「船長! 左舷後方に船影です!」
「ありゃこっちと同じ、貨物船だな。こんな時間に出会うとは、珍しい」
「どういうこと?」とルイズが会話に割り込む。
「出航する時に言ったとおり、風石ってのはえらく高くつくもんでしてね。風石を多めに
使っても構わない程の、よほど貴重な荷を運んでるんでもないと、こんな時間にこの辺り
を船が通る訳がねえんですよ」
「なるほどねえ」
「ま、あっしらがここにいるのは、あのおっかねえ姐さんに脅されて無理やりなんで、風
石の不足分は何とかしていただきますぜ。でないと全員仲よくお陀仏ですからな」
「そりゃ大変よねえ」
「ですから早いところ、あのメイジの方を起こしてもらって、風の魔力の方を一つ……」
「ありゃこっちと同じ、貨物船だな。こんな時間に出会うとは、珍しい」
「どういうこと?」とルイズが会話に割り込む。
「出航する時に言ったとおり、風石ってのはえらく高くつくもんでしてね。風石を多めに
使っても構わない程の、よほど貴重な荷を運んでるんでもないと、こんな時間にこの辺り
を船が通る訳がねえんですよ」
「なるほどねえ」
「ま、あっしらがここにいるのは、あのおっかねえ姐さんに脅されて無理やりなんで、風
石の不足分は何とかしていただきますぜ。でないと全員仲よくお陀仏ですからな」
「そりゃ大変よねえ」
「ですから早いところ、あのメイジの方を起こしてもらって、風の魔力の方を一つ……」
その肝心のメイジが水のトライアングルだと知ったら、この男はどれだけ慌てるだろう
。思わずバラしてしまいたくなる衝動に耐え、ルイズが本題に入る。
「そっちの方はうまくやるわよ。そんなことより朝食はまだなのかしら?」
「朝食って、さっき喰ってた肉じゃ足りないんで?」
そもそも勝手に喰うんじゃねえッ、とツッコミたかったが、そこは抑える。あのガンマ
ンも怖いが、この傭兵の傍若無人さも、侮ったら痛い目を見ると本能が告げている。
「成長期なのよ」
『そうだぞルイズ、まだまだこれからだ。諦めるんじゃあない』
さすが実体を持たないポルナレフ! 常人には決して口にできない事を平然と言っての
けるッ、そこにシビれる! あこがれるゥ! 空気を読めないのはむしろ特技だ。
「!」
ルイズが放った突然の凄みを、こいつは喰うといったら喰うスゴ味がある! と勘違い
した船長が諦めたように言った。
「ちっ。また適当に見繕って済まして下さいや」
「そうさせてもらうわ。じゃあね」
何を諦めるなだってェ? とかなんとか、ぶつぶつ呟きながら船倉へ降りて行く、若い
傭兵を眺め、船長はやれやれとため息をついた。
。思わずバラしてしまいたくなる衝動に耐え、ルイズが本題に入る。
「そっちの方はうまくやるわよ。そんなことより朝食はまだなのかしら?」
「朝食って、さっき喰ってた肉じゃ足りないんで?」
そもそも勝手に喰うんじゃねえッ、とツッコミたかったが、そこは抑える。あのガンマ
ンも怖いが、この傭兵の傍若無人さも、侮ったら痛い目を見ると本能が告げている。
「成長期なのよ」
『そうだぞルイズ、まだまだこれからだ。諦めるんじゃあない』
さすが実体を持たないポルナレフ! 常人には決して口にできない事を平然と言っての
けるッ、そこにシビれる! あこがれるゥ! 空気を読めないのはむしろ特技だ。
「!」
ルイズが放った突然の凄みを、こいつは喰うといったら喰うスゴ味がある! と勘違い
した船長が諦めたように言った。
「ちっ。また適当に見繕って済まして下さいや」
「そうさせてもらうわ。じゃあね」
何を諦めるなだってェ? とかなんとか、ぶつぶつ呟きながら船倉へ降りて行く、若い
傭兵を眺め、船長はやれやれとため息をついた。
「後方の船は、当船との併走コースに入るものと思われます」見張りからの報告が入る。
「そうか、この辺もそろそろ物騒な領域に入るからな。二隻で組んで行けるなら、それに
越したことはないだろう。砲門の数も倍になるしな」ちらりと笑みがこぼれる。
「よし、向こうもそのつもりだろうから、確認しておけ」
「あいあいさー」
船長の推測は道理である。しかし残念ながら、この状況は既にその埒外にあり、強引な
四人の乗客が予想して期待した、そんな展開を迎えようとしている。
「そうか、この辺もそろそろ物騒な領域に入るからな。二隻で組んで行けるなら、それに
越したことはないだろう。砲門の数も倍になるしな」ちらりと笑みがこぼれる。
「よし、向こうもそのつもりだろうから、確認しておけ」
「あいあいさー」
船長の推測は道理である。しかし残念ながら、この状況は既にその埒外にあり、強引な
四人の乗客が予想して期待した、そんな展開を迎えようとしている。
「なんと言ってきた?」
「いっしょにあるびおんにいこうね。だそうです」
訊いた男の引きつった顔面に、獣の笑みが浮かぶ。コートの内にある鉄棒を布地越しに
さする。いいぞ、とてもいい。
「で、ど、どうしますんで?」怯えきった声の男が問う。ルイズたちの船に追いつこうと
している貨物船――身を軽くして急げと、全ての荷は捨てられているが――の、船長であ
る。たまたま、そこに船があったというだけの理由で、この凶相の傭兵に徴発された、運
の悪い船の、運の悪い男だ。
「よろしくです。とでも言ってアレの横に着けろ。追いついたんだ、ここからはゆっくり
でいい」
「へ、へい」あたふたと、船員に指示を出す。
手旗を振っている船員を眺めつつ、手下どもの待つ船室へ向かう男。その二つ名は白炎
という。
「いっしょにあるびおんにいこうね。だそうです」
訊いた男の引きつった顔面に、獣の笑みが浮かぶ。コートの内にある鉄棒を布地越しに
さする。いいぞ、とてもいい。
「で、ど、どうしますんで?」怯えきった声の男が問う。ルイズたちの船に追いつこうと
している貨物船――身を軽くして急げと、全ての荷は捨てられているが――の、船長であ
る。たまたま、そこに船があったというだけの理由で、この凶相の傭兵に徴発された、運
の悪い船の、運の悪い男だ。
「よろしくです。とでも言ってアレの横に着けろ。追いついたんだ、ここからはゆっくり
でいい」
「へ、へい」あたふたと、船員に指示を出す。
手旗を振っている船員を眺めつつ、手下どもの待つ船室へ向かう男。その二つ名は白炎
という。
船ごと燃やして落とせとの指令だが、それじゃあつまらん。最後の一人が燃える匂いま
で嗅いでやるのが、礼儀ってもんだ。特にあの女、あれは存分に抗いながら、いい香りで
こんがり燃え尽きてくれそうだ。ああ楽しみだ。
「おうお前ら、仕事だ」
酒場での戦闘に参加させなかった十数名の傭兵、全員がメイジである部下たちに告げる
。どいつもこいつも、ろくでなしの貴族崩れだが、人殺しの経験だけは買える。おまけに
、死んだらカネで補充できる。さして高くもないカネで。こんな任務にはおあつらえ向き
だ。
「いいか、焼いていいのは俺だけだ。殺す方は好きなだけ楽しめ」
「了解」
さあ戦だ。敵も味方も、存分に死ね。
で嗅いでやるのが、礼儀ってもんだ。特にあの女、あれは存分に抗いながら、いい香りで
こんがり燃え尽きてくれそうだ。ああ楽しみだ。
「おうお前ら、仕事だ」
酒場での戦闘に参加させなかった十数名の傭兵、全員がメイジである部下たちに告げる
。どいつもこいつも、ろくでなしの貴族崩れだが、人殺しの経験だけは買える。おまけに
、死んだらカネで補充できる。さして高くもないカネで。こんな任務にはおあつらえ向き
だ。
「いいか、焼いていいのは俺だけだ。殺す方は好きなだけ楽しめ」
「了解」
さあ戦だ。敵も味方も、存分に死ね。
「来るわよ」
朝食の干し肉を噛み千切りながら、王女の傭兵が主人のいる船室に入って報告する。二
日酔いでえらく不機嫌な姫が、気だるげに手を振る。もう一人は反射的に戦闘から離脱し
てしまって、少し気まずい思いのアニエス。船の確保は果たしたとはいえ、状況から見れ
ば同僚を戦場に捨てて逃げたと、思われても仕方がない。
「それは、この頭痛を晴らしてくれるくらいには、楽しめるのかしらね」
「さあどうだか。で、どうします? またわたしがこう、がつんがつんと」
「で、殿下! この場は何卒わたしにお任せを!」いささか切実な口調で懇願する。
「その呼び名は禁句ですよ、アニエス」
