ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロの騎士01

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは焦っていた。
 背後から注ぐ、うららかな春の草原には似つかわしくない、憐憫と嘲笑に満ちた視線に、肉体的な痛みすら覚える。
 ……あと何回失敗が許されるだろうか。いや、そもそも失敗などありえない呪文が、一度ならず二度までも爆散しているこの状況が既にヤバい。
 留年、という文字が脳裏をよぎる。いやいやそれはない、それこそありえない。
 公爵家の息女が留年するなど末代までの恥だ。
 そうでなくとも既に上から、行かず後家、貧弱!貧弱ゥ!、と揃ってしまっているのだ、そこに落第が加わったら目も当てられない。
 血脈に止めを刺したヴァカ、として歴史に名を残してしまう。そして間違いなく『あの人』の逆鱗に触れる。ゾッ、と背筋が冷たくなる。
 杖をつかむ手が、ぬるり、と滑る。失敗したらあらゆる意味で最後だ。生きていたいなら、成功ッ、それしかないッ! 一生に一度くらいは成功させろォォ、このクサレ脳ミソがァ――

 ――ッ! 我が名はルイズ・フランソワーズ・ル!・ブラン・ド!・ラ!・ヴァリエールッ!、五つの力を司るペンタゴゴゴゴォン! 我のッ! 運命に従いしィ! “使い魔”をォッ! 召喚せよォォォ!」

 ドグオオオン!

 絶叫そして爆発。違う。これまでとは明らかに違う規模の爆発を、その爆風を全身に感じる。
 これは来た。来たな。来ないはずがない。舞い上がった土煙をかき分け、爆心へ向かう、その足取りが先ほどまでの己のものとは思えないほどに力強いことに気づく。
 確信の笑みがこぼれる。何が出てもかまわない。見栄えのする幻獣など端から望んでいないし、もはや生物であることさえ望まない。何であれ、そこに在りさえすればいいのだ。
 留年さえ回避できれば、あとはどうとでもなる。

 すり鉢状のクレーター。その中心に着いて跪く。カッと見開いた眼が“それ”を探して左右を睨み、再びその中心へ戻ったその時、それは地表より五サントほど上の空間から出現した。
 銀色の円柱が何もない空間から現れる。髪型を模したものだろうか。
 やがてそれに吊られるような格好で、やけに広い額につながった眉のない奇妙な人面に、奇怪な意匠の眼帯を施した彫像が盛り上がってくる。背景が透けているのは、これが実体ではないということだろうか。

 生首。生首、のようなもの。が、宙から生えた。これがその状況である。
 しかしヴァリエールはうろたえない。『これ』が『それ』ならば、そは我が運命。異形なればこそ我が使い魔にふさわしい。
 先ほどまでの焦燥を微塵も感じさせない、落ち着いた口調で契約の呪文を唱えると、ルイズは生首に口づけをした――

 「――それでいい……ジョルノそれでな……それが生き残った者の役目だ……行こうか……コロッセオに…………っておいっ、何だこれは! おい! ジョルノ? ミ、ミスタ? トリッシュ? おーい。誰か?」

 ジャン=ピエール・ポルナレフは困惑していた。己の分身であるスタンドを失い、次いで身体そのものを失い、残ったのは亀にしがみつく魂、という末路を辿るはめになった死闘がやっと終わったのが今、だったはずだ。それがどうして……
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
 何か来る。桃色の髪をした怖い人が来る。唇を突き出して。何だこれは。来るなッ、オレのそばに近寄るなあーッ。しかし運命は無情、契約は成された。そして――


 ジャン・コルベールは絶句していた。彼女はいったい何をしているのだ。爆発は理解できる。爆発はいつものことだ。だがそのあとがおかしい。
 なぜ彼女は左手を押さえて転げまわっているのだ? あ、起き上がった。何やら誰かと話しているようだ。
 やがて納得と得心がいったのか、自信満々の威容でこちらに向かってくる。
 ふむ、どうやら混乱も落ち着いたようで、いやそもそも誰もいない空間と会話するありさまについて、それはどうなのかとツッこみたいが……


 彼女は誇らしげな笑みを浮かべつつ、コルベールに左手を差し出して言った。
「成功しました! 彼はポルナレフ。ジャン=ピエール・ポルナレフです!」
「私は幽霊だとか言ってますけど、召喚して契約できたのだから問題ないですよね?」
「あと、なぜか使い魔のルーンがわたしの左手に刻まれてしまったけど、幽霊なら仕方がないですよね?」
 この左手が何だというのだろう。ルーン? どこに? どうみてもただの左手では……

「ミスタ、どうかしました? わたしの使い魔に、何か、問題でも?」
 じろり、とコルベールを見上げるその眼差し! こ、この、小娘にあるまじき眼光には、問答無用で己を認めさせる『凄み』があるッ。ここは『退く』のだ……この『恫喝』から身を隠し復権の機会を待つ……ここで一時『退く』のは敗北ではない……!

