ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロのスネイク 改訂版-18

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匿名ユーザー

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18話

「間違エタ」

真っ黒焦げの自室で悲鳴を上げて起き上がったルイズへの、
ホワイトスネイクの第一声がそれだった。

「ま、ままま、まま、間違えたですってえええええ!!??
 何なのよさっきのは!? どう考えても間違えて出てくるようなものじゃなかったわよ!!」
「前ノ世界デラングラーヲブチノメシタヤツダ。
 私モ記憶デ見テビックリシタヨ。アイツ、アンナニブン殴ラレテマダ生キテタンダナ。
 後遺症ガ残ッタトカ言ッテタガ、ヨクソノ程度デ済ンダモノダ、ハハハ」

ハハハ、とは言ったが、顔はまるで笑っていない。
棒読みそのものである。
誤魔化す気さえ感じられない。

「ははは、じゃないわよ!
 あああ、あんたは、またご主人さまをバカにしてええええ!!」
「待テ待テ、私ダッテ間違イハアルンダ。
 一回グライハ大目ニ見ルベキジャアナイノカ?」

顔色一つ変えずに言うホワイトスネイク。
ここまで反省の意思が微塵も感じられないヤツもそうはいまい。

「うぅぅ~~~~……あんたってやつは、あんたってやつは~~~~……」

頭から湯気を上げて怒るルイズ。

だが、と冷静な部分が考える。
例えばここで――

「もう許さないんだから!! あんたなんか、あんたなんかぁーー!!」

などと言って、杖を抜いたらどうなるか。
アイツはわたしの杖をあっさりと奪うかへし折るかして、

「器量ノ狭イオ嬢サンダ。ソンナノデハ『立派なメイジ』ニハナレナイナ」

――とか言って私をバカにして、またどこかへ消えてしまうに違いない。
怒ったわたしを軽くあしらってバカにする気でいるのだ。

だから、ここで怒ればアイツの目論見取りになる。
それはすごく気に入らないことだ。
怒るのはダメだ。

ここはご主人さまの寛大さを見せるところよ、ルイズ!
そう言い聞かせて、ルイズはかまどの上の鍋みたいにカンカンになった自分の頭を、深呼吸でゆっくりと冷やした。

「そそ、そうね! い、一回失敗したぐらいで使い魔を折檻するのは、す、少し大人げなかったかもしれないわ!
 だから、も、もう一回あんたにチャンスをあげる!
 い、いい、いいこと? 次は無いわよ! 今度こそ、今度こそ成功させなさいよ!」

怒りに震える声で、なんとか言いきった。

「コレハコレハ、寛大ナ処置ニ涙ガコボレソウダ」

だがそれを心にもない言葉で茶化すホワイトスネイク。
ルイズはまた怒りの沸点が上昇しかけたが、なんとか堪えた。

「デハ、再生開始スル部分ヲモウ一度探ソウ」

ホワイトスネイクはルイズから受け取ったDISCを額に挿す。
そして先ほどと同じように、しばらくしてからDISCを抜き取った。

「今度ハ間違イハ無イハズダ」
「ほほ、本当に? 本当の、本当に?」
「本当ダ。ソレトモ何ダ。ビビッテルノカ、ルイズ?」

まったく、まったくこいつは!
口に出して叫びたいのを喉までで留めて、ルイズは再びホワイトスネイクの手からDISCをもぎ取った。
DISCを見つめて、深呼吸3回。
心を落ち着けて、そっとDISCを額に挿し込んだ。



(どこかしら、ここ……トリスタニアのどこかかしら?)

それが最初に移った暗い路地を見たルイズの感想だった。
トリスタニアはトリステインの首都であり、ルイズもしばしば足を運ぶために街並みに見覚えがあったのだ。

(でもなんか汚いわね……それに街灯もないし。多分裏路地だわ。)

そして路地の様子から、タチの悪い連中が集まる裏路地であることを推測する。
DISCはしばらくの間裏路地を歩くラングラーの記憶を映し続けた。

突然、何人かの男がDISCに映る。
どいつも手に得物を携えており、物騒な目的を持ってラングラーの前に現れたのは確実だった。

『へへへ……テメーに恨みはねえが、死になぁッ!』

そう言うや否や、先頭の男が襲いかかり――赤ペンキがぶちまけられた。

(へ?)

