ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-92

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匿名ユーザー

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「隊長!」
「ああ、何かがおかしい」

部下の声に応えながら空を見上げる。
そこには地上を押し潰さんばかりに降下を続けるアルビオンの大艦隊。
風竜の変貌によって混乱が生じたのか、それとも痺れを切らして決戦を仕掛ける気か。
だが何故、このタイミングで仕掛けてくる?
連中が動き出したのは風竜が戦艦を襲い始めてからだ。
それも旗艦ではなく後方に待機していた艦。
既に何隻もの艦艇を沈められた今、取り立てて騒ぐことではない。
生き残った艦隊で固まって敵の襲撃に備えればいい。
そもそも風竜はあの艦に目を付けたのだろうか?

「竜騎士隊、前進! あの艦に取り付くぞ!」

判らないなら確かめればいい。
何も無いなどという事は有り得ない。
いや、予感があった。そこには我々が打ち倒すべき者がいると。


「敵艦隊、降下を始めました!」

もはや長玉で確認する必要もなく、木造の巨体が雲を突き抜けてその姿を晒す。
まるで天井が迫ってくるようにも見える軍勢を前に兵士達は慄いた。
“光の杖”の援護はもう無い。自分達だけであの艦隊を倒さなければならない。
降り注ぐ砲弾の雨を想起して銃を持つ手が震え始める。
その手にあるのは、敵に比べてあまりにも貧弱すぎる力だった。

「好都合だ」

凛と響いた声に彼等は落としかけていた視線を上げた。
艦隊を真っ向から見据える金髪の女隊長がいた。
恐怖に揺らぐ事なく敵を映す澄んだ瞳。
怯えや焦りを感じさせない声でアニエスは命令を下した。

「敵が近付けばこちらの砲も届くはずだ!
今すぐ大砲を掻き集めろ! 敵の物もだ!」

兵士達が固唾を呑んで彼女の声に耳を傾ける。
彼女とて現状の戦力差が判らない訳ではない。
なのに逃げ出そうともせずに彼女は立ち向かう。
圧倒的な力を前に最後まで力の限り抗おうとしている。
その姿は如何なる勇を鼓舞する言葉よりもずっと雄弁だった。
足の震えが止まり、兵士達は彼女に命じられるままに動き出した。

「決戦だ! これで終わりにするぞ!」


敵陣から響く勇ましい女性の声に老士官は笑みを洩らした。
無謀だが勇敢で誇り高い彼女らに敬礼の姿勢を取る。
明日を担うのは彼女のような若者達だ。
まだそういう人間がいるのなら未来はそう絶望的でもない。
出来れば、この戦を生き延びて欲しいものだと願う。
しかし彼には戦の趨勢を左右する事は出来ても、
個々の兵士の生死を決める事は出来ない。

「艦隊の着陸に備え、村の残骸を撤去。降りられそうな平地も片付けておけ。
前線の部隊を呼び戻し、着陸してから乗員が下船するまでの間の防衛に当たらせろ」

淡々と命令を下して彼は一息ついた。
閉じた瞼の裏に浮かぶのは血と悲しみに満ちた戦場跡。
このハルケギニアの地にはどれだけの血が染み込んでいるのだろうか。
思い馳せようとも至らないほど長すぎる戦いの歴史に老士官は押し黙る。
しかし、この戦いはこれで終わる。
どちらが勝つにせよ、どのような形になろうともだ……。


神聖アルビオン共和国皇帝・オリヴァー・クロムウェルは、
果たしてどのような心境でその音を聞いていたのだろうか。
“虚無”を騙った自分に神罰を下さんとする始祖の足音か、
それとも断頭台の刃を持ち上げていく縄の軋む音か、
あるいは世界が足元から崩れ去っていく音だったかもしれない。
恐怖に凍りついた彼等が見上げるのは悲鳴にも似た音を奏でる天井。
薄い木板を挟んだ向こう側には怪物がいる。
それは明確な形を帯びた、自分の死そのもの。

