ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-41

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匿名ユーザー

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平賀才人に魔法の知識はない。だが、その脅威は知っている。
自分に突きつけられた杖の一本一本が銃口であり剣先。
不意を突いて撹乱しようにも背後にはルイズがいる。
彼女を人質に取られれば才人には投降するほか術はない。
躊躇が僅かに才人の足を背後に引かせる。
その逃げの気配を察知して隊士達は距離を詰める。
だが、その先へと進もうとする部下の行く手をワルドの杖が遮る。

「僕一人で十分だ。それと奴等には聞きたい事もある。
お前達は先にアルビオンの連中と合流しろ」
「はっ!」

その指示に敬礼で答えながら隊士達がその場を離れていく。
やがてグリフォンの羽ばたきも聞こえなくなり、
緊張感に満たされた空間には痛いほどの沈黙だけが残る。
この場にいるのは強敵を前に冷たい汗を流す才人と、
未だに信じられないといった表情を浮かべるルイズ。
そして無表情な仮面を被り直したワルドの三人だけ。

「……どうやって知った? いや、誰から知らされた?」

問いかけるワルドの声には若干の焦りが感じ取れた。
予想外の事態に冷静でいられなくなったのは才人達だけではない。
才人の目にはどこか切羽詰った様子にさえ見える。
恐らく平時のワルドならば太刀打ちできまい。
だが平静を欠いた今の彼ならば僅かながらでも勝機はある。
奴一人ならまだしも隊士を呼び戻されたら終わりだ。
進む道が見えたのなら、それが火中であろうと関係ない。

ドンと背に張りついていたルイズを霧の中へと突き飛ばす。
直後、あらん限りの力で大地を蹴り飛ばして前へと飛ぶ。
神速じみた動きから繰り出される剣閃はなお速く、
『閃光』の二つ名を誇るワルドでさえ防ぐのが限界だった。
杖と剣の鍔迫り合いの最中、才人は後ろに振り返って叫んだ。

「走れルイズ! こいつから出来るだけ離れるんだ!」
「そ……そんな! アンタ一人でどうにかなるような相手じゃ……」
「いいから行けって言ってるだろ! 俺もすぐに追いつく!」

膂力で押し切ろうとする才人にワルドは舌打ちを洩らす。
詠唱を終えても杖が封じられていては新たな魔法が使えない。
(なるほど。平民にしては良く考える……だが!)
押してくる才人の力の動きに合わせてワルドは手首の力を抜いた。
綱引きで相手が綱を引いた瞬間に綱を離した時のように才人は体勢を崩す。
拮抗する力を失った剣が虚しく砂塵を巻き上げながら地面を叩く。
何をされたかも分からず才人の表情に驚愕が浮かんだ。
目の前には自分に杖を向けるワルドの姿。

彼は心のどこかでハルケギニアを文明の遅れた世界と侮っていた。
しかし、それは大きな誤りだった。彼等は地球とは違う歩みを選んだだけ。
ハルケギニアは六千年もの間、科学ではなく魔法を磨き続けてきたのだ。
その中には無論、杖を使った接近戦の技法も存在する。
それこそ地球に存在する数多の剣術にも劣らぬ代物だ。
ただ速い、ただ重い、それだけで通用するならば、
頑強な肉体を持つ亜人にメイジが敵う道理はない。
無論、ガンダールヴの常軌を逸した動きならば話は別だ。
並の相手なら目で追う事も出来ず、
卓越したメイジでさえ防ごうとした杖ごと両断される。
しかし、それもワルドには通用しない。

若くしてスクエアの領域に達したワルドの才は群を抜いている。
だが、それはあくまで常人と比較した場合の話だ。
シャルルや烈風カリンといった真の天才、
『元素の四兄弟』のような異能の怪物、それらと比べれば彼の存在は霞んで見える。
環境や努力といった問題ではない、もっと歴然としたモノの差。
“トリステイン最強”などという大層な肩書きと現実の違いに彼は苦悩した。
それでも彼は足掻いた。補えない物があるなら他で代用しようと。
鍛錬で身に付けられる技術があるならば残さず習得しよう。
貪欲に魔法を追求し自分の極限まで磨き上げよう。
それは小石を積み上げて丘を作るような果てしない道程。
才能だけではない、努力だけではない、
その執念こそがワルドを最強たらしめているのだ。

一瞬反応の遅れた才人の胸をエア・ハンマーが打ち据える。
吹き飛ばされる才人の姿を見て、終わったとワルドは確信した。
手加減としたとはいえエア・ハンマーが直撃して無事ではいられまい。
呼吸さえままならずに地面をのた打ち回っているがいい。
侮蔑の視線を投げかけた後、ワルドは逃げ遅れたルイズへと振り返る。

