ギーシュの奇妙な決闘 第十一話 『星屑の騎士団』
――最初、モンモランシーは手紙の内容を受け入れる事ができなかった。
親愛なる叔父から届けられた、一通の書状。
その娘を介してのやり取りなら兎も角、滅多に直接的な干渉の無い相手からの手紙に、いぶかしみながらも封ろうを外し、開いて……絶句させられた。
何度も何度も、その内容を読み直し、一文字ずつ脳裏に刻み込み、ようやくその内容を受け入れた瞬間。
彼女は、机に突っ伏して、泣いた。
ラバーソールの学院襲撃から、既に一週間がたとうとしていた。
当初は混乱の見られた学生達も、今では普段と変わりない学生生活を送り、平穏を取り戻していた。ごく一部の、例外的な生徒を除いて。
狙われた当の本人であるギーシュ・ド・グラモンと平賀才人、その周辺の人々である。
後日に改めてオールド・オスマンから、自分達を狙っているのが『アカデミー』と言う組織だと聞かされて、彼らは寒気を覚えずにいられなかった。
才人はルイズから聞かされてその存在を知っていたし、ギーシュにとっては今更語るまでもない。
暴走したあの組織の標的にされた上に、これからもその危険は付き纏うのだ。
つかまってしまえば命の危険どころか、解剖されてまともな人間としての尊厳すら失われてしまうだろう。
――自衛のために、己の力を磨きなさい。
オールド・オスマンにそう告げられてから、ギーシュと才人の二人の特訓の日々が始まった。
ゆっくりと、ギーシュは癒えたばかりの両手に力をこめて、呼吸するように、それが当然であるように、傍らにある力を認識する。
まず力があることを確信し、認識する事。
メイジである以上は必ず言い聞かされる言葉であり、全ての魔法における初歩の初歩の初歩……それを改めて踏まえ、繰り返す。
自分の手の開閉を繰り返し、傍らにある力も同じように動かすように意識する。
目の前に立つのは、自ら作り出したワルキューレ。
ギーシュは、己の力の象徴であったそれを睨みつけ、傍らに立つ己の半身の存在を認識し、叫んだ!
「フェンスオブディフェンス!」
瞬間……現れたギーシュのスタンドの拳が唸り、ワルキューレに怒涛の勢いで拳をたたきこむ!
あっという間にスクラップになり、吹っ飛ばされるワルキューレを満足げに見やり……改めて、己の右腕を見つめた。
スタンドが本体と感覚を共有している事は、今までの経験と承太郎からの説明で掴んでいたし、実感もしていた。
フェンスオブディフェンスの感覚越しに腕に並々ならぬ衝撃は、自分の手で殴っているのとほぼ変わらない感覚となって返ってきたと言うのに、ギーシュの右手は全く痛んでいない。
つい昨日まで痛みを感じていた右手のケガが、完璧に癒されている……分かりきっていた事だが、ラバーソールに食われた右手の惨状を考えれば、完治に対する感動はひとしおだった。
場所は、学院内にある魔法の修練場……完治した右手の怪我の様子を見るための軽い運動だったが、何故かやたらとギャラリーが多かった。
才人達主従に、デルフリンガー、タバサにキュルケと、あの夜のメンバーが勢ぞろいしていたのだ。
「うっひゃぁ~……すげーなおい」
『おいおい相棒。何間の抜けた事言ってやがるんだい』
ぐしゃぐしゃに吹っ飛ばされたワルキューレに感嘆の声を上げる才人に、デルフリンガーは呆れて合いの手をうつ。
『確かにスピードは大したもんだが、パワーとかならまだまだだぜ』
「わかるのかよ」
『ああ。この前の悪魔騒ぎの時の、ジョリーンってあの嬢ちゃん……あいつのスタンドのほうが、よっぽどパワーがあったしな。あれだったらお前さん、あんなゴーレムなんぞ粉々だぜ』
「それに、ギーシュのワルキューレなんて何の抵抗もしてないじゃない」
「……せっかく人が感動してるんだから、水を差さないでくれたまえよ」
眉をひそめて苦情を言いつつも、ギーシュはデルフリンガーとルイズの発言そのものを否定しようとは思えなかった。
自分のスタンドがジョリーンの『ストーンフリー』と比べて圧倒的に貧弱である事は、自分でも分かっていたのだ。
スピードだけなら勝っている自信があるが……それだけである。総合的なラッシュの破壊力だけで言うのならば、比べるのも馬鹿馬鹿しいだろう。
(……やっぱり、スタンドには個人差があるんだろうか?)
魔法に個人差があるように、スタンドにも個人差があると考えるのは当然の理屈だろう。
話を聞く限りでは能力も個々で違うようだし、スタンドと言う能力は魔法に負けじと奥が深いものがあるらしい。
「――へぇ。意外とやるじゃない」
スタンドが見えない才人が首を傾げるその横で、キュルケは己の率直な感想を包み隠さずにギーシュに告げた。隣にいるタバサも同意するとばかりに頷いて、
「魔法を使う隙を補うなら、十分過ぎる」
「……まぁ、確かにそうなんだけどね」
学院でも指折りのトライアングルクラスからの褒め言葉だ。本当ならば、多少得意になってもおかしくは無いのに、ギーシュの心は晴れなかった。
確かに、接近戦の苦手なメイジの護衛としてみるならば、このフェンスオブディフェンスは十分すぎるほどに強力である。普通の敵相手には強力なアドバンテージだが……
(スタンド使い相手には未知数、なんだよな)
あの夜襲い掛かってきた黄の節制の男に対し、ギーシュは何の抵抗も出来なかったのだ。
スタンドの存在も全く役に立たず、今この修練場に集まっている面々の協力と、そこから得られたヒントが無ければ、今頃はどうなっていた事か……
そして、ルイズの言葉が表すとおり、彼が今ふっとばしたワルキューレは抵抗を全くしない文字通りの案山子であり、スタンド使いに限らず実際襲い掛かってくる敵に通用するかどうかすら、全くの未知数だった。
そもそもからして、自分のスタンド能力は扱いやすい物ではないのだ。
右手のケガが完治する今日までに、キュルケ達の協力の下『能力』であるフェンスの性質についてはあらかた調べ終わっている……が。
冷やせば絶対零度、燃やせば超高温を生み出せるのでは!? とわくわくしながら実験に挑んだと言うのに、結果はなんとも御粗末な代物であった。
冷やしてみたら、確かにものすごい低温を作り出せたのだが……冷却範囲がひたすら狭く、なんとフェンスを薄く覆うヴェールのような狭い範囲だけだった。高速で相手を冷凍しようとすれば、相手の体をフェンスに押し付けなければならないだろう。
燃やしてみたら、確かにものすごい高温になった物の……今度は枠がその熱に耐え切れず溶けてしまった。決して低い温度ではない物の、溶けた瞬間に反射が失われて燃え尽きてしまうのだ。
フェンスの枠は青銅で出来ているらしく、その融点は約1000度。決して低いとは言わないが……このくらいの温度ならトライアングルクラスならば軽く出せるし、理想とは程遠い。
まだまだ欠点はある……温度が上がりきる、下がりきるまでに時間がかかる上に、一旦設置したフェンスを中心とするために攻撃の自由度がやたらと低いのだ。
ファイヤボールのように打ち出せるわけでもなく、フローズンのように自由に発生させられるわけでもない。
こういう視点に立ってはじめて、ギーシュはメイジの魔法が以下に自由度か高いかを理解できるようになっていた。
更に悪い事に。
このフェンス、現時点だと、『一度に一枚しか出せない』!
二枚目出そうとすると一枚目が消えてしまうのだ。『二枚重ねて火をつけたら温度の上昇が加速するかも』という甘い見通しは、木っ端微塵に砕かれてしまった。
いくら訓練を重ねてもフェンスの枚数は増えないし、八方塞である。
(つ、使いにくい! 本当に使いにくいぞ僕のスタンド!)
防御に使うには文字通り穴だらけだし、攻撃に転用しようとしても、使いどころが難しい。手持ちの魔法である、錬金やワルキューレとも連携しにくい。
もしも、ギーシュが他のスタンドを知らなければ今のフェンスオブディフェンスの能力で十分に満足していただろうが……間の悪い事に、彼は他のスタンドを自分のスタンド能力を把握するより先に知ってしまっていた。
スターンフリーと『黄の節制』、そしてブラックサバス……どれも、フェンスオブディフェンスには無い万能性があり、真正面から戦っても勝ち目が無いような者達ばかりだった。
敵対した二つのスタンドには一対一で戦う事をシミュレーションしたのだが、どうやったら正面から戦って勝てるのか。
一体この扱いにくさ抜群のスタンドをどういう風に活用すればいいのやら、ギーシュは目の前に立ち塞がった問題に対し、顔引きつらせるだけで解決策の出しようが無い。
「なーんか、全然満足してないわね。ギーシュ」
「贅沢」
呆れるキュルケ達をよそに、ギーシュはどうしたものかと首をかしげて……その視界にモンモランシーの姿が写ったのは、そんな時だった。
悩んでいる最中に現れた安らぎに、この軽薄な男は無邪気にはしゃいだ。
「モンモランシー!」
「……?」
反射的に声を上げたギーシュを、モンモランシーは緩慢な動作で振り向いた。
修練場の傍らに延びる通路を歩く彼女に向かって、ギーシュはわき目も振らずに走り出す。その後ろでは、呆れた目でギーシュを見ながら立ち上がるルイズ達に……
「自分で呼び出しといて、そっちかよ」
『ま、しゃーあんめぇーよ。ギーシュだし』
「そうね、ギーシュだし」
「そうだよなぁ、ギーシュだもんなぁ」
「ギーシュだしねえ」
「所詮、あんなもの」
なんか、変な納得のされ方をしていた。
納得しながら、これから起こる惨劇を思わずにはいられない。
ルイズのツンデレが強烈過ぎて霞んでしまうがモンモランシーも立派に嫉妬深い少女であり、ルイズやキュルケと一緒に居る事に対して何も言わないと言うのはあまりに希望的に過ぎる予想であろう。
「やぁ、モンモランシー。君は相変わらず、美しいね。いや、あの……彼女たちと一緒に居たのは、スタンドの訓練のためで……?」
雷の一つも落ちるんだろうなと、漠然とした経験則に基づく予想は……外れた
「……何?」
ギーシュやルイズ達が、モンモランシーの様子に驚いた。
彼女は今までに無いほど陰鬱な雰囲気を引きずっており、ギーシュが必死に並べ立てた言い訳を興味なさそうに聞き流したのである。
目は真っ赤に腫れていて涙の後も見える。明らかに尋常ではないその様子に、ギーシュは思わず真剣な青で問い返した。
「……モンモランシー、どうしたんだい? そんな顔をしていては、君の美貌が翳ってしまうよ」
「……ううん、なんでもないのよ」
心配そうな声に対して、モンモランシーは首を振って否定の意を示した。
こんな暗い表情作っておいて、なんでもないなんて大法螺噴きだと自嘲するも、それを改める事は出来そうにない。
正直、改める余裕など、今のモンモランシーには何処を探しても無かったのである。
あからさまに落ち込んでいる目の前の彼女に、ギーシュは続けて何かを言いかけたが……口をもごもごとさせるだけで、何も言わなかった。
何を言えばいいのかわからなかったのだ。
ギーシュの女性遍歴は所詮薄っぺらな物であり、こういう真剣に落ち込んでいる女性に対する対応が出来るほど熟達してはいない。
下手な言葉をかければ返って相手を傷つけかねない事ぐらいは理解できるも、どうすればいいのかがわからない。
そのままほうっておく事も気の聴いた言葉で慰める事もできないと言う、なんとも中途半端な状態だった。
「それよりも、アナタはなにやってたの? スタンドの練習?」
「あ、うん……そうなんだ」
問い返されて、ギーシュは沈黙を破り、しどろもどろになりながら答える。先程答えたはずの事を改めて聞き返してくる辺り、全然大丈夫ではない。心ここにあらずとはこの事か。
「ほら、僕の右腕の怪我は、退院できてもまだ治らなかっただろ? それがやっと完治したんで、今度はフェンスオブディフェンスの接近戦能力を測ってたんだ」
「そうなの……」
「少なくとも、ワルキューレを一瞬でスクラップに出来るくらいの能力はあったよ。振動が腕に伝わってきても、全く痛みが無かったし、完全に本調子さ」
「よかったじゃない」
「…………」
会話のキャッチボールが成り立たなかった。いや、ギーシュのほうからは勢いよくボールを投げるものの、モンモランシーはそれを投げ返してこない……いや、受け止めているのかすら怪しい状態である。
「御免、ギーシュ……私、もう行かなきゃ」
「え、あ……」
ぼそりとつぶやいて踵を返すモンモランシーを呼び止めようとして、ギーシュの手は宙を泳いだ。かけようとしても、かける言葉が見つからない。
何故そんな風に落ち込んでいるのかを聞く事自体はたやすい。
ただ、それを聞いてしまう事がとてつもない過ちであるような気がしてならず、ギーシュに安易な選択肢を取らせる事を阻んだ。
だからといって、このまま彼女を行かせるのは……いやしかし……
ループに陥る思考の中で、ギーシュは必死に彼女を不自然でなく呼び止める話題を探した。
度し難い話ではあるが、話題がないくせに彼女をこのまま行かせたくないと考えたのである。
何かがないかと記憶の棚をひっくり返し、荒らしつくして……己の悩みすらも解決できる理想的な問いを見つけた。
「も、モンモランシー!」
「――何?」
「首都の『星屑騎士団』の宿舎に行かないかい? これから、相談に行くところなんだが……」
少なくとも、二人のスタンド使いが存在する場所。
