ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第二十九話 『凱歌はなお鳴りやまぬ銃声と共に』

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第二十九話 『凱歌はなお鳴りやまぬ銃声と共に』

 トリステインの城下町、ブルドンネ街ではでは派手に戦勝記念のパレードが行われていた。
 華やかななりをした貴族たちが馬車に乗り込み胸を張って闊歩し、その周りを魔法衛士隊が警護している。だが絶体絶命とさえ思われた状況から生きて帰れたことからかその目には厳しさよりも安堵の色が強く見受けられた。
 狭い街路には観衆が詰めかけ花道を作り出し、道に出られなかった者達も通り沿いの建物の窓や、屋根や、屋上から身を乗り出すようにしてちり紙の花吹雪と共に歓声を上げている。そして次の瞬間に観衆の興奮は最高潮を迎えた。
 聖獣ユニコーンに引かれた馬車に乗ったアンリエッタと、そのいささか後方から美しい白馬に跨ったウェールズがやってきたのだ。
「アンリエッタ王女万歳!聖女様万歳!」「トリステイン万歳!」「おお!白の国の勇者様だ!トリステインを救ってくれた勇者様だぞ!」「アリガトオオッ!アリガトォ~~~~~~!!アリガトオオッ!!!」
 街路は今まさに歓喜の坩堝と化した。敵の侵攻にいち早く反応し駆け付け侵攻をくい止めながら村人を守ったウェールズと数で大きく勝る敵軍を最終的には大きな力で撃破したアンリエッタは『聖女』と『勇者』と崇められ、今やその人気は絶頂である。
 二人が進むたびに観衆は黄色い歓声を上げ、この勝利を祝う。
 すると誰かが歌を口ずさみ始めた。それは徐々に、徐々に周りに伝播して気づけば街中が歌を歌い出し始めたのだ。勝利を祝い、兵を労い、祖国の繁栄を歌う、トリステインに伝わる凱歌。人々の喜びを乗せた歌声は青い空に響き渡る。
 人々が歓喜する理由には祖国の勝利の他にもう一つあった。
 アンリエッタはこの戦勝記念パレードが終わり次第、戴冠式に臨むのだ。母である太后マリアンヌから王冠を受け渡され、晴れて女王となる運びであった。これに異を唱えるものなどはまずいなかったほどである。
強いて上げるとすれば隣国のゲルマニアくらいではあるが、ゲルマニア皇帝は渋い顔をしながらアンリエッタとの婚約解消を受け入れた。一国にてアルビオンの侵攻軍を打ち破ったトリステインに対して強固な姿勢を示せるはずもなく、同盟の方もより強固なものとなった。
 しかし何より、アンリエッタとウェールズの事が庶民の話題の中心であった。亡国の王子と祭り上げられた王女。悲劇的な上に二人は美しいときている。
人はとかく美談に弱いもので、二人は恋仲だのトリステインに亡命したのは王女がいるからだのと騒ぎ立て、今や二人はいつ婚約するのかというまでに話は膨れあがっていた。


「結ばれぬはずの恋人は今数々の障害を共に乗り越えて結ばれる――――いやはや、これは物語化されること間違いなしだね。なあホレイショ」
 賑々しい凱旋の一行から離れた中央公園の片隅で捕虜の一人がそう言った。男の名はサー・ヘンリー・ボーウッド。あの巨艦レキシントン号の艦長として指揮を執っていた者だ。だが敗軍だというのに日焼けした精悍な顔には微塵も悔しさを見せていない。
「おや、気が合うな。ぼくも今まさにそう思っていたところさ。見ろよあの二人の嬉しそうな顔を。さすがは『聖女』に『勇者』だ!なんとも輝いているね!」
 ホレイショと呼ばれたでっぷりと肥えた貴族のその言葉にボーウッドは腕を組んだ。
「輝き。輝きと言えば、ああ、あの光はいったい何だったのかな!艦隊を丸ごと飲み込んで壊滅させてしまった光!驚きだね!」
「なによりあの光による死傷者はゼロときている。奇跡の光だ。あれも巨人の力なのかね?まるで巨大な手のひらで弄ばれたような気分だよ」
「まったくだ・・・。『巨人』に『聖女』に『勇者』とは、ますますもってお伽話じゃないか。やれやれ、我が『祖国』は恐ろしい敵を相手にしたものだ!」
 ボーウッドは大仰に手を上げて見せた。そうは言いながらもやはり不思議と悔しさはなかった。そして近くに控えていたトリステインの兵士に声をかけた。
「きみ。そうだ、きみ」
「お呼びでしょうか、閣下」
 敵味方を問わず貴族には礼が尽くされる。杖こそ取り上げられてはいるが、敗軍の将が今こうして縄も掛けられずにパレードを見ているのもそう言った事情からであり、兵士は丁寧な物腰でボーウッドに接してきたわけである。
「なあきみ、ぼくの部下達は不自由していないかね。食わせる者は食わせてくれているかね?」
「兵の捕虜は一箇所に集められ、トリステイン軍への志願者を募っている最中です。そうでもない者については強制労働が課されますが、ほとんど我が軍へと志願するでしょう。あれだけの大勝利ですからな。
 それと胃袋の心配は無用でしょう。捕虜に食わせるものに困るほどトリステインは貧乏ではありませぬ」
 胸を張って答えた兵士にボーウッドは苦笑を浮かべて金貨を握らせた。
「これで聖女の勝利を祝して、一杯やりたまえ」
兵士は直立すると、にやっと笑った。
「おそれながら閣下のご健康のために、一杯いただくことにいたしましょう」
 立ち去っていく兵士を見つめながら、ボーウッドはこの不思議な気分の正体に気付き呟いた。
「もし、この忌々しい戦が終わって国に帰れたらどうする?ホレイショ」
「もう軍人は廃業するよ。なんなら杖を捨てたってかまわない。おかしな話なんだがね、負けたというのに気分は晴れ晴れとしているのだよ」
 ボーウッドは大声で笑った。
「まったく今日は良き日だよ!こんなに気が合うとはね!ぼくも同じ気持ちだよ!もしかしてきみも今何か叫びたいんじゃないのかい?」
「おお奇遇!それでは一緒に叫んでみるか!何せ今日は無礼講だ!」
 二人は目を合わせて笑うとそろって叫んだ。
「トリステイン万歳!」


