ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第三十三話 『貴族の在処』後編

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匿名ユーザー

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 三日目。
 その日は"何か"様子がおかしかった。街の空気が張りつめているのが店の中からでもよくわかったくらいだ。
「何かあったのかしら?」
「なんかやばそうな感じするよねー。また例の奴らかな?」
「昨日お客さんが言ってたんだけど、例の奴らって貴族と繋がりがあるらしいってさ!」
「えーッ!じゃあ国が保護してんの?嘘でしょう!」
 集まり始めた女の子たちが思い思いに喋っているのを、ルイズは一人静かに聞き流していた。どうやら何かの『組織』に動きがあったようだが、その詳細までは解らない。ただ、この空気の張りつめかたは異常だ。表を歩く人もいない。
「・・・一応姫さまにも連絡しとこうかしら?」
 どうまとめるかを考えていると、スカロンがやってきた。その面もちは深く読みとれない。
「えー・・・みなさんにお知らせがあります。今日の営業は中止です」
 店がざわつく。スカロンが静めるが、動揺が走っているのが傍目にもわかる。
「はいはい!しーずーかーに!今日は早く帰って、早く寝なさいね。明日からまたたくさん働いてもらうんだから。なんだか物騒だから必ず二人以上で帰りなさいよ」

 最初こそ様々な憶測が飛び交ったが、なんだかんだで休暇がもらえるのは嬉しいようで皆早々に店を後にした。ルイズが厨房から出てきたとき、まだ残っているのは指で数える程度だった。
 布巾で手を拭いていると、不意にジェシカの姿が目に入った。何気なくその姿を目で追っていると、変な違和感を覚え始めた。
 机の上に椅子を上げる作業をしているのだが、たまにチラチラと視線を上げている。しかもすぐに気まずそうにそらしてしまうのだ。
 らしくない。
 いつものジェシカなら、自分から視線をそらすなんてマネはしないだろう。胸を張って(悔しいけど)自信ありげな笑みを浮かべる。長くはない付き合いだがそれぐらいはわかる。長くはないが短くもないのだ。
「ふうん?」
 奇妙に思ったルイズはジェシカの視線を追った。その先にはまだ残っている何人かの女の子たちが、帰り支度でもしているのだろうか集まっていた。そして、視線はその中のジャンヌに向けられているのに気が付く。
 だとすればますますわからない。あの二人はライバルではあるが仲がいいはずだ。仕事以外であまり自分を出さないジャンヌが気兼ねなく話せる相手。なのにこの二人の間に横たわる気まずい空気はなんなのだろうか。
「そういえば・・・・・・」
 そういえばこの二人、最近調子が悪いのだ。体調のことではなく、仕事の方である。
 聞いた話では以前のチップレースでは二日で五十エキュー稼いだらしいのに、今回は全然奮わない。ジェシカに至っては三位に落ちるというていたらくである。
 そのことに気が付くと、今までのジェシカもおかしいように思えてきてしまう。
 勝負をふっかけてきたときもどこか違和感があった。そう言えばあの時泣き腫らした跡もあったのを思い出す。昨日もどこか無理矢理元気を絞り出しているようでもあった気がする。
 ルイズは急ぎ足で裏口に向かった。壁に背を預けると、ずずず、と力無く腰を落とす。
「あたし、何やってるんだろう・・・・・・」