 コルベールの宣言により、『誰にも見えない』使い魔が正式に認証され、最後の一人であったルイズ・ラ・ヴァリエールの召喚の儀が終わり、その場は解散となった。
「さすがゼロのルイズッ、使い魔まで見えない! それすなわち『ゼロ』!」
「おれたちにできない事を平然とやってのけるッ、そこにシビれない、あこがれない。むしろ引く」
「腐ってやがる……早過ぎたんだ」
 だのと、ずいぶんな言い草を喰らったり、それを誰がそれを吐かし、誰がそれに賛同したのか、と。帳面に執行令状をしたためるルイズの姿があったとか、なかったとか。


『うむ、それについては先ほど説明した通りだ。私は既に死んでいる』
「まあそれは見れば判ることだし、それはもう仕方のないことよね」
『そうだ。だから物理的に君の役に立つことはできないだろう』
「それも判る。それは構わない。それでもあなたには『知識』、それも幾度となく死線をくぐり抜けた者のみが持つ知識、経験、それがある」
『ああ、だからこの世界、そして他ならぬ君に呼ばれたのだろう』
「全てを、その全てを教わりたい。あなたとあなたのいた世界、そしてその『スタンド』の知識を、経験を」
『それに吝かでないが、しかし君は、私のこの血塗られた運命を、果たして必要とするのか?』
「それはわたしが判断します。この世界に存在しない力、私はそれが欲しい」
『すまないが、たぶんそれは無理だと思うよ。基本的にこれは生まれついてのものだ。特殊な血統による発現と、あの『鏃』によって強制的に発動させられることはあるが、それもこの世界にはないだろう。そしてその先にある『更なる力』を得るためには、『既にそれを持っている』ことが条件になる。制約が厳しいのだ』
「鏃、ですか。まあいずれ見つけられたら、試してみましょう」
『や、ちょっと待て。その鏃が行うのは二つに一つ、能力を得るか死ぬか、そのどちらかでしかない』
「上等。この世界の貴族として魔法の行使力を持たない私には、既に存在価値がありません。死ぬか得るか、その機会があるだけでも僥倖と心得ます」
『そうか、それほどの覚悟、君の命がけの行動ッ! 私は敬意を表するッ! 機会があれば必ず応えよう』
「ありがとう、ポルナレフ」
 それが、契約の日に交わされた彼女と『彼』の約束。血みどろの道を進むことになる、二人の出会いであり、破られなかった契約の刻まれた、記念すべき一日の始まりと終わりである。


 学院の朝は早い。起床と洗顔、洗濯を済ませ、朝食の場に集う。これに間に合わなければその日の一食を失う。怠惰な者に食を得る資格はない。
『おい、起きろよ。ルイズ。もう朝も遅いぞ』
 挙手、の格好で挙げられた左手から声がする。寝相の悪さがこの淑女の特徴らしい。
「……ん、うふん。ふが。うううんー、眠い」寝言で眠い、だと。どんだけフリーダムなんだこの小娘は。ありえん。
『起きろー、ねぼすけー』物理的な干渉のできないポルナレフとしては、声を(聞こえているのかどうか、怪しいが)かけるのが精一杯だ。無理だよなあこれは。
 そこで現われたる褐色の美女。何とも凶悪な迫力が胸にある。ポルナレフはこの時ほど肉体を失った後悔を、実感したことはなかったそうな。
『ブラボー! おお……ブラボー!』
「起きなさいよー、ルイズー?、朝よぉ?」
「ふが。ふがが?」
 がくがくがく。ルイズの身体が上下に揺すられる。しかしそれでも目覚める様子がない。大したものだ。
 まあ、どちらも慣れたもののようだから、これが毎日のイベントなのだろう。しかし無念だ。手が、この手が実体を持たないのが無念だ。