昨晩の安酒場で王女を云々と叫んでいた事など、さっぱり記憶にないアンリエッタが叱
咤する。
「まあ、それはともかく。わたくしがひと暴れする前の露払い、努めてもらいましょうか
」
「はっ、決してご期待には背きませぬ」
『おいおい。いいのかね、あの姉ちゃん行かしちゃって』
『いやいや、あの子はあれで侮れない実力があると見るぞ、私は』
元剣士の見立てだろうか、やけに自信のありそうな分析をするポルナレフ。かたやデル
フは未だアニエスに握られたことがないので、その実力がどれほどか、その肝心なところ
を知れないのが不満らしく、否定的だ。
「どうだかねえ」
「何だとコラ。わたしの腕が当てにならないと吐かすか!」
「あんたに言ったんじゃないわよ! って。そうよならないわよ! あんた昨日の――」
「やめなさい。仲よくしないと、わたくしが許しませんよ」
「ちっ」
「なな、何だその態度は! 畏れ多くもッ」
騒ぐ二人をぎろり、と睥睨するあらくれ。その瞳はもはや、高貴な光を湛えていない。
「……月夜の晩ばかりじゃないぞ」
「……あんたこそ、またブチのめされたくなかったら――」
猛る狂犬どもを従える面倒臭さにため息をついて、拳骨を二つくれたのち、王女は甲板
に上がった。
朝食の干し肉を噛み千切りながら、王女の傭兵が主人のいる船室に入って報告する。二
日酔いでえらく不機嫌な姫が、気だるげに手を振る。もう一人は反射的に戦闘から離脱し
てしまって、少し気まずい思いのアニエス。船の確保は果たしたとはいえ、状況から見れ
ば同僚を戦場に捨てて逃げたと、思われても仕方がない。
「それは、この頭痛を晴らしてくれるくらいには、楽しめるのかしらね」
「さあどうだか。で、どうします? またわたしがこう、がつんがつんと」
「で、殿下! この場は何卒わたしにお任せを!」いささか切実な口調で懇願する。
「その呼び名は禁句ですよ、アニエス」
昨晩の安酒場で王女を云々と叫んでいた事など、さっぱり記憶にないアンリエッタが叱
咤する。
「まあ、それはともかく。わたくしがひと暴れする前の露払い、努めてもらいましょうか
」
「はっ、決してご期待には背きませぬ」
『おいおい。いいのかね、あの姉ちゃん行かしちゃって』
『いやいや、あの子はあれで侮れない実力があると見るぞ、私は』
元剣士の見立てだろうか、やけに自信のありそうな分析をするポルナレフ。かたやデル
フは未だアニエスに握られたことがないので、その実力がどれほどか、その肝心なところ
を知れないのが不満らしく、否定的だ。
「どうだかねえ」
「何だとコラ。わたしの腕が当てにならないと吐かすか!」
「あんたに言ったんじゃないわよ! って。そうよならないわよ! あんた昨日の――」
「やめなさい。仲よくしないと、わたくしが許しませんよ」
「ちっ」
「なな、何だその態度は! 畏れ多くもッ」
騒ぐ二人をぎろり、と睥睨するあらくれ。その瞳はもはや、高貴な光を湛えていない。
「……月夜の晩ばかりじゃないぞ」
「……あんたこそ、またブチのめされたくなかったら――」
猛る狂犬どもを従える面倒臭さにため息をついて、拳骨を二つくれたのち、王女は甲板
に上がった。
二隻の船が並ぶ。眼下に雲、天上に太陽。傍からその風景を見る者があれば、ちょっと
絵にでも描いてみようかと、思うかも知れない。
「行け野郎ども!」
「行くわよ!」
しかしそこで始まるのは戦だ。どちらかが必ず惨めに敗北する戦だ。
絵にでも描いてみようかと、思うかも知れない。
「行け野郎ども!」
「行くわよ!」
しかしそこで始まるのは戦だ。どちらかが必ず惨めに敗北する戦だ。
まるで開戦の合図があったかのように、二隻の船の船室から同時に飛び出す傭兵ども。
かたやわらわらと傭兵の群れ、こなた銃と剣の使い手が一人、と、杖を振り回すメイジが
また一人。
かたやわらわらと傭兵の群れ、こなた銃と剣の使い手が一人、と、杖を振り回すメイジが
また一人。
「空賊だったっていうのか! この空域で、あの貨物船が?」
「船長! 鉤ロープで捕獲されました! 離脱不可能です」
「くそうっ。何なんだまったく。昨日から散々だ!」
とにもかくにも死んだら終わりだ。船員に一切の抵抗を捨て、状況が納まるまでどこで
もいいから亀のように引っ込んで、決して動くなと指示を出す。そしてとても嫌そうに、
乗り込んできた一団の、首領とおぼしき人物へと向かった。もちろん、降伏をするために
。
「船長! 鉤ロープで捕獲されました! 離脱不可能です」
「くそうっ。何なんだまったく。昨日から散々だ!」
とにもかくにも死んだら終わりだ。船員に一切の抵抗を捨て、状況が納まるまでどこで
もいいから亀のように引っ込んで、決して動くなと指示を出す。そしてとても嫌そうに、
乗り込んできた一団の、首領とおぼしき人物へと向かった。もちろん、降伏をするために
。
「邪魔だ!」
両手を上げて甲板を進む船長を蹴り飛ばした、アニエスが怒鳴る。両手に銃把を握り、
双眸をギラつかせている。目標は殿下の覇道に転がる石ころ、容赦も慈悲も必要ない。連
射性能の望めないこれが有効なのは、初弾の二発。これを速攻で敵の首領にブチ込む。残
る雑魚共は剣で殲滅する、これで任務完了だ。このわたしの前に立ったこと、後悔させる
暇さえ与えない――
両手を上げて甲板を進む船長を蹴り飛ばした、アニエスが怒鳴る。両手に銃把を握り、
双眸をギラつかせている。目標は殿下の覇道に転がる石ころ、容赦も慈悲も必要ない。連
射性能の望めないこれが有効なのは、初弾の二発。これを速攻で敵の首領にブチ込む。残
る雑魚共は剣で殲滅する、これで任務完了だ。このわたしの前に立ったこと、後悔させる
暇さえ与えない――
必中の手応えを確認し、では残党を狩り尽くしてやるかと、火傷顔からその取り巻き共
に視線を移して甲板を蹴ろうとした瞬間、予想外の衝撃がその身体をブッ飛ばす。半身を
襲う、ぶすぶすと肉の焦げる臭い、尋常でない激痛が骨の髄まで轟く。
「なん……だと……」燻る右半身を反射的に上にひねって倒れながら、既に倒したはずの
男に視線をやり、その身体に血飛沫の一つもないことに絶望した。ありえない、そんな規
格外の暴威、銃弾すら凌駕する魔力だと、何だこれは。で、殿下ッ、この男は危険です。
わたしがすぐに参りますから、この男に近づくのは……
に視線を移して甲板を蹴ろうとした瞬間、予想外の衝撃がその身体をブッ飛ばす。半身を
襲う、ぶすぶすと肉の焦げる臭い、尋常でない激痛が骨の髄まで轟く。
「なん……だと……」燻る右半身を反射的に上にひねって倒れながら、既に倒したはずの
男に視線をやり、その身体に血飛沫の一つもないことに絶望した。ありえない、そんな規
格外の暴威、銃弾すら凌駕する魔力だと、何だこれは。で、殿下ッ、この男は危険です。
わたしがすぐに参りますから、この男に近づくのは……
「わたくしの盾に瑕をつけてくれたようですね」
部下の無残を前に毛ほども揺るがない、平静そのままの声でアンリエッタが高らかに宣
告する。執行が決まった死囚へ告解を施すような表情だ。神の執行代理人として裁定者と
して、これから行うことが救済であると、行われなければならない断罪であると、覚悟を
求める顔だ。
「焼き応えのない姉ちゃんだったな。匂いがもの足りねえ」
「なればわたくしが、その炎を消して差し上げなければ参りませんね」
「できるか? やってみろ。受けてやる」背後の部下に向けて怒鳴る。「この女とサシの
勝負だ、邪魔をして俺の機嫌を損ねるんじゃあねえぞ!」
何しろ火線上にいた、というだけの理由で味方ごと、黒焦げの死体にした事のある男の
命令だ。誰だってわが身は惜しい。まあどうせすぐに終わるさ、と詠唱を中断して傭兵た
ちはしばしの見物を始めた。
部下の無残を前に毛ほども揺るがない、平静そのままの声でアンリエッタが高らかに宣
告する。執行が決まった死囚へ告解を施すような表情だ。神の執行代理人として裁定者と
して、これから行うことが救済であると、行われなければならない断罪であると、覚悟を
求める顔だ。
「焼き応えのない姉ちゃんだったな。匂いがもの足りねえ」
「なればわたくしが、その炎を消して差し上げなければ参りませんね」
「できるか? やってみろ。受けてやる」背後の部下に向けて怒鳴る。「この女とサシの
