ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

25 命の限り、悪の限り

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25 命の限り、悪の限り

東の山の向こうから、茜が紫に追われ行く。星屑をはべらせて、双子が白い顔を浮かび上がらせる。

オールド・オスマンの物語は、短く単純なものだった。
三十年も前になるだろうか。ある日、オールド・オスマンはとある森に分け入った。気分転換の散策に、あわよくば希少な薬草を見つけに。
ところが、彼を迎えたのは夜行性のはずのワイバーンだった。前脚を持たない飛竜であるワイバーンは、いわゆるドラゴンに比べ、格段に知性が低い。
神の不興を買ったか、あるいは、その手の無い造形が知能の発達を妨げたか。その一見して威厳をも覚えさせる巨体とは裏腹に、猛獣の頭と猛禽の心を持つ。
弓槍程度なら軽く避ける敏捷性はどこへやら、鱗の胸にいくつかの穴。苦痛にのたうち回ったか、ひどく汚れていた。
正気を失った翼竜は、その濁った瞳でオールド・オスマンを捉え、襲い掛かった。
ひらりとはいかず、無様に木陰を伝い逃げるオールド・オスマン。口の端から血泡をこぼしつつ、木々をなぎ倒すワイバーン。紛れも無く時間の問題だった。
息を切らせ、喉を空気でこすりつつ、必死で走るオールド・オスマン。それでも杖を構え、ルーンを唱え、火球をイメージする。獣を脅かす炎をこの種は未だに恐れ、ブレスを吐くことすら出来ない。
視界も足場も悪い地形で、予期せぬ敵に追われつつ、精神を集中させ、魔法で反撃する。そうそう上手くいくはずもなく、叢の下に潜む岩に足を取られ、盛大に倒れこむ。
死ぬ。全力で起き上がろうと手をついたその時、進行方向から草を踏み分ける音。一匹ではなかったのか。血の気の引いた顔をあげる。そこには一人の男がいた。
一見して衰弱していると判った。頬はこけ茶色の髭は伸び、顔色はおそらく今の自分と大差ない。泥沼のような色の服は破れ、その下の皮膚も破れていた。
だが、男は目に嫌な光を灯し、迫りくるワイバーンに向かって二杖の一本を構える。むしろ担ぐ、と言ったほうが適切な構え方。
次の瞬間、杖の先から煙が出た。発せられた音と相まって、場違いに派手な印象を受ける。それを強く補強する、後方からの爆音。
頭の上に線を引く煙、その後を追うように首を回す。胸に大穴を空け、自らの血溜りに沈むワイバーン。肉の焦げる臭いが煙にのってやってくる。
驚愕。詠唱ぬきの原始的なマジックアイテムの破壊力か、あれが。そして爆音。爆音だと? 物が爆発する魔法など聞いたことがない。何者だ、この男は。
オールド・オスマンは命の恩人に目を戻す。食いしばった歯を剥き出しに笑う顔。目の焦点がほどけ、男もまた草むらに倒れる。


暗くなった学院長室。月光に背を向け、老人のシルエットが手を打つ。卓上に、本棚の端に、扉の上にあるランプが一斉に明かりを灯す。
小さな光源で部屋を照らしだせはしない。部屋の隅々、影が揺らめく。
「で、どうなった」 デーボは先を促す。どこか階下から、管楽器のものらしい音がてんでに聞こえてくる。音合わせか何かだろうか。
「すぐに学院に運んだ。やせ細っていた彼は軽かった。持っていた杖の方が重いようにすら感じられた。
 ともあれ、我々は出来る限りの看護をした、が、手遅れだった。彼は生死の境を二日ほどさまよい……」 魔法の光に照らされる沈鬱な表情。それが本物かどうか。
「死んだか」 話の内容が本当かどうかすら、今の自分には判別できない。
杖はそう、本物だろう。M72対戦車ロケット。それを持っていたその男は、まず間違いなく米兵だ。あちらからこちらに召喚されたのだ。
だがそれを手に入れた経緯は? 無意識の内に、デーボは剣の束に親指を這わせる。
「心残りは多い。命の恩人の名前すらわからない。今となっては、ベッドの上で最期を迎えさせられたのだけが慰めだ」頷く老人。遠い目をして続ける。
「彼は死ぬまでうわごとのように繰り返していた。『ここはどこだ。元の世界に帰りたい』とな。
 私は、せめて彼の亡骸を故郷に帰そうとした弔ってやろうと、な」 目が動き、こちらを見る。故郷? アメリカか。そいつが帰ったなら。おれも帰れるか。何のために?

