ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-47

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
「随分と遅くなりましたね。それにその傷は……」
「ちょっとした手違いだ。余計な手間を取らされたが解決した」
騎士の問いに答えてワルドが剣を投げ捨てる。
放り投げられた剣は弧を描いて地面に突き刺さった。
騎士とイザベラには知る由も無いが、刃に返り血を帯びたそれは紛れもなく才人の剣だった。
背後のルイズとアンリエッタ、そしてやや離れた場所からイザベラがワルドを睨む。
状況は悪化の一途を辿っている。仮にこの場に他の衛士隊が駆けつけたとしても、
アンリエッタを人質に取られている限り手出しできない。
それどころかシルフィードのように人質を奪い返すよう命令されるかもしれない。
イザベラの頬を冷たい汗が伝う。時間稼ぎは失敗に終わった。
あの平民が救援を呼ぶの待っていても意味は無い。
いや、それどころか助けを求めたのがワルドだったら?
自分の無策がみすみす彼を死地へと送り込んでしまったとしたら?
ぎりと奥歯を噛み締めてイザベラは己への怒りを押し殺す。

緊張と歓喜、その両方から来る震えを堪えて騎士はワルドに歩み寄る。
ジョゼフにより頓挫させられたと思った計画は思いもよらぬ運命の悪戯から、
アンリエッタ姫とシャルロット姫の確保という最大の目的を達成した。
しかし彼はまだ不安を拭い去れずにいた。一度はシャルロット姫の偽物を掴まされた。
ならば、このアンリエッタが本物でない可能性も十分に有り得る。
真偽を確かめるべく騎士はディティクト・マジックをアンリエッタに向けた。
辺りに輝く光の粒子。しかし、そこに魔法の反応を示す物は存在しない。
それはアンリエッタが偽物でない確かな証明となった。
確認を終えると騎士はにこりと笑みを浮かべてアンリエッタに語りかける。
「お会いできて光栄です。アンリエッタ姫殿下」
「貴方は…! このような真似をして一体なにを考えているのですか!? 
四国全てで戦乱を巻き起こしたいとでもお考えなのですか!」
「いえ、逆ですよ。これから起こるであろう戦いを避けたいが為。それに必要な犠牲なのです」
貴女も含めて、と付け加えて騎士は彼女から離れた。

次に隣で同じ様に拘束されているルイズへと視線を向ける。
服装からして魔法学院の生徒である事は分かるが、
何故連れてきたのかと騎士は目線でワルドに問いかける。
「彼女はラ・ヴァリエール公爵の三女で姫殿下とも親しい間柄にある。
もし危害を及ぼせば“舌を噛んで自害する”と姫殿下が仰ったのでご同行を願った」
なるほど、と騎士はワルドの言葉に了解を示した。
姫殿下に死なれるのは確かにマズイが、かといって少女を見逃せば人を呼ばれるだけだ。
なら、ほとぼりが冷めるまで彼女の身を預かり、事が済んでから解放すればいい。
最初から捨て駒として送り込まれたイザベラとは違い、彼女は巻き込まれたに過ぎない。
必要な犠牲は厭わないが、それ以上の無駄な血を流すのは騎士の矜持に反する。
それにラ・ヴァリエール家を敵に回せば、さらに厄介な事態になると彼の目には見えていた。
騎士がルイズの表情を窺う。常ならば美しいであろう容貌は、怒りに顔を歪ませて台無しになっていた。
「ワルド。私は二度と貴方を信用しないわ」
呪いを口から吐き出すように声を搾り出すルイズにワルドは背を向けた。
騎士の目にはそれが自身の罪悪感から逃れるかのように映った。