 不調のジェシカにすら勝てず、いやそれ以前に未だにゼロ枚の現状。敵に背を見せないとは言え、右も左も解らないこの職場ではどちらが前なのかさえよくわかっていない始末だ。
 だからこそあの二人をマネたのだが――――
「そう簡単には上手くいかないわよね・・・・・・」
 猿まねは猿まね。郷に入って郷に従ったからと言って何事も円満に進むとは限らない。
「痛ッ!」
 突然ルイズは叫んだ。顔をしかめながら布巾で覆った手を揉みほぐす。
「あら、ルイズちゃんじゃない。どうしたのこんな湿っぽいところで?」
 ナーバスな雰囲気を吹き飛ばすように陽気な声がかかった。顔を上げるまでもなくそれがスカロンのものであることはルイズにはわかった。
「それにお顔まで暗いわ!そんなんじゃ頭にキノコ生えちゃうわよ」
「・・・・・・・・・」
 俯いたままのルイズの視界に影が差した。どうやら正面に立ったらしい。そう思った瞬間に、手を取られた。いつの間にか目の前に腰を下ろしていたのだ。
 ルイズは驚いていたが、スカロンはその手を優しく撫でた。ヒンヤリとした感覚が気持ちいい。
「それは?」
「水荒れに効くクリームよ。よく効くの」
 慈しむような顔で、あかぎれのできた手に優しく包むようにクリームをすりこんでいく。ルイズはただ黙ってその様子を見ていた。
「あかぎれだらけでひどい手ね」
「・・・・・・」
「でも、綺麗な手」
 何でもないように呟いて、逆の手も同じようにすりこんでいく。
「だって、誰よりも多くお皿を洗ってくれてるんだものね」
「なっ!」
「知ってるのよ?いつも皿洗いを手伝ってくれてることも、最後まで残って片づけしてくれることも、一生懸命チップ集めてるのも」
「あぅ・・・」
 知られていると思うと、途端ルイズの頬が熱くなった。そんなルイズをスカロンは笑顔で見つめる。
「ありがとうね」
「べ、別にあんたのためにやったわけでも、感謝のためでもないんだからね!ただ手が空いて暇だったからやってあげただけなんだから!」
「でもね、あのやり方じゃチップは集まらないわよ」
 スッパリとダメだしされた。
「あれはジャンヌやジェシカのやり方でしょう?それじゃああなたが見えてこないわ。この店に来るお客さんはね、みんな"温かさ"を求めてやってくるの。だからお酒を飲んで女の子とお話しする。
そこには様々な悩み、思い、考えがあるわ。だからこそ色んな女の子がここにはいるの。もしもみんながみんなジェシカだったら、どう?ちっとも面白くないし、誰も輝けない。何より"温かさ"がないわ。
それじゃあダメ。だから私は色んな女の子に声をかけてるの」
「でも・・・・・・わたし、自信がないわ。私にこの仕事は無理なんじゃないかって・・・・・・」
「・・・・・・私はね、人を見る目には定評があるの。私が見つけてきた子、誰かに紹介された子、ここには色々いるわ。でも過去に何かあったかとか、そんなもの関係無しにここでは誰もが輝けるの。どうしてかわかる?」
 ルイズは素直に首を横に振った。
「酒場では本当の自分が出るからよ。お客様も、女の子たちも、着飾るけれど心は裸。おべっかだって自分の心から出た言葉を使うのよ。ここでは、身分を着るのは無粋で、無礼講こそが礼儀なの。だからとっても温かい。
 ルイズちゃんも、無理して誰かになる必要はないわよ。あなたはあなた。ルイズちゃんじゃない。自分を信じていいのよ」
 その瞬間、ルイズは自分の肩から余計な荷物が無くなるのを感じた。すうっと身が軽くなるような、水に浮くような感覚。気負いすぎていたのだろう。それも、スカロンのおかげでおりた。
 ルイズが一つ頷くと、スカロンは静かに立ち上がり去った。
「風邪ひかないようにね」
 スカロンの背中がとても大きく、温かかった。