メキメキと音を立てて引き裂かれていく内壁。
そこから僅かに覗く鮮明な蒼と金色の瞳。
“バオー”とクロムウェルの視線が交錯する。
確かにクロムウェルの耳には、言葉ではない“バオー”の声が聞こえた。
“見つけたぞ…!”
憤怒と憎悪に満ちた呪いじみたその響きに、クロムウェルは戦慄した。
指の一本とて動かせず、悲鳴さえも上がらない。
そんな事をすれば次の瞬間には自分は死んでいる。
死の確信が恐怖と共に彼の脳裏に刻み込まれていた。


瞬間、艦に大きな衝撃が走った。
“バオー”の背中から立ち昇る煙。
雄叫びを上げながら振り返った先には一隻の船。
その舳先には巨躯とそれに見合った巨大な鉄の杖を構える男。
光を失ったメンヌヴィルの瞳が“バオー”を捉える。
放たれた火球が炸裂し“バオー”の身体を包み込む。
焼き剥れていく鱗と皮膚。肉の焦げる悪臭が辺りに立ち込める。
鋼鉄さえも溶解させる炎を幾度撃ち込んでも死なない怪物。
それを前にメンヌヴィルは歓喜に満ちた表情を浮かべた。

「素晴らしい、素晴らしいぞ化け物!」

まるで新しい玩具を見つけた子供のように彼は沸き立つ。
“炎蛇”と呼ばれた男を見つけるまでの退屈で苦痛な時間を、
暴力の化身ともいえる“バオー”との戦いが忘れさせてくれた。
振り上げたメンヌヴィルの杖の先に浮かぶ業火。
未だに黒煙を上げる火傷跡に再び炎の塊が命中する。
臓腑を焼き尽くさんばかりの熱に“バオー”は悲鳴を上げた。
如何に進化を遂げようとも彼の弱点は決して克服されない。
このまま炎を浴び続ければ確実に焼け死ぬだろう。
今も自身を焼く炎はそれほどまでの脅威なのだ。

“バオー”の標的がクロムウェルからメンヌヴィルへと移る。
殺意を感じ取った“白炎”の口元に笑みが浮かぶ。
大気を震わせる雄叫びが恐怖とそれ以上の興奮を掻き立てる。
猛り狂う感情が快感のように全身を駆け巡る。
怪物に叫び返したいのを堪えてメンヌヴィルは詠唱を続ける。

クロムウェルの艦から“バオー”が離れる。
この距離で“ブレイク・ダーク・サンダー”を放てば他の人間を巻き込む。
かといって焼け落ちた鱗では“シューティング・ビースス・スティンガー”は撃てない。
だからこそ“バオー”は舳先ごと直接メンヌヴィルを打ち砕こうとした。
しかし、その思惑は万雷にも似た砲声によって掻き消された。

「撃ぇい!」

ボーウッドの号令一下、並べられた砲門が連鎖するように次々と火を噴く。
百近い大砲から撃ち出される千を超える散弾。
降り注ぐ鉄の雨が翼と身体に風穴を開けていく。
分泌液の修復が追いつかず、避ける事も防ぐ事も叶わない。
ボーウッドはずっと“バオー”が離れる一瞬を待っていた。
降下していくクロムウェルの艦と付かず離れずの距離を保っていたのもその為だ。
艦隊の全ての砲口は既に“バオー”へと向けられていた。
肉も骨も削り取られていく怪物の姿に船員達は歓声を上げる。
しかし砲撃を指示する彼の内心は複雑だった。
クロムウェルはこの戦争の元凶と言ってもいい人物だ。
それを守らなければならない自分の立場に疑問を感じずにはいられなかった。
だがアルビオンには指導者が必要なのだ。たとえ、それがどのような人物であろうとも。
貴族達が利権を争い、アルビオンを割って争うような事態だけは避けねばならない。

