ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-60

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匿名ユーザー

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先行しているキュルケの肩が震える。
背しか見えないというのに怒りに打ち震える彼女の顔が思い浮かぶ。
それほどまでにアニエスから告げられた事実は衝撃的だった。
そして今も目覚めぬ傷付いたルイズの姿が更に拍車をかける。
自身の高ぶる感情を堪えて、ギーシュは彼女を宥める。
ここは戦場なのだ。憤怒に囚われては生存の道さえ絶たれてしまう。

「気持ちは分かるが冷静になるんだ。
ここで取り乱したりしたらルイズだって助からない」
「落ち着け…? ええ、言われなくても私は冷静よ!
ワルドって奴の目玉を刳り貫いて八つ裂きにした後、
どうやって縊り殺してやるか考えられるぐらいにね!」

キュルケは激昂を隠そうともせずに怒鳴った。
味方が裏切った程度で彼女は取り乱したりはしない。
策謀蠢く戦争では、そんな事は日常茶飯事だ。
しかし、ワルドがした事だけは許されない。
奴はルイズの全てを壊していった。
誇りも、使い魔との絆も、彼自身に向けた信頼も。
何よりも彼女が大事にしていた物を一つも残さずに。
魔法が使えない彼女にとって、それは最後の寄る辺。

どんな理由があろうとも知った事じゃない。
この報いは必ず受けさせる! 『微熱』の二つ名に懸けて!

「………?」
走り続けながら不意にタバサは気付いた。
何故、未だ敵と出くわさないのかと?
中庭で遭遇したのが予備兵力だとすれば、
城内には相当数の敵兵が入り込んでいる筈だ。
身を潜めながら行動している訳でもないのに、
敵と一度も交戦しないなど有り得るのだろうか。

その疑問に答えられるデルフは一人沈黙を貫く。
これが相棒の仕業だと薄々勘付いていた。
一刻も早く相棒の元に駆けつけたい。
だが、この包囲を突破するなど彼女達には不可能。
それに、今の相棒の姿を見せられない。

“もしかしたら二度と戻ってこないかもしれない…”
数千年の時を経て、相棒を失う恐怖がデルフの内に甦る。


「何をやっておる! まだ隠し港は見つけられないのか!?」
傭兵部隊を指揮する貴族派の士官が声を荒げる。
正門に繋がる大ホールに作られた臨時の司令部には何の情報も届かない。
先陣を任され活躍の機会を与えられたというのに、彼の心境は穏やかではない。
だが彼に与えられたのは正規軍ではなく、元々が複数の傭兵団からなる混成部隊。
それも敗残兵を狩るのを得意とするハイエナのような連中だ。
そんな連中を指揮するだけでも腹立たしいのに、城の制圧は一向に進まない。
死にぞこないの王党派に苦戦しているとは思えない。
どうせ送り込んだ奴等が私掠に走っているに決まっている。

彼が一番恐れているのは敵の反撃ではなく逃走だ。
『イーグル』号が補給線の撹乱をしていたのは周知の事実。
ならば、このニューカッスル城には隠し港がある筈だ。
そこから国王や皇太子に脱出されては元も子もない。
逃亡先に亡命政府を建てられ、大義名分の下でアルビオンが侵略される。
そうなれば、逃がした私の責任は重大。
出世どころか責任を取らされ自決に追い込まれるかもしれない。

刹那。突き破る勢いで二階の扉が開け放たれた。
衆目の環視の中、現れたのは軽装に身を包む傭兵の姿。
ふらついた足取りで階段を降り、ホールへと向かおうとする。
しかし前が見えていないのか、男は足を踏み外して階下に転落した。

その只ならぬ様子に、不吉な予感を感じた指揮官が男の元に駆け寄る。
そして衛生兵を押し退けて、男を揺さぶりながら問い質す。

「何があった! 敵の反攻か…!?」
「……悪魔だ」
「悪魔…だと? 貴様、酔っ払っているのか!?」

返ってきたのは、まるで夢現の狭間にあるかのような一言。
緊急事態と案じた彼の不安は憤慨へと変わる。
殴りつけようと襟を掴み、男を引き起こす。
その時、初めて士官は男の顔を見た。
否。正確には『見えなかった』のだ。
顔があるべき場所は溶けて形を失っていた。

直後、男の身体が火の手が上がった。
それは瞬く間に燃え広がり、全身を包み込む。
業火に飲まれた傭兵が炎の中へと消えていく。

咄嗟に手を離した士官が尻餅を突いて見上げる。
篝火の如く燃え上がる炎に照らし出される蒼い獣の姿を。
見た事も無い異形の獣。
しかし彼は頭ではなく本能で理解した。
死ぬ間際、男が言っていた“悪魔”とは、この怪物の事だと…。