 枢機卿マザリーニはアンリエッタの隣で、ここ十年見せたことの無いようなにこやかな笑みを浮かべていた。
 彼はアンリエッタが戴冠式を迎えて女王となった暁には、内政と外交の二つの重石をアンリエッタに任せ、自分は相談役として退こうと考えていた。いや、正確にはアンリエッタとウェールズに、である。
(この夢のないじじいに期待を抱かせる二人だ。きっと上手くやってくれるだろう)
 王宮の中には未だウェールズの存在を快く思っていないものもいるが、ウェールズの活躍に民衆の期待がそれを軽く押し切ってしまうだろう。自分の最後の仕事はさしずめ二人の仲人か、とマザリーニは柄にもなく思っていた。
 傍らに腰掛け民衆に手を振る新たな主君に声をかける。
「ご機嫌麗しいようでなによりですな。このマザリーニ、この馬車の中で殿下の晴れ晴れとしたお顔を拝見するのはこれが初めてですぞ」
「あら、それはあなたの見方がひねくれているのではなくて?わたくしあなたの前で笑顔でなかったためしはなくってよ」
「その様子では本当に気負いはないようですな」
 するとアンリエッタは少し考え込み尋ねた。
「母さまはなぜご自分が即位なさろうとはお考えにならなかったのでしょう・・・」
「太后陛下は喪に服しておられるのですよ。亡き陛下を未だに偲んでらっしゃるのです。あの方は我々が『女王陛下』とお呼びしてもお返事をくださいませぬ。妾は王の妻、王女の母に過ぎませぬ―――そう言ってご自分の即位をお認めになりませぬ」
 マザリーニは自分でも声の調子が落ちているのに気付きしまったと思い、下げてしまった視線を上げた。しかしアンリエッタは凛とした顔をしてマザリーニを見つめている。
「母さまのお気持ちはわかります。もし・・・・・・もしもウェールズ様が死んでしまわれていたのなら、きっとわたくしも王座に座ることを拒否したでしょうから・・・・・・」
「殿下・・・・・・」
「でも、あの人は帰ってきてくださったわ。あのときの誓いを果たしてくれました。だから今度はわたくしが誓いを果たす番ですわ。『国も国民も守る』覚悟はできています」
 アンリエッタの瞳には、まだ小さいながらも力強さが備わり始めているようだ。そして天井のない馬車の背後を見つめている。その先には、愛しの君がいる。
 昔の詩人は『恋する乙女は無敵』と謳っていたが、なるほど、確かにその通りだとマザリーニは微笑んだ。
 今まさにその守るべき国民達が凱歌を歌い始めた。

「ある雪の日にディランとキャサリンが道を歩いていたんだ。あんまりにも寒くって地面に氷が張っていたのに二人は気付かず、案の定キャサリンは思いっきり転んで尻餅を打ってしまったんだ。それで慌てて助け起こしたディランは彼女のお尻を見て言っちまったのさ。
『おいキャサリン、お尻が汚れてるぜ』と。そしたらキャサリンはこう答えた。『やあねディランったら。私のお尻はとっくにあなたに汚されちゃってるじゃない』ってな!HAHAHAHA!」
 パレードを眺める群衆の中、ウェザーはワインの瓶を片手にかなりオーバーアクションでそう言うと豪快に笑い出した。俗に言うアメリカンジョークというヤツである。
「こんな時間から下ネタだすなんてだいぶ酔ってるわね、ウェザー」
「酔い方がオヤジ臭いのよ」
「・・・彼は三十九」
 そんなウェザーの様子をルイズ、キュルケ、タバサの三人娘は呆れたように見ていた。
「まあでも、あのお姫様達もようやくってとこだしね。ダーリンが浮かれるのもわかるわ。私たちもかかわった手前、人ごととは思えないし」
「それもそうね。今日はめでたい日だし、少しくらいは大目に見てあげようかしら」
「・・・進歩」
「何か言ったかしら、タバサ?」
 そんな三人をよそにウェザーは空を仰いでため息をつく。疲労ではなく充実感からのため息。
 ああ、ペルラ。見てるかい?あの幸せそうな二人の顔を。こっちまで嬉しくなっちまう。デートの時の君はよく笑ってくれて、今のアンリエッタにそっくりだ。
 なあ、ペルラ。あの時守れなかったモノ。ちゃんと今は、守れてるだろう?
流れる雲も緩やかに、風は優しく吹いている。この凱旋を祝う凱歌も徐々に大きくなり盛り上がりを見せている。
「・・・ん?」
ウェザーはその雲の中に一つだけ違和感を感じるものを見つけた。白くてふわふわしていて、捉え所のない雲。いや雲と言うより――帽子だ。
 どこかで見た気もするが、果たしてこのパレードの観衆の物だろうか?
 いや、今日は風は強くない。あんな空高くにまで運ばれはしないはずだ。となればあれは幻覚だろうか?
「あー・・・なあルイズ。『あれ』見えるか?」
 帽子を指差して尋ねるがルイズは目的のものがわからずに小首を傾げるだけだ。
「なに?あれって・・・雲?」
「ああ、いやいい。どうも酔ってるらしい」
「幻覚でも見たんじゃないの?」
 ほどほどにしなさいよ、と呆れた様子でルイズは視線を戻した。
 ウェザーはそれに肩を竦めて答えると再び視線を上げた。帽子は変わらずふわふわふらふらと宙を漂っている。
凱歌は高々と空に響いている。

