ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第四話 誇り

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「壜で……香水で……二股で、決闘!?」

シュトロハイムから事の経過を聞いたルイズは、そのあまりのアホらしさに頭を抑えた。

「一度ギーシュの頭の中を覗いてみたいわ。
ピクニックするのに絶好の素敵なお花畑が広がっているに違いないもの」
「あの、申し訳ありませんシュトロハイムさん。私が小壜を拾ったせいでこんなことに」

対照的に恐縮しているのがメイドのシエスタ。

「先に私がミスタ・グラモンの二股に気が付けていれば、メイジの方との決闘などという事態にはならなかったのに」
「自分の非を素直に認められることは、優れた人間である条件の一つだ。
だがありもしない過ちを恥じるのは、自分を下卑することにしかならんぞ」

恥じ入る彼女に、シュトロハイムは言った。

「第一、あの状況から奴の次の台詞が『決闘だ』だと予想するなど、たとえジョセフの奴だとしても不可能だろう」
「ジョセフ?」
「……俺の召喚前にいた世界での知り合いだ。それよりルイズ、メイジというのはああいった奴ばかりなのか?」
「じょ、冗談じゃないわ! あそこまで脳がふやけているのは例外中の例外!
 ギーシュの女好きはキュルケの男狂いと並んでこの学院の名物みたいなものだもの!」

顔を赤くしたルイズが否定、肩まで伸びた長髪を掃い上げる。桃色の髪が、ふわりと宙を舞う。

「でも今回ばっかりは、さすがにおふざけが過ぎるわよ。
付いて来なさい、シュトロハイム。私があいつに話をつける」
「いや、何故だ?」

うんざりしながらも歩みだそうとしたルイズに、シュトロハイムは心底不思議そうに聞いた。





第四話     誇り



「何故だ?」

シュトロハイムの問いに、ルイズはその柔らかに整えられた眉をピクリと吊り上げさせた。
考える――この使い魔は、いったい何様のつもりなんだろう。
そりゃあ、決闘の約束をさせられたのは仕方がない。何しろ相手は、あのギーシュだ。
学院一のキザ男、女にもてる事をなによりも優先する、ツェルプストー一族に匹敵する色気狂いだ。
その口車に乗せられることは、ある意味では避けようがない。
それにいくらギーシュとはいえ、貴族が使い魔にしたこととはいえ、今回ばかりはやっていることが滅茶苦茶だ。どう考えても、非はギーシュのほうにある。
そう考えたからこそルイズは、儀礼に反する形での『決闘』への横槍を決めたのだ。

なのに、それを『何故』? こいつは、何も分かっていないのか?
ああ、きっと分かっていないのだろう。
貴族の恐ろしさも、決闘の危険性も、その決闘に第三者が口を出すということの意味も。
なぜならこのシュトロハイムという使い魔は、『別の世界』から来たらしいから。
だから、常識が通用しない。なまじ言葉を喋れる分、それはとてつもなく厄介だ。
そしてその厄介を背負わされるのは、彼の主人である私……
湧き上がる頭痛を抑えて、ルイズは大きく息を吸い込む。

「いい? よーく聞きなさい!」

シュトロハイムが興味深げに視線を正面へと向けた。

「あんたのいた世界じゃどうだったかは知らないけどねえ、この世界では決闘っていうのはとっても危険なものなの。
なんでもありの真剣勝負、終わる方法は二つだけ。片方が負けを認めその『認めた』ことをもう片方が認めるか、
それとも当事者のどちらかが命を失うか! 
しかも決闘の結果にはいかなる法も介入できない。
一時期は最も合理的な殺人方法とすら言われていたわ!」
「ほう」
「だから、悪いことは言わないわ、私に任せなさい!
 たかが色恋沙汰のためにあんたをいいように利用しようだなんて、そんな理不尽は気に食わないもの!」
「気に食わない、か」

ルイズの言葉に、シュトロハイムは同意する。

「なるほど、たしかに気に食わなくはあるだろうな」
「そうよ、気に食わない。だから私はこの決闘をやめさせる」
「だがそれは、余計なお世話だ」
「なんですって!?」

シュトロハイムの言葉に、ルイズは目をひん剥く。

「気に食わない気に食わないと貴様は言うが、奴のことが最も気に食わんでいるのはこの俺だ。
ならばこそ、その決闘とやらで糞生意気なあの餓鬼を取っちめてやらんでどうするのだ!」
「それは……」
「シュトロハイムさんはメイジの恐ろしさが分かってないんです!」

言葉を詰まらせるルイズに代わり、激高するシエスタ。

「メイジの恐ろしさか、たしかに俺は分かっていないな」
「そうです、分かってない! だからそんな無茶が言えるんです! 
決闘なんて何の利益にもならないのに、下手をしたら、殺されちゃうんですよ!」

