ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

アヌビス神・妖刀流舞-32

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匿名ユーザー

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「諸君!」
 ヴェルダンデに続き先頭を進んでいたギーシュが突然足を止め、振り返った。
 一同が何事だと首を傾げる。
 ギーシュはいつもの調子で仰々しい振る舞いで両の腕を広げ、かぶりを振りきっぱりと言い放った。
「どうやら進行方向を間違えていたようだ」
 突然の告白に一同口をぽかーんと開けて呆然となる。
「だろうなぁ……」
「だよなーどんだけ長い時間進んだと思ってるんだってーの。ヴェルダンデ優秀過ぎるだろ」
 ルイズに聞こえない小声でアヌビス神とデルフは呟いた。
「何でも僕のヴェルダンデ曰く、物凄く魅惑的な珍品の匂いがあったから、ついつい誘われた
 と……うん、ついつい」
「あ……」
 誰よりも早くルイズが口を開く。
 誰よりも早くルイズが行動に移る。
 生憎このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール何時間? 何日間?
 も地底を這いずり回らされた挙句『実は迷ってました、てへっ』と言われて許すような広い心は持ち合せていない。
 むしろ狭い。格別に、格段に狭い。
 この狭っ苦しい地底空間でひしめき合いながら、モグラの如く過ごした長い時間の記憶が脳裏を駆け巡り、そこに有るのは怒りのみである。
「だ、だだだ、大丈夫。取り合えず上に出る様に穴を掘らせてるから」
「アホかぁぁぁぁぁー!!」
 つかつかとギーシュの前まで歩を進め、声を上げる。甲高い声が穴の中で共鳴し、皆の耳にキーンと耳鳴りを引き起こす。
 ギーシュの腹に鋭く左の膝蹴りが叩き込まれる。
 ぐふっと息を吐いて蹲らんとするギーシュに向けて続けて右脚を鋭く振り上げた。
 ギーシュが派手に仰け反る。
 続けて杖を素早く抜き放ち、指先でくるくると回しながら宙を泳がせ、ぱしっと柄を握る。
 平行して、灯りの魔法を唱える。

 ちゅどーん

 巻き起こる爆発、ギーシュは天井へと突っ込みめり込んだ。

「まだよまだ、飛ぶような思いをさせてあげるわ」
 続けて飛行の魔法が紡がれる。

「こ、こええ。ご主人さま」
 次々と爆発を巻き起こすルイズの腰でアヌビス神はカタカタ震えた。

 一方その頃のウェストウッド村では……。
「さてっと、そろそろメインディッシュといこうかァ~」
 男はテファの胸を弄んでいた手を、腹へと、そして下腹部へと滑らせる。
「ひぅ」
 背筋に走った寒気でテファが僅かに吐息の様な声を零す。
ぽろぽろと涙が零れ……、

 ちゅどーん

 いきなり爆発した。

 歓声を上げながら弄られるテファの姿を見ていた男達は、あんぐりと口をあける。
 突然彼らの大将やテファの足元の地面が爆発し吹っ飛んだ。大将と少女は派手に吹き飛び気を失い地面に横たわっている。ついでに見覚えが全く無い金髪の少年も転がっている。
「た、大将!?」
「ど、どど、どうなってんだ!?」
 男達は慌て駆け寄る。
 忠義心が僅かでもある者は大将の元へ。
 下心が勝る者は自分の番だと我先に、爆発の衝撃で気を失ったテファの元へ。


「無茶をするね相変わらず」
 フーケは苦笑をしてルイズと天井に開いた穴へと視線をやる。なにやら上が騒がしい、丁度この上は村か何かあったのだろうか。
 うっかり迷惑をかけて面倒事になっていても困ると思ったが、何しろギーシュが今の爆発で放り出されている。放って置くわけにもいかないだろう。
 すっかりこのパーティーの保護者気取りになりかけていたフーケはやれやれと首を振り、穴をもぞもぞと這い上がった。
 下から見たワルドは、実に良い脹脛だなと思った。
 アヌビス神は、実に良い(斬り応えが有りそうな)脹脛だなと思った。
 だがその脹脛も直ぐに上に出て消えてしまう。少しでも目に納めておこうと見ていると様子がおかしい。上半身を出したまま動きが止まったままだ。


