目の前がぐちゃぐちゃにかき混ぜられていく。体に力を入れることができなくなり、頭を地面に擦りつけてしまう。
しかし、今はそんなことを気にしている場合じゃない。目の前にはフーケのゴーレムが迫ってきている。死が迫っている!
なんとかしなくちゃ!なんとかしなくちゃ!なんとかしなくちゃ!なんとかしなくちゃ!
自分の使い魔に裏切られて死ぬなんて、そんなの貴族の死に方じゃないわ!こんなところ死にたくない!まだ死にたくない!夢をみぜんぶ諦めたくない!
心に秘めている感情が、夢が、ありとあらゆる記憶があふれてくるのを感じる。溢れすぎて何を思い出しているのかすら判断がつかない。
渦巻き荒れ狂う心とは裏腹に、体はぴくりとも動かすことができない。すでに痛みを通り越して何も感じない。
息をすることすら苦痛だけど、無理やりにでも息をしなければ完璧に呼吸が止まってしまう。
何とか顔を横に向ける。目に溜まった涙で景色はぐちゃぐちゃだけど、なんとかフーケのゴーレムを視認することができた。
フーケのゴーレムは、足を持ち上げていた。
難しく考えないでもわかる。簡単に考えてもわかる。ちっちゃな子供で理解できちゃうだろう。
わたしはこれから踏みつぶされる。どう考えても、今、ここで。
その瞬間、荒れ狂っていた心が嘘のように静まりきった。
涙が溜まった眼で、持ち上げられたゴーレムの足を冷静に見ている自分に気がつく。
よく見てみるとゴーレムの足の裏はそれほどゴツゴツしていないことがわかる。
結構なめらかよね。でも触ったらザラザラしそう。足の裏以外もそんなかんじ。こんな精巧なゴーレムを作れるなんて伊達に世間を騒がせてないのね。
こんな腕前のメイジなら泥棒なんてちょちょいのチョイよね。
とか、そんなことを考えているうちにゴーレムの足が地面に向かって降ろされていく。
よく、死の間際はものがゆっくりに見えるとか、走馬灯が見えるとかいうけどうそっぱちじゃない。そんなことぜんぜんおこんないわ。
あ、でも走馬灯みたいなのはさっきあったわね。でも想像してたのと違うわ。記憶の内容なんてぜんぜんわかんなかったし。
そうこう思っている間にゴーレムの足はわたしの頭上を通り過ぎ、1メイル先ぐらいに足が降ろされる。
あれ?わたしを踏みつぶすんじゃなかったの?いや、別に踏みつぶされたいわけじゃないけど。死にたくもないし。
ゴーレムはまた一歩先に進む。どうやらヨシカゲを狙っているらしい。
それがわかった瞬間、意図せず目から新たに涙があふれ出す。死ななくてよかったという安堵の気持ちと、貴族らしくないという悲痛の気持ち。
それらが混じり合ってあふれ出す。そして、それらに交じって新たに心から湧き出るものもあった。
もう!なによ!ゴーレムが意外になめらかって!死ぬかもしれない瞬間になにを場違いなことを思ってるのよわたしは!そもそもどうして冷静だったの!?
前に死にそうになったから!?慣れだっていうの!?そんなもんに慣れたくないわよ!考えてたらむかっ腹が立ってきたわ!
再び体を動かそうとしてみる。すると先ほどまでと違って、体がある程度動くようになっている。それと同時に鈍化していた痛みも復活する。
これがものすごく痛い。この痛みだけでまた涙があふれ出してくる。わたしの涙は留まることを知らないらしい。
でも体が動かせるなら、立たなくちゃ。貴族がいつまでもうずくまっていちゃ恰好がつかない。貴族はこんな醜態をいつまでもさらしちゃいけない。
痛みをこらえ何とか立ち上がる。そして袖で涙を拭きとる。
「このくそ野郎がぁぁぁあぁぁ!」
その時、聞き覚えのある、しかしまったく聞いたことのない激情的な声を耳にし、その方向に首を向ける。
この声ってヨシカゲ!?
そこには、ゴーレムに殴られ吹き飛ばされていくヨシカゲの姿がみえた。
2、3メイルは軽く吹き飛び、地面を盛大に転がっていく。顔は苦痛に歪んではいるが意外に平気そうな顔色をしている。
事実、ヨシカゲはすぐに立ち上がり体制を整えていた。どうやらゴーレムの攻撃をどうやってかガードしたみたいだ。
しかし、ヨシカゲは生身だ。今はボロ剣も別の場所に転がっていてヨシカゲの手には無い。ゴーレムの攻撃を防げる要素なんてひとつもない。
そんなわたしの考えをあざ笑うようにヨシカゲはさらにすごいことをやってのける。
追撃してきたゴーレムの拳を右腕で打ち払ったのだ。普通ならただの自殺行為だ。そんなものでゴーレムの攻撃が止まるわけがない。
事実、ゴーレムの攻撃は止まらなかった。しかし、ヨシカゲも止まらなかった。打ち払った衝撃で後方に跳んだのだ。
着地したヨシカゲの外見には、パッと見大きな傷などない。右腕も血の一滴すら確認できない。なおかつその表情はそれが出来て当然といった顔をしている。
どうやら、色々隠し玉がようね。
そんなことを思いながらヨシカゲに近づいていく。先程の行動を追及するためだ。確かにさっきのヨシカゲの行動はすごい。
あんなこと誰でもできるようなものじゃない。だからといって、それが主人を裏切っていい理由になるわけがない。
心の中が新たに渦巻き始め、どす黒い感情があふれ出す。
そうよ、だれもわたしのことを認めてはくれないのよ。わたしがどうなろうと、だれも構わない。だから土壇場で使い魔にすら裏切られる。
拭き取ったはずの涙がまた目に溜まってくる。ほんとに情けなくなってくる。そんな情けない顔見せたくはないため顔を俯かせ、ヨシカゲの近くにたどりつく。
俯いているから足しか見えない。今ヨシカゲがどんな顔をしているのかは分からない。でも、きっといつもどおり無表情なのだろう。
「なんであんなことしたのよ」
ヨシカゲはどんな答えを返すだろうか。どんな答えを聞いたとしても私の心が晴れることはないだろう。
わたしの中にある真実は、ヨシカゲがわたしに敵対したという真実のみ。
「足手まといだったからだ。ちょろちょろ動かれると迷惑なんだよ。囮になっても逃げやしない」
ウソよ!絶対ウソだわ!