勝負だ、邪魔をして俺の機嫌を損ねるんじゃあねえぞ!」
何しろ火線上にいた、というだけの理由で味方ごと、黒焦げの死体にした事のある男の
命令だ。誰だってわが身は惜しい。まあどうせすぐに終わるさ、と詠唱を中断して傭兵た
ちはしばしの見物を始めた。
対峙する二人の背後に現れた、アルビオン大陸。『白の国』の形容そのままに、流れ落
ちる川の流れが霧と変わり、雲となり大陸を白く煙らす。氷の憤怒を纏う水の王女が、そ
の力の根源を呼びながら進む。
「消し炭にしてくれる!」叫ぶ声が小さく、遠く聞こえる。
水の鎧を絶え間なくその身に現し続け、火の傭兵へと歩を進める。業火が踊っている甲
板を弛まなく歩む。一歩、足が触れるごとに、その周辺の炎が力を失い、掻き消える。ル
ーンを刻む口唇が嘲るように歪んでいく。万人を鎮め、万物を水平に至らせる我が水の力
、侮るでない。
「『火』も『水』も無駄ッ!」その声と杖が放たれた瞬間、辺りの炎、その全てが霧散し
た。
ちる川の流れが霧と変わり、雲となり大陸を白く煙らす。氷の憤怒を纏う水の王女が、そ
の力の根源を呼びながら進む。
「消し炭にしてくれる!」叫ぶ声が小さく、遠く聞こえる。
水の鎧を絶え間なくその身に現し続け、火の傭兵へと歩を進める。業火が踊っている甲
板を弛まなく歩む。一歩、足が触れるごとに、その周辺の炎が力を失い、掻き消える。ル
ーンを刻む口唇が嘲るように歪んでいく。万人を鎮め、万物を水平に至らせる我が水の力
、侮るでない。
「『火』も『水』も無駄ッ!」その声と杖が放たれた瞬間、辺りの炎、その全てが霧散し
た。
「なるほどたいしたもんだ」絶対の自信の源であった炎を無効化されたというのに、不敵
な笑みを浮かべたままの男がほざく。「火と水、相性が悪いとはいえ、この俺の炎を消し
てみせるとは。だがな、魔法が効かないなら、効かせてやることもできるんだぜ」
杖代わりの鉄棒をすっと引き、構える。
「その杖を叩き落しちまえばなあッ!」
アンリエッタの手にする杖を、その身体ごとなぎ払わんと鉄棒が振るわれる。当たれば
杖は折れるだろう、細身の身体も無事では済まないだろう、当たれば。
「ぐお」杖を手放したのは、果たして傭兵の方だった。絶妙の払い流しが鉄棒の軌道を変
え、空振り甲板を打たせる。そこをすかさず巻き落しにて逆に捻ったのだ。どれほど力が
強くとも、関節の稼動域を超える作用に逆らうことはできない。間、髪を容れずアンリエ
ッタの腕がしなり、その先の杖が腕部の急所――手首・肘・肩口――を突く。
相手の杖が甲板に転がるのを見やり、詠唱を開始する。技と力を封じられた傭兵の顔色
が褪めていく。ありえないことが二度続いたのだ、無理もない。
「……燃やしてやる……こんな現実は燃やしてやるよ……」棒立ちの傭兵から呟きが漏れ
ている。少し、目が虚ろだ。
「跪け!」詠唱の完成と同時に杖を振り下ろし、命令を下すアンリエッタ。既に決してい
るように見える勝負、しかしこのアンリエッタ容赦せん! とばかりに水の魔法が振るわ
れる。水球が傭兵の頭部を丸ごと捕らえ、息を奪う。哀れな男がごぼごぼと息を吐き出し
つつ倒れ、悶える。その姿を感慨もなく見下ろし、振り返る。「船長?」
「へ、へい」甲板と大砲の間に押し込まれた格好で震えていた船長が、恐る恐る顔を覗か
せる。
「この男を拘束してもらえるかしら?」
「いますぐやりますですハイ」いつのまにか、立っている空賊が一人もいなくなっている
ことに驚き、慌てて部下たちを呼び集め、指示を出す。ようやく水球から開放された男は
、おとなしくぐるぐる巻きにされている。苦しげに水を吐き出しながら。
「さて」縛られて転がる男に再度、杖を向けて問う。「そなたの炎、なかなかのものと見
たので欲しくなりました。わたくしに従うのであればその命、買い上げましょう」
苦しげな動作で頭を垂れ、肯定の意を示す男。ここで殺せなどと強がったら、一体どん
な殺され方を味わうはめになるのか、想像もしたくない……。
「よろしい。その炎、以後はわたくしの為にのみ、揮いなさい」
な笑みを浮かべたままの男がほざく。「火と水、相性が悪いとはいえ、この俺の炎を消し
てみせるとは。だがな、魔法が効かないなら、効かせてやることもできるんだぜ」
杖代わりの鉄棒をすっと引き、構える。
「その杖を叩き落しちまえばなあッ!」
アンリエッタの手にする杖を、その身体ごとなぎ払わんと鉄棒が振るわれる。当たれば
杖は折れるだろう、細身の身体も無事では済まないだろう、当たれば。
「ぐお」杖を手放したのは、果たして傭兵の方だった。絶妙の払い流しが鉄棒の軌道を変
え、空振り甲板を打たせる。そこをすかさず巻き落しにて逆に捻ったのだ。どれほど力が
強くとも、関節の稼動域を超える作用に逆らうことはできない。間、髪を容れずアンリエ
ッタの腕がしなり、その先の杖が腕部の急所――手首・肘・肩口――を突く。
相手の杖が甲板に転がるのを見やり、詠唱を開始する。技と力を封じられた傭兵の顔色
が褪めていく。ありえないことが二度続いたのだ、無理もない。
「……燃やしてやる……こんな現実は燃やしてやるよ……」棒立ちの傭兵から呟きが漏れ
ている。少し、目が虚ろだ。
「跪け!」詠唱の完成と同時に杖を振り下ろし、命令を下すアンリエッタ。既に決してい
るように見える勝負、しかしこのアンリエッタ容赦せん! とばかりに水の魔法が振るわ
れる。水球が傭兵の頭部を丸ごと捕らえ、息を奪う。哀れな男がごぼごぼと息を吐き出し
つつ倒れ、悶える。その姿を感慨もなく見下ろし、振り返る。「船長?」
「へ、へい」甲板と大砲の間に押し込まれた格好で震えていた船長が、恐る恐る顔を覗か
せる。
「この男を拘束してもらえるかしら?」
「いますぐやりますですハイ」いつのまにか、立っている空賊が一人もいなくなっている
ことに驚き、慌てて部下たちを呼び集め、指示を出す。ようやく水球から開放された男は
、おとなしくぐるぐる巻きにされている。苦しげに水を吐き出しながら。
「さて」縛られて転がる男に再度、杖を向けて問う。「そなたの炎、なかなかのものと見
たので欲しくなりました。わたくしに従うのであればその命、買い上げましょう」
苦しげな動作で頭を垂れ、肯定の意を示す男。ここで殺せなどと強がったら、一体どん
な殺され方を味わうはめになるのか、想像もしたくない……。
「よろしい。その炎、以後はわたくしの為にのみ、揮いなさい」
火と水の戦いの間。船尾から隣の船に乗り移ったルイズは、ただ一つの動作に没頭して
いた。休めの姿勢で見物に興じる傭兵どもの背後にまわり、ポルナレフに教わった、人体
を即死に至らしめる一点、腎臓に刺突を繰り返す。
「腎臓を中心に捉えて……刺す、腎臓を中心に捉えて……刺す、腎臓を中心に捉えて……
刺す」声には出さず、そして声もなく苦痛もなく絶命する傭兵。簡単すぎて少し呆れなが
ら――
いた。休めの姿勢で見物に興じる傭兵どもの背後にまわり、ポルナレフに教わった、人体
を即死に至らしめる一点、腎臓に刺突を繰り返す。
「腎臓を中心に捉えて……刺す、腎臓を中心に捉えて……刺す、腎臓を中心に捉えて……
刺す」声には出さず、そして声もなく苦痛もなく絶命する傭兵。簡単すぎて少し呆れなが
ら――
だるそうな足取りでアニエスを引きずって、船室へ向かうアンリエッタの許に、一仕事
終えたもう一人の盾が歩み寄る。
「ありゃ、もう片付いちまいましたかい?」小刀の血糊を拭いつつ、軽口を叩くルイズ。
「ふふ、すっかり傭兵の口調が板についてますのね。ああ、あの者を雇うことにしました
から、殺してはいけませんよ」と、空いた手を後ろの甲板で倒れ伏している傭兵に振る。
「そりゃ、まあ。って姉御!」
精神の消耗が限界に到達したアンリエッタが、膝をついた格好でアニエスをルイズの腕
の中に押し込み、崩れ落ちる。
『いい根性だ。この姫様には『黄金の意志』があるぞ、ルイズ』
「知ってるわよ。だから――」
何かを回顧するように、遠い目であらぬ方を見つめている、左手のポルナレフを振り回
しながら船室へ向かう。全開で死力を尽くした姫を、寝かせてやらなくては。アニエスは
床でいいか。つうかこいつ、服が焦げたくらいで終わっちまったのかよ。そんで主君に連
れられてご帰還とか、超へタレなんじゃないの?