「ポルナレフ! あなたもなんで起こしてくれないのよ!」
『いやいや、起こしてるぞ。私の全力で』
「はぁ、誰よポルナレフって?」
「くそう、片方が幽霊だから話が通じない!」
『まあほら、私の声もルイズにだけは届いているのだから、聞こえたら起きるといいぞ』
「うるさいうるさい、うるさい!」
「幽霊って何よ! 何よ何よ!」
『見えないというのも、便利なようで不便なものだな』
 三人が並んで食堂へ向かう。少し急いだ方がいいかも知れない。


「あんた! 死ぬまで、そして死しても戦った騎士の誇りが、この乳牛に屈するというの!」
 食堂に着いても会話は踊る。なぜか本題が胸の威力・貴賎を問う形になっているが。
『いや、それとこれとは全く、完全に、別だ。私のそもそもの性質は大の女性好きだ。依然変わりなくッ! ああ、でも大きさは重要ではないぞ。大きさは。世界が求めるのは即ち、形と位置だ』
「ち、ちちうしとは失礼ね! これは女性的魅力の権化、全ての男が平伏する絶対的存在よ! ていうかさっきから誰と話してるのよ!」
「うううるさいわね! そんなことは聞いてないのよ! で? どちらが上だと?」
『そ、その質問に答えるのは難しいぞ。わ、私はそのどちらをも、視認したことがないのだから、な』
「嘘だ!」
『ぷー』
「これは『嘘』をついてる味だぜ。間違いねえ」
どこか、ネアポリス辺りのチンピラが吐かしそうな台詞だ。怖い。
「お風呂」ギクッ。
「左手に憑いたあなたと一緒に、入浴したわよねえ」
「誰が一緒だったって?」
『いや、断じて君の生まれたままの姿を拝んではいないぞ。約束した通りだ』
「鏡に映る『それ』も?」ギクッ。
「だから誰が、あの難攻不落の要塞に忍び込んだっていうのよ!」
 それは大いなる勘違いだ。彼女の使い魔は誰にも見えないし、もっとも身近なところにいるのだから。
「答えなさいよ。わたしとこの女の胸、どちらが魅力的なのよ!」
「……だから。あんた一体、さっきから誰と話してるのよう」
『スマンがそれは私だ。君には見えない』
「いま大事なところなんだから! いいから答えなさい!」
 さっきのブラボーが聞こえてないことを祈るぜ相棒!
『私は美乳が好きだ。美乳とは程よい位置に君臨する、決して大き過ぎなくそして小さ過ぎない、なだらかな円形をやや高めの位置にましまし、その頂に桃色の小さな突起を纏う霊峰。それは……』
「ややや、や、やらしいのよ何よ何よその微に入り細に渡るおっぱいソムリエ並みのおっぱい賛歌は!」
 ドグシャア、と左手に生える銀髪に黄金の右が炸裂するが、残念! ポルナレフは既に幽霊ッ! 見事に空振る軌跡!。ポルナレフは既に死んでいることに感謝した。
「誰がおっぱいソムリエよ! 私のこれを賞賛されることはあっても、人様のそれを云々する趣味はないわ!」
「え? ああ、あなたの事じゃないのよ。この幽霊が……」

 その単語にびくりと身を震わせた少女が、同じ食卓の隣にて突然の尿意を催したのは、幸い、誰にも知られることがなかった。





 眼前に現れた六体のゴーレムを睨み、ルイズが問う。
「ポルナレフ、アレどうにかできると思う?」
『おお、何だか懐かしいな。私のチャリオッツも甲冑を纏っていた。ま、アレよりは遥かに趣味の良いデザインだったがな』
「昔語りはあとで。いま必要なのはアレを倒す方法よ」
「……ルイズ、君はいったい誰と話しているんだい? 大丈夫か?」
「うるさいわね、ギーシュ。ちょっと黙ってなさい」
『そうだな、まず第一の答だが、君が対する必要があるのはあの甲冑ではない』
「どういうこと?」
『目標はあの小僧の杖。そして必要なのは、今日の授業で君が使った『錬金』の呪文だ。
甲冑どもの攻撃を回避しつつ、奴の杖に意識を集中させ――』
「――そして爆発させる。イイわね、気に入ったわ」
『回避の指示は私が出す、君はその通りに動いてくれ。いいか、ためらわずにだ』
「了解!」

