ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-57

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匿名ユーザー

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「っ………」
苛立たしげにワルドが噛み締めた歯を鳴らす。
冷静に状況を分析しながら彼は撤退を決意する。
単独で撃退するには奴は危険すぎる。
ましてや遺体と手紙は必ず持ち帰らなければならない。
ここで戦う必然性など無い。
決して敗北などではない、これは後の勝利を得る為の一手だ。

未だ意識を朦朧とさせるルイズを避難させる使い魔を警戒しつつ、
ワルドは割れたステンドグラスへと視線を向ける。
奴も上空までは追って来れない。
あそこからフライで逃れるのが最善だろう。
だが、それでは飛行中の無防備な姿を晒す事になる。
(……時間稼ぎが必要か)

ワルドが詠唱を終える。
同時に、彼の両脇に出現する二体の偏在。
それが彼に残された最後の戦力だった。
二人同時に詠唱される『ライトニング・クラウド』。
動けないアニエスにのみ集中した狙い。
もはや形振りを構ってはいられない。
一斉に降り注ぐ雷に、アニエスの視界が白に染まる。

瞬間。その閃光を蒼い異形が遮った。
分泌液の影響か、彼の痛覚が麻痺していた。
身体も心からも痛みが消え失せていく。
いつの間にか自分の身体を物のようにしか感じられなくなっていた。

いや、今はこれでいい。
不必要な事は考えなくていい。
無駄な痛みが無いというのなら好都合。
雷に打たれて焼かれようとも、直後にデルフの投擲で一人を仕留められる。

デルフを咥える彼のルーンから輝きが失われた。
主であるルイズが倒れた為、彼をバオーから守っていた楔も弱まっていた。
余分な思考と感覚を削ぎ落として、彼は戦闘生物“バオー”として特化していく。

「相棒! 雷に向かって俺を振れ!」
突如、迫り来る雷を前にしてデルフが叫んだ。
意味を理解出来ぬまま、彼はその言葉に従った。
バオーの支配下にありながら二人の信頼は健在だった。
左右より来る稲妻に向けてデルフリンガーが一閃される。
その太刀筋は“言葉通り”雷を真一文字に切り裂いた。
触れれば容易く人間を感電死させる『ライトニング・クラウド』。
しかし、それは効果を発揮する事なく力の大半をデルフに吸収され、
僅かな残滓が宙へと散らされるのみ。

「バカな…」
信じられないといった呟きがワルドの口から漏れる。
しかし、事実を目の当たりにして否定する事は出来ない。
「何を驚いてやがる…?」
デルフがワルドに不思議そうに問いかける。
魔法を吸収した瞬間、赤錆の浮いた刀身が輝きを放つ。
内より広がる光に押し出されるように剥がれ落ちていく錆。
そして、光の中から姿を現したのは一振りの剣。
その威容は正しく伝説の剣と呼ぶに相応しい。

「伝説の“ガンダールヴ”が振るった剣が! 
“最強の生物”が振るう剣が!
ただの剣だとでも思ったのかよ! ワルドさんよォ!」

礼拝堂に響き渡るデルフの雄叫び。
もはやワルドの顔には驚愕しか浮かばない。
使い魔が只者でない事は知っていた。
だが、その剣までもが尋常の物では無いなど予想だにしていなかった。
その動揺が伝播しているか、偏在までもたじろぎを見せる。
ワルドが見せた一瞬の隙。そこを突いて“バオー”が飛ぶ!
片足を失っているにも拘らず、その動きは弾丸に匹敵する。

魔法を吸収するというのならば迎撃は無意味。
だが『エア・ニードル』までは無効化できない。
そうでなければ今までの剣戟を防ぎ切れなかった筈だ。
偏在達が迫り来る“バオー”を迎え撃つ。
ぶつかり合う刃と杖の間で火花が散る。

斬り合いとなれば分が悪い相手だが、
こちらは二対一で相手は片足の刃も使えない。
そして理由は不明だが“ガンダールヴ”のルーンの輝きが鈍い。
それを証明するように、奴はただ力任せで打ち付けるだけの剣を振るう。
そこには、かつての犬とは思えぬ技量の冴えはない。
力押しだけでは二体の偏在相手に勝つ事は出来ない。

“時間稼ぎは…成った”
そう確信するワルドの耳に酷く鈍い音が響いた。
異音のした方向へ視線を向けたワルドが我が目を疑う。
まるで棒切れを振り回すかのような稚拙な剣。
それを受けた偏在の腕があらぬ方向に捻じ曲がっていた。
見れば、剣を振るった怪物の歯も砕け散り、
柄を噛み締めた口からは血が流れ落ちていた。
その一撃は自身が損傷する前提での暴走。
杖を振るうことが出来なくなった偏在に容赦なく浴びせられる針。
瞬く間に炎に包まれた偏在が風の中に消え失せていく。