ぬけぬけとウソをつくヨシカゲに対して、頭が沸騰するかともうほど激昂する。
しかし、激高したと同時に驚きのあまり顔をあげてしまう。ヨシカゲの発言に対して驚いたわけじゃなく、わたし自身に対しての驚きで。
わたしはたしかに怒っているはずなのに、感情が高ぶっているはずなのに、それを冷静に見つめているわたしがいる。
しかも冷静なわたしはヨシカゲの行動に対して『あれでよかった』なんて評価まで下している。
たしかに、ヨシカゲがわたしを戦闘不能に陥れたことによってフーケの攻撃目標が、いつでもとどめを刺せるわたしより、厄介なヨシカゲを優先するのは予測できる。
さっきのセリフがヨシカゲの口から出まかせの言動だったとしても、彼が囮になったというのは事実なのだ。
ヨシカゲの行動とセリフには疑問点も多いけど、特に大きなほころびは無いのだ。結果的にわたしが助かっているんだからなおさらである。
「早く逃げろ。ゴーレムが来る」
ヨシカゲのセリフで現実に引き戻される。ゴーレムはすでにこちらに向かって歩き始めている。
しかし、今のわたしはさすがに走って逃げるのは難しい。おなかに痛みを我慢するのに精いっぱいだ。
ヨシカゲにたよる?それはいや!いくら冷静な部分が認めてるからって感情的な部分はいまだにヨシカゲには頼りたくないって声を上げている。
じゃあどうする?やっぱり、戦うしかない。これ以外の手段が見つからない。
しかし、今はそんなことを気にしている場合じゃない。目の前にはフーケのゴーレムが迫ってきている。死が迫っている!
なんとかしなくちゃ!なんとかしなくちゃ!なんとかしなくちゃ!なんとかしなくちゃ!
自分の使い魔に裏切られて死ぬなんて、そんなの貴族の死に方じゃないわ!こんなところ死にたくない!まだ死にたくない!夢をみぜんぶ諦めたくない!
心に秘めている感情が、夢が、ありとあらゆる記憶があふれてくるのを感じる。溢れすぎて何を思い出しているのかすら判断がつかない。
渦巻き荒れ狂う心とは裏腹に、体はぴくりとも動かすことができない。すでに痛みを通り越して何も感じない。
息をすることすら苦痛だけど、無理やりにでも息をしなければ完璧に呼吸が止まってしまう。
何とか顔を横に向ける。目に溜まった涙で景色はぐちゃぐちゃだけど、なんとかフーケのゴーレムを視認することができた。
フーケのゴーレムは、足を持ち上げていた。
難しく考えないでもわかる。簡単に考えてもわかる。ちっちゃな子供で理解できちゃうだろう。
わたしはこれから踏みつぶされる。どう考えても、今、ここで。
その瞬間、荒れ狂っていた心が嘘のように静まりきった。
涙が溜まった眼で、持ち上げられたゴーレムの足を冷静に見ている自分に気がつく。
よく見てみるとゴーレムの足の裏はそれほどゴツゴツしていないことがわかる。
結構なめらかよね。でも触ったらザラザラしそう。足の裏以外もそんなかんじ。こんな精巧なゴーレムを作れるなんて伊達に世間を騒がせてないのね。
こんな腕前のメイジなら泥棒なんてちょちょいのチョイよね。
とか、そんなことを考えているうちにゴーレムの足が地面に向かって降ろされていく。
よく、死の間際はものがゆっくりに見えるとか、走馬灯が見えるとかいうけどうそっぱちじゃない。そんなことぜんぜんおこんないわ。
あ、でも走馬灯みたいなのはさっきあったわね。でも想像してたのと違うわ。記憶の内容なんてぜんぜんわかんなかったし。
そうこう思っている間にゴーレムの足はわたしの頭上を通り過ぎ、1メイル先ぐらいに足が降ろされる。
あれ?わたしを踏みつぶすんじゃなかったの?いや、別に踏みつぶされたいわけじゃないけど。死にたくもないし。
ゴーレムはまた一歩先に進む。どうやらヨシカゲを狙っているらしい。
それがわかった瞬間、意図せず目から新たに涙があふれ出す。死ななくてよかったという安堵の気持ちと、貴族らしくないという悲痛の気持ち。
それらが混じり合ってあふれ出す。そして、それらに交じって新たに心から湧き出るものもあった。
もう!なによ!ゴーレムが意外になめらかって!死ぬかもしれない瞬間になにを場違いなことを思ってるのよわたしは!そもそもどうして冷静だったの!?
前に死にそうになったから!?慣れだっていうの!?そんなもんに慣れたくないわよ!考えてたらむかっ腹が立ってきたわ!
再び体を動かそうとしてみる。すると先ほどまでと違って、体がある程度動くようになっている。それと同時に鈍化していた痛みも復活する。
これがものすごく痛い。この痛みだけでまた涙があふれ出してくる。わたしの涙は留まることを知らないらしい。
でも体が動かせるなら、立たなくちゃ。貴族がいつまでもうずくまっていちゃ恰好がつかない。貴族はこんな醜態をいつまでもさらしちゃいけない。
痛みをこらえ何とか立ち上がる。そして袖で涙を拭きとる。
「このくそ野郎がぁぁぁあぁぁ!」
その時、聞き覚えのある、しかしまったく聞いたことのない激情的な声を耳にし、その方向に首を向ける。
この声ってヨシカゲ!?