階上より舞い降りたバオーが敵兵が対峙する。
しかし、それはおよそ戦いと呼べる代物ではなかった。
引き裂き、押し潰し、噛み砕き、溶解し、切断し、焼き尽くす。
ありとあらゆる手段を用い、怪物は敵兵を蹂躙した。
対する彼等の牙はあまりにも脆弱すぎた。
身体に食い込んだ剣も槍も弾丸も等しく筋肉に押し戻されていく。
抜き出された傷跡は時を待たずに跡も残さず修復される。
人を殺傷する為に作られた武器が怪物に及ぶべくも無い。
バオーの猛威を前に彼等が唯一出来る抵抗は、その場から離れる事だけだった。

「これは、一体…!!?」
中庭にて待機していた正規兵の士官が目を見開く。
そこには堰を切った奔流のように城内から逃げ出す傭兵達の姿。
王党派の反撃など有り得ない。
不意を打った上に、数の上でも遥かに勝っているのだ。
幾ら優れたメイジと言えども、津波の如く押し寄せる敵を押し返す事は叶わない。
かといって城が倒壊する様子は微塵も無い。
目の前で起きた事態に困惑する彼に副官が進言する。

「我々も突入するべきでは?」
「いかん! まだ正門前が逃げる連中で溢れかえっておる。
今突撃すれば連中が邪魔になって身動きが取れなくなるぞ」
「しかし…」
副官がちらりと前へと視線を向ける。
そこには自分と同じ後詰めの部隊が殺到する様子が窺えた。
逃げ惑う連中を押し退けて尚も前進を試みている。
その結果、次々と負傷者が続出し更なる混乱を生み出している。

「あの阿呆がッ…!
いいか、我が隊はここで待機!
状況が落ち着き次第、負傷者を救出!
重傷の者は直ちに本部へ搬送する!」

杖を握る士官の手に力が込められる。
功を焦っての暴走だろうが無知にも程がある。
見る間に死傷者の数は膨れ上がっていく。
あの状態では、もはや突入も撤退の支援も無理だ。
後詰めとしての役割を放棄する事になるが致し方ない。
今は一人でも無駄な犠牲を抑えるべきなのだ。

「進めぇぇい! 王党派、何するものぞ!」

気炎を上げた士官が杖を前へと突き立てる。
男の脳裏に甦ってくるのは作戦前の軍議での事。
そこで後詰めを任された直後、彼の視界は暗転した。
数百程度の敵を相手に後詰めの出番などある筈が無い。
戦功を上げる機会がこの先に何度あるのか判らない。
ましてや王族を討ち果たすような大手柄など今回が最後かもしれない。

大任でありながら、落ちた小石を拾うような容易い軍務。
その失われた好機が再び自分の元に巡ってきたのだ。
歓喜と共に、男は自分の部隊を前進させる。
されど一向に前へと進めず、彼は正門を前に停滞を余儀なくされた。

「何をしている? 前進と言っただろうが!」
「ですが、撤退する部隊が邪魔して前にも後ろにも進めません」
「チッ、無駄飯喰らいの傭兵どもが。
構わん逃げようとする者には容赦なく発砲せよ」
「は……?」
「命令だ! さっさとせんか!」

突然の命令に困惑する兵達を一喝する。
何の問題も無い、敵前逃亡は銃殺にされてしかるべきだ。
ましてや傭兵ならば幾ら死んだ所で補充が利く。
それより、ここで王党派の連中に逃げられる方がマズイ。
艦隊戦力を重視する上層部にとっては、歩兵部隊などどうでもいいのだ。
ここで手柄を挙げて、ゆくゆくは艦隊の提督にまで登りつめる。
有りもしない幻想に酔い痴れた彼は命を下す。
士官の命令に従い、一斉に銃口から弾丸が放たれる。
耳を劈く轟音が響き渡る度に、屍の山が築き上げられていく。
幾度繰り返されたか分からない蛮行の後、正門より出てくる人間は途絶えた。
そして最後に出てきたのは、人ではなく獣だった。

バオーを目にした瞬間、兵士達は凍りついた。
獣が全身に浴びた返り血など取るに足りない。
それよりも尚、おぞましい空気を彼等は感じ取っていた。

誰が指示した訳でもなく一斉に引き金が引かれる。
万雷にも似た銃声と共に撃ち出された弾丸が、次々とバオーの身体を穿っていく。
それでも彼等の手は止まらなかった。
恐怖から逃げるように彼等は再装填し撃ち続けた。
しかし辺りに立ち上った硝煙が兵士の視界を奪った。
白煙に遮られ、彼等は敵を確認する事さえ出来ず立ち尽くす。
いや、もう確認する必要はない。
竜さえも挽肉に出来るほど弾丸を撃ち込んだ。
あんな獣など形さえも残っていないと、そう信じていた。
否。信じ込もうとしていた。