ルイズには最初、そのようにしか見えなかった。
次第に赤ペンキに赤くない、何かドロドロしたものが混じっていて、それは男の頭から流れ――



そこまで理解したところで猛烈な吐き気がこみ上げる。
もはや記憶を見るどころではない。
無理やりにDISCを引き抜くと同時にお腹の中身がひっくり返って、喉の奥から何かがせり上がる。
そして、一気に吐き出した。
朝食べたものも、昼食べたものも、消化しきらなかったものは全部胃液と一緒に出て行った。

「……あ、あれ……?」

ふと、ルイズは自分が洗面器の上に吐いていたことに気づく。
洗面器など事前に用意していなかったから、てっきり床の上に盛大にやったものだとばかり思っていた。

「ヤハリ、ヤッタカ」

そこに声がかかる。
ホワイトスネイクの声だ。

「あ、あんた……こんな『記憶』だって、知ってて、わたしに……」
「申シ訳ナイトハ思ッタガ、物事ニハ順序ガアル。
 今ノスプラッターシーンヲ超エタトコロデ雇イ主ガ出テクルノダ」

ウソである。
ラングラーとその雇い主が話し合っているシーンは、それだけのものとして十分成り立つ。
つまりこのスプラッターシーンを無理して見る必要なんて全くないのだ。

「あ……そうなの」
「チナミニ今ノシーンハラングラーガ放ッタ弾丸ガ男ノ頭蓋ヲ撃チ抜キ、
 大量ノ血液ト一緒ニ脳ミ」
「ストップストップストップ!」
「ココカラガイイ所ナノダガ」
「やめて……また気分が悪くなりそうだから」

そう言って、震える手で床に転がるDISCを拾う。

「マタヤルノカ?」

意外そうにホワイトスネイクが聞く。

「あ、当り前でしょ……わわ、わたしの、こ、事、なんだから……」

そう言って、ルイズは再びDISCを額に挿した。

そしてその日の晩。
いつもルイズたちが朝食を食べるアルヴィーズの食堂の上階が、華やかに飾られたホールになっていた。
フリッグの舞踏会はすでに始まり、思い思いに着飾った生徒たちが、豪華な食事の前で歓談している。
その中に、キュルケとタバサの二人はいた。
キュルケは何人もの男の子からダンスを申し込まれていて、
一方のタバサはダンスなどには目もくれずに御馳走を食べている。

だがそこにルイズの姿はない。
では、どこにいたかというと……



「……ここは?」
「医務室ダ」
「……何で医務室なの?」
「3回ホドゲロシタ後に卒倒シタノサ。
 覚エテイナイノカ?」

医務室のベッドの上にいた。
ベッドの脇の椅子にはホワイトスネイクがいる。

「あんた、よく医務室の場所なんて知ってたわね」

ふと疑問に思ったことが口に出た。

「ギーシュノ記憶カラ知ッタノダ」
「……どういうことよ?」
「簡単ナ話ダ。
 DISCヲ見ルッテ事ハ、ソレノ本来ノ持ち主ノ記憶ヲ追体験スルコトナノダ。
 ダカラギーシュガ一度デモ医務室ニ行ッタコトガアレバ、
 私モソコヘドーヤッテ行ケバイイカ分カルッテワケダ。
 原理トシテハ、オ前ガラングラーノ殺シヲ追体験シタコトト何モ変ワラン」
「便利なものね」

それだけ言って、ルイズはため息をついた。

「タメ息ノ多イ日ダナ」
「今日だけじゃないわ。
 あんたが来てから増えたのよ」
「ソイツハ残念ダ」
「反省する気がないのは相変わらずね」
「私ハ他人カラ理解サレニクイタイプデネ」
「何それ。自分で言うことじゃないわよ」

傍から見ると辛辣な言葉とはぐらかしの応酬のようだが、
これがルイズとホワイトスネイクにとっての普通である。
最初は口達者なホワイトスネイクとどう接するべきか分からなかったルイズも、
次第に本来のトゲトゲしさをホワイトスネイク相手にも発揮するようになり、今の形に落ち着いた。