そこには、ゴーレムに殴られ吹き飛ばされていくヨシカゲの姿がみえた。
2、3メイルは軽く吹き飛び、地面を盛大に転がっていく。顔は苦痛に歪んではいるが意外に平気そうな顔色をしている。
事実、ヨシカゲはすぐに立ち上がり体制を整えていた。どうやらゴーレムの攻撃をどうやってかガードしたみたいだ。
しかし、ヨシカゲは生身だ。今はボロ剣も別の場所に転がっていてヨシカゲの手には無い。ゴーレムの攻撃を防げる要素なんてひとつもない。
そんなわたしの考えをあざ笑うようにヨシカゲはさらにすごいことをやってのける。
追撃してきたゴーレムの拳を右腕で打ち払ったのだ。普通ならただの自殺行為だ。そんなものでゴーレムの攻撃が止まるわけがない。
事実、ゴーレムの攻撃は止まらなかった。しかし、ヨシカゲも止まらなかった。打ち払った衝撃で後方に跳んだのだ。
着地したヨシカゲの外見には、パッと見大きな傷などない。右腕も血の一滴すら確認できない。なおかつその表情はそれが出来て当然といった顔をしている。
どうやら、色々隠し玉がようね。
そんなことを思いながらヨシカゲに近づいていく。先程の行動を追及するためだ。確かにさっきのヨシカゲの行動はすごい。
あんなこと誰でもできるようなものじゃない。だからといって、それが主人を裏切っていい理由になるわけがない。
心の中が新たに渦巻き始め、どす黒い感情があふれ出す。
そうよ、だれもわたしのことを認めてはくれないのよ。わたしがどうなろうと、だれも構わない。だから土壇場で使い魔にすら裏切られる。
拭き取ったはずの涙がまた目に溜まってくる。ほんとに情けなくなってくる。そんな情けない顔見せたくはないため顔を俯かせ、ヨシカゲの近くにたどりつく。
俯いているから足しか見えない。今ヨシカゲがどんな顔をしているのかは分からない。でも、きっといつもどおり無表情なのだろう。
「なんであんなことしたのよ」
ヨシカゲはどんな答えを返すだろうか。どんな答えを聞いたとしても私の心が晴れることはないだろう。
わたしの中にある真実は、ヨシカゲがわたしに敵対したという真実のみ。
「足手まといだったからだ。ちょろちょろ動かれると迷惑なんだよ。囮になっても逃げやしない」
ウソよ!絶対ウソだわ!
ぬけぬけとウソをつくヨシカゲに対して、頭が沸騰するかともうほど激昂する。
しかし、激高したと同時に驚きのあまり顔をあげてしまう。ヨシカゲの発言に対して驚いたわけじゃなく、わたし自身に対しての驚きで。
わたしはたしかに怒っているはずなのに、感情が高ぶっているはずなのに、それを冷静に見つめているわたしがいる。
しかも冷静なわたしはヨシカゲの行動に対して『あれでよかった』なんて評価まで下している。
たしかに、ヨシカゲがわたしを戦闘不能に陥れたことによってフーケの攻撃目標が、いつでもとどめを刺せるわたしより、厄介なヨシカゲを優先するのは予測できる。
さっきのセリフがヨシカゲの口から出まかせの言動だったとしても、彼が囮になったというのは事実なのだ。
ヨシカゲの行動とセリフには疑問点も多いけど、特に大きなほころびは無いのだ。結果的にわたしが助かっているんだからなおさらである。
「早く逃げろ。ゴーレムが来る」
ヨシカゲのセリフで現実に引き戻される。ゴーレムはすでにこちらに向かって歩き始めている。
しかし、今のわたしはさすがに走って逃げるのは難しい。おなかに痛みを我慢するのに精いっぱいだ。
ヨシカゲにたよる?それはいや!いくら冷静な部分が認めてるからって感情的な部分はいまだにヨシカゲには頼りたくないって声を上げている。
じゃあどうする?やっぱり、戦うしかない。これ以外の手段が見つからない。
そんな決死の覚悟を決めた時に都合よく助けがきたのよね。
杖を握りしめたと同時に体が突如として影に覆われる。上を見上げるとそこにはドラゴンがいた。ドラゴンは私たちのすぐ目の前に着地する。
背に乗っているのはタバサとツェルプストーだった。破壊の杖はタバサの腕の中に収まっている。
つまり、このドラゴンはタバサの使い魔なのね。うらやましいわ。
「乗って!」
タバサがドラゴンにまたがっているタバサが叫ぶ。
あの子、おとなしいと思ってたけど焦るとあんな声も出るのね。もっと冷静ち……!
変なことを思っているといきなり体が持ち上がり、そのままドラゴンの背に乗りあがる。
び、びっくりした!で、でも、こんな恰好だとドラゴンが飛び立った時に落ちちゃうわ。
すぐさま体勢を立て直し、ドラゴンの上に跨る。その時、なぜかタバサは抱えていた破壊の杖をヨシカゲに向かって落とした。
ヨシカゲはそれを予期していたかのように破壊の絵をキャッチする。しかし、私の目にはタバサが杖を落としたようには見えなかった。
杖が勝手にタバサの腕から抜け出したように見えた。タバサもそう思ったのかもしれない。目を軽く見開いて自分の両腕を見ている。
もしかしたら破壊の杖には何らかの魔法が掛かっていたのかもしれない。
そう思っているのもつかの間、ヨシカゲが破壊の杖をゴーレムに向けたと思った次の瞬間、ゴーレムは突如として爆発をおこしてその上半身は跡形もなくなった。
下半身も構成を維持するのが不能になったらしく、ボロボロと崩れ落ちていく。
さらにわたしたちの上にゴーレムだった土が雨のように降り注ぐが、わたしたち三人はそんなことには気にも留めず口をポカンとあけたままだった。
そこから一番はじめに覚醒したのはおそらくツェルプストーなのだと思う。いち早くドラゴンから飛び降りると、一目散にヨシカゲに駆け寄っていく。
続いてわたしとタバサもそれにならってヨシカゲのもとに向かう。
「ヨシカゲ!すごいわ!やっぱりダーリンね!」
ツェルプストーはそういってヨシカゲに抱きつくが、今はそれほどツェルプストーに反発心がわいてこない。あまりかまう気力が起きない。
それはそうだろうなと自分で納得する。驚きの連続だったし、なにより強大な敵が倒れたという安堵感が大きい。
「フーケはどこ?」
しかし、タバサの言葉にハッとする。
そうだった。わたしたちの目的は破壊の杖を無事取り返し、フーケを捕まえてウッシッシなのよ。決してゴーレムを倒しに来たわけじゃないわ!