終えたもう一人の盾が歩み寄る。
「ありゃ、もう片付いちまいましたかい?」小刀の血糊を拭いつつ、軽口を叩くルイズ。
「ふふ、すっかり傭兵の口調が板についてますのね。ああ、あの者を雇うことにしました
から、殺してはいけませんよ」と、空いた手を後ろの甲板で倒れ伏している傭兵に振る。
「そりゃ、まあ。って姉御!」
精神の消耗が限界に到達したアンリエッタが、膝をついた格好でアニエスをルイズの腕
の中に押し込み、崩れ落ちる。
『いい根性だ。この姫様には『黄金の意志』があるぞ、ルイズ』
「知ってるわよ。だから――」
何かを回顧するように、遠い目であらぬ方を見つめている、左手のポルナレフを振り回
しながら船室へ向かう。全開で死力を尽くした姫を、寝かせてやらなくては。アニエスは
床でいいか。つうかこいつ、服が焦げたくらいで終わっちまったのかよ。そんで主君に連
れられてご帰還とか、超へタレなんじゃないの?
二人をそれぞれ安置して、甲板で困惑顔の船長に声をかける。「どう? 生きてる?」
それが他の船員も含めての問いだと気づいた船長が答える。
「へえ、慌てて転んで足をくじいたのやら、小便を漏らしたのやら、みっともない次第で
すが全員生きてますハイ」
それはよかったと頷き、焼け落ちた何枚かの帆を張りなおして、操船を再開させるよう
にと命じると、舷側を蹴って隣の船に移った。
傭兵の死体をおろおろしつつ見つめている船員の肩を叩き、船長の所在を訊ねる。戦闘
が始まった拍子に一目散、船室へ駆け込んでそれっきりだそうだ。
「やれやれ」これならあっちの船長の方が十倍マシだわ。
船室のドアにはご丁寧に錠まで下ろされている。もう馬鹿にした笑顔満点のルイズが『
アンロック』を行う。もちろんそれは魔法ではなく、どちらかというと蹴りだ。
外開きのドアを無理やり内に蹴破って、船長らしき男を捜す。あ、あれだ。隅の暗がり
に頭を抱えてうずくまり、尻をこちらに向けている男、あれに違いない。
「おい、おっさん。あんたが船長だろ?」尻に蹴りを入れるルイズ。
「ひゃい、い、命ばかりはお助けをー」
「ごろつきどもは始末した、もう死なねえから起きな」尻に蹴りを入れるルイズ。
「へ? た、助かったんですか?」
「ああそうだよ。だから起きろって」尻に蹴りを入れるルイズ。
安心より、尻を蹴る脚から逃れようと、よろよろと立ち上がる船長。貧相を絵に描いた
ような顔の五十男が、卑屈な笑みを浮かべる。股間には特大の染みをこさえている。げ、
まさか濡れたとこ蹴ってないよな。ルイズは自分の船の船長の評価を、この男の五十倍に
修正した。
「あたしらはあっちの船の傭兵だよ」そういうことにしておくのが楽だと決めたルイズが
、靴に異常がないか確かめつつ言った。
「傭兵の方でございましたか、このたびはまことにありがたく――」
「まあ、それはいいからさ。この船はどこに向かう予定だったんだい?」
「ロマリアでございますです。積荷は捨てられてしまいましたが」
「へえ、それはよかった」そう、よかったのだ。ロマリアはアルビオンより遠い。風石も
たくさん積んでいる。二隻でアルビオンに辿りつくのも可能だろう。いざとなればこの船
の風石を頂いて、アルビオンに向かう予定だったのだ、沈まずに済んだのは運がいい。
何がよかったのか理解できないでいる船長に、「いいからとりあえず船を動かせるよう
にしな」と、やることを与えてやり、ルイズは自分の船に戻った。
それが他の船員も含めての問いだと気づいた船長が答える。
「へえ、慌てて転んで足をくじいたのやら、小便を漏らしたのやら、みっともない次第で
すが全員生きてますハイ」
それはよかったと頷き、焼け落ちた何枚かの帆を張りなおして、操船を再開させるよう
にと命じると、舷側を蹴って隣の船に移った。
傭兵の死体をおろおろしつつ見つめている船員の肩を叩き、船長の所在を訊ねる。戦闘
が始まった拍子に一目散、船室へ駆け込んでそれっきりだそうだ。
「やれやれ」これならあっちの船長の方が十倍マシだわ。
船室のドアにはご丁寧に錠まで下ろされている。もう馬鹿にした笑顔満点のルイズが『
アンロック』を行う。もちろんそれは魔法ではなく、どちらかというと蹴りだ。
外開きのドアを無理やり内に蹴破って、船長らしき男を捜す。あ、あれだ。隅の暗がり
に頭を抱えてうずくまり、尻をこちらに向けている男、あれに違いない。
「おい、おっさん。あんたが船長だろ?」尻に蹴りを入れるルイズ。
「ひゃい、い、命ばかりはお助けをー」
「ごろつきどもは始末した、もう死なねえから起きな」尻に蹴りを入れるルイズ。
「へ? た、助かったんですか?」
「ああそうだよ。だから起きろって」尻に蹴りを入れるルイズ。
安心より、尻を蹴る脚から逃れようと、よろよろと立ち上がる船長。貧相を絵に描いた
ような顔の五十男が、卑屈な笑みを浮かべる。股間には特大の染みをこさえている。げ、
まさか濡れたとこ蹴ってないよな。ルイズは自分の船の船長の評価を、この男の五十倍に
修正した。
「あたしらはあっちの船の傭兵だよ」そういうことにしておくのが楽だと決めたルイズが
、靴に異常がないか確かめつつ言った。
「傭兵の方でございましたか、このたびはまことにありがたく――」
「まあ、それはいいからさ。この船はどこに向かう予定だったんだい?」
「ロマリアでございますです。積荷は捨てられてしまいましたが」
「へえ、それはよかった」そう、よかったのだ。ロマリアはアルビオンより遠い。風石も
たくさん積んでいる。二隻でアルビオンに辿りつくのも可能だろう。いざとなればこの船
の風石を頂いて、アルビオンに向かう予定だったのだ、沈まずに済んだのは運がいい。
何がよかったのか理解できないでいる船長に、「いいからとりあえず船を動かせるよう
にしな」と、やることを与えてやり、ルイズは自分の船に戻った。
「喜べ船長、予定通りに風石が届いたわよ」
「なんですと?」
すっかりメイジの魔力で浮力を補うとばかり、思い込んでいた船長が仰天した。そもそ
もついさっきまで、拿捕されたり、降伏しようとしたり、魔法戦が始まったりと訳の判ら
ない展開ばかり。その上お次は襲ってきた船が風石を届けにきてたって?