 四日目。
 戦いも中盤戦を迎え、みんなの気合いの乗りも違った。衣装は際どく、化粧にも気合いが入っている。昨日の休みのおかげか調子もいいようだ。
 ちなみに、話によると昨日は何やらチクトンネ街で大捕物があったらしく、貴族街にまで捜査の手が及んでいるというのだ。店内でもその話で持ちきりである。
 だが、そんな中でもルイズは不適に自然体だった。白いワンピースに身を包み、長い桃髪は左右で縛って垂らす、所謂ツインテールにしている。
 そのルイズは視線をチラリと移した。流石と言うべきか、ジェシカもジャンヌも昨日の動揺を全く表面に出さないでいる。
「昨日はお休みで稼げなかった人も、一日お休みで好調かしら?それじゃあチップレース四日目、開店よ!」
 昨日一日禁欲させられた客たちが我先にと雪崩れ込み、女の子たちも上位に食い込むために早々とめぼしい客についていく。
 ルイズは焦らず、深呼吸をした。吸って。吐いて。吸って。吐いて。よし。
 奥の席に目を付け、近づく。入ってきたばかりの客で、まだ女の子は付いていない。だが、ルイズが近づき声をかけると、露骨に舌打ちをされてしまった。
「なんだよ、お前かよ・・・・・・。オレはワインをこぼされるのも、蹴られるのもごめんだぜ」
 名前はともかく、どうやら悪評だけはしっかりと覚えられているらしい。だがルイズはそれには答えず、と憮然としてメニューを促した。
「ちぇっ、手が空いてりゃあジェシカにお願いしたいところだけどな・・・しょうがねえからお前でいいよ。麦酒くれよ。こぼすなよ」
 それに対しても、やはりルイズは憮然としたまま去ってしまった。客は「なんでえ、態度わりいの」とぼやく。どうせまたヘマするのだから、せいぜいそれを笑って酒の肴にしてやるかとさえ考えていた。
 だが、予想に反してルイズは早く、それもしっかりと注文の品を持ってきたのだ。しかも小さなつまみも添えてある。客は思わず驚いてしまった。
「おお!今日は早いじゃねーか。飲むのに一時間は待つ覚悟だったんだぜ?」
 からかうように口にするが、それにルイズはそっぽを向き、頬を染めながら言った。

「か、勘違いしないでよね、別にあなたのために急いだわけじゃないんだからね――ただチップが欲しかっただけなんだから!」

 ルイズは本心を言っただけだ。本来ならこんなこと言われて誰がチップなどくれてやるものか!となりそうなものだが・・・・・・
 瞬間、客に電流走る。
 それほどまでに客はそのルイズの仕草に、言葉に、衝撃を受けていた。
 初めての感覚。言っていることはこちらを冷めさせるような内容だ。だと言うのに、ちっともそんな感じがしないのはなぜだ。むしろ本心はオレのために急いでくれたんじゃなかろうかとさえ思えてしまう。
 ジャンヌの保護欲をかき立てるものではない。ジェシカの嫉妬に近いものがあるが、その怒り方は酷く理不尽だ。云われもないのに勝手にツンツンしているのだから。だが、それがあの一言でプラスの方向に一気に昇る。
「そ、そうか・・・ち、チップはさ、オレの気持ちだから持っていってくれよ」
 気づいたときには、男はチップをルイズの手の中に握らせていた。すると、ルイズは「そこまで言うなら貰ってあげなくもないわ。べ、別にあんたのチップだからじゃないからね!」と言うのだ。
 それがまた男の琴線をライトハンド奏法で掻き鳴らす。男は気が付くと立ち去ろうとするルイズを呼び止めていた。
「な、なあ!お前名前は?」
「・・・・・・ルイズよ」
「ルイズか・・・可愛い名前だな。なあ、またお前に酌してもらってもいいかな?」
「調子に乗らないでよね!で、でも・・・どうしてもっていうなら、やってあげなくもないわ」
 ツンと澄ましてはいるが、心なしかその頬が赤い。これが決め手だった。呆ける男を置いて、ルイズは足早に立ち去った。