煙が晴れる。
そこから現れたのは爛々と輝く金の瞳。
全身の体毛がまるで針の山のように鋭く尖る。
咄嗟に構えた彼等の小銃に次々と針が突き立てられた。
瞬時にして燃え盛る炎に、慌てて手を離すも時既に遅し。
装填を終えた薬室が加熱されて暴発していく。
狙いの定まらない弾丸が四方八方に飛び散る。
自分のか、それとも味方の物か、
判別もつかぬ弾丸に兵達が撃ち抜かれる。
その場に蹲った兵が横へと視線を向けた。
そこに居たのは自分達が射殺した傭兵の屍。
因果応報の如き有様に苦笑いが浮かぶ。

死を覚悟した彼等の耳に、力強い羽ばたきが響いた。
見上げれば、そこには月を背に雄々しく舞う二頭の火竜。
頼もしい援軍の登場に兵達が歓喜に沸く。

「さんざ殺しやがって…化け物が!」
竜騎士が乗騎から眼下の兵達を見下ろし毒づく。
彼の眼に映るのは怪物と、その傍らに幾重にも積み重ねられた屍。
そのほとんどが味方の銃撃によって倒された事など彼等が知る由も無い。
目撃した状況から怪物に殺されたのだと判断し、彼は奥歯を噛み鳴らす。

「くたばりやがれィ!」
一旦頭上を通り過ぎた火竜が上空で旋回し、攻撃態勢に移る。
吐き出される炎の息吹に対し、バオーも体毛針で応戦する。
しかし、放たれた針は敵へと届く事なく焼き払われた。
火を吐き掛けながら降下してくる火竜を身を翻して避ける。
彼が飛びつこうとした頃には、既に火竜は頭上を通過しながら再上昇していた。

直後、彼の触角が臭いを感じ取る。
それは恐怖や苦痛、悲しみ、あらゆる物が交じった雑多な臭い。
自分が避けた所を見れば、未だ息のある兵達が火竜の吐いた炎に巻かれていた。
生きたまま焼かれていく苦痛か、それとも仲間にやられた悲しみか。
声も上げられぬ彼等は、のた打ち回りながら全身でそれを表現する。

燃え盛る炎の渦の中。
雄叫びも上げず、彼は無言で刃を振り下ろした。
自身を焼く炎に構わず、焼かれていく兵士達の命を速やかに絶っていく。
心を圧迫する臭いに耐え切れず、彼はその発生源を消去した。
もしかしたら楽にしてやりたいと思ったのかもしれない。
だが、それを判断する事は今のバオーには不可能だった。

「なんて奴だ…!」
その光景に竜騎士が戦慄を覚えた。
放っておけば死ぬような敵を容赦なく狩り続ける。
それは紛れも無く悪魔の所業だった。
ここで仕留めなければ確実に地上部隊の被害は拡大する。
彼は隣の騎士に合図を送り、先に攻撃態勢に入った。
再度、旋回してからの急降下攻撃。
今度はギリギリまで接近し、同時に魔法での攻撃も試みる。
万が一、避けられたとしても時間差で迫る後続の竜騎士が仕留める。
高速で飛来する竜騎士さえ躱せない連携を、地を這う獣如きが破れる筈も無い。

背後に続く騎兵が勝利を確信した直後、視界が白一色に染まった。
それに遅れて凄まじい轟音が耳を直撃する。
方向感覚を失うかのような眩暈の中、彼は目蓋を開いた。
そこには先程と変わらず前方を飛び続ける火竜の影。
味方の健在に、彼は安堵の溜息を漏らす。

その刹那。前を往く騎兵の身体が崩れ落ちた。
まるで風に吹かれた砂が崩れ落ちていくように、
元は人間だった消し炭が彼の視界を高速で通り過ぎていく。
同時に、気化した油に引火し火竜の身体が内より弾け飛んだ。
突如として起きた爆発に巻き込まれ、彼の火竜も誘爆を引き起こす。

星空を朱に染める炎を兵達が見上げる。
中庭で待機していた彼等は一部始終を目撃していた。
だが、自分の目で確かめながら彼等はそれを信じられない。
地上から天へと逆に昇っていく稲妻。
断じて『ライトニング・クラウド』ではない。
あれは決して人の手では生み出せない脅威。
正に天の怒りと呼ぶべき轟雷だった。

