ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

『女教皇と青銅の魔術師』-2

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匿名ユーザー

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食堂の入り口に顔を向けた状態で、ギーシュは硬直していた。

(オスマン師が覚醒しておられる!)

オールド・オスマン。
トリステイン魔法学院院長。
伝説のスクエアメイジ。寿命を克服した超越者。

そして

複数の国から、封印指定されている唯一のメイジ。

どこの国にも厄介なメイジは存在する。
対象が広範囲すぎて戦に使えぬ凍結魔法、天候を司る禁呪、人心を操る禁呪…
そういった魔法の使えるメイジは普通、それなりの役職を与えられて国家の監視下に置かれる。
簡単に云えば飼い殺しだ。魔法を使わせない為の地位と恵まれた生活、そして周囲に配置された監察官。
封印指定、とはそのような待遇を意味する。
ギーシュは父からそのメイジにおける禁忌について聞いていた。

一つの国家の監視下に置かれていたオスマン師はかつて辺境の地で実体化した魔獣と戦い、
三日三晩の死闘の末これを退去させた。後にこの功績により現在の学院長の地位に就くのだが―――
それは半分の理由でしかない。
諸国の為政者は、恐れたのだ。
辺境の村を一つ完全に消滅させ、大きな湖を出現させた魔獣。―――本当にそれは魔獣の仕業なのか?
魔獣の目撃者は数人居るが、既に地形が変わってから駆けつけた者だけだ。
ひょっとしたら―――あの魔獣は、かの英雄が自分の過ちを隠蔽する為だけに―――
真相を知る者は、誰一人生き残っていないのだ。

かくして
元凶となった(あるいは無実の罪を着せられた)異界の本と、
魔獣を退去させた英雄(あるいは狂気の大規模殺戮者)は、
一つの国家では抑えきれぬとして、トリステイン魔法学院にて複数の国家による監視下に置かれた。

ギーシュが生まれる前から続くこの監視は、うまく機能していた。
日々の職務で忙殺し、余計な些事に関わらせない。
続く平和な日々はその鋼の如き精神を曖昧にさせ、最近では色ボケ好々爺と化していた―――はずだった。
数分前までは。

(殺される)

ギーシュは確信していた。オスマン師はもはや生徒の姿など見えていない。
あと数秒のうちに、この使い魔を殺す大規模魔法をこの場にいる全てのものを巻き添えにして放つだろう。
そして―――ギーシュは思い当たる。
オスマン師を覚醒させてしまったグラモン家の使い魔。
複数国家の政治的バランスから考えて―――グラモン家の取り潰しは確定だ。
いや、父や兄の命すら危うい。

(駄目だ、それは駄目だ!)

(ここで止めなきゃ駄目だ!考えろギーシュ!)

僅かコンマ数秒、しかし彼の中で最も高密度で思考した、人生最長の一秒未満が始まる。

(オスマン師とミドラー、どちらかを無力化すればこの場は収まる)

(ミドラーだって師がこの上なくヤバイのは感づいてる。オスマン師が殺意を消せば落ち着く)

(そしてオスマン師は明らかにこちらの説得など聞こうとしない。)

(ミドラーの説得、時間が足りない上にミドラーに話しかけようと後ろを向いたらオスマン師が魔法を放つ!)

(では実力行使…魔法でオスマン師を?却下!)

(ミドラーを?ワルキューレ呼ぶ前に瞬殺確定!)

(そもそもどちらかに呪文を始めた時点でオスマン師が殺しにかかる!)

(だから呪文では駄目だ)

(取るべき行動は、オスマン師に使い魔の乱行を謝罪しながら、ミドラーを無力化すること!)

(考えろ、考えろギーシュ・グラモン!)

(ミドラーを、呪文を使わずに、無力化!)

刹那の後、ギーシュは行動を開始した。

「偉大なるオールド・オスマン師に申し上げます!」

(大丈夫、声は震えてない)

体はオスマン師に正対。ミドラーを背後に。万が一にもミドラーの態度で師を暴発させてはならない。

「使い魔の不始末、このギーシュ・グラモンの不徳の致す所であります。」

テーブルの上から栓抜きを掴む

「しかしながら此度の惨状、三人の不心得者が使い魔への暴行を加えたことが発端となっております」

そして、言葉と同時に
 ―――栓抜きで、自分の左手の小指を、へし折った。
激痛がする。それはミドラーも、感覚のリンクしている使い魔にも伝わる。

「いわば使い魔の自己防衛の末の暴発であります。」

続いて薬指、中指をへし折る。

「本日がこの使い魔の初披露目でもあることを鑑みて、杖をお納めくださいますようお願いいたします」

最後に深々と一礼する。
―――人差し指までへし折った激痛に歪む顔を隠す為に。
ミドラーは、左手を押さえて蹲っている。意識が飛んでいるようだ。
病み上がりで体力が回復してなかったのが幸いした。
ミドラーが万全の体調であったならば、左手程度では気絶しなかっただろう。
激痛に脂汗を流しながら、ギーシュはそんなことを考えた。

「今回の件は不問とする…」

オスマン師の声が食堂に響く。
ギーシュはほっとしたが、続く言葉に全身が凍りついた。

「ただし、皆の前でそれが本当にうぬの使い魔であることを証明せよ」

愕然とするギーシュ。

「しょ、証明ですと…」

「三日後、虚無の日、正午じゃ」

証明できなければ殺す、と言外に含ませてオスマン師は立ち去った。
モンモランシーが何か言いながらこちらに走ってきたが、激痛と絶望に崩れ落ちるギーシュには聞こえなかった。

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