ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと奇妙な隠者-43

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 波紋ワインを飲んだアルビオン王軍を集めたホールにてジョセフが立案した手法は、ニューカッスル城の爆破解体及びそれに伴う岬の崩落であった。
 NYで不動産王となったジョセフにとって、爆破解体は至極有り触れた手段であり、専門ではないにせよ城一つを解体するくらいはお手の物だ。
 しかし爆破解体と言う技術が開発されたのは地球でも二十世紀に入ってから。
 魔法を除いた技術レベルは中世のものでしかないハルケギニアの住人が理解しきれないのは当然のことだった。
 しかしその程度の反応を恐れるジョセフではない。
 不敵な笑みを一切崩すことのないまま、ニューカッスル付近の大地図とハルケギニアの大地図を前に滔々と語り続ける。杖を粗末にするとルイズが怒るのは目に見えているので、折り曲げた指の背でコンコンと地図を叩いて示す。
「しかし考えてみるといい、このニューカッスル城の立てこもるメイジの数は三百。この城の地理条件と敵の殆どがメイジじゃあないとして多勢に無勢は否めやせんッ。どれだけガンバったとしても向こうの被害は二千か三千、それでも大したモンじゃがなッ。
 そこで逆に考える。敵に秘密港つきの風光明媚な城をわざわざくれてやるところを、城ごとブッ潰して向こうの度肝を抜いてやりゃあいいとな!」
 ジョセフはニヤリと笑い、更に具体的な戦術に続ける。
「こん時ゃトーゼン巻き込む敵の数が多いに越したこたァ言うまでもない。じゃがあからさまに門を開け放してちゃー向こうも警戒しちまうわなァ。そこで向こうが攻めてきたところをナンボか抵抗して、キリのいいトコロで門を破らせる。
 で、本丸に到着するまでに罠をがっつり仕掛けて足止めさせる。前の連中は罠に掛かるが、後ろの連中は城に入って戦功を上げたいからどんどん突入してくる。こーゆー時ゃ敵に勝利を確信させるのがコツ! 『相手が勝ち誇った時そいつの敗北は決定している』ッつーこッた!
 で、レコンキスタの連中が前のめりになったところで、ウェールズ殿下の演説を風の魔法で増幅させて、終わったところでタイミング合わせてドカーン」
 握った手をニューカッスルの地図からハルケギニアの地図に移し、計画実行前後にニューカッスル岬が落下するであろう地点……ガリア王国の山脈を叩き、ふてぶてしく笑う。
「メイジは飛んで逃げられるが、どーせ城攻めに使うのは平民ばかりじゃろうから哀れ地面に大激突ーってワケじゃな。これなら魔法と大砲でブッちめる分と合わせて、少なくとも五千……臆病風に吹かれて逃げ出すのも随分と出てくる。
 レコン・キスタに与えるダメージは決して少なくはないッ!」
 手段もそうだが、ジョセフの発想のスケールの大きさもまたメイジ達を驚かせるものだった。それ故にジョセフの言葉を信じ切れないのは止むを得ないことである。
 が、ジェームス一世とウェールズはジョセフの策を採ると決めている以上、粛々と従う姿勢を取るのは呼吸するより当然のこと。
 さてニューカッスル城爆破解体に取り掛かるジョセフが最初にやらせたことは、錬金によるゴーレムの作成だった。三百のメイジはその殆どが最低でもライン、多くはトライアングル、中にはスクウェアも数名いる。
 土系統が専門ではなくても錬金でゴーレムを作ることくらいは朝飯前である。
 それに加え、ゴーレムを錬金する媒介にジョセフが指定したのは門から城に続く地面。
 城を中心として堀を掘らせるようにゴーレムを錬金したのである。
 土から起き上がったゴーレムはスコップ、もう半数はハンマーと杭を持っている。
「よしよし、んじゃ次にデッカイ穴を幾つか掘るとするかッ」
 そう言うとジョセフはデルフリンガーを抜き、デルフリンガーにハーミットパープルを伝わせる形で発現させた。
「いやァこの剣はイロイロ出来るマジックアイテムでしてなァー」
「よく言うぜ相棒よォー」
 ワルド戦にて魔術赤色の波紋疾走で燃やされた恨みたっぷりの声を、ジョセフは全力で聞き流した。