 完全に不意打ちである展開にフーケの身体と思考は完全に硬直していた。戦中とは言え、ここの所の予想外の境遇への展開やこの緩い空気にそまりかけていたのか、正直言って完全に油断していたのである。
 最も大切にしていたものが突然目の前で汚されようとしていた。
 あまりのギャップに、鍛えられ揺るぐ事の無かった筈の思考が混乱をきたす。
 なぜぼろぼろになった半裸のテファが今にも男達の手によって陵辱されそうになっているのか。何故村の子供達が……。
「て、テファ……!?」
 突然現れた彼女の漏らしたその言葉を男達は聞き逃さなかった。

 突然現れた美女がこの少女の名を知っている。それだけで充分だ。
 つまりはこの村の身内の者。つまりは今取っている人質、特に名を呼んだテファさえいれば手を出せない。
 何より若い大人のイイ女の数に飢えていた彼等には最高のご馳走に見えた。
 欲望に突き動かされ、欲望を満たそうとしている真っ只中である。彼らは最も都合が良い判断をした。地下室にでも隠れていた連中がうっかり事故で出てきたと。

「何してるのよ」
 動きを止めたフーケに、好奇心を旺盛にしたキュルケが、無理矢理割り込むようにフーケでいっぱいの狭い穴に身を捻じ込んだ。穴の壁は脆く身を捻じ込めば簡単に入ることが出来た。
 そこには顔を真っ青にしたフーケの姿があった。
「わ、判ったからテファから手をお放し」
 杖は手にしていないとアピールの為両の手を上げ、テファから手を引く交渉をしていたようだ。
 周り全てが手を出される寸前で人質同然の少年少女、これは不意打ちでも無い限り彼女の力で一度にどうにかできる物でもない。
 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながらこちらへ近付く男を見れば、どうやら己の身と引き換えにでもと交渉をしたのかとキュルケは思えた。
「もう一人上物がいたのかよ」
 そこに顔を出した褐色の美女に男は、ひゅぅっと口笛を吹いた。
 キュルケは自分の迂闊な行動に舌打ちした。この状態では身動き一つ取れないではないか。

 男はフーケとキュルケの顎を手に間近で品定めを始めた。
「この様子ならまだこの下に隠れてるんじゃないのか?」
 男がフーケとキュルケの顔の直ぐ側で下品な笑みを浮かべる。
 キュルケは下に居る者達を思い浮かべる。
 駄目だ、この様な事にタバサやルイズを巻き込み餌食に出来ない。
 状況を鑑みるに、幼さがある者でも免れることは出来ないのは明白である。ワルドさえ無事ならばタイミングを計れば、状況の逆転もありえるかもしれない。
 そう考えキュルケは穴の中に残した脚で宙を蹴るようにして合図を送る。

「なによ、ぶっ」
 気になって近づいたルイズが本当に蹴られる。
「こっ、つえるすむーぐっ、むぐぐぐっ」
 怒りに声を荒げ様としたその口をタバサが素早く塞ぐ。
 友からのその合図を察したのだ。
 ワルドへと目配せをし、ルイズをずるずると引っ張り穴が狭い奥へと下がる。
 後方の穴が狭い辺りで控えて居たところ、突然迫ったお尻に顔を埋めたワルド。
 だが余りに深刻な雰囲気に表情を冷静なものへと変える。
「沈黙」
 タバサの完結な言葉に素早く魔法の灯りを消し『サイレント』を唱え己等の周りを闇と沈黙の結界とする。
 正直真後ろのシルフィードと、下がってきたルイズ、タバサの間に挟まれ窮屈なのだが幸せ三分の二、緊急事態三分の一である。ともあれ流れに任せ少女二人をしっかりと抱きしめる。
 ヴェルダンデを土壁に擬態した壁とし、沈黙と穴の暗闇でこの状況をやり過ごさんとする。
 キュルケとフーケが穴から引っ張り出される様に去った後、小汚い男が首を突っ込み辺りの様子を伺うのが見えた。

