ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

サブ・ゼロの使い魔-40

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匿名ユーザー

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 木造の粗末なベッドに椅子とテーブルが一組、他に眼に付くものは壁に掛けられたタペストリーのみ。その質素な部屋が、アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーの居室であった。
 部屋の主は椅子に腰掛けると、机の抽斗を開いた。そこにはたった一つ、宝石が散りばめられた小箱が入っている。先端に小さな鍵の付いたネックレスを首から外すと、彼はそれを小箱の鍵穴に差し込んだ。
 開いた蓋の内側には、アンリエッタの肖像が描かれている。
 ルイズとワルド、それにギアッチョがその箱を覗き込んでいることに気付いて、ウェールズははにかむように笑った。
「宝箱でね」
 小箱の中に入っていた手紙を、ウェールズはそっと取り出す。それこそがアンリエッタの手紙であるらしかった。愛しそうに手紙に口づけた後、ウェールズは便箋を引き出してゆっくりと読み始める。
 何度もそうやって読まれたらしいそれは、既にボロボロだった。
「これが姫から頂いた手紙だ」
 ウェールズはゆっくりと手紙を読み返すと、ルイズにそれを手渡して
「確かに返却したよ」と言った。深く頭を下げて、ルイズは手紙を押し頂く。
「ありがとうございます、殿下」
「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号がここを出港する。
 それに乗って、トリステインに帰るといい」
 しかしウェールズから告げられた任務終了の言葉にも、ルイズは安堵の顔を見せない。それどころか、彼女の表情は悲しげにすら見える。
 少しの間彼女はじっと手紙を見詰めていたが、やがて決心したように口を開いた。
「……あの、殿下 申し上げにくいのですが……その」
「言ってごらん」
「……王軍に勝ち目は、ないのでしょうか」
 躊躇うように問うルイズに、ウェールズはあっさり答える。
「ああ、ないよ」

「我が軍は総勢三百、敵は五万だ 万に一つの可能性も有り得ないさ
 我々に出来ることは、王家の誇りを最期の一瞬まで彼奴らに刻み込むこと――それだけだ」
 幾分おどけたような口調でそう言うウェールズの眼に、しかし冗談の色は含まれていなかった。ルイズは俯いて口を開く。
「……殿下も、討ち死になさるおつもりなのですか?」
「当然さ 私は真っ先に死ぬつもりだよ」
 愕然とした顔をするルイズの横で、ワルドはただ黙って眼を閉じている。
 そしてギアッチョもまた、黙してウェールズを見つめていた。しかし眼鏡のレンズに阻まれて、彼の表情を読み取ることは出来ない。
「……殿下、失礼をお許しくださいませ 恐れながら、申し上げたいことが
ございます」
「なんだね?」
「この、只今お預かりした手紙の内容 これは――」
「ルイズ」
 ワルドがルイズの肩をそっと掴んでたしなめる。しかしルイズは、キッと顔を上げてウェールズを見つめた。
「わたくしがこの任務を仰せつかった折の姫様の御様子、尋常なものでは
ございませんでした まるで……まるで恋人を案じるような……
 それに先ほどの小箱に描かれた姫様の肖像画や、姫様のお話をなされる時の殿下の物憂げなお顔……もしや、姫様と殿下は――」
「恋仲であった、と言いたいのかな」
 微笑むウェールズに、ルイズは頷いた。
「……とんだご無礼をお許しくださいませ しかし、そうであるならばこの
手紙の内容は……」
「……そう、恋文だよ ゲルマニアにこれが渡っては不味いというのは、つまりそういうことさ 何せ、彼女は始祖ブリミルの名において永久の愛を私に誓ってしまっているのだからね これが白日に晒されれば、無論ゲルマニアとの同盟は相成らぬ トリステインはただ一国にて、貴族派共と杖を交えねばならなくなるだろう」

