ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-78

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匿名ユーザー

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「……妙だな」
「は? 如何なされましたか?」

副官の問いにも答えず、老士官は眼下の戦況に思いを巡らせる。
大砲を迂回し側面から奇襲しようとした鉄砲隊は敵の妨害を受け、これと交戦中。
敵の規模から見るに、用心の為に配した部隊ではないだろう。
そもそも数で劣っているトリステイン軍が戦力を割く筈がない。
なら、こちらの動きが分かっているとしか考えられない。
しかしアルビオン軍が誇る竜騎士を相手にして、
竜やグリフォンを偵察に回す余裕が彼等にあるとは思えない。
それに艦船にしてもトリステイン艦隊は壊滅状態だ。
他の所から船を引っ張ってくる時間も無い。

だが、起こり得ない事も起きるのが戦争の常だと彼は知っていた。

「念の為、竜騎士隊を周辺の空域の捜索に当たらせろ」
「はっ!」

老士官の指示を受け、副官が靴を鳴らして敬礼を取る。
それを眺めながら、やはり堅苦しい挨拶は慣れないものだなと彼は苦笑いを浮かべた。


「怯むな! 進め!」

塹壕に隠れたモット伯が上げる勇ましい声も砲声に掻き消される。
トリステイン側の砲が沈黙すると、今度はアルビオン軍が一斉に反攻に打って出た。
塹壕諸共に兵士を吹き飛ばす砲撃と、その生き残りを狩りたてる鉄砲隊の突撃は、
見る間に拮抗していた戦況を覆し、その天秤をアルビオン側へと傾けていく。
否、そもそもがこれが本来の戦力差なのだ。
いかに魔法が精神力で発動する力だとしても、
人の意思が傷付いた肉体を奮い立たせようとも、
実際の物量差を埋めるには至らない。

アニエスは悔しげに唇を噛み締めながら剣を抜いた。
銃も大砲も使えないのなら、これで戦うより他にない。
果たして傷付いた脚でどれだけ戦えるのか、
それでも指揮官が戦って見せねば兵士は動かないだろう。

「突撃ィィーー!!」

雄叫びを上げて敵陣に斬りかかるアニエスに、兵士達も剣を手にし後に続く。
一直線に突撃してくる敵軍を前に、アルビオン軍に僅かな動揺が生まれる。
しかし、それは容易く嘲笑に取って代わられた。
まるで鴨撃ちも同然。向こうから出てきてくれるなら好都合。
そう言わんばかりにアニエス達へと銃口が向けられる。

その刹那。砲声が鳴り響く戦場に、犬の遠吠えが響き渡った。

心臓を鷲掴みされたような恐怖がアルビオンの兵士達の間を駆け抜ける。
狙いを定めようとした手は雪山に放り出されたかの如く震え、
眩暈にも似た感覚が彼等の視界を著しく乱す。
平常を失ったまま放たれた弾丸は、アニエス達を避けるかのように彼方に消えた。
慌てて弾を込めなおそうとするも火薬や弾を取りこぼす有様。
戦意は瞬く間に潰え、その悉くがアニエス達の剣の露となって散り逝く。
彼等はアニエス達に負けたのではない、心の奥底に眠る“バオー”の恐怖に負けたのだ。

敵の銃と弾薬を奪い、アニエスは更に攻勢を続ける。
既に彼女は気付いていた。これは彼の声ではない。
ただ命じられるがままに吼えるだけの鳴き声。
そこには胸を締め付けるような悲しみも怒りも感じられない。
恐らく被害が出なければ敵も気付き始めるだろう。
……その前に可能な限り敵を叩く。
あるかどうかも分からない活路だが彼女はそれに賭けたのだ。


アルビオン軍の地上部隊に混乱が広がっていく。
さながら小石を投げ入れた水面に浮かぶ波紋にも似た光景。
“ニューカッスル城の怪物”が現れたのだと、
口々に悲鳴にも似た声を上げて兵士達の統制は崩壊した。
その場から逃げ出す者、蹲る者、僅かな物音にさえ恐怖を感じる者。
反応こそ様々だが、そこにあるのは純粋な“バオー”への恐怖。
もはやこうなってしまえば歴戦の指揮官だろうと収拾は付けられない。
楔の如く左翼に打ち込まれたアルビオン軍の先鋒が、
亀裂が走ったかのように次々と打ち砕かれていく。

「ワルド子爵! ワルド子爵はどこに居られるか!?」

慌てた様子で船員が『レキシントン』艦内を駆けずり回る。
こんな時だけは異常とも言えるこの艦の図体の大きさが癇に障る。
まだアルビオン軍が優勢にあるとはいえ、余裕ぶっていられる状況ではない。
嘘か誠か“ニューカッスル城の怪物”は一匹で一軍に匹敵するとも言われている。
話半分だとしても、それが脅威である事に違いはない。
そこに兵士たちの恐慌が加わればアルビオン軍とて壊滅しかねない。
だからこそ一刻も早くワルド子爵を探し出し、
“ニューカッスル城の怪物”を仕留めてもらわねば……。

