ああ、信じていろ。それと一つ頼みがあるんだが・・・・・・」
ウェザーがウェールズに何か言いかけたとき、礼拝堂の入り口から老いたメイジが入ってきた。老メイジは傷ついたウェールズを見ると大慌てで駆け寄ってきた。
「おおお、殿下!これは一体何事ですか!」
「ああ、パリーか・・・賊にしてやられたよ。彼らがいなければとっくに絶命していた」
そう言ってウェザーとルイズを見る。パリーはそのしわだらけの目尻に涙を浮かべながら二人に何度も頭を下げた。ルイズは自分は大したことはしていないと謙遜したが、パリーは感謝の言葉を紡ぐのをやめなかった。
「おいじいさん、感謝は後でいいからさっさと二人を治してやってくれよ。ここに来たってことはあんた、治療魔法が使えるんだろ?」
「おお、そうですな」
「わたしは大したことないから皇太子を早く!」
パリーがウェールズの治療にはいるのを見届けたウェザーは窓に近づき開け放った。遠くに黒い粒が見えた。それはまるで飴に群がる蟻のごとく、うねる波のように、あるいは死が押し寄せてくるかのように徐々に、徐々に、この城に迫ってきていた。余裕はない。
「始めるか・・・」
『ウェザー・リポート』を全開にすると同時に心の中の黒い部分を掘り起こす。復讐に生きていた心を手探りで探す。心ガ徐々ニクラクオチテイク・・・・・・・・・
しかし、今まさにそこに辿り着かんとしたその瞬間、足の裏に何かが当たって集中が途切れてしまった。

「・・・なんだ?」
足をどけて見てみると、その一点だけ床が盛り上がっている。敵の奇襲かと思ったとき、床をぶち抜いてモグラが現れた。しかもでかい。
「お前・・・ギーシュの・・・・・・」
ウェザーが驚きに目を見張っていると、その穴から燃えるような赤が飛び出してきた。
「ちょっとアンタねえ、どこまで掘り進めば気が済むのよ――って、ダーリン!」
土に汚れてはいたが、紛れもなくそれはキュルケだった。そのキュルケはウェザーの顔を見ると泣きそうな顔で抱きついてきた。胸に顔を押し付けるようにして小刻みに震える。その様子を見かねたルイズが口を挟んできた。
「ちょっとキュルケ離れなさいよ!それにここは雲の上よ、どうやってきたのよ!」
「タバサのシルフィードよ」
ウェザーから顔を離したキュルケがこともなげに言う。しかし、次の瞬間には顔を青くしてウェザーに訴えてきた。
「そうよ!大変なことを伝えなきゃいけないのよ!驚かないで聞いてね?実はワルドが敵だったのよ!」
「ああ、そうだったな」
何でもないかのようにウェザーは言うものだからキュルケはキョトンとしてしまった。
「奴ならもうとっくに・・・」
ウェザーがワルドを叩き付けた壁を指さそうと振り向いた。しかしそこで倒れ伏しているはずのワルドはグリフォンの背にぐったりと寝そべっており、わずかに開かれた目からは憎悪の念がありありと見て取れた。
ワルドのマントからは瓦礫がこぼれていた。咄嗟に拾ったそれで威力を抑えたのだろう。さらに腕の負傷のせいか、威力がわずかに落ちてしまったらしい。
「待て、逃がすかッ!」
しかしウェザーが攻撃するよりも先にグリフォンが窓を破って外に飛び出してしまったために取り逃がしてしまった。
「野郎・・・・・・」
「ウェザー・・・あなたあのワルドを倒していたのね!すごいわ!」
「・・・・・・それより、ギーシュとタバサはどうしたんだ?フーケはどうなった?」
その途端、明るかったキュルケの顔に影が差した。俯いてしばらく考えた後、ゆっくりと、自分に言い聞かせるかのような調子で話し始めた。