「結局、舞踏会ニハ行カナイノカ?」
「そうよ。昼に言ったじゃない」
「ダガマダ理由ヲ聞イテイナイ」
「ドレスが燃えちゃったからよ。あんたのせいでね」
「ダッタラ何故昼ニソレヲ言ワナカッタ?
 言ッテ恥ズカシイ理由ジャアナイト思ウガナ」

見え見えのウソはあっさり看破された。
恐らくドレスが燃えたのは事実だろう。
燃えずに無事で残ったものが何着あるかよりも、
多少焦げるだけで済んだドレスが何着あるか考えた方がいいくらいに、無事なドレスは少ないに違いない。
でもそれはルイズの本来の理由ではない。

「イヤよ。言いたくないわ」
「ソンナニ恥ズカシイ理由ダッタトハナ……コレデハナオサラ聞ク必要ガアル」
「ち、違うわよ! 別に恥ずかしくも何ともないし、ふ、普通よ! 普通の理由!」
「ダッタラ言エヨ。恥ズカシクナイ理由ナラ、言ッテモ何トモ無イダロウ?」
「イヤって言ったらイヤなの! しつこいわよ、ホワイトスネイク!」

頑としてルイズは本音を言おうとしない。
口先で論破して降参させようとするのは失敗だったか、とホワイトスネイクは反省した。

(所詮、小娘ダカラナ)

かと言って昼のように多少誠意を見せた(とホワイトスネイクは思っている)にしても、結局ルイズは言わないのだ。

(記憶ヲ覗ケバ簡単ナンダガ、ルイズニソレヲヤルノハ私ノプライドガ許サン……。
 カト言ッテ、今更『やっぱり聞かない』ナドト前言撤回スルツモリモナイ。ト、ナルト……)

「……交換条件ダ」

ホワイトスネイクは譲歩を申し入れた。
ルイズ相手に譲歩などやるのもシャクだったが、
舞踏会に行かないでいる理由を聞かないことの方がもっとシャクだった。
期待していた舞踏会がワケの分からない理由でお流れになるのは腹立たしかったし、
そもそもホワイトスネイクは他人に秘密を持たれるのが大嫌いなのだ。

「交換条件?」
「ソウダ。私ガ一ツ、ルイズノ言ウコトヲ私ニ可能ナ限リデ何デモ聞イテヤル。
 ソノ代ワリニ、オ前ハ舞踏会ニ行カナイ理由ヲ言エ」
「な、何でも!?」
「何ヲソンナニ驚イテイル」
「だ、だってあんた、今までちっともわたしの言うこと聞かなかったのに……」
「ダカラコソ交換条件ニナルノダ。希少価値ガアルカラナ」

ルイズは少し考えてから、

「ほ、本当に、本当に言うことを一つ、『何でも』聞くのね?」
「可能ナ限リデダガナ」
「わ、分かったわ!」

そう言って、またしばらく考え込み、

「いいわよ。その条件、呑んであげるわ」

ホワイトスネイクの要求に応じた。

「ソレハ何ヨリ。デハ行カナイ理由、聞カセテモラオウカ」
「……別に、大したことじゃないのよ? 本当に大したことじゃないんだから。
 聞いてがっかりするかもしれないわよ?」
「御託ハイイカラ、サッサト言エ」

そう言われて、ルイズは深呼吸一つすると、

「……踊る相手が、いないからよ」

ぽそっと、そう言った。

「イナイナラ探セ」

ホワイトスネイクの第一声はそれであった。

「いるわけないわ。探したって、いないのよ。
 スタイルはキュルケみたいによくないし、殿方とお話しするのは苦手だし。
 ……それに、どこへ行ってもわたしが『ゼロ』なのは変わらないもの」
「ツマリ、コウイウコトカ?
 『舞踏会に行ったことはないが、行ってもどうせ踊る相手はいないだろう』」
「学院に入る前は行ってたし、相手だっていたわよ。
 でも学院に入れば家柄がどうとか、お父様がどうとか、お母さまがどうとかは関係ないの。
 ……どこへ行ったって同じよ。どうせここでは、一緒なんだわ」