 ウェザー達とは別の場所でモンモランシーはパレードを遠巻きに眺めていた。人垣でパレード自体は見えないが盛り上がっていることはよくわかる。
 手持ちぶさたにそれを見ていると、人ごみをかき分けてギーシュが現れた。両手には果物のジュースの入った容器を持っている。
「遅いわよ」
「いやあ、ごめんごめん。人が多くてね。いつもあそこは大人気だ」
 頭を掻きながらジュースを渡してくるギーシュに、モンモランシーはあっそ、とつれなく返した。困ってしまったギーシュはパレードを指さして明るい声を出す。
「ほら、あれをごらんよ。姫様が通る。すごいね」
「へえ。じゃああなた、せっかくなんだからアンリエッタ様とデートでもすれば?それともキュルケとがいいのかしら。まさかタバサやルイズだなんて言うの?」
「も、モンモランシー・・・・・・誤解しないでくれよ。彼女達とは確かによく一緒にいるけれど、それはあくまで親友としてであってだね、ぼくが愛しているのは君だけさ、モンモランシー」
 キザったく恰好をつけて言ってはいるが、果たしてこのセリフも何度目だろうか。モンモランシーがなお冷たい姿勢を崩さないで居ると、ギーシュは空を仰いで眉間を抑えた。必死に褒め言葉を探してでもいるのだろう。
 その間にモンモランシーは事を起こした。袖に隠していた小瓶を取り出し素早く中身を自分の飲み物に垂らす。透明な液体がジュースに溶けていく。あとはこれを不味いとでも言ってギーシュのものと取り替えてしまえばいい。
 小瓶の中身は禁制の惚れ薬だ。ギーシュの浮気性にかねがね悩まされてきた身としてはこれぐらいのことはしなければ安心できない。
「そうだ!さっき向こうでアクセサリーの露天を見つけたんだ。君に似合いそうな物もあったよ。行ってみないかい?」
「ふうん・・・まあいいわ。行きましょう」
 俄に表情を明るくしてギーシュは歩き出した。本当にころころと表情の変わる人ね、これが表情だけですめばいいんだけれどと思いながら、モンモランシーも歩き出した。
 でも、何か違和感を感じる。何だか今までのギーシュとは違う気がするのだ。確かにギーシュはギーシュでギーシュだけど、でもけっしてギーシュであるとは言い切れないのでギーシュ・・・・・・語尾までギーシュに侵されるなんて相当ね。
 べ、別にあいつが好きなわけじゃなくて、浮気が許せないだけなんだから!
 なんて事を考えて顔を上げると、ギーシュはもう人ごみに紛れて姿が見えない。モンモランシーは慌てて駆け出した。
「いてぇな!」
 ろくに前も見ていなかったせいか、モンモランシーは男にぶつかってしまった。花を擦りながら見上げると、いかにも傭兵崩れといったなりの厳つい大男で手に酒のビンを持ち、ラッパ飲みをしている。その顔はすでに真っ赤で相当にできあがっているようだった。
 こういう手合いにはかかわらない方がいい。視線を避けるようにモンモランシーは男の脇を通り抜けようとしたが、腕を掴まれた。酒臭い息が降りかかってくる。
「おいおい、待てよお嬢さん。他人様にぶつかっておいて謝りもなしに立ち去ろうなんて法はねえ」
 モンモランシーは必死に腕を振り払おうともがくが、力が強く放してはくれない。
 傍らの傭兵仲間らしき男がモンモランシーの羽織ったマントを見て「貴族じゃねえか」と呟いた。しかしモンモランシーの腕を掴んだ男は動じない。
「今日はタルブの村の戦勝祝いの祭だぜ、無礼講だ。貴族も兵隊も町人も関係ねえよ。ほら、貴族のお嬢さん、ぶつかったわびに俺に一杯ついでくれや」
「は、離しなさい!無礼者!」
 モンモランシーが叫ぶ。だがその声は震えてしまい、男もそれに耳ざとく気付きいやらしい笑みを浮かべて迫ってきた。
「なんでぇ、俺にはつげねぇってのかい、ええ?そりゃねえだろうお嬢ちゃん。誰がタルブで戦ったと思ってやがる!あんたが今こうして平和に暮らせてるのは『聖女』や『勇者』でも貴族でもねえ!俺達兵隊さ!」
 男の無骨な手がモンモランシーに向かって伸ばされる。モンモランシーは恐怖に竦んでしまい動くことさえ出来なかった。
 いや、いやよ。何でこんなことになってるの。誰か助けて。誰か・・・助けて、ギーシュ!
 モンモランシーはきつく目を瞑った。しかしいつまで経っても男の手は触れてこない。怪訝に思い目を開くと、いつの間にか現れたギーシュが、男の手をがっしりと掴んでいた。
「ギーシュ!」
「なんだテメエ、ガキはすっこんでろ!」
「彼女に触れるな」
 ギーシュの低く静かな声が聞こえた。モンモランシーにはそれが信じられなかった。確かに出しゃばりで大口を叩くが、その実ヘタレでへっぽこな、あのギーシュが私をかばってこんな厳つい大男の前に立ち塞がるなんて。
「テメエも貴族か。だったら俺達に感謝の意を示すべきじゃねえのか?俺たちゃあのタルブで―――」
「タルブ村で戦った?それはおかしいな。あそこで戦った兵達は女王陛下にその功績を讃えられ特別にウェールズ様の隊としてあのパレードに参加しているはずだ」
 ギーシュはけっして目をそらすことなく大男を睨みつけている。大男は歯軋りをして腕を振り上げたがそれをもう一人の男がそれを抑えた。
「そのへんにしとけって」
「放せよ!こいつをぶん殴ってやらなきゃ気がすまねえ!」
「よく見ろ。そいつはもうマントの下で杖を構えてるぞ。いや、呪文も出来ているかもな。どちらにせよ俺達に良い事なんざねえよ」
 大男は仲間にそう諭されて、手を下げた。しばらくギーシュの目を見ていたが、やがて「悪かったな」と告げて背を向け去っていってしまった。
 何だかギーシュの意外な一面をよく見せられる日だ。
「・・・ギーシュ、あなた・・・」
「ああ、大丈夫だったかいモンモランシー?急にいなくなるから心配で走って探し回ったよ」
 ギーシュは極度の緊張から解放されたせいか、大きくため息をついて膝に手をついた。額には汗が滲んでいる。
(ああ、急いで駆け付けてくれたんだ)
モンモランシーはなんだか嬉しくなってしまい、頬が赤くなるのを隠すように俯いた。ギーシュはそれをケガでもしたのかと勘違いしておたおたとモンモランシーの様子を心配して、そのギャップがモンモランシーには何だか可愛く映ってしまう。
「大丈夫よ、ケガはないわ。それよりほら、あなたこそこれ飲んで落ち着きなさいよ。自分のヤツはどこかにやっちゃったんでしょ?」
 飲み物を手渡したとき、モンモランシーはあることに気が付いた。
「あなた―――背が伸びた?」
「え?そうかなあ・・・大きくなった気はしないけど自分じゃ気付きにくいからかな?」
 いや、確かに伸びている。思えばこの前アルビオンから帰ってきた時にも少し伸びていた気がする。
(そう言えばさっき私をかばってくれたときも、何だか背中が大きく見えたし・・・)
 ラ・ロシェールやアルビオン、それに先のタルブ村での戦いのことも聞いてはいたが話半分程度にしか信じていなかった。けれどギーシュはそこで戦い、大きくなってきたのだ。メイジとしても、人間としても。
 そう思うと惚れ薬を使ってギーシュを自分に縛り付けようとしていた自分が急にちっぽけに見えてしまった。
(くやしいけど、わたしも早くギーシュに追いつかなきゃダメね)
「ねえギーシュ、その飲み物なんだけど・・・」
 ギーシュから惚れ薬入りの飲み物を返して貰おうと声をかけたとき、銃声が響いた。
「な、何?」
 パレードの様子がおかしい。周りの人たちも不安そうに騒いでいるみたいだ。
「姫様達に何かあったのかも・・・・・・危ないかも知れないからモンモランシーはここで待っていて!」
「ちょっ・・・とギーシュ!」
モンモランシーの制止も虚しくギーシュはパレードに向かっていってしまった。
 と言うか、
「ジュース返してよ―――ッ!」