「な、ななな、なによ、どうなってるのよ」
 慌てるルイズに、タバサが一言で返す。
「おそらく傭兵崩れの盗賊」
「最初のフーケの硬直、そして手練れの彼女らの一方的な投降、人質でも取っているところに
 出くわしたか」
 ワルドが付け加えた。
「急いで助けないと取り返しの付かないことになる」
 頭上の会話が聞こえていたタバサが救出を急ぐべきだと促す。彼女としては珍しく焦りが見える。
「貞操の危機ね」
 言ってルイズも焦りを見せる。守るべき物は既に自分で散らし放題よねと下品な悪態が出掛けたが、望まぬ行為はやはり危機だ。
 自分のことならば我慢すれば良いと思ったタバサだが。親友の事となればそうともいかなかったようで。
 二人は顔を合わせ行動を起こさんと……。
「待て」
 ワルドがそんな二人を止めた。主に抱きしめる力を強くして止めた。顔は真面目だが内心その感触に色々と幸せな気持ちが駆け巡っていた。ワルドとしては、上の女性二人よりも眼前の女性二人の身の安全の方が大事なのは言うまでも無いが、それは別としても止めた。

 いきり立って行為を始める前よりも、途中もしくは後の方が奇襲は確実に上手く行く。
 何より自分は激しく消耗している。相手はおそらく対メイジ戦術も心得ているはずだ。で、なければいかに人質が有ったとしてもトライアングル二人があっさり今の状況に陥るわけがないと慎重に考えた。
 例え欲望に流された感情が同時にあっても、冷徹なまでの軍人としての判断は失わない。例え目の前の二人の場合でも事情によっては、同じ様な決断を下すかも知れない。
 涙目と軽蔑に近い眼差しの二人に沈黙を促し外部の情報を得るためタバサに『サイレント』を解除させる。

「だからその子に何かするなら、わたしにしな!」
 フーケの懇願のようでそれでいて怒声でもある叫びが聞こえてくる。
「あなた達ねぇ、そんな子供に何かするよりも」
 併せ聞こえるはキュルケの声だ。
「馬鹿かてめーら、全部頂くに決まってんだろうが」
「て、テファを離、うぐっ」
 意地の悪い男の声、そしてフーケの叫びと、それが途中で途絶え聞こえる嗚咽。
 飛び出しそうになる二人を再びワルドが強く抱きしめて止める。
「堪えろ、隙を突かなければ命の犠牲がでるぞ」


「やっぱガキよりこっちのがいいぜ」
「さっさとひん剥いちまえよ」
「俺はこっちの褐色肌のな」
「俺は勝手にのびている、この金髪の坊主を」
「へッ、この好きモンのド変態が。好きにしろ」
「じゃあ遠慮無く」
 上から聞こえる会話を耳にしていたワルドの表情が最後のそれで一変した。
 最後のギーシュと思われる者を対象としたその言葉を転機としてだ。
 冷静を促し、今を耐える事を語った彼が突然怒りを露わにする。
「それだけはメッチャ許せんよなァァァァー!!」
「え?」
 ルイズは思わず問い返していた。
 こんなワルド見たことがない。握り拳から血すら滴らせる姿にルイズは目を丸くした。
 怒り、最も触れてはならぬ竜の逆鱗に手を出したときの如くの激昂に、タバサは目を奪われた。
「『ギーシュさん』に何かしようたァ、メッチャ許せんよなァァァァァー!!!!」
 こんな汚い物言いのワルド初めてである。
 こんなキャラだっけ? ルイズは昔からの記憶のワルドが、根底からひっくり返りそうなその表情に口をぱくぱくとさせた。
 最近引く様なちょっと危険な表情が多かった気がしたが、ある意味良い表情をする人だったのかとタバサは思った。動機は兎も角として、それ程にワルドは真剣であった。

 さてここでワルドの精神力の推移をわかりやすい形にしてみよう。
対レコン・キスタ終了逃走時
■□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
穴突入直後(くんずほぐれつ時点)
■■■■■■■□□□□□□□□□□□□□
坑内移動終了頃(錬金使用分と自然回復の差)
■■■■■■■■■□□□□□□□□□□□
今さっき(ルイズ、タバサと密着)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■□□