「で、ではあのメイジの方は……」
「疲れて寝てる。ちなみにあの姐さんは水のトライアングルだから」
「じゃ、じゃあ、あの船が」と指さし、「あの空賊どもがくるのを判ってたんで?」とさ
らに混乱した船長が尋ねる。
「空賊じゃなくて、ごろつきどもに乗っ取られたんだけど、そんなところね。いきなり船
に火を放たれなかったのは、運がよかった。というか、あの大男の趣味が悪かったのがよ
かった、そんな感じ」
「もう、なにがなにやらですよ」
「ま、あんまり考えない。悩むとハゲるわよ。風石の方は任せたからね」
仲間の元へ戻っていく傭兵の背を眺めながら、船長がひとりごちる。
「しかしまあ、一難去ってまた一難、それも終わっちまえば、もう何にもないだろうさ」
「なんですと?」
すっかりメイジの魔力で浮力を補うとばかり、思い込んでいた船長が仰天した。そもそ
もついさっきまで、拿捕されたり、降伏しようとしたり、魔法戦が始まったりと訳の判ら
ない展開ばかり。その上お次は襲ってきた船が風石を届けにきてたって?
「で、ではあのメイジの方は……」
「疲れて寝てる。ちなみにあの姐さんは水のトライアングルだから」
「じゃ、じゃあ、あの船が」と指さし、「あの空賊どもがくるのを判ってたんで?」とさ
らに混乱した船長が尋ねる。
「空賊じゃなくて、ごろつきどもに乗っ取られたんだけど、そんなところね。いきなり船
に火を放たれなかったのは、運がよかった。というか、あの大男の趣味が悪かったのがよ
かった、そんな感じ」
「もう、なにがなにやらですよ」
「ま、あんまり考えない。悩むとハゲるわよ。風石の方は任せたからね」
仲間の元へ戻っていく傭兵の背を眺めながら、船長がひとりごちる。
「しかしまあ、一難去ってまた一難、それも終わっちまえば、もう何にもないだろうさ」
――しかしそうは問屋が卸さない。悪いことのあとに良いことが待っているというのは
、そうなるといいな、という願望に過ぎない。
船内に平和が戻って半刻ほど経った頃だろうか。
「せ、せ、船長! 空賊です! また空賊です! 右舷上方!」
船を見ればそれ空賊と、すっかり思い込んでしまった見張りが叫ぶ。まったくこのこし
ぬけどもが。俺はもう何がきても負ける気がしねえよ、この船の武装に敵う奴らがいてた
まるか。
そんなヤケクソの境地に至った船長が、見張りの示す方向を見上げてつぶやいた。こり
ゃまた、今度は軍艦かよ。砲門がずらっと並んでやがる。でもなんだ、どうせ乗り込んで
くるんだろ? ご愁傷様だね。
「あの船は旗を掲げておりません!」ほらな。
「ようし、さっきと同じだ。停船して隠れちまえ。あ、隣の船にも伝えておけよ」
きびすを返し、傭兵たちのいる船室へ向かう船長。その顔には隠し切れない諧謔が現れ
ていた。
、そうなるといいな、という願望に過ぎない。
船内に平和が戻って半刻ほど経った頃だろうか。
「せ、せ、船長! 空賊です! また空賊です! 右舷上方!」
船を見ればそれ空賊と、すっかり思い込んでしまった見張りが叫ぶ。まったくこのこし
ぬけどもが。俺はもう何がきても負ける気がしねえよ、この船の武装に敵う奴らがいてた
まるか。
そんなヤケクソの境地に至った船長が、見張りの示す方向を見上げてつぶやいた。こり
ゃまた、今度は軍艦かよ。砲門がずらっと並んでやがる。でもなんだ、どうせ乗り込んで
くるんだろ? ご愁傷様だね。
「あの船は旗を掲げておりません!」ほらな。
「ようし、さっきと同じだ。停船して隠れちまえ。あ、隣の船にも伝えておけよ」
きびすを返し、傭兵たちのいる船室へ向かう船長。その顔には隠し切れない諧謔が現れ
ていた。
「また出ましたよ。今度は軍艦ですよ」と船長が声をかけ、返事を待たずに船室へ入る。
あーあ、もう。何て緊張感のない人たちなんだ、まったく。
「起きて下さいよう」ゆさゆさとルイズの肩を揺する。
「んが」
「船長が起きろってよー、軍艦だってよー」と床に刺さった剣が喋る。
「もう……食べられないよう……」
「姐さーん、敵ですよー」と船長。
「姐さーん、敵だってよー」と剣。
「どうしたら起きてくれるんですかい、このお人は?」と、今度は剣に向かって船長。
「そうだねえ、大砲でもぶっ放せば起きるかもね」と剣が答える。
あーあ、もう。何て緊張感のない人たちなんだ、まったく。
「起きて下さいよう」ゆさゆさとルイズの肩を揺する。
「んが」
「船長が起きろってよー、軍艦だってよー」と床に刺さった剣が喋る。
「もう……食べられないよう……」
「姐さーん、敵ですよー」と船長。
「姐さーん、敵だってよー」と剣。
「どうしたら起きてくれるんですかい、このお人は?」と、今度は剣に向かって船長。
「そうだねえ、大砲でもぶっ放せば起きるかもね」と剣が答える。
と、そこで実にタイミングよく、外から轟いた砲弾の音。ぼごん!
その音が傭兵たちの何かのスイッチを入れたのだろう、ぐわしと眼が見開かれ、がばと
起き上がる二人、そして文字通り飛び起きる一人。
「なっ!? 寝たままの姿勢! 掌だけであんな跳躍を!」船長がぶったまげる。
「敵は何? 何人?」着地と同時に剣をつかんだルイズが船長に訊く。
「ぐ、軍艦でさあ、人数はいっぱいです!」
「あ、あれ? わたしさっき焼かれて……」五体満足に床から立ち上がったアニエスが首
をかしげている。
「わたくしの盾ですからね、治しておきましたよ」とアンリエッタ。
「おお、殿――ぐあっ」言いかけたアニエスに、笑顔で肘を叩き込むアンリエッタ。
「それはともかく、軍艦とはまたご大層な。まあよいですわ、手土産をもう一つ増やして
差し上げましょう」
「と、とにかくお願いしますよ!」まだ外の方が安全で平和だ、と察した船長が甲板に走
って消える。
「んじゃまたわたしが、こう、ずばんずばんと」と意気込むルイズ。
そこに羞恥で顔を染めたアニエスが割り込む。
「こここ、今度こそ、私めにお任せを!」
「無理じゃね?」鼻をほじるような声でルイズ。
「ば、馬鹿を言うな! 先ほどは少しばかり油断しただけだ!」
「まあまあ姐さんたち、ここは一つ協力し――ぐあっ」仲裁空しく豪腕パンチを食らうデ
ルフ。
「ルイズ、アニエスもこのままでは浮かばれません、先陣は任せましょう」
『そうだぞルイズ、アニエスが可哀相だ。たまには――』空を切る右腕、ポルナレフは痛
くも痒くもない。
「ちぇっ、姉御がそう言うならそれでいいですよ」
「さ、お行きなさい。期待してますよ」
「ありがとうございます! で……姉御! いざ!」先の不様を反省したのか、銃を放り
出し、剣を抜いて甲板に走るアニエス。
「空賊だ! 抵抗するな!」とメガホンから空賊が怒鳴っている。
起き上がる二人、そして文字通り飛び起きる一人。
「なっ!? 寝たままの姿勢! 掌だけであんな跳躍を!」船長がぶったまげる。
「敵は何? 何人?」着地と同時に剣をつかんだルイズが船長に訊く。
「ぐ、軍艦でさあ、人数はいっぱいです!」
「あ、あれ? わたしさっき焼かれて……」五体満足に床から立ち上がったアニエスが首
をかしげている。
「わたくしの盾ですからね、治しておきましたよ」とアンリエッタ。
「おお、殿――ぐあっ」言いかけたアニエスに、笑顔で肘を叩き込むアンリエッタ。
「それはともかく、軍艦とはまたご大層な。まあよいですわ、手土産をもう一つ増やして
差し上げましょう」
「と、とにかくお願いしますよ!」まだ外の方が安全で平和だ、と察した船長が甲板に走
って消える。
「んじゃまたわたしが、こう、ずばんずばんと」と意気込むルイズ。
そこに羞恥で顔を染めたアニエスが割り込む。
「こここ、今度こそ、私めにお任せを!」