「ダーリンたちが桟橋に向かった後、フーケとワルドが仲違いでもしたのか戦い始めて、フーケは一度はワルドを倒したけど偏在で、もう一体の偏在に背後を取られて・・・。
 あたしたちも戦ったんだけど、タバサもあたしもやられちゃって・・・殺されかけたけど、ギーシュが倒してくれたおかげで助かったわ」
「うそ!あのギーシュがワルドを!?」
ルイズが信じられないことを聞いたかのようにキュルケに詰め寄った。
「ギーシュはあたしが残せたかすかな火種を燃やしてくれたの・・・すごかったわ。でもその時受けた傷のせいで・・・・・・」
ウェザーもルイズも目を見張った。あのお調子者の浮気者が・・・まさか。
「・・・そうか。わかったご苦労だったな。なんにせよ全員ここに集めた方がいいからな、戻ってシルフィードにここに来るよう伝えてくれ。大陸の下部に秘密の港への入り口があるからそこを使ってくれ。大至急だ」
ウェザーの言うことならばとキュルケはもときた穴を滑り降りていった。ふと気が付けば地鳴りがしてきていた。本格的に時間がなかったがルイズが心配そうな顔で見上げてきているのに気が付き、振り向く。
「ねえ、ウェザー・・・あなたさっきすごい形相だったけど・・・一体何をする気だったの?」
「・・・・・・・・・心配するな」
それだけ言って再び集中する。自分の憎悪の能力を引き出すためだ。ギーシュ、タバサ、キュルケ、フーケ、ウェールズとアンリエッタ、そしてルイズのことを頭から追い出していく。そして、たった一言だけ呟いた。
「・・・・・・『ヘビー・ウェザー』」
日光がゆらめいた気がした。


ウェザーがワルドを倒したのと同時刻、アルビオン貴族派の五万の兵がニューカッスル城を目指して出発した。五万の中には傭兵も混じっており、隊列の途中から気の抜けた声が聞こえてきた。
「ったくよぉ~、手間ぁかけさせてくれたよな、王党派の奴らもよ」
「まったくだぜ。俺なんかもう鎧着けすぎて肩こっちまったよ・・・」
「だが、これで決着なんだろ?あいつらぶっ殺したら報奨金はたんまりだし、王様のお宝もちょいとくすねちまおうぜ」
「んー?そうだなー・・・ハァ」
「おいおいどうしたんだよ、マジで疲労か?肩こりなんて情けねえな」
無駄口をたたき合いながら歩く二人だったが、上官に睨まれて表面上の居住まいは正す。その上官が咳払いを一つしてから演説をぶった。
「あー、諸君。君たちは今新たな歴史に残る・・・」
自分の世界に酔い始めた上官を見て傭兵のほとんどが嫌悪感をあらわにした。
「けっ、あの上官も貴族じゃなきゃとっくに殺されてるぜ。なあ、そうは思わねえかペイジ?」
ほとんどの傭兵が自分に殺意にも似た嫌悪を向けていることなどつゆとも知らず、貴族の上官は話し続ける。
「・・・であるからして、我らがこの歴史の魁となるのである。おお!見よ諸君!虹が架かっているではないか!これぞまさしく栄光の架け橋!諸君私に続けーッ!」
上官が杖を抜きはなって虹に突撃した。本当に橋みたいに渡れると思ったのかはわからないが、兵たちも次々と虹を通過していく。