そこに相談しに行く事は決して自分にとってマイナスにならないはずだと言い聞かせ、ギーシュは言葉を紡いだ。
……これの選択が、『スタンド使いは惹かれあう』という法則をギーシュの骨身にしみこませる事件の、発端であった。
モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシには、二才年下の姪がいた。
小さいながらも利発で、くりくりとした瞳が愛らしい少女だ。彼女はモンモランシーになつき、モンモランシーは彼女を実の妹のように可愛がって、子供の頃から実の姉妹のように過ごしていた。
婚約者から貰った装飾品を嬉しそうに、肌身離さず身に着ける普通の少女。
一族はおろか、使用人達からも愛され……魔法の才能もある。将来はその人望と才能で領地を良く治めるであろうと、嘱望されていた少女だった。
「あ~っ、むかつく! あのトリガラがぁーっ!」
「…………」
デスクの上に両足投げ出して、はしたなく騒ぐ娘の姿に、承太郎は眉をひそめた。
女の好みが大和撫子であり、出来れば娘にもそうあって欲しいと願う承太郎にとって、あまり歓迎できる動作ではなかったのだが……それを口に出す事はしなかった。
それを願い彼女に強制することが、醜い親のエゴである事位は、父親失格の立場である承太郎も十二分に知っていたのだ。
二人とも、騎士装束は着ていない私服姿だった。承太郎は学ランを髣髴とさせるオーダーメイドのコートに、ジョリーンは『あちら側』で着ていたのと全く同じ服。
ハルケギニアではかなり変わった服装だが、辺りを歩き回る団員達はそれが当たり前とばかりに仕事を続けている。彼らは上官達の私服姿に、完全に慣れていた。
「……そう腐らないでくださいよ、ジョリーンさん」
彼女のデスクにお茶を置きながら、年若い騎士が苦笑を浮かべて言った。
トリスティン王宮の傍らに、ポツンと建てられた掘っ立て小屋……小さな村の宿屋程の大きさしかなく、王宮近くの建造物としては目を見張るほどに貧乏臭い建物だったが、そこに詰める者達は間違ってもみすぼらしくなどない。彼らこそは、黄金の精神の持ち主。
『星屑騎士団』の屯所である。
その中二階にある『シュヴァリエ』階級専用のオフィスに、ジョリーン達はいた。
数人の隊員が資料探してわたわたと駆けずり回っている辺り、『専用』と呼べるかどうかは怪しいが。
本来ならばフーケ討伐に動き回らなければならない立場にあると言うのに、彼ら『星屑騎士団』に与えられたのは、『首都の警邏』という緊急性のない任務であった。
首都を空けるわけにはいかないだの、少数精鋭の君たちならば適任だだの、もっともらしい枕詞を並べ立てられてはいたが……本音を晒すのならば、『大物討伐に平民上がりが出しゃばるな』と言った所だろう。
騎士団に命令を通達した時の関係者のにやけ顔が、それを証明していた。調べたところ、討伐に選ばれた騎士団を率いるポワチエ大将が、方々に賄賂をばら撒いてこの人事を実現させたらしい。
「確かに、置いてけぼりを食らったのには腹が立ちますけど……マザリーニ宰相ご自身には考えあっての事ですし」
「そーだけどさぁー」
その騎士が言う通り……他の騎士団関係者の思惑は兎も角、マザリーニはそういった官僚意識とは無縁の合理的な理由で、賄賂で動かされた連中を制止せず星屑騎士団をフーケ討伐隊から外したのである。
その理由には、『星屑騎士団』の隠された任務の一つ……承太郎たちと同じようにこの世界に呼び出されてしまった、スタンド犯罪者の検挙が関わってくる。
隠された、というのも誤謬かもしれない……希少で見つかりにくいDISCの回収と言う任務と並べてみると、スタンド犯罪者検挙の方が主な任務と言っていいだろう。
明らかにメイジの物とは思えない現象や、それが関わる犯罪を取り締まるのが、彼女達の任務である。
スタンドと言う物は確かに魔法に比べて万能性がないが……それだけに、はまれば恐ろしいほどの強さを発揮し、そうなってしまうとスクウェアが数人がかりでも倒せない。
先日も、要人の警護にあたっていた風のスクウェアメイジが、スタンド使いと思われる殺し屋に後れを取ったばかりだ。ラバーソールも戦争が起こるたびにメイジを文字通りの食い物にして荒稼ぎしていたらしい。
スタンド使いが関わると、万事が万事この調子だ。魔法は杖で起こすと言う概念が、杖を使わず魔法のような現象を起こすスタンド使い達の助けになっていた。
トリスティンに限らず、ハルケギニアの貴族たちにとって、召還されたスタンド使いが起こす犯罪は、悩みの種なのである。
この世界における生活基盤のないスタンド使いがこのハルケギニアで生きようとしたら、犯罪に手を染めるしかない。才人のように貴族の庇護の下に召還される、と言うのは本人がどう思おうと、凄まじく運がいいのだ。
ラバーソールのような傭兵家業に身をやつすのならばまだいいが、ドロボウや暗殺者のような物騒な職業につかれると、眼も当てられない。
更に悪い事に、この世界のスタンド使いの大半が後者であり、結果、ハルケギニアではスタンド使いが事故で召還される度に、少なくない量のメイジの血が流される事となる。
承太郎たちが『星屑騎士団』という組織を作り上げ、トリスティン王国と言う政府に属しているのは、『スタンド使いを取り締まる代わりにDISC捜索に協力してもらう』という、取引の結果なのだった。ギブ・アンド・テイクの見本である。
さて、それを踏まえて。
マザリーニが精鋭である『星屑騎士団』をあえて動かさなかったのは、最近増加の一途をたどるスタンド犯罪に対応させるためだった。
手ごわい奴が現れたとか、大規模な犯罪組織になったとかではなく、単純にスタンド犯罪の数が増えているのである。それも、かなりの勢いで。
数ヶ月前までは少数精鋭で数の少ない星屑騎士団でも暇をもてあます位だったというのに、今では息をつく暇もないほどに発生件数が跳ね上がっていた。
ジョリーンと承太郎以外のメンバー……エルメェス達を初めとしたスタンド使い達も休む暇すら惜しんで王国領地の各所を駆けずり回っているのだ。
スタンド使い以外の構成員も、彼らについて8割がた出払っている始末である。
承太郎達も本当なら親子水いらずで釣りにでも出かけようと、前々から休暇を取っていたのだが……休んでいるのは服装だけで、休日返上で屯所に篭らざるをえなかった。 この後も、今取調べをしている人間の証言が取れ次第、残っている人間全員で捜査に乗り出す予定だった。
「スタンド使った事件には、僕ら以外じゃ対処しづらいですしね……宰相閣下にとっては、他の騎士団に出来る事を、わざわざ僕達にやらせる必要性を見出せなかったんでしょう」
「そりゃそーだけどさ……」
「ジョリーンさんの場合は、姫様の警護役もありますからね……そうだ。そんなに暇なら、姫様の所に遊びに行かれたらいかがですか? いつもみたいに」
「その、アンのところもねぇ……アルビオンの事で悩んでるみたいだし、行っても相談にすら乗れないんじゃあね」
「まぁ、隣の国の事ですから……って、ちょっと待っておいィィィィィッ!!」
やれやれと爆弾発言ぶっ放すジョリーンに、若い騎士は奇声を上げて向き直る。
シュヴァリエの分際で姫様呼び捨てという無礼対する反応としては、騎士のそれこそがデフォルトなのだが……ジョリーンも承太郎も涼しい顔で、その驚愕を受け流した。 なんせ、貴族社会とは無縁の世界からの来訪者、そこ等へんの礼儀にはやたらとラフだった。
「あー、訂正。姫殿下ね」
「訂正って……呼び捨てはいかんでしょ呼び捨ては!?」
「姫殿下直々のお許しあっての事だ。気にするな」
(気にしてくださいよ! ねぇ!)
若き騎士は、あまりにフランクな上司達の様子にめまいを覚え、よろけてしまう。
……承太郎達に来客が告げられたのは、丁度その時だった。
「ここが、『星屑騎士団』の屯所か」
「…………」
「……ず、随分と小さいところだね!」
「……そうね」
「……あ! モンモランシー……その髪留め、僕がプレゼントした物だね! やはり、君に良く似合っているよ! 悩んだ甲斐があると言う物だ!」
「……ありがとう」
「それを買った時、ヴェルダンデが装飾の宝石を気に入ってしまって、困ったよ」
「……そう」
「…………………………………………えっと」
「…………………………………………」
重い。
何が重いって、沈黙が重い。会話をしようとしても、全く続かない。
ギーシュとモンモランシー……二人の間に横たわる重いものは、ギーシュと同様の目的を持つルイズ達主従はおろか、興味本位のキュルケたちまで圧迫し、場の空気を暗く湿ったものにしていた。
承太郎への取次ぎを頼み、待合室へ通されたのはいいものの、空気がこんなでは気も滅入るというものだ。
(お、おいギーシュ! モンモンなんとかしろよ……暗いぞ! ものすごく!)
(そ、そう言われても……僕にも何がなんだか)
情けない事に、才人から放たれたヘルプに対して、ギーシュはなんら応える手段を持ち合わせていなかった。
学院から馬で駆け抜ける事3時間。その間、モンモランシーは変わらずずっとこの調子だった。
何があったのか聞いても答えず、お茶を濁すばかり……それは、ルイズやキュルケが相手でも変わらず、結局学院からこの屯所まで、この重いを空気引きずるようにしてやってきたのだった。
首都へ行く。
予定無しに言い出すにはあまりに突飛なこの提案を、モンモランシーはなんとあっさり受け入れ、ついてきた。普段の彼女なら、『もっとはやく教えなさいよ』とか『なんで前もって言ってくれなかったのよ』とか愚痴が入りそうな物だが、それすらない。
まるで、家族が死んだかのような落ち込みようだった……つい昨日までは明るく笑っていたと言うのに。
(……本当に何があったんだい? モンモランシー)
もう一度聞き直すことはたやすいだろう。
だが、ここまで極端な落ち込みようを見せる乙女に対し、果たしてそれは正しい選択といえるのだろうか? 返って、相手を傷つけてしまうのではないか?
ギーシュ・ド・グラモンは、リンゴォとの決闘以来、物事を深く考えるようになった。
平民の事、戦いのこと、相手の事など……以前なら何の躊躇いもなく無神経な台詞を放っていた場面で、沈黙の砦に篭ってしまうのはそれ故の弊害といえる。
今のギーシュのそれは気配りなどではなく、相手を傷つける事に対して、臆病になっているだけだった。
あの可愛い姪は来年になれば魔法学院に入学し、共に学ぶ事になる……筈だった。
彼女が予想し、モンモランシーが楽しみにしていたその未来が訪れる日は永遠に来ない。婚約者と温かい家庭を築く事もない。
モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシには、二才年下の姪が『いた』。
今はもう、いない。
取次ぎの兵士達に連れられていくルイズと才人、ギーシュ……三人の姿が見えなくなったところで、キュルケは辺りを見回した。
置いていかれる事に対する不満はあったが、それを口に出そうとは思わない。彼女達自分たちが部外者だという事を知っていた。
そして、踏み入って聞いていいような事情でない事も……留学生としての節度を守っているのである。
二人は才人やギーシュが狙われる理由やその相手が何者か……アカデミーに関する全ての情報を知らされていなかったのである。
ここに来たのも『星屑騎士団』に対する好奇心であり、この場で行き交う人間たちを眺めているだけで、それは満たされているのだ。
オールド・オスマンの判断で隠された以上、それに踏み入るつもりはない。
彼女達はそれでいい。相手の国の政治に必要以上に踏み込まないのは他国の人間として当然の事。
しかし……モンモランシーはこの国の人間であり、ギーシュとは浅からぬ仲である。
彼女の性格と併せると、置いていかれる事に対して何かコメントがあってもいいものだが。
「…………」
彼女は只、沈黙するのみ。
「……なんというか、お子様ねえ」
「…………」
恋愛に関して場慣れしているキュルケは、ギーシュの内心の動き――気遣いゆえの臆病さを察していた。
この手の線引きはそれこそ経験をつんで見切るべきものであり、一朝一夕に身につくものではない。
そういった価値観は個人個人が自分の感覚で掴む物で、教えたり出来る物ではないとキュルケは考えていた。
考えていたのだが……元来、彼女は母性的で面倒見がいい性質だ。目の前で悩んでいる人間がいれば、どうにかしてやりたいと言う欲求が止まらなくなるのである。
あたしって、こんなにおせっかいだっけ? タバサに効いたら即肯定されるような事を思いながら、キュルケはモンモランシーに向き直った。
「ねえモンモランシー。あなた、一体なにがあったの?」
「…………なんでもないのよ、なんでも」
「あのねえ……信じられるわけないでしょ? そんな、いかにも落ち込んでます、みたいな顔されたんじゃあ。
それとも何? 悲劇のヒロインぶって慰めてくれるのを待ってるわけ?」
ギーシュに対するのと全く同じ調子で返す事を、キュルケは許さなず、挑発的な物言いで反応を引き出そうとするも……モンモランシーは、無言でうつむくだけだった。
(これは……重症だわ)
その反応を見て、ふとキュルケはある可能性に行き着いた。ひょっとして、モンモランシーは……身内に不幸でもあったのではないか?