ワルド子爵の姿を彼が見つけたのは『レキシントン』の甲板上だった。
自身の風竜に背を預け、未だに飛び立つ気配さえ見せぬ彼に船員は苛立ちを隠せない。
先程のは臆病風に吹かれたのを誤魔化す為の虚言か。
当の怪物が出たというのに平然としている彼の態度に船員は落胆した。
所詮はトリステインの裏切り者。信用に足るような人物ではなかったという事か。
ギシリと歯を噛み鳴らしながら、彼はワルド子爵に手を伸ばそうとした。

「おい、さっさと出撃しろと……」

見れば、突き出した腕はワルド子爵ではなく地面へと向かっていた。
体勢が崩れるのにも似た違和感に気付いた時には、
彼の半身は肩口から滑り落ちて血溜まりを形成していた。

「黙っていろと言ったはずだがな」

聞き遂げる者もない言葉を口にしながらワルドは再び戦場に意識を傾ける。
この咆哮は決して奴の物ではない。
世界を揺るがせるような奴の恐怖を微塵も感じ取れない。
ならば、これはアルビオン軍を混乱させるだけの偽り。

だが何故そのような手段を取る?
実際に奴を戦線に投入すれば済む話だ。
それとも此処に奴がいないとでも言うのか?

有り得ないとワルドは頭を振った。
あれだけの戦力をトリステインが手放す筈がない。
負けられぬ一戦ならばこそ確実に使ってくる。
……それに、ここにはルイズがいる。

奴は必ずルイズを守る。
たとえ自分の命がどれほどの危機に晒されようとも、
自身の命を捨てる事さえも厭わない。
その光景を嫌というほど、この目に焼き付けた。
だからこそ奴は必ずここにいると確信できる。
ルイズと奴は忌々しいほどに繋がっている。
それは断ち切れぬ運命にも等しい。
だが、それをここで終焉とする為に彼はここにいる。
自らの手で“バオー”を討ち取る事で…。


高らかに吼え続ける数頭の犬。
その隣を伝令達が吉報を手に駆け抜けていく。

「上手くいきましたな」
「ですが二度、三度とはいかないでしょう」

齎された情報に耳を傾けながらマザリーニとアンリエッタは言葉を交わす。
やはり“彼”の残した爪痕は今もアルビオン兵達の胸に深々と刻まれていた。
ただの犬の鳴き声は数百の砲門に匹敵する戦果を上げていた。
浮き足立つアルビオン軍を叩くのなら今をおいて他にない。
それが分かっている筈なのに右翼の主力は動く気配を見せない。
敵の侵攻を左翼が防ぎ、右翼がその側面を突けばアルビオン地上軍を駆逐できるだろう。
だが彼等は王女の護衛を最優先とし、その場を離れようとはしない。
それが自己弁護じみた物だと理解して、アンリエッタは苛立たしげに呟いた。

「これでは何の為に義勇兵は戦っているのですか!
彼等を見殺しにして…それで勝利だと言い張るのですか!?」
「人は誰かの思うように動かせる物ではありません。
それは王家の威光がどれほどの物であろうと、それは変わりません」

まるで彼等を肯定するかのような言い草に、アンリエッタがキッと視線を向ける。
睨みつけるかのような眼差しを受けてもマザリーニは動じない。
彼女とて子供ではない。人は奇麗事だけでは生きていけない。
アンリエッタの意向を汲み取ったとしても、わざわざ危険に飛び込もうとはしない。

……何故だろう?
私とルイズ、どこにそれほどの違いがあるのだろうか。
一度として私は王女として生まれた事を恵まれていると感じた事はない。
窮屈で形式にばかり拘り、愛する者に想いを告げる事さえ許されず、
信じられる者など宮廷のどこにも存在しなかった。
誰かが私を讃えようとも心が満たされる事もない。

それに比べてルイズはどれほど恵まれている事か。
魔法が使えない? その程度の事がどうしたというのか。
彼女には命を懸けて戦ってくれる使い魔が、親友達がいる。
命令されたのではなく自分の意思で彼女を守ろうとしてくれる。
時には盾に、時には暖かい温もりとなって彼女を包む。
周りを冷たい城壁に覆われた私には眩しく映る光景。

分かってる。私は……ルイズに嫉妬している。

王女の座なんて欲しくなかった。
私はただ一人の少女として幸せになりたかっただけ。
友人に囲まれて、平凡な日々を当たり前のように過ごしたかった。
そんな些細な願いさえも始祖は聞き届けてはくれなかったのだ。


「どうしたんだ? 連中、急に手を休めて……ティータイムって訳じゃなさそうですがね」
「見当は付くけどね。今の内に脱出しないと次はない」

不思議そうに首を傾げるニコラに、ギーシュが深刻そうな面持ちで答える。
今のは犬の鳴き声だったけど彼のじゃない。
そもそも彼はコルベール先生の所で眠り続けている。
恐らくは姫殿下が用意した策なのだろう。
だが、この混乱もしばらくすれば収まってしまう。
彼がいないと気付かれれば同じ手は二度と通用しない。