「なーにが栄光の架け橋だか。ちゃんちゃらおかしいぜ・・・」
「おい!それどころじゃねえぞ!見ろよプラント!肩こりが治ってるゥ!」
プラントと呼ばれた傭兵が隣を見れば、それまでの疲労感がウソのように肩を振り回す友の姿があった。
「そいつはよかったな。じゃあ張り切って稼ごうぜ!」
そう言ってプラントは駆け出す足に力を込めて走り出した。するとペイジが呼ぶ声がする。
「おいプラントォオ~~~~~~待ってくれよォ~~~~肩こりは治ったのによォオオお前速すぎるぜェエエ~~~」
プラントが何気なく後ろを向くと、ペイジが手を伸ばしていた。だがプラントは違和感を覚えた。いつものペイジとは違う気がしたのだ。友の異変に思わずその手を掴んで引き寄せた。
「え?何でお前こんな汗かいてるんだよ・・・」
握った手のひらがじっとりと濡れたのを感じた。ただ、不快感を催すような粘液性の高い液体だ。汗じゃない。
「おま、どおしちまったんだよォッ!その体はッ!」
見ればペイジの胴体に巻き貝のようなものがくっついていた。顔からは目が伸びて飛び出し、プラントの眼前で止まっている。
「どうしたって、お前の方こそどうしたんだよォォオオ~~~~腕が溶けてんじゃないのかァ~~?」
自分の腕を見下ろせば、成る程すでに五本の指はなく溶けたかのように垂れ下がっている。これはまるで、そう、ナメクジのようだった。
「誰のだってェェーーーッ!」
慌てて辺りを見渡すと、殻を被ったナメクジ――カタツムリと化した人間が這っていた。上官も同僚も、貴族も平民も関係なく地べたを這い回っている。
「ウワアアアアアアアァァァァァァッ!!」


「連れてきたわよダーリン!」
秘密の港から隠し通路をすっ飛んできたシルフィードが礼拝堂に突っ込んできた。礼拝堂の床をめくりあげながらブレーキをかけて止まる。その背にはキュルケとタバサ、そして全く動かないフーケとギーシュの姿があった。
「ちょっとキュルケ、ギーシュはまだしもなんでフーもがッ」
何事か口走ろうとしたルイズの口をウェザーが封じた。訴えるような視線でもがもが言っている。落ち着いたのを見計らって手を離してやり、シルフィードの背から二人を下ろして寝かせてやった。
ギーシュとフーケのどちらの服も肩に穴が空いており、その形はついさっき自分の腕にも出来た穴と同じものだった。フーケの方は心臓に近かったがまだ息をしているようだった。しかしキュルケの話しぶりからいってギーシュはすでに・・・・・・
「う~んモンモランシー、君はなんてビューティフルでワンダフルなんだぁ~・・・トゥギャザーしようぜ~・・・」
顔をだらしなく緩ませてよだれまで垂らしながら寝言を言っていた。
「・・・・・・おいキュルケ?」
「あら、あたしは死んじゃったなんて一言も言ってないわよ」
けろりと言ってのけた。改めてギーシュの体を探ってみると、肩の傷も、致命傷だったであろう手首の傷も血は止まっていた。よく見ればフーケの傷もそうだった。
「これは・・・・・・」
「ラ・ロシェールの医者はすでに殺されてたわ。ワルドが傷の治療にいったときにだと思うけど。おかげで治療は出来ないしワルドのことをダーリンたちに伝えなきゃいけないじゃない?途方に暮れてたらギーシュのポケットから何か転がってきたのよ。
 それを見たタバサが秘薬だって言うから、傷の重かったギーシュとフーケの傷を塞いだの。量が少なかったからそれが限度だったけどね」
その秘薬がモンモランシーのものだと知っているのはギーシュただ一人である。
「う~んう~ん・・・僕がおじいちゃんになってしまった~・・・まってくれ~首が折れるぅう・・・」