もしそうなら、キュルケの言動は死者の名誉を汚す無礼な行いになってしまう。
ふと視線を感じて振り向くと、タバサが珍しく、明らかに咎めるような視線を向けてきた。親友にいさめられ、キュルケは嘆息して、モンモランシーに謝罪した。
「一寸言い過ぎたわ。ごめんなさい。
……何があったのか知らないけど、理由くらいは話して上げたほうがいいわよ? 私にじゃなくて、ギーシュに」
「……それは、わかってるわよ」
ポツリとつぶやかれた言葉には、明らかに感情が篭っていた。苛立ちと、悲しみだ。
ようやくマトモな反応が返ってきたことに、キュルケは微笑み、タバサは視線を本に戻した。
その直後。
「――だからっ! 私はもう無関係だと言っているだろう!!」
若い男の怒鳴り声が室内にに響き渡り、キュルケとタバサは、何事かと顔を見合わせる。
……故に、気付けなかった。
その声を聞いたモンモランシーの肩が、大きく震えたことに。
一体何があったのか。
タバサとキュルケが顔を見合わせ、どうしようか迷っている間に、あっさりと疑問は氷解した。
「そういう話は、私じゃなくて従者に聞いてくれ! 何故私をこんなところに押し込める必要がある!?」
「そ、そう言われましても……」
「栄誉あるポワチエ一門の人間を、平民風情と同じように扱うつもりか!」
声の発生源は待合室の壁、その向こう……どうやら隣が尋問用の部屋らしいと、タバサとキュルケはすぐさま察しが着いた。
待合室と取調室が隣接し、しかも声がダダ漏れとは……思った以上の安普請に、なんともいえない表情になる。
「……ひょっとして、ここって貧乏なわけ??」
「その割には、いい物を使っている」
ここに詰めている騎士達の武器や防具は、一線級騎士達と比べても遜色がない程のものばかりだった。
少ない言葉に隠れた真意を読み取り、キュルケは眉をひそめた。身だしなみだけ気にして、内情が火の車と言うみっともない金庫事情が、ある男のそれと重なったのだ。
「それって、ギーシュの実家みたいに見栄えだけ気にしてるって事?」
「違う。多分、実戦を第一に考えてる」
これは、数多くの実戦を経験してきたタバサだからこそ気付けた事だ。
一同を個々まで案内した者、途中ですれ違った者、ギーシュ達を迎えに来た者……恐ろしい事に、どう考えても下っ端にしか見えないお茶汲み係に至るまで全員、挙動や仕草に隙らしい隙を見つけることが出来なかった。
一人一人の戦闘力としてみるなら、一流とはいえ目を見張る程ではないが、それが集団ともなれば話は別だ。
兵の平均的な強さと言う点では間違いなくハルケギニア随一だろう。
扱っている武器も、芸術的な意味ではなく実用的な意味での『良質品』である。実戦第一主義と言うわけだ。
本当の事を言えば……スタンド使い相手に平民である彼らが相対しようとすると、生半可な者では足手まといにしかならないのである。
最低限スタンド使いに対抗できる人材、装備をかき集めようとすれば、自然とこうなってしまったのだ。
今の少数精鋭ですら、スタンド使いと相対した時の隊員の死傷率は5割を超えてしまうのだが、タバサたちは知る由もない。
「大体、何故取調べをするのが平民上がりなのだ! 貴様らの上官はいないのか!?」
「は、はぁ……」
「そうか、そういえば貴様らの舞台には薄汚いシュヴァリエしかいなかったな! 成る程、平民と大して変わらない成り上がりの巣窟と言うわけか!」
「…………」
それにしても。
壁を貫通して耳朶を叩く、余りに醜い喚き声にキュルケは眉をひそめずに入られなかった。タバサは表情こそ変わらないものの、内心は似たようなものだ。
言ってる内容もあれだが、その程度の内容を相手を恫喝するかのように叫び散らす辺りがどうかと思う。
本当の貴族は侮辱された際に醜く怒鳴りたてるような事はしない……いかなる場合にも静かに、優雅に振舞う物であるというのが、トリスティンにおける貴族の理想的なあり方と言う物だ。タバサとキュルケは他国の人間だがその彼女たちからしても、隣人の言葉遣いは余りにも『貴族らしく』ない。
まぁ、貴族と言ってもピンきりで……実際彼女達が通う学院においても貴族と呼ぶに値しないような輩は大勢いるし、逆に貴族らしい貴族のほうが少ない有様だから、大して珍しくはないのだが。
それでも、不快感は拭えなかった。
「あらら……ポワチエって、確かこの国の将軍さんだったわよね」
「…………」
キュルケの呆れた声に、タバサは無言で首肯して見せた。
そして、そこである異常に気が付いたのである。
タバサに遅れる事一瞬、キュルケもその異常に気がついて、目を丸くした。
モンモランシーが、いつの間にか立ち上がって、薄い壁にその耳を貼り付けていた。
その表情にふざけた要素は一切なく、微動だにしない事もあいまって真剣さだけで彫金された銅像のように見えた。
「も、モンモランシー?」
「…………」
香水の銅像乙女は、キュルケの言葉に答えなかった。ただ、静かにしてとばかりに視線をキュルケに向けただけだ。
一体彼女は何を考えているのか?
モンモランシーの行動についていけず、タバサとキュルケは困惑した。
自分の姪が、自殺した。
これが、モンモランシーが受け取った手紙の内容だった。
性質の悪い冗談だろう? そう思いたかったが、現実の厚い壁は空想の入り込む余地がなかった。
彼女の父親は、こんな下種なジョークを口にするような男ではなかったし、第一わざわざ手紙を書いてまで嘘をつく必要もない。
何故、あの明るく愛らしい姪が自殺する羽目になったのか? 平民貴族のわけ隔てなく優しく接するあの子の、輝かしい未来をどす黒い黒で塗りつぶしたのは誰なのか?
送られてきた手紙は、それらの疑問に答えてはくれない。姪が死んだことと、死因が自殺だという事、最後に葬式の日程が簡潔に書かれていただけだ。
モンモランシーが今できる事と言えば、悲しみにくれることだけだった。
案内の騎士に通されたオフィスを見て、ギーシュとルイズは度肝を抜かれた。
内装の豪華さにではない。逆に、その内装の質素すぎる事に驚かされたのである。
一般的に騎士団の隊長クラスのオフィスともなれば、どれ程屯所がみすぼらしくとも、内装に気を使うものだ。絨毯や絵、陶器といった芸術品は必須。
デスクや棚と言った備品は騎士団同士のやり取りの際に侮られぬために、必要な措置なのだ。
なのに。
この『星屑騎士団』オフィスには、そんな装飾品の類が一切存在しなかった。それどころか、高級品すらなかった。
棚や立ち並ぶデスクは平民でももう少しマシな物を使うぞ、と言いたくなるようなオンボロぞろい。
隊長である承太郎の座るデスクぐらいは地味に立派だが……よく見るとそこかしこに傷が目立つ。
加えて、滅多に一般兵士が立ち入れないはずのオフィスを、どう見ても平隊員です本当にありがとうございました、な連中が歩き回っている始末。
気分はヤック・デカルチャ! こんな騎士団オフィスがあるとは思ってもみなかった二人は、初めて文明に触れる未開の地の人々のように凍り付いてしまった。
「お、ジョリーンさん!」
「よぉー、久しぶり……呼び捨てでいいってば」
貴族二人を放置して挨拶を交えたのは、才人とジョリーンだった。
そのジョリーンに又ショックを受けるルイズ達……来訪者がいると言うのに、デスクの上に両足投げ出してリラックスしてるのである。
傍に控えていた若い騎士が頬を引きつらせて、
「じょ、ジョリーンさん……せめてきちんと座って欲しいんですが……」
「諦めろ」
「ですよ……ねぇ」
クールに断言する承太郎に、若い騎士は肩を落とした。
承太郎は硬直しているギーシュ達の横で戸惑っていた案内の騎士に、下がるようにアイサインを出してから、口を開いた。
「――さて。用件を聞こうか、ギーシュ」
「……あ、は、はい」
ギーシュの意識が解凍されたのは、案内の騎士がオフィスを出て行くのとほぼ同時だった。とりあえず内装の事には一切触れないように決意し、承太郎に向き直った。
改めて向かい合うと……ジョータロー・シュヴァリエ・ド・クージョーという人物がいかに『凄味』を持つ人物かが分かる。
モット伯や以前の自分では欠片も出せない……下手をすれば、ギーシュの父であるグラモン元帥やあのリンゴォよりも上かもしれない。
それ程の凄味が承太郎からは放たれていた。
というか、前にあったときより気合が入っている気がする。間違いない。
……間違っても、迷える青少年の相談に乗る人間が出していい威圧感ではなかった。
「わざわざ学院から来たんだ……生半可な用事じゃないんだろう?」
「へ??」
まるで非常事態を前にしたように表情を引き締める承太郎に、ギーシュはしどろもどろになった。
彼はただスタンドの事で承太郎に質問があってきただけで、そんなに差し迫った用事があったわけではないのだ。
何より、『聞きたいことがあったら会いに来い』と言ったのは、承太郎ではないか。
「あ、いや、僕は、この間あなたに言われたから、こうしてあなたを訪ねたんですが」
「……この間? それは、ラバーソールがお前達を襲撃した夜の事か?」
慌てて弁明した瞬間、承太郎の凄味が眼に見えても不自然に減った。
一体何を勘違いしたのだろうというギーシュの疑問は、次の一言で木っ端微塵に砕かれた。
勘違いしたのは、ギーシュの方だった。
「……俺はあの時、『オスマンを尋ねろ』と言った筈だが」
「……え? あ、あれ??」
眼が丸になるギーシュを見て、承太郎は被っていた帽子の位置を直しながら、嘆息した。
二人の意識の差異の原因がわかった……ギーシュが勝手に承太郎の言葉を聞き違えただけだったのだ。
「やれやれだぜ……」
「なんか、勘違いでもあったの?」
「らしいな」
ジョリーンの問いに答え、承太郎はデスクから立ち上がった。
「俺達は最近殺人的に忙しくてな……今日は偶々屯所待機だったから運がよかっただけだ。次からは前もって連絡をくれ」
「あ、は、はい!」
自分の記憶違いで相手に迷惑をかけてしまったことに気付き、ギーシュは顔を真っ赤にしながら姿勢を正した。
話が通してあるからとやってきたのに、実際にはアポ無しの突撃になってしまった。
小さいとはいえ騎士団の隊長相手にアポ無しで面会を求める事がどれ程無礼な行為か……軍人の家系に生まれたギーシュは骨身に染みるほど良く知っていたのだ。
「それで……相談と言うのは何だ?」
「は、はい……その、フェンスオブディフェンスの事で……」
「名前が決まったのか。何よりだ」
「……戦闘に使うのに、余りにも扱いにくいので、アドバイスがもらえればと思いまして」
「…………成る程、な」
アカデミーと言う敵の存在が在る以上、己の戦闘能力に不安があれば、それを解決しようとするのは当然の考え方だ。
特にギーシュはスタンドに目覚めて間もない素人である。自分の力だけで何とかしろと言うのは、酷というものだろう。
そしてそういうアドバイスが出来そうなのは、ギーシュが知っている中では承太郎だけだ。
ギーシュが決して軽い気持ちで尋ねてきたのではないと理解した承太郎は、来客用のソファ(これまた安物)の傍まで来ると、先に三人に座るように促し、
「まず、かけてくれ……長話になりそうだしな」
承太郎とジョリーンの二人と対面する形で、ギーシュは己の把握している限りの『フェンスオブディフェンス』に関する情報を提示した。
ビジョンの持つスピードや、フェンスの反射の性質、それを応用した攻撃など……一通り話し終わったところで、承太郎は口を開いた。
「十分すぎると思うが、何が不安なんだ……?」
「じゅ、十分ですか?」
「ええ。正直、使えるスタンドだと思うわ」
何のお世辞も含ませず、ジョリーンが追従する。
どんな物理法則も完全に反射させるフェンスと、スピードだけならストーンフリーも超える接近戦能力……決して弱いスタンドだとは思わなかった。
熱や冷気を使った応用を考えると、かなり強力な能力と言えるだろう。
「だけど、この先の事を考えると……」
「力不足だと思うか?」
「はい。これまでの敵も、僕は何も出来ませんでしたし……正直、みんなの助けがなければ死んでいました。状況が味方しただけです」
「……そこは、逆に考えるんだな。『誰かの助けがあれば勝てる』……何もかも一人で解決できるなんて思わない事だ」
「けど、それじゃあ誰も守れない!」
(成る程、これがこいつの本音ね)
声を荒げるギーシュを、ジョリーンは冷めた目で見つめていた。
……要するにギーシュは、自分ひとりで何でも出来る完璧な人間になりたいのだろう。
自分ひとりで襲い掛かる敵を全て撃退し、自分ひとりで全てのしがらみを取り払う、完璧な超人に。自意識過剰と言ってしまえばそれまでが、どうしたものか。
「僕はどんな状況でも、レディを守らなきゃならないんだ!」
言ってる事は馬鹿らしいのに、瞳に宿る力は決して弱弱しい物ではない……だからこそ手に負えないと考えるべきか。
どう言えば、この完璧志望をやめさせる事ができるのか……頭の痛いことである。
自分の能力を信じれないスタンド使いの力など……たかが知れているのだ。こんな有様では、せっかくの有効なスタンドも、宝の持ち腐れだった。
承太郎もジョリーンと同じことを感じ……そして、相手にかけるべき言葉を既に見つけていた。
「――ギーシュ
俺のスタンドは、目覚めたばかりの頃は能力が使えなかった」
「?」
いきなりの告白に困惑するギーシュ達に承太郎は続ける。
「単純に、殴る蹴るしかできなかったのさ。パワーとスピード、精密動作性は高いが……それだけだった。
正直、襲ってくるスタンド使い達を撃退するのにかなり苦労した。だが、俺は勝ち続ける事が出来た……何故だと思う?」
「え、えっと……」
「ギーシュ、さっきお前は状況が味方したと言ったな」
承太郎の言葉は終わらず、答えようとし逡巡するギーシュを遮った。
「それが分かっているなら大丈夫だ……状況を自分の手で作り出せとは言わない。ただ、待つな……その場にある状況を利用しろ。
俺はそうやって勝ってきた」
それは、何処にでも転がっているありふれた事件のはずだった。
反吐が出るような事件。だけれど、珍しくない事件。
『連続婦女暴行事件』。
本来なら一般の憲兵が取り扱い、大々的に調べて解決すべきものだった……にも関わらずその事件に関してだけは、女王陛下直下の騎士団が動き内密のうちに事件を解決しようとしていた。他ならぬ、『星屑騎士団』である。
何故、スタンド使い退治で忙しい組織にわざわざこんな仕事を押し付けたのか?