「待たせたわね、ギーシュ・グラモン。さあ、掛かってらっしゃい」
 杖を握る手に力を込める。鈍器として充分な破壊力を持ったそれは即座に『武器』と認識され、左手のルーンがまばゆく光る。もっとも、その光はルイズとポルナレフのほかには見えないのだが。
「かかれっ、僕のワルキューレ! 生意気なルイズをフルボッコだ!」
 先頭のゴーレムがルイズに向けて拳を振り下ろす。喰らえば骨の一本も折れそうな豪腕パンチだが、既にそこにルイズの姿はない。
 右翼のゴーレムが水平に腕をなぎ払う。左翼のゴーレムが必殺の突きをくり出す。
 三列目のゴーレムが同時に袈裟懸けの手刀。しかし当たらない。それもそのはず――

 ――ガン=ダールヴの最大の特徴は、武器を手にすれば飛躍的に戦闘力が上がる事とされている。ガン=ダールヴは基礎の動きをマスターするだけで、攻撃力は少なくとも一二〇%上昇。また一撃必殺の技量も六十三%上昇する――

 辛酸をなめ尽くした果てに手に入れた、ルイズのこの『能力』。加えて、かつて十年の修行を経て、そして数々の死闘から生還(?)した、最速のスタンドを行使していた男が指示を出しているのだ。
 所詮、実戦経験のない小僧が遠隔で操作するゴーレムが、ついて来られる速度ではない。

『集中は整ったか?』
「できた。今」
『よし、では決め台詞だ』
 残像すら見える速度で回避を続けていたルイズが、ギーシュの正面に静止して宣告する。
「さあ、侵攻と攻撃を開始しよう。自覚と覚悟はいいかね? グラモン」
『ちょ、我が名は……の方じゃないのかよ?』
 自信満々の攻撃がことごとくかわされ、呆然の体のギーシュの持つ、杖。バラの造花をかたどったその杖に、ルイズの杖がゆっくりと下ろされ、触れた。

 ドグオオオン!

 理解不能! 理解不能! 理解不能! という表情でブッ飛ぶギーシュ。かたや爆風にたじろぎもせずに仁王立ちのルイズ。誰の目にも勝者は明らかだった。『ゼロ』のルイズが『二股』のギーシュを下す、の報が学院を駆け巡った日の、これがその記念すべき瞬間である。


「剣を教えて欲しいの」
『おお、そう来なくてはな、ルイズ。私の得意分野だ。かつて私が学んでそして振るったこの経験を全て伝授しよう。そう、全てをだ』

 そんなわけでトリステインにある武器屋にやって来たのだ。
「貴族が剣を! おったまげた!」
「そうよ。何か、問題でも?」いつものように『凄み』で睨みをきかせると、店主がまるで歴戦の兵に相対したかのように緊張する。
 ある意味それは間違っていないのだが、どちらかというとその本体の方が恐ろしいのがこれがまた。
「いえ、滅相もありません。生意気言ってすみませんでした」
「大きくて太いのがいいわ」
『ルイズ、そのルーン頼りでは長時間の戦闘は不可能だぞ。大きくて太いのの他に、片手で扱える小剣を二本、それと投げナイフを一揃え、これが私のおすすめだ』
「……なるほど、確かにそうね」
「では店主、大業物を一振りと脇差を二振り、それとこの店にある全ての飛苦無を頂こう
か」
「はっ、お待ちを」
 そこで外野から野次が飛ぶ。店内にはこの三人しかいないはずだったのだが。
「おいおい、その姉ちゃんがそんだけ使うってか? ありえねえよ常識的に考えて!」
「おいデル公、失礼なことを言うんじゃあない!」
「これは?」
「いえ、そこに刺さってる剣なんですがね、これがいわゆるインテリジェンスソードって奴でして」
『なん……だと……』
「へぇ、それは珍しいわね」なぜか動揺するポルナレフを無視して続ける。
「はあ全くで。ただこれがどうにも口が悪くていけませんでして、買い手もつかないまま錆朽ちている、まあ何というかボロ剣ですハイ」
 ほほう、と、声のした方に向かい、やがて一振りの剣をつかみ出すルイズ。
「先ほど生意気な口を利いたのは、貴様か」
「うおっ、あんた『使い手』だったのかい。スマン、さっきのは失言だった」
「あぁ?」そこでまた繰り出される『凄み』! デル公はふるえている。
「生意気言ってすみませんでした」
「ま、いいから。ちょっと来なさい」
 借りるわよ、と店主に声をかけ、剣をつかんだまま外に出る。薄暗い路地裏、都合もよく人目はない。ルイズは右手に杖を掴み、左手のデル公を無造作に転がす。