「……殿下、僭越ながらお願い申し上げます どうか、我が国へ亡命なされませ!」
 ルイズは今にも叫びだしそうな勢いで言うが、ウェールズは笑って取り合わない。
「それは出来ないよ」
「殿下、姫様のことを愛しておられるのならば、どうか、どうかお聞き入れ下さいませ!幼少のみぎり、わたくしは畏れ多くも姫様のお遊び相手を務めさせていただきました 姫様のご気性、わたくしはよく存じております!王宮の中にあって、姫様はとても純粋な方でございます 殿下の戦死を、あの方はきっと納得出来ませぬ。
 先にお渡しした手紙にも、姫様は恐らくあなた様に亡命をお勧めになっているのでございましょう?いえ、わたくしには分かりますわ。亡命を受け入れず叛徒の手にかかって死んでしまわれたなどと、わたくしは一体どのような顔で姫様にお伝えすればよいのでしょうかそんなことを聞けば、姫様のお心はきっと張り裂けてしまいますわ!
 殿下、お願いでございます!姫様の為に、どうか、どうか我が国へ!」
 ルイズの心からの嘆願に、ウェールズは一瞬苦しげな顔を見せたが、しかしすぐに首を振ってそれを打ち消した。
「……本当に、君は彼女のことをよく知っているようだね そうさ、その通りだ。この手紙の末尾には私の亡命を勧める一文がしたためられている。……だが、私は亡命するわけにはいかない。絶対にだ」
「何故……!」
「私がトリステインへ亡命などすれば、叛徒共はそれを口実にすぐトリステインへ攻め込んで来るさ。奴ら――『レコンキスタ』の目的はハルケギニアの統一と『聖地』の奪還だそうだ まさか出来るなどとは思わないが。
 それに私がここで逃げなどすれば、我がアルビオン王家の為に命を投げ打ってくれる三百人に一体どう詫びればいい?
 我々はせめて最期の一瞬まで勇猛に戦って、ハルケギニアの王家は決して劣弱などではないことを知らしめなければならぬ それが、没する王家の最期の義務であり責任なのだ」

「……殿下……!」
「もうやめるんだルイズ 君の気持ちは殿下にも痛い程伝わっているさ
 だが殿下のお覚悟も理解しなければいけないよ」
 そう言ってワルドはルイズの肩を抱く。彼女はそれでようやく諦めたようだった。悄然として俯くルイズの頭を優しげに撫でて、ウェールズは口を開く。
「君は正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢 正直で、まっすぐだ
とてもいい眼をしている」
 にこりと魅力的に微笑んで、ウェールズはルイズの眼を覗き込んだ。
「そのように正直では、大使は務まらないよ しっかりしなさい
……しかし、亡国への大使としては適任かも知れないな 明日に滅ぶ政府は、誰より正直だからね 名誉と矜持、これ以外に守るものなど何もないのだから」
 そう言って、彼は己の顔を隠すように机の上に眼を落とした。そこには水の張られた盆が置かれている。水に浮かんでいる針は、微動だにせず一点を指していた。どうやら、これが時計であるらしい。
「……そろそろパーティーの時間だな。君達は我が王国最後の客人だ。是非とも出席していただきたい」
 やがて上げられた彼の顔に、物憂げな様子は見られなかった。
 ルイズはそれに応えるように、出来る限りの笑顔を作って一礼する。
「……ありがとうございます 喜んで出席させていただきますわ」
「光栄至極に存じます」
 同じく一礼すると、ワルドは先頭に立って部屋を退出した。後に続こうとして、ルイズはギアッチョに顔を向ける。
「ほら、ギアッチョ行くわよ」
「先に行ってろ オレはまだ用がある」
「……は?ちょっ、何言ってるのよ!」
 ルイズは焦ったような声を上げる。ギアッチョを一人にすれば一体どんな事態になるか解らない。しかしウェールズは微笑んでルイズを制した。
「私は構わないよ ラ・ヴァリエール嬢、先に行っていなさい」

 ルイズは困ったように二人を見比べていたが、ギアッチョの眼に退かない光を感じて、諦めたように首を振った。
「変なことしたら許さないんだからね!」と何度も怒鳴るように念押しして、それでもどこか心配そうな顔をしながらルイズは退出した。
 ぱたんと扉が閉まるのを確認して、ギアッチョはウェールズに視線を移す。何を言うでもなく、頭をがしがしと掻いてギアッチョはただウェールズを見つめて――否、観察している。
 ウェールズもまた、ギアッチョを眺めて彼の言葉を待ったが、ギアッチョはなかなか用件を言い出そうとしない。少し困ったような顔をして、ウェールズはギアッチョに話しかけた。
「……人の使い魔とは珍しい トリステインとは変わった国であるようだね」
「…………トリステインでも珍しいらしいがな」
 ギアッチョのぶっきらぼうな口調にウェールズは驚いたような顔になるが、それも一瞬のことだった。すぐにいつもの顔に戻ると、ウェールズはギアッチョに問い掛ける。
「……それで、私に一体何の用かな?子爵と同じ用件だとは思えないが」
 それを聞いて、ギアッチョはずいとウェールズの前に進み出た。
 ウェールズの蒼い瞳を覗き込むと、彼はようやく話を始めた。
「最初に言っとくが……オレは遥か彼方の世界から来た トリステインやアルビオンの礼儀作法なんざ知らねーし、迂遠な会話で曖昧に濁すつもりもねえ。答えてもらうぜウェールズ・テューダー はっきりとよォォ」
 鬼のような眼差しでウェールズを睨んで、ギアッチョは続ける。
「てめーは何の為に死ぬ?聞けば敵は五万だそうじゃあねーか こんなもんは戦争じゃあねえ 一方的な虐殺だろうが」
 ギアッチョの言葉に、ウェールズの顔はもう驚愕も不快も表さなかった。
「確かにその通りだ 恐らくは――いや、明日は確実にそうなることだろうね 何の為にか……理由は一つではないが、先ほども言った通り我々は最後まで戦って王家の誇りを示さねばならぬ 奴らの目的が現実のものとなってしまわぬようにだ」
 ウェールズはうろたえることなく言い放った。