何か、何かが頭の片隅に閃く。

それを塗りつぶすように、主人の言葉がよみがえる。次いで顔貌が、桃色の髪が揺れる姿までもが脳裏に浮かびかける。それは今はどうでもいい。
「無理、だろう。それは」 幻影を振り払い、思考を今に引き上げるための一言。だが老人はそれに鋭い眼差しを返す。
「そう、無理だった。私は初めは簡単だと思っていた。彼の杖も、服装も、身につけていたペンダントの文字も、始めて見る物ばかりだったからな。
 自分の無知を恥じたが、逆に、これだけ特徴的ならば誰かは知っているだろう、とも考えた。もしそれが上手くいかなくとも、この目立つ風体ならば
 森に入る前の道筋を辿ることも、さほど難しくは無いだろう、と。」 デーボを見据え、喋り続ける老人。
「学院全てのメイジに聞いても、あの杖が何なのか判らないと言う。ペンダントに彫られた文字も判らない。そもそも杖もペンダントも、材質すら判然としない。鉄と何かの合金だとしか判らない。
 噂が尾ひれを付けて城下町まで広まった。王宮勤めの学者や、魔法研究所の者までやって来おった。しかし、誰一人として判らなかった。あの杖がなんなのか、どうやって使うのか。
 不可解に思いながらも、私は彼の足取りから追うことにした。
 だが、それすらも判らなかった。四方の町も、街道から外れかけた村も、翼人達の集落にすら分け入った。それなのに誰一人としてそんな人間は知らないと言う。
 どういうことだ? 彼はあの森で生まれ育ち、一人であの杖を作り上げたとでも言うのか?
 そんなことは不可能だ。道も無く、切り開いた炭焼き小屋の一つも無く、夜には竜が飛び回る。そんな所で一人では暮らせない。
 一人ではなかったとしたら? 私は危険を顧みず森に舞い戻った。しかしいくら探しても、たった一つの焚き火跡しか見つけることは出来なかった」
 おれがここの文字が読めないように、こいつらもアルファベットは読めないか。水差しから小さなグラスに水を注ぎ、喉を潤す老人を見つつ、そんなことを思う。

「結局、何一つ判らなかったと言っていい。残ったのは彼の亡骸と杖の噂だけだ。私は彼を一本の杖と共に埋葬し、もう一本を宝物庫にしまいこんだ。恩人の形見としてな……」 苦々しい面持ちで語る老人。
 私はずっと調査し続けていた。三十年、進展はなかった。だが、ここに来て事態は大きく動いた。おぬしは杖を使いこなし、ゴーレムを破壊した」 眼光が鋭さを増し、睨みつけるかのようだ。
「そして今また一つ。『無理だろう』。そう言い切ったな、今。魔法も知らず文字も読めない、おぬしが何故言い切れる? 『無理』な理由を知っているからではないか?」 真剣そのものといった面持ちで問い詰める。