そして最後に残された一人、ワルドと同行してきた装束の男に騎士は目を向ける。
着ているのは襲撃時に着ていた物だが、既に一着奪われたとの情報もある。
その腹部には切り裂かれたような血痕が染みのように広がっている。
手傷を負っているのか、あるいは殺して奪った物か。
それを確かめるべく騎士は装束の男に問いかける。
「所属と名前を」
「…………」
男は苦しげに吐息を洩らすだけで返答はない。
傷口を手で押さえてその身を捩らせる。
騎士の杖が動くその直前、男は顔を覆う布を下げて素顔を晒した。
そこに現れた部下の顔を見て騎士は胸を撫でおろして杖を引く。
「無事で何よりです。早く手当てを」
再会の感動を分かち合う間も惜しいとばかりに騎士は水メイジの部下を呼びつけた。
傷付いた男もよろよろと歩み、やがてワルドが投げ捨てた剣を杖代わりに立ち止まる。
その様子を見ていた水メイジが慌てて彼の下へと駆け寄る。
歩くのもままならず一言も声を発さない彼の容態に危機感を覚えたのだ。
「大丈夫か? しっかりしろ! どこをやられた?」
声をかけたのは患部を知る為だけではない、男の意識を途絶えさせない為だ。
もしも気絶すれば出血や脈拍は低下し、そのまま死を迎える事になる。
男は震える手を必死に伸ばし、そして人差し指を立てた。
「どうした? 何を言いたいんだ?」
水メイジにはなにを意味しているのか理解できなかった。
当然だ。これは彼に向けて送ったメッセージではない。
かといって混濁する意識がやらせた無意味な行動でもない。
そして、それは明確に伝えるべき相手へと伝わっていた。

「どうやらアタシはここで終わりのようだな、ええ?」
その最中、突如イザベラが下品な大声を張り上げた。
顔に哄笑を浮かべ、ケタケタと狂ったように語り始める。
それを見て騎士は僅かに戸惑うも努めて冷静に振る舞いながら答える。
「ようやくご理解いただけましたか」
「ああ――だけど1人じゃ死なないよ。アンタらにも絶望ってヤツを刻み込んでやるよ」
イザベラの視線にドス黒い感情が混じる。
直後、テファの喉下に突きつけたナイフを反転させて逆手に持ち替える。
そして狙いを定めてナイフを頭上へと掲げた。
木々の間から洩れる陽射しが反射し刃を鈍く光らせる。
耐え切れずに悲鳴を上げる少女に取り囲む兵士達もざわめき立つ。
「テファ――――!!」
「早まるな! 人質は返せないが貴女の命の保証はする! 
だからそのナイフを今すぐ下ろすんだ!」
制止を図る彼等を一瞥し、それを鼻で笑いながらイザベラは答えた。
「いやだね」
寸分違わず心臓へと振り下ろされる冷たい刃先。
しかし、それは振り下ろされる事なく巨大な何かに阻まれた。
「そんな事しちゃダメなのね!!」
遮ったのは蒼い鱗に覆われた風竜の巨大な腕。
幼竜とはいえ竜。人が力を比べられるような相手ではない。
シルフィードに弾かれたナイフがイザベラの手を離れて宙を舞う。
騎士が、マチルダが、セレスタンが、衛士達が、ティファニアが、
この場にいる大勢の人間が刃の行方を目で追った刹那の間。
生み出された空白の時間の中でイザベラは唇の端を釣り上げて笑った。
そして彼女は短く告げた―――“行け”と。

アンリエッタ達を縛り上げていたロープがするりと解ける。
しかしイザベラに気を取られていた兵士達はそれに気付かない。
「姫様!」
「ええ!」
ルイズに続き、スカートをたくし上げたあられもない姿でアンリエッタも逃げる。
ようやく二人に気付いた兵士達も戸惑いながらもその後を追う。
女子供と鍛えられた騎士の差は歴然。
1メイルも進めずに終わるはずだった逃亡劇は追跡者達の死をもって終わりを告げる。
飛び出した影が喉を裂き、頭蓋を穿ち、最小の動作で次々と追っ手を葬る。
桜吹雪のように舞い散る血飛沫の中、ワルド子爵は杖にこびり付いた返り血を風で振り払う。
「グリフォン隊! 全員その場を動くなッ!」
困惑する衛士達に裂帛の気勢で彼は命令を下した。
びくりと誰もが足元を縫い止められたかのように硬直する。
それは彼が隊長だからだけではない。誰よりもワルドの強さを知るが故に動けないのだ。
「な……」
負傷した仲間を看ていた兵士が思わず声を上げる。
突然、反旗を翻したワルド子爵に傷の手当てを忘れてそちらを見やる。
その視線が外れた直後、荒く苦しげに震えていた呼吸が収まる。
ひとつ深呼吸すると男は纏っていた装束をよそ見していた仲間へと投げつける。
視界を塞がれた相手を置き去りに、その男はセレスタンへと走り出す。