そのギーシュは悪夢にうなされていた。その様子を横目で見ながらキュルケは続ける。
「で、いざアルビオンへ!といきたかったんだけど、ほら、あの人ってお尋ねじゃない?タバサが敵じゃないって言うから一応連れてきたわけ」
「そうか・・・気が利いたなタバサ」
しかしそのタバサはどこか元気が見られず、礼拝堂の椅子に座って俯いているだけだった。ウェザーはきっと疲れているんだろうということで納得した。
「でも早く逃げた方がいいわよ!ここに来る途中すっごい大きな戦艦からどんどん兵隊が降りていたのよ!もうすぐそこまで来てるわ!」
騒ぐキュルケに対してウェザーはどこまでも落ち着き払っていた。親指で窓を示す。
「?何があるって言うの・・・っ!これは・・・・・・」
「そいつに触るなッ!」
窓を覗いたキュルケが愕然とした声を上げたのと同時にウェザーが叫んだ。シルフィードが地面にいた何かに顔を近づけたのを叱咤したらしく、シルフィードはびっくりして身を縮めていた。
「きゅ、きゅい(び、びっくりしたのね)」
「ちょっとウェザーイキナリ怒鳴らないでよ。なに?こんなところにカタツムリ?」
ルイズが気持ち悪そうに視線を送る。カタツムリはゆっくりゆっくりと微速前進していた。しかし今は雨期でもないというのに、こんな室内に現れるのはおかしいとルイズは思った。
「季節はずれねえ」
「そうでもないみたいよルイズ・・・・・・」
窓の外を凝視したままキュルケが呟いた。その言葉には信じられないものを見たといったニュアンスが含まれているらしく、気になったルイズがキュルケの隣から窓の外をのぞき込んだ。そして息を呑む。
「なに・・・これ・・・」


ルイズとキュルケが見た光景は迫り来る貴族派たちがことごとくカタツムリになって地面を這い回っている姿だった。傷を塞いだウェールズやタバサも窓に駆け寄ってその光景を見た。皆一様にそのおぞましさに身震いする。
城の前にはカタツムリが大量に発生しており、もはや道はおろか地面さえ見れそうにはないのではないかと思われた。
しかもそのカタツムリたちの中には結構な数で大きな個体も混じっている。よくよく見ればそこにはいまだに人としての形を保っているものもあり、仲間たちが助け出そうとする端からカタツムリ化しているのだ。
晴れた空に虹が架かり、その下ではカタツムリたちが蠢いている・・・なんとも理解不能なシュールさだった。
「ウェザー・・・あんたの仕業ね?」
ルイズが震えた声で聞きただす。対照的にウェザーは落ち着き払っている。
「まさか幻覚?」
「違うな。これは潜在意識に働きかけるものだ。言ってもわからないとは思うが・・・いいだろう説明しておく。俺の能力が『天候を操ること』なのは知っているな?」
ルイズ以外の人間は驚いたようだが、ルイズは動じずに話の先を促した。
「オゾン層・・・太陽と地上との間にある幕のことだな。これがないと色々まずいことになるんだが・・・今はいい。太陽光がこのオゾン層を通過するときにその屈折率を変化させて、その光を見た者は誰も彼も自分がカタツムリになると思いこむ。
 ・・・動きは緩慢になり、塩を怖れ、マイマイカブリに吸われ、触れた生物に子を産み付ける・・・ような気になる。あくまで心がそう思っているだけだが、潜在意識に入ってしまった以上、頭が理解していようと関係ない・・・」
「じゃ、じゃああたしたちもカタツムリになっちゃうの?」
キュルケが心底不安そうに尋ねてきたが、ウェザーはゆっくりと首を振った。
「太陽光はあくまで電源に過ぎない。スイッチはカタツムリに触ること・・・それから虹にも触れるなよ。カタツムリには性別がないからな・・・誰とでも子供が産める・・・ゆえにこの能力はカタツムリを映し出すのかも知れないな・・・」
「出会った相手誰とでもセックスする生き物なんててうらやまし・・・いや違っ、オゾマしいわ!」
キュルケはあまりの出来事に混乱しているらしかった。その時今まで黙っていたウェールズが口を開いた。


「確かに敵は止まったが・・・だがウェザー、君は『オゾン層を通過した太陽の光』と言ったな?ではアルビオン中・・・いや、ハルケギニア中がこの現象に陥るんじゃないのか?」
「さすが聡明だな・・・。お前の言うとおり、この能力は無差別だ。敵も味方も東も西も関係なく現れる。しかもこの能力、俺の意思では止まらない・・・エンポリオが成長させてくれたからなのか、
 今はまだこの城の周囲に限定しているが正直いつたがが外れてもおかしくない・・・暴走してしまっているんだ」
「そんな・・・・・・」
「だが『レコン・キスタ』の心を折るにはこれしかない・・・・・・だからウェールズ、お前に頼みがあるんだ」