シエスタの言葉に、どこか引っ掛かりを覚えるルイズ。
彼女に同意するかのように、シュトロハイムが首を横に振る。

「利益ならば、存在する!」
「……どういう、意味?」

興奮を収めた声で、ルイズがシュトロハイムにきいた。

「肉体面だけで見た場合、人間とはひ弱な生き物だ」

答える代わりに、シュトロハイムは言った。鋼鉄で作られた、自身の右腕を伸ばす。

「走る速度は馬にかなわん。魚のように泳ぐことも鳥のように飛ぶこともできん」

この世界、ハルキゲニアにおいても基本的にはそれは同じだ。
力はオーク鬼に及ぶべくもないし、幻獣の中には人以上の知能を持つ種族も決して少なくない。

「だがそれでも、人類はこの世界に霊長の種として君臨している。何故か?」

シュトロハイムの伸びた手が、地面に落ちていた小石を拾う。

「それは、人には『欲』があるからだ。
より知りたい、より強くありたい、より優れた存在でありたいという『心』を持っているからだ」

小石を手にした右手を握る。
1950kg/c㎡の握力を加えられた石は、破壊され、破砕され、一部が手からこぼれる。

「俺のこの手は、この足は、一度失われながらナチスの科学力により作り直されたもの。
何故これをナチスは作ることができた? 欲したからだ、作りたいと」

ゆっくりと、手を開く。鋼鉄の掌の上にあるのは、完全に粉砕され砂と化した石。

「より良くありたいと、願う。より詳しく知りたいと、思う。それが、ヒトをヒトたらしめている精神だ。
その欲求に忠実に、恐怖も危険も乗り越えて行動する。それが人間を霊長たらしめている行為だ。
だから俺も、それに従い行動する。

俺はこの世界についてまだ何も知らん。魔法も、メイジも、その恐ろしさも。
ゆえに知りたいと思う。ゆえに知る必要がある。
知るために、メイジ――ギーシュ・ド・グラモンとの決闘は有益だ」
「たとえそれで、命を落とすことになっても?」
「無論、結果としての落命の覚悟は当の昔にできている。最もこのシュトロハイム、貴族の力を知らぬとは言ったがそれで負ける気などないがな」

シュトロハイムの返答に、ルイズは一つ長く息を吐くと、極めて控えめに盛り上がった双胸の前で両腕を組んだ。

「分かったわ、勝手にしなさい」
「ミス・ヴァリエール!!」

咎めるような、シエスタの声。だがルイズはそれを聞き入れない。

「しょうがないでしょ、そこまで言われたら。
さっきこいつを止めようとしたのは、決闘がギーシュだけの意思によるものだと思っていたから。
でもこいつにも決闘を受け入れる覚悟があるのなら、彼の意思は誰にも止められない。
こいつが使い魔で私が主人だとしても、私はこいつを止めることはできないし止める気もないわ」

シュトロハイムに向き直り、付け加える。

「でもね、さっきも言った通り使い魔の恥は主人の恥にもなるのよ。
 だからこの私の使い魔として、無様な戦いだけは許さないわ。その自信はあるんでしょうね」
「当たり前だ。この世界の、メイジとやらの実力は知らん。だが俺の体はドイツ科学の結晶、
 一対一での戦いならば、もとの世界で俺に勝てる『人間』はいない……ただし」
「ただし?」「ただし、なによ」
「腹が減っては戦はできん!!」

――グゥゥゥーーー

シュトロハイムの言葉に応じるようにして、彼の腹部が待遇改善を求める悲鳴をあげる。

「しょうがないわねえ、じゃあまたミス・シュヴルーズに頼んで鋼鉄の錬金を……」
「だから、俺は人間だ! 鉄など食わん!」
「冗談よ。あなた……確か、シエスタって言ったわね。こいつに何か食べ物を頼める?」
「は、はい! 厨房の賄いでよろしければ」
「なら悪いけど、それお願い」
「分かりました!」

シエスタが、シュトロハイムを連れて中庭を去る。
彼等を見送ったルイズは、もう一度長く溜息をつく。
中庭に一人残り、シュトロハイムの言ったことを反芻する。

――知りたい、その欲求のために決闘を行う。
  知る、その目的のために恐怖も危険も乗り越える。

「なによ、それ。使い魔の癖に生意気言っちゃって」
自身の桃色ブロンドを乱暴に梳いて、ルイズはふてくされたように呟いた。

「ほー、あんちゃんがメイジと決闘やらかすことになった使い魔さんかい!」

シュトロハイムがシエスタに連れられて訪れた厨房には、既に彼の噂は広がっていた。

「気に入ったぜ、その根性! よーし、これは俺のおごりだ!
 たんと食って、あの青銅野郎をぎゃふんと言わせてやれ!」
「マルコー料理長、あんまり焚き付けないでください!」
「いいじゃねーかや、シエスタ。硬いこと言うな!」