勝利に酔いしれる街の片隅に男はいた。パレードから少し離れた路地裏に立ち竦んでいる。元はそれなりだったであろう衣服はすり切れてみすぼらしくなり果て、長い髪はボサボサだった。
だが、その下の眼だけは少しもすり切れてはいない。獲物を狙う鷹のような眼光が宿っているのがわかる。しかし、それでもその双眸が光を映像として捉えることはない。男の目は白く、光はもはや彼を苦しめるだけの毒に過ぎなかった。
だからだろうか。男は光を嫌うように薄暗い路地を歩き、頭にはボロ布を巻いていた。かすかに三つ編みが揺れる。
「『あのお方』が・・・・・・この光を嫌ったわけがわかるな・・・」
 ボソボソと呟かれた言葉は誰に届くでもなく、男は歩き続けた。その手には布に巻かれた杖があり、見えぬ割には確かな足取りだ。
「右は・・・・・・レンガの壁・・・でかいな・・・・・・工場か?・・・煙突があるな。高さは15メートル弱・・・・・・十分だ・・・」
壁をなぞり、男はその白い瞳を左右に向けた。そして路地の一角、資材の積まれた場所に向かうと懐からズッシリとした袋を取り出して資材の中に紛れ込ませた。近くに立て掛けられていた梯子を見つけると、それを民家の屋根にかけて、一歩一歩静かに登っていく。
 危なげもなく登り切ると、煙突のてっぺんに陣取り周囲を見渡す。
「大通りまでは・・・・・・90・・・2・・・3・・・・・・95メートル前後というところか。風は後方からの微風・・・・・・1.7メートル。障害物無し・・・」
そこまで確認すると煙突に腰掛け、杖を取る。布を取り払ってその真の姿を日の下に晒してやる。
 黒光りする長筒――銃――を抱き締めるように持ち上げ、正面に構える。
「筋肉は信用できない。ライフルは骨で支える―――と、ライフルではなかったな・・・・・・」
 一瞬、ほんの一瞬だけ男は寂しそうな顔を見せたかと思ったが、再び正面を見据えたときの眼は鷹のそれだった。頭に巻いていたボロ布を剥ぎ取って捨てる。
「・・・・・・『マンハッタン・トランスファー』」
 帽子のようなスタンドがパレードの真上に浮遊する。弾丸を待ちこがれるかのように揺れている。
 かつてウェザーのいた地球には悪の帝王がいた。その圧倒的なカリスマと力で世界を支配しようとした男。だがその計画は男と深き因縁を持つ者達によって砕かれ、悪の帝王は消滅した。
 しかしその影響まで完全に消し去ることは出来なかった。帝王に心酔した生き残り達が帝王の敵討ちを考えるのも当然の流れと言えた。彼らは執念深く時を待っていた。
 二十年。それがこの男の執念を物語っていると言えよう。男は二十年間片時も恨みを忘れずに生き、ついに仇に手傷を負わせたが、戦い破れ息絶えた。
 そして今『ここ』にいる。男の名はジョンガリ・A。復讐の引き金を引く男。
 狙いを定めて引き金に手をかける。
「暢気なものだ・・・戦の引き金に指はかかっているというのに・・・・・・」
 銃声が凱歌を切り裂く。