「無理じゃね?」鼻をほじるような声でルイズ。
「ば、馬鹿を言うな! 先ほどは少しばかり油断しただけだ!」
「まあまあ姐さんたち、ここは一つ協力し――ぐあっ」仲裁空しく豪腕パンチを食らうデ
ルフ。
「ルイズ、アニエスもこのままでは浮かばれません、先陣は任せましょう」
『そうだぞルイズ、アニエスが可哀相だ。たまには――』空を切る右腕、ポルナレフは痛
くも痒くもない。
「ちぇっ、姉御がそう言うならそれでいいですよ」
「さ、お行きなさい。期待してますよ」
「ありがとうございます! で……姉御! いざ!」先の不様を反省したのか、銃を放り
出し、剣を抜いて甲板に走るアニエス。
「空賊だ! 抵抗するな!」とメガホンから空賊が怒鳴っている。
「どおりゃああ」と掛け声も勇ましく飛び出したるは王女の盾、アニエス。しかしその瞬
間、アニエスの頭が青白い雲で覆われた。アニエスは甲板に倒れ、寝息を立て始めた。
「眠りの雲……、確実にメイジがいるようだな」半笑いで冷静に状況を見るルイズ。
「……っ」こらえている、こらえているアンリエッタ。
「ありゃ。あそこで寝られたらちょいと厄介じゃないの?」デルフも冷静だ。
『うーん、あの子はやればできる子だと思ってたんだがなあ』ポルナレフは同情している
。
「しかたねえ、少し様子を見ますか姉御?」
「そ、そうねっ……っ」まだ何かをこらえている。
間、アニエスの頭が青白い雲で覆われた。アニエスは甲板に倒れ、寝息を立て始めた。
「眠りの雲……、確実にメイジがいるようだな」半笑いで冷静に状況を見るルイズ。
「……っ」こらえている、こらえているアンリエッタ。
「ありゃ。あそこで寝られたらちょいと厄介じゃないの?」デルフも冷静だ。
『うーん、あの子はやればできる子だと思ってたんだがなあ』ポルナレフは同情している
。
「しかたねえ、少し様子を見ますか姉御?」
「そ、そうねっ……っ」まだ何かをこらえている。
「船長はどこでえ」
おとぎ話の挿絵から抜け出たような、呆れるほど典型的な装いの、空賊の頭らしき男が
じろじろと辺りを睥睨する。眼帯を巻いているので片目で。
階段の影からその様子を眺めていたアンリエッタが、予想だにしなかった、新たな方向
からの衝撃により、絶頂に達してしまったようだ。
「プッ ウヒヒヒヒヒヒヒ!! ハハハハハハハハーッ!」
腹を抱え、もう完全に無防備で爆笑を続けながら、空賊の頭へ向かうアンリエッタ。
そんな妃殿下の姿を唖然とした表情で見送るルイズ。空賊たちも同様だ。
「もうだめだ………こいつ、完全にイカれちまってるぜ……」
一人は眠らされ、一人は爆笑しながら頭の肩を叩いている。どうしたらいいんだオイ。
「フハハッ クックックック ノォホホノォホ……ホ、ひょっ、ちょっとあなた、こちら
へいらっしゃい。ウヒ」
「な、なんでいおめえは」この容姿にも背後の軍艦にも動じることなく、俺の肩をばんば
んと叩いて爆笑しているこの女は何だ。何がどうなってる。もしかしてこの格好、変なの
かな……。
そうこうしつつも、ぐいぐいと腕を引っ張られ、船室に連れ込まれる頭。いいからいい
からクックッフヒヒヒとまだ笑うアンリエッタ。困惑の極みながら、ルイズもついていく
。
首領を椅子に座らせ、呼吸を落ち着けるアンリエッタ。
「ぶ……っ、くはあ」よほど腹筋を酷使したのだろう、腹を押さえる表情が苦しげだ。
「何なんだと訊いている!」
「か……」
どうにか半笑いまでに回復したアンリエッタが頭に告げる。
「風吹く夜に」
「なぜそれをっ!」
「水の誓いを、ってこちらがわたくしの台詞よね。お久しぶり、ウェールズ・テューダー
」
「なんですと」ルイズが思わず突っ込む。このコスプレ野郎が皇太子だと。ありえん。
懐から鮮やかに青く光る指輪を取り出して、指先でくるくる回してみせるアンリエッタ
。
「しかし、君がなぜここに。そもそもまるで面影がないではないか」
「三年も経れば女は変わりますわ。あとは少しの変装で目を欺くなど容易いこと」
おとぎ話の挿絵から抜け出たような、呆れるほど典型的な装いの、空賊の頭らしき男が
じろじろと辺りを睥睨する。眼帯を巻いているので片目で。
階段の影からその様子を眺めていたアンリエッタが、予想だにしなかった、新たな方向
からの衝撃により、絶頂に達してしまったようだ。
「プッ ウヒヒヒヒヒヒヒ!! ハハハハハハハハーッ!」
腹を抱え、もう完全に無防備で爆笑を続けながら、空賊の頭へ向かうアンリエッタ。
そんな妃殿下の姿を唖然とした表情で見送るルイズ。空賊たちも同様だ。
「もうだめだ………こいつ、完全にイカれちまってるぜ……」
一人は眠らされ、一人は爆笑しながら頭の肩を叩いている。どうしたらいいんだオイ。
「フハハッ クックックック ノォホホノォホ……ホ、ひょっ、ちょっとあなた、こちら
へいらっしゃい。ウヒ」
「な、なんでいおめえは」この容姿にも背後の軍艦にも動じることなく、俺の肩をばんば
んと叩いて爆笑しているこの女は何だ。何がどうなってる。もしかしてこの格好、変なの
かな……。
そうこうしつつも、ぐいぐいと腕を引っ張られ、船室に連れ込まれる頭。いいからいい
からクックッフヒヒヒとまだ笑うアンリエッタ。困惑の極みながら、ルイズもついていく
。
首領を椅子に座らせ、呼吸を落ち着けるアンリエッタ。
「ぶ……っ、くはあ」よほど腹筋を酷使したのだろう、腹を押さえる表情が苦しげだ。
「何なんだと訊いている!」
「か……」
どうにか半笑いまでに回復したアンリエッタが頭に告げる。
「風吹く夜に」
「なぜそれをっ!」
「水の誓いを、ってこちらがわたくしの台詞よね。お久しぶり、ウェールズ・テューダー
」
「なんですと」ルイズが思わず突っ込む。このコスプレ野郎が皇太子だと。ありえん。
懐から鮮やかに青く光る指輪を取り出して、指先でくるくる回してみせるアンリエッタ
。
「しかし、君がなぜここに。そもそもまるで面影がないではないか」
「三年も経れば女は変わりますわ。あとは少しの変装で目を欺くなど容易いこと」
髪を煤けた金に染め、眉を細く酷薄な形に整え、鈍い色の口紅を差す。彼女が顔に施し
たのはそれだけである。むしろその本質はその下、その豊かな双子の霊峰を、あらゆる方
向から締めつけ持ち上げ覆い、その造形を輪郭を一片も損なうことなく、遍く強調する黒
革の服だ。その拘束から唯一逃れるは中心に輝く丸窓から覗く峡谷、白磁のような透明感
と流水の滑らかさにて彩る絶景、漆黒と乳白が対照の妙を示す。闇の中のまたたく光だ。
老若男女を問わず、その威容を目にすれば、彼女の印象のほぼ全てはそこに集約される
。曰く、とんでもない谷間だった、と。顔の方は精々、おっかなかった、かな? という
程度で完結する。ちなみに、その更に下には膝上二十サントの短い、非常に短い黒革のス
カートを纏い、腰にはゴツく太いベルトを無造作に巻いている。これはまたこれで、好事
家には垂涎の的になること請け合いだ。
「しかしあなたのそれは傑作ですわね」と、また発作がくるのを抑えつつ、アンリエッタ
が言う。
「そうかな? 自分ではわりとよくできてると思うんだが」
「どれだけ装おうとも、あなたのそれは隠しきれませんわ。片方を塞いでいればなおさら
です」
「こ、この眼帯がいけなかったのか?」
「眼帯をしている男がいたら、開いた方の目をどうしても注視しまうものです。そして、
そこにあるのが『王子様の瞳』では。これはもう笑ってしまいますわ」
「ううむ、やはり君には敵わないな」
「さあ、それを外してわたくしの美男子を見せて下さいな」
眼帯をアンリエッタに取り上げられたウェールズが、かつらを外し、べりべりとひげを
はがす。美……美形だ!
