ゼロと使い魔の書
第三話
夢を見ていた。
いつもの学生服に身を包み、風の吹く草原に立っていた。
誰かの気配がして、振り返ると自分の母親がいた。
目が合う。何を言うべきか思いつかず、とりあえず軽く会釈をした。
さびしくはない。The Bookに記憶が残っている限り、それを読み返すことができる限り、さびしくはなかった。
第三話
夢を見ていた。
いつもの学生服に身を包み、風の吹く草原に立っていた。
誰かの気配がして、振り返ると自分の母親がいた。
目が合う。何を言うべきか思いつかず、とりあえず軽く会釈をした。
さびしくはない。The Bookに記憶が残っている限り、それを読み返すことができる限り、さびしくはなかった。
琢馬は目を覚ました。窓から差し込む光はまだ弱弱しく、日の出からいくばくも経っていない。時間が分からなかったが、
洗濯をしてから自分の主人を起こしても充分だろう。
体を起こすと、見覚えの無い毛布が自分にかかっているのに気づく。自分の主人がかけてくれたのだろうか。
毛布をたたんでいる最中、ふと気になることができて、The Bookを出現させる。
自分の体験した事、そして感情が赤裸々につづられたこの革表紙の本には、読むものの魂に記述の迫真性をもってそれが「実際に起こったできごと」
だと錯覚させる力がある。
ならばもしも自分が死んでいて、幽霊の類になっているのだとしたら、この本は読む者を即死させることができるのではないか。
そして自分の身に、一体何が起こっているのか。
クレイジーダイアモンドに殴られ飛んだはずの記憶まで、何故か落丁することなく揃っている革表紙の本をめくっていく。
目的の描写までたどり着くと、躊躇することなく視線を落とした。
洗濯をしてから自分の主人を起こしても充分だろう。
体を起こすと、見覚えの無い毛布が自分にかかっているのに気づく。自分の主人がかけてくれたのだろうか。
毛布をたたんでいる最中、ふと気になることができて、The Bookを出現させる。
自分の体験した事、そして感情が赤裸々につづられたこの革表紙の本には、読むものの魂に記述の迫真性をもってそれが「実際に起こったできごと」
だと錯覚させる力がある。
ならばもしも自分が死んでいて、幽霊の類になっているのだとしたら、この本は読む者を即死させることができるのではないか。
そして自分の身に、一体何が起こっているのか。
クレイジーダイアモンドに殴られ飛んだはずの記憶まで、何故か落丁することなく揃っている革表紙の本をめくっていく。
目的の描写までたどり着くと、躊躇することなく視線を落とした。
分かりづらい記述は数回読んでやっと理解する、ということも別に少なくはなかったが、今回は何度読み返しても分からなかった。
まるで途中から別の小説のページを差し込んだみたいに、茨の館からこの世界までの記述までは、唐突に終わり、唐突に始まっていた。
復讐を果たして、新しい人生を歩もうと思っていた。ならこの状況は何も困る事ではない。後腐れが無い分、むしろ望ましいとも言える。元の世界ではつらいことがありすぎた。
結局謎は残ったが、あまり興味は無い。誰かを憎み続ける日々は終わったのだ。行きたいところに行く事はできないが、今の自分にはこれで充分だった。後は何か、生きる目的を見つければいい。
琢馬はThe Bookを閉じようとして、思い直す。
「トリスティン魔法学院 洗濯場」で検索。
→視覚情報での検索ヒット数、0件。
→聴覚情報での検索ヒット数、1件。
昨日、あの草原から石造りの校舎まで戻る途中、メイド姿の少女が自分の同僚に洗濯しに行くことを告げているのを耳にしていた。そのときの会話に、洗い場の位置についてが含まれていた。
琢馬は周囲に散らばっている服を集めると、自分の主人を起こさないように静かに部屋を後にした。
まるで途中から別の小説のページを差し込んだみたいに、茨の館からこの世界までの記述までは、唐突に終わり、唐突に始まっていた。
復讐を果たして、新しい人生を歩もうと思っていた。ならこの状況は何も困る事ではない。後腐れが無い分、むしろ望ましいとも言える。元の世界ではつらいことがありすぎた。
結局謎は残ったが、あまり興味は無い。誰かを憎み続ける日々は終わったのだ。行きたいところに行く事はできないが、今の自分にはこれで充分だった。後は何か、生きる目的を見つければいい。
琢馬はThe Bookを閉じようとして、思い直す。