「お、おい! 相棒!?」
デルフの気遣う声も遠い。
すぐさま残りの偏在へと刃が向けられる。
荒れ狂う暴風の如き剣を受け流しながら偏在は後退する。
一撃ごとに腕が持っていかれそうな衝撃が走る。
その最中、跳躍し距離を取った偏在が『ウインド・ブレイク』を放つ。
障害物を巻き上げながら迫る嵐をデルフが切り払う。
だが、風に巻き上げられた物までは防げない。
長椅子や祭壇など数多の残骸が一斉に“バオー”へと降り注いだ。
舞い上がる砂埃に視界を奪われつつも偏在は残骸の山へと近付く。
あの程度で殺せるとは到底思えない。
しかし逃れる隙は与えなかった。
この下に確実に奴は埋まっている筈だ。
その出てきた瞬間を確実に仕留める!

杖を突き付けたまま出方を窺っていた。
その直後、偏在の膝が崩れ落ちた。
石にでも躓いたのかと思った右足は膝から下が失われていた。
足元の石床には、いつの間にか大きな穴が穿たれている。
そして、その中で爛々と輝く金色の瞳。
理解した直後、偏在の身体は床下へと吸い込まれた。
そこに杖を振るうスペースなどある筈もない。
瞬時にして原形を留めぬまでに破壊された偏在が消失していく。

穴から這い出てきた“バオー”の見上げる先にはワルド本体のみ。
その傍らにはウェールズの遺体が置かれていた。
恐らく、偏在が相手をしている間に運んできたのだろう。
だが、もはや邪魔する者は誰もいない。
逃げ場など何処にも無いし、何処にも作らせない。
今度こそ完全に丸裸となった彼へと歩み寄る。
しかし、ワルドは笑みを浮かべる。
敵の実力も状況も判った上で、自分の勝利を確信した。

「動くなッ!!」
周囲に響いたのは確かにワルドの声。
だが、聞こえてきたのは目の前からではなく逆の方。
その声に振り向いた先にいたのは先程と同様の偏在。
しかし構えた杖は彼ではなく、その腕に抱えたルイズへと向けられている。

この偏在は水門を守らせていたものだった。
だが“バオー”が水路から脱出した事で無意味となり、急遽呼び戻したのだ。
先に出した二体の偏在は時間稼ぎだけではなく、
“バオー”の注意をルイズと偏在から逸らす為の物でもあった。

「脅しに乗るなッ! そいつに彼女は殺せん!」
「いや、出来る。僕達には生命を司る“虚無”の力がある。
最悪、彼女を一度殺して甦らせれば済む話だ」

アニエスの言葉を冷たく否定する。
彼は本気で最悪の手段として考慮に入れていた。
殺してしまえば彼等に生き返らせる手段はない。
手を下す事に躊躇はあるが、出来ないという事はない。
ワルドは自らの手でルイズの精神を壊そうとしたのだ。
それが彼女の死を意味すると判っていながら…。
一度緩んだ箍はあまりにも脆い。
他人の手に落ちるぐらいならばと彼は黒い決意を滾らせる。

(そうすれば彼女を手に入れられるのは僕だけとなる…)

自身の思考に浸るワルドは気付かない。
抱き上げた直後、彼女の意識が明確になっていった事。
そして、彼の言葉を聞いたその肩が悲しく震えていた事に。

「さあ、剣を捨てて貰おうか」
そう言い放つ偏在の足元にはルイズの杖が転がっている。
杖を失った彼女が自力で脱出する事は不可能だ。
一か八か、捨て身で攻撃を仕掛けようとするもデルフを手放す。
向こうが失う物は偏在のみだ。
いざとなれば刺し違えてもルイズを殺せる。
それだけは決してさせてはならない。
ここは黙って従い、機を待つ他に無い。

彼は感じていた。
遠くから迫ってくる懐かしい臭いを。
それはトリステインから駆けつけてくれた戦友達の臭い。

「さて、と」
ウェールズを抱えてワルドはフライを詠唱する。
ルイズを人質に取っている今、奴を殺す事が出来るかもしれない。
だが、我が身可愛さにルイズを見捨てる可能性もあるだろう。
いくら“虚無”といえど完全に溶かされては蘇生できまい。
彼女を奪い返すチャンスがあるなら、ここは見逃してくれるだろう。
ここはウェールズと手紙、そしてルイズを手に入れた事で良しとすべきだ。