「はん……!」
自分に向かってくる相手に気付き、セレスタンは顎をしゃくり上げた。
イザベラの人質殺害未遂、王女の逃亡、そしてワルドの反逆。
これが人質奪還までの陽動だとすれば実に良く出来た連携だ。
どうやって連絡の取れない相手と決行のタイミングを合わせたのか、
疑問は尽きないがそれは後で聞き出せばいい。
惜しむらくは最後の詰めを誤った事、それに尽きる。
奇襲を仕掛けてきたのは見た事もない服を着た平民らしき少年。
見れば、魔力で作られた偽りの顔が剥がれ落ちて幼い顔つきが露になっていた。
その動きは鈍く、百戦錬磨の傭兵であるセレスタンから見れば児戯にも等しい。
彼の腕前ならば近付く間に三度焼き払ってもお釣りが来る。
だからこそ容易に対処できると彼は焦りさえも見せなかった。
少年が2メイル進む間に得意とする火球のルーンの詠唱を終える。彼我の距離は未だ10メイルはある。     
素手では敵わないと分かっているのか、少年が地面に突き立てられた剣を引き抜く。
だが、それは愚かな選択だ。剣を持てばさらに足は遅れる。
僅かにでも可能性を期待するなら素手で飛びかかるべきだった。
そうすれば最悪、王女を助ける事だけは出来たかもしれない。
いや、それも並のメイジが相手ならばの話だ。俺では勝手が違いすぎる。
無謀な作戦に従事させられた少年への憐憫を浮かべながらセレスタンは杖を向けた。
直後、少年へと向けた杖は大きく弾かれた。
「遅いッ!」
剣を横薙ぎに払いながら平賀才人は叫んだ。
シャルロットに突き付けていた杖を才人に向け直す。
たったそれだけの動作の合間に彼は既にセレスタンの懐に飛び込んでいた。
剣を手に取った瞬間、才人はガンダールヴ本来の動きを取り戻した。
「な……!?」
その瞬時の加速に対応しきれずセレスタンは驚愕の声を洩らす。
最初からその動きで迫ってきていれば彼も油断はしなかっただろう。
だが実力を読み違えた彼に反撃を試みる余力はなかった。
続けざまに斬りつけられる一撃を辛うじて杖で防ぐ。
走る腕の痺れを堪えながらたたらを踏むように後退する。

スローモーションのようだと才人は思った。
まるで手に取るようにセレスタンの動きが見える。
不意を突いたのもあるだろう。だが、それ以上に才人の眼は敵の動きを追えている。
それも当然。いくら腕が立とうとも傭兵では“閃光”の二つ名を持つワルドの動きとは比較にならない。
トリステイン最強の衛士と名高いワルドと比肩できるのは世界でも数えるほどしかいない。
ワルドとの戦いの中、才人は本人も知らぬ間に異常な速度で経験値を積み上げていた。
勝てる、そう確信した彼の目の前でセレスタンは賭けに出た。