その真剣さに、デーボの胸中に疑問が湧く。こいつは何故、こんなにも真剣なんだ? 恩人に報いるため? 三十年間もずっと? 馬鹿な。弔いのために、命を失いかけた場所に戻る? 馬鹿な。
違うな。こいつは多分、あの杖が、ロケットランチャーが欲しいだけだ。使い方は知りたかったが、使って欲しくは無かったか。
やつの言葉の端々に現れている。死体についてではなく、持ち物に執着している。
名誉が欲しいのか、武力が欲しいのか。純粋な知的探究心か。それとも王宮に献上して、金子でも賜るのか。
金。思い至る。おれにも必要だ。おれにこそ必要だ。ややあってデーボは答える。
「ああ、知っている」 それを聞いて、老人の瞼が微かに持ち上がる。期待しているのか。デーボは薄く笑って付け加える。
「…対価はなんだ?」 なに? 呟きが漏れる。何を言っているのか判らない、という顔になる老人。
「おれは『無理』な理由を教えてやる。あんたがその『無理』をなんとかするかどうかは、おれの知ったことじゃない。で、あんたはおれに何をくれるんだ?」
「何だと。おぬし……」 眉根をしかめる。真似をするデーボ。口元はにやにやと歪んでいるが。それを見て、老人の表情が変わる。
「そうだな、字でも教えて…」 とぼけたような顔つきで口にする。デーボは頭を振る。年寄りの相手はこれだから困る。
「そうじゃない。判るだろ? それとも聞きたいのか? 金が欲しい、と」 それを聞いた老人が溜息をつき、机の引き出しを開ける。
「やれやれ、ここでそう来るとはな。おぬしの主人に報告せんといかんな」 一枚取り出し、放る。受け取ったそれは金貨だった。
持ち替えて親指で弾く。部屋の隅に飛んでいき、快い音を立てて転がる金貨。それを見て、再度けげんな顔をする老人。
「なんだ、まさか金の値打ちも知らんのか?」 呆れたように言う。まさか、知っているさ。この剣もそれで買ったんだ。
「そういえば、さっきの勲章の話だが」 言いながら剣を抜く。左手に光。反射的に椅子を鳴らし、素早く立ち上がる老人。手には杖を握っている。
「おいおい、いきなり何だよ。自分だけ金貨一枚でキレたか?」 剣が呆れたように言う。大体そんなところだ。

「その勲章に年金は付くのか?」 つまり、そういうことだ。老人が憎々しげにこっちを見る。
「ああ…。お前も勲章が欲しいのか、俗物だな、おい」 楽しげに喋る剣。何を聞いている。大事なのは胸飾りじゃない。金だ。
「さらに低俗じゃねーか。……まあ、そうだな。精霊勲章ともなれば、1年で小さな家が建つぐらいは出る…」 喋り出したデルフリンガーを遮るように、老人が大声を被せる。
「馬鹿を言うな! おぬしに叙勲の申請だと? 平民のおぬしに…」 反論する老人。それをさらに剣が妨げる。
「ああ! そうだ! 思い出した! 行きの馬車の中であの盗賊、『わたくしは、貴族の名をなくしたものですから』とか言ってたな、そういえば!
 その平民が、なんで爵位に勲章まで付くんだ?」 わめく剣。おれと話しながら、周りの話も聞いていたのか。こいつの視聴覚はどうなってやがる。
「彼女は平民だった。雇い入れるにあたって、私の遠縁としたのじゃ。魔法学院長の秘書が平民では、いらぬ軋轢を招くからのう」 話を逸らそうとしてのことか、すんなりと答える。

「つまり、遺族年金というわけだ」 剣が陽気に言い放つ。老人は動きを止める。デーボは聞く。その場合はどうなる?
「夫婦親子じゃねーからなあ…。ま、墓が立つぐらいにはもらえるだろ。さもなきゃ最悪、無縁仏になっちまうもんな。貴族様が」 何がおかしいのか、ヘッヘと笑う剣。老人を見る。厳しいその表情が肯定している。
「時間はどの程度かかる」 老人に直接問いかける。
「まだ払うと言ったわけではない」 老人は憮然として答える。
「そうか」 剣先を左右に振る。相手も杖を握りなおす。
「こんな狭めーとこでやりあうつもりかよ、お前ら」 呆れつつも、楽しげな響き。だが、デーボにそのつもりはない。
こんな隙の無い奴と、正面からやりあう理由は無い。もっと簡単に、もっと効果的な方法がある。動きを止める二人。
階下から流れる交響曲。それを聞き、老人の目が見開かれる。学院長ともあろうものが、気付くのが遅い。笑みがこぼれる。嫌らしい笑みが。
おれが剣を振らなくても、もっと相応しい奴がこいつの首を刎ねるだろう。罪状? 監督不行き届きといったところか。
保身のために庇った犯罪者、そんな奴に自らの学院の生徒が――貴族の子弟が――殺されればどうなるか。考えれば簡単なことだ。
手近な所で、ルイズを切り殺すイメージ―――