実に簡単な理由なのだ……加害者が平民で、その事件の被害者が、『貴族の娘』だったのである。
メイジである貴族が平民に苦もなく穢されると言う事件は貴族の体面を著しく傷つける……被害者が十人を超え始めた時点で、事は穢された少女達だけではなく、貴族全体の問題となっていた。
そして、事に『星屑騎士団』が当たっていた理由は……
犯行が、明らかに『スタンド使い』によるものだったのである。
「さっきから何度も言っているように、私には一切関係のない話だ!」
事件についての情報提示を求める騎士に対し、男……クラウダ・ド・ポワチエは忌々しげに吐き捨てる。
その相貌には相対する騎士に対する軽蔑の色がありありと浮かんでおり、平民を人間とすら思っていないことが伺える。
自分自身の誇りを踏みにじられるような視線に晒されている騎士は、クラウダに対して不快感を一切抱いていなかった。
貴族と言うのは全員こんな風に平民を見下す物だし……今の彼に平民に対する理解を求める事が、どれ程無礼に当たるか位はわかるからだ。
――暴行された少女の中には、婚約者とのデートの最中だった者がいた。少女は婚約者の目の前で穢され、重症を負わされた当人は、手当ての甲斐なく死亡。
少女も自殺してしまうと言う、一連の事件の中で最も悲惨な事件だった。
目の前の男は、その婚約者の少年の兄にあたるのだ。
彼からすれば、平民は自分の弟を奪った憎い対象……好意的になれるはずがない。
「そうは言われましても……殺されたのは、弟君ですし……」
「はん! 苦もなく恋人を穢されるような軟弱者、弟でもなんでもない!」
「しかし、事実あなたは関わっています……そうである以上、私達は質問せざるをえません」
血も涙もない……吐き気がするような下種な発言だったが、それでも騎士は怒りを抱かずに根気強く詰問を続ける。
弟などではない。その言葉が嘘である事と、その証拠を『星屑騎士団』は既に掴んでいるのだ。
スタンド……その存在と、それを扱える者達の情報は、トリスティン王室の手によって厳重に管理され秘匿されている。
その存在が疎漏することで生じる危険を、未然に防ぐための処置であり、王宮の諜報機関とも密接なつながりを持っていた。
『星屑騎士団』の情報収集は、王宮の諜報機関のそれと同一であり、国営の情報機関はポワチエ家で起こっていたある動きをつぶさに把握していた。
決して少なくない……自分達をフーケ討伐ののけ者にした賄賂のせいで目減りしたかの家の財政を考えれば、かなり苦労しなければ集まらないであろう額の金銭を動かして、傭兵を雇い始めたのである。それも、メイジ殺しといわれる凄腕の連中ばかりをだ。
婚約者の今際の際に兄が立ち会っていたことと、彼の使い魔であるフェレットが町中を駆けずり回っていた事から、『星屑騎士団』はある結論に達していた。
この男が、騎士団にゆだねず自分たちだけの手で復讐を完遂するつもりなのだと。
犯人の人相は、死ぬ間際の弟から聞きだし、使い魔を使って探し出したのだろう。
はっきり言って、無謀極まりない行為である。
目撃者の証言から相手が没落貴族の平民なのだと解釈しているのだろうが……メイジ殺しなどはスタンド使いの前ではてんで役に立たない。
腕の立つメイジ殺しであればあるほど、杖を使うメイジ相手の戦闘になれきってしまっていて、スタンド使いに苦もなく倒されるのが一般的だ。
そもそもからしてスタンド使いの攻撃は、魔法だと前提してしまうと致命的な遅れとなるのだから。
このまま放置して彼らに復讐を委ねては、大惨事になる……彼をこの場に呼び出したのは、それを未然に防ぐのと犯人の情報を聞き出すためだった。
スタンド能力や人相が分かればこちらの物で、承太郎とジョリーンに委ねるだけでいいのだが……先程から全く尋問が成立していない。
クラウダ・ド・ポワチエは、確信に迫る質問をする度に、まるで自子供のように怒鳴り立て、叫び、返答を拒否した……明らかに意図的に、礼儀のなっていない貴族をやっている。
「ふん……! 全く、これだから平民上がりは!」
グチグチつぶやくその姿は……おそらく、擬態だ。本心では己の持つ情報を相手に漏らさぬように、細心の注意を払っているのだろう。
本来のクラウダは貴族としては平均的な平民観を持ってはいたが、ここまで極端に見下し怒鳴りたてる様な人間ではない。
ここまでみっともない方法で事実を隠し通すという事は、弟とその許嫁の敵を自分以外の手に委ねる意思は、毛頭ないと見ていいだろう。
「いいか!? 我らが尊敬するグラモン元帥の家系には、こんな言葉が伝わっているそうだ。
『命を惜しむな、名を惜しめ』と。婚約者を守りきれなかった我が愚弟は、家の名を穢したのだ……!」
「では、復讐などする気はないと?」
「くどい! そんな下らぬ事にかまけている暇はない!」
「そう言われましても、我々はアナタが傭兵を雇ったという情報を入手しているのですよ」
「知らんと言っているのがわからんのか!? この低脳がッ!!!!」
「いやだって、さっきも見せたでしょ、証拠……」
「知らんっ! 平民風情がいくら証拠をでっち上げようが、知った事か!」
こうまで開き直られると、いっその事清々しい位だった。開き直っている事実自体が、質問の内容を証明していたが、それでは意味がないのだ。
彼らが求めるのは事実の究明ではなく、情報の入手なのだから。
これで、頭の中身が低脳ならば放置しても問題ないのだが……有能だから手に負えない。
現に事件からそう日も立っていない……弟の葬式の日程も決まらぬうちに、敵の居場所らしき物を把握しているのだから、無能では断じてないだろう。
尋問担当の騎士は焦っていた……時間がない。
仮にも貴族の跡継ぎを、犯人でもないのに長時間拘束する事はできないのだ。
もしこのままクラウダを返してしまえば彼はその足で雇った傭兵達の下へ赴き、犯人を殺そうと画策するだろう。
正直、背後にある扉に対して、びくついているのだ。いつ、そこが開かれて時間切れだと告げられるか……その瞬間、目の前の復讐に滾る青年と部下の運命は終わり、犯人は地下へ潜るだろう。
この場は隊長である承太郎の方が、効率よく情報を引き出せるのではないか……? いやいや、いっその事スタンドの事を暴露して理解してもらったほうがマシかも……そんな考えが、騎士の考えをよぎって……
ば ん っ ! !
背後の扉が、乱暴に、乱暴すぎるほどめい一杯開かれ、騎士の心臓の動きを凍りつかせた。
隣の部屋から聞こえてきた声に、モンモランシーは覚えがあった。
――あの子の恋人のお兄さんだわ!
モンモランシーがその恋人を紹介してもらった日に、何故か一緒に居たのを嬉々として紹介された覚えがあった。
いかにも軍人と言う引き締まった体躯と、精悍な顔つき……いかにも、ミーハーな貴族の婦女子が放っておかないような美男子で、モンモランシー自身思わず頬を染めた記憶がある。
なんという偶然だろうと、モンモランシーは思った。彼ならば、妹の自殺の理由を何か知っているかもしれない。
ギーシュ達の用事が終わったら、声をかけてみよう。そう思った矢先に、妙な事に気づいた。
……明らかに様子がおかしい。モンモランシーはクラウダの事を多く知っているわけではなかったが、あのような罵倒や侮蔑の言葉を平然と吐き散らすような人間ではなかった筈だ。
一体何があったのか? いや、そもそも……何故軍でも出世頭の彼が、こんな場所で取調べを受けているのか!?
疑問を原動力に、彼女は行動を起こした。壁に張り付き、鼓膜に全神経を集中させて……そうして得られた情報は、彼女を絶望のどん底に落とすには十分すぎる物だった。
『姪がその身を婚約者の前で穢された』『婚約者が死んで、姪は自殺した』『その情報をクラウダは握っている』
断片的な情報が脳内で『最悪の事実』としてくみ上げられるのに、大した時間はかからなかった。
クラウダ・ド・ポワチエの弟は、純粋だった。
平民に傲慢なのが貴族の資質だと言うのなら貴族らしさなど欠片もないことになるだろう……貴貧の区別なく優しく接する事のできる、純粋すぎる少年だった。
正直、恋人とは似たもの同士であり、その交際に関しては誰もが祝福し将来の幸せを思い笑顔になった物だ。
それが、たった一人の薄汚い平民の欲望で打ち壊されたのだ。
弟は卑怯にも背後から刺された後に、両手足の腱を切られた。
婚約者は瀕死の弟の前で辱められた。
弟はそのときの傷が元で死に、貞操も婚約者も奪われた婚約者は、自殺と言う道を選んだ。
ベッドに横たわり、瞳に絶望を宿す弟を見て、これは夢だと思い込みたくなった。
前日まで、デートで何をプレゼントしようかと、無邪気にはしゃいでいた弟が! 何故こんな眼にあわなければならないのか!
報いは、必ず受けさせる……!
幸い、弟が見た襲撃者の特徴を知っているのは、彼一人である。
後は他人の力を使わず、弟が襲われた付近を使い魔で探索すればいい……他人の力を借りなければ、情報が漏れる事もないのだから。
弟の名誉と、その婚約者の尊厳は、自分の手で取り戻す。
それが、彼の想いであり……例え相手が王妃殿下であろうとも、譲ることの出来ないものだった。
(ようやく時間か……)
扉が開く音を聴いた瞬間、クラウダは正直ほっとした。愚か者の演技に疲れていたし、こんなところで足踏みをしていられないと言う苛立ちもあった。
一刻も早く行動しなければ、犯人に逃げられてしまう……調べた結果分かった犯人は、一つの場所にいつまでも留まってくれるような頭の愉快な輩ではないのだ。
これ以上続くようなら、犯罪に手を染めてでも抜け出そう。クラウダには、それだけの覚悟があった。
不愉快な時間を終わらせてくれた礼に、ねぎらいの言葉の一つでも投げかけてやろうと、クラウダは視線を闖入者に向けて……言葉を失った。
止める暇など、ありはしなかった。
その闖入者は、騎士が同僚でない事に気づく前に室内に入り込み、静止しようとする前にクラウダの前に立ち、声をあげようとする前に手にした杖を相手の喉に押し付けた。
油断があった。
まさか、待合室にいた人間が、堂々と取調室に乱入するなど予想できなかったという、油断が。
「答えなさい」
「き、君は……モンモラシ家の……」
義憤と涙を瞳に宿す香水の乙女は、クラウダを睨みつけた。
「あの子を穢した犯人は誰で、何処にいるのか……今すぐにッ」
モンモランシーの剣幕と、相手が弟の婚約者の身内であると言う事実……何より、唐突過ぎる状況の変化による混乱が、クラウダの精神を揺るがし、閉じられた真実を吐露させる。
「み、右手の男だ」
「右手?」
「ああ……両方の手が『右手』の男だ」
クラウダがあっさり自供した事により、尋問に当たっていた騎士は二重のミスを犯す事となった。
本来ならばモンモランシーを止めるべきところを、彼は止めなかった。それどころか、その尻馬に乗るように、詰問してしまったのだ。
「で、そいつは今何処に!?」
「ピエモンの秘薬屋、その近くだ……っ!?」
「あ、ちょ、まっ……!」
止める暇も有らばこそ。
モンモランシーは、踵を返し憎しみの対象を目指して走り出し。
その後を追うように、クラウダも椅子を蹴って立ち上がり、部屋を飛び出した。
――最初、モンモランシーは手紙の内容を受け入れる事ができなかった。
親愛なる叔父から届けられた、一通の書状。
その娘を介してのやり取りなら兎も角、滅多に直接的な干渉の無い相手からの手紙に、いぶかしみながらも封ろうを外し、開いて……絶句させられた。
何度も何度も、その内容を読み直し、一文字ずつ脳裏に刻み込み、ようやくその内容を受け入れた瞬間。
彼女は、机に突っ伏して、泣いた。
ラバーソールの学院襲撃から、既に一週間がたとうとしていた。
当初は混乱の見られた学生達も、今では普段と変わりない学生生活を送り、平穏を取り戻していた。ごく一部の、例外的な生徒を除いて。
狙われた当の本人であるギーシュ・ド・グラモンと平賀才人、その周辺の人々である。
後日に改めてオールド・オスマンから、自分達を狙っているのが『アカデミー』と言う組織だと聞かされて、彼らは寒気を覚えずにいられなかった。
才人はルイズから聞かされてその存在を知っていたし、ギーシュにとっては今更語るまでもない。
暴走したあの組織の標的にされた上に、これからもその危険は付き纏うのだ。
つかまってしまえば命の危険どころか、解剖されてまともな人間としての尊厳すら失われてしまうだろう。
――自衛のために、己の力を磨きなさい。
オールド・オスマンにそう告げられてから、ギーシュと才人の二人の特訓の日々が始まった。
ゆっくりと、ギーシュは癒えたばかりの両手に力をこめて、呼吸するように、それが当然であるように、傍らにある力を認識する。
まず力があることを確信し、認識する事。
メイジである以上は必ず言い聞かされる言葉であり、全ての魔法における初歩の初歩の初歩……それを改めて踏まえ、繰り返す。
自分の手の開閉を繰り返し、傍らにある力も同じように動かすように意識する。
目の前に立つのは、自ら作り出したワルキューレ。
ギーシュは、己の力の象徴であったそれを睨みつけ、傍らに立つ己の半身の存在を認識し、叫んだ!