そう言って、ふんと不貞腐れるルイズ。

「……心底呆レタナ。食ワズ嫌イト同ジジャアナイカ」
「な、何ですってえ!?」

頭ごなしに否定されたルイズが声を上げる。

「勘違イスルナヨ。無謀ヲヤレトカ、ソウイウ意味ジャアナイ。
 本質ヲ知ラナイクセニ知ッタ気ニナッテルカラ、ソウ言ッタンダ」
「本質って何よ!? そうやってあんたはいつもわたしのことを知った風に!」
「事実ダ。舞踏会デソレヲ証明シテヤル」
「どうやって?」

食い下がるルイズを見てホワイトスネイクは不敵に笑うと、すっと立ち上がった。
そして、ルイズの頭の上に手を乗せる。

「ちょ、ちょっと!」
「心配スルナ。取ッテ食イヤシナイサ」

「少シ、『魔法』ヲカケルダケダ」

その瞬間、ルイズの体の周囲に異変が起こる。

ズザザ……ズザザ……ザザッ、ザザッザッ……

辺りに霧のようなものがたちこめ、ルイズが着る学生服が変化していく。
白いブラウスは胸元が開いた純白のドレスと、同じく純白の、肘まである手袋に、
黒いスカートはレースで飾り付けられたドレスの裾に生まれ変わる。
首には付けた覚えもない金の首飾りがあった。

「え、え? な、何これ? 何これ!?」
「『幻覚』ダ。実際ニ変化シタノデハ無イガ、コレデモ十分意味ガアル」

ホワイトスネイクの幻覚能力。
周囲の人間の脳に干渉し、その五感をホワイトスネイクの意のままに変化させる。
「基本的には」効果範囲はホワイトスネイクの周辺に限定されるが、それに反比例して極めて強力な効果を持つ。

「サテ、着替エモ済ンダトコロデ出カケルゾ」
「出かけるって……舞踏会に? イヤよ! どうせ行ったって笑い物になるだけだわ!」
「ソウナッタラ私ノ首ヲクレテヤルサ」
「く、首って! あんた正気なの!?」
「全ク正気ダ。ムシロルイズハ現実ヲ堅苦シク考エ過ギテイル。
 世ノ中ハオ前ガ思ッテイルヨリズット単純デ、ズット馬鹿ラシクデキテイル」
「そ、そんなこと言ったって!」
「舞踏会ハモウ始マッテイル頃ダナ?
 近道ヲ行クゾ」

そう言うや否や、ホワイトスネイクはルイズを抱き上げて、医務室の窓から飛び出した。
空を飛び、壁を蹴り、屋根の上を駆け抜ける。
まるで風みたい、とルイズは思った。

そして、あっという間にアルヴィーズの食堂に辿り着くと、
2階ホールのバルコニーに静かに降り立った。

ホールではちょうど一曲終わったところらしく、
生徒たちは次のダンスの相手を探しているようだった。
中には何人もの男の子からダンスを申し込まれる女の子、
逆にたくさんの女の子が行列を作る男の子がいる。
彼らはまさにこのダンスホールの主役であった。

「サテ、ココカラガ面白イトコロダ」
「でももう始まっちゃってるのよ? 今さら入って行ったって……」

ルイズは不安そうに目を伏せる。

「危ないですよ、外から入ってきたりしたら!」

そこに衛兵の声が掛けられる。
衛兵は平民なのか、ホワイトスネイクが見えていないようだった。

「もう舞踏会は始まっています。
 こちらへどうぞ」

そう言ってルイズに近づいてくる衛兵に対し、

ズギュン!

ホワイトスネイクは何のためらいもなく、彼の額に指を差し込んだ。

「オ前ガヤルベキコトハソンナノジャアナイ。
 主役ノ到着ヲ、コノ広イホールニ大々的ニ発表スルコトダ」

そして引き抜く。
衛兵はとと、と数歩後ずさりすると、ホールに体を向けてびしっと背筋を伸ばし、

「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢の
 おなぁ~~~~~りぃ~~~~~~~~!!!!」

ホール全体に響くような声で、ルイズの到着をアナウンスした。
その場の目が一斉にバルコニーのルイズに向かう。

「え、え? ちょ、ちょっとホワイトスネイク!」

この状況を作り出した張本人を問いただそうとするが、すでにホワイトスネイクの姿は無い。
逃げたのだ。
相変わらずひどいヤツである。

一方、ホールの男の子たちの目はルイズに釘付けになった。
彼らの目に映るのは、普段ゼロ、ゼロとバカにしてきた女の子だが、
今この場のルイズは宝石のように美しく、周りの空気ごと輝いているようにさえ見えた。
純白で統一された上品なデザインのドレスはルイズの桃色のブロンドを引き立て、
彼女の高貴な一面をこれでもかと強調する。