 ルイズは固まっていた。いや、だけではない。観衆も凱歌を止め、ただただ目の前の光景を見ていることしかできない。
 アニエスによって地面に取り押さえられるウェザー。アンリエッタをかばうように覆い被さるウェールズ。そして地面に垂直に撃たれた弾丸。何が信じられないかと言えば、何もない空から弾丸が降ってきたことだろう。
 ウェザーが飛び出してからまさに電光石火だった。凱歌が最高潮を迎えた瞬間、空を見ていたウェザーがいきなりウェールズの名を叫びアンリエッタの馬車に向かい駆け出し、同時に銃声。
 一番に反応したアニエスによってウェザーが地面に倒された時には弾丸が馬車を貫通していたのだ。十数秒の間に起きた急転直下の事態についていけぬ観衆はただただ口を開けることしか出来ない。
「いてぇいてえ!絞めすぎだ馬鹿!」
「黙れ不埒者、大人しくしろ!」
 アニエスに関節を決められてもがくがいっこうに緩む気配がない。
「あ・・・アンリエッタ、ウェールズ、無事か・・・」
「あ、ああ。お陰様でね」
 ウェールズもかすり傷で済んでいるようだった。ウェザーが空を見上げると既に帽子は消えている。
「銃声は・・・あっちか!」
 ウェザーは渾身の力を込めてアニエスを跳ね飛ばすように立ち上がると騒ぎ立てる観衆を掻き分け、一目散に駆け出していった。
「あ、待て貴様!」
 アニエスが後を追いかけて消えた。
「ちょ、ちょっと!ウェザー!?」
 取り残されたルイズの叫びも野次馬と化した観衆のざわめきに虚しく飲まれて消えた。
「・・・どうする?」
「あら、それは愚問と言うものよタバサ。あたしたちは行くけど、お姫様が心配なら待っててもいいのよ?ルイズは」
「追いかけるわよ!」

 煙突の上で、騒ぎ立てる群衆のようにジョンガリは驚愕していた。よもやこの世界に自分以外のスタンド使いがいようとは。
「・・・・・・・・・」
 だがそれを動揺につなげたりはしない。心を落ち着かせて再び銃を構える。だが、銃を見てその気もなくしてしまった。銃身が歪んでしまっているのだ。
「ふん、オレを性能実験に使ったか・・・しょせんはオレも捨て駒というわけだ」
 懐に手を入れてブツを確認する。もしものときのために用意しておいた保険。だがジョンガリは命に保険をかけてきたわけではない。
 目的を遂行するためだけに用意した死の保険だ。
 ふと気づくと、スタンドが何か空気の乱れを感じ取った。恐らくは自分を捜し回っているのだろう。スタンドに不意打ちでもさせられれば楽だが、所詮こいつは衛星にすぎない。弾丸を中継する『狙撃衛星』。
 三度銃を構え、狙いを絞る。『マンハッタン・トランスファー』はすでに中継点で待機している。
「最後の仕事だ・・・・・・行くぞ。『あのお方』の下まで」
 ズドンッ!
 迫りくる追手に向けて弾丸を放つ。