「フェンスオブディフェンス!」
瞬間……現れたギーシュのスタンドの拳が唸り、ワルキューレに怒涛の勢いで拳をたたきこむ!
あっという間にスクラップになり、吹っ飛ばされるワルキューレを満足げに見やり……改めて、己の右腕を見つめた。
スタンドが本体と感覚を共有している事は、今までの経験と承太郎からの説明で掴んでいたし、実感もしていた。
フェンスオブディフェンスの感覚越しに腕に並々ならぬ衝撃は、自分の手で殴っているのとほぼ変わらない感覚となって返ってきたと言うのに、ギーシュの右手は全く痛んでいない。
つい昨日まで痛みを感じていた右手のケガが、完璧に癒されている……分かりきっていた事だが、ラバーソールに食われた右手の惨状を考えれば、完治に対する感動はひとしおだった。
場所は、学院内にある魔法の修練場……完治した右手の怪我の様子を見るための軽い運動だったが、何故かやたらとギャラリーが多かった。
才人達主従に、デルフリンガー、タバサにキュルケと、あの夜のメンバーが勢ぞろいしていたのだ。
「うっひゃぁ~……すげーなおい」
『おいおい相棒。何間の抜けた事言ってやがるんだい』
ぐしゃぐしゃに吹っ飛ばされたワルキューレに感嘆の声を上げる才人に、デルフリンガーは呆れて合いの手をうつ。
『確かにスピードは大したもんだが、パワーとかならまだまだだぜ』
「わかるのかよ」
『ああ。この前の悪魔騒ぎの時の、ジョリーンってあの嬢ちゃん……あいつのスタンドのほうが、よっぽどパワーがあったしな。あれだったらお前さん、あんなゴーレムなんぞ粉々だぜ』
「それに、ギーシュのワルキューレなんて何の抵抗もしてないじゃない」
「……せっかく人が感動してるんだから、水を差さないでくれたまえよ」
眉をひそめて苦情を言いつつも、ギーシュはデルフリンガーとルイズの発言そのものを否定しようとは思えなかった。
自分のスタンドがジョリーンの『ストーンフリー』と比べて圧倒的に貧弱である事は、自分でも分かっていたのだ。
スピードだけなら勝っている自信があるが……それだけである。総合的なラッシュの破壊力だけで言うのならば、比べるのも馬鹿馬鹿しいだろう。
(……やっぱり、スタンドには個人差があるんだろうか?)
魔法に個人差があるように、スタンドにも個人差があると考えるのは当然の理屈だろう。
話を聞く限りでは能力も個々で違うようだし、スタンドと言う能力は魔法に負けじと奥が深いものがあるらしい。
「――へぇ。意外とやるじゃない」
スタンドが見えない才人が首を傾げるその横で、キュルケは己の率直な感想を包み隠さずにギーシュに告げた。隣にいるタバサも同意するとばかりに頷いて、
「魔法を使う隙を補うなら、十分過ぎる」
「……まぁ、確かにそうなんだけどね」
学院でも指折りのトライアングルクラスからの褒め言葉だ。本当ならば、多少得意になってもおかしくは無いのに、ギーシュの心は晴れなかった。
確かに、接近戦の苦手なメイジの護衛としてみるならば、このフェンスオブディフェンスは十分すぎるほどに強力である。普通の敵相手には強力なアドバンテージだが……
(スタンド使い相手には未知数、なんだよな)
あの夜襲い掛かってきた黄の節制の男に対し、ギーシュは何の抵抗も出来なかったのだ。
スタンドの存在も全く役に立たず、今この修練場に集まっている面々の協力と、そこから得られたヒントが無ければ、今頃はどうなっていた事か……
そして、ルイズの言葉が表すとおり、彼が今ふっとばしたワルキューレは抵抗を全くしない文字通りの案山子であり、スタンド使いに限らず実際襲い掛かってくる敵に通用するかどうかすら、全くの未知数だった。
そもそもからして、自分のスタンド能力は扱いやすい物ではないのだ。
右手のケガが完治する今日までに、キュルケ達の協力の下『能力』であるフェンスの性質についてはあらかた調べ終わっている……が。
冷やせば絶対零度、燃やせば超高温を生み出せるのでは!? とわくわくしながら実験に挑んだと言うのに、結果はなんとも御粗末な代物であった。
冷やしてみたら、確かにものすごい低温を作り出せたのだが……冷却範囲がひたすら狭く、なんとフェンスを薄く覆うヴェールのような狭い範囲だけだった。高速で相手を冷凍しようとすれば、相手の体をフェンスに押し付けなければならないだろう。
燃やしてみたら、確かにものすごい高温になった物の……今度は枠がその熱に耐え切れず溶けてしまった。決して低い温度ではない物の、溶けた瞬間に反射が失われて燃え尽きてしまうのだ。
フェンスの枠は青銅で出来ているらしく、その融点は約1000度。決して低いとは言わないが……このくらいの温度ならトライアングルクラスならば軽く出せるし、理想とは程遠い。
まだまだ欠点はある……温度が上がりきる、下がりきるまでに時間がかかる上に、一旦設置したフェンスを中心とするために攻撃の自由度がやたらと低いのだ。
ファイヤボールのように打ち出せるわけでもなく、フローズンのように自由に発生させられるわけでもない。
こういう視点に立ってはじめて、ギーシュはメイジの魔法が以下に自由度か高いかを理解できるようになっていた。
更に悪い事に。
このフェンス、現時点だと、『一度に一枚しか出せない』!
二枚目出そうとすると一枚目が消えてしまうのだ。『二枚重ねて火をつけたら温度の上昇が加速するかも』という甘い見通しは、木っ端微塵に砕かれてしまった。
いくら訓練を重ねてもフェンスの枚数は増えないし、八方塞である。
(つ、使いにくい! 本当に使いにくいぞ僕のスタンド!)
防御に使うには文字通り穴だらけだし、攻撃に転用しようとしても、使いどころが難しい。手持ちの魔法である、錬金やワルキューレとも連携しにくい。
もしも、ギーシュが他のスタンドを知らなければ今のフェンスオブディフェンスの能力で十分に満足していただろうが……間の悪い事に、彼は他のスタンドを自分のスタンド能力を把握するより先に知ってしまっていた。
スターンフリーと『黄の節制』、そしてブラックサバス……どれも、フェンスオブディフェンスには無い万能性があり、真正面から戦っても勝ち目が無いような者達ばかりだった。
敵対した二つのスタンドには一対一で戦う事をシミュレーションしたのだが、どうやったら正面から戦って勝てるのか。
一体この扱いにくさ抜群のスタンドをどういう風に活用すればいいのやら、ギーシュは目の前に立ち塞がった問題に対し、顔引きつらせるだけで解決策の出しようが無い。
「なーんか、全然満足してないわね。ギーシュ」
「贅沢」
呆れるキュルケ達をよそに、ギーシュはどうしたものかと首をかしげて……その視界にモンモランシーの姿が写ったのは、そんな時だった。
悩んでいる最中に現れた安らぎに、この軽薄な男は無邪気にはしゃいだ。
「モンモランシー!」
「……?」
反射的に声を上げたギーシュを、モンモランシーは緩慢な動作で振り向いた。
修練場の傍らに延びる通路を歩く彼女に向かって、ギーシュはわき目も振らずに走り出す。その後ろでは、呆れた目でギーシュを見ながら立ち上がるルイズ達に……
「自分で呼び出しといて、そっちかよ」
『ま、しゃーあんめぇーよ。ギーシュだし』
「そうね、ギーシュだし」
「そうだよなぁ、ギーシュだもんなぁ」
「ギーシュだしねえ」
「所詮、あんなもの」
なんか、変な納得のされ方をしていた。
納得しながら、これから起こる惨劇を思わずにはいられない。
ルイズのツンデレが強烈過ぎて霞んでしまうがモンモランシーも立派に嫉妬深い少女であり、ルイズやキュルケと一緒に居る事に対して何も言わないと言うのはあまりに希望的に過ぎる予想であろう。
「やぁ、モンモランシー。君は相変わらず、美しいね。いや、あの……彼女たちと一緒に居たのは、スタンドの訓練のためで……?」
雷の一つも落ちるんだろうなと、漠然とした経験則に基づく予想は……外れた
「……何?」
ギーシュやルイズ達が、モンモランシーの様子に驚いた。
彼女は今までに無いほど陰鬱な雰囲気を引きずっており、ギーシュが必死に並べ立てた言い訳を興味なさそうに聞き流したのである。
目は真っ赤に腫れていて涙の後も見える。明らかに尋常ではないその様子に、ギーシュは思わず真剣な青で問い返した。
「……モンモランシー、どうしたんだい? そんな顔をしていては、君の美貌が翳ってしまうよ」
「……ううん、なんでもないのよ」
心配そうな声に対して、モンモランシーは首を振って否定の意を示した。
こんな暗い表情作っておいて、なんでもないなんて大法螺噴きだと自嘲するも、それを改める事は出来そうにない。
正直、改める余裕など、今のモンモランシーには何処を探しても無かったのである。
あからさまに落ち込んでいる目の前の彼女に、ギーシュは続けて何かを言いかけたが……口をもごもごとさせるだけで、何も言わなかった。
何を言えばいいのかわからなかったのだ。
ギーシュの女性遍歴は所詮薄っぺらな物であり、こういう真剣に落ち込んでいる女性に対する対応が出来るほど熟達してはいない。
下手な言葉をかければ返って相手を傷つけかねない事ぐらいは理解できるも、どうすればいいのかがわからない。
そのままほうっておく事も気の聴いた言葉で慰める事もできないと言う、なんとも中途半端な状態だった。
「それよりも、アナタはなにやってたの? スタンドの練習?」
「あ、うん……そうなんだ」
問い返されて、ギーシュは沈黙を破り、しどろもどろになりながら答える。先程答えたはずの事を改めて聞き返してくる辺り、全然大丈夫ではない。心ここにあらずとはこの事か。
「ほら、僕の右腕の怪我は、退院できてもまだ治らなかっただろ? それがやっと完治したんで、今度はフェンスオブディフェンスの接近戦能力を測ってたんだ」
「そうなの……」
「少なくとも、ワルキューレを一瞬でスクラップに出来るくらいの能力はあったよ。振動が腕に伝わってきても、全く痛みが無かったし、完全に本調子さ」
「よかったじゃない」
「…………」
会話のキャッチボールが成り立たなかった。いや、ギーシュのほうからは勢いよくボールを投げるものの、モンモランシーはそれを投げ返してこない……いや、受け止めているのかすら怪しい状態である。
「御免、ギーシュ……私、もう行かなきゃ」
「え、あ……」
ぼそりとつぶやいて踵を返すモンモランシーを呼び止めようとして、ギーシュの手は宙を泳いだ。かけようとしても、かける言葉が見つからない。
何故そんな風に落ち込んでいるのかを聞く事自体はたやすい。
ただ、それを聞いてしまう事がとてつもない過ちであるような気がしてならず、ギーシュに安易な選択肢を取らせる事を阻んだ。
だからといって、このまま彼女を行かせるのは……いやしかし……
ループに陥る思考の中で、ギーシュは必死に彼女を不自然でなく呼び止める話題を探した。
度し難い話ではあるが、話題がないくせに彼女をこのまま行かせたくないと考えたのである。
何かがないかと記憶の棚をひっくり返し、荒らしつくして……己の悩みすらも解決できる理想的な問いを見つけた。
「も、モンモランシー!」
「――何?」
「首都の『星屑騎士団』の宿舎に行かないかい? これから、相談に行くところなんだが……」
少なくとも、二人のスタンド使いが存在する場所。
そこに相談しに行く事は決して自分にとってマイナスにならないはずだと言い聞かせ、ギーシュは言葉を紡いだ。
……これの選択が、『スタンド使いは惹かれあう』という法則をギーシュの骨身にしみこませる事件の、発端であった。
モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシには、二才年下の姪がいた。
小さいながらも利発で、くりくりとした瞳が愛らしい少女だ。彼女はモンモランシーになつき、モンモランシーは彼女を実の妹のように可愛がって、子供の頃から実の姉妹のように過ごしていた。
婚約者から貰った装飾品を嬉しそうに、肌身離さず身に着ける普通の少女。
一族はおろか、使用人達からも愛され……魔法の才能もある。将来はその人望と才能で領地を良く治めるであろうと、嘱望されていた少女だった。
「あ~っ、むかつく! あのトリガラがぁーっ!」
「…………」
デスクの上に両足投げ出して、はしたなく騒ぐ娘の姿に、承太郎は眉をひそめた。