 デルフリンガーを地面に突き刺し、茨を地下へと伸ばしていく。今回探知するのは地表から空中までの距離である。少々の時間が経ち、おおよその距離を把握した。
「ふむ、こんなモンか。えーと、大体こんなモンで」
 ひょい、と地面の上に伸ばした茨は、空中に届くまでの長さ。それを参考にロープを切り、次にロープの片端をこの城にも数頭いたジャイアントモールやモール達に結わえ付ける。ギーシュのヴェルダンデも当然頭数に入っている。
 そしてもう片端をゴーレム達がしっかり掴んで、モグラ達は下へ向かって穴を掘り進んでいく。こうしておけばもし掘り過ぎた場合でもゴーレムが引き上げられるという按配だ。
 しばらくしてロープがピンと張られる。目的の深さまで掘り進んだところでゴーレムがロープを引っ張り、モグラ達を地面へ引き上げる。
 続いて火のメイジが黒色火薬を固めて作った即席の爆弾を深い穴へ投げ入れ、底に落ちた爆弾が爆発する。すると辛うじて残っていた穴の底は爆発により吹き飛ばされ、空に向かって開いた穴からモグラ達に掘られて柔らかくなっていた土が一気に落下していく。
 幾つも土を掘り進める作業が続く中、ハンマーと杭を持ったゴーレムを引き連れたジョセフは城の見取り図を手にハーミットパープルで念視を行う。
 爆破解体で必須となるのは、「いかに建築物の重量を支えている箇所を効率的に破壊するか」という点。
 ジョセフの目視でもおおよその爆破ポイントは目星がつけられるが、固定化の魔法がかかっているハルケギニアの建築を前にしては、念を入れなければならないのである。
 だが幸運なことに、ニューカッスル城は城全体にはそれほど強固な固定化は掛けられていなかった。風化による劣化に耐えられる程度の固定化であり、建築技術により城塞に求められる強固さを得た、ハルケギニアには珍しいタイプの城だった。

 ハーミットパープルが導き出した爆破ポイントに辿り着くと、チョークで書いた円の前にゴーレムを配置し、一斉に杭とハンマーで穴を穿たせていく。
 城中を回りながら作り上げた穴に爆弾を詰め、なおかつメイジ達の攻撃魔法を放つことにより爆破ポイントを一斉に破壊し、城を解体する手筈である。
 地球ならば遠隔操作による着火で済む話だが、ハルケギニアにそのような便利な技術は存在しない。まして中世レベルの黒色火薬で作られた爆弾で求められるだけの爆発力を得られるかも怪しい……ジョセフが良心の呵責に駆られないはずがない。
 しかし三百のメイジ達は次の夜を迎えるつもりもない。この爆破解体を成功させるためには避けて通れない代償だということは重々理解している。
 例え死ぬ経緯が違うとは言えども、メイジ達を死に追い遣るのはジョセフの計画によるものである。
(決して失敗などせんッ、失敗しちまやァそれこそ犬死にじゃからなッ!)
 何度も繰り返した決意、それを再び心に刻みながら、次の作業場所に移る。
 宝物庫の中では何人もの使用人が空のワイン樽に金貨や宝石など、目ぼしい宝物を忙しく詰め込んでいた。
「どーせ残しといても地面に落ちちまうんじゃし、どうせならトリステインが使えるようにしときゃイイ」というジョセフの進言により、城の宝物庫に残っていた財宝を持ち出すための作業が続けられていた。
 イーグル号もマリーガラント号も避難民を全員乗せなければならないので宝物を入れる余裕はない。別の運搬手段に関しても、ジョセフのアイディアが解決した。
 樽にパラシュートをつけ、それをトリステインとガリアの国境にあるラグドリアン湖に落下させるという方法である。その為に城中のロープや布が集められ、ジョセフが紙に書いたデザインに添ってメイジ達の錬金でパラシュートが作られていた。