■■■■■■■■■■略■■■■■■■■■略■■■■■■■■■■■略■■■■■■■■■

 ワルドは杖を抜き放ち風の如く次々と駆け出して行く。そう次々と。
 怒りに燃えるワルドは一瞬で遍在を発動したのだ。この辺りは立って歩める程の大きさで掘られているとは言え、正直この狭い穴で若干窮屈であったが関係ない。
 硬く固められているとは言いがたい土壁を削りながら我先にと縦穴に殺到する。

 ワルドの群れが、ときの声をあげ殺到する。

 忠誠を誓ったギーシュへの無礼に怒った。
 そして、その行為が『ギーシュさん』を知らぬ上で行われている事に怒った。


 穴の中より突然、複数でありながら同じ声の叫び声の合唱が場に響いた。
 傭兵の男たちは思わず注目する。
 次々と飛び出してくる何人もの同じ男の姿がそこにはあった。

 最初に飛び出したワルドが風を爆発させ己の身を加速、ギーシュに手をかけようとしていた男の頭部へと跳び膝蹴りを叩き込む。
 続けて二人目のワルドが続き、振り抜いた杖で足元を刈る。
 そして中空より強襲する三人目のワルドが倒れた男の腹を揃えた脚で踏みつける。
「「「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、この世から消えてしまえ」」」
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
 次の瞬間には三人のワルドが男を囲み凄まじい勢いで踏み付けるように蹴り続けていた。

 テファを押さえこんでいた一人の男の腕が、四人目のワルドの駿足の勢いのままの杖の一撃で圧し折られる。
 また一人の男の肩が青く輝く杖で貫かれる。
 二人のワルドがテファの乳房が弾んだのに気取られ派手に転び男たちを巻き添えに縺れて転がる。怒りの中でもアレには勝てなかったと後日ワルドは語った。

 フーケのスカートに潜り込もうと夢中になっていた男は、一瞬の隙を付かれ彼女に脚で首を絞められ幸せそうな顔をして失神した。
 その真後ろでフーケに抱きつくように胸元を抑えこんでいた男がワルドに頭部を弾くような肘撃ちの強打を喰らい崩れ落ちる。

 キュルケの胸元に顔を埋めていた男は、感づいた彼女に其の侭胸で顔を締め上げられ、腹や股間をを膝蹴りで殴打され、肺から空気を奪われ失神し崩れ落ちた。
 崩れ落ちた男の上から追い打つように八人目のワルドが飛び蹴り、其の侭踏みつける。

 少年少女らを捕らえていた男らへ更に四人のワルドが疾風の如くの速さで四方より囲み、襲い掛かった。
 小さくも鋭く絞られたウインドブレイクらしき魔法が的確に賊の肩を打ち抜きふっ飛ばし少女から引き剥がす。魔法の風に乗った鋭い延髄蹴りが意識を刈り取り少年から引き剥がす。
 接近戦に持ち込んでからは、流れるように次々と賊の腕を捻り上げ転倒させ引き剥がす。
 一人のワルドが半ば乱暴に”風”で吹き飛ばす形ながら少年少女らをその戦いの領域より退去させると、更に二人のワルドが転がる者も含めて賊の男らを巻き起こした暴風を竜巻の如く操り彼らを一箇所に押し込め纏める。
 そして貫くが如くの雷光が男らに向けて迸った。残る一人のワルドによるライトニングクラウドである。

 スクエアスペルなどは用いられて居ないものの、明らかに人一人が発揮できる精神力の度を越えていた。

「何……あの数」
「感情が爆発して信じられないほど魔力が膨れ上がっている」
 ワルドを追いかけるようにして穴から頭を覗かせたルイズとタバサはその有様に驚きを隠せないでいた。世の中に起こり得る常識の範疇を明らかに超えている。怒りの感情で魔法の力が一時的に高まる事があるのは、知識としても知ってはいたし、以前のマリコルヌを目にし理解もしていた。
 だがそれにも限度はある。これでは神の手によるジョークとしても性質が悪い。

 不謹慎な状況下に隠し続けた救いがたい劣情による大興奮により高まっていた精神力。その後に続けて起こった狂信とも言える感情に基づく侮辱と理不尽への怒りを爆発させたワルドの中で起こったのだ。
 つい近しい日に行われたばかりの、アヌビス神による肉体の限界を超えた脳と身体のリミッターの強引な解除による酷使も作用していたのやも知れない。

その二つの感情の渦の間に生じる真空状態の圧倒的精神爆発はまさに歯車的魔力嵐の小宇宙!