そういえばミス・ロングビルは一体どこに。
そう思いタイミングを待っていたとでもいうかのように、わたしたちのものではない足音が聞こえる。
みんながその方向へ振り向くと、そこにはミス・ロングビルが立っていた。その手に破壊の杖を持って。ミス・ロングビルはきっちりと私たちに破壊の杖を突きつけている。
「ご苦労様」
……黒幕は、すべてミス・ロングビル、いやフーケだったのね。きっと破壊の杖の使い方が分からなくて放置していたんだわ。
そしてヨシカゲが現れて破壊の杖の使い方を知った。それさえわかれば正体を隠す必要はないってわけね。
「動かないで?破壊の杖は、ぴったりあなたたちを狙っているわ。全員、杖を遠くへ投げなさい。」
わたしたちはさっき破壊の杖の威力を目の当たりにしている。あれほどの威力の魔法がこんな近くから発射されたら避けることなんて不可能だわ。
ましてや相手は世間を騒がせているあのフーケ。生半可な行動じゃ通用はしないでしょうね。
冷静にそんなことを考えながら杖を前の方へ投げる。しかし、確実に心は屈辱にうち震えている。
ツェルプストーやタバサがどう思っているのかは分からないけど、二人とも杖を前の方へ投げ捨てる。しかし、そこで一つの影がフーケに向かって疾走した。
その影とはヨシカゲだった。剣を片手にフーケに瞬く間に近づいていく。フーケは驚いた顔をしていたが、さすがはというべきかすぐにさま反応して破壊の杖を使う。
しかし、何も反応しない。そうこうしているうちにヨシカゲが目にもとまらぬ速さで剣をふるう。
ボト。表すならまさにこんな言葉だと思う。そんな音を立てフーケの右手が地面に落ちた。フーケの斬れ落ちた右手から、斬られた腕から血があふれ出す。
「あ……?」
フーケは最初こそ信じられないというような顔をしていたが、すぐさま現実を受け入れる声を上げた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
女のものとは思えない、喉が裂けるような声を出しながらフーケが崩れ落ちる。左手で斬られた断面を抑えながら地面でもがき苦しんでいる。
きっと悲鳴は森全体に響き渡っているだろう。それほどまでの大きな声だ。表情もめちゃくちゃで、衣服も血と土でぐちゃぐちゃになっている。
目をそらしたくなるような光景だ。今のフーケには同情すらしてしまう。彼女の腕の痛みに比べれば、わたしのおなかの痛みなんてちゃちなものだろう。
ツェルプストーも顔をしかめっ面にしている。タバサはよく分からないけど、普通よりは目を細めている。
そして、ヨシカゲは足もとにフーケがいるにも関わらず、微動だにしていない。まるで眼中にないといった感じ。
後姿だからどんな表情をしているかは分からない。どこを見ているのかもわからない。でも、ひとつだけわかることがある。
それは雰囲気だ。今ヨシカゲから感じられる雰囲気は、あの時、わたしを襲った時ものにすごく似ている。
あの雰囲気はダメ!なにかとてつもなく嫌な予感しない!
「ヨシカゲ!」
その雰囲気を破るために力いっぱいヨシカゲのことを呼ぶ。すると、先程までヨシカゲから放たれていたいやな雰囲気はすぐさま霧散する。
ヨシカゲは足を持ち上げたかと思うと、すぐさま振り下ろしフーケの顔面を踏みつけた。泥といっしょになにか鈍いものを踏んだ音がわたしたちの所まで聞こえてくる。
その蹴りはものすごい威力を持っていたのだろう。フーケは完全に黙ってしまった。どうやら気絶したらしい。
っていうかフーケが死んじゃったら大変じゃない!
そんな感じで、わたしとツェルプストーとでてんやわんやしながらフーケの血止めをしたりして結構大変だった。
タバサもヨシカゲも仲間がいないか確認しにどっかにいっちゃって手伝わないし。
「ふぅ」
とにかく、これでみんな終わったのね……。いろんなことありすぎてあんまりうれしくないけど。
背に乗っているのはタバサとツェルプストーだった。破壊の杖はタバサの腕の中に収まっている。
つまり、このドラゴンはタバサの使い魔なのね。うらやましいわ。
「乗って!」
タバサがドラゴンにまたがっているタバサが叫ぶ。
あの子、おとなしいと思ってたけど焦るとあんな声も出るのね。もっと冷静ち……!
変なことを思っているといきなり体が持ち上がり、そのままドラゴンの背に乗りあがる。
び、びっくりした!で、でも、こんな恰好だとドラゴンが飛び立った時に落ちちゃうわ。
すぐさま体勢を立て直し、ドラゴンの上に跨る。その時、なぜかタバサは抱えていた破壊の杖をヨシカゲに向かって落とした。
ヨシカゲはそれを予期していたかのように破壊の絵をキャッチする。しかし、私の目にはタバサが杖を落としたようには見えなかった。
杖が勝手にタバサの腕から抜け出したように見えた。タバサもそう思ったのかもしれない。目を軽く見開いて自分の両腕を見ている。
もしかしたら破壊の杖には何らかの魔法が掛かっていたのかもしれない。
そう思っているのもつかの間、ヨシカゲが破壊の杖をゴーレムに向けたと思った次の瞬間、ゴーレムは突如として爆発をおこしてその上半身は跡形もなくなった。
下半身も構成を維持するのが不能になったらしく、ボロボロと崩れ落ちていく。
さらにわたしたちの上にゴーレムだった土が雨のように降り注ぐが、わたしたち三人はそんなことには気にも留めず口をポカンとあけたままだった。
そこから一番はじめに覚醒したのはおそらくツェルプストーなのだと思う。いち早くドラゴンから飛び降りると、一目散にヨシカゲに駆け寄っていく。
続いてわたしとタバサもそれにならってヨシカゲのもとに向かう。
「ヨシカゲ!すごいわ!やっぱりダーリンね!」
ツェルプストーはそういってヨシカゲに抱きつくが、今はそれほどツェルプストーに反発心がわいてこない。あまりかまう気力が起きない。
それはそうだろうなと自分で納得する。驚きの連続だったし、なにより強大な敵が倒れたという安堵感が大きい。
「フーケはどこ?」
しかし、タバサの言葉にハッとする。
そうだった。わたしたちの目的は破壊の杖を無事取り返し、フーケを捕まえてウッシッシなのよ。決してゴーレムを倒しに来たわけじゃないわ!