 ウェールズの言葉を、ギアッチョはハッと鼻で笑い飛ばす。
「馬鹿も休み休み言えよ王子様。てめーは使命感に酔ってるだけだ。
 誇りを示す?てめーらが総員討ち死にしたところで何も変わりゃあしねーぜ。
 それとも何か?この世界にゃあ五万に三百で立ち向かって玉砕した人間を『間抜け』と思わない奴らが山ほど居るってわけか?」
「ああ、それも確かに君の言う通りかも知れないさ。だが我らの意志を誰か一人でも受け継いでくれる可能性があるのならば、私達はどうしてそれに賭けずにいられようか!
 遥か異郷から来たという君には分からないかもしれないが、奴ら貴族派――『レコンキスタ』が本当に『聖地』奪還などに動き出せば、数限りない死者が出る。
 それを阻止する為には、我々王家は決して奴らに屈してはならないんだ」
 ウェールズの毅然とした反論を聞いて、ギアッチョは苛だった顔を見せる。
「……下らねぇな それなら他にいくらでもやりようはあるだろうが。てめーらは自分の国が裏切り者に渡るのを見ずに死にてーだけじゃあねーのか?ええ?オイ。
 戦争って名を借りて自殺するってェわけだ。自尊心も満たせりゃ誇りも示せるからなァァァ」
「それは違うッ!!」
 ウェールズはついに怒鳴った。握り締めた拳はぶるぶると震えている。
「我々の覚悟を侮辱しないでもらおう!我々はただ死ぬ為に死ぬのではない……死にに行くのでもない!希望を明日へと繋ぐ為に、『戦いに』行くのだ!!」

 ドガンッ!!

「ぐッ……!」
 壁を殴るような音が、部屋中に響き渡った。ウェールズは首根っこを掴まれて、他ならぬギアッチョの手によって壁に叩きつけられていた。
 ウェールズを壁に押し付けたまま、ギアッチョは静かに口を開く。
「そんなに死にてーならよォォォーー 今ここで死ね」

 ビキビキと音を立てて、ウェールズの首が凍り始める。ウェールズは驚愕に眼を見開いて呻いた。
「……な……んだ……これは…………!」
「動くんじゃあねーぜ王子様 そうすりゃあ楽に死ねるからよォォー」
「ッ……君は……何者なんだ……」
 肺腑から細く息を吐き出すウェールズを死神も震え上がらんばかりの凶眼で見つめて、ギアッチョはつまらなさそうに口を開く。
「さてな……魔人だと言ったらてめーは信じるか?」
「何……?」
「だがオレは慈悲深い てめーを送った後はお仲間もしっかりそっちに届けてやるぜ この城を丸ごと氷の棺にでもしてな……」
 それを聞いた途端、ウェールズの右手が跳ねるように動いた。一瞬で懐から杖を引き抜くと、素早く呪文を唱えてギアッチョに空気の塊を打ち放った。
「チッ……!」
 今度はギアッチョが壁に叩きつけられる番だった。ギアッチョを引き離したことを確認して、ウェールズはぜいぜいと肩で息をしながらも油断なく杖を構える。
「ふざけるな……!私達は何としてでも明日まで生き延びるッ!
 それを阻むと言うのであれば、ギアッチョ!例えラ・ヴァリエール嬢の使い魔であろうと私は君を容赦しない!」
 言うが早いかウェールズは立て続けに呪文を詠唱する。ギアッチョが弾かれたようにウェールズへ走り出すのと、ウェールズの呪文が完成するのは同時だった。ウェールズの杖から突如巻き起こった烈風は三枚の不可視の刃となってギアッチョに襲い掛かるが、
「ホワイト・アルバム!」
 ギアッチョを切断するかと思われた瞬間、三つの刃は小さな銀の粉塵と化して砕け消えた。
「なッ――!?」
 驚愕の声を上げるウェールズに、ギアッチョは寸毫待たず肉薄する。

 ギアッチョはそのまま左の裏拳でウェールズの杖を殴り飛ばす。同時に右手でウェールズの頭を容赦なく掴むと、

ドグシャアァアッ!!