その美しさに魅了された男の子たちが、一人、二人とルイズに歩み寄る。
そして気がつけば、ルイズは1ダース以上の男の子にダンスを申し込まれていた。
誘われ方どころか断り方さえ知らないルイズは言われるがままにホールの中心へと手を引かれていく。

楽士たちが音楽を奏で始める。
清流が流れるように、小さく、滑らかに演奏される音楽に合わせて、生徒たちはダンスを踊り始めた。
その中心にルイズがいる。
その外側には、彼女と踊りたがる男の子たちと、彼女のためにダンスの相手を失った女の子がいる。
今、舞踏会の主役はルイズただ一人だった。



「なかなかやるじゃない」

それを横目に、キュルケがそう呟く。
キュルケの圧倒的魅力を前にしてルイズに流れることができた猛者はいなかったようで、
彼女は踊る相手には事欠いていなかった。
ホールの外側には彼女とのダンスを心待ちにする者が何人もいる。

ルイズは今までのルイズではない。
それがキュルケが思ったことだった。
彼女は間違いなく成長している。
ラングラーとの戦いでは自分を助けてくれたし、この舞踏会の場でもなかなかの魅力を発揮している。
大したものだ。

でも、

(あたしも、このままじゃおかないわよ)

心の中でそう言って、キュルケはダンスの相手に笑みを投げかける。
相手の男の子はそれだけで顔を真っ赤にしてしまった。
女王は未だ健在、といったところである。

ルイズと一緒にステップを踏む男の子がやさしく微笑む。
彼は先ほど何人もの女の子からダンスを申し込まれていたが、
それらを全部蹴ってルイズにダンスを申し込んでいた。
ルイズはその彼にぎこちなく笑みを返す。

足はちゃんと動いているのに、その下にちゃんと床があるような気がしなくて、
まるで雲の上で踊っているような、そんな気分だった。
心地よいと言えば、すごく心地よい。
なんだかふわふわした気分だ。

でも、なんかヘンだ。
何が変なのかは分からないけど、なんだか落ち着かない。
それが気になって、ダンスに集中できない。



(何か変)

それがルイズを見たタバサの、最初の感想だった。
確かに今のルイズは美しい。
同じ女として、そして客観的に見てもその美しさは相当なものだ。
それはタバサも認める。

(しかしその外見と、彼女の心が一致していない)

ルイズは明らかに戸惑っている。
いつものお転婆を隠すあれだけの衣装やメイクをしているのに、
何故か彼女は乗り気でないようだ。
言うなれば張り切って山を登る支度をしておきながら、
それをやる当の本人が山登りに積極的でないような感じだ。

まるで他の誰かに準備してもらったかのようだ。
そうタバサは思った。

でも、

(……そんなことより、こっちが大事に)

タバサは視線を舞踏会の料理へと戻す。
どれもこれもが、超一流の料理人が腕によりをかけて作った御馳走だ。
そうそう食べられるものではない。
食べ損ねる手など、無い。

タバサは人知れずにぐっと拳を握ると、再び料理と格闘し始めた。
舞踏会の御馳走の寿命はあと30分とないだろう。

その後ルイズは何人かとダンスをしたところで、ホールを離れた。
ダンスを申し込んでくるものはまだ10人以上いたが、彼らに何と言って断ったかは覚えていない。
ふわふわした落ち着かない気分のままに舞踏会の中心から離れ、またバルコニーに戻っていた。
男の子たちはそれを名残惜しそうに見ていたが、
しばらくすると何事もなかったかのように他の女の子たちと踊り始める。
あっという間に、ルイズが来る前に戻っていた。
ルイズはそれを、バルコニーから眺めていた。

「ホワイトスネイク」

ルイズがそう呼ぶと、

「何ダ?」

ホワイトスネイクが、闇から浮かび上がるように現れた。
バルコニーのフェンスに、その外側から肘をついている。
闇に紛れてよく見えない下半身は、ひょっとしたら実体化させていないのかもしれない。