 それから再び庭に出ると、今度は岬の地図を手にハーミットパープルでの念視を行う。
 爆破解体した城の重量で岬を崩落させる大仕事を果たすために、立っている岬を媒介として岬の『地脈』を念視する。地中に伸びた数本の茨の動きが止まったのを確認すると、穴を掘り終えてどばどばミミズをたっぷり食べているモール達の頭を撫でてやる。
 掌から流れる波紋に気持ちよさそうにもぐもぐと喉を鳴らすモールは、やがて茨を追って地面の中へ穴を掘っていく。
 早ければ馬が走るほどの速度で地面を掘り進めるモールの姿があっという間に見えなくなったのを見送ると、周囲に人の目がないのを確かめてからジョセフはドサリと地面に倒れ伏した。
「いかんッ……ちぃと働きすぎたッ。体がなんかギシギシ言いやがるぞッ」
 人前では言えないジョセフの愚痴に、デルフリンガーが鞘から顔を覗かせた。
「そりゃあ相棒は年寄りだからなぁ。それにしたって筋肉痛がもう出てるんだから若いって言えば若くね?」
「それにしたってキツいじゃないかッ。わし前に寝たんは何時の事じゃったかなー……ここに来るフネじゃなかったか? そっから波紋とかスタンドとかガンダールヴとか使いまくりじゃぞ? ジャパニーズビジネスマンじゃあるまいし、NYでこんなに働いたこたーない」
 筋骨隆々でノリも軽いので忘れられがちだが、ジョセフは68歳で立派なジジイである。
 超能力使ったりチャンバラしたり友人達の技パクったり爆破解体に走り回ったりと、非常に疲れる一日であった。しかもまだ途中だというのがジョセフの疲労を重くする。
「いいじゃねぇか、たまにゃー働いたってバチ当たんないぜ? 特に今日のコイツは大仕事だ。俺っちも随分と長いコト生きてきたが、こんなムチャなコト考えてやろうとかする大馬鹿野郎はたった一人しか知らねぇ」
「ほう、他にいるんか。そいつぁーよっぽどのハンサム顔か性格の悪いヤツに違いないな」
 けらけら笑うジョセフの腰元で、デルフも金具をカチカチ鳴らして笑った。
「全くだ、性格の悪さはどっちもどっちだがハンサムっぷりで言ったら相棒は惨敗だな」
「後でルイズの爆発を吸い込めるかどうか実験してみるかなァー」
「OK落ち着け相棒」
 軽口を叩きあう老人と剣。
 それからしばらく休憩がてら寝転がって夜空を見上げるが、ハーミットパープルを伸ばし続ける為のスタンドパワーの消耗はさしたる休息を取らせてくれない。
「それにしてもアレじゃなー……」
「どうしたよ相棒」