 銃声のした方向に向かってかけているとギーシュと鉢合わせた。
「ウェザーじゃないか!何があったんだい?」
「アンリエッタが狙撃された。無事だが犯人を捜している。俺が見た限りじゃ敵は上だ。この辺で高い場所は?」
 それにアニエスが答える
「高い・・・・・・確か路地の奥に工場があったはずだ!あそこの煙突は高い」
「そ、それはどこだい?早く行かなくては逃げられてしまう!」
「いや、銃の射程を考えればそう遠くへはまだ逃げていないはずだ。すぐに衛士隊の包囲が完了して逃げ場はなくなるだろう」
「そんなに大人しいヤツなら苦労しないんだがな・・・」
「とにかく急ごう!」
 アニエスを先頭に路地を走り抜ける。しばらく走ると狭い空から煙突が見え始めた。と同時にウェザーにはスタンドも見えた。前のアニエスの袖を引いて思いっきり引っ張る。
「う、わあっ!」
 弾丸がアニエスの眼前を横切る。いきなり引っ張られてバランスを崩したが、そのおかげでかわすことが出来たのだ。
「な・・・弾丸がいきなり・・・」
「ウェザーこれは・・・」
「ああ、スタンドだ。弾丸操作系か?何にせよ遠距離攻撃は厄介だな」
 スタンドを視認できるのがウェザーだけな上に敵は手の届かない場所にいる。スタンドに気を取られていては本体を逃がしてしまうかもしれない。
 だが、こちらの焦りよりもあっさりとそいつは見つかった。
 入り組んだ路地の奥、少しだけ開けた行き止まりに男――ジョンガリ・Aは座っていた。
「逃げないんだな」
 するとジョンガリはゆっくりと立ち上がり顔を上げた。白く濁った眼がこちらを捉える。
「!・・・目が見えてねえのか。それであの射撃精度とは恐れ入るぜ」
 ハルキゲニアの銃のレベルは魔法の台頭によって明らかに低く、しっかりしたモノでも100メートル先の標的を狙うのは蟻の眉間に針を刺すようなものだ。
 だがこの男はパレードから直線距離にしておよそ100メートルの距離を正確にアンリエッタめがけて発射したのだ。スタンドの力がどの程度のモノかわからないが、それでも本人の能力に依る部分は大きいだろう。
「目など必要ない。目などあるから見なくて良いものを見てしまうのだ。この鼻が、耳が、肌が世界を教えてくれる」
「臭いものには蓋をするってわけか。気に食わねえな・・・。そしてもう一つ気に食わねえのがてめえの態度だ。とても追い詰められた人間には見えないな」
 その問いにジョンガリは喉で笑った。籠った笑い声が湿った路地に響く。
「追い詰められた・・・か」
 ジョンガリの足元を見れば、銃身が見るも無惨に折れてしまった銃が落ちていた。なぜこうなったのかはわからないが、
「・・・・・・撃てなかったのか」
「今のこの状況、後ろには壁、前方には追手が三人。しかも一人はスタンド使い・・・なるほど確かにオレの能力と装備ではこの状況は確かに『追い詰められた』のだろうな。
 ・・・『あのお方』ならば『将棋やチェスで言うチェックメイトに嵌まったのだ』、とでも言うのだろうなあ・・・ふふふ」
 ジョンガリは一人で話し、納得し、笑いだした。完全にネジがハズレているタイプだ。頭上で浮遊するスタンドが今の状況とチグハグで不気味さに拍車をかけている。