 やった。やってやったわよコンチクショー。
 チップを貰ったルイズはすぐに厨房から裏口に引っ込んできた。
 握られた手を開いて見つめる。
 ルイズが初めて貰ったチップは、たかが銅貨一枚だった。だが、それを手にした時、ルイズは己の心の中に『何か』が戻ってくるのを確かに感じた。
「ルイズちゃん」
 いつから見ていたのだろうか、裏口に立ったスカロンがルイズに声をかけた。
「おめでとう」
 無意識のうちに、ルイズの手は銅貨を握りしめていた。
「・・・とうございます」
 呟いた声は小さすぎて届かなかっただろう。それでもよかった。きっと気持ちは届いている。ルイズもまた、スカロンが後で微笑んでいたことを知らないのだから。

 ルイズはその後もこの手でチップを集めていった。自分に最もあったやり方を見つけたルイズは、気づけば店中の客に名前を覚えられるまでになっていたのだった。

 四日目合計。一位:ジャンヌ(八十三エキュー五十五スゥ二ドニエ)二位:マレーネ(七十八エキュー二スゥ二ドニエ)三位:ジェシカ(七十七エキュー六十七スゥ九ドニエ)・・・・・・ルイズ(十七エキュー六十スゥ一ドニエ)
 ルイズ、一日にしては上々の稼ぎ。そして、この日より新たな妖精伝説が始まる。

