ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-35

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匿名ユーザー

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学院を出て街道よりやや離れた場所にある森。
騒動が治まる気配を感じさせない学院と打って変わり、
そこは梢が風に揺れる音さえ聞き取れるほど静寂に満ちていた。
その中でマチルダ・オブ・サウスゴータは切り株に腰を下ろして深い溜息をついた。
生き延びた仲間はここに集合する手筈だった。
そして、本国と内通者からの手引きを受けて撤退する。
だが、森に集結したのは彼女の予想を遥かに下回る数だった。
遅れている者がいたとしても半数に届くかどうか。

「あれだけいて……たった、これだけか」
「いえ、“こんなにも”ですよ。
あの花壇騎士団を相手にしたのですから大健闘といえるでしょう。
最悪、一人だけでも生還できれば我々の勝ちなのですから」
何の感情も挟まず、彼等を率いる中年の騎士は答えた。
出立前には何度も言葉を交わし、楽しげに酒を酌み交わしていた部下達。
それを失ったにもかかわらず、彼は数字の計算でもするかのように語った。
(……いや、それだけじゃない)
マチルダ・オブ・サウスゴータは大きく頭を振った。
失われたのはアルビオンの兵ばかりではない。
この計画により多くの無関係な命が失われた。
誰が犯人かを特定させないように、誰が生き延びたのかを判らないようにする為に。
トリステインやガリアの兵士に貴族、教師……そしてまだ歳若い学生達を手にかけた。
身代わりを作る為とはいえ、命を奪うばかりか首を切り落とした。
その凄惨な光景にマチルダはただ見ている事しか出来なかった。
手にはまだ騎士を殺した感触が残っている。

マチルダ・オブ・サウスゴータは思慮に暮れる。
後悔していると言い換えてもいい。
果たして、この計画にはそれだけの価値があったのだろうか。
他の方法で解決する事は出来なかったのか。
そして。

「おい、聞いてるのか、そこの年増! 嫁き遅れ! 中古品!」

―――この口喧しい少女に、それだけの価値はあるのだろうかと。


「よくも大切な髪を切ってくれたな! 丸坊主にしてやるから憶えときな!」

びたんびたんと陸に打ち上げられた魚のように跳ね回る人質。
両手と両足を縛られてもなおも激しく暴れまわる。
それを目にしながらマチルダは再び深い溜息を零した。
その無駄な元気に、呆れるのを通り越して逆に感心さえ覚える。

「アンタ、自分の立場が分かってるのかい?」
「分かってるから言ってるんだよ、このマヌケ」

脅すように冷たく言い聞かせるマチルダに、イザベラは言い放つ。
多大なリスクを負うと分かっていながら生かして連れ出してきたのだ。
なら、むざむざこんな所で殺すなどという事はない。
それを分かっているからイザベラはいつもと変わらぬふんぞり返った態度を取る。
今は手も足も出せないので口だけで反撃し続けるイザベラ。
それに激昂しながらも同じく手を出せないマチルダ。
周りの人間は係わり合いになるまいと距離を置いていた。

「大方、インテリ気取って勉強に励んでたら周りに男っ気がなかったんだろ?」
「うるさいね! 言っとくけど助けなんて期待しても無駄だよ」
「ふん! アンタらみたいなのに花壇騎士がそうそうやられるかっての!」

そう言い放ったイザベラの言葉にマチルダの表情は蒼褪めた。
花壇騎士の名に恐怖を覚えたのだと思い、勝ち誇ったように彼女は笑みを浮かべる。
だが、それは大きな誤りであった。
マチルダに込み上げた恐怖は自分が犯した罪によるもの。
彼女の手には自分の物ではない血が染み付いている。
震えを噛み殺して彼女はイザベラに告げた。

「……死んだよ」
「あん?」
「アンタのご自慢の花壇騎士団長は死んだんだよ!
いや、アタシが殺してやったのさ、この手でね!
ざまあないね! 呆気ないぐらい簡単にくたばったよ!」
突然いきり立つようにマチルダは叫んだ。
もう後戻りなど出来ない。なら悪人らしく振る舞おう。
罪を内に秘めるより恨まれた方がよっぽどマシだ。
口汚く罵られ、怨嗟を浴びせられるのが今の私には相応しい。
その想いで彼女はイザベラに真実を知らせた。

息せき切らすマチルダの姿を呆然と眺める。
その鬼気迫る表情に偽りは感じられなかった。
“カステルモールは死んだのか”ただそれだけが事実として圧し掛かる。
あまりにも突然だったからか、少しの悲しみも感じなかった。
俯いて頭を垂らす彼女にマチルダは心苦しいものを感じていた。
直後。

