ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

使い魔ファイト-12

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 その少女はごく普通の生徒だった。
 ルイズのように魔法が使えないわけではない。ギーシュのような浮名を流したりもしない。
 キュルケの情熱も無ければ、モンモランシーのいじらしさも無い。
 タバサのような宿命も持たず、マリコルヌほど怠惰でもない。
 美しくもなく、醜くもない、ごく目立たない容姿をしていた。少ないながらも友達はいた。
 人並に魔法は使えたが、将来を嘱望されるほどの才能があるわけではなかった。
 絵を描くことが好きだった。
 明確な将来を思い描くことはできなかったが、嫁いだ先でも趣味を続けられたらな、と考えていた。
 優しさや思いやりを持っていたが、それは小心からくる自己保身の意味合いが強かった。
 また、けして「貴族の優しさ、思いやり」といった分を超えることはなかった。
 春の使い魔召喚の儀式が始まり、終わるまでは、少女は埋没しがちな一生徒でしかなかった。
 初めてその使い魔を目にした時、少女は少しだけがっかりした。
 有能、無能ということではなく、その見た目が少女の趣味にそぐわなかった。
 有体に言って、バラバラ、ぐちゃぐちゃ。気色が悪かったが、呼んでしまった以上は仕方が無い。
 自分が何を召喚してしまったかも知らずに、少女は使い魔と契約をかわした。

 使い魔はベッドの上一面に本を敷き詰めていた。
 それだけでは足りず、本は机の上にも雑多に積み置かれている。
 恋愛小説、エッセイ、学術書、辞書、事典、ジャンルの方も負けずに雑多だ。
 餌をボロボロとこぼしながら、一瞥のみの速さでページをめくっていた。
 右足が本を押さえ、左足がページを手繰る。右手で食べ物を掴み、左腕はベッドの上で本を整理していた。
 少女はなるだけ音を立てないように扉を閉めたが、使い魔は動きを止めた。
 ページを動かす十分の一程度の速度で顔を少女へと向け、
「おかえりなさいスカラファッジョ」
「……ただいま」
 机から飛び降り、床を這って少女へと向かってくる。
 這わなければ移動できないわけではない。少女が嫌がるのを知っているというだけのことだ。
「ねえ、スカラファッジョ」
 使い魔は笑っていた。口の両端が頬を突き抜けてしまいそうに笑っていた。
 スカラファッジョと呼ばれた少女は恐る恐る笑い返した。 
「お願いがあるんです」
 すがるように抱きつこうとしたが、少女は重量に耐え切れず尻餅をついた。
 これも、もちろん分かっていてやっている。
「欲しい物があるんですよ」
「わたしが用意できるものなら……ね、ねえちょっと重いわ」
「世界の情勢が詳しく知りたいのです。それが分かる物をいただきたい。私もこの国のため役に立ちたいのですよ」
 そんなつもりが無いことは、少女もよく知っていた。それでも頷く以外何もできない。
「それとですね、馬が一頭欲しい。なるだけ頑丈なやつがいい」
「そ、そんな」
「そんな……なんです?」
「そんなお金……も、もうわたしのお小遣いはありません。これだけ本を買えば蓄えだって無くなります。父や母は厳しいし、お金が入る当てなんか……」

「スカラファッジョ」
 使い魔は身体を押し上げた。顔と顔が近づき、少女に生暖かい吐息がかかる。
「私はあなたのためにつくしてきました。スカラファッジョという素敵な呼び名を考えてあげましたし、不幸な事故によってあなたの内部が露出した時には、きちんと施術してあげた」
 少女の背骨を悪寒が貫いた。小刻みな震えが止まらない。
「少しくらい、私がいい目を見てもいいんじゃあないですか?」
 長い舌が伸び、少女の頬を舐めた。唾液の跡が月の光に照らされている。
「それに、あなたは豊かな方だ。お金は無くとも物がある。その豊かさを哀れな使い魔にもお分けください」
 長い舌が、今度は眼球を舐めた。溜まっていた涙を丁寧に舐めとる。
「ざっとこの部屋を眺めただけでも、かなりの不必要な物がある。たとえば絵を描く道具。魔法の勉強には不要のものです。ドレス、宝石。メイジには必要ありませんね。それに……」
 いつの間にか、左腕が床に降りている。形だけは優しげに少女の胸を押しやった。
「あなたには、それ以外にも……売ることのできるものがあるんじゃあないですか?」
 少女は口も開けず、瞬きさえできないで、ただただ震えている。
 使い魔はそれを見て満足げに微笑むと、
「ま、その話はとりあえず置いておきましょう。もう夜も遅いことですしね」
 来た時と同じように、蜘蛛のように床を這って机の上へと戻っていく。
 荒い呼吸ながらも、ようやく少女は息を吸い、吐くことができるようになった。
「寝る前に掃除をしなければいけませんね。健康な肉体を作るためにはそれなりの環境が必要です。ほら、見てください」
 ベッドの上に戻った左腕が指した先には、床に散らばった餌の食べかすがあった。
「汚いでしょう。これはよくない」
 よろよろと立ち上がり、杖を構えた少女に向けて、使い魔がさらに続けた。
「そうそう、貴族たるもの食べ物を大切にする心もまた大切です。大丈夫、唾液には殺菌作用がありますから、床を舌で舐めたくらいではくたばりません」
 少女が凍りついた。
「さ、べったりと綺麗にしましょうね。私はお仕置きが好きではありませんので、きちんとやってください」

 ――今は目立つわけにいかない……だからお前で我慢してやるよご主人様。
 本を読んでるフリをしながら、こっそりと床を覗き見る。
 使い魔の表情は愉悦一色に塗り固められ、少女の表情は……。
 ――いいぞォ……もっとだ。もっと絶望しろ。そしてその表情を私に見せろォォォ……!



 湿気に紛れて天井裏に潜り、地面へ染み込んで隠れ、今日も無事に偵察を終えることができた。
 誰にも気づかれず、誰からも悟られず、この学院の全てを手中に収めつつある。
 だが、まだ足りない。もっと情報が欲しい。メイジは何ができて、何ができないのか。どうすれば死んで、どうすれば苦しむのか。
 ――眼鏡のドラゴンは多少気になるが問題ねェ。桃色髪が召喚した女は……俺達に似た匂いがするが、今は様子見か。それよりヤバイのは緑色のバラバラ野郎だ。
 だが、どれだけ危険な人間であっても問題は無いだろう。放っておけば何かをやらかす。
 おそらくはそれによって多くの人が死ぬ。自分の楽しみは減るが、減った分の楽しみもまたある。
 多くの人を苦しめて殺したバラバラ使い魔は、必ず調子に乗るだろう。
 調子に乗った馬鹿を恐怖させ、殺す。それ以外も殺す。全て殺す。楽しんで殺す。
 本体を叩かれることが唯一の弱点だったが、それも昔の話だ。
 岩としてこの世界にあらわれた自分を、スタンド使いだと考える人間がどこにいるというのだろう。いるわけがない。
 ――これだけの雄餓鬼と牝餓鬼にかこまれてよォ……溜まっちまってしかたねェェゼェェェェェ……。
 時期がくれば、その時こそ全てを開放しよう。考えるだけでありもしない涎が溢れた。


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