 その陰鬱な雰囲気を無理矢理吹き飛ばすようにアニエスは銃を向けた。
「わかっているなら話しは早い。大人しくお縄につけ!」
「お縄につけ?舐めるな女ッ!オレを縛り付けられるのは『あのお方』だけだ!オレがオレの意思で心と体を捧げるのは唯一人!DIO様だけだ!あのお方こそがオレの世界だッ!」
 今までとは打って変わった弾けるような口調にさすがのアニエスも怯んでしまった。
 ウェザーはジョンガリの目に見覚えがあった。己の信ずるものこそ正義と信じる文字通りの狂信者。世界の基準など関係ない、善悪さえちり紙のように吐き捨てるだろう。そう、あのプッチがまさにそれだった。
「お前が何を正義と信じようと勝手だ。だが、それで関係ない他人を傷付けるなよ。迷惑なんだよ」
「知ったことか」
 心底どうでもよさそうに言い捨てると、壁に積まれた資材の布に手をかけた。土でも積まれているのか盛り上がったそれは、しかし布が取り払われた瞬間に凶悪な素顔を見せたのだ。
「っ!火薬!」
「動くな」
 ジョンガリは懐から取り出した小銃を火薬の山に向け、再び静かな口調でウェザー達に命じた。当然動くことは出来ない。
「そこら中の路地に火薬を仕込んである。ここで火を着ければ火が飛んで辺り一帯は―――」
 ボンだ、と空いた手で爆発を表した。
 すぐ近くにはパレードを見に来た群衆が溢れかえっている。もしもジョンガリの話が本当なら、最悪の事態が引き起こされることになる。
「くっ・・・だが、それに着火すれば貴様も確実に死ぬぞ!」
「構わないな。あちらにもこちらにもDIO様はいなかった・・・・・・なら最早オレに生きる意味はない。そしてDIO様のいない世界など消えてなくなればいいのだ!争い戦い憎み殺し合え!」
「だからアンリエッタ様を狙ったのか・・・そんな下らない理由で」
 アニエスが歯痒さに震えている様を男はたいそう面白そうに見る。
「ああ、だから雇われてやったんだよ・・・この新型の銃もそいつから貰った。とは言え、試作型でこのザマだがな。しかし・・・ふはは、『聖女』は憧れと同時に憎しみの対象でもあるわけだ。
 王女の輝きが増せば増すほど影は濃くなる・・・やはりあのお方ほどのカリスマでなければ人を支配するのは不可能だ」
「雇われただと?誰にだ!言え!」
「そこまで教えてやる義理はない。さあお話はここまでだ!残りはあの世で昔話に興じるがいい!」
「俺は――」
 ウェザーが脈絡もなく話しに割って入ってきた。
「お天気お姉さんではCCNのロラーナちゃんが好きなんだけど、あの子がやるといつもハズレるんだよな。まあ、晴れって言ったら傘をさせってことなんだが」
「何が言いたい!」
「お前天気予報確認したか?」
 ジョンガリが引き金に力を込めた瞬間、まさに瞬間に世界から音が消えた。否、一切の音がかき消される程の豪雨が街に降り注いだのだ。バケツをひっくり返した程度では済まなさそうな、文字通り体を打つ雨。
 呆然とするジョンガリにウェザーが声をかける。
「本日のトリステインの天気は全国的に快晴、ただしところにより一時的なスコールが降るでしょう―――ちゃんと確認したか?家出る前に天気予報を見るのは大人のたしなみだぜ。あーあーひでえなあ、火薬濡れちゃってんじゃん。勿体ない」

 そして豪雨は現れた時のようにいきなり去っていった。と同時に魔法衛士隊が到着する。ウェザーたちの後方で隊列を組み、屋根にまで登って包囲を完了させていた。
「あーあー、犯人に告ぐ!貴様は完全に包囲されている!アンリエッタ王女殿下を狙いし貴様の卑劣な犯行!天が許そうとも、あ・このヒポグリフ隊が許してはおかーん!」
 屋根の上から杖を掲げて現れたのはいつぞやのヒポグリフ隊隊長だった。
「元気だなあのオッサン・・・・・・」
「腕は立つし面倒見はいい人なんだが・・・」
 アニエスが恥ずかしそうにフォローした。後ろを見ればマンティコア隊の隊長もやれやれと頬を掻いているしまつだ。しかしヒポグリフ隊隊長はそんなもの目に入らぬようで、元気に捲し立てている。
「トリステイン魔法衛士隊の包囲網は世界一ィィィィ!半径二十メートル『衛士隊の結界』を食らうがいい!・・・と言いたいところだが、取り敢えずは五体満足で捕らえなければな」
「ぐ・・・オレは・・・復讐も、破壊も出来ないのか?DIO様の下に行くことすら許されないのか?」
 切り札の火薬も銃も雨に濡れて使えなくなってしまい、ジョンガリは後退する。が、すぐに壁に阻まれてしまった。魔法衛士隊がその包囲網を縮めていく。
 誰もがこの事件が無事解決されるのを確信していたのだろう。だが、その緩んだ空気を裂くようにして風の刃が放たれた。
「危ない!」
 ウェザーとアニエスは咄嗟にギーシュを押さえて倒れこみ、その上を刃は飛んでいった。
 その先には―――
「がフッ!」
 三人が顔を上げて見たものは、バックリ開いた胸と口から大量の血を吐き出し今まさに崩れ落ちるジョンガリの姿だった。
 一帯はただただ静まり返る。有り得ないことだ。なぜならあの風の刃を放ったのは魔法衛士隊なのだから。
「救護だ!救護兵を呼べ!死なせるな!」
「誰だよ撃ったの!」
「俺じゃないぞ!」
「う、うろたえるんじゃあないッ!トリステイン魔法衛士隊はうろたえないッ!」
 現場は打って変わって騒がしくなり始めた。魔法衛士隊が忙しなく動いている。
 ウェザーは男の側に駆け寄り声をかけてみる。聞き出せる情報があるかも知れない。期待はしなかったが・・・
「最後だ。誰に雇われた?」
 しかし意外にも男は口を開いた。だが声が小さく聞こえない。ウェザーは屈んで耳を寄せた。男はパクパクと金魚のように口を動かして、
「・・・・・・今行きますDIO様・・・」
 喜びに満ちた笑顔で、死んだ。


