ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-35

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 痩せぎすの男の先導で船の狭い通路を進んでいく六人。この中で身を屈めず歩いていけるのはルイズとタバサくらい。
 やがて連れて行かれた場所は、後甲板の後ろに設けられた、船長室らしき立派な個室だった。
 開けられた扉の向こうには豪奢なディナーテーブルがあり、そこを囲むように居並ぶ柄の悪い空賊達と、上座に一人どんと居座る頭がルイズ達を待ち構えていた。
 汗や油に塗れた小汚い格好だが、その手の中では大きな水晶があしらわれた杖を弄んでいることからも、どうやらメイジだということを全員に知らしめていた。
 六人は六人とも、それぞれの意思で沈黙を守っている。
 これから愉快なコメディの幕が開くのを待っているようなワクワクとした笑みを見せているのはジョセフとキュルケ。
 我関せずとなおも本から目を離さないのはタバサ。
 飄然と立っているだけのワルド。
 荒々しい空賊達の睨みに気圧され怯えながらも、それでも貴族のプライドに縋って精一杯の憎憎しい目つきで空賊を睨み返すギーシュ。
 そしてルイズは、小さな身体を凛と立たせ、きっと頭を睨みつけていた。
 今までに見たことのない六者六様の反応を見せるルイズ達を眺めていた頭は、ニヤリと愉快げに笑った。
「トリステインの貴族はプライドばかり高いが、お前達は極め付けだな。名乗ってみせな」
「大使としての扱いを要求するわ」
 頭のセリフを何の躊躇いもなく無視してみせるルイズ。
「たかが空賊がトリステイン王国の大使に口を利いて貰えるだけでも身に余る光栄だわ」
 頭もまたルイズの暴言を何の躊躇いもなく無視してみせた。
「王党派だと言ったな」
「同じことを何度言わせる気かしら」
「何しに行くんだよ。あいつらは明日にでも抹殺されちまうぜ」
「それがどうしたのよ。あんた達に言っても仕方ないでしょ」
 大勢の空賊達の前で怯えも見せずしらっと挑発を続けるルイズに、頭は楽しげに語りかけた。
「貴族派についたらどうだい。今のあそこならメイジとなりゃ高い金で雇ってくれるだろうさ」
「笑わせるわね。トリステインの大使に王座泥棒の片棒を担げだなんて。まるで韻竜にネズミの死骸を薦める様な所業だわ」
 立て板に水とばかりに辛らつな言葉の刃を投げかけるたびに、空賊達の目の鋭さがより磨がれていくのをギーシュは否応なしに感じ取っていた。
 横目で恨めしげにルイズを見るが、その横ではジョセフがそんなルイズを満足げに……そう、可愛い孫を見守る祖父そのものの目で暖かく見守っているのを見て、ギーシュは何もかもを諦めた。
 あんな甘い祖父が横にいる孫が張り切らないはずが無いからだ。
「もう一度言う。貴族派に付く気はないかね」
 最後通牒とも言える頭の言葉に、ルイズは胸を張って答えた。
「ネズミの死骸はそれに相応しい者が食らうべきだわ。私が食べるものではないのよ」
 これ以上はない完全な拒絶の後、不意に拍手が沈黙の室内に鳴り響いた。
 拍手の主はジョセフであった。
「よく言った! そこまで言えるとは大したモンじゃッ!」
 と、再びわしゃわしゃとピンクの髪を撫でた後、ニヤリと笑って頭を見た。
「そちらさんも意地が悪い。こんなどこからどう見ても頭の固いトリステイン貴族の雛形に、そんな甘い言葉なんぞ百も千も用いたところで効果が無いのは先刻承知だろうに」
「ほう? そう言うお前は何だ。……貴族ではないな」
 興味深げに、だが威圧を込めた視線でジョセフを射すくめる頭。人を射すくめるのに慣れた眼差しだったが、ジョセフもまたそのような眼差しを受けることに慣れた男だった。
「使い魔じゃよ」
「……使い魔?」
「お前さんに生意気な口を叩いてるこのルイズのな」
 頭だけでなく、周りの空賊達もが一斉に笑った。
「ははははは、御老人よ。生まれてこの方こんな愉快な冗談は聞いたことが無い! まさかトリステインの貴族相手からこんな冗談を聞けるとは夢にも思わなかった!」
 ジョセフもニカリと笑って見せると、当然のように言葉を返した。
