オスマン師は完全に意識がないサイトを見る。
コルベール先生が傍らでぼそぼそと説明している。
「…あれが例のガンダールヴでございます…」
(…ガンダ…何?私の知らない間にまた何かサイトがやらかした?)
ひやり、と背筋が凍る。
(ああもう何でこんな奴が使い魔になったんだろう!)
師の視線がサイトからこちらに移る。とりあえずコレの追求は後回しのようだ。
目撃情報を伝える。ゴーレムの特徴、大きさ、破壊力…
ゴーレム自体は今も逃走中であり、数人の追っ手が張り付いている。
あの程度のスピードならばじきに包囲網が完成するだろう。
と、そこにずっと沈黙を守っていた(といってもこの子はこれが普通だ)タバサが口を挟んだ。
「お待ちくださいオスマン師。
現在犯人と思われる人物はゴーレムとは別行動しております」
その場にいる全員が驚く。私だって聞いてない。
「ゴーレムが逃亡する際一度だけ立ち止まった場所があります。
私の使い魔に遠方上空から見張らせたところ、暫く後にメイジと思われる人物が地下から現れました。
現在その人物は馬でゴーレムとは反対方向に逃亡しております」
絶句する。
あの騒ぎの中でこの子は誰よりも冷静に判断している。
自分の視野の狭さが恥ずかしくなる。
魔法が使えないなら頭脳で勝負しなければいけないのに、遅れを取っている。
私が使い魔を召喚してからというもの、上達したのは突っ込みの速さだけだ。
メイジが素手喧嘩に優れてどうするのだろう。
タバサが説明し、ルイズが自己嫌悪に陥っているとき、キュルケは別のことを考えていた。
(私達はゴーレムに何一つ有効な手を打てなかった)
足止めすらできなかった。
(このまま報告が終わればルイズはサイト諸共先ほどの件で何らかの処罰をされる)
しかも覚醒しているオスマン師の、だ。
自分はルイズに潰れて欲しくない。
取り巻きではない、軽口を叩ける友人は本当に貴重なものだ。
そのために自分はわざわざ留学してきたのだから。
(最善手はッ!?)
「その追撃の任務、私達にお任せ願えませんでしょうか」
タバサの説明が終わると同時に、キュルケがそんな発言をした。
ミドラーは驚いてキュルケの顔を見る。
口調こそ普通だが、目に決意が浮かんでいる。
「当学院は、看板に泥を塗られました」
言葉が続く。
「今から先生方が追いかけて捕まえても、世間は当たり前にしか思わないでしょう。
ここで私達が追撃し捕まえれば、
『生徒が勝手に追いかけて官憲の手よりも早く捕まえた』
となり、学院の力を世間に知らしめることができます」
タバサが言葉を繋ぐ
「私もキュルケもトライアングルです」
ちらり、とルイズとサイトを見る。
「それに彼は…」
タバサからの振りを受け取ったルイズが続ける。
「一応、まあこんな礼儀知らずですが、ギーシュに決闘で勝てる程度の実力はあります」
ギーシュ、という言葉にオスマン師はぴくりと反応する。
ミドラーを一瞥すると、オスマン師は頷く。
「若者が戯れに興じて盗人を追った。筋としてはふさわしかろう」
すぐに馬車が用意され、三人のメイジと一人の使い魔が乗り込む。
今回ミドラーは留守番である。
心配なのでこっそり付いて行こうか、とタバサに伝えるも拒否されたのだ。
「他人の使い魔を勝手に危険に晒せない」
やさしい目でルイズとキュルケを眺めながら微笑んでタバサは続ける。
「待ってて」
タバサ達を見送った後、ミドラーは自室に戻ってきた。
時はまだ深夜である。ギーシュも戻ってきていた。
自分達があれほど駆けずり回っていた時に、自分の主はぐっすりと眠っている。
何だか腹が立ったので叩き起こして経緯を説明する。
「行かなくて正解だったね」
説明を受けたギーシュの第一声はこんな気の抜けたものだった。
「ちょっと!少しは心配とかしたらどう!?」
憤慨する。
仮にもクラスメートが強敵と戦うというのにそれはないんじゃないか、と思う。
何か危険な目付きになったミドラーに、ギーシュは慌てて説明する。
「えっと、とりあえず説明すると、ミドラーが行くと意味がないんだよ」
くああ、と欠伸をしながらギーシュ。
「あのサイトという使い魔が優秀であることを証明しなきゃ、ルイズ達は師の仕置きを受けるじゃないか。
キュルケもタバサも学院のメンツなんてどうでもいいんだよ。
彼女達は何とかしてルイズを助けたかったから志願したんだよ」
説明おわり、と、もそもそと毛布に包まる。
「戦力なら心配いらない。サイトは本当に強いしキュルケもタバサも十分に強い。
そんだけ揃ってれば心配いらないってば…」
おやすみ、とギーシュが寝入ってからもミドラーは悶々と考え続けていた。
あの大きな土人形にどうやって有効打を与える?