マルトー親方自らの手で、皿にたっぷり盛られるシチュー。いまだ決闘に反対であるらしいシエスタが、浮かない顔ながら運んでくれる。
スプーンで掬い、口に運ぶシュトロハイム。
美味い。湯気の立つ飯を食べるのが、一ヶ月ぶりであることを考慮に入れても尚。

「ありがたい」
「なあに、あんちゃんが勝ってくれないと俺も困っちまうんでなぁ」

とぼけた笑いを浮かべつつ、顎で何かを示す親方。
シチューをすすり、パンを頬張りつつ、シュトロハイムはマルコーの言葉に顔を上げてみる。
マルコーが指しているのは、コインで出来た大小二つの山。
双方の上には、シュトロハイムには読めないこの世界の文字がそれぞれ記されている。
恐らくは彼とギーシュの名前、そして数字――つまりは決闘を対象とした賭けのレートだ。

「ということは親父さんは、この俺に賭けてくれたってわけだ」

ニヤリと笑う、シュトロハイム。

「おう、あたぼうよ! 当たっても二倍にもならない本命なんぞに誰が賭けるかい!」
「親方、あんま大穴狙いばっかしてると続きませんぜ、たまには手堅く行きましょうよ」
「バッキャロー、男ならいつだって狙うのは一発逆転よ!!」

厨房の奥からの声が自身の置かれた立場を示し、シュトロハイムを打ちのめす。
今の彼は、競馬で言うならハルウララ。まず確実に負けが見込まれている存在。
つまりそれだけこの世界では、メイジの力とは絶対といえるものなのだろう。

「でも親方、一発逆転一攫千金って言う割りにゃあ、今回は慎重じゃないですけー?
どうです、もう一ゲーム?」
「あ、じゃあ俺も、グラモンの餓鬼の勝利にもう50エキューでどうっすか、親方」
「ぬうぅぅ、ならばよかろう。賭けよう、俺の安月給を!!」
「Good!!」

食事を終えるその間に、更に交わされる会話。
はっきりと表されるギーシュとシュトロハイムの格の違い。
シュトロハイムもこうまで言われては、不安を抱かずにはいられない。

――相手が単独行動中ならT34中戦車くらいには負ける気はしないのだが、それでもこのボディーでは、メイジには勝てんのか?

自信は、ある。だが、勝負に絶対はない。
しかも今回は相手の力が、全く持って予想できない。
それがどれだけ危険なことであるかは、メキシコの『柱の男』実験でいやというほど体験している。
揺るぐ、心。ないと決めかかっていた敗北の可能性が沸きあがり、覚悟していたはずの死の恐怖さえ漂ってくる。

「あの……本当にごめんなさい」

シュトロハイムの変容に気付いたシエスタが、その原因が全て自分にあるかのように謝罪の言葉を口にする。

「非がないことで軽々しく頭を下げる必要などない!」

不安と恐怖は苛立ちとなり、内から外へと向けられる。
シエスタを咎め答える声にさえ、必要以上のとげとげしさが生じてしまう。

「……ご馳走になった。それでは、いく。第一演習場はどこだ?」
「こちらです、案内します」

すっかり萎縮したシエスタが、厨房の戸を開けた。


「あー、いたいたシュトロハイム!」

シエスタの案内で演習場に向うシュトロハイムに声をかけたのは、赤褐髪の少女――
キュルケ・フォン・ツェルプストーだった。

「もー、どこいってたのよ、探したのよ」

言いつつ懐から取り出す手紙。

「ギーシュからよ。決闘前に渡してくれって」
「決闘前に?」

受け取り、広げるシュトロハイム――文面を覗き込むにつれ、手紙を持つ両手が震えだす。

「あ、あの、シュトロハイムさん。なにが書いてあるんですか」
「…………さあ、な」
「え?」
「あの貴族のボンボンめ! この世界に来たばかりの俺が、こっちの文字を読めるわけなかろうが!」

そういえば、聞けて喋れても読むことは出来ないんでした。

手紙を渡され、代わりに読み上げるシエスタ。

「ええと……『やあ、シュトロハイム君。君はなかなかに気が効くねえ』?」
「は?」
「いえ、手紙にそう書いてあって……『香水の壜に対する対応、なかなか気に入ったよ。あの気の効かないメイドなどとは大違いだ。
だけど少々詰めが甘い、危うくモンモランシーを怒らせてしまうところだったじゃないか。
まあ、それはいいとしよう。僕の機転で誤魔化すことが出来たのだからね』……」
「続けろ」