「柱の男やDIO倒しに行った時と同じくらい頑張っちゃおるがなァ。なんでこんなに頑張ってるのか自分でもよく判らん」
 輝く月が明るいせいで、満天に輝く星の光はいまいちハルケギニアに届かない。
 月ばかりが目立つ空を見上げ、ジョセフは一つ欠伸をした。
「別に見返りとかあるワケでもないしな」
「見返りがほしくて使い魔やっとるワケじゃないぞ? それにエジプトに行く時も波紋は必要最低限にしちゃおったんじゃが、こっちに来てからどうにも波紋ばっか多用しとる。
 いかんいかん、これじゃ帰った時にスージーにどやされる。なんで自分だけ年取ってないんだってな。アレ天然のクセして怒ると怖いんよなァー」
「そー言や相棒は孫もいるんだったよな。元の世界に帰りたいかい、相棒」
「帰るに決まっとる」
 即断する言葉に、デルフリンガーは次いで問いかけた。
「貴族の嬢ちゃんを残してかい?」
「痛い所を突くのォ剣のクセに」
「剣の仕事は痛い所を突く事だぜ、相棒?」
「上手い事言うのは剣の仕事じゃないじゃろうよ」
「六千年も生きてる伝説の仕事は上手い事言う事だぜ」
「もっともじゃな」
 ふむ、と顎ひげを摩り、デルフリンガーにちらりと視線をやった。
「そりゃ帰らなくちゃならん。わしには待ってる家族がいる。先約は向こうじゃからな。だがルイズもほったらかしにしたいワケじゃあない。だから、いつ帰ってもいいようにルイズにはわしの持ってる技術や知識を伝えたい。
 今回の爆破解体だってルイズやギーシュ達にわしの知識を伝授するいい機会だしな。このわしがルイズに召喚されたのはその為だと。わしはそう思っとる」
 迷いのない声。確固たる意思で固められた言葉に、剣は呟いた。
「なるほど。だから、隠者の紫か」
 納得したような声を、ジョセフが聞き逃す訳もない。
「ハーミットパープルがどうかしたのか?」
「いや、なんでもねえ。個人的に納得したっつーだけの話さ」
「なんじゃ、お前にしちゃ歯切れが悪いな」
「つい最近まで錆だらけだったからな、切れ味鈍ってたぜ」
 誰が上手い事言えと、とツッコミもしないジョセフにデルフリンガーもそれ以上何も言わず無言で地面に横たわっていた。
 今回の計画はジョセフが八面六臂の活躍をしているが、ルイズ達魔法学院の生徒も、作業のシフトにしっかり組み込まれている。
 ルイズは爆発魔法で強固な固定化の掛けられた箇所を爆破して回っているし、ギーシュもワルキューレを指揮して堀を掘っている。キュルケもゴーレムを錬金して城の爆破ポイントを回っているところである。