「やべー、むしろあいつの怒りのポイントがやべー」
 ルイズと重ねた視野で見てアヌビス神もごちる。
「ヘンタイの心のツボに嵌った感情の爆発は、時に虚無よりやべえってブリミルが言ってた気
 がするぜ」
 その様子も伺いもせずにデルフが柄をカチャカチャ鳴ならした。
 兎に角良く判らないが、人間何かツボに嵌りすぎると、とんでもない現象が起こる事が昔から有り得たと言うのは、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールとデルフリンガーのふたりは、この大いなるブリミルの遺産の一つである言葉を理屈ではなく心で理解したッ!
 アヌビス神は『あのロリコンヒゲ男、この後死ぬんじゃね? 比喩的な意味じゃなくて』とか思ったが、取りあえず水を差すのも勿体無い面白展開なので黙っておいた。


 突然のこの流れに呆然としていた傭兵達に起こった物はパニックである。
 瞬く間の間に同じ姿をした幾人もの男に大半の仲間を蹴散らされ、商品とも人質とも言える者を殆ど奪い返された。
 今も辛うじて反抗を試みるだけの判断が出来た少数の者が蹴散らされている。二人掛り、いや三人掛りや四人掛りであってもかなう事無く蹴散らされる。その有様がパニック状態を加速させる。

 動ける傭兵たちは口裏を合わせた訳でも無く、一斉に逃げ出した。
 ……のだが、戦力を取り戻したフーケとキュルケ、そして我に返り穴から飛び出してきたタバサと沢山のワルドに先を阻まれる。

 ルイズは自分が吹き飛ばした事が心に引っ掛かって気不味かったので、まず最初に悪漢たちに襲われかけた、気を失ったギーシュの元へ急いだ。
「寝てる……わね」
 ギーシュの上半身を軽く抱き起したルイズは、彼の寝息を聞いた。
「ああ、気絶した筈なのに寝てるなこりゃ」
 デルフリンガーが鞘からそーっと刀身を背伸びするように伸ばし、鍔をカチャカチャ鳴らしながら間違いないと確認した。
 アヌビス神がどうするんだ? と問う前にルイズはアヌビス神を抜き放った。
「『許可』するわ」
「「え?」」
 突然のルイズの許可にアヌビス神とデルフリンガーの声が重なる。
「だって戦力はまだ必要そうだし、寝てたら人質になって面倒かも知れないじゃない?」
「ん、まァー嬢ちゃん、そりゃーそうだけどよ。普通に起こして戦わせりゃいいんでないの」
「直ぐ起きるとは限らないし、寝ぼけて動かなくても面倒よ、って事でやっちゃいなさい」
「お、おう。良く判らんが判ったぜ」
 アヌビス神、穴の中の鬱憤も溜まっていたので理屈はさて置き、ルイズの指示に従った。
「殺すのは無しよ」
「おっけーおっけー」
 軽いノリで眠るギーシュの身体を乗っ取ったアヌビス神は、ルイズの背からデルフリンガーを抜き取ると、村内を逃げ惑う傭兵に向けて嬉しそうに「いやぁっはァ~!」と雄叫びを上げながら駆け出して行った。

 テファの記憶にはほんのりと、金髪の少年が己を捕らえ弄ぶ男を吹っ飛ばした姿だけが残っいた。
 脳裏でその光景を何度か繰り返した後、少年少女へと迫る危機の光景が過ぎり彼女は飛び起きた。
 心配そうな顔で覗き込むフーケの、いやマチルダの顔があった。
 そしてその周りに少年少女たちの顔があった。
 まず夢かも知れないと思った。
 天国かも知れないと思った。