一方で、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した外では、数少ない『人間』たちがパニックになりながらも逃走を始めていた。仲間も何もなかった。ただこの訳の分からない恐怖から逃れることしか頭にはなかった。
「待ってくれよォプラント~~この虫を取ってくれ~~」
「はなせッ!」
プラントもまたその一人だった。彼はペイジの手を振り払うともと来た道を駆けだした。下を出来るだけ見ないようにしながら。しかし程なくして、俄に空が曇りだした。
「な・・・んなんだよ・・・なんなんだよアレはァッ!ここは一体何なんだーッ!」
振り返ったプラントが見たものは巨大な入道雲だった。ニューカッスル城の向こうから立ち上るようにして現れた入道雲は黒く、嵐をはらんでいるのがわかった。
だけならばいい。まだプラントも納得できただろう。しかし彼が見た入道雲はまるで巨人のような形をしていたのだ。シンプルなボディに頭には鬼のように角がいくつも生えていた。
「あ・・・あああ・・・」
覆い被さるように空にたった巨人から急に強い風が吹き始めた。叩き付けるような風にのって何かが地表に降り注ぐ。それは人の拳ほどはあろうかという雹。
「あ・・・ははは・・・あはははははははははは綺麗な雪だなァ――――アぼっ!?」
巨人からの贈り物はやすやすとプラントの命を打ち抜いた。

ワルドはもうろうとする意識の中、風を感じていた。それは風のメイジとしての本能がそうさせているとしか言いようがなかったのだが、彼は今その風に恐怖していた。
「よ・・・・・・な・・・」
肺が潰れているのか、奇妙な呼吸音を発しながら何事か呟いた。恐らくは「よるな」と。その言葉は今薄く開かれた彼の目に映る雲の巨人に向かってのものだ。
巨人が手を伸ばしワルドを捕まえようとしている。だがグリフォンでも充分逃げ切れる。そう考えていた矢先、グリフォンが急に失速しだした。
グリフォンも生物である以上、『ヘビー・ウェザー』からは逃れられないのだ。カタツムリと化したグリフォンは翼の羽ばたきも遅くなり、徐々に墜落していく。その途中で巨人の腕がワルドの左腕を掴んだ。
もちろんそれは幻覚である。巨人は雲だから人を掴むことなどできはしないのだから。
「よぉるなァァッッ!!」
絶叫と共にワルドは自分の左腕を魔法で切り落とした。そこで彼の意識は途絶えた。
もっとも、今日に限ってはそれこそが幸せだったのかも知れないが・・・


「そんな・・・そんなこと許さないわッ!」
礼拝堂の中ではルイズがウェザーに詰め寄っていた。
「ルイズ・・・これしかこの現象を止める手はないんだ・・・」
「だからって・・・ウェザーが死ぬなんて認めないわ!」
ウェザーがウェールズに頼んだこと。それは自分を殺してくれと言う願い。
「この『ヘビー・ウェザー』は俺が絶望の怒りによって作り上げた悪夢だ・・・俺の心の暗闇が作り上げた現象・・・だからなのか、俺は自殺することが出来ない」
ウェザーは尖った瓦礫を拾うといきなりのどに突き刺した――否、突き刺そうとした。だがその切っ先は肌に届くことなく、瓦礫は突風に煽られて飛んでいってしまった。瓦礫が壁に辺り砕ける音が響く。
「見ての通りだ。止めるには俺を殺すしかない・・・ルイズやキュルケ、タバサにはさすがに頼めないんでな・・・すまないがウェールズ、介錯を頼む」
「他に方法があるはずよ!」
「ルイズ・・・わかってるはずだ。このままでは世界中がまずいことになるんだ・・・もう押さえられそうにない・・・」
ウェザーは優しくルイズの肩を叩いた。
「・・・・・・君は恩人だ・・・こんな結末はご免願いたい・・・」
ウェールズが杖を強く握った。心では恩人を手に掛けなければならない苦悩に満ちているのがわかる。周りにいる者達も同様であった。しかしルイズだけはウェザーにすがった。
「そ、そうよ!あんたわたしの魔法が成功するところまだ見てないでしょ!」
「・・・・・・」
「し、信じるって・・・言ったんだから・・・さ、最後まで見届けなさい、よ!勝手にし、死ぬなんて許さないんだからねッ!」
しゃっくりあげながながら訴えるルイズの頭をウェザーは撫でてやると、ゆっくりとウェールズに近づいた。だがルイズは諦めずにその後ろを追う。
「いっちゃダメ――――ッ!」