いや、あれ以外にも本体のメイジの魔法はどう捌く?
どう考えてもミドラーには勝てる手立てが思いつかなかった。
ギーシュは、夢うつつの中で
(心配する友人ができたんだ。よかったねミドラー…)
などと考えていた。
初手から食堂半壊の大暴れをしたせいで、何となくミドラーは畏怖の対象のような雰囲気があった。
ここ数日で自分のクラスメイトともかなり会話するようになってはいた。
が、互いの心配をするほど親密な友人関係を築けていたとは…。
エルフの間諜が使い魔として第二の人生を歩み始めている、
何だかそれはすごくいいことのようにギーシュは思えた。
もちろんギーシュは、ルイズ達のことを全く心配していなかった。
自分に勝ったあの使い魔がいる。
それだけで充分だった。
翌日、ミドラーはは朝からずっと正門で待ち構えていた。
昼過ぎ頃に遠くに馬車が見え始めると、たまらず迎えに駆け出す。
一行はメイジ三人は全くの無傷、サイトが黒焦げだった。
犯人は生きたまま確保、盗まれた物も取り返していた。
犯人とぐったりしたサイトを運ぶ為にミドラーも一行に続く。
本当はオスマンの顔など見たくなかったが、どうやってフーケを倒したのか好奇心が勝ったのだ。
宝物庫にて
教師陣の満面の笑顔の前に、キュルケが説明する。
犯人が森の奥の小屋に入ったのを確認した一行は、まず奇襲の準備を始めた。
サイトを剥くと身体にぼろ布や藁束を結んで油をしみ込ませ、猿轡をする。
腰に長いロープを結ぶと、シルフィードにそれを咥えさせて準備完了。
メイジ三人を背中に、シルフィードは飛び立った。
奇襲は、視認することのできない天頂方向から行われた。
まずキュルケがサイトに浮遊の魔法を掛ける。
そしてメイジ三人はそれぞれ詠唱を開始、シルフィードはサイトを引っ張りながら急降下する。
ルイズが小屋の屋根を爆破し、大穴を開ける。
タバサが全力を振り絞って最大規模の冷気をその穴に叩き込む。
その直後、キュルケはサイトに着火し、
シルフィードが降下の勢いのままに、炎上するサイトを穴に放り込んだ。
急降下を引き起こして宙返り一回、
キュルケの浮遊でキュルケとルイズが小屋の正面に降り立ち、突入する。
サイトに与えた命令は「中にいる敵の無力化」であり、炎は防寒対策であった。
キュルケとルイズは逃げ出してくる敵の迎撃であったのだが、誰も出てこなかった。
敵はただ一人、床に蹲り寒さで動けなくなっていたのだ。
(なおサイトは最初に犯人の腹を思い切り蹴飛ばした後、浴室で消火しようと突入するも水が凍り付いていた為断念。
キュルケ達が突入した時には霜が降りた毛布でなんとか消火しようと試行錯誤していた)
キュルケの説明の後、犯人の頭の覆いをタバサが外すと、教師一同に衝撃が走った。
土くれのフーケはミス・ロングヒルであったのだ。
目は自然とオスマン師に集まる。
「…王宮へ使いを出せ。当学院に押し入る賊を捕らえる。三日の取調べののちそちらに引き渡す、と」
オスマン師が一同を見据える。
「皆の者、土くれのフーケの正体について他言無用。コルベール、地下牢を準備せいッ!」
「計ってくれた喃…」
一同の前を、猿轡をされたフーケが髪の毛を掴まれて引き摺られていく。
ミス・ロングヒルだった者の、無言の絶叫が宝物庫に響いた。
ミドラーは、好奇心でここに居合わせたことを心底後悔した。
コルベール先生が傍らでぼそぼそと説明している。
「…あれが例のガンダールヴでございます…」
(…ガンダ…何?私の知らない間にまた何かサイトがやらかした?)