「王党派も大変じゃな、空賊の真似事までせにゃならんほど追い詰められてる! 使い魔の老人、王党派の空賊! この部屋は冗談の詰め合わせと言ったところかなッ!」
 その言葉に、再び爆笑が巻き起こる船長室。
 まだ事情が飲み込めていないのはルイズとギーシュくらいのものだった。
 頭はばんばんとテーブルを叩くほど盛大に笑ってから、やれやれと首を振りながら背凭れに凭れ掛かった。
「――参ったな、これでも随分と空賊稼業には慣れていたつもりだったんだが。どこにボロがあったのかな」
「ボロも何も。あんなに硫黄に目の色変えてたくせに、ルイズのルビーやわしらの身ぐるみには一切興味を示さん空賊などおるわけがない」
 ジョセフはそう言いながら、くつくつと喉の奥で笑った。
「硫黄が欲しいのは貴族派に売るためじゃない、自分達で使いたいから。そしてちょっとした小金に興味を示せないほど明日の命をも知れん連中が、今のハルケギニアにはそんなに多くいるというワケじゃあないわなッ!」
 ふんふんと頷きながら聞く頭からは、先程までの粗暴な雰囲気が嘘のように消えていた。
 大きな混乱に巻き込まれたルイズが頭から周囲の空賊達に視線を移せば、彼らの誰もがこれまでの空賊めいた柄の悪さが消えているのが判ったほど、彼らの態度は変貌していた。
「で、こんな航海に必要な穀物や酒に火薬を満載した船倉にわしらを入れた、というのもそうじゃ。そちらはわしらを人質としてではなく、賓客として扱う心積もりをしとったというコトじゃ。
 なのにこんな愉快な三文芝居をしたのは、わしらがあんたらに怯えて貴族派だと言い出さんかどうか見て試そうとした。おおよそそんなところじゃあないかなッ?」
 ジョセフの謎解きに、頭は乱暴な笑みではなく、明朗で清々しい微笑を見せた。
「ははは、御老人! 貴方のその目と耳は一体この船の何処に付いていたと言うんだ? 是非この私にだけそっと教えてもらいたいものだ! そこまで理解されているのなら、最早下手な演劇に興じることも無いだろう。 失礼した、貴族に名乗らせるならこちらから名乗るのが礼儀と言うものだね」
 周りに控えた空賊達は笑みを収め、一斉に直立する。頭はカツラと眼帯を外し、無造作にテーブルに投げ捨ててから、おもむろに付け髭を外して見せた。
 すると百戦錬磨の空賊の頭は、あっと言う間に凛々しい金髪の青年に姿を変えた。
「私はアルビオン王立空軍大将にして本国艦隊司令長官、同時に本艦イーグル号の艦長……と、様々な肩書きを持ってはいるが、今では飾りくらいにしかなりはしない。それでは僕の最大の飾りを披露することにしよう」
 若者はテーブルの上で優雅に手を組むと、六人に向かって誇り高く名乗りを上げた。
「空賊船船長とは仮の姿。アルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダーだ」
 ルイズは小さな口をあんぐりと開けて皇太子を見た。ワルドはほうと興味深げに皇太子を見た。キュルケはあらいい男、と皇太子を見た。タバサは本から視線を離さない。ジョセフは皇太子が直々に空賊か、と少々驚いた。そこまではさしものジョセフにも予想外だった。

 そしてギーシュは、あ、あ、あ、と、言葉にならない声を断続的に発しながら、油の切れた出来の悪いからくり人形のように首を軋ませてジョセフを見た。
 ジョセフは横目でギーシュを見ると、少しの哀れみと盛大な呆れを混ぜこぜた表情を帽子の下から見せ付けた。
「ギーシュよ、オイシイ話があったらすぐ飛び付くのはやめとけ。ひとまず疑ってかかるくらいはしてもバチは当たらんぞ」
「よ、四百……四百エキュー……」
 ジョセフとキュルケへの負け分、合わせて四百エキューを一瞬で失う破目になったギーシュが、大勢の目の前にも拘わらずがっくりと膝を付いてしまったのは仕方のない事だった。
 何事か、と訝しげにギーシュを見やる皇太子にジョセフが賭けの事を説明すると、またもウェールズは高らかに笑った。
「全く! 君達の腹の据わり具合といったら! 最近のトリステイン貴族は随分と有望株が揃っているようだね! では改めてアルビオン王国へようこそ、大使殿。御用の向きは如何なるものかな」
 悠然と言葉を紡ぐウェールズに対してトリステインの大使は、呆然と立ち尽くしていた。