「舞踏会はどうだった?」
「アア、スゴク良カッタサ。
 絵画ノ特徴、芸術品ノ特徴、音楽ノ特徴……。
 ドウヤラコノ世界ハ私の世界トハマルデナル異ワケデハナイラシイ。
 ドコカシラデ共通点ガ見受ケラレルノダ。
 ソレガ分カッタダケデモ大収穫ダッタサ」
「そう……それはよかったわね」

しばらく、沈黙が流れる。
ルイズは何か言いたそうに、ホワイトスネイクはそれを待っているようだった。
そして、ルイズがその沈黙を破る。

「わたしと最初に踊った男の子はね、わたしと廊下ですれ違った時、
 友達にわたしが『ゼロ』だってことを言って、話のタネにしてたわ」

ホワイトスネイクは何も言わずに聞いている。

「次に踊った男の子も、その次の男の子もそう。
 みんな、どこかでわたしをバカにしてた。
 なのにみんな、変わっちゃうのね。
 あんたがどれだけ『幻覚』でいじったのかしらないけど、
 それでもわたしがルイズ・ド・ラ・ヴァリエールなのは一緒なのに。
 わたしが『ゼロ』なのはぜんぜん一緒なのに、まるで変わってて、違ってたわ。
 みんなわたしにほほ笑んでくれたし、イヤなことは一つも言わなかった。
 わたしに『美人』だとか『カワイイ』とか言うばっかりで……」

そこでルイズは言葉を切って、ホワイトスネイクに向き直る。

「ねえ、ホワイトスネイク」
「何ダ?」
「人ってなんでこんなにいいかげんなのかしら?」

それがルイズの、この舞踏会で感じたことの全てだった。
普段はルイズをバカにする少年たちでも、いざ舞踏会でルイズがかわいく見えればダンスを申し込む。
ルイズの見た目一つでまったく心変わりしたのである。
いいかげんだとしか言いようがない。

「ソレハ私モ常々思ウ事ダ」

ホワイトスネイクはまずそう言って、

「ダカラト言ッテ人ヲ全ク信用シナイ、トイウノハタダノ馬鹿ノスル事ダ」

一瞬、二人の間にいやな沈黙が流れる。

「……ドウシタ?」

ホワイトスネイクが怪訝そうな顔で言う。

「……あんたからそれが聞けるとは思わなかったわ」
「随分酷イ事ヲ言ッテクレル」

不機嫌そうな顔を作るホワイトスネイク。

「……っふふ、あっははははは!」
「何ガ可笑シイ」
「だ、だってあんた、そんな顔で……あははは!」
「……理解デキン」

舞踏会のときの落ち着かなさはどこへやら、
ルイズは声をあげて笑いだした。
ホワイトスネイクは呆れ顔でそれを見ている。

「はぁ、はぁ、……でも何で人を信じないのはダメなのよ?
 あんなの見せられたら、ちょっと他人を信用できなくなるわ」
「ソレハ全クダ。
 ダガサッキモ言ッタダロウ? 人間ハモット単純デ、モット馬鹿ラシク出来テイルンダ」
「どういうこと?」

ルイズが聞く。

「ソノママノ意味ダ。
 問題ナノハ根ノ部分ダッテコトサ。
 ドンナ信念ガ土ノ上ニ生エテモ、ドンナ理想ガ花ト咲イテモ、根ダケハ決シテ変ワラナイ。
 タダ伸ビ続ケルダケデ、ソコダケハズット変ワラナイノダ。
 ソシテ、ヤメラレナイノダ。
 変ワラナイデ、ソノママデ伸ビ続ケルコトヲナ」
「大事なのは、本当の部分って事?」
「ソウイウ事ダ。
 私ハソノタメニ記憶ヲ集メル存在ニナッタ。
 人間ノ本当ノトコロヲ知ルタメニナ」
「人間の、本当のところ……」

ルイズがホワイトスネイクの言葉を反芻する。

「ソウダ。
 ……ルイズ、オ前ニハソレヲヤル勇気ハアルカ?」
「それ?」
「人間ノ根ノ部分……ヒイテハ人間ノ底ノ部分ダ。
 ソレハ開ケテハナラナイ『パンドラの箱』ナノカモシレナイ。
 シカシソコニコソ人間ノ真実ガアル。
 オ前ハ、ソレヲ見ルダケノ勇気ヲ持ッテイルカ?」

