其は、絶対勝利の聖なる剣


其は、絶対勝利の聖なる剣

ほとんどの敵兵が中央地区外縁に集中して配置されていたため、
最深部にまで迫るとアーサーたちは何の抵抗もなく、マイスナーの待ち受ける皇帝府《玉座の間》へと辿り着いた。
そこが二人の決戦の場でもあり、両者に巣食う過去の因縁との決別の場でもあった。
マイスナーは落ち着き払った様子で玉座で頬杖を突き、対峙するアーサーを見下ろす。
悠然と立ち上がったマイスナーが再会の言葉を口にした後、両者は多くを語らず闘いに至る。

だがこの時、マイスナーは既に最初の一手を打っていた。

マイスナーはこの玉座の間にアーサーがやってくること、
加えて前回、アーサー自らが手を下さなかったが為に取り逃がした我を
今度は自らの手で確実に仕留めようとするだろうことを見越していた。

その対策として、マイスナーは玉座の間全体に幻惑の魔術を張り巡らせていた。
アーサーは薄く編まれた魔力を探知することができず、そのまま決闘は始まった。

最初は知覚することもできなかった幻惑は、次第に戦闘の最中でアーサーに『認識のずれ』を感じさせる。
その『ずれ』は刃を交える度に刹那と紙一重の世界に干渉し、拮抗する天秤はやがて一方に傾いてゆく。

決闘の行方を見守る騎士団長ヘンリックは、眼前で繰り広げられる互いに譲らない丁々発止の戦いが、
アーサーの時間だけが僅かに『ずれている』かのように噛み合わなくなっていくのを感じた。
周囲へ警戒を向け、連れ立ったダークエルフに魔力の探知を行わせたことで
ようやく玉座の間に張り巡らされた結界の存在に気付いた。

マイスナーの策略が暴かれると、アーサーはすぐさま打って出る。
ただ気付かなかっただけなのだ。しかし種が明ければ対処は簡単なこと。ただ消し去ってしまえば良いのだ。
闇を払うには光。部屋が暗ければ窓を開け、太陽の光を取り込めば済むこと。
そういうことを彼の剣は得意としている――!

「聖剣・解放」

その言葉と共に玉座の間は光の奔流に飲み込まれる。
この場に居合わせた全員が聖剣の輝きに目を奪われる中で一人、
目を瞑り視覚を守ったアーサーが大きく踏み込んでマイスナーへと肉薄する。

距離、太刀筋、狙い、すべてがあの日の光景と重なる。
自らの手で忠臣の心臓を貫いたあの瞬間を彷彿とさせる一撃。
勝負あった――

ガキンッ!という、金属と金属が激しくぶつかり合ったような甲高い音が空間に反響する。

「足りぬなぁ……足りぬぞアーサー。
 この鎧は我が祖、ニヴルヘイムより賜りし神代の聖鎧。
 何人たりとて、我に刃を届かせること能わんぞ」
「くっ……、ならば――これはどうだ!」

この2年、彼は配下となった悪魔祓いたちから戦闘指南を受け、腕を磨いていた。
いずれ奴を――簒奪者をこの手で葬り去るために、アーサーは自らの剣技を高めた。
そして今、彼はその集大成を積年の相手に叩きこむ。
一、二、三、四、五、六連。先ほどマイスナーに放った心臓部への刺突。
それと合わせ、まったく同じ箇所目掛けて合計七度の神速突きを見舞う。

しかしそれでも簒奪者の黄金の鎧には傷一付かなかった。
鎧本来の強度もさることながら、”聖剣術式”による魔術的強化まで備わった鎧の強度は
恐らく帝国国内はおろか、皇帝府地下の宝物庫で埃を被った献呈品、戦利品のどれにも破ることの出来ない、
最高の防御力を誇るだろう。

そんな規格外の存在にアーサーは次第に追い詰められてゆく。
だが、手はまだ残っていた。
これが通じる保障など何処にもない。しかし規格外を制するにはこちらも相応の規格外を以って臨むしかない。
意を決したアーサーは今一度聖剣に唱える。嘗て異形の怪魔すら消滅させた一撃を放つために。
両手に渾身の力を込め、金色の輝きを纏った聖剣が高々と掲げられる。

「聖剣・発動」

――奇蹟と希望と勝利の具現――
――燦然と輝く光の奔流、其は――

「エクス……カリバーーー!」


刀身より放たれた光の柱は、マイスナーを容易く飲み込むと
彼の後ろに聳える、歴代皇帝の座った玉座諸共吹き飛ばす。
光の柱はそのまま壁を突き破り、勢いそのままに中空の彼方までその輝きを駆け巡らせる。

未だ帝都で戦い続ける兵士たちの目にそれはどう映っただろうか。
皇宮の一角から顔を覗かせる金色の竜か、はたまた空を這う大蛇か……。
どちらにせよこの数瞬、帝都で繰り広げられていた一切がその動きを止めたのは、
後の世にまで伝えられる真実である。



「――大したものだな、その聖剣の力……
 この《アヌの鎧》がなければ、間違いなく我の身体は跡形もなく消し飛んでいただろう」
「!?」

アーサーは咄嗟に、光の奔流が過ぎ去った方向に目を向ける。
外壁には大穴が穿たれ、太陽が玉座の間を照らし出す。
アーサーはその土煙りの中にはっきりと、一つのシルエットを捉えていた。
そこには悠然と立ち尽くすマイスナーの姿があった。