「ふざけんな!あれは私の玩具だ!私の許可なく勝手に殺しやがって!」

まるで火が付いたように激しくイザベラは吠え立てた。
悲しみよりも憎しみを滾らせて感情の赴くままに叫び続ける。
急な変化にマチルダも驚きを隠せず唖然とするばかり。
困惑する彼女の背後に黒い影が差し込む。
その瞬間、マチルダを詰っていたイザベラの背筋が凍る。
見上げた視線を横に向けると、そこには自分の腹を殴りつけた男の姿があった。
ふてぶてしく笑う男をイザベラは忌々しそうに睨む。
しかし、男は表情を崩さず楽しげに彼女に問いかけた。

「ようやくお目覚めかい、お姫様」
「ああ、最悪の寝起きさ、アンタみたいに不味い顔が目の前にあったんじゃあね。
飼い主の手に噛み付いた狂犬が今度はアルビオンに尻尾振るなんざ、
アルビオンにはよっぽど腕のいい調教師がいるんだな、ええセレスタン?」

ぴくり、とセレスタンの眉が一瞬上がる。
それは挑発にではなく自分の名を呼ばれた事への驚きだった。
やがて薄ら笑いが口元を釣り上げるような獰猛な笑みへと変貌する。

「まさか憶えていたとはな。俺が北花壇にいたのは国王が変わる前の話だぜ」
「おかげで思い出すのに時間がかかったけどね。あの時もアンタは今と同じ様に笑ってたね」
「俺も憶えているぜ、王妃の膝の上でこっちを睨んでたガキの面を。そう今みたいにな」

セレスタンはイザベラの隣にしゃがみ込むと、
無骨な手で切られて短くなった髪を無造作に掴み上げる。
イザベラが苦痛に顔を歪めるのにも構わず、上半身を引き起こして目線を合わせる。
目の端に涙を浮かべながらも声を上げないイザベラの顔を覗き込みながら、
セレスタンはとても愉しげに訊ねた。

「で? 今の気分はどうだ、お姫様よ。
情けをかけた相手に後ろ足で砂引っかけられた上に、命を握られるってのは」
「……舐めるんじゃないよ。手も足も出せないのはお互い様だろうが」
「そうかい」

セレスタンが髪から手を離す。
そして、身動きの取れないイザベラの顔が地面へと叩きつけられた。
キッと顔を起こして睨みつける彼女に、セレスタンは表情に愉悦を浮かべながら言った。

「“命を奪われる心配はない”ってのは別に無事でいられる保証にはならねえんだぜ?」

その言葉の意味を理解したイザベラの顔色が蒼白に変わる。
傭兵というのは平時には盗賊や山賊と何ら変わりない。
戦闘が終結して一時的に仕事のなくなった彼等は混乱の収まらぬ町々で略奪を繰り返す。
食料を奪い、金品を強奪し、女は犯して奴隷として売り飛ばす。
良識などという言葉は期待するだけ無意味だ。
彼等にとっては他人とは糧にしか過ぎない。
そして自分が置かれている状況を俯瞰し、イザベラは言い放った。

「やりたきゃやりな。喉笛食いちぎられても良いんなら」

彼女の返答にセレスタンは口元を歪ませて笑った。
沸きあがる感情を堪えきれずに笑った。
そうでなくては張り合いがないと言わんばかりに。
嬉しそうに、楽しそうに、まるで獣が牙を剥くように笑った。
イザベラの目に映る、狂気じみたセレスタンの笑み。
いや、恐らくは本当に狂ってしまったのだろう。
騎士の身分を追われたセレスタンに声をかける国などない。
貴族としての立場も失い、傭兵にまで成り下がり今日まで生きてきたのだ。
泥水を啜り、死肉を喰らい、敵味方の屍を乗り越えてきたはずだ。
そこまで追い込んだガリア王国への恨みはどれほどだろうか。

「俺にやらせろ!畜生!さっきから痛みが引きやがらねえ!」
喚き散らすかのような声にイザベラが視線を向ける。
目が血走ったセレスタンの仲間の傭兵と思しき男。
顔から脂汗が流れ落ち、はあはあと苦しげに息を洩らす。
手に巻いた包帯は滲んだ血で赤く染まっていた。
「手を突き刺しやがって……こんなんじゃ割りにあわねえ!
クソ!そいつに穴空けてやらなきゃ収まりがつかねえぞ!」
荒々しい呼吸を更に乱しながら、男はイザベラへと近付く。
そして自分のベルトに手を掛けると、たどたどしい手つきで外し始めた。
舌なめずりしながらイザベラを舐め回すかのように視線を巡らせる。
服の上からでも分かる肉付きのいい肢体。
誰にも身体を許した事のないガリアの姫の純潔。
それを薄汚い傭兵の自分が思う様に蹂躙すると考えるだけで、
男の興奮を際限なく高まっていった。
直後、卵が割れるような気味の悪い音が響いた。
「うごぉああぁ…」
男の口から溢れる白い泡。
見れば、セレスタンの靴の爪先が彼の股間に突き刺さっていた。
よろめきながら前のめりに倒れた男が丸くなって痙攣する。
しかし、何ら同情を示すことなくセレスタンは男の頭を踏みつける。
「人の話に割って入るなよ、興醒めだぜ」
そのまま踏み砕きそうな勢いを見せるセレスタンに周囲の傭兵達が止めに入った。
仲裁する間、彼等の手の一方は常に杖にかかっていた。
そうでなければセレスタンに殺されるかもしれない、
そんな恐怖が彼等の間にはあるのだろう。