「こちらが説明するようなことはおおよそそこの御老人が説明してくれたからね。せっかくの私の楽しい種明かしのセリフを取られてしまったのが何とも痛快とも言える。
 我が国でさえ王党派など圧倒的な少数派だというのに、よもや外国に我々の味方がいるだなどと夢物語を容易く信じられる状況ではなかったのでね。君達を試すような真似をしてしまって申し訳ない」
 ウェールズが楽しげに言葉を続けても、ルイズはなおも意識が現実に戻りきっていなかった。
 目当ての人物とこんな場所で出会ってしまうなどということに、心の準備も何も出来るはずがないからだ。
 懸命に事態を理解しようとするルイズを取り成す様にジョセフが自分達の自己紹介をすれば、ウェールズは満足げに頷いてルイズ達を眺めた。
「せめて君達の様な立派な貴族が我が国にいれば、このような惨めな今日を迎えることも無かっただろうに!」
 その言葉にやっとルイズが我に返ってアンリエッタの手紙を取り出そうとしたが、はたとそこで気が付いた。
 キュルケとタバサは勝手に自分達の行く先に着いて来てるだけで、正式に任務に参加している訳ではないのだ。
 かと言って「あんた達部外者だから席外せ」と言うのも不躾ではないか、と考えてしまい、どうすればいいのかとルイズは戸惑った。
 だがキュルケは、そんなルイズを見て薄い苦笑を浮かべながらふぅと溜息をついた。
「こういう時は、堂々と『あんた達は王女殿下から任務を受けてない部外者だから席を外しなさい』と言うものよ。トリステインの大使を務めるならそれくらいのことはちゃんと言いなさい?」
「わ、判ってるわよそんな事! 今言おうとしてたわ!」
 追い出す対象から諭されて、恥ずかしさとか怒りとかそんな感情で顔を赤らめたルイズだが、こほん、と咳払いしてキュルケとタバサを見た。
「貴方達は今回の任務とは関係が無いから、一旦席を外してもらうわ」
「はいはい。じゃあタバサ、行きましょう」と、まだ本を読んでいるタバサの手を引いて、自分達を連れてきた痩せぎすの男に目をやった。
「大使の友人ということで、船倉以外の部屋で待機させてもらえるのかしら」
「承知しております。ではこちらへ」
 先程までの態度が嘘のような恭しさで、男は二人を連れて部屋を辞した。
 二人が出て行ったのを見届けてから手紙を取り出したが、しかし手紙を手にしたまま、まだ訝しげにウェールズを見た。


「あ、あの……失礼ですが、本当に皇太子殿下なのですか?」
 ジョセフでさえ、頭が皇太子だとは見抜けなかったほどの堂々たる空賊っぷりを見せていた青年が、「私は皇太子だ」と言い出してもはいそうですかと言えないのは正直な心境だった。
 ウェールズは悪戯っぽく笑うと、満足げに頷いた。
「空賊全体としてはボロが出てはいたが、僕個人の扮装はどうやら君達のお気に召したようだ!
 少々遊びが過ぎたようだが、僕はウェールズだ。証拠をお見せするとしよう……ヴァリエール嬢、左手のルビーをこちらに向けてくれたまえ」
 と、ウェールズは立ち上がりながら左手に嵌めていたルビーの指輪を外すと、それをルイズの手に嵌められた水のルビーに近づける。
 すると二つのルビーが共鳴し、虹色の光を周囲に振り撒いた。
「この指輪はアルビオン王家の風のルビー。君が嵌めているのはアンリエッタが嵌めていた水のルビーだろう? 水と風は虹を作る……王家の間にかかる虹の架け橋さ」
 愛おしげに虹を見つめるウェールズに、ルイズは失礼を詫びて手紙を差し出した。
 真剣に手紙を読み耽っていたウェールズだったが、しばらく手紙を読み進めていくうちに微かな憂いを眼差しに含ませていた。
 しかしそれは本当に微かな変化でしかなかった。
「姫は結婚するのか……そうか。私の可愛い従妹は」
 ワルドが無言で頭を下げて、ウェールズの言葉を肯定した。やがて最後の一行まで読み終わると、大切に手紙を畳んでから微笑んで顔を上げた。
「了解した。姫はあの手紙を返して欲しいとのことだが、残念なことに姫の手紙はこの船に乗せていない。空賊船にあの可愛らしい姫の手紙を連れてくるわけにも行くまい。
 君達には面倒をかけるが、ニューカッスルの城まで足労を願うとしよう」


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