ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-25

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匿名ユーザー

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「どこだルイズ! 聞こえたら返事しろ!」

剣を片手に喚きながら走る少年を襲撃者は追った。
彼に印が無いのを確認して背後から静かに刃を抜く。
……何とも容易い獲物だと思った。
周囲を警戒するどころか声を上げて自分の居場所を晒す。
仕方ない。剣を持っているとはいえ相手は子供。
戦場を知らずに育った人間に対処できる事態ではない。

少年の不運を嘆きながら、その心を非情の刃に隠す。
せめて一太刀、恐怖さえ感じる間もなく終わらせよう。
フライと組み合わせた踏み込みで刃の間合いに飛び込む。
それに気付いた少年の目が私を捉えた。
だが、それも遅い。
避けるどころか反応する間さえなく刃は首筋へと走る。
それは頚動脈を断ち切り、瞬時にして相手を死に至らしめる。
そう積み上げた経験が少年の最期を告げていた。

刃が振り抜かれる。
しかし、あるべき手応えはなく必殺の一刀は虚しく空を切った。
視界から消えた少年の姿を咄嗟に追う。
気付けば少年は10メイルは離れた場所に着地していた。
霧を振り払いながら新たに足元から巻き上がる砂埃。
刃の触れるか触れないかの刹那、彼は一蹴りであそこまで飛んだというのか。

あまりの異様さに彼は絶句する。
確実に殺せる距離まで近付きながら逃げられた。
経験に裏打ちされた予測が圧倒的な身体能力に覆された。
彼の目に映るサイトはもはや平民の剣士ではない。
人の形をした『もっと恐ろしい何か』だ。

即座に刃を捨てる。切り結んで勝てる相手ではない。
近付かれれば一瞬で両断されてもおかしくない。
再びフライを唱えながら彼は背後へと飛んだ。
霧の中に身を隠し、そこから隙を窺いつつ魔法で仕留める。
いかに化け物じみた動きとはいえ相手の居場所が掴めなければ無意味。
気配を絶つ術も探る術も向こうは持ち合わせていない。

少年が剣を構える。
だが、それは剣術とは程遠い素人剣法のそれ。
覚えのある者から見れば棒切れを振るう子供に等しい。
剣を大上段に構えて全力で地面を地面を蹴る。
至るところ無駄だらけの力任せの突撃。

なのに、その踏み込みは神速ともいうべきものだった。


放たれた砲弾の如く、瞬時にして才人は襲撃者との距離をゼロにした。
逃げようとした相手の行動が無意味に終わる。
息が掛かりそうな距離で交差する両者の視線。
驚愕に目を見開きながら襲撃者は才人と引き剥がそうと杖を向ける。
だが、それは叶わなかった。彼の目の前で打ち砕かれた杖の残骸が飛び散る。
振り下ろされた才人の剣は魔法を使う間さえ与えず根元から杖を粉砕した。

意味を失った杖が襲撃者の手から落ちる。
手放したのではない、呆然とする彼の手から滑り落ちたのだ。
ただの少年にしか見えない“敵”は、
野生の獣さえ凌駕する動きで圧倒していた。
まるで妖魔か何かが人間に姿を変えているのではないかと、
そう彼に思わせるほど才人の動きは人間離れしていた。

杖を失い、バランスを失った襲撃者が着地できずに地面を転がる。
そのまま這うようにして駆けると襲撃者は一目散に逃げ出した。
無論、才人からの追撃はあるものだろうと予想していた彼が振り返る。
しかし、そこには誰もおらず、ただ白い霧だけが掛かっていた。


「ふぅ、助かった……のか?」

襲撃者を撃退し、剣を胸の前で掲げたまま溜息をついた。
流れ落ちる汗を袖で拭いながら呼吸を整える。
終始圧倒するかのような戦いではあったが才人にその余裕はない。
彼にとって、これは初めて経験する『命を懸けた戦い』だった。
殺し合いとは縁の遠い平穏な世界で育った人間が、
突如戦場の真っ只中に放り込まれて平然としていられるはずもない。
張り詰めた緊張で呼吸もままならず意識が飛びそうになる。

敵の追撃など頭にはない。
自分が助かった事に才人は安堵するのみだった。

それでも自分の身に起きた異常は忘れられない。
身体が羽のように軽く感じられ、相手の振るう刃や杖が止まって見えた。
まるで超人にでもなったかのような感覚。
だが、決して自分の実力ではない。
そんな運動神経があれば火の輪潜りに失敗などしない。
だとすれば考えられる原因は唯一つ。

ちらりと才人が自分の手へと視線を向ける。
彼の目は伝説の使い魔『ガンダールヴ』のルーン……ではなく、
手にした自分の剣へと向けられる。

「すげえ、さすがファンタジー。魔法の剣かよ、これ」

ギーシュの作り出した青銅の剣を天にかざして眺める。
まだ才人は知らない。
たかがドットクラスの作り出した剣にそんな効果がない事も、
巻かれた包帯の下でルーンが眩い光を放っている事も。


息を切らせながら襲撃者は走り続けた。
まずは仲間との合流、そして……それからどうする?
今の少年の事を知らせるか? そんな事をして何の意味がある?
目標を保護しているならともかく、ただ闇雲に走り回っているだけだ。
そんなものは放置してしまえば計画に何の支障をきたさない。
早ければ、もう目標を確保している頃だろう。
ここで今すべきなのは証拠を残さない事だ。
その為に何をしたらいいのかは分かっている。
……それなのに行動に移せない。

どうして走り回っているのか、彼はようやく気付いた。
それはあまりに明確で単純な理由だった。
死にたくない、一秒でもいいから長く生き続けたいのだ。
今まで多くの命を奪っておきながら浅ましいものだと自分でも思う。
先に死んでいった仲間達に恥ずかしくないのかと言われれば口を噤むしかない。
命を捨てる覚悟は出来ているつもりだった。
その時が来れば自ら命を絶てると思っていた。
なのに、今はどうしようもないぐらいに足掻いている。

そうだ。捕まりさえしなければいい。
他の仲間と合流すればいい。
そうすれば証拠を隠滅する必要もなくなる。
生きてもう一度アルビオンの大地を踏み締められる。

脳裏に浮かぶ僅かな光明。
しかし、その希望の光は前方に立つ人影に遮られた。

襲撃者の足が止まる。
眼前に立ちはだかる男の姿に彼は覚えがあった。
特徴的な羽帽子の飾り。身に纏った魔法衛士隊の制服。
このトリステイン王国……いや、ハルケギニアでも屈指の実力を持つメイジ。

「……ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド」

その相手の名を呼ぶ一言が彼の遺言となった。
ワルドの腰から抜き放たれた杖は瞬時にして彼の心臓を貫いた。
恐らくはいつ詠唱したのかさえ相手には分からなかっただろう。
魔法の早撃ちともいうべき芸当を見せたワルドが杖を戻す。
それに遅れて、ぐらりと襲撃者の身体が崩れて地面に沈む。

「どうやらまだ目的を終えていないようだな」

もし連中が目的を果たしていれば学院に用などない。
今頃この霧に紛れて何らかの手段で逃走しているだろう。
それをしていないのはまだ目的を遂げていないからだ。
焦りを浮かばせながらワルドは一人呟く。

「……時間との勝負だな」

誰にも聞こえぬその言葉が響いた同時刻、
アルビオンの襲撃者達は目的の一つを達成しようとしていた。


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