 ルイズたちが迷い迷って現場に着いた時にはそこはすでに封鎖されていて、立ち入ろうとすれば案の定止められてしまった。
「ここから先は立ち入り禁止です」
「わたしの使い魔が中にいるのよ」
「使い魔?」
 魔法衛士隊のその態度を見て改めて人間の使い魔の珍しさを思い知らされた。彼にはウェザーはただの平民にしか写らないのだろう。
「ほら、帽子被っていて」
「とっぽい感じの」
「黒衣の男性」
 三人の説明にようやく納得したらしい。
「わかったら通して」
「いや、ですが許可無しには・・・」
「構わないよ」
 声をかけたのはウェールズだった。いきなり背後に立たれて隊員は慌て敬礼の姿勢をとる。
「彼女たちは犯人について僕らよりも詳しいはずだ。力になってくれるかもしれない」
 ウェールズの意味ありげな視線に気付いた三人は、この事件がスタンド使い絡みだと覚った。黙って頷くとウェールズに先導される形で進んでいく。
「でもなぜウェールズ様がここに?」
「レコン・キスタの手掛かりがあるかと思ってね、アンリエッタを落ち着かせてから飛んできたんだ」
「やはり奴らの仕業でしたか・・・」
「いや、それが事態はもう少しややこしくなりそうだ・・・と、着いたよ」
 そこは入り組んだ路地の行き止まりで、壁にはまだ赤い血が生々しく残っていた。ウェザーたちはそこで魔法衛士隊と話している。ウェールズが声をかけた。
「隊長、何かわかったかね?」
「他の場所から見つかった火薬の量から考えて、外部から運んだとは思えません。それにあの銃も。また現在調査中ですが、我々衛士隊の中にも敵の息のかかった者がいるようです。これらのことから恐らくは内部に事件を手引きしたものがいるかと・・・」
「考えたくない答えだったがな・・・」
「ぬうぅ!ワルドに続きまたも裏切り者が出ようとはなんたることか!我ら魔法衛士隊は王家に!祖国に!忠誠を誓ったはずではないのか!」
 ヒポグリフ隊隊長の激昂ももっともだろうが、事態は予想以上に深刻なようだ。
「・・・これ以上は何も収穫はないだろうな。何人か残して君たちは下がりたまえ」
「ですな。では我々はこれで」
 隊長二人は敬礼をして退いていく。ヒポグリフ隊長がまだ何か言うのをマンティコア隊長が適当に相手してやっているのが後ろ姿でわかる。
 残った面々の間には嫌な沈黙が流れた。戦いは一区切り付いたが敵の撃鉄は上がりっぱなしなのだと思い知らされたからだ。
「ところでギーシュ。お前さっきからずっと何持ってんだ?」
ウェザーの言葉に全員の視線がギーシュの手元に集まった。
「ああ、これかい?果物ジュースだよ。何だね、ずっと持っていたのに気付かなかったよ。なんなら飲むかい?」
 その時さんざん走って喉の渇きを覚えている者が何人かいた。
「ウェールズ先に飲めよ」
「いいのかい?昔トリステインに来たときに見たことはあるんだが機会はなくてね。一度でいいから飲んでみたいとおもっていたんだ」
 そう言いながら容器を受け取り、口に運ぶ。
「ウェールズ様!少しお話しが・・・」
 今まさに飲まんとしているところに衛士隊から声がかかった。ウェールズは残念そうな顔をしながら容器を下ろし、ウェザーに渡した。
「やれやれ、どうやら今日は飲む日ではないと始祖様からのお達しが来てしまった」
 おどけて見せて去って言った。それじゃあとウェザーが容器を掲げた。
「・・・いや、お前全部飲めよ」
 その掲げた容器をアニエスに突きだした。アニエスはいぶかしんでウェザーと容器を交互に見た。
「俺の故郷じゃレディーファーストは基本なのさ」
 レディーと言われて複雑な表情をしながらもアニエスはそれを受け取って口に運んだ。しかしその時、
「ギーッシュ!」
 モンモランシーが叫びながら走ってきた。額に汗なんぞ浮かべてかなり必死で走ってくる。
「モンモランシーじゃないか。今迎えに行こうと思っていた所なんだよ。それとも、一人にしたのが寂しかった―――」
「そんなことよりアレは?ジュースは?」
 そんなこと呼ばわりされたギーシュは項垂れながらもアニエスを指差した。慌ててモンモランシーが容器をひったくる。が、
「ああああああああ!」
 すでに中身は空だった。飲んでしまったアニエスはと言うと、
「なんだ、飲んだらダメなものだったんじゃないか・・・・・・んあ?」
 ウェザーを見上げた瞬間、アニエスの感情が変化した。
 アニエスはウェザーのことを、王族の信頼を得るほどの凄腕の戦士と見ていた。とある事情で異性を気にする余裕はなかったアニエスである。
 しかし今ウェザーを見た瞬間、今まで感じたことのない感情が溢れ、どうにかしなければ堪えきれない程になっていた。そして体は本能に忠実だった。
 ぼふっ。
 柔らかい音に今度はウェザーに視線が集まる。そこには――――
「好きだ!」
「な、何だってェーッ!」
 幸せそうにウェザーに抱きつくアニエスの姿があった。



To Be Continued…

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