バオーが自分の身体を見下ろす。
そこには未だに帯電する自分の身体。
新たな武装現象の発現、その片鱗は水の精霊との戦いで垣間見ていた。
あの時、押し寄せる水を弾き飛ばしたのは“この力”だ。
体内から発生した高圧電流によって水を分解したのだ。

普通の生物でも筋肉や神経は微弱だが電気を作り出している。
その生体電流を乾電池を繋ぐように細胞同士を直列に繋ぎ合わせれば、
細胞が持つ電力はその瞬間、何百万倍にも達する。
更にバオーの細胞は他の生物より遥かに強大な力を秘めている。
生み出した高圧電流に指向性を持たせて放出する第四の武装現象。
それが“バオー・ブレイク・ダーク・サンダー・フェノメノン”!

何故、この能力が今になって発現したのか。
その理由を彼は悲しいほどに理解していた。
今まで発現した能力は手加減の出来る物だった。
しかし、この武装現象は他の物とは違う。
使えば間違いなく相手を死に至らしめる、殺戮を前提した物だ。
だからこそ、ずっと彼の内で眠り続けていたのだ。
無意識の中で封印していたのかもしれない。
それが目覚めた理由は一つ。
人を殺す意思を自分が持ったからに他ならない。

もはや自分は獣ですらない。
運命の手に負けた瞬間、この身は化け物に堕ちた。
死んだ仲間達の所に逝く事さえ許されない。
人間の行為に憎悪を感じながら、同じ事しか出来ない自分。
バオーに対する恐怖から未だに兵士達は敵意を向ける。
それに応じ、彼はバオーの本能の赴くまま牙を剥く。
そうしている間だけ、彼は己の苦悩を忘れる事が出来た。


「…素晴らしい」
眼下で繰り広げられる一方的な殺戮劇。
それをアルビオン艦隊の旗艦『レキシントン』内で観賞しながらシェフィールドは呟く。
その表情には恍惚さえも浮かんでいるようにも窺える。
手元にはバオーのスペックが記された研究レポート。
しかし、それはもはや意味を成さない。
『遠見の鏡』に映るバオーの力は既に研究の範囲外にまで達している。

バオーの牙が金属鎧ごと脇腹を噛み砕きながら投げ捨てる。
その隙に魔法を放とうとしたメイジ達が巻き込まれて潰される。
頭上から襲い掛かる竜騎士もバオーより放たれる雷に散っていく。

圧倒的な物量差に制空権の確保。
たとえ如何なる英雄が現れようとも戦況は覆らない。
恐怖の象徴たるエルフでさえも、それは同じ。
彼等でさえ十倍の戦力を以って当たれば倒せぬ相手ではない。
それは言ってみればこの世界に存在する理のようなもの。

だが、バオーはその理から外れている。
幾ら傷付こうとも修復し、疲れを知らず本能のまま殺戮する。
あらゆる生物を超越した究極の戦闘生物。

しかし、これを生み出したのは神ではない。
世界さえも滅ぼし得る怪物は一人の人間の頭脳から生まれたのだ。
レポートに掲載された写真を彼女が指で撫でる。
面識の無い人物でありながら、彼女は彼に親愛にも似た感情があった。
そこに映るのは白衣に包まれた禿頭の老人。
彼に囁きかけるようにシェフィールドは呟く。

「霞の目博士。貴方もこの光景が見たかったのでしょう?」

視線の先には、破壊の限りを尽くすバオーの雄姿。
これだけの存在を作り上げた彼には敬意の念が尽きない。
おぞましい怪物の姿さえも神々しく映る。
科学の力が神の領域に踏み込んだと実感させてくれる。

レポートと実際のバオーを見比べれば分かる事だが、
研究室のデータだけではバオーの全てを理解できない。
自然や人間から学んだ事や戦闘経験が与える影響は不明のまま。
しかし、バオーが外に解き放たれれば世界は滅ぶ。
それ故に、今の光景を決して見る事は叶わないだろう。

「だけど、貴方はバオーを作り出した」

世界を滅ぼす物だと分かっていながら、彼は自分の探求を優先した。
良心も道徳も全てを犠牲してでも追い求め続けた。
きっと心のどこかではバオーの逃亡を待ち望んでいた筈だ。
自分の生み出した研究成果が余す事なく発揮されるのを。

その狂気を孕んだ叡智こそが人間の偉大さの証。
たった一人の人間が世界を呑み込む程の力を生み出すのだ。
何と素晴らしい事だろうと、彼女は心から讃える。

シェフィールドも霞の目に近い心境を感じていた。
彼女もこの世界の全てを犠牲にしてでも見てみたいのだ。
一人の人間の憎悪がこの世界をどう塗り替えていくのかを…。


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