そういえばミス・ロングビルは一体どこに。
そう思いタイミングを待っていたとでもいうかのように、わたしたちのものではない足音が聞こえる。
みんながその方向へ振り向くと、そこにはミス・ロングビルが立っていた。その手に破壊の杖を持って。ミス・ロングビルはきっちりと私たちに破壊の杖を突きつけている。
「ご苦労様」
……黒幕は、すべてミス・ロングビル、いやフーケだったのね。きっと破壊の杖の使い方が分からなくて放置していたんだわ。
そしてヨシカゲが現れて破壊の杖の使い方を知った。それさえわかれば正体を隠す必要はないってわけね。
「動かないで?破壊の杖は、ぴったりあなたたちを狙っているわ。全員、杖を遠くへ投げなさい。」
わたしたちはさっき破壊の杖の威力を目の当たりにしている。あれほどの威力の魔法がこんな近くから発射されたら避けることなんて不可能だわ。
ましてや相手は世間を騒がせているあのフーケ。生半可な行動じゃ通用はしないでしょうね。
冷静にそんなことを考えながら杖を前の方へ投げる。しかし、確実に心は屈辱にうち震えている。
ツェルプストーやタバサがどう思っているのかは分からないけど、二人とも杖を前の方へ投げ捨てる。しかし、そこで一つの影がフーケに向かって疾走した。
その影とはヨシカゲだった。剣を片手にフーケに瞬く間に近づいていく。フーケは驚いた顔をしていたが、さすがはというべきかすぐにさま反応して破壊の杖を使う。
しかし、何も反応しない。そうこうしているうちにヨシカゲが目にもとまらぬ速さで剣をふるう。
ボト。表すならまさにこんな言葉だと思う。そんな音を立てフーケの右手が地面に落ちた。フーケの斬れ落ちた右手から、斬られた腕から血があふれ出す。
「あ……?」
フーケは最初こそ信じられないというような顔をしていたが、すぐさま現実を受け入れる声を上げた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
女のものとは思えない、喉が裂けるような声を出しながらフーケが崩れ落ちる。左手で斬られた断面を抑えながら地面でもがき苦しんでいる。
きっと悲鳴は森全体に響き渡っているだろう。それほどまでの大きな声だ。表情もめちゃくちゃで、衣服も血と土でぐちゃぐちゃになっている。
目をそらしたくなるような光景だ。今のフーケには同情すらしてしまう。彼女の腕の痛みに比べれば、わたしのおなかの痛みなんてちゃちなものだろう。
ツェルプストーも顔をしかめっ面にしている。タバサはよく分からないけど、普通よりは目を細めている。
そして、ヨシカゲは足もとにフーケがいるにも関わらず、微動だにしていない。まるで眼中にないといった感じ。
後姿だからどんな表情をしているかは分からない。どこを見ているのかもわからない。でも、ひとつだけわかることがある。
それは雰囲気だ。今ヨシカゲから感じられる雰囲気は、あの時、わたしを襲った時ものにすごく似ている。
あの雰囲気はダメ!なにかとてつもなく嫌な予感しない!
「ヨシカゲ!」
その雰囲気を破るために力いっぱいヨシカゲのことを呼ぶ。すると、先程までヨシカゲから放たれていたいやな雰囲気はすぐさま霧散する。
ヨシカゲは足を持ち上げたかと思うと、すぐさま振り下ろしフーケの顔面を踏みつけた。泥といっしょになにか鈍いものを踏んだ音がわたしたちの所まで聞こえてくる。
その蹴りはものすごい威力を持っていたのだろう。フーケは完全に黙ってしまった。どうやら気絶したらしい。
っていうかフーケが死んじゃったら大変じゃない!
そんな感じで、わたしとツェルプストーとでてんやわんやしながらフーケの血止めをしたりして結構大変だった。
タバサもヨシカゲも仲間がいないか確認しにどっかにいっちゃって手伝わないし。
「ふぅ」
とにかく、これでみんな終わったのね……。いろんなことありすぎてあんまりうれしくないけど。
この老いぼれって枯れ木のかわりにならないかしら?
フーケを捕らえ、学園に引き連れ戻ってきたわたし達は、早速オールド・オスマンに事の顛末を報告に向かったのだが、そこで聞いた話にほとほと呆れてしまった。
なんと、オールド・オスマンはただのスケベ心でフーケを秘書に雇ってしまったらしい。
ほんとバカじゃない?
そのあと、なぜかオールド・オスマンの言い訳にミスタ・コルベールが同調しはじめより一層呆れてしまう。
わたし以外の三人も同じような雰囲気を醸し出している。それを機敏に感じ取ったのだろう。オールド・オスマンは仕切り直しをするように咳払いをする。
「さてと、君たちはよくぞフーケを捕まえ、『破壊の杖』を取り返してくれた」
さっきまでとは違う、威厳を伴った声色でわたしたちにねぎらいの言葉をかけてくる。その言葉に胸を締めつけられる。
そう、わたしたちは高名な大メイジにねぎらわれるようなことをしたのよ!
自然と気持ちが誇らしくなる。その気持ちのままに頭を下げ礼をとる。
『でも、わたしの力じゃない。わたしの力は何の役にもたってない』
そんなな気持ちに水を差す思いが心に湧きあがってくる。
また、この感覚だ。感情的じゃないわたしがいる。物事を客観的に見ているわたしがいる。
「フーケは、城の衛士に引き渡した。そして『破壊の杖』は、無事に宝物庫に収まった。一件落着じゃ」
更なる労いの言葉をもらいつつ、下げている頭をオールド・オスマンがやさしく撫でてくださっている。
しかし、それを素直に感じている余裕が自分の中にはなくなっていた。歯噛みする思いが体を駆け巡る。
そうよ。わたしはなにもしてない。できてない。それどころかみんなの足を引っ張ってすらいた。認めたくないけど、現実はそうだった!