 五日目。
 コツを掴んだルイズはこの日も稼いでいた。ツンとした態度で接するだけで、男共はチップを弾んだ。冷たくされているはずなのに、なぜか客の顔は幸せそうなのだ。
 だが、あだジェシカとの差はある。敵の様子を探るようにジェシカの方を見てみると、またジャンヌの様子を見ているらしい。
 この真剣勝負の最中によそ見をするとはいい度胸ね、ジェシカ!と、内心でイラッとし始める。もっとも、ルイズのやり方に影響は何ら出ないのだが。
 そんな風に、欲望と愉悦の坩堝の中で競い合っているところに、新たな客の一群が現れた。先頭は貴族と思しきマントを身につけた中年男性。肥えた腹と、額に未練たらしく張り付く髪の毛が特徴的だった。
 お供の者達も下級の貴族らしい。中には腰にレイピアのような杖を下げた軍人もいる。
 その貴族が店内に入ってくると、店内は静まり返った。気まずい空気が漂い出す。と、そこへスカロンが疾風の如くにその新来の客に駆け寄った。
「これはこれはチュレンヌ様。ようこそ『魅惑の妖精』亭へ・・・・・・」
「ふむ。おっほん!店は流行っているようだな、店長」
「いえいえとんでもございません!今日は偶々と申すもので。いつもは閑古鳥が鳴くばかり。明日にでも首を吊る許可をいただきに寺院へ参ろうかと娘と相談していた次第でして、はい」
「なに、今日は仕事ではない。客だ。そのような言い訳などせんでもいい」
「あー・・・しかし、チュレンヌ様。本日はほれ、この通り満席となっておりまして・・・」
「満席?どこがだ?」
 チュレンヌがとぼけたようにそう言うと、取り巻きたちが杖を引き抜いた。それを見た客たちは酔いが急激に醒めていき、一目散に入り口から消えていった。貴族の杖とはそれだけでこれほどの威力があるのだ。
「なるほど、この様子では閑古鳥すら寄りつかないのではないのか?」
 ふぉふぉふぉと腹を揺らしてチュレンヌの一行は真ん中の席に陣取った。それを見ながら、ルイズはいつの間にか近くにいたジェシカに尋ねた。
「あいつは?」
「この辺の徴税官を務めてるチュレンヌよ。ああやって管轄区域のお店にやってきてはあたしたちにたかるの。嫌な奴よ!銅貨一枚払ったことないんだから!」
 忌々しげに説明するジェシカ。周りの子たちもそれに賛同するかのように頷いた。
「貴族だからって威張ってさ!そのくせ機嫌を損ねるととんでもない税金をかけられて店を潰されちゃうから、みんな仕方なく言うことをきいているの」
 ルイズはチュレンヌを見て、驕る貴族の姿を見た。あのまま気づかなければ、自分もこうなっていたかと思うといたたまれなかった。
 と、誰も酌に来ないことにイラついたのか、チュレンヌは難癖を付け始めた。高級酒を扱っているだの、女の子の服がガリアの仕立てだのと騒ぎ立て、増税をほのめかす。取り巻きたちももっともそうに頷く。
「女王陛下の徴税官に酌をするのだぞ!それ相応の対応を見せたらどうかね?」
 言外にトップの女の子を要求しているのは明らかだったが、誰も動こうとはしない。
「触るだけ触ってチップ一枚よこさないあんたに、誰が酌なんかするもんですか」
 ジェシカが憎々しげに呟いたその時、
「そう言えば最近この辺りで違法な秘薬を扱っている者達がおるときいたのだが・・・、もしそうならば、これは由々しきことよのお。その者は勿論、関係者たちにもその累が及ぶかもしれぬ・・・・・・」