「ああウェールズ。そうよ、そうでなくては……」
甘ったるい展開が始まりそうな予感に、ルイズは船室から逃げ出した。
たのはそれだけである。むしろその本質はその下、その豊かな双子の霊峰を、あらゆる方
向から締めつけ持ち上げ覆い、その造形を輪郭を一片も損なうことなく、遍く強調する黒
革の服だ。その拘束から唯一逃れるは中心に輝く丸窓から覗く峡谷、白磁のような透明感
と流水の滑らかさにて彩る絶景、漆黒と乳白が対照の妙を示す。闇の中のまたたく光だ。
老若男女を問わず、その威容を目にすれば、彼女の印象のほぼ全てはそこに集約される
。曰く、とんでもない谷間だった、と。顔の方は精々、おっかなかった、かな? という
程度で完結する。ちなみに、その更に下には膝上二十サントの短い、非常に短い黒革のス
カートを纏い、腰にはゴツく太いベルトを無造作に巻いている。これはまたこれで、好事
家には垂涎の的になること請け合いだ。
「しかしあなたのそれは傑作ですわね」と、また発作がくるのを抑えつつ、アンリエッタ
が言う。
「そうかな? 自分ではわりとよくできてると思うんだが」
「どれだけ装おうとも、あなたのそれは隠しきれませんわ。片方を塞いでいればなおさら
です」
「こ、この眼帯がいけなかったのか?」
「眼帯をしている男がいたら、開いた方の目をどうしても注視しまうものです。そして、
そこにあるのが『王子様の瞳』では。これはもう笑ってしまいますわ」
「ううむ、やはり君には敵わないな」
「さあ、それを外してわたくしの美男子を見せて下さいな」
眼帯をアンリエッタに取り上げられたウェールズが、かつらを外し、べりべりとひげを
はがす。美……美形だ!
「ああウェールズ。そうよ、そうでなくては……」
甘ったるい展開が始まりそうな予感に、ルイズは船室から逃げ出した。
ぽかんとした空賊たち、手を挙げるかどうか決めかねて困ってる船長、すやすやと眠る
アニエス。ぐるぐる巻きの大男。ああもうしょうがねえなあ。
「船長、船を出す準備をしな。そんでお前ら、『王子様』はうちのボスと乳繰り合ってる
から、ま、そういうことだ、元の仕事に戻りな。んで、起きろねぼすけ、オラ」アニエス
に蹴りを入れるルイズ。
その言葉に目を丸くした空賊が訊ねる。
「え? あっしらの正体が割れちまったんで?」
「その喋り方ももういいから、ほれ、とっとと国に帰るんだよ」不機嫌そうにルイズが応
える。酒だ、今日はもう飲むぞ。
「皇太子が空賊の真似事とはねえ、いやあ、おでれーた」
『返り討ちにあって捕らえられたり、死んだりしたら、どうするつもりだったんだろうな
。国を滅ぼしたヴァカと、歴史に名を残してしまいそうなものなのだが……』
「うるさいわねもう。明日は戦争なんだから、今日は飲むのよ!」
アニエス。ぐるぐる巻きの大男。ああもうしょうがねえなあ。
「船長、船を出す準備をしな。そんでお前ら、『王子様』はうちのボスと乳繰り合ってる
から、ま、そういうことだ、元の仕事に戻りな。んで、起きろねぼすけ、オラ」アニエス
に蹴りを入れるルイズ。
その言葉に目を丸くした空賊が訊ねる。
「え? あっしらの正体が割れちまったんで?」
「その喋り方ももういいから、ほれ、とっとと国に帰るんだよ」不機嫌そうにルイズが応
える。酒だ、今日はもう飲むぞ。
「皇太子が空賊の真似事とはねえ、いやあ、おでれーた」
『返り討ちにあって捕らえられたり、死んだりしたら、どうするつもりだったんだろうな
。国を滅ぼしたヴァカと、歴史に名を残してしまいそうなものなのだが……』
「うるさいわねもう。明日は戦争なんだから、今日は飲むのよ!」
担ぎ下ろした樽の蓋をデルフリンガーでこじ開け、杯をごぼりと沈めてワインを汲む。
穏やかな陽光の下、舷側を背に酒盛りを始めたルイズ。結果的にとはいえ、命を救われた
とあって咎める者はいない。むしろ賞賛の目をちら、と向ける船員もいる。年齢で比べれ
ば、この船の一番若い船員とルイズがどっこいであり、しかも女。そんな彼女がばったば
ったとメイジの傭兵どもを切り伏せて見せたのだ、さもありなんである。
「ぷはあ、いい汗かいたあとの酒は格別!」
『しかしまあよく飲むな、私の祖国の連中といい勝負だ』
「フランス、だったわね」
『ああ、世界一のワインを醸す国だ。もっとも、この世界のワインを試したことがないの
で、どちらが上かは判らないが』
「わたしがフランスのワインを確かめるわよ、いつかきっと」
『そうだな。君となら行けそうだ』
「姐さん! その時にはもちろん俺も一緒だよな!」
「そりゃ、杖を持たないで行ったら格好がつかないしね」
「ひゃっほー」デルフはとても嬉しそうだ。
『しかしデルフ、あっちの世界で抜き身の刀を背負っていたら、即、逮捕だぞ』
「心配すんなって相棒、その頃には姐さんも、もでる並みの立派な身体になってらい!」
「何よそのもでるって?」
「いやこれが相棒から聞いたんだけどさ、あっちの世界にはこう、すらっとした長身の超
絶美人たちが最高級の服を纏って、舞台を練り歩いたり本の表紙を飾ったりする仕事があ
るんだと。しかもそれがそこいらの貴族なんぞより、がっぽり稼いでるっていうじゃねえ
か!」
「ふうん、仕事にも色々あるのね」満更でもなさそうだ。
「いま十六だろ、姐さん。あと二・三年もすりゃ、凄いぜ。俺には判るね」
『秀逸な身体能力、鋼の精神、類いまれな食欲。私も同意する、ルイズ、君は伸びるぞ。
まさにあらゆる意味で』
「ちょ、何だって今日はそんなに褒めるのよ、何も出ないんだからね!」
「そりゃまあ、ほら。見ちまったからな。姐さんの『覚悟』を」
『敵と認めた奴ばらを、完膚なきまでに殲滅するのと同時に、味方、いや『敵ではない』
者の全てを決して傷つけさせない、その『覚悟』、尋常には身につかない黄金の煌きを、
見てしまった。かつて私が全てを託した男、その精神をすら越えんとする可能性を』
「わ、わたしは本能のままに暴れただけよ! 他の連中が死ななかったのは、運がよかっ
ただけよ!」
「でもよ、あの姫さまとガンマンの姉ちゃんだけでここに向かってたら、酒場で全滅、船
に乗る前に全滅、傭兵の来襲で全滅、どう見ても三回は死んでるぞ、この船の船員も含め
て」
「し、失礼ね! 姫さま一人だったら誰にも負けないわよ!」
「でもなあ、ほら、あの人は盾とか言ってるわりに、自分より部下の命を優先してるよう
に見えるんだけど」ああ、確かにそう言われたら、そんな光景は想像に難くない。
『我々の期待がどうこうではないんだ。英雄を求めるのでもない。君が君のまま、立ちは
だかる壁をぶち壊して拓く道を、並んで歩いて見たい。それがいまの私の望みだ』
「それだ! 俺もだぜ姐さん!」
「わたしもよ!」いい感じに盛り上がった雰囲気に押されて、つい。
そしてこの時、この日、三人(?)の心は一つとなった!