女の好みが大和撫子であり、出来れば娘にもそうあって欲しいと願う承太郎にとって、あまり歓迎できる動作ではなかったのだが……それを口に出す事はしなかった。
それを願い彼女に強制することが、醜い親のエゴである事位は、父親失格の立場である承太郎も十二分に知っていたのだ。
二人とも、騎士装束は着ていない私服姿だった。承太郎は学ランを髣髴とさせるオーダーメイドのコートに、ジョリーンは『あちら側』で着ていたのと全く同じ服。
ハルケギニアではかなり変わった服装だが、辺りを歩き回る団員達はそれが当たり前とばかりに仕事を続けている。彼らは上官達の私服姿に、完全に慣れていた。
「……そう腐らないでくださいよ、ジョリーンさん」
彼女のデスクにお茶を置きながら、年若い騎士が苦笑を浮かべて言った。
トリスティン王宮の傍らに、ポツンと建てられた掘っ立て小屋……小さな村の宿屋程の大きさしかなく、王宮近くの建造物としては目を見張るほどに貧乏臭い建物だったが、そこに詰める者達は間違ってもみすぼらしくなどない。彼らこそは、黄金の精神の持ち主。
『星屑騎士団』の屯所である。
その中二階にある『シュヴァリエ』階級専用のオフィスに、ジョリーン達はいた。
数人の隊員が資料探してわたわたと駆けずり回っている辺り、『専用』と呼べるかどうかは怪しいが。
本来ならばフーケ討伐に動き回らなければならない立場にあると言うのに、彼ら『星屑騎士団』に与えられたのは、『首都の警邏』という緊急性のない任務であった。
首都を空けるわけにはいかないだの、少数精鋭の君たちならば適任だだの、もっともらしい枕詞を並べ立てられてはいたが……本音を晒すのならば、『大物討伐に平民上がりが出しゃばるな』と言った所だろう。
騎士団に命令を通達した時の関係者のにやけ顔が、それを証明していた。調べたところ、討伐に選ばれた騎士団を率いるポワチエ大将が、方々に賄賂をばら撒いてこの人事を実現させたらしい。
「確かに、置いてけぼりを食らったのには腹が立ちますけど……マザリーニ宰相ご自身には考えあっての事ですし」
「そーだけどさぁー」
その騎士が言う通り……他の騎士団関係者の思惑は兎も角、マザリーニはそういった官僚意識とは無縁の合理的な理由で、賄賂で動かされた連中を制止せず星屑騎士団をフーケ討伐隊から外したのである。
その理由には、『星屑騎士団』の隠された任務の一つ……承太郎たちと同じようにこの世界に呼び出されてしまった、スタンド犯罪者の検挙が関わってくる。
隠された、というのも誤謬かもしれない……希少で見つかりにくいDISCの回収と言う任務と並べてみると、スタンド犯罪者検挙の方が主な任務と言っていいだろう。
明らかにメイジの物とは思えない現象や、それが関わる犯罪を取り締まるのが、彼女達の任務である。
スタンドと言う物は確かに魔法に比べて万能性がないが……それだけに、はまれば恐ろしいほどの強さを発揮し、そうなってしまうとスクウェアが数人がかりでも倒せない。
先日も、要人の警護にあたっていた風のスクウェアメイジが、スタンド使いと思われる殺し屋に後れを取ったばかりだ。ラバーソールも戦争が起こるたびにメイジを文字通りの食い物にして荒稼ぎしていたらしい。
スタンド使いが関わると、万事が万事この調子だ。魔法は杖で起こすと言う概念が、杖を使わず魔法のような現象を起こすスタンド使い達の助けになっていた。
トリスティンに限らず、ハルケギニアの貴族たちにとって、召還されたスタンド使いが起こす犯罪は、悩みの種なのである。
この世界における生活基盤のないスタンド使いがこのハルケギニアで生きようとしたら、犯罪に手を染めるしかない。才人のように貴族の庇護の下に召還される、と言うのは本人がどう思おうと、凄まじく運がいいのだ。
ラバーソールのような傭兵家業に身をやつすのならばまだいいが、ドロボウや暗殺者のような物騒な職業につかれると、眼も当てられない。
更に悪い事に、この世界のスタンド使いの大半が後者であり、結果、ハルケギニアではスタンド使いが事故で召還される度に、少なくない量のメイジの血が流される事となる。
承太郎たちが『星屑騎士団』という組織を作り上げ、トリスティン王国と言う政府に属しているのは、『スタンド使いを取り締まる代わりにDISC捜索に協力してもらう』という、取引の結果なのだった。ギブ・アンド・テイクの見本である。
さて、それを踏まえて。
マザリーニが精鋭である『星屑騎士団』をあえて動かさなかったのは、最近増加の一途をたどるスタンド犯罪に対応させるためだった。
手ごわい奴が現れたとか、大規模な犯罪組織になったとかではなく、単純にスタンド犯罪の数が増えているのである。それも、かなりの勢いで。
数ヶ月前までは少数精鋭で数の少ない星屑騎士団でも暇をもてあます位だったというのに、今では息をつく暇もないほどに発生件数が跳ね上がっていた。
ジョリーンと承太郎以外のメンバー……エルメェス達を初めとしたスタンド使い達も休む暇すら惜しんで王国領地の各所を駆けずり回っているのだ。
スタンド使い以外の構成員も、彼らについて8割がた出払っている始末である。
承太郎達も本当なら親子水いらずで釣りにでも出かけようと、前々から休暇を取っていたのだが……休んでいるのは服装だけで、休日返上で屯所に篭らざるをえなかった。 この後も、今取調べをしている人間の証言が取れ次第、残っている人間全員で捜査に乗り出す予定だった。
「スタンド使った事件には、僕ら以外じゃ対処しづらいですしね……宰相閣下にとっては、他の騎士団に出来る事を、わざわざ僕達にやらせる必要性を見出せなかったんでしょう」
「そりゃそーだけどさ……」
「ジョリーンさんの場合は、姫様の警護役もありますからね……そうだ。そんなに暇なら、姫様の所に遊びに行かれたらいかがですか? いつもみたいに」
「その、アンのところもねぇ……アルビオンの事で悩んでるみたいだし、行っても相談にすら乗れないんじゃあね」
「まぁ、隣の国の事ですから……って、ちょっと待っておいィィィィィッ!!」
やれやれと爆弾発言ぶっ放すジョリーンに、若い騎士は奇声を上げて向き直る。
シュヴァリエの分際で姫様呼び捨てという無礼対する反応としては、騎士のそれこそがデフォルトなのだが……ジョリーンも承太郎も涼しい顔で、その驚愕を受け流した。 なんせ、貴族社会とは無縁の世界からの来訪者、そこ等へんの礼儀にはやたらとラフだった。
「あー、訂正。姫殿下ね」
「訂正って……呼び捨てはいかんでしょ呼び捨ては!?」
「姫殿下直々のお許しあっての事だ。気にするな」
(気にしてくださいよ! ねぇ!)
若き騎士は、あまりにフランクな上司達の様子にめまいを覚え、よろけてしまう。
……承太郎達に来客が告げられたのは、丁度その時だった。
「ここが、『星屑騎士団』の屯所か」
「…………」
「……ず、随分と小さいところだね!」
「……そうね」
「……あ! モンモランシー……その髪留め、僕がプレゼントした物だね! やはり、君に良く似合っているよ! 悩んだ甲斐があると言う物だ!」
「……ありがとう」
「それを買った時、ヴェルダンデが装飾の宝石を気に入ってしまって、困ったよ」
「……そう」
「…………………………………………えっと」
「…………………………………………」
重い。
何が重いって、沈黙が重い。会話をしようとしても、全く続かない。
ギーシュとモンモランシー……二人の間に横たわる重いものは、ギーシュと同様の目的を持つルイズ達主従はおろか、興味本位のキュルケたちまで圧迫し、場の空気を暗く湿ったものにしていた。
承太郎への取次ぎを頼み、待合室へ通されたのはいいものの、空気がこんなでは気も滅入るというものだ。
(お、おいギーシュ! モンモンなんとかしろよ……暗いぞ! ものすごく!)
(そ、そう言われても……僕にも何がなんだか)
情けない事に、才人から放たれたヘルプに対して、ギーシュはなんら応える手段を持ち合わせていなかった。
学院から馬で駆け抜ける事3時間。その間、モンモランシーは変わらずずっとこの調子だった。
何があったのか聞いても答えず、お茶を濁すばかり……それは、ルイズやキュルケが相手でも変わらず、結局学院からこの屯所まで、この重いを空気引きずるようにしてやってきたのだった。
首都へ行く。
予定無しに言い出すにはあまりに突飛なこの提案を、モンモランシーはなんとあっさり受け入れ、ついてきた。普段の彼女なら、『もっとはやく教えなさいよ』とか『なんで前もって言ってくれなかったのよ』とか愚痴が入りそうな物だが、それすらない。
まるで、家族が死んだかのような落ち込みようだった……つい昨日までは明るく笑っていたと言うのに。
(……本当に何があったんだい? モンモランシー)
もう一度聞き直すことはたやすいだろう。
だが、ここまで極端な落ち込みようを見せる乙女に対し、果たしてそれは正しい選択といえるのだろうか? 返って、相手を傷つけてしまうのではないか?
ギーシュ・ド・グラモンは、リンゴォとの決闘以来、物事を深く考えるようになった。
平民の事、戦いのこと、相手の事など……以前なら何の躊躇いもなく無神経な台詞を放っていた場面で、沈黙の砦に篭ってしまうのはそれ故の弊害といえる。
今のギーシュのそれは気配りなどではなく、相手を傷つける事に対して、臆病になっているだけだった。
あの可愛い姪は来年になれば魔法学院に入学し、共に学ぶ事になる……筈だった。
彼女が予想し、モンモランシーが楽しみにしていたその未来が訪れる日は永遠に来ない。婚約者と温かい家庭を築く事もない。
モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシには、二才年下の姪が『いた』。
今はもう、いない。
取次ぎの兵士達に連れられていくルイズと才人、ギーシュ……三人の姿が見えなくなったところで、キュルケは辺りを見回した。
置いていかれる事に対する不満はあったが、それを口に出そうとは思わない。彼女達自分たちが部外者だという事を知っていた。
そして、踏み入って聞いていいような事情でない事も……留学生としての節度を守っているのである。
二人は才人やギーシュが狙われる理由やその相手が何者か……アカデミーに関する全ての情報を知らされていなかったのである。
ここに来たのも『星屑騎士団』に対する好奇心であり、この場で行き交う人間たちを眺めているだけで、それは満たされているのだ。
オールド・オスマンの判断で隠された以上、それに踏み入るつもりはない。
彼女達はそれでいい。相手の国の政治に必要以上に踏み込まないのは他国の人間として当然の事。
しかし……モンモランシーはこの国の人間であり、ギーシュとは浅からぬ仲である。
彼女の性格と併せると、置いていかれる事に対して何かコメントがあってもいいものだが。
「…………」
彼女は只、沈黙するのみ。
「……なんというか、お子様ねえ」
「…………」
恋愛に関して場慣れしているキュルケは、ギーシュの内心の動き――気遣いゆえの臆病さを察していた。
この手の線引きはそれこそ経験をつんで見切るべきものであり、一朝一夕に身につくものではない。
そういった価値観は個人個人が自分の感覚で掴む物で、教えたり出来る物ではないとキュルケは考えていた。
考えていたのだが……元来、彼女は母性的で面倒見がいい性質だ。目の前で悩んでいる人間がいれば、どうにかしてやりたいと言う欲求が止まらなくなるのである。
あたしって、こんなにおせっかいだっけ? タバサに効いたら即肯定されるような事を思いながら、キュルケはモンモランシーに向き直った。
「ねえモンモランシー。あなた、一体なにがあったの?」
「…………なんでもないのよ、なんでも」
「あのねえ……信じられるわけないでしょ? そんな、いかにも落ち込んでます、みたいな顔されたんじゃあ。
それとも何? 悲劇のヒロインぶって慰めてくれるのを待ってるわけ?」
ギーシュに対するのと全く同じ調子で返す事を、キュルケは許さなず、挑発的な物言いで反応を引き出そうとするも……モンモランシーは、無言でうつむくだけだった。
(これは……重症だわ)
その反応を見て、ふとキュルケはある可能性に行き着いた。ひょっとして、モンモランシーは……身内に不幸でもあったのではないか?