「君たちの、『シュヴァリエ』の爵位申請を、宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。
といっても、ミス・タバサはすでに『シュヴァリエ』の爵位を持っているから、精霊勲章の授与を申請しておいた」
ふつうなら、いつものわたしなら、うれしさを隠しきれず舞い上がっていたと思う。
「ほんとうですか!?」
そう、わたしの横にいるツェルプストーのように。タバサの顔だって心なしか喜んでいるように見えなくもない。
「ほんとじゃ。いいのじゃ、君たちは、そのぐらいのことをしたんじゃから」
悔しいし、認めたくないけど、この戦いで一番活躍したのはヨシカゲなのは間違いない。
そうよ。わたしは貴族。その行動に疑問があっても、結果を見ればヨシカゲがわたしがあの場で死んでいたのは一目瞭然。それは是が非でも認めなくちゃいけない。
そして、お荷物だったはずのわたしが『シュヴァリエ』の爵位を授かることになっている。これだけの差があるのに受け取るべき結果は真逆もいいところじゃない!
「……オールド・オスマン。ヨシカゲには、何もないんですか?」
その思いが、わたしに口を開かせた。
そうよ。貴族なら、認めなくちゃ。授かるべきは、わたしじゃなくて、使い魔のほうだって。
「残念ながら、彼は貴族ではない」
しかし、オールド・オスマンはわたしの言葉をきっぱりと切り捨てる。
そうよ。こんな答えが返ってくるっていうのはわかっていたことじゃない。わたしはなにをいってるのかしら?
『安心したいから』
その答えはすぐさま、自分の冷静な心が教えてくれる。
『ヨシカゲが爵位を授かれないってオールド・オスマンの口から直接聞きたかった』
「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ」
『それを聞いてヨシカゲは自分より下だと思いたかった』
「そうでしたわ!フーケの騒ぎで忘れておりました!」
『使い魔なんかがわたしより上だなんて認めたくない。わたしを殺そうとする使い魔がわたしより上だなんていやよ』
「今日の主役は君たちじゃ。用意してきたまえ。せいぜい、着飾るのじゃぞ」
その言葉とともに、オールド・オスマンに再び頭を下げる。
『使い魔に嫉妬するぐらいなら、一時の恥のほうがマシよ』
頭を上げ、わたしたちはそのままドアに向かう。
「ルイズ」
ヨシカゲの一言に、心臓を鷲掴みにされたような衝撃が体に走る。
「さっきに行っててくれ。オスマンさんに用がある」
助かった。それが正直な今の気持ち。今、ヨシカゲと一緒にいることは、耐えられそうにない。
ヨシカゲの言葉に何の反応も返さず、そそくさとドアを開き部屋を出る。出た瞬間、体中から汗が染みだしてくる。とても気持ちの悪い汗。
それと同時に、心も体も自分への嫌悪感でいっぱいになる。その思いは今にも破裂してしまいそうなほどだ。
「ちょ、ちょっとヴァリエール?顔色悪いわよ?大丈夫なの?」
わたしと一緒に出てきたツェルプストーがらしくもなくわたしを気遣って声をかけてくる。しかし、今のわたしに必要なのはそんなことじゃない。
ツェルプストーの言葉を無視し、その場から逃げだすために走り出す。
「ヴァリエール!」
今のわたしに必要なのは、時間だけ。
フーケを捕らえ、学園に引き連れ戻ってきたわたし達は、早速オールド・オスマンに事の顛末を報告に向かったのだが、そこで聞いた話にほとほと呆れてしまった。
なんと、オールド・オスマンはただのスケベ心でフーケを秘書に雇ってしまったらしい。
ほんとバカじゃない?
そのあと、なぜかオールド・オスマンの言い訳にミスタ・コルベールが同調しはじめより一層呆れてしまう。
わたし以外の三人も同じような雰囲気を醸し出している。それを機敏に感じ取ったのだろう。オールド・オスマンは仕切り直しをするように咳払いをする。
「さてと、君たちはよくぞフーケを捕まえ、『破壊の杖』を取り返してくれた」
さっきまでとは違う、威厳を伴った声色でわたしたちにねぎらいの言葉をかけてくる。その言葉に胸を締めつけられる。
そう、わたしたちは高名な大メイジにねぎらわれるようなことをしたのよ!
自然と気持ちが誇らしくなる。その気持ちのままに頭を下げ礼をとる。
『でも、わたしの力じゃない。わたしの力は何の役にもたってない』
そんなな気持ちに水を差す思いが心に湧きあがってくる。
また、この感覚だ。感情的じゃないわたしがいる。物事を客観的に見ているわたしがいる。
「フーケは、城の衛士に引き渡した。そして『破壊の杖』は、無事に宝物庫に収まった。一件落着じゃ」
更なる労いの言葉をもらいつつ、下げている頭をオールド・オスマンがやさしく撫でてくださっている。
しかし、それを素直に感じている余裕が自分の中にはなくなっていた。歯噛みする思いが体を駆け巡る。
そうよ。わたしはなにもしてない。できてない。それどころかみんなの足を引っ張ってすらいた。認めたくないけど、現実はそうだった!
「君たちの、『シュヴァリエ』の爵位申請を、宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。
といっても、ミス・タバサはすでに『シュヴァリエ』の爵位を持っているから、精霊勲章の授与を申請しておいた」
ふつうなら、いつものわたしなら、うれしさを隠しきれず舞い上がっていたと思う。
「ほんとうですか!?」
そう、わたしの横にいるツェルプストーのように。タバサの顔だって心なしか喜んでいるように見えなくもない。
「ほんとじゃ。いいのじゃ、君たちは、そのぐらいのことをしたんじゃから」
悔しいし、認めたくないけど、この戦いで一番活躍したのはヨシカゲなのは間違いない。
そうよ。わたしは貴族。その行動に疑問があっても、結果を見ればヨシカゲがわたしがあの場で死んでいたのは一目瞭然。それは是が非でも認めなくちゃいけない。
そして、お荷物だったはずのわたしが『シュヴァリエ』の爵位を授かることになっている。これだけの差があるのに受け取るべき結果は真逆もいいところじゃない!
「……オールド・オスマン。ヨシカゲには、何もないんですか?」
その思いが、わたしに口を開かせた。
そうよ。貴族なら、認めなくちゃ。授かるべきは、わたしじゃなくて、使い魔のほうだって。
「残念ながら、彼は貴族ではない」
しかし、オールド・オスマンはわたしの言葉をきっぱりと切り捨てる。
そうよ。こんな答えが返ってくるっていうのはわかっていたことじゃない。わたしはなにをいってるのかしら?