穏やかな陽光の下、舷側を背に酒盛りを始めたルイズ。結果的にとはいえ、命を救われた
とあって咎める者はいない。むしろ賞賛の目をちら、と向ける船員もいる。年齢で比べれ
ば、この船の一番若い船員とルイズがどっこいであり、しかも女。そんな彼女がばったば
ったとメイジの傭兵どもを切り伏せて見せたのだ、さもありなんである。
「ぷはあ、いい汗かいたあとの酒は格別!」
『しかしまあよく飲むな、私の祖国の連中といい勝負だ』
「フランス、だったわね」
『ああ、世界一のワインを醸す国だ。もっとも、この世界のワインを試したことがないの
で、どちらが上かは判らないが』
「わたしがフランスのワインを確かめるわよ、いつかきっと」
『そうだな。君となら行けそうだ』
「姐さん! その時にはもちろん俺も一緒だよな!」
「そりゃ、杖を持たないで行ったら格好がつかないしね」
「ひゃっほー」デルフはとても嬉しそうだ。
『しかしデルフ、あっちの世界で抜き身の刀を背負っていたら、即、逮捕だぞ』
「心配すんなって相棒、その頃には姐さんも、もでる並みの立派な身体になってらい!」
「何よそのもでるって?」
「いやこれが相棒から聞いたんだけどさ、あっちの世界にはこう、すらっとした長身の超
絶美人たちが最高級の服を纏って、舞台を練り歩いたり本の表紙を飾ったりする仕事があ
るんだと。しかもそれがそこいらの貴族なんぞより、がっぽり稼いでるっていうじゃねえ
か!」
「ふうん、仕事にも色々あるのね」満更でもなさそうだ。
「いま十六だろ、姐さん。あと二・三年もすりゃ、凄いぜ。俺には判るね」
『秀逸な身体能力、鋼の精神、類いまれな食欲。私も同意する、ルイズ、君は伸びるぞ。
まさにあらゆる意味で』
「ちょ、何だって今日はそんなに褒めるのよ、何も出ないんだからね!」
「そりゃまあ、ほら。見ちまったからな。姐さんの『覚悟』を」
『敵と認めた奴ばらを、完膚なきまでに殲滅するのと同時に、味方、いや『敵ではない』
者の全てを決して傷つけさせない、その『覚悟』、尋常には身につかない黄金の煌きを、
見てしまった。かつて私が全てを託した男、その精神をすら越えんとする可能性を』
「わ、わたしは本能のままに暴れただけよ! 他の連中が死ななかったのは、運がよかっ
ただけよ!」
「でもよ、あの姫さまとガンマンの姉ちゃんだけでここに向かってたら、酒場で全滅、船
に乗る前に全滅、傭兵の来襲で全滅、どう見ても三回は死んでるぞ、この船の船員も含め
て」
「し、失礼ね! 姫さま一人だったら誰にも負けないわよ!」
「でもなあ、ほら、あの人は盾とか言ってるわりに、自分より部下の命を優先してるよう
に見えるんだけど」ああ、確かにそう言われたら、そんな光景は想像に難くない。
『我々の期待がどうこうではないんだ。英雄を求めるのでもない。君が君のまま、立ちは
だかる壁をぶち壊して拓く道を、並んで歩いて見たい。それがいまの私の望みだ』
「それだ! 俺もだぜ姐さん!」
「わたしもよ!」いい感じに盛り上がった雰囲気に押されて、つい。
そしてこの時、この日、三人(?)の心は一つとなった!
「ぶえっくしょっお」ぶち壊しのくしゃみが樽の向こうから炸裂する。うるさい、黙れ、
団体行動を乱すな。そもそもそのぐるぐる巻きをどうにかしろ。
ん? ああ、忘れてた! 傭兵の首領だっけ。炎の男だ。
「おっさん、あんたも飲むかい?」樽に話しかける。口調が傭兵のそれに戻っている。
「どうやって飲めってんだよ!」転がる男、ぐるぐる巻きの男が凄む。
「ああ、その格好じゃあ、辛いよねえ」
「縄を切ってくれたら礼を言うぜ」ぐるぐる巻きなのに生意気だ。上下関係というものを
骨髄に刻んでやらないといけないようね。
「あんたさっき、姉御に忠誠を誓ってなかったっけ?」
「あ、ああ。あれは駄目だ、逆らえねえ死にたくねえ」
「でもさ、あれであの姉御、すげえ手加減してたんだ。王者の技、喰らわなかったろ?」
「王者の技?」
「ああ、肉体言語さ。極められた瞬間に関節が『ありえない方向』に曲がるんだぜ、絶対
に逃れられねえ」
「……なん……だと……」
「でな、その姉御ほどあたしは優しくねえんだ。使えない奴、逆らう奴、反抗的な奴、全
部ブチ殺してきた(嘘)。死体は逆らわねえからな。お前が寸刻でも姉御の背後を狙って
みろ。その瞬間が三十二分割に刻まれる経験を味わう人類最初の一人になるぜ(嘘)」
「……くっ、畜生。認めてやる! 認めてやるよお前たちを! だから! 俺を置いて、
仕えると決めた俺を置いて、先に行くんじゃねえ!」
「純情だな。ああ、純情、純真な男だ。おっさん、気に入ったぜ。今日から、おっさんは
わたしの部下だ。……そんでおっさん、あんたの名前、何ていうんだい?」
「メンヌヴィル、“白炎”のメンヌヴィルだ。俺の炎は全てを焼き尽くし、そして匂いを
嗅ぐ」
「変態ね」
「ああ変態だな」
『変態以下のにおいがプンプンするぜッーーーーッ!』
ついうっかり己の性癖を開陳してしまった白炎が、慌てて取り繕う。
「任務と仕事、それと『身を守る』以外に炎を振るったことはねえよ」
その残忍極まる雰囲気からして、身を守るの範疇が相当に逸脱しているだろう事は、難
なく予想できる。やはりこの男、変態だ。諦めろ、そして受け容れろ。
「まあ、変態でもいいか。あの姉御が見込んで雇ったんだ、役に立つのだけは間違いなさ
そうだし」
「おう、使える男だぜ俺は」
「よし、今日からおっさんは“肉焼き名人”のメンヌヴィルだ。こんがり肉Gをたくさん
焼いて貰うぞ!」
「な、何だよそりゃ。俺を勝手に料理人にするな!」
「まあまあ。街に帰ったら高級肉焼きセットを買ってやるから、な?」
「く、くそっ。まあいい、お望みならば焼いてやるよ。俺も肉は食う」
「ようし商談成立だ」そう言うと、傍らに刺さったデルフを抜き、肉焼き名人の戒めを解
除する。
「飲むぞ!」
「おお、そうだな。飲ませて貰うぜ!」
酒宴の続く中、二隻の貨物船と一隻の軍艦がアルビオンを目指す。追い詰められ滅びの
淵にある国へ。明日は戦争だ!
団体行動を乱すな。そもそもそのぐるぐる巻きをどうにかしろ。
ん? ああ、忘れてた! 傭兵の首領だっけ。炎の男だ。
「おっさん、あんたも飲むかい?」樽に話しかける。口調が傭兵のそれに戻っている。
「どうやって飲めってんだよ!」転がる男、ぐるぐる巻きの男が凄む。
「ああ、その格好じゃあ、辛いよねえ」
「縄を切ってくれたら礼を言うぜ」ぐるぐる巻きなのに生意気だ。上下関係というものを
骨髄に刻んでやらないといけないようね。
「あんたさっき、姉御に忠誠を誓ってなかったっけ?」
「あ、ああ。あれは駄目だ、逆らえねえ死にたくねえ」
「でもさ、あれであの姉御、すげえ手加減してたんだ。王者の技、喰らわなかったろ?」
「王者の技?」
「ああ、肉体言語さ。極められた瞬間に関節が『ありえない方向』に曲がるんだぜ、絶対
に逃れられねえ」
「……なん……だと……」
「でな、その姉御ほどあたしは優しくねえんだ。使えない奴、逆らう奴、反抗的な奴、全
部ブチ殺してきた(嘘)。死体は逆らわねえからな。お前が寸刻でも姉御の背後を狙って
みろ。その瞬間が三十二分割に刻まれる経験を味わう人類最初の一人になるぜ(嘘)」
「……くっ、畜生。認めてやる! 認めてやるよお前たちを! だから! 俺を置いて、
仕えると決めた俺を置いて、先に行くんじゃねえ!」
「純情だな。ああ、純情、純真な男だ。おっさん、気に入ったぜ。今日から、おっさんは
わたしの部下だ。……そんでおっさん、あんたの名前、何ていうんだい?」
「メンヌヴィル、“白炎”のメンヌヴィルだ。俺の炎は全てを焼き尽くし、そして匂いを
嗅ぐ」
「変態ね」
「ああ変態だな」
『変態以下のにおいがプンプンするぜッーーーーッ!』
ついうっかり己の性癖を開陳してしまった白炎が、慌てて取り繕う。
「任務と仕事、それと『身を守る』以外に炎を振るったことはねえよ」
その残忍極まる雰囲気からして、身を守るの範疇が相当に逸脱しているだろう事は、難
なく予想できる。やはりこの男、変態だ。諦めろ、そして受け容れろ。
「まあ、変態でもいいか。あの姉御が見込んで雇ったんだ、役に立つのだけは間違いなさ
そうだし」
「おう、使える男だぜ俺は」
「よし、今日からおっさんは“肉焼き名人”のメンヌヴィルだ。こんがり肉Gをたくさん
焼いて貰うぞ!」
「な、何だよそりゃ。俺を勝手に料理人にするな!」
「まあまあ。街に帰ったら高級肉焼きセットを買ってやるから、な?」
「く、くそっ。まあいい、お望みならば焼いてやるよ。俺も肉は食う」
「ようし商談成立だ」そう言うと、傍らに刺さったデルフを抜き、肉焼き名人の戒めを解
除する。
「飲むぞ!」
「おお、そうだな。飲ませて貰うぜ!」
酒宴の続く中、二隻の貨物船と一隻の軍艦がアルビオンを目指す。追い詰められ滅びの
淵にある国へ。明日は戦争だ!