もしそうなら、キュルケの言動は死者の名誉を汚す無礼な行いになってしまう。
ふと視線を感じて振り向くと、タバサが珍しく、明らかに咎めるような視線を向けてきた。親友にいさめられ、キュルケは嘆息して、モンモランシーに謝罪した。
「一寸言い過ぎたわ。ごめんなさい。
……何があったのか知らないけど、理由くらいは話して上げたほうがいいわよ? 私にじゃなくて、ギーシュに」
「……それは、わかってるわよ」
ポツリとつぶやかれた言葉には、明らかに感情が篭っていた。苛立ちと、悲しみだ。
ようやくマトモな反応が返ってきたことに、キュルケは微笑み、タバサは視線を本に戻した。
その直後。
「――だからっ! 私はもう無関係だと言っているだろう!!」
若い男の怒鳴り声が室内にに響き渡り、キュルケとタバサは、何事かと顔を見合わせる。
……故に、気付けなかった。
その声を聞いたモンモランシーの肩が、大きく震えたことに。
一体何があったのか。
タバサとキュルケが顔を見合わせ、どうしようか迷っている間に、あっさりと疑問は氷解した。
「そういう話は、私じゃなくて従者に聞いてくれ! 何故私をこんなところに押し込める必要がある!?」
「そ、そう言われましても……」
「栄誉あるポワチエ一門の人間を、平民風情と同じように扱うつもりか!」
声の発生源は待合室の壁、その向こう……どうやら隣が尋問用の部屋らしいと、タバサとキュルケはすぐさま察しが着いた。
待合室と取調室が隣接し、しかも声がダダ漏れとは……思った以上の安普請に、なんともいえない表情になる。
「……ひょっとして、ここって貧乏なわけ??」
「その割には、いい物を使っている」
ここに詰めている騎士達の武器や防具は、一線級騎士達と比べても遜色がない程のものばかりだった。
少ない言葉に隠れた真意を読み取り、キュルケは眉をひそめた。身だしなみだけ気にして、内情が火の車と言うみっともない金庫事情が、ある男のそれと重なったのだ。
「それって、ギーシュの実家みたいに見栄えだけ気にしてるって事?」
「違う。多分、実戦を第一に考えてる」
これは、数多くの実戦を経験してきたタバサだからこそ気付けた事だ。
一同を個々まで案内した者、途中ですれ違った者、ギーシュ達を迎えに来た者……恐ろしい事に、どう考えても下っ端にしか見えないお茶汲み係に至るまで全員、挙動や仕草に隙らしい隙を見つけることが出来なかった。
一人一人の戦闘力としてみるなら、一流とはいえ目を見張る程ではないが、それが集団ともなれば話は別だ。
兵の平均的な強さと言う点では間違いなくハルケギニア随一だろう。
扱っている武器も、芸術的な意味ではなく実用的な意味での『良質品』である。実戦第一主義と言うわけだ。
本当の事を言えば……スタンド使い相手に平民である彼らが相対しようとすると、生半可な者では足手まといにしかならないのである。
最低限スタンド使いに対抗できる人材、装備をかき集めようとすれば、自然とこうなってしまったのだ。
今の少数精鋭ですら、スタンド使いと相対した時の隊員の死傷率は5割を超えてしまうのだが、タバサたちは知る由もない。
「大体、何故取調べをするのが平民上がりなのだ! 貴様らの上官はいないのか!?」
「は、はぁ……」
「そうか、そういえば貴様らの舞台には薄汚いシュヴァリエしかいなかったな! 成る程、平民と大して変わらない成り上がりの巣窟と言うわけか!」
「…………」
それにしても。
壁を貫通して耳朶を叩く、余りに醜い喚き声にキュルケは眉をひそめずに入られなかった。タバサは表情こそ変わらないものの、内心は似たようなものだ。
言ってる内容もあれだが、その程度の内容を相手を恫喝するかのように叫び散らす辺りがどうかと思う。
本当の貴族は侮辱された際に醜く怒鳴りたてるような事はしない……いかなる場合にも静かに、優雅に振舞う物であるというのが、トリスティンにおける貴族の理想的なあり方と言う物だ。タバサとキュルケは他国の人間だがその彼女たちからしても、隣人の言葉遣いは余りにも『貴族らしく』ない。
まぁ、貴族と言ってもピンきりで……実際彼女達が通う学院においても貴族と呼ぶに値しないような輩は大勢いるし、逆に貴族らしい貴族のほうが少ない有様だから、大して珍しくはないのだが。
それでも、不快感は拭えなかった。
「あらら……ポワチエって、確かこの国の将軍さんだったわよね」
「…………」
キュルケの呆れた声に、タバサは無言で首肯して見せた。
そして、そこである異常に気が付いたのである。
タバサに遅れる事一瞬、キュルケもその異常に気がついて、目を丸くした。
モンモランシーが、いつの間にか立ち上がって、薄い壁にその耳を貼り付けていた。
その表情にふざけた要素は一切なく、微動だにしない事もあいまって真剣さだけで彫金された銅像のように見えた。
「も、モンモランシー?」
「…………」
香水の銅像乙女は、キュルケの言葉に答えなかった。ただ、静かにしてとばかりに視線をキュルケに向けただけだ。
一体彼女は何を考えているのか?
モンモランシーの行動についていけず、タバサとキュルケは困惑した。
自分の姪が、自殺した。
これが、モンモランシーが受け取った手紙の内容だった。
性質の悪い冗談だろう? そう思いたかったが、現実の厚い壁は空想の入り込む余地がなかった。
彼女の父親は、こんな下種なジョークを口にするような男ではなかったし、第一わざわざ手紙を書いてまで嘘をつく必要もない。
何故、あの明るく愛らしい姪が自殺する羽目になったのか? 平民貴族のわけ隔てなく優しく接するあの子の、輝かしい未来をどす黒い黒で塗りつぶしたのは誰なのか?
送られてきた手紙は、それらの疑問に答えてはくれない。姪が死んだことと、死因が自殺だという事、最後に葬式の日程が簡潔に書かれていただけだ。
モンモランシーが今できる事と言えば、悲しみにくれることだけだった。
案内の騎士に通されたオフィスを見て、ギーシュとルイズは度肝を抜かれた。
内装の豪華さにではない。逆に、その内装の質素すぎる事に驚かされたのである。
一般的に騎士団の隊長クラスのオフィスともなれば、どれ程屯所がみすぼらしくとも、内装に気を使うものだ。絨毯や絵、陶器といった芸術品は必須。
デスクや棚と言った備品は騎士団同士のやり取りの際に侮られぬために、必要な措置なのだ。
なのに。
この『星屑騎士団』オフィスには、そんな装飾品の類が一切存在しなかった。それどころか、高級品すらなかった。
棚や立ち並ぶデスクは平民でももう少しマシな物を使うぞ、と言いたくなるようなオンボロぞろい。
隊長である承太郎の座るデスクぐらいは地味に立派だが……よく見るとそこかしこに傷が目立つ。
加えて、滅多に一般兵士が立ち入れないはずのオフィスを、どう見ても平隊員です本当にありがとうございました、な連中が歩き回っている始末。
気分はヤック・デカルチャ! こんな騎士団オフィスがあるとは思ってもみなかった二人は、初めて文明に触れる未開の地の人々のように凍り付いてしまった。
「お、ジョリーンさん!」
「よぉー、久しぶり……呼び捨てでいいってば」
貴族二人を放置して挨拶を交えたのは、才人とジョリーンだった。
そのジョリーンに又ショックを受けるルイズ達……来訪者がいると言うのに、デスクの上に両足投げ出してリラックスしてるのである。
傍に控えていた若い騎士が頬を引きつらせて、
「じょ、ジョリーンさん……せめてきちんと座って欲しいんですが……」
「諦めろ」
「ですよ……ねぇ」
クールに断言する承太郎に、若い騎士は肩を落とした。
承太郎は硬直しているギーシュ達の横で戸惑っていた案内の騎士に、下がるようにアイサインを出してから、口を開いた。
「――さて。用件を聞こうか、ギーシュ」
「……あ、は、はい」
ギーシュの意識が解凍されたのは、案内の騎士がオフィスを出て行くのとほぼ同時だった。とりあえず内装の事には一切触れないように決意し、承太郎に向き直った。
改めて向かい合うと……ジョータロー・シュヴァリエ・ド・クージョーという人物がいかに『凄味』を持つ人物かが分かる。
モット伯や以前の自分では欠片も出せない……下手をすれば、ギーシュの父であるグラモン元帥やあのリンゴォよりも上かもしれない。
それ程の凄味が承太郎からは放たれていた。
というか、前にあったときより気合が入っている気がする。間違いない。
……間違っても、迷える青少年の相談に乗る人間が出していい威圧感ではなかった。
「わざわざ学院から来たんだ……生半可な用事じゃないんだろう?」
「へ??」
まるで非常事態を前にしたように表情を引き締める承太郎に、ギーシュはしどろもどろになった。
彼はただスタンドの事で承太郎に質問があってきただけで、そんなに差し迫った用事があったわけではないのだ。
何より、『聞きたいことがあったら会いに来い』と言ったのは、承太郎ではないか。
「あ、いや、僕は、この間あなたに言われたから、こうしてあなたを訪ねたんですが」
「……この間? それは、ラバーソールがお前達を襲撃した夜の事か?」
慌てて弁明した瞬間、承太郎の凄味が眼に見えても不自然に減った。
一体何を勘違いしたのだろうというギーシュの疑問は、次の一言で木っ端微塵に砕かれた。
勘違いしたのは、ギーシュの方だった。
「……俺はあの時、『オスマンを尋ねろ』と言った筈だが」
「……え? あ、あれ??」
眼が丸になるギーシュを見て、承太郎は被っていた帽子の位置を直しながら、嘆息した。
二人の意識の差異の原因がわかった……ギーシュが勝手に承太郎の言葉を聞き違えただけだったのだ。
「やれやれだぜ……」
「なんか、勘違いでもあったの?」
「らしいな」
ジョリーンの問いに答え、承太郎はデスクから立ち上がった。
「俺達は最近殺人的に忙しくてな……今日は偶々屯所待機だったから運がよかっただけだ。次からは前もって連絡をくれ」
「あ、は、はい!」
自分の記憶違いで相手に迷惑をかけてしまったことに気付き、ギーシュは顔を真っ赤にしながら姿勢を正した。
話が通してあるからとやってきたのに、実際にはアポ無しの突撃になってしまった。
小さいとはいえ騎士団の隊長相手にアポ無しで面会を求める事がどれ程無礼な行為か……軍人の家系に生まれたギーシュは骨身に染みるほど良く知っていたのだ。
「それで……相談と言うのは何だ?」
「は、はい……その、フェンスオブディフェンスの事で……」
「名前が決まったのか。何よりだ」
「……戦闘に使うのに、余りにも扱いにくいので、アドバイスがもらえればと思いまして」
「…………成る程、な」
アカデミーと言う敵の存在が在る以上、己の戦闘能力に不安があれば、それを解決しようとするのは当然の考え方だ。
特にギーシュはスタンドに目覚めて間もない素人である。自分の力だけで何とかしろと言うのは、酷というものだろう。
そしてそういうアドバイスが出来そうなのは、ギーシュが知っている中では承太郎だけだ。
ギーシュが決して軽い気持ちで尋ねてきたのではないと理解した承太郎は、来客用のソファ(これまた安物)の傍まで来ると、先に三人に座るように促し、
「まず、かけてくれ……長話になりそうだしな」
承太郎とジョリーンの二人と対面する形で、ギーシュは己の把握している限りの『フェンスオブディフェンス』に関する情報を提示した。
ビジョンの持つスピードや、フェンスの反射の性質、それを応用した攻撃など……一通り話し終わったところで、承太郎は口を開いた。
「十分すぎると思うが、何が不安なんだ……?」
「じゅ、十分ですか?」
「ええ。正直、使えるスタンドだと思うわ」
何のお世辞も含ませず、ジョリーンが追従する。
どんな物理法則も完全に反射させるフェンスと、スピードだけならストーンフリーも超える接近戦能力……決して弱いスタンドだとは思わなかった。
熱や冷気を使った応用を考えると、かなり強力な能力と言えるだろう。
「だけど、この先の事を考えると……」
「力不足だと思うか?」
「はい。これまでの敵も、僕は何も出来ませんでしたし……正直、みんなの助けがなければ死んでいました。状況が味方しただけです」
「……そこは、逆に考えるんだな。『誰かの助けがあれば勝てる』……何もかも一人で解決できるなんて思わない事だ」
「けど、それじゃあ誰も守れない!」
(成る程、これがこいつの本音ね)
声を荒げるギーシュを、ジョリーンは冷めた目で見つめていた。
……要するにギーシュは、自分ひとりで何でも出来る完璧な人間になりたいのだろう。
自分ひとりで襲い掛かる敵を全て撃退し、自分ひとりで全てのしがらみを取り払う、完璧な超人に。自意識過剰と言ってしまえばそれまでが、どうしたものか。
「僕はどんな状況でも、レディを守らなきゃならないんだ!」
言ってる事は馬鹿らしいのに、瞳に宿る力は決して弱弱しい物ではない……だからこそ手に負えないと考えるべきか。
どう言えば、この完璧志望をやめさせる事ができるのか……頭の痛いことである。
自分の能力を信じれないスタンド使いの力など……たかが知れているのだ。こんな有様では、せっかくの有効なスタンドも、宝の持ち腐れだった。
承太郎もジョリーンと同じことを感じ……そして、相手にかけるべき言葉を既に見つけていた。
「――ギーシュ
俺のスタンドは、目覚めたばかりの頃は能力が使えなかった」
「?」
いきなりの告白に困惑するギーシュ達に承太郎は続ける。
「単純に、殴る蹴るしかできなかったのさ。パワーとスピード、精密動作性は高いが……それだけだった。
正直、襲ってくるスタンド使い達を撃退するのにかなり苦労した。だが、俺は勝ち続ける事が出来た……何故だと思う?」
「え、えっと……」
「ギーシュ、さっきお前は状況が味方したと言ったな」
承太郎の言葉は終わらず、答えようとし逡巡するギーシュを遮った。
「それが分かっているなら大丈夫だ……状況を自分の手で作り出せとは言わない。ただ、待つな……その場にある状況を利用しろ。
俺はそうやって勝ってきた」
それは、何処にでも転がっているありふれた事件のはずだった。
反吐が出るような事件。だけれど、珍しくない事件。
『連続婦女暴行事件』。
本来なら一般の憲兵が取り扱い、大々的に調べて解決すべきものだった……にも関わらずその事件に関してだけは、女王陛下直下の騎士団が動き内密のうちに事件を解決しようとしていた。他ならぬ、『星屑騎士団』である。
何故、スタンド使い退治で忙しい組織にわざわざこんな仕事を押し付けたのか?