ひやり、と背筋が凍る。
(ああもう何でこんな奴が使い魔になったんだろう!)
師の視線がサイトからこちらに移る。とりあえずコレの追求は後回しのようだ。
目撃情報を伝える。ゴーレムの特徴、大きさ、破壊力…
ゴーレム自体は今も逃走中であり、数人の追っ手が張り付いている。
あの程度のスピードならばじきに包囲網が完成するだろう。
と、そこにずっと沈黙を守っていた(といってもこの子はこれが普通だ)タバサが口を挟んだ。
「お待ちくださいオスマン師。
現在犯人と思われる人物はゴーレムとは別行動しております」
その場にいる全員が驚く。私だって聞いてない。
「ゴーレムが逃亡する際一度だけ立ち止まった場所があります。
私の使い魔に遠方上空から見張らせたところ、暫く後にメイジと思われる人物が地下から現れました。
現在その人物は馬でゴーレムとは反対方向に逃亡しております」
絶句する。
あの騒ぎの中でこの子は誰よりも冷静に判断している。
自分の視野の狭さが恥ずかしくなる。
魔法が使えないなら頭脳で勝負しなければいけないのに、遅れを取っている。
私が使い魔を召喚してからというもの、上達したのは突っ込みの速さだけだ。
メイジが素手喧嘩に優れてどうするのだろう。
タバサが説明し、ルイズが自己嫌悪に陥っているとき、キュルケは別のことを考えていた。
(私達はゴーレムに何一つ有効な手を打てなかった)
足止めすらできなかった。
(このまま報告が終わればルイズはサイト諸共先ほどの件で何らかの処罰をされる)
しかも覚醒しているオスマン師の、だ。
自分はルイズに潰れて欲しくない。
取り巻きではない、軽口を叩ける友人は本当に貴重なものだ。
そのために自分はわざわざ留学してきたのだから。
(最善手はッ!?)
「その追撃の任務、私達にお任せ願えませんでしょうか」
タバサの説明が終わると同時に、キュルケがそんな発言をした。
ミドラーは驚いてキュルケの顔を見る。
口調こそ普通だが、目に決意が浮かんでいる。
「当学院は、看板に泥を塗られました」
言葉が続く。
「今から先生方が追いかけて捕まえても、世間は当たり前にしか思わないでしょう。
ここで私達が追撃し捕まえれば、
『生徒が勝手に追いかけて官憲の手よりも早く捕まえた』
となり、学院の力を世間に知らしめることができます」
タバサが言葉を繋ぐ
「私もキュルケもトライアングルです」
ちらり、とルイズとサイトを見る。
「それに彼は…」
タバサからの振りを受け取ったルイズが続ける。
「一応、まあこんな礼儀知らずですが、ギーシュに決闘で勝てる程度の実力はあります」
ギーシュ、という言葉にオスマン師はぴくりと反応する。
ミドラーを一瞥すると、オスマン師は頷く。
「若者が戯れに興じて盗人を追った。筋としてはふさわしかろう」
すぐに馬車が用意され、三人のメイジと一人の使い魔が乗り込む。
今回ミドラーは留守番である。
心配なのでこっそり付いて行こうか、とタバサに伝えるも拒否されたのだ。
「他人の使い魔を勝手に危険に晒せない」
やさしい目でルイズとキュルケを眺めながら微笑んでタバサは続ける。
「待ってて」
タバサ達を見送った後、ミドラーは自室に戻ってきた。
時はまだ深夜である。ギーシュも戻ってきていた。
自分達があれほど駆けずり回っていた時に、自分の主はぐっすりと眠っている。
何だか腹が立ったので叩き起こして経緯を説明する。
「行かなくて正解だったね」
説明を受けたギーシュの第一声はこんな気の抜けたものだった。
「ちょっと!少しは心配とかしたらどう!?」
憤慨する。
仮にもクラスメートが強敵と戦うというのにそれはないんじゃないか、と思う。
何か危険な目付きになったミドラーに、ギーシュは慌てて説明する。
「えっと、とりあえず説明すると、ミドラーが行くと意味がないんだよ」
くああ、と欠伸をしながらギーシュ。
「あのサイトという使い魔が優秀であることを証明しなきゃ、ルイズ達は師の仕置きを受けるじゃないか。
キュルケもタバサも学院のメンツなんてどうでもいいんだよ。
彼女達は何とかしてルイズを助けたかったから志願したんだよ」
説明おわり、と、もそもそと毛布に包まる。
「戦力なら心配いらない。サイトは本当に強いしキュルケもタバサも十分に強い。
そんだけ揃ってれば心配いらないってば…」
おやすみ、とギーシュが寝入ってからもミドラーは悶々と考え続けていた。
あの大きな土人形にどうやって有効打を与える?