「何の騒ぎですか? できれば迎えが来るまで静かにして頂きたいのですが」
「すまない。よくある隊内での揉め事だ」
アルビオン騎士の問いに年長の傭兵が面目なさそうに答える。
もしメンヌヴィルがここにいれば規律を乱す真似など恐ろしく出来なかっただろう。
いや、逆だ。何よりも隊長自身がそうであったか。
ともかく隊を預かった以上、失態は犯せない。
逸る気持ちを抑えながら傭兵は騎士に尋ねる。
「それで、いつになったら迎えは来るんだ?」
「どうやら手間取っているようですが、もう間もなくでしょう。
それとも、なにか焦るような理由でもお有りですか?」
心の奥を見透かしたような問い返しに傭兵は言葉に詰まった。
愚鈍な雇い主も厄介だが、鋭すぎる相手も手に余る。
だが隠し通す理由もないと観念したように傭兵は理由を話した。
自分達が追っている“炎蛇”と呼ばれたメイジの事。
そして、その人物が魔法学院に教師として潜伏していた事。
要点だけを抑えて語られるそれに耳を傾けて騎士は頷いた。

一見、聞き流すかのような態度を取りながらも内心では冷汗をかいていた。
特殊な任務を主とする彼の耳にも“炎蛇”と“実験部隊”の名は届いている。
魔法を使った殲滅戦の研究中に脱走したとの噂だったが、
もしも、それがトリステイン王国の流した虚偽の情報だったなら。
行方不明という事にしておいて手の内に切り札を隠し持っていたなら。
この計画が露見していたかもしれない、そんな恐怖が込み上げる。
「………しまった。俺とした事が」
騎士に話している内に傭兵は“ある事実”に気付いてしまった。
それは塔に火を放つ直前、符丁と交戦があったという事実。
符丁を出すのは敵が自分達と同じ格好をしていた時だ。
あんな短期間で同じ服を準備出来たとは思えない。
つまり、殺して奪ったものでなければ最低でも一人、
トリステイン王国に捕まっている可能性がある。
どんなに自白を逃れようとしても魔法で調べられればおしまいだ。
その事実を打ち明ける傭兵に、騎士は平然と答えた。
「そちらは心配ありませんよ」
「……それはどういう事だ?」
「手は打ってあるという事です。
では、私はお姫様と少しお話してきますので、
くれぐれも先程のような騒ぎを起こさないようにお願いします」
「ああ、気をつける」
遠ざかっていく騎士の背中とセレスタンを交互に見ながら彼は答えた。


無理な体勢で叫び続けて疲れたのか、
イザベラは身体をぐったりとさせて横たわる。
どうせ着せられている服は庶民のものだから汚れても構わない。
陽が差し込まないだけあって地面はほどよく冷たく、
頭と体に篭った熱を冷ましてくれる。
ごろりと寝返りを打ちながら周囲の状況を見渡す。
この状況においても彼女は自分が生き残る方法を模索していた。
それも妄想でも賭けでもなく、確実に脱出する方法を。

ふと自分を見下ろす視線に気付いて身体を起こす。
そこにあったのは自分を盾に取った騎士の顔。
忌々しげに睨む彼女に、騎士は平然とした態度で接する。

「彼は勇敢で忠実な真に素晴らしい騎士でした。貴女はそれを誇りに思うべきでしょう」
「それを騙まし討ちしたアンタが言える立場か? ええ、どうなんだい?」
「……尊い犠牲です。彼の死は決して無駄にはしません」

その返答にイザベラの眉は釣り上がった。
キッと目を見開いて埃塗れになるのも構わずに暴れ回る。
猛り狂う彼女は怒鳴るように彼を問い詰めた。

「なにが尊い犠牲だッ!? こんな事やらかしやがって!
何の目的があってこんなくだらない計画を立てた!」

罵倒する彼女の責めを一身に受けて騎士は眼鏡を外した。
そしてグラスの曇りを拭き取りながら彼は答える。
とても当たり前のように、悠然と、何の臆面もなく。

「そうですね。強いて言えば、子供達が無邪気に路上で戯れ、
母親が暖かな日差しの下で洗濯物を干し、仕事を終えて帰ってくる父親を家族が出迎える、
そんな当たり前の平和で穏やかな日常でしょうか」

まるで、さも当然といわんばかりに。

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