弾痕だらけの木に凭れ掛かっていた背を起こし、
ギーシュは錬金した鏡で敵の様子を窺う。
見れば相手の数は五人程度。
不意を打てば勝てない数ではないが、
相手は自分達の位置を完全に把握している。
言うなれば完全にギーシュ達は追い込まれていた。

奇襲にこそ成功したものの一発撃てば三倍の弾丸が返ってくる戦力差に、
落とした皿が割れるかのようにギーシュの率いる別働隊は分断された。
気付けばニコラと二人、本隊から引き離され森の木々を盾にしながら戦っていた。

「囮としてワルキューレを二体出す。
それに銃撃が集中したら続けて僕達も飛び出す。
再装填が終わる前に、連中を片付けるんだ」
「……ヤバイ橋を渡る事になりますぜ」
「橋があるだけまだマシさ」

ギーシュが造花の杖を振るう。
舞い落ちた花弁が地面に吸い込まれ、その場に二体の青銅の戦乙女が出現した。
再びギーシュが杖を振るうとワルキューレは敵の前へと躍り出た。
アルビオン兵の口から漏れた小さな悲鳴を銃声が塗り潰していく。
雨粒のように降り注いだ弾丸が青銅の身体を次々と穿つ。
続いてギーシュ達も遮蔽物から飛び出す。
だが、そこに待っていたのは側面から迫り来る、別のアルビオン兵達だった。
正面にばかり気を配っていたせいか、反応が遅れたギーシュ達に向けられる銃口。
豪雨にも似た弾丸が押し寄せてくる様を想像し、不意にギーシュは瞳を閉じた。
願わくば痛みを感じる間もなく終わってくれる事を願いながら、彼はその瞬間を待った。
しかし、銃声の代わりに響き渡ったのは兵士達の断末魔だった。

咄嗟に目を見開いた彼の前でアルビオン兵達が倒されていく。
彼等に襲い掛かっているのは、手に剣や槍などの雑多な武器を持った平民だった。
その統一性のない服装は、それだけで彼等が軍人ではない事を伝える。
銃を持った兵達も平民達の数の前に容易く押し潰され、次々と槍に貫かれていく。
何が起きたのか分からないまま呆然とする彼等の上を、一隻の船が通り抜けた。


「船影を確認! 現在、船籍の確認中です!」
「バカな! トリステイン艦隊は壊滅した筈だぞ!」

慌てて駆け込む伝令にジョンストンは困惑の声を上げた。
艦隊司令が取り乱すなどあってはならないが、
それも致し方ない事なのかも知れないとボーウッドは思う。
自分達の手で確実に潰した筈の敵が出てきたのだ。
生き残りがいたとは思えないが余所から来たとも思えない。
同時に左翼で敵の増援が出現したという情報が艦橋を揺るがす。
まさかゲルマニア…いや、ガリアやロマリアという可能性も否定できない。
ボーウッドが固唾を呑んで戦況を見守る中、伝令が艦橋に新たな情報を齎した。

「船籍確認できました! トリステイン王国所属……交易船『マリー・ガラント』号です!」


突如、真上に現れた船影にトリステイン軍全体に動揺が走った。
よもや交易船が戦争に参加するなどと判る筈も無い。
あれは一体何処の所属の船だ?と騒ぎ立てる最中、『マリー・ガラント』は旗を掲げた。
だが、それはトリステイン王国の旗ではない。

「伯爵! 敵船が頭上に!」
「落ち着け。あれは確かにアルビオンの旗だが敵ではない」

詰め寄る兵に、モット伯は落ち着いた様子で答えた。
掲げられた紋章は赤地に横たわる三匹の竜。
それが示すのは『神聖アルビオン共和国』ではない。
既に失われた『アルビオン王国』の国旗。

「彼等は……友軍だ」

船に掲げられた旗の意味を余す所なく理解してモット伯は告げた。

「……どうしても行くんですか?」
「ええ。私には最期まで見届ける義務がありますから」

シエスタの問い変えに振り返りもせずコルベールは答えた。
彼が去ってしばらく後、コルベールは再び立ち上がった。
……成すべき事は判っている。
この世界を愛した彼だからこそ破滅の引き金を引かせる訳にはいかない。
彼の行動を見届け、そして自分の手で幕を引こう。

犯した罪は決して償われる事はない。
人々を焼殺した呪わしい力も失われない。
……その全てを含めて今の自分なのだ。
だからこそ背負っていこう。
彼がその身に宿した“力”と同じ様に。
過去に縛られるのではなく受け入れていこう。
そして踏み出そう、あの時から止まってしまった時間をもう一度。

「でもここからタルブなんて…」
「いえ、問題ありません」

コルベールが小屋の扉に手を掛けて両側に開く。
それを目にした瞬間、シエスタの両目が大きく見開かれた。
そこにあったのは彼女の実家で眠っていた『竜の羽衣』。
長い時を経て、戦場を駆け抜けた“竜”が目覚めようとしていた…。


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