「ワルド、貴方」
「落ち着くんだルイズ。僕の話を聞いてくれ」

彼女を怯えさせないように杖をしまって歩み寄る。
それはルイズを信じての行動ではなく余裕の表れにすぎない。
ルイズが魔法を使えない事をワルドはよく知っている。
その気になれば素手であろうと簡単に彼女を組み伏せられる。
それを彼女も察したのか、ルイズはじりじりと後ろに下がっていく。
もはや説得は不可能と判断したワルドが踏み込もうとした瞬間―――。

「サイトーーーーー!」

がむしゃらにルイズは叫んだ。
理由は分からないけれど彼の名前を呼んだ。
平民で無礼でうるさくて、だけど何故か信じられた。
サイトならきっと自分を守ってくれると。

直後。ワルドの真横で霧が左右に別たれた。
迸る殺気と剣先に咄嗟にワルドは杖を引き抜いて盾にする。
振り下ろされる剣は先程よりも重く、されどなお速い。
叩き込まれた一撃に腕どころか全身に電流じみた痺れが走る。
霧を裂いて現れたのは打ち倒したはずの平民。
目の前に映る光景をワルドは有り得ないと否定する。
仮に立ち上がれたとしてもそれが限界。
そんな身体で剣を振り回せば激痛で失神するだけだ。
だが眼前の男は今も立っている。立って剣を振るっている。
ならば、これは悪夢か、それとも幻か。
だがワルドの考えを激しい剣戟が否定する。
理解できない。理解できないが……それが現実なのだと。

咳き込んだ口から血が零れ落ちる。
息が洩れるような耳障りな呼吸音が響く。
医学の知識がない自分でさえ相当ヤバイ事は見当がついた。
それでもまるで痛みを感じないのは幸いか。
アドレナリンとかそんな感じの脳内麻薬が頑張っているのだろう。
だけど怪我が治ったわけじゃない。
単にブレーキとリミッターがブッ壊れただけだ。
そのままアクセルを踏み続ければどうなるかは言うまでもない。
これだけの怪我してこんな馬鹿げた運動をしているんだ。
次の瞬間には折れた肋骨が臓器を貫いて口から血をブチ撒けるかも知れない。
以前の俺なら医者に絶対安静と言われるまでもなくベッドにへばりついただろう。
壊れたエンジンみたいにがなり立てる心臓。
人の限界を一つ超える度に悲鳴じみた軋みを上げる筋。
(だからどうした。文句を言う前にそいつを斬り伏せろ)
肉体が発する危険信号を悉く無視して才人はさらに加速する。
後の事はどうだっていい。そんな余分な事は考えなくていい。
今はより鋭く、もっと強く、さらに速く打ち込む事だけを考えればいい。
口に出して言ったばかりじゃねえか、ルイズを守るってよ。
ルイズが俺の名を呼んだ。助けて欲しいと叫んだ。
命を懸けるにはそれだけで十分すぎるだろうが……!

防戦に徹するワルドの表情が次第に険しさを増していく。
呼吸も構えも素人以前の問題。暴れ馬の暴走にも似た愚挙。
こんなものが保つはずがないと気力が尽きるのを彼は待ち続けた。
しかし、いくら時間が経とうとも剣戟の嵐は止む事はなかった。
それどころか一撃を凌ぐ度に剣は更なる重量と速度を帯びて戻ってくる。
追い込むつもりが逆に自分が追い込まれている事実にワルドは我を失いかけた。
ワルドの眼から見ても才人の身体は既に限界に達している。
なのに、この力はどこから湧いて来ているのか。
ルイズを想う一念が自身の限界を凌駕する力を引き出しているとでも言うのか。
噛み締めたワルドの歯がギシリと鈍い音を奏でる。
精神力の存在を否定する気はない。それこそがメイジの力の根源だ。
だが、それだけで圧倒的な実力差を覆すなど有り得ない。否。あってはならない。
それを認めてしまえば今までの生涯をかけて積み上げてきた物は何だったのか。
信念、愛情、忠誠、誇り……自身を構成する全てを否定されるに等しい。
――――そんなものを。

「誰が認めるものかアァァァーーーー!!」

全力と全力。持てる精神力の全てを注ぎ込んだエア・ニードルが才人の剣を弾く。
余力も残さぬ一撃を放つなど本来のワルドにとっては唾棄すべき愚挙。
仮に仕留め損なえば次のチャンスなどなく撤退という選択肢さえ喪失する事になるだろう。
捨て身などという戦術は勝機を逸した人間の自滅行為に過ぎない。
だが、それだけの覚悟でなければ勝てなかった事をワルド自身が誰よりも理解していた。
次の詠唱などない。この杖で、この一撃で確実に仕留める。