「小便は済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋のスミでガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOK?」
「あ、ああ、あう、あ」
「そうね。ちょっと時間が掛かるのが面倒だけど、『錬金』の呪文を差し上げようかしら

 錬金、と聞いてデル公の比喩的な頬が緩む。
「ククク……甘いぜ嬢ちゃん。この齢六千年のデルブリンガー様に掛けられた『固定化』の呪文、そこらの棒切れと一緒にされてはな……クククッ」
 詠唱と共にゆっくりと振り下ろされる杖、デル公の比喩的な笑みは崩れない。しかし、その甘い、甘すぎる予想は爆発と共に瓦解する。

 ドグオオオン!


「ぐおあっ?」何が何やらわからない衝撃に、がらんがらんと転がされる。柄が吹き飛んで砕け散る。
 生まれたままの姿を晒しつつ、デル公はいま、かつてない比喩的な痛みを感じている! 何だこれは。剣であるこの俺様が『痛み』を感じるだとッ! ありえない!
 誰なんだこの男は!
「いま、何と?」
「へ?」
「誰が男だって?」
「あら、口に出てましたぁ?」
「よし。うぬの『覚悟』、しかと覚えた。なればさらに『長い』呪文にて仕ろう」
「え?」
 じと、と比喩的な冷や汗が比喩的な首筋を伝わるのを感じる。その威力はッ、もしかしなくてもおそらく間違いなくッ、呪文の長さに比例して……
「サモン・サーヴァントだッ!」
「いやああああああぁぁ」
「……我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし使い魔を召喚せよ……」

 その日、王都に超弩級の爆音が轟いた。

『しかし丈夫な剣だな』
「見てくれは散々だけどね」
 辺りの惨状と同程度に薄汚れ、端々がズタボロのように欠けているそれは、もはや剣と称するにはおこがましい。
「なまくらと申したか」
「どう見てもなまくらじゃない。その錆まみれでブッ壊れたありさまは」
 と、その刀身がまばゆい光に包まれ、その中から不吉に鈍く輝く人切り包丁が現れた。
「これがおれの本体のハンサム顔だ!」
「しかもこの本体の性能はッ! 魔法を吸い込むことができるッ! 吸い込んだ魔力の分だけ使い手を操ることができるッ! こわれないぞ」
 操る、のくだりでポルナレフが過去のトラウマを刺激されたのか、のけぞるような格好になる。心底いやな思い出のようだ。
「気に入ったッ! わたしの『爆発』に耐えたその刀身、およそいかなる打撃にも耐えるであろう。受け太刀はいかんと言っていたが、ポルナレフ? これならばどれだけ受けても構わないのではないか?」
『……う、うむ。本人もこわれないと言ってるしな。いいんじゃないの?』
「では買おう。デル公とやら、よく仕えるがいい」
「あ……う……よ、よろしくです(くそッ余計な自慢するんじゃなかったー)……」

 ――大きいもの。硬いもの。雄々しいもの。それは、ルイズ・ラ・ヴァリエールのデルフリンガーである。
 ポルナレフの剣技と、ヴァリエールの爆発と衝撃が、ハルケギニアを大きく震わす。二人、男の太さを競う――


 初めに長く二回、それから短く三回……
 ルイズの表情が急に張りつめる。音もなくベッドから降り立つと、やはり音もなくドアの死角へまわる。やや腰を落とし、水月に拳を構え、静止する。

「プリンセスアンロック!」
 絶大の衝撃を受けたドアが吹き飛ぶ。一瞬の踏み込みで室内に現れた人物――黒いフードに隠れ、その顔を窺うことはできない――が、ルイズの構える死角に、迷わず貫き手を繰り出す。一撃が必殺の威力を持っている。つかまれた瞬間に関節が『ありえない方向』に曲がる、それは既に確定している。しかしヴァリエールはうろたえない。
「蒼天鳳翼固め!」
 極められたら決して逃れられない、大戦鬼の技が炸裂する。しかしッ、異常な身体能力が技の隙間を抜け、間合いを取り戻す。
 この距離、この近さ、どちらかの技が極まればすなわち決着ッ! しかし意外! ふっ、と双方が構えを解き、破顔する。