いや、あれ以外にも本体のメイジの魔法はどう捌く?
どう考えてもミドラーには勝てる手立てが思いつかなかった。
ギーシュは、夢うつつの中で
(心配する友人ができたんだ。よかったねミドラー…)
などと考えていた。
初手から食堂半壊の大暴れをしたせいで、何となくミドラーは畏怖の対象のような雰囲気があった。
ここ数日で自分のクラスメイトともかなり会話するようになってはいた。
が、互いの心配をするほど親密な友人関係を築けていたとは…。
エルフの間諜が使い魔として第二の人生を歩み始めている、
何だかそれはすごくいいことのようにギーシュは思えた。
もちろんギーシュは、ルイズ達のことを全く心配していなかった。
自分に勝ったあの使い魔がいる。
それだけで充分だった。
翌日、ミドラーはは朝からずっと正門で待ち構えていた。
昼過ぎ頃に遠くに馬車が見え始めると、たまらず迎えに駆け出す。
一行はメイジ三人は全くの無傷、サイトが黒焦げだった。
犯人は生きたまま確保、盗まれた物も取り返していた。
犯人とぐったりしたサイトを運ぶ為にミドラーも一行に続く。
本当はオスマンの顔など見たくなかったが、どうやってフーケを倒したのか好奇心が勝ったのだ。
宝物庫にて
教師陣の満面の笑顔の前に、キュルケが説明する。
犯人が森の奥の小屋に入ったのを確認した一行は、まず奇襲の準備を始めた。
サイトを剥くと身体にぼろ布や藁束を結んで油をしみ込ませ、猿轡をする。
腰に長いロープを結ぶと、シルフィードにそれを咥えさせて準備完了。
メイジ三人を背中に、シルフィードは飛び立った。
奇襲は、視認することのできない天頂方向から行われた。
まずキュルケがサイトに浮遊の魔法を掛ける。
そしてメイジ三人はそれぞれ詠唱を開始、シルフィードはサイトを引っ張りながら急降下する。
ルイズが小屋の屋根を爆破し、大穴を開ける。
タバサが全力を振り絞って最大規模の冷気をその穴に叩き込む。
その直後、キュルケはサイトに着火し、
シルフィードが降下の勢いのままに、炎上するサイトを穴に放り込んだ。
急降下を引き起こして宙返り一回、
キュルケの浮遊でキュルケとルイズが小屋の正面に降り立ち、突入する。
サイトに与えた命令は「中にいる敵の無力化」であり、炎は防寒対策であった。
キュルケとルイズは逃げ出してくる敵の迎撃であったのだが、誰も出てこなかった。
敵はただ一人、床に蹲り寒さで動けなくなっていたのだ。
(なおサイトは最初に犯人の腹を思い切り蹴飛ばした後、浴室で消火しようと突入するも水が凍り付いていた為断念。
キュルケ達が突入した時には霜が降りた毛布でなんとか消火しようと試行錯誤していた)
キュルケの説明の後、犯人の頭の覆いをタバサが外すと、教師一同に衝撃が走った。
土くれのフーケはミス・ロングヒルであったのだ。
目は自然とオスマン師に集まる。
「…王宮へ使いを出せ。当学院に押し入る賊を捕らえる。三日の取調べののちそちらに引き渡す、と」
オスマン師が一同を見据える。
「皆の者、土くれのフーケの正体について他言無用。コルベール、地下牢を準備せいッ!」
「計ってくれた喃…」
一同の前を、猿轡をされたフーケが髪の毛を掴まれて引き摺られていく。
ミス・ロングヒルだった者の、無言の絶叫が宝物庫に響いた。
ミドラーは、好奇心でここに居合わせたことを心底後悔した。