実に簡単な理由なのだ……加害者が平民で、その事件の被害者が、『貴族の娘』だったのである。
メイジである貴族が平民に苦もなく穢されると言う事件は貴族の体面を著しく傷つける……被害者が十人を超え始めた時点で、事は穢された少女達だけではなく、貴族全体の問題となっていた。
そして、事に『星屑騎士団』が当たっていた理由は……
犯行が、明らかに『スタンド使い』によるものだったのである。
「さっきから何度も言っているように、私には一切関係のない話だ!」
事件についての情報提示を求める騎士に対し、男……クラウダ・ド・ポワチエは忌々しげに吐き捨てる。
その相貌には相対する騎士に対する軽蔑の色がありありと浮かんでおり、平民を人間とすら思っていないことが伺える。
自分自身の誇りを踏みにじられるような視線に晒されている騎士は、クラウダに対して不快感を一切抱いていなかった。
貴族と言うのは全員こんな風に平民を見下す物だし……今の彼に平民に対する理解を求める事が、どれ程無礼に当たるか位はわかるからだ。
――暴行された少女の中には、婚約者とのデートの最中だった者がいた。少女は婚約者の目の前で穢され、重症を負わされた当人は、手当ての甲斐なく死亡。
少女も自殺してしまうと言う、一連の事件の中で最も悲惨な事件だった。
目の前の男は、その婚約者の少年の兄にあたるのだ。
彼からすれば、平民は自分の弟を奪った憎い対象……好意的になれるはずがない。
「そうは言われましても……殺されたのは、弟君ですし……」
「はん! 苦もなく恋人を穢されるような軟弱者、弟でもなんでもない!」
「しかし、事実あなたは関わっています……そうである以上、私達は質問せざるをえません」
血も涙もない……吐き気がするような下種な発言だったが、それでも騎士は怒りを抱かずに根気強く詰問を続ける。
弟などではない。その言葉が嘘である事と、その証拠を『星屑騎士団』は既に掴んでいるのだ。
スタンド……その存在と、それを扱える者達の情報は、トリスティン王室の手によって厳重に管理され秘匿されている。
その存在が疎漏することで生じる危険を、未然に防ぐための処置であり、王宮の諜報機関とも密接なつながりを持っていた。
『星屑騎士団』の情報収集は、王宮の諜報機関のそれと同一であり、国営の情報機関はポワチエ家で起こっていたある動きをつぶさに把握していた。
決して少なくない……自分達をフーケ討伐ののけ者にした賄賂のせいで目減りしたかの家の財政を考えれば、かなり苦労しなければ集まらないであろう額の金銭を動かして、傭兵を雇い始めたのである。それも、メイジ殺しといわれる凄腕の連中ばかりをだ。
婚約者の今際の際に兄が立ち会っていたことと、彼の使い魔であるフェレットが町中を駆けずり回っていた事から、『星屑騎士団』はある結論に達していた。
この男が、騎士団にゆだねず自分たちだけの手で復讐を完遂するつもりなのだと。
犯人の人相は、死ぬ間際の弟から聞きだし、使い魔を使って探し出したのだろう。
はっきり言って、無謀極まりない行為である。
目撃者の証言から相手が没落貴族の平民なのだと解釈しているのだろうが……メイジ殺しなどはスタンド使いの前ではてんで役に立たない。
腕の立つメイジ殺しであればあるほど、杖を使うメイジ相手の戦闘になれきってしまっていて、スタンド使いに苦もなく倒されるのが一般的だ。
そもそもからしてスタンド使いの攻撃は、魔法だと前提してしまうと致命的な遅れとなるのだから。
このまま放置して彼らに復讐を委ねては、大惨事になる……彼をこの場に呼び出したのは、それを未然に防ぐのと犯人の情報を聞き出すためだった。
スタンド能力や人相が分かればこちらの物で、承太郎とジョリーンに委ねるだけでいいのだが……先程から全く尋問が成立していない。
クラウダ・ド・ポワチエは、確信に迫る質問をする度に、まるで自子供のように怒鳴り立て、叫び、返答を拒否した……明らかに意図的に、礼儀のなっていない貴族をやっている。
「ふん……! 全く、これだから平民上がりは!」
グチグチつぶやくその姿は……おそらく、擬態だ。本心では己の持つ情報を相手に漏らさぬように、細心の注意を払っているのだろう。
本来のクラウダは貴族としては平均的な平民観を持ってはいたが、ここまで極端に見下し怒鳴りたてる様な人間ではない。
ここまでみっともない方法で事実を隠し通すという事は、弟とその許嫁の敵を自分以外の手に委ねる意思は、毛頭ないと見ていいだろう。
「いいか!? 我らが尊敬するグラモン元帥の家系には、こんな言葉が伝わっているそうだ。
『命を惜しむな、名を惜しめ』と。婚約者を守りきれなかった我が愚弟は、家の名を穢したのだ……!」
「では、復讐などする気はないと?」
「くどい! そんな下らぬ事にかまけている暇はない!」
「そう言われましても、我々はアナタが傭兵を雇ったという情報を入手しているのですよ」
「知らんと言っているのがわからんのか!? この低脳がッ!!!!」
「いやだって、さっきも見せたでしょ、証拠……」
「知らんっ! 平民風情がいくら証拠をでっち上げようが、知った事か!」
こうまで開き直られると、いっその事清々しい位だった。開き直っている事実自体が、質問の内容を証明していたが、それでは意味がないのだ。
彼らが求めるのは事実の究明ではなく、情報の入手なのだから。
これで、頭の中身が低脳ならば放置しても問題ないのだが……有能だから手に負えない。
現に事件からそう日も立っていない……弟の葬式の日程も決まらぬうちに、敵の居場所らしき物を把握しているのだから、無能では断じてないだろう。
尋問担当の騎士は焦っていた……時間がない。
仮にも貴族の跡継ぎを、犯人でもないのに長時間拘束する事はできないのだ。
もしこのままクラウダを返してしまえば彼はその足で雇った傭兵達の下へ赴き、犯人を殺そうと画策するだろう。
正直、背後にある扉に対して、びくついているのだ。いつ、そこが開かれて時間切れだと告げられるか……その瞬間、目の前の復讐に滾る青年と部下の運命は終わり、犯人は地下へ潜るだろう。
この場は隊長である承太郎の方が、効率よく情報を引き出せるのではないか……? いやいや、いっその事スタンドの事を暴露して理解してもらったほうがマシかも……そんな考えが、騎士の考えをよぎって……
ば ん っ ! !
背後の扉が、乱暴に、乱暴すぎるほどめい一杯開かれ、騎士の心臓の動きを凍りつかせた。
隣の部屋から聞こえてきた声に、モンモランシーは覚えがあった。
――あの子の恋人のお兄さんだわ!
モンモランシーがその恋人を紹介してもらった日に、何故か一緒に居たのを嬉々として紹介された覚えがあった。
いかにも軍人と言う引き締まった体躯と、精悍な顔つき……いかにも、ミーハーな貴族の婦女子が放っておかないような美男子で、モンモランシー自身思わず頬を染めた記憶がある。
なんという偶然だろうと、モンモランシーは思った。彼ならば、妹の自殺の理由を何か知っているかもしれない。
ギーシュ達の用事が終わったら、声をかけてみよう。そう思った矢先に、妙な事に気づいた。
……明らかに様子がおかしい。モンモランシーはクラウダの事を多く知っているわけではなかったが、あのような罵倒や侮蔑の言葉を平然と吐き散らすような人間ではなかった筈だ。
一体何があったのか? いや、そもそも……何故軍でも出世頭の彼が、こんな場所で取調べを受けているのか!?
疑問を原動力に、彼女は行動を起こした。壁に張り付き、鼓膜に全神経を集中させて……そうして得られた情報は、彼女を絶望のどん底に落とすには十分すぎる物だった。
『姪がその身を婚約者の前で穢された』『婚約者が死んで、姪は自殺した』『その情報をクラウダは握っている』
断片的な情報が脳内で『最悪の事実』としてくみ上げられるのに、大した時間はかからなかった。
クラウダ・ド・ポワチエの弟は、純粋だった。
平民に傲慢なのが貴族の資質だと言うのなら貴族らしさなど欠片もないことになるだろう……貴貧の区別なく優しく接する事のできる、純粋すぎる少年だった。
正直、恋人とは似たもの同士であり、その交際に関しては誰もが祝福し将来の幸せを思い笑顔になった物だ。
それが、たった一人の薄汚い平民の欲望で打ち壊されたのだ。
弟は卑怯にも背後から刺された後に、両手足の腱を切られた。
婚約者は瀕死の弟の前で辱められた。
弟はそのときの傷が元で死に、貞操も婚約者も奪われた婚約者は、自殺と言う道を選んだ。
ベッドに横たわり、瞳に絶望を宿す弟を見て、これは夢だと思い込みたくなった。
前日まで、デートで何をプレゼントしようかと、無邪気にはしゃいでいた弟が! 何故こんな眼にあわなければならないのか!
報いは、必ず受けさせる……!
幸い、弟が見た襲撃者の特徴を知っているのは、彼一人である。
後は他人の力を使わず、弟が襲われた付近を使い魔で探索すればいい……他人の力を借りなければ、情報が漏れる事もないのだから。
弟の名誉と、その婚約者の尊厳は、自分の手で取り戻す。
それが、彼の想いであり……例え相手が王妃殿下であろうとも、譲ることの出来ないものだった。
(ようやく時間か……)
扉が開く音を聴いた瞬間、クラウダは正直ほっとした。愚か者の演技に疲れていたし、こんなところで足踏みをしていられないと言う苛立ちもあった。
一刻も早く行動しなければ、犯人に逃げられてしまう……調べた結果分かった犯人は、一つの場所にいつまでも留まってくれるような頭の愉快な輩ではないのだ。
これ以上続くようなら、犯罪に手を染めてでも抜け出そう。クラウダには、それだけの覚悟があった。
不愉快な時間を終わらせてくれた礼に、ねぎらいの言葉の一つでも投げかけてやろうと、クラウダは視線を闖入者に向けて……言葉を失った。
止める暇など、ありはしなかった。
その闖入者は、騎士が同僚でない事に気づく前に室内に入り込み、静止しようとする前にクラウダの前に立ち、声をあげようとする前に手にした杖を相手の喉に押し付けた。
油断があった。
まさか、待合室にいた人間が、堂々と取調室に乱入するなど予想できなかったという、油断が。
「答えなさい」
「き、君は……モンモラシ家の……」
義憤と涙を瞳に宿す香水の乙女は、クラウダを睨みつけた。
「あの子を穢した犯人は誰で、何処にいるのか……今すぐにッ」
モンモランシーの剣幕と、相手が弟の婚約者の身内であると言う事実……何より、唐突過ぎる状況の変化による混乱が、クラウダの精神を揺るがし、閉じられた真実を吐露させる。
「み、右手の男だ」
「右手?」
「ああ……両方の手が『右手』の男だ」
クラウダがあっさり自供した事により、尋問に当たっていた騎士は二重のミスを犯す事となった。
本来ならばモンモランシーを止めるべきところを、彼は止めなかった。それどころか、その尻馬に乗るように、詰問してしまったのだ。
「で、そいつは今何処に!?」
「ピエモンの秘薬屋、その近くだ……っ!?」
「あ、ちょ、まっ……!」
止める暇も有らばこそ。
モンモランシーは、踵を返し憎しみの対象を目指して走り出し。
その後を追うように、クラウダも椅子を蹴って立ち上がり、部屋を飛び出した。