十分にハッパはかけた。
今まで自分をバカにしてきた人間が手のひら返してすり寄ってくれば、
他人を信用したくなくなってくるものだ。
とくにルイズのような真っ直ぐな精神を持つ人間ならば。

ハッキリ言って、ルイズは自分を扱うのに向いていない。
真っ直ぐすぎるからだ。
真っ直ぐすぎて、他人から奪うことを本性とする自分の能力が合わないのだ。
だから多少は歪ませてやる必要がある。
真っ直ぐな精神を完全にへし折るわけではない。
多少自分の望む方向に曲げてやるだけだ。
それだけで、ルイズは容赦ない辣腕を振るう帝王にすらなりうる。
ルイズにはそれだけの可能性が――

「絶対イヤ」

その可能性が、たった今失われた。
思わずフェンスからずり落ちそうになるホワイトスネイク。

「ナ、何デダ?」
「だってあんたみたいになりたくないもの」
「ハァ?」

ホワイトスネイクは自分の耳を疑った。

「わたし、あんたみたいになりたくないのよ。
 いっつもわたしの出方をうかがって、バカにして、すごく腹が立つわ。
 それで、他人の本当のことを知ろうとするとあんたみたいになっちゃうんでしょ?
 絶対イヤよそんなの。あんたみたいな高慢ちきでにくたらしいのになっちゃうなんて死んでもごめんだわ」

ああ、そうか。
ホワイトスネイクは少し納得した。
先ほど自分は、「人間とはもっと単純で、もっと馬鹿らしく出来ている」と言った。
そして「ルイズは真っ直ぐすぎる」と思った。
つまり、こういうことなのだ。

ルイズは馬鹿すぎるぐらいに単純で、まっすぐだったのだ。
彼女には記憶を知ることの有用性より、それを知ったらどうなるかが自分を通して見ていた。
真っ直ぐであるがゆえに、そこまで見えたのだ。

「……ジャアサッキ言ッタ他人ガ信用デキナイッテノハドウスルンダ?
 記憶ヲ探ラナクテハ、ソンナコトハ面倒デトテモヤッテハイラレナイゾ」
「それくらい一緒にいれば分かりそうなもんじゃない」
「一緒ニイタトキニハ隠シテイルカモシレナイゾ?」
「だったら出てくるまで待つわよ」

ルイズは口をとがらせて言い返す。
真っ直ぐすぎることは、頑固すぎるってことでもある。
これでは何度言ったところで無意味だろう。

「……ソコマデ言ウナラ、私カラ言ウ事ハ何モ無イナ」

ため息混じりにホワイトスネイクはそう言った。
そして、ふと空を見上げる。
薄青と薄赤の二つの月が輝く空は、真っ暗だ。
だけど地球よりもずっと多くの星が輝いている。
地球は地上の光が明るすぎるから、星が見えないのだそうだ。

ふと横を見ると、ルイズも同じように星を見ていた。
何か気に入らないものを感じたホワイトスネイクは、星を見るのをやめて眼下の草原に目をやる。

不意に、ルイズが口を開いた。



「ねえ、踊らない?」

またバルコニーから落ちかけた。

「何ヲ言イ出スカト思エバ……」

ホワイトスネイクは何とかそれだけ呟いた。

「何よその態度!
 ご主人様が誘ってあげてるんだから、素直に喜びなさいよね!」
「昼ニモ言ッタハズダガ、私ハダンスヲ心得テイナイ。
 踊ルノハ無理ダ」
「いいわよ。わたしが教えてあげるから」
「ソモソモ何デ私ト踊リタガルンダ? 理由ヲ言エ、理由ヲ」

そう言うホワイトスネイクをよそに、ルイズは何か考え込んでいた。
そして、ばっと顔を上げる。

「ねえ、ホワイトスネイク! あんた、さっき言ったわよね?」
「サッキト言ウト……マサカ!」

察しの良いホワイトスネイクはすぐに気付いた。

「『わたしの言うことを何でも聞いてやる』って、言ったわよね?」
「言ウコトニハ言ッタガ……」
「あんたが言ったことでしょ? だったらもう逃げ場はないわよ!
 ……そうだわ!」