ルイズが後ろからウェザーの左手を握ると、『ガンダールヴ』の紋章が強く光り出した。手と手を通してルイズの中の波がウェザーの中に光となって流れ込み、その光はウェザーの心の中に入ると、朝日のような暖かさで絶望を打ち払っていくのだ。
「こ、これは・・・!」
ウェザーは体の力が抜けてしまい、ルイズにもたれるように膝を突いてしまう。
「あれ見て!」
キュルケが窓の外を指さして何かを叫んでいる。
「虹が・・・カタツムリが消えている・・・・・・」
キュルケの言うとおり虹もカタツムリもまるで夢から覚めたように消え失せていた。とは言っても、貴族派はもはや恐慌状態で生き延びたものは散り散りになって逃げ出している。
「パリー!全軍に突撃命令だ!敵はもはや崩れるぞ!」
ウェールズの命令に頷いたパリーは『フライ』で飛んでいった。
「どういう・・・ことだ?」
ウェザーは自分の左手を見つめたままそう呟いた。光は徐々に小さくなっている。
「ウェザー・・・止まったの?」
「・・・らしいな・・・全く力が感じられないんだ・・・・・・だがなぜ?『ヘビー・ウェザー』は悪魔の虹だ・・・止める手段は死ぬしかなかったはず・・・」
呆然とするウェザーにウェールズが近づき、その肩に優しく手を置いた。
「なぜ止まったのか・・・その理由はわからぬが、一つだけハッキリしていることがある。君が悪魔なはずがない。見たまえ」
そう言ってウェールズは自分の風のルビーとルイズの水のルビーを近づけた。二つの指輪に虹が架かる。
「君は私に希望を与えてくれた。風と水を繋いでくれるのは虹じゃあないか。私は君に万の敬意と億の感謝を贈ろう」
自分の呪われた力が人を助けたこと。ウェザーは静かに俯いて、涙を流した。
嵐の去った空は突き抜けるように蒼く、トリステインまで届きそうな大きな虹が架かっていた。



結果としてこの日の戦いで五万の軍は三百の兵に破れた。
後に生き延びた反乱軍参謀はその時のことを日記にこう記している。
『ありのままこの日起きたことを記す。"虹が現れたかと思ったらいつの間にか皆カタツムリになっていた"
何を書いているのかわからないかも知れないが私自身も何をされたのかわからなかった・・・集団催眠だとか幻覚魔法だとかじゃあ断じてない・・・もっと恐ろしいものの片鱗を味わったのだ・・・』
他にも『雲の巨人』や『カエル』などといった訳の分からない言葉が書き綴ってあったので、生き延びた人間に確認させたところ全員が震えながらも肯定したがどれも要領をえなかった。
死傷者二万を超える惨劇の中で『虹』だけが妖しく色づいていたことからこの事件は『悪魔の虹』と呼ばれ、空を駆ける竜騎兵はおろか、数多の兵を震え上がらせた。
ちなみにこの日の天気の記述にはおよそ知られているであろう全ての気象が記されていたと言う。

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