トンと軽く突き飛ばされるシャルロットの背中。
崩れ落ちる身体が才人の行く手を遮る。
その合間に再び詠唱される火の魔法。
セレスタンにとって人質を手放すのは苦渋の決断だった。
だが人質を抱えたまま勝てる相手ではない。
いや、仮に万全の体勢を整えようとも正面から打ち勝てるとは思えない。
こいつは平民だ。だが、ただの平民じゃない。化け物だ。
ならば勝てるだけの策を練るだけの事だ。相手が誰であろうといつも通りでいい。
そうしてセレスタンは少女を突き飛ばした。
たとえ罠であろうとも兵士ならば王女を助けずにはいられない。
人質が倒れるのを見逃して斬りかかってくるなど有り得ない。
僅かにでも怪我を負う可能性があるなら無謀な真似はできない。
怪我をさせまいと抱きかかえた瞬間、それが致命的な隙となる。
動きが止まり斬りつける事も出来ずに両腕が塞がる。
問題は上手く人質を傷付けずに男だけを焼き殺せるかだが、
最悪、お姫様には火傷ぐらいは覚悟してもらうとしよう。
才人が踏み込む。倒れかかったシャルロットを支えようと腕を伸ばす。
セレスタンがいやらしい笑みを浮かべる。詠唱の終わった杖を才人に突きつける。
だが才人は止まらなかった。片腕でシャルロットを抱きかかえたまま、さらに踏み込む。
セレスタンの表情が驚愕で歪む。自ら王女を危険に晒すなど彼には考えもしない。
シャルロットを抱えても尚、才人の追足は落ちず後退したセレスタンに喰らいつく。
そしてもう一方の腕、剣を握り締めた腕が大きく弧を描く。
「ぎぃぃいああああああああ!!」
鮮血が舞う。のたうつようにセレスタンは絶叫しながら転げ回る。
セレスタンの理解の外から振るわれた剣は杖を持った彼の手ごと肘から先を両断していた。
勝敗を分けたのは才人の無知。自分の腕に収まった少女が誰かを彼は知らなかった。

「う、ううん……」
突き飛ばされた衝撃か、それともセレスタンの絶叫か、
眠りの淵にあったシャルロットの意識が緩やかに呼び起こされる。
意識は胡乱のまま自身を包む感触を確かめる。
暖かい、けれどベッドのように柔らかくはない。
それとは別に身体を預けていても安らげる頼もしさを感じる。
シャルロットの瞳が開かれる。そこにあったのは見慣れたベッドの天蓋ではなかった。
代わりに、自分を追ってきた少年の顔が息がかかるほど近くにあった。
思わず振り払おうとした手がピタリと止まる。
傷だらけの身体で息を荒げながらも彼は私を決して放そうとはしなかった。
あのセレスタンに物怖じもせずに見据える真摯な眼差しに息を呑む。
彼は勇者だった。思い描いていたのはちょっと違ったけれど。
絵本に描かれていた姿そのままに守るべき者の盾となっていた。

一方、ティファニアを奪い返そうとしたマチルダと騎士の足は止まっていた。
両者の顔をまじまじと見つめながらイザベラはしたり顔を浮かべる。
ナイフを失った彼女の手には銃が握られ、ティファニアのこめかみに銃口が突きつけられている。
見た事もない型の代物だが玩具ではない。本物だけが持つ迫力をそれは備えていた。
騎士は自分が出し抜かれた事にようやく気付く。
どうやって調達したかは分からないが彼女は武器を二つ用意していたのだ。
ナイフを命綱と見せかけて囮にして、こちらの注意を惹きつける。
そして一斉に騒ぎを起こして人質を奪還する。
“四国全てで戦乱を巻き起こしたいとでも”
“彼女はラ・ヴァリエール公爵の三女で”
“私は二度と貴方を信用しないわ”
そして、差し出された人差し指。
何故気付かなかったのか、彼女等は決行までの秒読みを言動に含ませていたというのに――。
ティファニアを前にして悔しげに奥歯を噛み締める。
だが彼の眼はまだ諦めてはいなかった。
勝ち誇るイザベラを鋭く深く洞察して隙を窺う。

「双方そこまでだ。杖を引け」

その最中、緊張で張り詰めた森に凛とした声が響く。
皆の視線が集まる中、襤褸と化したアルビオン軍服を着た男が姿を現す。
背後には付き従うようにロングビルと屈強な騎士が続く。
顔に巻かれた包帯を解きながら男は言葉を続けた。

「ウェールズ・テューダーが命じる。争いを止めよ」
額には深く刻まれた傷痕。やつれてこけた頬。憎悪に満ちた瞳。
そのどれもが、かつての彼の面影を感じさせない。
だが、そこには確かにアルビオン王太子ウェールズ・テューダーの顔があった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
記事メニュー
ウィキ募集バナー