『安心したいから』
その答えはすぐさま、自分の冷静な心が教えてくれる。
『ヨシカゲが爵位を授かれないってオールド・オスマンの口から直接聞きたかった』
「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ」
『それを聞いてヨシカゲは自分より下だと思いたかった』
「そうでしたわ!フーケの騒ぎで忘れておりました!」
『使い魔なんかがわたしより上だなんて認めたくない。わたしを殺そうとする使い魔がわたしより上だなんていやよ』
「今日の主役は君たちじゃ。用意してきたまえ。せいぜい、着飾るのじゃぞ」
その言葉とともに、オールド・オスマンに再び頭を下げる。
『使い魔に嫉妬するぐらいなら、一時の恥のほうがマシよ』
頭を上げ、わたしたちはそのままドアに向かう。
「ルイズ」
ヨシカゲの一言に、心臓を鷲掴みにされたような衝撃が体に走る。
「さっきに行っててくれ。オスマンさんに用がある」
助かった。それが正直な今の気持ち。今、ヨシカゲと一緒にいることは、耐えられそうにない。
ヨシカゲの言葉に何の反応も返さず、そそくさとドアを開き部屋を出る。出た瞬間、体中から汗が染みだしてくる。とても気持ちの悪い汗。
それと同時に、心も体も自分への嫌悪感でいっぱいになる。その思いは今にも破裂してしまいそうなほどだ。
「ちょ、ちょっとヴァリエール?顔色悪いわよ?大丈夫なの?」
わたしと一緒に出てきたツェルプストーがらしくもなくわたしを気遣って声をかけてくる。しかし、今のわたしに必要なのはそんなことじゃない。
ツェルプストーの言葉を無視し、その場から逃げだすために走り出す。
「ヴァリエール!」
今のわたしに必要なのは、時間だけ。
周りの目を気にせずひたすら走り、たどり着いたのはよく来ていた人気ない場所。わたしだけの秘密の場所。
今、このあたりは舞踏会の準備で人は全くいない。去年もそうだった。あまり意識していなかったけどそれを覚えていたのか足が勝手にここへ向かっていた。
たどりつきしばらくして膝が落ちる。
「あ……あぁ……」
もう、耐えきれない。あふれ出てしまう。
「ぁあああああああああああああああああああああ!うわぁああああぁああぁぁぁぁああああああああ!うあああああああああああああああああああああああああああ!」
動物が吠えるみたいに、力いっぱい叫び声を上げる。
この嫌悪感をどう処理をしていいか、理解できない。ただあふれ出しそうだった。だから、感情に行動を任せることにした。
「ううううううううううぁああ!うああああああ!あああああああああああああああああああああ!」
涙が頬を零れ落ちる。本当に今日は泣いてばかりの日だ。
「うううううう……。うう……。あっあっああああぁああ……」
貴族貴族と縋りついているくせに!いざとなったら全然貴族らしい行動なんてとれてないじゃない!いざとなったら人を平気で貶めるようなやつじゃない!
わたしは!わたしは!
「なんて、卑しいのよ……!」
声も出なくなり、その場にうずくまる。学院から身を隠すように。貴族の中から身を隠すように。世界中から身を隠すように。
そしていつまでそうしていただろう。数十分なのか、数時間なのか判別はできないくらいに何も考えずうずくまっていたらしい。
なんだか、頭がすっきり感じがする。心もそんな感じ。十分気分が晴れたからだろうか?
たぶん、そうなんだと思う。ヨシカゲには悪いけど、さっきまでの自分に対する嫌悪感は薄れていた。でも完全に消えたわけじゃない。
心の片隅にシミのようにこびりついている。でも軽くなったのは確かだ。
立ち上がって手足についた土を払い落す。空はもう暗い。数十分
きっと舞踏会はもう始まっているだろう。もしかしたらもうすぐ終わってしまうかもしれない。でも一応の主役であるわたしがいないと本番が始まらないかもしれない。
よし。準備室に行ってみて、もしまだ間に合うんなら舞踏会に出よう。間に合わないなら、それでもいい。
そう決めわたしはその場から離れ、準備室へ移動した。
今、このあたりは舞踏会の準備で人は全くいない。去年もそうだった。あまり意識していなかったけどそれを覚えていたのか足が勝手にここへ向かっていた。
たどりつきしばらくして膝が落ちる。
「あ……あぁ……」
もう、耐えきれない。あふれ出てしまう。
「ぁあああああああああああああああああああああ!うわぁああああぁああぁぁぁぁああああああああ!うあああああああああああああああああああああああああああ!」
動物が吠えるみたいに、力いっぱい叫び声を上げる。
この嫌悪感をどう処理をしていいか、理解できない。ただあふれ出しそうだった。だから、感情に行動を任せることにした。
「ううううううううううぁああ!うああああああ!あああああああああああああああああああああ!」
涙が頬を零れ落ちる。本当に今日は泣いてばかりの日だ。
「うううううう……。うう……。あっあっああああぁああ……」
貴族貴族と縋りついているくせに!いざとなったら全然貴族らしい行動なんてとれてないじゃない!いざとなったら人を平気で貶めるようなやつじゃない!
わたしは!わたしは!
「なんて、卑しいのよ……!」
声も出なくなり、その場にうずくまる。学院から身を隠すように。貴族の中から身を隠すように。世界中から身を隠すように。
そしていつまでそうしていただろう。数十分なのか、数時間なのか判別はできないくらいに何も考えずうずくまっていたらしい。
なんだか、頭がすっきり感じがする。心もそんな感じ。十分気分が晴れたからだろうか?