 そしてタバサはと言うと。
「ジョセフ」
 寝転がっているジョセフに彼女が声を掛けた。
「おお、準備が出来たか」
 主人が見れば「何をサボってるのか」と詰問するような場面でも、タバサは普段通りに佇んでいるだけだった。
 タバサとシルフィードは、ラグドリアン湖に宝物を満載にした樽達を落としに行く為の人員としての役割を負っていた。アルビオンがラグドリアン湖に再接近する頃合に、パラシュートを付けた樽を牽引して運搬し上空で落とさなくてはならない。
 そこで風竜が使い魔である風のトライアングルであるタバサが、この作業に従事するという訳である。
 ぱんぱんと服を叩きながら立ち上がるジョセフに、タバサは淡々と語りかける。
「準備は出来たけれど、思っていたより数が多い。何度か往復しなければならない」
「フーム、滅びる前でも流石は王国じゃな。他に人手は?」
「満足に使える幻獣がいない」
「んーまァ、いるなら篭城戦にゃならんわなー」
 視線を軽く宙に彷徨わせ、しゃあネェか、と口にした。
「ワルドのグリフォンがいる。アレ使おう。あんまりシルフィードを疲れさせるワケにゃいかんからな」
「無理。騎乗用に調教された幻獣は主人以外が手綱を握ることを許さない」
 事実のみを告げるタバサにちっちっち、と指を振ってみせる。
「わしはただの人間じゃないんじゃぞ? まァいいモン見せてやろう」
 僅かに首を傾げたタバサをよそに、穴からモール達が出てくる。
「よし、んじゃお前達は庭掘りに行って来い。わしらもこれからまだ仕事があるからな」
 頭を撫でられたモール達は嬉しそうにしながらもぐもぐもぐと庭へと進んでいった。
 その後姿を見送ってからジョセフ達も厩舎へ向かう。
 途中、ワルドと戦った場所の近くを通りかかれば、地面に飛び散った血の痕のそばに切り落とされたワルドの左腕が落ちているのにジョセフは気付いた。
 無視するべきかどうするか少々考えてから、ジョセフはずかずかと歩いていって左腕を掴むと、わざわざ屋根つきのゴミ捨て場まで回り道して「燃えるゴミは月・水・金」と書かれたゴミ箱の中へ叩きつけるように投げ捨てた。
 多少の回り道してから辿り着いた広い厩舎にいるのは数頭の馬とグリフォンのみ。主人以外の何者かが近付いてくるのに気付くと、鷲頭の幻獣は唸り声を上げて威嚇を始める。
 しかしジョセフは何も気にすることなく右手に発現させたハーミットパープルをグリフォンに伸ばし、頭に絡みつかせて波紋を流す。
 見る見る間にグリフォンは唸り声を上げるのをやめ、いつでもどうぞと言う様に身体を低く伏せた。
「……驚いた。まるで先住魔法のよう」
 学院の人間が見たこともないような驚きの表情でジョセフを見上げるタバサに、ジョセフはしてやったりと笑って見せた。
「こんなモン、チャチな超能力じゃよ。さ、ちゃちゃっと仕事終わらせんとな。突貫工事もいいトコなんじゃぞ、このくらいの規模の工事じゃと調査とか入れて何ヶ月もかける仕事なのを一晩でやろうって言うんじゃからなッ」
 グリフォンに馬具を付けて行くジョセフの後姿を、強い視線で見つめるタバサ。
 何事か声を掛けようとしたが、緩く首を振って無言でシルフィードの元へと向かう。
 ロープでそれぞれを結わえ付けた宝物満載の樽達を引っ張るのは、シルフィードとタバサ、そこに加わったグリフォンだけでは難しい。
 数人のメイジがシルフィードとグリフォンに分乗し、複数のレビテーションで浮かせた樽を繋げたロープの端をシルフィードとグリフォンがそれぞれ咥えて運んでいく。
 アルビオンのメイジ達は風の流れを巧みに読み、遥か眼下のラグドリアン湖に見事落下する箇所でロープを切り離し、樽をそれぞれ落としていく。
 月明かりの中、樽に結ばれたパラシュートが無事に開いて空に花を咲かせたのを見届けると、シルフィードとグリフォンはアルビオン大陸へとトンボ返りした。
 グリフォンを厩舎に戻したジョセフは、それからも忙しなくニューカッスル城を駆け巡る。メイジ達の指揮を執るウェールズの元へ行き爆破のタイミングを取る為の演説の内容を打ち合わせしたり、爆破ポイントに不備はないかチェックしたり。
 この夜、ニューカッスル城にいる者は例外なく眠りに付けた者はいない。
 しかし今から行われる作戦がどれだけの効果を上げるのか知っている者は、ジョセフただ一人。
 成果の判らない作業に従事する夜が明け、朝が来る。
 鍾乳洞に作られた港から、ニューカッスルから疎開する人々を満載したイーグル号とマリー・ガラント号が出航する。
 計画立案を担当したジョセフ達は、アンリエッタから請け負った任務を遂行する為にフネに乗ってトリステインへと帰っていく。
 しかし今から玉砕戦に挑むウェールズ達は戦の最終準備に忙しく、ルイズ達を見送る事は出来なかった。
 マリー・ガラント号に乗ったルイズは、遠ざかっていくアルビオン大陸を艦尾からじっと見つめていた。