心臓が握りつぶされる。嘔吐感。眩暈。瞳孔が急激に拡散する。脳が膨らみ行く感覚。恐怖。
それは駄目だ。あり得ない。あってはならない。親殺しどころではない禁忌。
他の誰をどうしようが、ルイズは駄目だ。考えたくもない。
もっと他の、誰でもいい。例えばギーシュ、キュルケ、タバサ、あの香水の女、名も知らぬガキども。
「もっと弱そうなのがいくらでもいるだろう。今も、酔って、踊っているはずだ」 心拍数が下がる。何とか平静を取り繕う。
音楽の流れる方へ視線を逸らす。老人は自らの運命に捕らわれて、動けない。



取り巻きと共に笑いさんざめくキュルケや、ひたすら食事に専念するタバサを後に残して、ルイズは早々に引き上げる。
声を掛けてくる男子生徒にも、着飾って舞踏会に顔を出せる自分にもうんざりする。それだけが理由ではなかったが。
松明に照らされた、静かな廊下を一人歩く。騒がしい会場とのコントラストが心地よい。服の衣擦れが、油のはじける微かな音が、自分の足音がすべてだった。
自分の部屋に戻ってくる。鍵が開いている。またしても掛け忘れたか。
「早いな」 闇の中からの声にルイズは飛び上がる。月光を避けるように部屋の隅に座る使い魔。壁に背をもたれ
「あ、あんたねえ! 戻ってるなら明かりぐらい点けておきなさいよ! 気が利かないんだから!」 照れ隠しか、腹立ち紛れか。自分でもよくわからないままに使い魔にぶつける。
デーボは軽く手を叩く。部屋は相変わらず闇に包まれている。あれ? ランプの異常かと、慌ててルイズも続いて手を打つ。部屋に光が戻る。
え? なんで? ルイズの疑問に、使い魔は短く答える。おれには魔法の素養はないら、しいな。
言われて初めて気づく。これもまた魔法なのだと。家族の誰もが、学院のだれもが当たり前のように使っている、この簡素な仕組みのランプもまた、魔法なのだと。
そうなのだ。明かりを見ながら、何か考え事でもしているのだろうか無言の使い魔。ルイズは見る。この男は魔法を使えない。
あの破壊の杖、マジックアイテムなんかじゃない。以前言っていた、ここではない世界。その産物だ。魔法とは違う論理で動くもの。
自分はあの杖は使えなかった。だが、ランプを灯すことは出来る。魔法の力。わたしはゼロじゃない。
「わたしは、ゼロじゃ、ない……」 当たり前だ。呟いた言葉を耳ざとく拾う使い魔。
「お前が本当にゼロなら、おれはここにはいない」 その言葉に何が込められているのか、口調から感情は読み取れない。
「ねえ、帰りたい?」 俯き加減に訪ねる。
「そこが問題だ。何か…が…」 顔をしかめる使い魔。整っていない顔立ちが更に崩れる。
「いや。ここも向こうも同じだ。良い事もあれば悪い事もある。そもそも帰れない」 使い魔は吹っ切るように立ち上がり、ドアへと向かう。
どこへ行くか訪ねる。振り向きもせず、短く「残飯」と答える背中。
思い切って言う。

「ありがとう」

使い魔が振り向く。何か言おうとしたが上手い言葉が見つからなかったらしく、手を振って廊下に消える。


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