 思いっきり床に叩きつけた。
「が……ッ!!」
「終わりだ」
 機械的にギアッチョはそう宣告するが、
「うぉぉおおぉおッ!!」
 ウェールズは諦めなかった。両の拳でもがきながらギアッチョに殴りかかり、何とか彼から逃れようとする。しかし所詮はメイジの細腕、百戦錬磨のギアッチョに敵う道理などあろうはずもなかった。
「……ぐッ……くそッ……!離れろッ……!!」
 片手で拳を捌かれ続けても、彼は諦めない。荒い呼吸を繰り返しながらも攻撃を止めないウェールズを感情の読めない眼で見遣って、ギアッチョはパッと、攻撃を防いでいた左手を上げた。

バギャアア!!

「……ッ」
「なッ!?」
 ギアッチョはウェールズの拳をモロに顔面で喰らい――否、受け止めた。いくら疲弊したメイジの拳とはいえ、思いっきり顔に受ければかなりのダメージがあるはずだった。しかしギアッチョは痛がる素振り一つ見せずにウェールズを睨む。次いで頭を掴んでいた右手を離すと、彼は両手を上げて立ち上がった。
「……やれやれ、悪かったな王子様よォォ オレの負けだ」

「……何だって……?」
 ウェールズは魂が抜け落ちたような顔で言う。彼を引き起こしながら、ギアッチョはがしがしと頭を掻いた。
「とっとと諦めるか……さもなきゃあ命乞いでもするかと思ったんだがな。
 てめーの『覚悟』は本物だったらしい 疑って悪かった……っつーところだ」
「……演技だったってわけかい……」
 ウェールズははぁと溜息をついて椅子に滑り落ちた。
「そういうわけだ オレは慈悲深くも何ともねーからな。そんなに死にてーなら好き放題に死ね」
 その言葉にウェールズはぽかんとしていたが、やがて堰を切ったように笑い出した。
「あっははははははは!そんな言葉を言われて安心したのは生まれて初めてだよ! 全くラ・ヴァリエール嬢は珍しい使い魔を召喚したものだ!」
 おかしくてたまらないという風に笑い転げるウェールズに背を向けて、ギアッチョは扉へと歩き出す。
「話はこれだけだ ……あの姫さんにゃあオレからよろしく言っといて
やるぜ」
 そう言って扉に手を掛けたギアッチョに、後ろから「待ちたまえ」という声が掛かる。肩越しに振り向くと、笑いを収めたウェールズがギアッチョを見つめていた。
「……ならば私からも、一つ質問させてもらおう」
「……何だ」
「外つ国の住人である君は、何故私にこんなことをする?君が我らを気にかける理由がどこにあるのか、差し支えなければ教えて欲しいのだが」

 ギアッチョは何も答えず扉に顔を戻す。その格好のまま、数瞬の沈黙を越えて彼は口を開いた。
「『覚悟』のねー野郎がさも世を悟り切ったかのような顔で生きてやがるのが気に食わねーからだ」
 ウェールズは何も言わずにギアッチョを見つめ続ける。
 まるでそんな答えには納得しないと言うかのように。
 部屋を再び沈黙が包み――観念したのか、ギアッチョは溜息をついて頭を掻いた。
「…………と、思ってたんだがな……」
 感化されたのかもしれねーな、と彼は独白するように言う。
「……感化?あの優しい少女にかい?」
「…………そうかもな あの真っ直ぐ過ぎるクソガキ――いや、クソガキ共か…… 全くオレもヤキが回ったもんだ」
 不満げに舌打ちするギアッチョの後姿を眺めて、ウェールズは微笑む。彼は落ち着き払った仕草ですっと立ち上がると、顔を背けたままのギアッチョに近づいた。
「……私は君という人間をよく知らない ましてや、昔の君のことなど全く分からない……しかし言わせて欲しい」
 ウェールズにとって、ギアッチョは彼の「覚悟」を今、恐らく最も曇りなく理解している人間だった。
 ウェールズは微笑んだまま、太陽のような、しかしその中に峻厳たる誠実さを含んだ口調で言った。
「……今の君に、ありがとうと」
 ギアッチョはフンと鼻を鳴らすと、乱暴に扉を開けながら返す。
「とんだお人よしだな……てめーはよ」
 その言葉と共に、ギアッチョは廊下へ歩き去った。


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