 いきなり脈絡のないことを言い出したチュレンヌに、女の子たちは首を傾げたが、何人かは確実に反応を示していた。ジャンヌとジェシカである。その反応を楽しげに眺めてからチュレンヌはもう一度言った。
「誰か酌をする者はおらんのか?」
 ゆっくりと言い含めるような口調に、足を踏み出したのはジャンヌだった。女の子たちはどうしたのだろうかと心配そうな顔をするが、構わずにチュレンヌの下に向かう。
「ふぉふぉふぉ。そうかそうか、お前が一人で相手をしてくれるのか」
 ジャンヌの腰に手を回しながら笑う。ジャンヌの顔色は悪く、手を固く握りしめてそれに耐えているようだった。
だが、とうとう見かねたのか、ジェシカがチュレンヌのもとに向かった。一人では心配だったのだろう。何より、チュレンヌはジャンヌが"薬"をやっていることを知っていたのだ。警戒するに決まっていた。
「おお、この店のナンバー1、2がお相手してくれるとは!両手に花とはこのことだな!」
 両脇に侍らせてチュレンヌはバカみたいに笑う。それに合わせて取り巻きたちも笑い出すのでバカに拍車がかかっている。
「貴族の相手ができるのだ、喜ぶがいい!ふぉふぉふぉ!」
 ジェシカはジャンヌを見た。何をやっているのかと。こんな奴に従う必要はない、さっさと離れようと目で訴えるが、ジャンヌの目は弱々しかった。
 その目を見てジェシカはあの時のことを思い出してしまう。ジャンヌに余計なことをするなと言われたあの時を。すると、途端に力が入らなくなってしまった。今自分がしていることも余計なお世話なのかと。
 チュレンヌは大人しくなった二人に気をよくして、その体に手を伸ばす。ジャンヌもジェシカも、それを拒む力はなかった。だが――――メシャッ、と言う音とともにチュレンヌの首から上が吹っ飛んだ。
 いや、実際にはそれほどの勢いで蹴られただけなのだが、椅子をひっくり返し、その豊満な体を二回三回と床で弾ませて転がった。
「な!な?なあッ!」
 鼻血をだくだくと垂れ流す鼻を押さえて、涙目で宴への乱入者を見上げた。
 そいつは机の上に仁王立ちし手腕を組み、桃色の髪を棚引かせて薄い胸を張っていた。取り巻きたちが――店中が唖然とするなか、ルイズは口を真一文字に引き結んでチュレンヌを睨み続けている。
「き、貴様・・・平民風情が貴族たるこのチュレンヌ様の顔を足蹴にしてくれたなッ!」
 そうチュレンヌが叫ぶと、ようやく取り巻きたちは杖を引き抜いてルイズに向けた。テーブルを囲むようにして、ルイズも囲まれているのだ。
「あ、あんた何やってんのよ!早く下がりなさいよ、殺されるわ!」
 ジェシカが慌てたように叫ぶが、ルイズは意に介さない。そして静かに口を開いた。
「あなたが、貴族?」
「いかにもそうだ!由緒ある家柄の、やんごとなき地位に立ち、権力を持つこの私を貴族と呼ばずして何と呼ぶのかッ!」
「ふざけないでッ!あなたが貴族を名乗るなどおこがましいにも程があるわ!家柄だの地位だの権力だの貴族だの・・・・・・貴族がどこに在るかも知らないクセに!」
 貴族はどこに在るのか。
 地位に在るのか?
 ――――違う。
 金に在るのか?
 ――――違う。
 権力に在るのか?
 ――――断じて否。
 貴族とは――――