「さぁ、それでは始めようか――我と貴様の終幕を、心行くまで演じようぞ!」


その言葉と共に、アーサーとマイスナーの周囲を炎が覆う。
二人を取り囲むように展開された半円形の煉獄の檻は、触れるもの全てを灰燼と帰し、
アーサーの率いた精鋭兵は悲痛な叫びと共に焼き尽くされた。
辛うじて難を逃れた騎士団長ヘンリックではあったが彼もまた負傷し、兵士からも多数の死傷者が出る。

「この煉獄の檻の内は我らだけだ。今度は客席からの邪魔は入らんぞ、アーサー」

マイスナーの露になった半身に刻まれた紋章が、周囲の炎に呼応するかのように鳴動している。
手抜かりなどなかった。この日のために周到に編まれた策略が、アーサーの行く手を阻む。

真価を発揮した聖剣はマイスナーの聖鎧を破壊するに至り、鎧は既にその力を失った。
もう一度聖剣の力を使えば、簒奪者は成す術なく葬られるだろう。
だが、アーサーは迷っていた。
煉獄の檻に閉ざされたこの空間で聖剣の力をもう一度発動させれば、
恐らくアーサー自身も無事では済まないからだ。
迂闊に動くことのできないアーサーは、マイスナーの次の行動を結果的に見過ごすことになる。

――固く閉ざされた四方の門よ――
――開け、鍵は此処ぞ――
――応えよ、我の言葉に――
――其は――

「天地開闢鍵・《エア》」

詠唱が終了し、鍵は真の姿を現す。
エアを振りかざすと、マイスナーの背後に無数の空間の歪みが生じ、そこから次々と武具が顔を覗かせる。
アーサーはそれらのいくつかに見覚えがあった。地下の宝物庫に保管されていた宝具たちだ。
簒奪者は、初代皇帝バルバロッサが勝ち取ってきた武具すらもこの闘いに利用したのである。

「今から貴様を襲うは千の刃。 そのすべてを、貴様はこの状態で防ぎ切れるかな?」

マイスナーは背後に展開した次元の一つから鎖を召喚した。
それは嘗て、初代皇帝バルバロッサがユグドラシルの建国時に献上された
《一度に百の罪人を縛り付けたと云われる『縛鎖フェンリル』》
フェンリルは意思を持つかのようにアーサーに迫り、彼の動きの一切を封じ込める。

煉獄、縛鎖、千の宝具。
絶体絶命の状況に陥ったアーサーは、聖剣発動の意を決した。
しかし、今のアーサーは剣を振りかざすことができない。
この状態では、聖剣の威力が減少するだけでなく、指向が定まらない魔力が辺り一面に拡散し、
アーサー自身にも害を及ぼしてしまう。

これは土壇場での判断に逡巡した自分が招いた結果。
先ほどよりも更に危険が増したというのに、この時のアーサーは、
どのような結果になろうと受け入れる覚悟だった。

それはまるで、決心を鈍らせていた自分を奮い立たせるための勇気を、聖剣が与えてくれたようだった。
聖剣術式の発動詠唱を唱える。
マイスナーが放った千の刃がアーサーの願いに応えた聖剣の光に飲まれる。
光の奔流が煉獄の檻の中で荒れ狂った。

ここまでアーサーに率いられてきた兵たちが、決闘の行方を見守っていた。
途端に自分たちの行く手を遮っていた炎が揺らぎ始め、霧散してゆく。
炎が完全に消え去った時、そこから現れたのは二人の男たちだった。

どちらも深い傷を負い立っているのがやっと、という状態だ。
相討ちかと思われたが、この場で倒れたのはマイスナーだった。
アヌの鎧を失い、度重なる魔力の消費が祟り、アーサーよりも早く限界を迎えたのである。
その場に倒れ伏すマイスナーの側に、覚束ぬ足取りでアーサーは近づく。
そして、もはや戦う力を持たないマイスナーに、これまでの因縁に、決着を付ける。
倒れ伏す簒奪者の心臓の真上で聖剣を逆手に構える。
そのまま突き下ろされた聖剣は今度こそ、皇帝に勝利を齎した。

皇帝は周囲を見回す。崩れた壁や天井の瓦礫が散乱し、玉座は跡形も無くなっていた。
後背で見守っていた臣下たちは、まだ呆けている。
大理石の床に血の池が作られてゆく中、皇帝は大きな穴が穿たれた壁へと歩み寄る。
地上では、まだ少なからず戦いが繰り広げられていた。だがそれも直、終わりを告げる。

大きく息を吸い込み、皇帝は城下のすべてに向け、天声を放つ。

「地上に遍く我が臣民に告げる。
 帝国簒奪の咎人は今し方、我が剣の前に平伏し、清浄なる輝きにより粛清された。
 我、神聖ユグドラシル帝国第14代皇帝アーサー・フォン・ユグドラシルは、
 ここに戦いの終結を宣言する!」

遥か頭上より降り注ぐ言葉は、さながら天上の神の福音のようであったと、後の臣民臣兵は語る。
この宣言でアーサー軍は雄叫びを上げ歓喜し、戦友と勝利を称え合い、勝鬨を上げた。


最終更新:2015年07月05日 13:33