たぶん、そうなんだと思う。ヨシカゲには悪いけど、さっきまでの自分に対する嫌悪感は薄れていた。でも完全に消えたわけじゃない。
心の片隅にシミのようにこびりついている。でも軽くなったのは確かだ。
立ち上がって手足についた土を払い落す。空はもう暗い。数十分
きっと舞踏会はもう始まっているだろう。もしかしたらもうすぐ終わってしまうかもしれない。でも一応の主役であるわたしがいないと本番が始まらないかもしれない。
よし。準備室に行ってみて、もしまだ間に合うんなら舞踏会に出よう。間に合わないなら、それでもいい。
そう決めわたしはその場から離れ、準備室へ移動した。
「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~~~り~~~~~~!」
想像していたとおり、舞踏会の準備はすべて整っていて、後はわたしを待つのみだったらしい。ずいぶんと迷惑をかけてしまった。
結構探されていたらしく、先生たちにこっぴどく怒られてしまった。その中でなぜかオールド・オスマンだけは怒らず、心配そうな顔でこちらを見ていた。
オールド・オスマンのお考えはほんとよくわからない。
最後の主役であるわたしがきたことによって、音楽の演奏が始まる。
ホールでは音楽を待ちわびていた人たちが、先に先にと踊り始める。その顔には多少待ちくたびれた顔が見えるが概ね楽しそうに見える。
「わたしと一緒に踊りませんか?」
突然、声を掛けられる。わたしの目の前にいるんだから、当然私を誘っているのだろう。
「いや、私とともに踊ってもらえないでしょうか」
「僕と踊ってもらえるとうれしいです」
一人に声を掛けられると、矢継ぎ早に声を掛けられる。そのほとんどは話したこともない人たちばかりだ。
それらの誘いをすべて丁重に断っていく。今のわたしは踊る余裕なんてない。それに、寄ってくる人たちは不快な人たちばっかりだ。
みんな、なんだかいつもと違う。いつもわたしをバカにしているくせに、興味もないくせに、わたしに声をかけるなんて正気とは思えない。
『みんな下心があるんだわ』
冷静な部分がそう訴える。きっとその通り。この心の声はいつも客観的だ。間違っているはずがない。
誘われるたび誘われるたび断っていくと、誘っても断られると伝わったらしく、誘われることはほとんどなくなった。
それに安心し、バルコニーに出る。中とは違い、とてもゆっくりしていられる。中から流れてくる音楽はその雰囲気にぴったり合っている。
バルコニーの柵に腕を乗せ、体重を預ける。さっきから変わらずわたしの心にある自分への嫌悪感。
これは戒めと考えればいいのかしら?
あれだけ爆発しそうだった嫌悪感は、叫んで泣いて蹲ってしまっているだけで、発散してすっきりしてしまった。
所詮、一時の感情だったのか。性格を変えるまでには至らないのか。価値観を変えるまでに至らないのか。
そんな考えを払拭するための戒め。いつまでもそのことを忘れず、いつか変わるための戒め。
きっと、この嫌悪感が無くなったとき、わたしは変われたんだと自覚できると思う。
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、今はそう信じていよう。
それと、まだ大きな疑問が残っている。それは、客観的に物事を見ている別の自分。そう、まるで別人が心の中に住み着いたみたいに思えてしまう。
もしかしたら、死にかけたことに原因があるかもしれない。
二つに分かれた自分とどう付き合っていくのか、これも大きな疑問よね。でも、この自分がいればわたしは道を踏み外すことはないんじゃないかしら?
物事を主観的と客観的の二つに見えるのなら、二つを重ね合わせればどう外れているかが見えてくる……はず。
でも、自分の醜さや卑しさなんかもさらけ出してしまう。
このままだときっと、付き合っていくのは大変よね
想像していたとおり、舞踏会の準備はすべて整っていて、後はわたしを待つのみだったらしい。ずいぶんと迷惑をかけてしまった。
結構探されていたらしく、先生たちにこっぴどく怒られてしまった。その中でなぜかオールド・オスマンだけは怒らず、心配そうな顔でこちらを見ていた。
オールド・オスマンのお考えはほんとよくわからない。
最後の主役であるわたしがきたことによって、音楽の演奏が始まる。
ホールでは音楽を待ちわびていた人たちが、先に先にと踊り始める。その顔には多少待ちくたびれた顔が見えるが概ね楽しそうに見える。
「わたしと一緒に踊りませんか?」
突然、声を掛けられる。わたしの目の前にいるんだから、当然私を誘っているのだろう。
「いや、私とともに踊ってもらえないでしょうか」
「僕と踊ってもらえるとうれしいです」
一人に声を掛けられると、矢継ぎ早に声を掛けられる。そのほとんどは話したこともない人たちばかりだ。
それらの誘いをすべて丁重に断っていく。今のわたしは踊る余裕なんてない。それに、寄ってくる人たちは不快な人たちばっかりだ。
みんな、なんだかいつもと違う。いつもわたしをバカにしているくせに、興味もないくせに、わたしに声をかけるなんて正気とは思えない。
『みんな下心があるんだわ』
冷静な部分がそう訴える。きっとその通り。この心の声はいつも客観的だ。間違っているはずがない。
誘われるたび誘われるたび断っていくと、誘っても断られると伝わったらしく、誘われることはほとんどなくなった。
それに安心し、バルコニーに出る。中とは違い、とてもゆっくりしていられる。中から流れてくる音楽はその雰囲気にぴったり合っている。
バルコニーの柵に腕を乗せ、体重を預ける。さっきから変わらずわたしの心にある自分への嫌悪感。
これは戒めと考えればいいのかしら?
あれだけ爆発しそうだった嫌悪感は、叫んで泣いて蹲ってしまっているだけで、発散してすっきりしてしまった。
所詮、一時の感情だったのか。性格を変えるまでには至らないのか。価値観を変えるまでに至らないのか。
そんな考えを払拭するための戒め。いつまでもそのことを忘れず、いつか変わるための戒め。
きっと、この嫌悪感が無くなったとき、わたしは変われたんだと自覚できると思う。
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、今はそう信じていよう。
それと、まだ大きな疑問が残っている。それは、客観的に物事を見ている別の自分。そう、まるで別人が心の中に住み着いたみたいに思えてしまう。
もしかしたら、死にかけたことに原因があるかもしれない。
二つに分かれた自分とどう付き合っていくのか、これも大きな疑問よね。でも、この自分がいればわたしは道を踏み外すことはないんじゃないかしら?
物事を主観的と客観的の二つに見えるのなら、二つを重ね合わせればどう外れているかが見えてくる……はず。
でも、自分の醜さや卑しさなんかもさらけ出してしまう。
このままだときっと、付き合っていくのは大変よね
きっとこのフーケの事件があったからこそ、わたしは変われたのよね。つらかったから変われたと信じてる。