ルイズがまた何かひらめいたようだ。
ホワイトスネイクは嫌な予感がした。

「あんた、私をダンスに誘いなさい!」

ホワイトスネイクはもう返す言葉もなかった。

元々言い出したのは自分だ。
今更撤回したのでは自分のプライドに障る。
腹立たしいことだが、避ける手はない。

「仕方ナイ、カ……」

ホワイトスネイクはブツブツ呟きながら、フェンスをまたいでバルコニーに上がる。
下半身はちゃんと実体化したようだ。

「いいこと? ちゃんとレディを誘うきちんとしたやり方をするのよ!」
「分カッテイル」

ぶすっとした顔でホワイトスネイクは背筋を正す。

「……私ト、一曲踊ッテクダサルカナ? レディ」

そう言って、ホワイトスネイクは手をそっと差し出した。
妙に決まっていた。
それでいて、どこか品の良さを感じさせた。
思わずルイズは、それに見とれていた。

「……踊レバイインダロウ? 踊レバ」
「そうよ、踊れば……」

見とれていたのもつかの間、ホワイトスネイクはそう呟いた直後、ルイズをひょいと抱き上げる。
そしてバルコニーから飛びあがり、壁を蹴って、どんどん上へと上がっていく。

「ちょ、ちょっとストップストップ!
 どこへ行く気よ、ホワイトスネイク!」
「悪イガ人前デ踊ッテヤルホド私ハ気前ガ良クナクテナ」

そう言いながらホワイトスネイクはどんどん上へと上がって行って――

「踊ルナラ、人目ニツカナイトコロガイイ」

とうとう、尖塔のバルコニーまで来てしまった。
学院の中で最も高い位置にある場所だ。

「ヤルナラサッサトヤルゾ。
 私ハアマリ気ガ長イ方デハナイカラナ」

ホワイトスネイクがずいと手を出す。
さっきとは違う、いつものホワイトスネイクだ。

「もう……じゃ、いい? わたしに合わせるのよ」

その手をルイズはそっと握る。
ホールで奏でられる音楽は、小さいながらもここまで聞こえていた。
それに合わせて、ルイズはステップを踏む。
ホワイトスネイクもそれに合わせて踊りだす。

「以外と出来るじゃない」
「見ヨウ見マネダ」
「それでもよく出来てる方よ」

そう言ってルイズは少しうつむくと、思い切ったように口を開いた。

「信じてあげるわ。
 別の世界から来たって事」
「何ヲ今更。ズット前カラ分カリキッテタ事ダロウ」
「うるさいわね。ご主人さまが信じてあげるって言ったんだから、素直に喜びなさいよね」

そこで二人の会話はまた止まり、無言でダンスが続けられる。

ホワイトスネイクは思う。
この主人は、マジに自分と合っていない。
絶望的なまでに合っていない。
相性最悪ってやつだ。
多少褒めるべきところはあるし、ちゃんと成長だってしているのは認める。
でも、合っていないのだ。

そもそも自分の能力は騙すことと奪うことだ。
しかし、ルイズはまずそれを好まない。
最初の授業の時から分かっていたことだが、正々堂々としたのが彼女の好みらしい。
このあたりからもう致命的である。
ルイズに下にいたら、自分は満足に自分の能力を振るえないかもしれない。
それは自分の、ホワイトスネイクとしてのアイデンティティさえ崩壊させうるものだ。

だが、それでも。

(意外ト、悪クハナイ)

それが、ホワイトスネイクのルイズに対する評価のすべてであった。
相性最悪なのは認める。
自分にとってロクなことがないかもしれないのも認める。
だがそれでも、何故か斬って落とすことが出来ない。
お前の下で使い魔なんぞやってられるか、という気分にはならないのだ。
だから、意外と悪くない。
気に入らないことはあるし、相いれない部分もある。
だけど、意外と悪くない。

(『意外と悪くはない』、カ……使イ勝手ノイイ言葉ダ)

そう思いながら、ホワイトスネイクはルイズとのダンスを続けた。

ダンスは、音楽が途切れるまで、静かに続いた。


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