「フフッ、衰えてはいないようね」
「姫さまこそ『王者の技』の冴え、さらに磨きがかかっておいでの様子、嬉しゅうございます」
「ふわふわのクリーム菓子、ドレス、お姫さま役……あなたとわたくしの間にはつねに闘争がありました。わたくしのプリンセス金剛拳と、あなたのヴァリエール流葬兵術、決着にはついぞ至りませんでしたが……」
 肉体言語で語りあった日々を楽しげに回想する二人。
『物騒な思いで語りだな、おい』
 無数の死線を潜り抜けてきた騎士にしても、その光景は異様なものと映ったようだ。


「わたくしは国策として、ゲルマニア皇帝との婚姻を結ぶことになりました」
 ビキッと奥歯を噛む音が響く。
「だが……第一位王位継承権者が他国へ嫁ぐなど、言語道断ッ。わたくしはこの状況を打破するべく、アルビオンへ向かいます」
「!」
「アルビオン王党派の即時撤退、トリステイン国内にて亡命政府の樹立、そして皇太子ウェールズ・テューダーとわたくしが婚礼を果たし、トリステイン=アルビオン王国を建国するのです。これで内政干渉のそしりを受けることなく、アルビオン大陸の併呑に取りかかれます」
 アルビオン王国が崖っぷちに立たされるまで、機会を待っていたというのか、この人は。老獪、プリンセスにあるまじき老獪さ!
「時は満ちたのです。この偽りの仮面をはぎ取り、天下布武を掲げる日が来たのです」

「しかし、全てはアルビオン王党派が王家の正統性を失うことなく、この国への撤退を完了させてから、のことです。
しかもこの行動にトリステイン王国は『公式には』関われません。彼らが正式に亡命を申し込み、それをわが国が正式に受諾するまでは。したがってアルビオン王国へはごく少数の者のみが、潜入することとなります」

「そのための準備は今日、整いました。老オスマンより徴発したスキルニルが、わたくしの影武者を勤めます。わたくし自身は得意の変装をもって『さる人物』に化け、『あること』を行います。そして」
 往年の『スゴ味』もそのままの、ブッ殺したような視線をルイズに向け、
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、わたくしと共にあなたも来るのです」
「ククッ……成長されましたな、姫さま。おもしろい! やはりあなたはおもしろい!このルイズ、地獄の底までお供をしましょうぞ! 」
「ありがとう、あなたなれば必ずそういってくれると信じておりましたよ。……そしてあなたと共にわたくしの右腕として、盾として立つもののふを紹介しましょう」
 と、軽く視線をやってささやく。
「アニエス?」
「はっ、ここに」するりとドアを抜け、歩み寄った人物がアンリエッタに跪く。どうやら護衛のようだ、が、腰には杖ではなく剣が下げられている。


「我々が行うのはまず撤退戦です。殿はわたくしとあなた、そしてこのアニエスともう一人、『ある方』が受け持ちます。敵はおよそ五万、不足はないでしょう?」
「五万!」
「その五万のどこかに、あなたの仇もおりますよ、アニエス」
「先日、リッシュモンを罷免して追放しました。レコン・キスタに通じた彼が、貴族派に合流したのは間違いないでしょう。そしてその男こそが、ロマリアの手先として『虐殺』を命じた張本人です」
「!」
「わたくしの与り知らぬところで行われたとはいえ、王権に携わる者としての責任、重大と心得ます。かの地にてリッシュモンへの仇討ち、これは全ての任務に優先して構いません。彼を発見次第、護衛の任を解きます」
「殿下……」
「ま、あのすくたれもののことですから、陣の奥深くから動くこともないとは思いますが、あなたの草が必ず見つけてくれると、わたくしは信じていますよ」
「……必ずや!」
「ああ、でも決して死んではなりませんよ。あなたはこれから、わたくしと共にあなたの仇の首魁、ロマリアを討たねばなりませんからね」
「おおお、殿下ッ! このアニエスッ! 決して、決して、死なずにッ! 殿下の下に仕え、覇道の露払いをいたしますぞ!」
「それでこそわたくしの騎士、全ての怨敵を誅滅して、この国に、この世界に、正義を打ち建てるのです。見敵必殺、それがわたくしの命令です。そして正義は、絶対に、一度として、負けてはなりません」

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