内容に戸惑うシエスタに、シュトロハイムは静かに告げる。
先ほどまでとは別種の感情が、彼の中に湧き上がりつつあった。

「『ところで先ほどした決闘の約束だが、ああ言ってしまった以上僕も後には引けない。とはいえ、無力な君を痛めつけるのも気が引ける。
よってだ、手加減して痛めつけるふりをしてあげるから、適当なところで降参してくれたまえ。
なに、君が怪我をしないようには出来る限り注意してあげよう。
何せ君は使い魔だ、何かあったらミス・ヴァリエールにも申し訳がないからね』――以上、です」

読みきったシエスタは、ほっと息を吐いて顔を上げる。横では、キュルケが声を殺して笑っている。
シュトロハイムは、無言で手紙をシエスタから受け取った。

「ミスタ・グラモンも、この決闘で命のやり取りをする気はなさそうですね」

安堵の気持ちを込めた口調で、シエスタが言う。

「で、どうするの? 手紙を預かったものとしてはあなたの返事を聞いておきたいんだけど」

キュルケがきく。こちらの態度は完全に、傍観者として楽しむ気満々。

「断る」

何のためらいもなく、シュトロハイムは返答する。シエスタが目を丸くし、キュルケが面白くなってきたと笑う。

「このシュトロハイムは手加減なし、真っ向からの決闘を望む――ギーシュ・ド・グラモンにはそう伝えろ」
「そうそう、そうこなくっちゃ」

返された手紙を受け取って、頷くキュルケ。

「でも気をつけなさいよ。ギーシュって見てるだけなら単なる愉快な奴だけど、あれでなかなか強いのよ。
模擬戦の授業で私に勝ったことがあるの同学年男子中では、あいつだけだもの」

無責任な口調でそう言うと、一足先に演習場へ消えていく。

「どうして、ですか?」

キュルケが去って残された二人。理解不能なものを見る目で、シエスタはシュトロハイムにきいた。

「どうして、とはどういうことか」
「だって、どうして断っちゃうんですか? せっかく『命はとらない』って言ってくれているのに」
「言って『くれている』、からだ。
俺が『怪我をしないように注意してあげよう』だと? 何故怪我をするかしないかの決定を、やつが一方的な意思で下せる! 
それを許すということは、やつへの精神的な服属だ。『命』と引き換えに『誇り』を売るということだ。
俺には絶対に認められない決定だ」
「誇り、ですか? それが、そんなに大事なんですか? その……命よりも」
「ああ、そうだ」
「じゃあシュトロハイムさんは、誇りを守るためならば死んでもかまわないのですか?」
「ああ、そうだ」

シエスタの問いに、シュトロハイムは頷く。

「優秀なるゲルマン民族の一員としての誇り。精強なるドイツ軍人の一人としての誇り。
それがあるから、俺がいる。誇りを失ったなら、俺は俺でなくなる。俺にとって、それは死よりも恐ろしいことだ。
だから俺は、この俺の誇りを侮辱しようとするような奴には、絶対に屈せん!!」

そう言い切るシュトロハイムの顔にあるのは、ギーシュ・ド・グラモンに対する怒り。
もちろんメイジの力への、恐れが消えたわけではない。だが怒りは、その源である誇りは、恐れを容易に乗り越える。
勝てると思っているわけではない、死なないと思っているわけではない、だがたとえ負けてもたとえ死んでも、シュトロハイムには絶対に譲ることの出来ないものがある。

そして彼の考えを、今のシエスタは理解出来ない。
命を賭けても譲れないというシュトロハイムの言うものが、何であるのかが分からない。
それは世界の差、時代の差、生まれ育った立場の差。
貴族として育てられたルイズならば、シュトロハイムの言う『誇り』は理解できるものだ。
平和な時代に生きていた島国の学生ならば、誇りより命を重んずるシエスタに共感できたはずだ。
だけれど今の、シエスタとシュトロハイムには、その価値観は納得できない。

「やっぱり、私には分かりません。私は、ちがうと思います。誇りのために、死んでもかまわないなんて」

悩ましげにそう言ったシエスタは、そのままくるりとシュトロハイムに背を変える。

「まっすぐ行って、大樹に突き当たったところを左に曲がってください。演習場は、その先です」

それだけ言うと、義務は果たしたとばかりに厨房のほうへと引き返す。
フウと息を吐き肩を竦め、シエスタに言われた道に従って、シュトロハイムは演習場へ。
そこにはもう、噂を聞いて駆けつけた見物人、ギャラリーで、人の輪が形成されていた。


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