「……終焉が目に見ているというのにな」

それでも、それを一刻でも遅らせるのが私の務めだ。
誰の為でもない、自分とアルビオンに生きる者達の為に。


「余計な真似を! 俺の楽しみを邪魔するな!」

白煙をたなびかせる艦隊を見てメンヌヴィルは叫ぶ。
しかし砲声は止むことなく鳴り響き、彼の怒声を遮る。
返事の代わりにやってきたのは伝令を携えた竜騎士。
“砲撃で弱った怪物を仕留めろ”
それがメンヌヴィルに下された命令だった。

苛立ちを隠し切れない傭兵部隊の隊長に恐怖を感じながら、
役目を終えた竜騎士が母艦へと引き返そうとする、その刹那。
彼と彼を乗せた火竜は灼熱の炎に包まれて爆散した。
杖を振るった姿勢で荒い呼吸を繰り返すメンヌヴィルに部下さえも慄く。
獲物を横から奪い取られた彼の憤慨は誰にも理解する事は出来ない。
だが、ここで命令に背いて艦隊に戦争を仕掛けるほど彼は壊れてはいない。
如何にメンヌヴィルの腕が立とうとも、ここは空の上。
無数に降ってくる砲弾から船と自分を守るなど出来るはずもない。
ここで倒れるわけにはいかない理由が彼にはある。
“炎蛇”との再戦。それを果たすまではメンヌヴィルは死ねない。

杖を掲げて彼は命令を実行に移した。
久しぶりに出会えた“遊び相手”に心躍らされたのも一瞬。
また宿敵を見つけるまでの退屈な時間が始まるのだ。
悲しみと憤りの入り混じった感情が捌け口を求めて炎に変じる。
メンヌヴィルの巨躯さえ霞んでしまう巨大な火球。
それを放とうとした瞬間、彼の身体が動きを止めた。

不審がる部下にも構わず、彼はあらぬ方向へと視線を移す。
その視線の先には広大な森が広がっているのみ。
僅かに立ち昇る煙がそこで戦闘があった事を告げていた。
そこから戦いを終えて去っていく一人の男にメンヌヴィルの目が留まった。
彼はその“熱”をハッキリと記憶していた。
否。忘れようとも忘れられない。
文字通り、敗北と共に脳裏に焼き付けられたのだ。

「………貴様は」

じくりと火傷跡から熱と痛みが込み上げる。
まるで、この傷を負った時を思い出すかのように。


「こちらです! お急ぎください!」

船員がクロムウェルを甲板へと誘導する。
脱出する際の危惧であった“バオー”は艦隊が食い止めている。
もはや落ちていくだけの艦に留まる理由は無い。
息せき切って怠惰に慣れた身体に鞭打ちながらクロムウェルは走る。
そして彼は棺桶と化しつつあった艦内から外へと飛び出した。

目いっぱい広がる青い空と吹き抜ける風。
いつ押し潰されるとも分からなかった艦内とは違う。
クロムウェルは生き延びた実感を身体中に感じていた。

その彼の視界を一匹の火竜が遮った。
風圧を直に受けてクロムウェルの顔が顰められる。
護衛の竜騎士だろうが皇帝に対してあまりにも無礼な態度。
いつもの余裕に満ちた態度を忘れ、怒鳴りつけようとした瞬間。
クロムウェルの身体を駆け巡る血が凍りついた。

殺意はおろか鬼気さえも感じる瞳。
生々しい傷が幾重にも付けられた身体。
そして騎竜の紋章は神聖アルビオン共和国のそれとは違う。

「見つけたぞ…! 逆賊オリヴァー・クロムウェル!」

既に失われた王国の紋章を掲げる竜騎士が叫ぶ。
それに合わせて火竜も咆哮を上げながら吐息を放った。
炎を浴びせられた脱出艇が炎上し、地上へと落ちていく。
脱出の望みが潰えていく様をクロムウェルは両の眼で見た。

「陛下、戦友、同胞、散った者達の無念が俺を導いた!
俺はここだ! ここに……貴様の前にいるぞクロムウェル!」


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