「トリスティン魔法学院 洗濯場」で検索。
→視覚情報での検索ヒット数、0件。
→聴覚情報での検索ヒット数、1件。
昨日、あの草原から石造りの校舎まで戻る途中、メイド姿の少女が自分の同僚に洗濯しに行くことを告げているのを耳にしていた。そのときの会話に、洗い場の位置についてが含まれていた。
琢馬は周囲に散らばっている服を集めると、自分の主人を起こさないように静かに部屋を後にした。
その冷たく無気力な顔に、どこか見覚えがあった。
日の出とほぼ同時に目を覚ましたタバサは、ルイズがサモン・サーヴァントで呼びだした平民についてベットの中で考えていた。
もちろん、自分の考えは思い違いのはずである。理性のレベルではあんな青年を見た事はない、と結論付けていたが、どうしてもそれだけで片付けられなかった。
顔を洗えば何か思い出すかもしれない。タバサは制服に着替えると洗面所に向かった。
水を出し、手をつける。春といってもまだまだ冷たい。
濡れた手で顔をこする。眠気の残る頭がゆっくりと冴えてくるのを感じる。
そして顔を上げ、鏡を見た。
「あっ……」
何のことはない。身近すぎて思い出せなかった。見覚えのあると思っていた青年の無表情な顔は、自分の顔だったのだ。
タバサは水が滴る自分の頬をなでる。ひどい。いつの間に自分はこんなひどい顔になってしまったのか。
鏡の前で微笑んでみようとした。無理だった。数年前までは何の造作も無く行っていたことが、何度も死線を潜り抜けた自分には、無理だった。
泣きたくなった。いや、実際泣いていたのかもしれないが、まだ拭っていない水滴のおかげで泣いていないのだと自分を納得させることができた。
洗面台に両手をつく。膝が震え、呼吸が速くなる。
一体いつまで自分はこの状態で生きていかなければならないのだろう。何とかしなければならないと分かっていても、何も解決策が思いつかず焦燥感だけが積み重なっていく人生。
ふと、タバサの中で今まで夢にも思った事の無かった考えが、打ち消せない勢いで膨れ上がる。
「母を殺して自分も死ぬ……?」
タバサは傍らの杖を取り上げると、素早く呪文を唱え大量の水を頭から浴びる。
もう考えてはいけない。時間はあるが、濡れた制服はすぐになんとかしないときっと授業に間に合わないだろう。考えてはいけない。
「きゅいきゅい?お姉さまどうしたのね?」
何の脈絡も無い気がふれたような行動に、シルフィードが気遣わしげな声を上げた。
日の出とほぼ同時に目を覚ましたタバサは、ルイズがサモン・サーヴァントで呼びだした平民についてベットの中で考えていた。
もちろん、自分の考えは思い違いのはずである。理性のレベルではあんな青年を見た事はない、と結論付けていたが、どうしてもそれだけで片付けられなかった。
顔を洗えば何か思い出すかもしれない。タバサは制服に着替えると洗面所に向かった。
水を出し、手をつける。春といってもまだまだ冷たい。
濡れた手で顔をこする。眠気の残る頭がゆっくりと冴えてくるのを感じる。
そして顔を上げ、鏡を見た。
「あっ……」
何のことはない。身近すぎて思い出せなかった。見覚えのあると思っていた青年の無表情な顔は、自分の顔だったのだ。
タバサは水が滴る自分の頬をなでる。ひどい。いつの間に自分はこんなひどい顔になってしまったのか。
鏡の前で微笑んでみようとした。無理だった。数年前までは何の造作も無く行っていたことが、何度も死線を潜り抜けた自分には、無理だった。
泣きたくなった。いや、実際泣いていたのかもしれないが、まだ拭っていない水滴のおかげで泣いていないのだと自分を納得させることができた。
洗面台に両手をつく。膝が震え、呼吸が速くなる。
一体いつまで自分はこの状態で生きていかなければならないのだろう。何とかしなければならないと分かっていても、何も解決策が思いつかず焦燥感だけが積み重なっていく人生。
ふと、タバサの中で今まで夢にも思った事の無かった考えが、打ち消せない勢いで膨れ上がる。
「母を殺して自分も死ぬ……?」
タバサは傍らの杖を取り上げると、素早く呪文を唱え大量の水を頭から浴びる。
もう考えてはいけない。時間はあるが、濡れた制服はすぐになんとかしないときっと授業に間に合わないだろう。考えてはいけない。
「きゅいきゅい?お姉さまどうしたのね?」
何の脈絡も無い気がふれたような行動に、シルフィードが気遣わしげな声を上げた。