「貴族とは心に在るのよ」

 あまりにもはっきりと、そう言ってのけたルイズに周りはまるで時が止まったかのような感覚に陥る。それほどまでに、そのルイズは眩しかったのだ。
「ジェシカたちもそうよ。何に遠慮してるのか知らないけれど、ビクビクしてたって何も始まらないわよ!ケンカしたのかしらないけど、距離を置いてたら仲直りもできないじゃない!
 口さがないのがあんたの取り柄でしょ、ジェシカ!引っ込み思案もいいけど、たまには自分から歩み寄ってみなさいよジャンヌ!あんたたち友達なんでしょーがッ!」
 うってかわって場違いなことをギャーギャーとわめくルイズに、店の子たちも吹きだしてしまった。ははっ、とジェシカも口が開いてしまう。
「へ、平民風情が貴族を語るとは不届きな!貴様五体満足で朝陽が拝めると思うなよッ!」
 呆けていた取り巻きたちがはっとなり、再び杖を向けた。ルイズもスカートの下に杖を忍ばせてはいるが、この人数を相手取るのはキツイ。
「くくく・・・・・・今さら後悔しても遅いわ!死ねィ!」
 チュレンヌの号令に従って、バガンッ、と鈍い音が店に響いた。だが、倒れたのはルイズではなく、取り巻きたちである。その代わりに立っているのは椅子やお盆を手に持ったジェシカやジャンヌたち店の女の子だった。
「な、なななな何をするか貴様らッ!こ、こんなことをした以上、貴様ら全員生かしてはおけん!全員処刑だ・・・・・・」
「その必要はない」
 チュレンヌの言を遮って現れたのはルイズにも見覚えのある人物だった。厳ついヒゲ面に敵を震わせる低い声、そしてマントに縫われた幻獣の刺繍。紛れもなくマンティコア隊の隊長、ド・ゼッサールであった。
 意外な登場人物に開いた口が塞がらないチュレンヌに一枚の紙を突きつけてゼッサールは喋りだした。
「トリスタニア・チクトンネ街担当徴税官チュレンヌ、並びにその配下は売国行為を行い祖国に害をなした罪により連行させてもらう」
「な、なんで!」
「なんでもなにも、貴様ご贔屓の『組織』は壊滅したぞ」
 チュレンヌの肥えた顔が青くなり白くなり、最後には土気色になってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってください!何かの間違い・・・」
「黙れ」
 ゼッサールの迫力ある凄味でチュレンヌは腰を抜かしてしまった。そしてゼッサールが合図を送ると一斉に衛士隊が店内に雪崩れ込み、気絶している貴族たちを連行していく。
 チュレンヌも両脇を掴まれながら引きずられていった。さながら捕まったグレイのようだ。
 それを見届けてから、ゼッサールは店の女の子たちを見渡した。慌てて凶器を隠すが、時すでに遅しというものだ。しかし、ゼッサールはふっと口とを緩めると、
「売国奴の捕縛に"ご協力"いただき感謝する」
 そう言って、最後にルイズを見たが、何も言わずに店を後にした。
 嵐が去ったかのように静まり返る店内。だが、ルイズが机から下りると割れんばかりの拍手がまきおこった。
「やるじゃんルイズ!あたし見直しちゃった!」
「あのチュレンヌの顔ったらなかったわ!」
「豚は豚箱にゴーホームってとこよね!もう最ッ高!」
 ジェシカが、みんなが、ルイズを一斉に取り巻いた。そして、やってしまったと気が付く。あんな見栄切ったら貴族だと公言しているようなものだ。ジェシカだけならまだしも店中に知られてしまった。
 頭を抱えて俯くルイズの肩をスカロンが叩く。
「いいのよ」
「へ?」
「ルイズちゃんが貴族だなんて、前からわかってたわ」
「そうそう」「だって仕草や態度を見ればねえ」「バレバレだって」
 女の子たちがスカロンに続き笑い出す。ルイズはいよいよ恥ずかしくなってきた。
「大丈夫よ。私達はファミリーだもの。ここには、家族の過去の秘密をバラすような子なんていないんだから」
 女の子たちが笑顔で頷く。ルイズはまた類然が緩みそうになったが、さすがに人前では堪えた。そんな姿を皆、慈しむように見ていた。
「さて、お客さんも全員帰っちゃったしねえ。今日は店仕舞いにしましょうか。ところで・・・・・・」
 そう言ってスカロンは財布を一つ差し出した。
「さっきまでそこに転がっていた豚さんが置いていってくれたチップなんですけど・・・・・・当然これはルイズちゃんのモノよねえ」
「ええ!」
「あの熱血接客だもの。これくらい貰って当然よ」
 中には金貨がけっこうな額入っている。そして店の者達にも異論はないようだった。ルイズはそれをしっかりと受け取った。再び拍手が起こる。
「さあ、明日はいよいよ最終日よ!最初から最後までクライマックスでいきましょうねッ!」
 と、そこでジャンヌが口を開いた。
「そのことなんですけど・・・・・・わたし・・・・・・今日で辞めます」
 ざわっ、とみんながざわめき出す。ジャンヌは皆の視線に貫かれているような気に陥ってしまう。
「すいません店長。わたしは・・・ここに来るときに誓った『二度と薬に手を出さない』という誓いを破ってしまいました。わたしにこの店にいる資格はありませんから・・・・・・」
 頭を下げて謝るジャンヌの後頭部をジェシカがひっぱたいた。ジャンヌは驚いて目を白黒させる。
「え?え?」
「なーに言ってんのよ、あんたは。パパの話聞いてなかったの?あたしたちはファミリーでしょうが!あたしもルイズも、ジャンヌもよ!あたしも何を臆病になって遠慮してたんだかね・・・・・・。
 あんた一人でできないって言うのなら、今度はあたしたちが手伝ってあげるわよ。家族を見捨てておける子がこの中に一人でもいる?」
 ジャンヌはみんなの顔を見回した。みんな、笑顔で頷いてくれる。ジャンヌはその場に崩れ落ちると、今まで堪えていたのだろうか、泣き出してしまった。みんながかけより、抱き締めてあげる。
「ご、ごめんねぇ・・・ジェシカぁ・・・・・・わたし、ひどい事言っちゃって・・・・・・」
「あたしこそごめんね。もっと早くに気づいてあげられたのに・・・・・・」
 その光景を見ながら、ルイズは家族の顔を思い出していた。良い思い出ばかりではなかったけれど、やっぱり少しは恋しかった。この夏は帰省できなかったが、近い内に必ず顔を出そうと誓う。
 と、輪から抜け出してきたジェシカがルイズの前に立つ。
「ま、家族だから勝負しないワケがないんだけどね」
「ふふん、ようやく『勝利』の感覚が見えてきたわ」
 そして不適に笑い合う。
「勝たせてもらうわ、お姉様」
「百年早いわよ、妹様」

 五日目合計。一位:ルイズ(百二十エキュー)二位:ジャンヌ(百九エキュー三十二スゥ)三位:ジェシカ(百四エキュー四スゥ)

 決戦は、明日。


To Be Continued…


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