「オラッ、舐めたことしてくれてるじゃないのこの下種っ」
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
 しかし周囲を見渡した時、縛り上げられ地面に転がされた男たちを、凄まじい形相で踏みつけ蹴りつける、桃色頭の鬼と赤髪の鬼と髭面の鬼の姿を見て、ここは地獄かも知れないと思った。
「気安く触ってやらかしたツケは払って貰うわよっ」
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ
ゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッゲシッ

「マチルダ……姉さん?」
 喧騒から目を逸らすように再度向き直り、口にした言葉に応えるように抱きしめられ、その温もりに初めてこれは現実だと、救われたのだと理解した。
 もう大丈夫だよと語りかけられ、少し周囲を見渡すと子供たちも無事で介抱されている。


 子供たちの記憶は混濁していた、初めて味わった絶望と恐怖、襲われるテファの足元での突然の爆発と金髪の少年の登場、常識を逸した眼前での戦闘。
 茫然とし喪失した意識が、メガネをかけた小柄の少女とドラゴンと巨大モグラに介抱されるよく判らない中ではっきりしてくる。
 目の前では良く見知ったマチルダがテファを介抱していた。
 子供たちはそれを見て安堵した。

 すべてを出し切ったワルドは、村の適当なベンチで整わぬ荒い呼吸に胸を抑え、半ば瀕死の有様であった。子供の介抱のついでに、タバサが置いて行ってくれた水を呼吸が少し落ち着いた隙に口に含む。
 視線の先には無事なギーシュや皆の姿もある。
「そうだ……。幼き日の僕が歩みたかった人生とはこの様な感じなのだよ」
 身体は辛くとも、ワルドの心は晴れ晴れとした充実感に満ちていた。


 ギーシュは気が付いたら、気を失って転がるこの賊の首領と思しき男の上に座っていた。
 最初は何が何だか判らなかったが、目の前の地面に突き立つ二振りと、全身に走る鈍い筋肉痛に、又あれをやられたのかと悟った。
「はっはー、今更だギーシュ。何も覗くような事は……おっと夢の中身は見えたっけな。
 心配するな、よくあるモンモンちゃんとのマンモーニでチキンなデートの夢だった」
「別に人殺しもしちゃいねーよ。安心しろ坊主。おめーの手はまだ汚れちゃいねー」
 アヌビス神とデルフリンガーが、軽いノリで報告してきた。
 とんでもない連中だとは思っているが、信頼関係が築き上げられるだけの付き合いは既にある。ギーシュは苦笑いをしながら、
「できれば次はワルキューレの方で頼むよ」
 と、身体の痛みを堪えつつ、久々に拝む遠い空を眺めながら答えた。

 落ち着いた子供たちがテファとマチルダを囲む。
 子供たちの大丈夫? の問いにテファは笑顔で大丈夫だと答えた。身体に刻まれた身の毛もよだつ嫌悪感を伴う感覚が未だ残っていたが、子供たちの為に強気に振舞った。
「うん、大丈夫。よく覚えてないけど突然金髪の人が割って入ってきて……えと、えと……」
 テファの記憶は乱暴され始めた部分と突然それに何処からともなく割って入った金髪の少年の姿で途絶えている。
「あのお兄ちゃん?」
 子供の一人が指さした先には、自分を弄んでいた男の上に腰を掛けて空を、ぼーっと見ている金髪の少年の姿があった。
 テファは確かにと頷いた。
 子供たちも恐怖で記憶が混乱しているが、あの少年が飛び出してきたのと、二振りの剣を振るって賊を退治している姿の記憶はあった。

 テファの曖昧な記憶と、子供たちの曖昧な記憶と、風の噂と、現状の光景が都合よく適当に噛み合っい一つの答えを導き出した。
「ギ……『ギーシュさん』だ」
 一人の少年が何かを思い出したかのように、その名を口にした。
「そ、そう言われてみれば噂と外見が一緒……よね?」
 ぽんっと手を打って一人の少女が同調する。
「本当にいたんだ『ギーシュさん』……」