「…待ちなさい」
呟くような小さくか細い声。
それに飛び立とうとしたワルドの身体が静止した。
偏在が自分の腕へと視線を向けた。
そこには大粒の涙を零すルイズの姿があった。
鼻先に突きつけられた杖のせいか、彼女の抵抗は無い。
しかし、ワルドの杖は確かに震えていた。

「どうして…? どうしてなの、ワルド…?
何で私にあんな薬を飲ませたの? どうして私にアイツを…」
ルイズの言葉が自身の嗚咽に遮られる。
彼女には洗脳時の記憶が明確に残っていた。
杖を振るう自分に向けられた、彼の悲しい瞳を覚えている。
守りたかった物を、彼女は自分の手で傷付けてしまった。
その悲しみが容赦なく彼女の胸を抉る。

「違うんだルイズ! あの怪物は存在してはいけないんだ!
生きていれば全ての生物を滅ぼす、奴はそういう物だ!」
“バオー”の危険性を説く言葉も彼女には届かない。
必死に首を振って聞き入れようともしない。
元より彼女を騙して薬を飲ませた男の声など届く筈がなかった。
それでもワルドは弁明を続ける。

「君に薬を飲ませたのは間違いだった。
だけど君の力は世界を変えられるほど強大な物だ。
愚鈍な連中に渡していいものじゃない。
だからこそ、君に『レコンキスタ』に来て貰いたい。
君だって自分の力を認めぬ連中よりも、
その価値を知っている彼等の方が素晴らしいと理解できる筈だ」

事前にワルドはフーケから情報を得ていた。
ルイズが魔法を使えぬ事にコンプレックスを感じている事も知っている。
そして、教師や生徒達から白い目で見られている事もだ。
かつての自分同様、彼女は今のトリステインに絶望している。
自分を認めてくる人間がいれば、彼女は頷くと信じていた。

「…いらない」
「え?」
彼女の呟きに思わず聞き返す。
何を言ったのか、それさえもワルドには理解できない。
次の瞬間、囁くような言葉は劈くばかりの叫びに変わった。

「いらないッ! そんな力なんていらないッ!
アイツだって成りたくて怪物に成ったんじゃないッ!
私もアイツも力なんていらないのに…!
どうして放っておいてくれないの…!」

彼女はただひたすらに叫び続けた。
あらん限りの声で、喉が裂けんばかりに胸の内を吐き出す。
それは自分の宿命に耐えかねた少女の悲鳴だった。

「ルイズ…!?」
力を追い求め続けたワルドに彼女の気持ちは判らない。
手にした力を放棄するなど考えられない。
ましてや伝説の“虚無”の力だ。
それさえあれば全てを手に入れられる。
なのに、彼女は拒絶を示した。
困惑するワルドに、彼女は問う。

「どこでこうなってしまったの…?
私達は、もう以前のようには戻れないの…?」
「そうだ。時は戻りはしない。
僕の進む道は前にしかないんだよルイズ」

その返答にルイズは俯いた。
彼はルイズの知るワルドではなくなっていた。
中庭の池に浮かべたボート、そこにはもう彼はいない。
振り返るべき過去を彼は自らの手で捨て去った。
無くなった物は決して戻らない。
憧れの人は既にこの世には存在していなかったのだ。
悲しい決意と共に、彼女は自らの懐へと手を伸ばした。

「ごめんなさい…ワルド様」
突然、ルイズが謝罪の言葉を口にした。
彼女の断り文句と聞こえた彼の耳に、カチリと小さな音が響いた。
刹那。高らかに響き渡る炸裂音と共に、偏在の心臓は破裂した。
倒れ逝く偏在の眼に映ったのは、拳銃を手にしたルイズの姿。
それは出立前にアニエスから託された物。
彼女がそんな物を持っているとはワルドも思わなかった。
杖を失えば無力と勝手に思い込んでいたのだ。
完全に不意を突かれた偏在が消えていく。
だが、その視界の端にこちらに向かって走る怪物の姿が映った。

瞬間。彼の胸中にドス黒い感情が駆け巡る。
それはルイズを奪われたくなかったのか、
あるいは奴からルイズを奪い取りたかったのか、
ワルド自身でさえ理由は判らなかった。

気が付けば、彼は自分の杖を振り上げていた。
目の前に赤い花弁のような血飛沫が舞う。
消えゆく視界の中で、彼はその姿を目に焼き付けた。
胸元に赤い華を咲かせたルイズ・ド・ラ・ヴァリエールを…。


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