才人の剣先が切り返される。だがワルドの方が僅かに速い。
勝敗を決したのは互いの余力の差だった。

『お兄ちゃん、メールだよ♪』

「なっ!?」 
「へ?」

メールを受信したノートパソコンが着信ボイスを奏でる。
着信を逃さぬように音量を上げていたそれは、
リュックサックを通り抜けて周囲に響き渡った。
緊張した空間に流れる間の抜けた声に唖然とするルイズ。
そして、どこからともなく聞こえる少女の声にワルドは戸惑った。
だが唯一人、それに気を取られなかった者がいた。

「オオオォォォオオーー!!」

雄叫びを上げながら才人は剣を切り上げた。
地面を切り裂きながら跳ね上がった剣先がワルドの胴へと伸びる。
刹那、両者の間に鮮血が飛び散った。
反応の遅れたワルドの杖先は才人の額手前で止まり、
才人の剣先が纏わり付く血を払いながら弧を描く。

余力を使い果たした才人に着信は聞こえなかった。
いや、たとえ聞こえていたとしても意に介さなかったろう。
今の彼には剣を振るう事しか考えられなかった。

傷口を押さえて力なく膝を付くワルドの姿。
それを目にしてハッと才人は正気に返った。
(勝った……のか? 一体どうやって……? いや、そんな事よりも!) 
剣を手にしたまま身を翻して才人はルイズの下に駆け寄る。
そして有無を言わさず彼女の手を掴むと脱兎の如く逃げ出した。

「ちょっと! な、な、何するのよ!」
「いいから走れ! しばらくは追ってこれないはずだ!」

ぐいっと力強く引っ張る才人にルイズも走り出す。
そうして走る才人の背中を彼女は見上げた。
こうして誰かと一緒に走ったのはいつ以来だろう。
繋いだ掌から伝わってくる人の熱さ。
逞しく力強さに溢れた手。
誰かと手を繋いだのも数えるほどしかない。
勿論、こんな強引で野蛮なのは初めてだ。
そんな状況じゃないって判っているのにどうしてだろう?
何故だか頬が熱くなって収まらない。
(……お願いだから振り返らないでよね)

ルイズの手を握りながら才人はひた走る。
戦いの熱はいつの間にか冷め、ようやく才人は今の状況に気付いた。
そういえば自分はルイズの手を握り締めているのだと。
精巧な硝子細工のように華奢で繊細、なのに柔らかくて吸い付くような肌触り。
その手に口付けしたくなった雑念を振り払う。
いかん、いかん。そんな事をしたらルイズに殺される。
これはあくまで緊急的な措置であり邪心邪念の類は無かったのだ。
熱くなっていた頬を誤魔化しながらルイズへと振り返る。

「あの、その、これはだな」
「いいからその汚らわしい手を離しなさい!」

弁明しようとする才人の股間をルイズは蹴り上げる。
思わず剣を手放した彼を待ってましたとばかりに激痛が襲い掛かる。
筋肉が悲鳴を上げ、呼吸するほどに苦痛が走り、とどめにルイズに蹴られた急所が痛む。
やりすぎたかなとルイズは反省するほど陸に打ち上げられた魚みたいに地面をのた打ち回る。
しばらくして、ようやく起き上がれるまでに回復した才人にルイズは訊ねる。

「で、さっきの女の声はなに?」

若干、顔に青筋を浮かべていらっしゃるルイズ様に慄く下僕。
ふと彼女の言葉に思い当たった才人はリュックからノートパソコンを取り出した。
その道具に見覚えのあったルイズは特に驚きを示さず、
“それがどうかしたの?”といった表情を浮かべる。
メールの着信を確認して才人は溜息を漏らした。
まさか家族にも隠していた着信ボイスを聞かれてしまうとは……。
電車内で起きてしまった過去の惨劇を思い出して俯く。
だが、今はそんなこと言っている場合じゃない。
社会的にではなく人間的に死ぬかもしれない状況が差し迫っているのだ。
自分に有利な情報を期待して才人はメールを開く。

「――――ああ」

そこに書かれた内容に目を通して才人は倒れ込んだ。
そして大きく手足を伸ばして大の字に寝転がる。
何の気力も湧かない身体にほどよく伸びた芝生が心地よく感じる。
液晶ディスプレイから洩れた光が才人の顔を照らす。
そこに映し出された文章には簡潔に一言。
『Griffon team is enemy』

「遅ぇよ、バカ」

理不尽に振り回され続けた才人の口から思わず愚痴が零れた。

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