「ちょ、あんた達、それは―――」
 騒めく子供達はマチルダが止める間もなく、風の噂に聞く伝説のヒーローとその仲間が現れて自分達を救ってくれたと信じた。思い込んだ。
 仕方ない、こんな時に都合よく駆けつけてくれるからこそヒーローなのである。
 子供達の、そのような主張にマチルダは思わず口を噤み反論が出来なかった。確かに駆けつけられたのはギーシュ(とヴェルダンデ)のお陰だ。
 一番最初に結果的に飛び出したのもギーシュだ。違うけど違わない。
 歓声が上がる。
 合唱が始まる。
「ギーシュさん!」「ギーシュさん!」「ギーシュさん!」
「ギーシュさん!」「ギーシュさん!」「ギーシュさん!」
「ギーシュさん!」「ギーシュさん!」「ギーシュさん!」
「ギーシュさん!」「ギーシュさん!」「ギーシュさん!」
「ギーシュさん!」「ギーシュさん!」「ギーシュさん!」
「ギーシュさん!」「ギーシュさん!」「ギーシュさん!」
 熱狂し声を上げる子供達を止める事も出来ずに、マチルダは頭を抱え溜息を付く。
 その歓声に何事かと蹴り足を止めルイズとキュルケが振り向く。彼女らの視線には何時もの例の『絶頂』が有った。二人は足元の俗物を成敗する事に集中して見ない事にする事にした。

 名乗ってもいないのに名を連呼され、少し慌てるが、この手の場を盛り上げ自分を持ち上げてくれる行為への対応アドリブだけはナチュラルに強い。それがこのギーシュ・ド・グラモンである。
『特に幼い子らの期待にはどんな時であろうとも応えて然るべきなのさ』と後日彼は語った。
 確かにそこだけ切り抜くと、この上なく真っ当な言葉である。誰が伝えたのか、この言葉は、後年のハルケギニアの教科書の類に漏れなく記載された。

 痛みと疲労などどこ吹く風で素早く立ち上がり、駆け寄る子供達を物凄いイイ笑顔で抱きとめるようにして出迎える。

 アヌビス神は殺到する子供に蹴り倒され踏み潰されながら考えるのを止めた。
 デルフリンガーは同様の目に合いながらも元気に子供達と一緒に合唱した。

 マチルダは心理的なショックから立ち直り切れず、己の腕の中にもたれ掛かっていたテファが、一度も見た事の無い眩しい何かを見る惚けたような表情で、子供達が囲むギーシュの姿を見ている事に気付いた。
「テファ!?」
 肩を揺すって見るが反応が今一悪い。と言うか、完全に子供に囲まれるギーシュの姿に魅入っている。
「だ、駄目だよ。正気に戻りな!」
 何度肩を揺すってもどうにもならなかった。
 マチルダに出来る事は、これがあそこで騒ぐ子供達と同じレベルの憧れであって、恋などでは無い事を祈るのみであった。


 タバサは子供達が元気を取り戻し手持無沙汰になったので、まだベンチでノックアウト状態のワルドに、冷たい水で湿らせたタオルを差入れする事にした。ここまでの地中での道中を思い出すと若干不穏分子だが、今回の働き的に、これ位は労って然るべきと考えたからである。
「流石にこの疲労は中々抜けそうに無いね」
 呟くワルドに、タバサは、それは一部の遍在出しっぱなしだからじゃないのか、と心の中で突っ込んだ。そして、そのマヌケさを思うと耐えきれずに僅かに表情が綻んだ。
 だがワルドは大いに誤解し、精神力を大幅に回復させた。

 そんなタバサとワルドが、ギーシュと子供の有様を眺め、同時に呟いた。
「「流石は『ギーシュ』さん」」
 なんとなく、その流れでタバサとワルドは握手をした。
 ワルドは更に精神力を回復させた。



 長時間の緊張と不眠での待機に耐えきれなくなったウェールズは『イーグル号』の甲板で、ついに欠伸をし、マストに凭れ掛かりうとうとし始めた。



 To Be Continued

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