 *


「――よってここにアルビオン王家は敗北を宣言する。しかし君達に杖の一本銅貨の一枚たりともくれてやる訳にはいかない! アルビオン王家第一王位継承者、ウェールズ・テューダーがアルビオン王家に伝わる秘められし風の魔法を披露しよう!」
 ウェールズは自らの役目を終えた。
 風の通りやすい天守から風の魔法で増幅させた声は、間違いなくニューカッスルの岬中に響いたことだろう。
 数瞬後に始まるであろう爆発を待ち、城と運命を共にするのを待てばいい。
 父王ジェームス一世は自ら志願して最前線へと出向いた。
 戦に出向くに何の支障もなくなった肉体で、戦に立ち向かえる父の晴れ晴れとした笑顔は、せめてもの救いであった。
 多少心残りがあるとすれば、アンリエッタだけだ。
 果たしてあの可愛らしい従妹は、無事に生きていけるだろうか。
「――アンリエッタ……」
 最後に渡された手紙を胸に、訪れるべき最後の瞬間に知らず唾を飲み込んだその時――


「次の殿下のセリフは『どうか僕のことは忘れて他の誰かを愛してくれ』という!」


「どうか僕のことは忘れて他の誰かを愛してくれ……はっ!?」
 背後から掛けられた声に振り向いたウェールズは、信じられないものを目にした。
 フネに乗って帰ったはずのジョセフが、自らに向かって紫の茨を伸ばしている!
 余りの事に杖を取り出す事も出来ないウェールズの身体に茨が巻き付き、茨を辿って流された波紋は、容易くウェールズの意識をホワイトアウトさせた。

「またまたやらせていただきましたァん!」
 爆発が巻き起こる天守から、気絶したウェールズを肩に担いで飛び降りるジョセフ!
 フネに乗って帰ったと見せかけ、ジョセフとタバサはこっそりとニューカッスル城に舞い戻り、礼拝堂で息を潜めていたのである。
 全ては、ウェールズをトリステインに連れて帰るため。
 ニューカッスル城の爆破解体の真の目的は、レコン・キスタに大被害を与える事などではない。それは目的の一つだが、あくまでも真の目的に至るための過程でしかない。
 ウェールズ本人の演説の後発生する、城の解体、岬の崩落という一大スペクタクル。
 これだけの大仕掛けをやった後、王子一人がむざむざ生き残るような不名誉な所業を選ぶはずがない。その心理の落とし穴に人々を陥れる為、これだけの大掛かりな手をジョセフは選択したのである。
 ワルドが今回の旅で嬉しそうに述べた目的は三つある。
 一つはルイズ本人。二つ目はアンリエッタの手紙。そして三つ目は、ウェールズの命。
 三つ全てをトリステインに持ち帰るのは、まともな手段では為し得ない。
 巨大なペテンの中に混ぜこぜた、あまりに小さな真の目的を看破できる者はほぼいない。
 ルイズ達でさえ、ジョセフの真の目的を説明されたのは帰りのフネに乗り込む直前。
 タバサを連れて行ったのは、無事にアルビオンからの脱出を成功させる為。
 シルフィードと意識を共有するタバサがいれば、空中でシルフィードと合流してトリステインに帰る事が出来る。シルフィードは今、雲の中に隠れてタバサの合図を待っていた。
「説得するのがムリならムリヤリトリステインに連れ帰っちまやイイってこった! ざまァ見やがれレコン・キスターッ!」
 計画を大成功させたジョセフが天守から降りてくるのを礼拝堂の屋根の上で確認したタバサは、フライの魔法を唱えてニューカッスル城からの脱出に移ろうとする。

 だが。
 タバサが唱えようとしたフライの魔法は完成することはなかった。
 彼女が紡ぐ詠唱はすぐさま攻撃魔法に代わり――グリフォンに乗った男へ、氷の矢を放った。
 しかし氷の矢は巻き起こる旋風に吹き飛ばされ、空中で砕かれ氷の欠片を撒き散らしたに過ぎなかった。
「おっと。そう易々と貴様の手を成功させる訳にはいかないだろう、ガンダールヴ?」
 聞き覚えのある声。
 ジョセフでさえ、ほんの一瞬だけ何が起こっているのか理解し切れなかった。
 しかし、目の前の男が何者かは判る。忘れられるはずがない。
 何故ならその男は、前の晩にジョセフに完膚なきまでの敗北を喫し。瀕死の重傷を負っていた筈なのに。
 愛馬であるグリフォンに跨るその男は……
「――ワルドッ!? 何故貴様がここにいるッ!」
 腰に下げたデルフリンガーを抜いたジョセフに、ワルドは禍々しく唇の端を吊り上げた。


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